第百二十三話 吹き荒ぶ嵐 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
大陸全土へ生命の息吹を伝える春の強き風、大雨と猛風が吹き荒れる夏の嵐、ちょっと意地悪で気紛れな秋らしい乾いた風、肌と心が思わず体を強張らせてしまう木枯らしが吹く厳しい冬。
四季折々にはそれぞれ強い風が吹く時期がある。人々はその風を読み季節の移り変わりを感じて平穏な生活を営むのだが……。
俺達の目の前で吹き荒ぶ風はそのどれにも当て嵌まらない威力と規模を備えていた。
逆巻く風は地上の砂を吸い込んで空高い位置まで舞い上げ天界に住まう神々も思わずその埃っぽさに顔を顰めてしまう事であろう。
真横に居る友人の声さえも聞き取り難くなってしまう程の風の音量が心に微かな恐怖心を抱かせ、真正面から襲来する大量の砂が含まれた風が視界を強制的に狭めてしまった。
「準備は出来ていますか――!?」
俺の直ぐ目の前で襲い来る風を物ともせず、堂々足る立ち姿を維持しているグルーガーさんの大きな背に向かって叫ぶと。
「あぁ、勿論だ。あの砂嵐の中へ突入する前に陣形を決めておこう」
彼は静かに振り返り救助隊である俺達七名の命知らずの隊員を召集した。
「基本的な陣形はこうだ。隊の先頭は俺が務める、第二列に左翼側からシュレン、シテナ、フウタ。そして最後尾である第三列は左翼側からリモン、ダン、ハンナ。この隊列を維持して砂嵐地帯を突破する。異論はあるか??」
「……っ」
グルーガーさんを中心として輪が形成される中で静かに右手をおずおずと挙手する。
「ダン、何か意見があるのか」
「えぇ。砂嵐の中は酷い風が吹いていますが御覧の通り時折、体の芯が揺らいでしまいそうになる急激な風が吹く場合があります。これだけ離れていても体が揺れる。つまり、砂嵐の中では人の体が強力な風によって吹き飛ばされてしまう恐れがあります。そこで私の進言なのですが……」
輪の中央へと進み、砂の上にグルーガーさんが提唱した陣形を描いて行く。
「第二列の変更はありませんが、ハンナはこの中で誰よりも風を読む事に特化しています。ですから彼を第一列の右翼側に配置して、第三列は俺とリモンさんで隊の殿を務めます。そして砂嵐の中は大変視界が悪いと考えられますのでシュレンが右手に光球を浮かべて明るさを確保します」
前から一人、三人、三人では無く。二人、三人、二人の陣形を進言して彼が提唱した陣形に変化を加えた。
「グルーガーさんの的確な先導、ハンナの風を読む力で危険を察知してシュレンの光球で進路を確保。そして我々が一塊となって嵐の中を突き進む。これ以上無い陣形だと思うんですけど……」
ハンナを最前列に送れば速やかに隊全体に襲い掛かって来る風の猛威を知らせる事が出来るし、更に隊全体で体の小さなシテナ守る事が可能だ。
攻守共に完璧な陣形がお気に召したのか。
「ふむ……。悪くないな」
グルーガーさんはゴツイ顎に指を添えて唸ってくれた。
「相棒、シュレン。それで構わないかい??」
「某はそれで構わぬ」
「無論だ。隊全体に危険な風が迫ってきた場合は大声や強烈な魔力を放つ。皆は俺の変化に注目して進んでくれ」
「ねぇ、ハンナ。本当に風を読む事が出来るの??」
シテナが小首を傾げて彼に問う。
「完璧までとはいかぬが大体の風は読めるぞ」
「本当にぃ――?? あれだけの風が複雑に吹き荒れる場所なんだよ??」
相棒の事は誰よりも深く信頼しているが、確かに彼女が話す通り複雑に絡み合った風が吹き荒れる場所で風を読む事は可能なのだろうか……。
自分で提唱しておいてなんだがちょいと自信が無くなって来たぞ。
「無論だ。今から……、五秒後に我々の後方から体が揺らぐ程の強き風が吹く」
ハンナが俺達の後方へ静かに指を差してその約五秒後。
「っと。シテナ、これでハンナの力を信用してくれる??」
俺達の体の芯が微かに揺らでしまう強き風が襲い掛かって来た。
「すっごい能力じゃん!! お父さん達なんかよりずっとカッコイイ!!」
あ、いや……。突入前に隊の士気に関わる台詞は吐かない方が宜しくてよ??
シテナの喜々とした姿を捉えたミツアナグマの御二人は案の定。
「「ッ」」
嫉妬にも義憤にも捉えられる面持ちを浮かべていた。
ほら、言わんこっちゃない。
「よっしゃ!! これで打合せは終了!! 七人全員で酷い砂嵐を抜けようぜ!!」
人の姿のフウタが景気付けに一つ柏手を打って立ち上がると。
「ちょっと!! 私も居る事を忘れないでよね!!」
ハンナの懐で羽を休めていたチュルが顔を覗かせて憤りを放った。
「嵐の中で飛べない戦力外はそこで大人しくしていな。よぅ!! 大将!! 俺様達の先導を頼むぜ!!」
「任せておけ。この一帯の地形は昨晩の内に頭の中に入れておいた。砂嵐の中は視界が最悪な為、遭難したくなければ隊形を維持して回りの者を必ず視野に入れておく事だ。いいか?? それがあの砂嵐を抜ける最低条件だぞ」
彼がドスの利いた声を放って立ち上がると乾いた砂の大地の上で渦巻き続ける不穏な砂の塊へ指を差す。
今も地上の砂を吸い続けて舞い上げている荒れ狂う嵐は頭上の光を遮る程に分厚く。離れて居る此処からでも地上付近は薄暗く映る。
大自然の猛威に人は抗う術を持たぬが故、迫り来る脅威から必然と逃れようとする。しかし俺達はあの自然の猛威に立ち向かわなければならない。
そう、たった一人の命を救う為にだ。
砂の防壁の向こう側に居るティスロさんよ。俺達が命を賭けてまで救いに行くのだからあんたにはそれだけの価値があると、今だけは信じたいぜ。
どうしようもない屑だったらその場に捨て置くから覚悟しておけよ??
「了解しました。それじゃ、皆出発だ」
景気付けに太腿にピシャリと平手を打ち素早く立ち上がると、もう既に砂嵐へ向かって歩みを続けているグルーガーさんとハンナの背に続いた。
「シテナは物怖じしていない感じだね??」
隊の中央で周りの大人達と歩調を合わせて歩んでいる彼女の背に問う。
「ちょっと怖いけど、ちょっと楽しみって感じかな!!」
心の大半を占めるのは恐らく高揚って感じでしょうね。彼女の小さな口から放たれた陽性な口調がそれを物語っている。
「シテナ、嵐の中は直ぐ隣に死が付き纏っていると考えろ」
今直ぐにその高揚感を捨て置け。
そんな意味に捉えられる厳しい口調でグルーガーさんが先導役を務めつつ口を開く。
「怒らなくても分かっているって。それに……、どうせ嵐の中じゃ真面に喋られないし。今の内に沢山喋っておこうかなぁって考えていたんだよ」
彼女がそう話すとくすんだ灰色の布で顔全体を覆い、頭からすっぽりと外蓑のフードを被る。
砂嵐の中は砂が舞い踊るのは当然だが、塵や小石等々。矮小な物質も飛び交っている事を懸念せねばならない。
俺達は皆等しく頑丈な布で頭部を覆い肌の露出は目元だけの完全防塵仕様で強力な嵐に挑む。
頭上から降り注ぐ強力な日光も俺達の肌を焦がせない事に何処か不満げな顔色だ。
「うへぇ……。こうして間近で見るととんでもねぇ高さと厚さの砂嵐だよな。終わりが見えやしねぇ」
怖いもの知らずの鼠ちゃんが目と鼻の先に迫った砂嵐を捉えると驚愕の声を出す。
空の上から見下ろした時も驚いたが……。眼前に捉えると驚きという言葉では無く、只素直な感想が心に浮かぶ。
その言葉を端的且一言に纏めると、恐怖だ。
こんな得体も知れない超自然現象に立ち向かわなければならないと確知した体が素直な怯えを見せてしまった。
「こうなる事は予想出来ただろ?? 何も嵐の中を突っ切るのは一人じゃないんだ」
この場に留まろうとする竦んだ体に強烈な鞭を放ち、猛烈な風が吹き荒れる嵐の前へ向かって進む。
「へいへい、言われた通りにしますよ――っと!!」
フウタが悪態を付くのも頷けるぜ。誰だって好き好んで死地へ飛び込もうと考えないだろうからね……。
一歩前へ進む度に前方の嵐から強烈な風が体を押し戻し、大陸側から嵐に吸い込まれて行く風が俺達の背をグイグイと押す。
強力な風によって体が前後に揺られる不思議な感覚を受け取りながら遂に救出部隊が砂嵐の中に突入を開始。
そして、その刹那。
「うぉぉおおおお――――い!!!! 何だよこの馬鹿げた風はぁぁああ――!!」
フウタが周囲に渦巻く風の猛烈な音に負けじと声を張り上げて素直な感想を叫んだ。
「激しく同感だよぉぉおお――――!! 吹き飛ばされない様にもっと間隔を詰めようぜ――――!!」
俺と同じ意見を持ったのか、誰が何を言う事も無く隊全体の間隔が狭まりほぼ誰かの体の一部が触れている間隔まで狭まった。
今まで砂地を踏んでいた足の間隔は妙に硬い地面を捉えており、その感覚から推測してこの暴風が地面の上に横たわる砂を全て舞い上げてしまっているのだと窺える。
舞い踊る矮小な砂礫と小石や小さな物質によってまだ午前中だというのに夕暮れ、若しくは夜の始まりを彷彿とさせる程に嵐の中は暗い。
風の中に含まれた砂は風の勢いも相俟って人の肌を容易く傷つける事を可能としておりまだ突入しただけなのに目元がヒリヒリと痛む。
シュレンが浮かべてくれる光球のお陰で何んとか隊全体の像は薄っすらと見えるけども、グルーガーさんとハンナが進む先に視線を送るが砂の荒れ狂う動きしか見えてこない。
控え目に言ってもここは人が足を踏み入れるべき場所では無い最悪な環境だぜ……。
「ハンナ――!! このまま進んでも大丈夫そうか――!!」
「大丈夫だ!! 地上の砂を吸い込んでいる竜巻は我々の右手奥に確認出来る!!」
はは!! さっすが飛ぶ事が大好きな白頭鷲ちゃんですね!!
風を読む力を有している彼を先頭に置いたのは正解だったな!!
「俺とハンナが先導する!! お前達ははぐれない様に着いて来いよ!!」
グルーガーさんの覇気ある声を受けとると気力が漲り、ちょいと臆病風に吹かれた足に力が宿る。
ミツアナグマ一族を纏めているだけあって統率力は中々のモノだな。
「これから約半日程度進むが恐れる事は何も無い!! 俺達は決して嵐に屈しない事を天の神々へ見せつけてやろうぞ!!!!」
「「「おおうっ!!!!」」」
彼の檄を受け取ると隊全体の士気が上昇。
俺達は素晴らしい統率力を持つ者と風を読む者の先導に従い嵐の中を勇猛果敢に突き進んで行った。
お疲れ様でした。
現在、後半部分を執筆中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。