第百十九話 ミツアナグマの里へお邪魔します その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
本日の太陽の御機嫌は早朝から全く変わらずに大変宜しく、大地をそして地上に住まう生物達の体温を上昇させようとして青く澄み渡った空の上で満面の笑みを浮かべている。
彼若しくは彼女の笑みは心が沈んだ時には有難く頂戴するのだがそれは時に残酷であると理解した。
体内に籠った熱を逃そうとして至る所の肌からじぃっと立っているだけなのにじわりと汗が滲み出て来る。
風が吹けば多少は楽になるかと思いきや、太陽の熱で温まった熱風は更なる体温上昇を誘発してしまい俺の体は長くこの場に居る事は危険であると警告し続けていた。
このクソッタレな暑さの要因である陽の光から逃れる為に何処かの日陰に入るのが賢明な判断なのだが。その日陰は地上から立ち昇る陽炎のずぅっと先にあるので叶わないでいた。
「ハンナ、早く荷物を持って移動をしよう。暑さで無駄に体力を消耗しちまうよ」
直射日光を遮る為に頭から南の大陸御用達の外蓑のフードをすっぽりと被り、ミツアナグマさん達への贈答用の物資が入った木箱を手に持って話す。
「分かっている。フウタ、貴様も荷物を持ったらどうだ??」
相棒が俺達用の食料が入った木箱を手に持ち、南方向へ歩み始めながら俺の右肩に問う。
「俺様の体は小さいからなぁ――。ガタイが良い二人が荷物を持つべきだろ。それにしても暑過ぎだろ!!」
小鼠が憤るのも理解出来る。
こっちの大陸に渡ってある程度気温に慣れて来た俺達でさえもこの気温は堪えますもの……。
「気温の上昇は南へ下って来たから。それと暑さを凌げる影が無いからだろうさ。ミツアナグマさん達に俺達が訪れた理由をさっさと話そう。影に入って休むのはそれからだ」
右肩に留まり憤りを放つフウタにそう話し、刻一刻と近付いて来る建築物に視線を向けた。
空から見下ろした感じでは中々の広さを持つ里だったけど……。果たしてミツアナグマ一族はここでどんな暮らしを、そしてどの程度の規模を持っているのだろうか。
興味が湧く一方で俺達を捉えた刹那に襲い掛かって来やしないのか、そんな杞憂さえ湧いて来る。
そりゃ余所者……、しかも巨大な白頭鷲が突如として空から舞い降りて来るのだ。
気の優しい種族でさえも強烈な警戒心を胸に抱くのは必然であり、好戦的な種族なら武器を手に取り臨戦態勢を整えて待ち構えている事だろうさ。
四方八方から襲い来る逃げ場の無い暑さに辟易しながら歩みを継続させていると、遂にミツアナグマ一族の里を目と鼻の先に捉えた。
熱砂広がる大地から徐々に背の低い草が生え揃う大地へと変化。
生命の息吹きが感じられる乾いた大地の先には土で建てられた建造物が幾つも確認出来、家々の間を貫く道には二足歩行の人間の姿と、背の体毛が灰色に覆われている四足歩行の獣がそれぞれの目的地へと向かって進んでいた。
里から離れた森の中で採取した果実であろうか??
人間の姿のミツアナグマさんが両手に持つ籠の中には嫌に赤が目立つ実が詰められておりそれを捉えた者達は実の美味さを想像したのか、口角を僅かに上げて笑みを零した。
あれがミツアナグマさん達の里、ね。
人の姿の時は俺達と何ら変わらない姿なのだが……。あの獣は一体何だ??
子犬よりも一回り大きい四足歩行で大地の上を軽快に移動し続け、背から尻尾の上部は灰色の毛に。頭部下部から腹にかけては黒の体毛だ。
頭部上部は白い体毛に覆われ、四つの足の先には大層御立派な鉤爪が確認出来た。
見た目は大変可愛らしい姿の魔物。
しかし、チュルから聞いた所によると大変好戦的な種族らしい。
こんな平和的な景色が広がる里を捉えて誰が好戦的であると思うだろうか??
きっと俺達の事情を話せばニッコニコの笑みを浮かべて通してくれるだろうさ。
相手に警戒心を抱かせぬ表情を努めて浮かべて里の入り口へ向かって歩みを継続させた。
「おい!! お前達!! そこで止まれ!!!!」
里の入り口付近で俺達の到着を待ち構えていた数名の男達が声を荒げ、右手に殺傷能力が高そうな剣を手に取り俺達に停止を促した。
強烈な太陽の光が降り注ぐ大地の下で暮らす彼等の肌は皆一様に浅黒く、身に纏っている衣服は大陸北側との交流があるのか時代錯誤は感じられなかった。
動き易そうな藍色の長袖は内側から押し上げて来る筋力に顔を顰めており俺よりも少しだけ背は低いが纏う圧は中々に御立派だ。
成程、チュルが話す通り大変好戦的な種族であると納得出来る出で立ちに思わず大きく頷いてしまいそうになるが……。
「い、いや――!! 今日も暑いですねぇ!!」
それを懸命に堪えてこれぞ大人の処世術であると誰しもが納得してしまう第一声を放った。
「お前が先程の怪鳥か!? 一体此処に何をしに来たんだ!!」
「それ以上近付くとこの剣がお前の胴体を貫くだろう……」
「余所者が!! 俺達の里を奪いに来たんだろう!?」
あぁ、もう。一気に色々言わないで下さいよ。
俺の耳は二個しかないのですからね。
「よっこいしょっと……。先ずは自己紹介をさせて頂きますね。自分の名前はダン、そして皆さんが先程御覧になられた怪鳥はあそこにいる髪の青い男性で、彼の名前はハンナです。そして……」
ミツアナグマさん達への贈答用の物資が入った木箱を地面の上に置いて簡易的な自己紹介と訪れた理由を端的に話す。
勿論、相手に警戒心を抱かせない距離を保ったままでだ。
「――――。そして、自分達はこの先にあるローレンス山脈の奥地で遭難した者を救助する為に訪れたのです。どうか入山の許可を頂けないでしょうか??」
ここに来るまで何度も繰り返し頭の中で唱えた挨拶文並びに許可承諾文を言い終えると腰を確と曲げて俺なりの誠意を表した。
「ふんっ。俺達の土地に勝手に足を踏み入れて遭難。そしてお前達は遭難した者の救助に来た。大変分かり易い図式だが、それで許可が下りるとは思わない事だな」
ごもっともで。
「勿論私もその様に考えております。入山の許可なのですが、無料で請うのは大変烏滸がましい行為です。交換条件とまでとはいきませんが……。どうかこれをお納め下さい」
刻一刻と増え続けていく男性達の前に王都で購入した物資が詰まっている木箱を静かに差し出した。
「おぉ!! 米がこんなに一杯……」
「こっちには乾物も沢山入っているぞ!!」
「お、お、おぉぉおおおお!! これは……。北の大地の花達で作られた蜂蜜じゃないか!!!!」
「「「ッ!?」」」
『蜂蜜』
その単語に興味を示した男性達が透明の瓶に詰まった琥珀色の液体へと群がった。
へぇ……。流石、蜜という言葉が種族名についているだけであって蜂蜜が好きなんだな。王都北側で偶然見つけたお店に立ち寄っていて正解だったぜ。
「全て差し上げますので入山許可を出して頂ける方の場所まで連れて行ってくれませんか??」
物腰柔らかな口調と物腰、それと贈答用の物資。
これ以上無い完璧な掴みを確信したので彼等に責任者の所への案内を請うたのだが。
「――――。それはならん」
「「「リモンッ!!!!」」」
リモンと呼ばれる男の登場で和み始めていた雰囲気が払拭されてしまい、再び堅苦しい空気が流れ始めて案内は叶わなかった。
里の皆さんと同じくしっかりと日焼けした肌には所々に傷跡が目立ち、積載されている筋肉の量は。
「ほぅ……。中々の出で立ちだな」
武の道に携わる相棒から感嘆の声を勝ち取る程の量であり纏う圧も他を凌駕する。
武骨に角ばった顔立ちと短髪の相性は抜群に良く、彼に一睨みされただけで街の不良は下着を濡らして腰を抜かしてしまうだろう。
背は俺と同じ位か僅かに低いが、生憎俺はあれだけの物々しい雰囲気を放つ事は叶わない。
くそう、折角交渉が上手く行くかと思ったのにあの男の登場でガラっと空気が変わっちまったじゃないか。
恐らく里の中でもそれ相応の地位と力を持つ者なのだろう。
「お前達。何故ここに訪れた」
「えっとですね……」
親切丁寧な口調で先程と同じ説明を開始。
「――――。そういう訳でして、私達は遠路遥々ミツアナグマさん達の里に訪れたのです」
舌が乾ききる前に事情を話し終えた。
「空を飛ぶ事が出来るのに何故俺達の里へ足を踏み入れた」
「リモンさんが仰る通り我々は此処に足を踏み入れずともローレンス山脈に向かう事が出来ました。行方不明になった女性は貴方達の許可を得ずにローレンス山脈に足を踏み入れた。つまり……」
「筋を通す為に訪れたのか」
「その通りです。どうか入山の許可を頂けないでしょうか?? この通りです、お願いします」
リモンさんの野太い声を受け取ると彼等に対して静かに頭を下げた。
何も言わず、何も話さず、何も通さずに此処を通過する訳にはいかん。
これは一人の大人として当然尽くすべき義務であり、ミツアナグマ一族と大蜥蜴一族との軋轢をこれ以上深めない為にも必要な行為なのだ。
「お前達が筋を通して此処を通過しようとしているのは理解した。そしてローレンス山脈奥地に居る不届き者を救出しようとしている事も」
おっ、この反応はいけそうかな??
「それなら……」
「俺達は先祖代々受け継いできたこの地を愛しており余所者には厳しく対処している。それは古の時代から変わらず、我々の祖先はこの地を併合しようとして北から侵攻してきたシェリダンの大軍勢をたった五百人で退けた。何人もこの地を踏みにじる事は許されずもしも此方の命に従わぬ場合は実力行使に出る」
リモンさんがそう仰ると後は言わなくても分かるな?? そんな感じで俺の顔を厳しい瞳で睨みつけた。
「私達が歓迎されない事は重々承知しております。リモンさん達の土地を決して荒らさず、目的を果たしたのなら直ぐに立ち去りますのでどうか……。どうか入山の許可を頂けないでしょうか」
ここで引き下がったら一生入山許可は頂けない。
そう考えた俺は彼の厳しい瞳を捉えたまま覇気ある声で今一度の懇願を申したのだが……。
「そうか……。どうやら口で言っても分からぬ輩の様だな!!!!」
リモンさんがとんでもない速さで戦闘態勢を整えると俺の顔面に向かって憎悪を籠めた拳を解き放ってしまった!!
う、うっそだろ!? こっちが下手に出ているってのにいきなりぶん殴って来る奴がいるかよ!!!!
「うぶぐぇっ!!!!」
無防備且無準備の状態で彼の一撃を食らうと両の目玉からキッラキラのお星様が飛び出し、それから微かに遅れて激痛が頬から脳天へと駆け抜けて行き。
太陽の熱を吸収した熱々の砂地の上を中々に面白い角度で転がり続けて行った。
「――――。おい、兄ちゃん。俺様達はダンが話した通り筋を通したつもりだぜ?? それなのにお前さんは無抵抗のダンを殴り飛ばした。これは……、そういう事が始まると捉えても構わないのかい??」
人の姿に変わったフウタの瞳に微かな炎が浮かび上がると静かに腰を落としてその時に備える。
「俺は伝えた筈だ。何人もこの地に足を踏み入れてはならぬと」
「俺様が言いたいのはそういう事じゃないんだよなぁ――。ダチに上等ブチかまされて黙って居られる程、俺様は温厚じゃないんだよ」
「リモンが言っただろうが!! それ以上足を踏み入れるなって!!」
「余所者は俺達の土地に入って来るな!!!!」
「「「そうだそうだ!!!!」」」
「上等――。そっちはぁ……。二十名か。全員がまぁまぁの強さだが、俺様一人でも十分だろう」
フウタが刻一刻と膨れ上がって行くミツアナグマの群れへと向かって一歩進み出す。
「おい、待て」
沈黙を保ったまま彼等のやり取りを静観していたハンナがフウタの肩に手を置き停止を促す。
「んだよ、ハンナ。向こうもやる気十分だし。こっちもダチがぶん殴られて平然と……。お、おいおい。本気かよ……」
「――――。リモンさん、私達は貴方達の土地を奪いに来た訳でも侵しに来た訳でも無い。今も命の危機に晒されている者を救助しに来ただけなんだ……。だからどうかお願いだ。此処を通して下さい」
呆気に取られているフウタの脇を通り、再び彼の前で深々と頭を下げて純粋な願いを唱えた。
「嘘だろ。リモンの拳を真面に受けて立ち上がるなんて……」
「あ、有り得ねぇ……」
「その願いは受け入れられん。何度も立ち上がるのなら何度も打ち倒すぞ」
周囲のどよめきの中に彼の憤怒に塗れた声が微かに響く。
だが、それでも俺は頭を上げる事は無く毅然とした態度を貫き。今俺が出来る最大限の誠意を見せ続けていた。
「そうか……。それなら貴様の望み通りにしてやろう!!!!」
またあの馬鹿げた痛みが襲い掛かって来るのかよ。
丹田に力を籠めその時を待ち続けていたが……。
「そこまでだ!!!! リモン!! 拳を下ろせ!!」
男性の激しい怒号が彼の拳をその場に留めた。
「お、長……。どうして」
長?? この里を治める人が来たのかしら?? 何はともあれ二回目の激痛は未然に防がれたようだな。
下げ続けていた頭を恐る恐る上げるとそこには周囲の視線を一手に集めている男性が静かに立ち。厳しくも何処か優しさの影が含まれた瞳で俺を見つめていた。
浅黒く焼けた肌に刻まれた傷跡は歴戦の勇士の証明書であり、只大地に立つという行為を取っているだけでも人々は彼を避けて通るだろう。
焼けた肌に良く似合う黒き短髪と荒々しい無精髭、顔に刻まれた皺と声色からして恐らく年齢は四十代後半。
一般的な人間なら体力と気力に陰りが見え始める頃なのだが……。彼の体にはその陰りの欠片さえも見えず、今なお現役といった感じであった。
「お前達が何故ここに足を踏み入れたのか、それは理解出来た。そしてお前達の誠意も受け取った」
「そ、それじゃあ……」
「俺の名はグルーガー=カークヒル。この里を治める者だ。話の詳細は俺の家で聞く」
グルーガーさんが呆気に取られている俺に背を向けるとついて来いと言わんばかりに大きな背を此方に向けたまま里の中へと進んで行く。
「え?? あ、はい。皆、取り敢えず行こうか」
「了承した」
ハンナが俺の肩に優しく手を置くと誰よりも先に里の方向へと歩みを進め、俺達は彼の背に続きミツアナグマの里へ記念すべき第一歩を踏み入れた。
よ、良く分からない内に話を聞いて貰える事になったけど……。もしかして入山許可が得られるのでしょうか??
それともここでは俺達を処刑するのには目立ち過ぎる為、里の奥深くへ誘導して確実に亡き者にするのか。
いずれにせよ必要最低限の警戒心を保ったまま移動を続けましょうかね。これ以上の負傷は救出任務に支障をきたす恐れがありますので。
好奇、不信感、猜疑心。
負の感情が目立つ目の色を浮かべている里の人達の訝し気な視線を浴びつつ未開の大地の上に建つ里の中央を走る直線の野道をそれ相応の警戒心を持ちながら進み続けていた。
お疲れ様でした。
さて、今年が始まって色々と落ち着いて来た時期ですが皆様は今年の目標はもうお決まりですか??
私の場合は二つの目標を掲げてこの一年を過ごそうかと考えております。
一つ目は今年中に第一部の連載を終わらせる事ですかね。現在連載中の過去編を終えると第一部最終章に突入しますが、まだまだその道のりは長いのでコツコツと書いて行こうかと。
二つ目は……。富士登山です!!
人生一度は日本で最も有名な山に登ってみたいとずぅっと考えていまして、今年こそは挑戦したいと考えております!!!!
登頂した暁には写真を活動報告にアップしたいんですけど、そのやり方が今一分からないのでよく調べてから載せようと考えています。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!
これから砂嵐渦巻く南方へと向かって行くのですが、実はそのプロット執筆に四苦八苦していまして……。これからの執筆活動の嬉しい励みとなりましたよ!!
それでは皆様、明日は大変冷える予報ですので風邪を引かない様に気を付けて下さいね。