第百二十二話 避けては通れぬ道 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
これから自分の命が危ぶまれてしまう危険な依頼に赴こうとしているのにも関わらず、頭上で光り輝く太陽は此方の気持ちも露知らずに笑い転げて空の中を移動している俺達を見下ろしている。
俺もあの笑い転げる太陽に倣ってニッコニコの笑みを浮かべながら救出作戦に臨みたいのだが……。
強面のミツアナグマの二名さんがそれを許さない。
初めて空の中を飛翔し始めた頃は頑是ない子供の様な高揚した表情を刹那に浮かべた。
しかしそれは瞬き一つの内に霧散。
「「……」」
彼等の強面を捉えれば街中のチンピラもはわわと口を開き、恐れをなして逃げ去る事だろうさ。
顔、こっわ……。目的地まではもう少し掛かるので今からそんなに眉を顰めていたら疲れちゃいますよ??
「わぁぁああ!! お父さん!! 見てよ!! 私達空を飛んでいるよ!!」
そうそう、初めて空を飛ぶ感想はあぁして素直に表すべきであり彼等もシテナを見習って素直な感情を解き放てばいいのに。
「グルーガーさん、リモンさん。進行方向はこのままでいいかい??」
相棒の広い背中の上で微動だにせず只静かに腰を下ろして地上を見下ろしている両名に問う。
「あぁ、構わん。このまま南へ向かって飛んでくれ」
「相棒、グルーガーさんの言葉が聞こえたかい?? このままでいいってよ」
「了承した」
ハンナが両翼を勢い良く羽ばたかせると飛翔速度が上昇。
「うっひょ――!!!! ハンナ!! もっと速く飛んでくれ!!」
「気持ち良い――!! フウタが言った通りにもっと速く飛んでよ!!」
小鼠とシテナが喜々とした声を上げて相棒の背の上で騒ぎ始めてしまった。
あぁ、もう……。何か締まらない感じだな。
腹の奥がズキンと痛む緊張感までとは言わないが相応の態度を持って救出作戦に臨んで欲しいものさ。
大変素晴らしい触り心地の羽の上でピョンピョンと跳ね回る小鼠はさておき。
相棒と強面ミツアナグマの二人、そして物静かな小鼠は流石だな。
「「「……」」」
全員がこれから臨む任務の重要性を理解しているのか会話は必要最低限に努めており、その顔には戦士の色が濃く表れている。
俺も彼等に倣ってこれから戦いに臨む戦士足る表情を浮かべたいのですが……。
「ダンっ!! ほらこっちにおいでよ!! あそこの森が見えるでしょ!? あそこにはたぁくさんの動物達が住んでいてね?? 私達はその動物を狩っているんだよ!!」
「それは昨日も聞いたよ」
「あはっ!! そうだったね!! じゃあ森で獲れる果実について話してあげるよ!!」
「そろそろ手を放してくれるかい?? 勢い余って空から落っこちてしまうからね」
楽しそうに燥ぐ子供の所為でそれは叶わないでいた。
彼女はこれから始まる救出作戦の重要性を理解しているのだろうか?? まるで仲の良い友人達とお出掛けするみたいな感じだし。
「シテナ。大人しくしていろ」
その態度が気に障ったのかグルーガーさんが鋭い視線を娘さんに向けた。
「はぁ――い」
人を楽しんで殺める殺人鬼でさえもあれだけの凄みは出せないだろうさ。
たった一睨みで俺が御せなかった彼女の燥ぎ具合を鎮めてしまう。
『お父さんは怖いけどね?? お母さんには頭が上がらないんだよ??』
シテナが意味深な笑みを浮かべて俺に耳打ちをする。
『知っているかい?? 世の夫はすべからく妻に頭が上がらない様に出来ているんだぞ』
『あはっ、そうなんだ。じゃあダンも私に頭が上がらなくなるね』
こらこら、お嬢さん?? そんなしっとりした瞳を浮かべないの。
「そういう台詞は数十年後にまたしてくれ」
「いたっ」
シテナの額を人差し指でちょいと突くと。
「見えて来たぞ」
相棒が大変硬い口調を放ち前方を捉えた。
「どれどれぇ?? 俺様達が突入する砂嵐とやらは……。おっわぁ……、何だよあの砂嵐は!! デカ過ぎるだろうが!!」
フウタが驚きの様を表す様に俺も彼同様驚きを隠せないでいた。
巨大な白頭鷲の頭の先には俺達の視界のほぼ全てを覆い尽くしてしまう面積の砂嵐が左右に広がっており。それは此方に向かって来る事も無く空に駆け上って行く事も無く只々そこに留まり続けている。
地面の砂が舞い上がり地上に重厚なカーテンを掛けて此方に向かって来る者達の進行を阻み続けていた。
砂嵐の中には竜巻状に舞う空気の流れが確認出来、中々の大きさの砂の粒が縦横無尽に飛び回るあの中は生物が生存するには不適切な環境であると遠い位置からでも容易看破出来てしまう。
「こうして間近で見ると……。自然の力ってのはやっぱりすげぇよな」
相棒の背に腰掛けつつ素直な感想を口から漏らす。
「あの砂嵐はずぅっと昔から吹雪いていてさ。何でも?? この盆地で発生した風と大陸側の風が海側の風とあそこでぶつかり合っているから動かないんだって」
シテナが興味津々といった感じで砂嵐を捉えて話す。
「あんな酷い砂嵐が北側に動いたら大変な事になるだろうし……。それに古代遺跡に足を踏み入れようとする不届き者の足止めにピッタリじゃないか」
「酔狂な者はあの程度の嵐では足を止めぬだろう。そろそろ着陸するぞ」
そりゃお前さんみたいな馬鹿デカイ体の魔物ならまだしも、俺達の様に普通の体しか持たない者はあの砂嵐を捉えたら先ず足が止まりますよ??
そしてそれから酔狂な者は硬い生唾をゴックンと飲み干して恐ろしい環境の中へと突入し、頭が真面な奴は踵を返して安全安心が確立されている家へと帰るのだ。
此度の依頼を請け負わなければ大自然の驚異や神秘を程々に味わった後、互いに素直な感想を述べながら和気藹々とした雰囲気を醸し出しつつ家路へと就くのだが……。
我儘な王女様の依頼によってそれは叶わない。
俺達は彼女の願いを叶える為、夏の嵐なんて比べ物にならない程強力な嵐の中に突入せざるを得ないのさ。
「あぁ、宜しく――」
ハンナが地上へ向けてクイっと頭を下げた刹那にいつもの癖で丹田に力を籠めるが、本日は許容乗員を遥かに超えた人数が背に跨っているので彼は大人ぁしく螺旋軌道を描きながら地上へ向かって降下して行った。
これだけ優しく着陸出来るのならいつもそうして下さいよっと……。
「ふぅっ、到着。各自荷物を整えたら移動をしよう。グルーガーさん、砂嵐の中での先導をお願いしますね」
熱砂の上で己の荷物を纏め、そして装備を整えながら彼に先導役を請う。
「分かっている。砂嵐の中は酷く暗く視界が悪い。あの中で遭難したら決して助からない事を頭の中に入れておけ」
御忠告、痛み入ります。遭難して亡き者にならぬ様その御言葉をしっかりと体の芯に叩き込んでおきましょう。
砂嵐から数百メートル以上離れた位置でも南から、そして北から吹雪く風によって体が思わず泳いでしまいそうになるし。あの中は俺達が想像に及ばない程の猛風が荒れ狂っている事だろうさ……。
二刀の短剣を腰に装備し、矢筒を背負い、そしてシェファのお父さんから譲り受けた大弓の弦を張り詰めて行く。
後は背嚢に食料やら生活必需品を詰めて出発だな。
「んぉ――……。すっげぇ風が強いな」
周囲の者達が続々と準備を整えて行く中。
自分の歩調を決して変えない小鼠が木箱の上で後ろ足で立ち、前方に広がる砂嵐を捉えた感嘆の声を漏らしていた。
「おい、フウタ。そろそろ人の姿に変わって準備を整えろよ――」
「へいへいっと。なぁダン!! この木箱は此処に捨て置くんだよな!?」
彼の荷物及び隊の保存食が詰まれている木箱を小さな前足でペシペシと叩く。
「あぁ、そうだよ」
「へへ、それなら前歯を整えておこうかな」
フウタが木箱の上から飛び降りて地面に四つ足を乗せると鋭い前歯で木箱を齧り始めてしまった。
「んぅっ!! 中々の齧り具合っ!! 俺様の前歯も喜んでいるぜ!!」
鼠ってよく家の柱を齧っている印象があるけど……。木の硬さとか匂いとかで好みが分かれるのだろうか??
放っておいたらいつまでも木箱を齧ってそうだし、もう少し強めに忠告しておきましょうかね。
人の言う事を聞かない大馬鹿野郎に忠告を放とうとした刹那。
「おいフウタ。いい加減に……」
次に登場する予定の台詞が前歯の裏側に引っ込んでしまった。
ン゛ッ!?
な、何だ。あの異様な砂の盛り上がり具合は……。
まるで元気過ぎる土竜さんが土の中を移動しているかの様に、地面に堆積されている乾いた砂がモコモコと盛り上がり。
その異様な砂の盛り上がりがフウタの小さな尻へと向かってゆっくりと進んでいる。
「イイぞ!! この硬さ具合ッ!!」
あの馬鹿鼠は背後の異変に気付かず一心不乱に木箱の角に齧りついており。砂の盛り上がりが一旦地面の中に沈み、彼の背の直ぐ後ろで再び盛り上がり始めると遂にその正体が出現した。
砂の中から現れた正体不明の生物は黄土色の皮膚の馬鹿デカイ蚯蚓みたいな形をしており、その胴体の太さは俺の親指と人差し指をくっ付けた輪の直径程度だ。
元気良く木箱を齧る鼠に向けて頭頂部と思しき箇所を向けて微動だにせず、只静かにその様子を注視していたが……。
「……ッ」
己が食らうべき獲物と判断したのか。
頭頂部と思しき箇所が夏に花を咲かせる向日葵の様にグパッ!! と大きく開き、生々しい赤色が目立つ口腔を披露。
口腔内には無数の鋭く小さな牙が生え揃っており、誰がどう見てもこれから捕食行動をすると容易に判断出来てしまう動きを見せた。
何アレ!? きっっっっしょ!!!!
恐らくアレが砂虫と呼称される生物であり、願わくば奴等の生態を知る為にじぃっと観察したいが今はそれ処じゃねぇ!!
「ッ!!」
咄嗟に右肩から大弓を外して鋭く弦を引いて小型の砂虫に矢の照準を振り絞ったのだが。
「っ??」
奴が弦を引く微かな音を捉えたのか、大変気色悪い頭頂部を此方に向けた。
嘘だろ!? この微かな音でも反応するのかよ!!
避けられるかも知れねぇが取り敢えず矢で射殺してやる!!!!
一際警戒心を強めてフウタを捕食しようとしている個体に向けて矢を射ろとしたその刹那……。
「――――。へっ、俺様の背後を取ろうなんざ百年早いぜ!?」
「ギィッ!?!?」
彼の小さな右前足に火の力が宿り、振り向き様に素早く手刀を打ち込み小型の砂虫の頭部を跳ね飛ばした。
「ふぅ――。何だ、気が付いていたのかよ」
強張った双肩の力を抜き、弦を元の位置に戻す。
「あったりめぇよ!! ダンが矢を射るかと思ったけどまぁ俺様がぶち殺した方が早……。うっぇ!!! ナニこれ!! きっっしょ!!!!」
砂の上でのた打ち回る黄土色の砂虫を捉えて素直に声を荒げる。
「それが砂虫と呼ばれる生物だ。この辺りは小型の砂虫がそこかしこに生息しており、土中の砂及び小型の虫と動物を食らって生きている。自分より大きな生物には襲い掛かって来ないので人の姿に変わる事を勧めるぞ」
グルーガーさんが然程驚いていない表情を浮かべて漸く絶命に至った小型の砂虫を捉える。
「二十名を優に超える妻を娶るまで俺様は死ぬわけにはいかねぇし、素直に従いましょうかね!!」
彼の指示通りフウタが人の姿に変わると絶命した砂虫の死体を拾い上げた。
「うっぇ……。妙に生温かくて、皮膚は小型なのに随分と硬いぞ」
「ちょっと触らせてくれよ」
興味津々といった様子で死体を観察しているフウタに近寄る。
「ほい、ど――ぞ」
彼から受け取った頭部を失った小型の砂虫はまだ俺の手の平の上で微妙に痙攣しており、切断面からは生理的嫌悪感を抱かせる粘度の高い白濁の液体が零れ落ちている。
動物の皮と同程度の硬さの皮膚の内部から滲み出る生の残り滓が手の平を温め、排泄機能を有している尾の先端から少し遅れて白濁の液体が零れ出て来ると素直な感想を口に出した。
お疲れ様でした。
これから後半部分の編集作業に取り掛かりますので恐らく次の投稿は深夜になるかと。
それまでの間、今暫くお待ち下さいませ。