第百二十四話 立ちはだかる巨大な壁 その一
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
世界最高の目覚め方は?? と、人に問われたら人の数だけ答えが返って来るだろう。
ある人は静謐な環境で目覚める事を所望し、ある人は愛犬に優しく舐められて起こされる事を望み、またある人は太陽の温かな光を希望する。
多種多様な目覚め方の中で俺が求める世界最高の目覚め方は……。
やはり美女に優しく囁かれながら起き上がる。この一点に尽きるでしょう。
昨晩のベッドの上での激しい格闘戦を終えてクタクタに疲れ切って眠りその褒美じゃないけれども、愛を語り合いぶつけ合った当事者に起こされたのならそれはもう今日一日を最高な気分で過ごせる事に違いないからね。
夢の中でそんな下らない事を考えていると覚醒を促す様に意識が微睡み始め、ゆらゆらと揺れ動くと鼻腔が大変喜ぶ香りを捉えた。
んぅ?? 何だか御鼻ちゃんが微妙に喜んでしまう香りが漂い始めたぞ……。
この香りを例えるのなら、そうだな。熟れきっていない果実って感じか。
成長過程にある果実は木の幹から栄養をそして水分を頑張って取り入れて一日でも早く大人になろうと静かに努力を続けている。
その健気な姿勢が生産者の心を潤すのだ。
果実の香りが漂うって事はだよ?? 相棒がほぼ死に体になった俺をルクトの所まで治療の為に運んでくれたのだろうか。
救助作戦は失敗に終わり、要救助者であるティスロの命は儚く散ってしまった。恐らくそういう事なのだろうさ。
「ダン、起きて……」
ほら、大変きゃわいい女性の声が聞こえ始めたし。俺の予想は間違っていなかった。
久々、という訳じゃないけども。いつもの悪ふざけをして右手ちゃんを喜ばせてあげましょう。
「……」
声の聞こえた方向に向けてさり気なく右手を伸ばして世界最高峰の膨らみを掴もうとしたのだが……。
「ひゃぁっ!?」
俺の右手ちゃんはいつもの奴じゃない!! と。大変憤った表情を浮かべてしまった。
あっれ?? ルクトの果実はもっと大きくてフニフニとした弾力が素敵なんだけど……。右手が掴む感触は何だか標高の低い丘程度のモノであった。
俺が触っている内にいつの間にか萎んじゃった??
今一度それを確かめようとして力を籠めたのだが。
「か、勝手に触っちゃ駄目!!!!」
「うぐぅぇっ!!!!」
腹に途轍もない衝撃が迸ってしまったのでそれは叶わなかった。
「い、いてて……。一体何が……」
馬鹿げた衝撃の反動で上半身が跳ね起き、その勢いを保ったまま目覚めると周囲を見渡す。
俺を誘拐して酷い目に遭わせた張本人である砂嵐は随分と離れた位置で留まり続け、今尚猛烈な風を周囲に放ち続けている。
砂や小石が含まれた風を受け取ると此処は生の森では無く、ローレンス山脈の麓であると即刻理解してしまった。
そして、俺のお腹に衝撃を加えた者はというと。
「あはっ、起きたんだね!! おはよっ」
健康的に焼けた肌の頬を微かに朱に染めて微笑みを浮かべていた。
ほぅっ、シテナはこんな表情も浮かべる事も出来るのか。
太陽の申し子である彼女はいつも活発に動き回っている印象があるが……。今現在は大人顔負けの羞恥と喜びが混ざり合う大変素敵な微笑みを浮かべている。
「お早う御座います。俺が隊とはぐれてどれだけ経ったか分かるかい??」
将来確実にイイ女になるであろう彼女にそう問うた。
「大体三十分位かな?? ダンが私達を突き飛ばして助けてくれて、それから皆で砂嵐を抜けてダンを探してここまで運んで来たんだ!!」
ふぅむ、成程。
数時間以上眠り続けていたかと思ったが現実の経過時間は然程経っていなかったようだな。
竜巻に吸い込まれて、ふざけた勢いで空を飛翔して大変硬い地面に激突しても死ねなかった頑丈な体にしてくれたルクトちゃんに感謝しよう。
只、少しの間だけでもいいので痛覚を遮断させる事は出来ないのでしょうか??
今度彼女の下に訪れたのなら駄目元で聞いてみようかね。
「さっきは助けてくれて有難うね!! お父さんもダンの勇気を褒めていたよ!!」
「そりゃどうも。所で他の雄臭い連中は何処に行ったんだい?? 荷物は見当たるけど……」
地面の上で一箇所に纏めて置かれている荷物の山へ視線を送る。
「お父さん達はローレンス山脈の山肌を確認しに行くって言ってさ。ハンナ達もそれに着いて行ったんだ。今日はもう直ぐ日が落ちるから此処で野営して、翌朝に山を登るんだって!!」
「それじゃあ俺もその山肌を確認しに行きましょうかね」
ちょいと距離感を間違った位置まで詰め寄って来た彼女をさり気無く制止させ。背負っていた荷物及び装備を一塊に置いてある荷物の傍らに置くと、まだまだ痛む体を庇いつつ砂嵐とは反対方向に向かって歩み始めた。
いちち……。まだ各関節に重たい痛みが残るな。
まぁでも歩く程度なら大丈夫そうだ。
「えっ!? 嘘!! 歩けるの!?」
直ぐ後ろに続く彼女が俺の背に向けて驚きの声を放つ。
「体の節々は痛むけど歩く分には支障ないぞ」
試しに双肩をグルリと回したが……。
俺の体ちゃんはその程度なら全然動かしても構わないよと、軽い笑みを浮かべて許可を出してくれた。
「シュレンがダンの治療をしていたけど……。起きていきなり動けるとは思わなかったな」
「頑丈なのが取り柄なのさ。所で皆はこっちに向かって行ったのかい??」
砂のカーテンに遮られ先が見えない進行方向へと指を向ける。
「あ、うん。そうだよ。歩いて五分程度の場所から山肌が見えるんだってさ」
たった五分程度の距離でも山の全貌が見えないなんて……。
風の猛威は相変わらずだが、その距離でさえも確知出来ない程の砂の厚みに思わず辟易してしまった。
俺達は一体いつまで砂の悪影響を受けなければならないのだろう??
この風は山側へと向かい古代遺跡があるとされている山の中腹まで続いている事だろうから俺達が砂の横着から逃れられるのは遺跡に突入するまでお預けだな……。
「ねぇねぇ!! 竜巻の中ってどんな感じだった!?」
シテナが俺の背をグイグイと引っ張りながら問う。
「無駄にデカイ水車の中に無理矢理押し込まれ、その中を猛烈な勢いで回り続けた感じだったよ」
「おぉ!! それは楽しそうだね!!」
ごめんなさい、全然楽しくなかったです。
寧ろ死の恐怖を感じましたもの。
「ダンが竜巻の中に吸い込まれて行った時はどうなる事かと思ったもん。でも、何でダンは砂嵐が抜けた先で倒れていたの??」
「超高い位置まで上昇して一旦砂嵐から抜けてさ。そのまま地上に落下して行くかと思ったんだけど北方向から南側に向かって強烈に吹く風に体当たりをブチかまされたのさ」
「うはぁ……。運がいいのか悪いのか……」
まぁ幸運なのか悲運なのか。その判断に迷うのは頷けますよ。
一歩間違えれば俺は亡き者になっていた訳だし……。そう考えると悪運だけはいいのかもね。
「私達はダンを捜索しようかと考えていたんだけどね?? 魔力探知に長けたシュレンが砂嵐の中には居ないと判断して進行を続けたんだ。やっとの思いで砂嵐を抜けて、シュレンが西方向に駆けて行って……」
「そこで俺を見付けた訳だ」
後で物静かな鼠ちゃんに礼を言っておこう。
「そういう事。野営地に運んでから私が看病したんだぞ!!」
えっへんと、微妙に膨れ上がっている胸を張って話す。
「そりゃど――も」
「あぁ!! もっと喜んでよ!! こんな綺麗なおねぇ――さんに看病されるなんて早々無い事なんだからね!?」
「十二の子はお姉さんじゃなくて、少女ちゃんに分類されるのであしからず」
「あいたっ」
距離感を間違えて詰め寄って来たシテナの額を人差し指でトンっと突いてやった。
「皆は気もそぞろな状態で砂嵐の中を進み続けていたんだけど、とりわけハンナだけは他の皆と違ったかな?? 心此処に在らずって感じだったし」
「――――。ふふ、そうか」
もぅ――、お母さんがはぐれてしまって不安だったのね。
やんちゃな男の子が右往左往する姿を想像すると何だか笑えてきちゃいますよっと。
「ダンとハンナってさ、凄く仲が良いよね」
「まぁなんやかんやあって仲が良くなったって感じかな」
出会いはお世辞にも良いとは言えなかったけども、そこからお互い苦労して。価値観を共有して今日に至る。
二人を繋ぐ拙い絆の糸は今となっては他人がちょっとやそっとじゃ切れない程に強固なモノへと変化しているからね。
「ちょっと気になる!! 聞かせてよ!!」
「それはまたの機会って事で。ほら、見えて来たぞ。件の山肌がぁ……」
砂のカーテンが徐々に薄れて俺達の前にその姿を現したのだが……。
見えて来たのは俺が想像した滑らかな山肌とはかけ離れた姿であった。
聳え立つ山の麓には剣山の様に鋭く尖った岩の突起物が山への侵入を拒むかの様に東西へ広く生え揃い、その高さは優に十メートルを超えるであろう。
剣山を抜けた先には中々の傾斜を持つ山肌が聳え立っており、荘厳な大自然を感じさせてくれる茶の山肌は頂上から吹き下ろして来る風と大陸側からの風を受けて険しく尖っていた。
恐らくこの山は元々大陸が隆起して出来た岩の塊であった。
それが途方もない年月の風食を受けてこの様な鋭い形になったのだろうさ。
「これを登るのかよ……」
大勢の敵に囲まれて退路を阻まれた戦士の様に絶望的な台詞を口に出すと、俺と同じく山頂付近を見上げていた野郎共が勢い良く此方に振り返った。
「ダン!! 起きたのか!!」
「よぅ!! 相棒!! 心配を掛け……」
「ダン――――!!!! 俺様を庇ってくれて有難うなぁぁああ――!!!!」
「うぶっ!?」
素直な驚きを示した相棒を揶揄ってやろうとしたのだが、横着な鼠が顔面に貼り着いた所為でそれは叶わなかった。
「俺様がもう少ししっかりしていれば全員無事だったんだけどよぉ。流石にあの風は読めないって!!」
「ふぉうか」
「一時はもう駄目かと思ったんだけどさぁ!! ハンナが絶対に生きているって、それにシューちゃんも砂嵐の中に居ないって言っててぇ――……」
「ふぉりあえずふぁなれろ」
妙に獣臭い香りを放ちつつ腰をヘコヘコと動かす小鼠にそう言ってやった。
「ダン、娘を庇ってくれて礼を言うぞ」
「ふぃえ。ふぁいの事をふぉもってふぉうぜんの事をふぃたまでふぇす」
グルーガーさんの礼を受け取り、そして素早く顔面に貼り着いた鼠を宙に放り投げるとこれからの予定を問うた。
「んんっ!! この山を登るのは骨が折れそうなので、翌朝まで休んでから登頂を開始するのですか??」
「その通りだ。古代遺跡の入り口はこの山の中腹にあり、その場所の詳細は……」
「私がそこまで案内するわ!!」
ハンナの右肩に留まるチュルが勢い良く翼を動かす。
「さっき一応古代遺跡の入り口付近まで確認して来たんだけど……。彼女の存在は確認出来なかったわ。恐らくもっと奥の方へ進んで行ったのかも……」
「奥の方へ?? 一体何故だ」
ハンナがじぃっと頂上付近を見上げている小鳥へ問う。
「それは分からないわ。何かに襲われたのか、それとも何かから逃げる為なのか……。私単騎で突入しても良いけど、一人じゃ対処しきれない事が起こるかも知れないし」
「その為に某達を連れて来たのだろう」
人の姿のシュレンが周囲の風の音に負けてしまいそうな声量で話す。
「まぁそうなんだけどさ。やっぱり心配なのよ……」
「その気持は大いに理解出来るけど、今は休む事に専念しよう。体力を回復させてから登頂して、んでそれから古代遺跡に突入してティスロを救助する。ざっと説明したけどこれからの予定はこんな感じでいいかな??」
誰とも無しにそう話すが異論の声は無く。俺達の周囲には只々強い風が舞い続けていた。
「それじゃ明日に備えて早めに休みましょうかね!!」
「賛成だ!!!!」
いつの間にか俺の頭頂部に登ったフウタの声を受けると各々が先程俺が目覚めた場所へと歩みを進み始めた。
「シュレン、俺が眠っている間に治療をしてくれたんだってな。有難う、助かったよ」
彼の歩みに合わせ、目元だけを覗かせて前を向いている彼に礼を伝える。
「某は己の役割を果たしたのみ。べ、別に礼など要らぬ」
この子も相棒と同じで素直に感情を表すのが苦手なのよねぇ。
ここは大袈裟にもっと有難りやがれと揶揄っても良い場面なのに。
「素直じゃねぇ奴だなぁ――。もっと胸を張って威張れよ」
その姿を見かねたフウタが早速横着を働く。
「ふんっ、某はお主とは違う。人の価値観を押し付ける等、言語道断だぞ」
「うっわ、出た出た。クソ真面目な台詞。カムリを出た時からずぅぅっと聞かされ続けてこちとら耳にタコちゃんなんだよ!! 偶にはふんぞり返ってみせろってんだ」
「ふんぞり返る、か。それはもうお主の様に滑稽に映る事だろう」
「ああんっ!? テメェ!! 喧嘩売ってんのか!? 下ノ段登用試験の時の様にボッコボコにして泣かせてやろうか!?」
「某は泣いてなどいない。補欠合格をして泣いていたのはお主だろう」
「は、はぁっ!? 泣いていません――っ!! あれは欠伸の涙ですぅ!!!!」
あぁ、もう……。また始まった……。
まだまだ疲労と痛みが残るこの体にはかなり堪えますので、誰かこの鼠の良く動く口を閉ざしてくれよ。
頭上で喚く小鼠とそれを静かに躱す小柄な男性のやり取りが耳を辟易させ。山から吹き荒れる風が背を押して、大陸側から吹く風によって体が押し返される。
二匹の小鼠のやり取りと前後から迫る風の勢い。
二つの板挟みに苛まれながら本日の宿泊地である風止まぬ地へと向かってまだまだ重たい足を引きずる様に進んで行った。
お疲れ様でした。
本日は二話編成となっております。
今現在二話目の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。