第百十九話 ミツアナグマの里へお邪魔します その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
太陽神様からいつもの酷い仕打ちを受けながら雲一つ見当たらない空の中を飛翔する。
上空から降り注ぐ強力な光量は悪戯に人の肌を焦がし、じっとしているだけでも人体から体力を奪ってしまう威力を備えていた。
只、空高い位置に居る所為か。
気温そのものは低く更に真正面から向かい来る風の強さが肌から、そして体内から熱を冷まそうとしてくれているのでその一点だけは本当に有難い。
空から与えられる太陽神のシゴキと中々の風圧を受け続けながらかなりの時間飛翔を続けているが、まだまだ目的地は見えて来ない。
俺の予想だとそろそろ大陸南端に聳え立つローレンス山脈が見えて来ても良い頃だと思うんだけどな……。
王族達が金銀財宝を幾ら積んでも決して手に入らぬ極上の触り心地の羽の上で胡坐をかいて座り簡易地図と周囲の地形を確認するが……。真下は熱砂広がる砂漠地帯であり目印となる地形は何処にも見当たらず現在地の特定に苦労していた。
「ん――……。太陽の位置からして進むべき方向は間違えていないんだけどぉ」
風に飛ばされぬ様、地図を両手でしっかりと保持しながら周囲の地形と地図を照らし合わせるが難航は相も変わらずだな。
此処が何処だか全然わかりゃしない。
「よぉ、ダン!! そろそろ到着しそうか!?」
相棒の背に広がる極上の羽の間から小鼠が顔を覗かせて小さな口から立派な前歯を覗かせて問うて来る。
「進行方向に問題無――し。このままずぅっと南方向に飛んで行けばその内見えて来るだろうさ」
現在位置の特定をほぼ諦め、良い感じに使い古された地図を荷物の中に仕舞ってそう話す。
「だろうだって!? おいおい、そんな適当じゃあ困りますな――。予定通りに行動しないとこれからの行程に支障をきたすだろ?? ほんの僅かな遅れが後に響いて俺様達は亡き者になるかも知れない。そうだ!! こんな話を知っているか!?」
「いや、知らないな――」
朝も早い時間なのに良く喋る鼠だこと……。
昨日の野宿の時からずぅっと騒いでいるし、コイツに沈黙という言葉を誰か教えてやってくれよ。
「俺様の爺ちゃんがある日帰宅時間が遅れて晩飯を食いそびれたんだ。その日は婆ちゃんが寿山からたぁくさんの茸を採って来てよぉ。一家団欒で獲れ立て新鮮な茸鍋を食した。その味と来たらそれはもう思い出すだけで涎がジャブジャブと溢れて来る程の美味さだったらしくてな?? 一家十五名が温かな笑みを浮かべて鍋を食して、全て食べ切った所で爺ちゃんが帰って来たんだけどぉ……。どうやら婆ちゃんが採って来た茸の中に毒茸が混ざっていたみたいでさぁ!! 十五名全員が嘔吐に下痢に四苦八苦して、腹を抑えながらのた打ち回っていたんだとよ!!!!」
「家族全員の命は無事だったのかい??」
「モチロン!! 全員の命に別状は無かったらしいぞ!!」
ほっ、毒茸と聞いたからまさかとは思いましたけども。一家全員無事で何よりだ。
「それで?? 結局何が言いたいんだい??」
「あ?? あ――……。えぇっと……。俺様が言いたい事って何だっけ??」
「テメェ!! 喋りたいだけ喋って結局何も伝わらねぇじゃねぇか!!!!」
グダグダと無駄話を真剣に聞いていた俺が馬鹿みたいじゃん!!
小さな腕を体の前で器用に組んで悩む鼠を右手で掴み上げてやる。
「ぐ、ぐぇぇ!! 胴体を握り締めるな!! 口から内臓が飛び出ちまうよ!! よ、要はアレだ。禍を転じて福と為すって奴さ!!」
運命を司る全知全能の神以外、人生の幸不幸は誰しもが予測できない。
フウタの祖父は仕事が偶々遅れたので禍に巻き込まれる事もなかった。この事例を俺達に照らし合わせると……。
「この遅れが死に直結するのか将又僥倖に繋がるのか……。それがどう響くのかは誰にも分からないって事でいいんだよな??」
暫し考えた後、俺の右手の中で小さな鼻をヒクヒクと動かしている鼠に言ってやる。
「そうそれ!!!! いやぁ――、やっぱり俺様とダンは以心伝心なのかもな!! ほら、無類の女好きで騒ぐ事が大好きだし!? それに昨晩野宿している時だって夜遅くまで語り合ってたものな!!」
それはお前さんの思い込みって奴さ。
俺達は慎ましい食事を摂った後に早々と眠ろうとしたんだけど、口喧しいお前さんが夜遅くまで聞きたくも無い人生観及び好みの女性の体形を一人勝手に語り続けていたんだろうが。
でもまぁ……、女性が好きってのは肯定しましょう。
街中で可愛い子が歩いていたらついつい目を奪われてしまいますし。
「さぁさぁ、こわぁいこわぁいミツアナグマちゃん達が住んでいる里はまだかなぁ――」
フウタが俺の右手の拘束から逃れると此方の右腕を器用に伝って肩口に到達。
後ろ足で器用に立つと南の地平線へと視線を送った。
「貴様等、少し五月蠅いぞ」
俺達の喧噪が気に食わなかったのか、ハンナが猛禽類特有の大変鋭い瞳を此方に向けて凄む。
「ハンナ悪いね――!! 初めて空を飛ぶからついつい高揚しちまってさぁ!!」
「だからその声量を少し落とせと言っているのだ」
「ギャハハ!! 嫌ですぅ――!! 悔しかったら実力で俺様の口を閉ざしてみやがれってんだ」
あ――あ、し――らねっと。
恐らく地上に降り立つと同時に鋭い鉤爪で襲い掛かって来るから今の内に逃げ出す用意をしておきなさい。
「シュレン、さっきから全く動きが無いけど大丈夫??」
上着の右胸の懐辺りをポンっと叩く。
「某は大丈夫だ。何も問題無い」
「そっかそれなら良いんだけど……」
「シューちゃんはちょっと飛ぶのが怖いんだよねぇ――。一度目の着陸の時膝がガクガクブルブルしてたしっ??」
あ――、やっぱり相棒の超高高度落下は心に精神的苦痛を植え付けて来ますよね。
俺も何度か強制的に味わっているけど未だに慣れやしない。
「違う。某は怯えてなどいない。只、この場所を気に入っているのだ」
「へ――い、へい。そういう事にしておきましょうかね――。よぉ!! ハンナぁ!! 次の着陸の時も滅茶苦茶速く降りろよ!? あの常軌を逸した加速度が病み付きになりそうなんだ!!」
「ば――か。ミツアナグマの皆さんが突如として巨大な白頭鷲が馬鹿げた速度で舞い降りて来たら警戒するだろうが」
「だったら里から離れた位置ならよくね!?」
「あ――もう!!!! そこの男共!!!! 五月蠅いわよ!!!!」
上着の左胸の懐からチュルが顔を覗かせると大変分かり易い怒りの表情を浮かべて俺達を睨みつけた。
「やぁぁっと起きて来たのかよ。テメェがグースカ寝ている間に俺様達が片付けをして出発したんだぜ?? 有難く思えよ」
「はぁっ?? 例え私が起きていたとしてもやれる事が限られているし。それに雑用は男達の仕事でしょ」
「俺様達は現在作戦行動ちゅぅ――なのをお忘れかい?? 俺様の機嫌を損なうと作戦行動に支障が出ちゃうぜ――」
「うっわ、うっざ!! 私達はもう引き返せない所まで来たんだからあんたの御機嫌伺いなんてする訳ないじゃん」
「んだと!? いつまでもうだつが上がらない御用聞きみたいに揉み手をしながら遜りやがれ!!!!」
あ――、うるせぇなぁ……。
右肩の鼠と左胸の懐から顔を覗かせている青き鳥との言い合いを無理矢理聞かされ続けているとこめかみ辺りにズキンとした痛みが生じてしまった。
チュルが話した通り、俺達はもう既に引き返せない一位置まで足を踏み入れてしまっている。
他ならぬレシーヌ王女様の願いを叶える為にそれ相応の実力を持つ野郎四名が自らの命を賭すこの救出作戦に果たしてその価値があるのだろうか??
相棒がこのまま王都に目掛けて反転すれば、命は確実に助かるだろうが……。レシーヌ王女様に掛けられた認識阻害の真相は永遠の闇の中へと葬られ。彼女の使い魔であるチュルの命も儚く散ってしまう。
気紛れ、突発的怒り、卑しい嫉妬等々。
認識阻害を掛けた動機がクソ下らねぇ理由であり、ティスロの身柄を確保して救出する際にその価値が無かったのなら……。最悪、見殺しにする選択肢もあるだろう。
俺達には元々彼女を救う理由は無く、四名の命とたった一名の命を天秤に掛ければどちらに傾くのかは自明の理であり。救出した際に俺達の命が危ぶまれる可能性があるのならそれは最善の選択肢だろうさ。
ギャアギャアと騒ぐ一匹の鼠と小鳥の存在を無視しつつ、南方へ向けて視線を向けていると漸く俺達が向かうべき場所が見えて来た。
「うっひょ――!! やぁぁっと見えて来やがったぜ!!」
フウタが広大なリーネン大陸の終わりを捉えると高揚感を全開にした口調で叫ぶ。
これまで続いていた熱砂の黄土色は大陸の南端に到着すると海の美しき青に変換。単色の大地に現れた変化に俺も彼程では無いが高揚した感情が芽生えてしまう。
大陸と海の境には背の高い山脈が海風を遮る様に聳え立ち、それは東西へと広く伸びる。山から大陸側に下っている川の周辺には緑が栄えており空高い位置からでもそれは確認出来た。
「あれがローレンス山脈か??」
フウタの高揚した声を受けて俺の懐から顔を覗かせている小鳥に問う。
「そうよ。ほら、あそこの山に囲まれた盆地と地に留まっている砂嵐が見える??」
チュルが右の翼を件の場所へと向けるのでそこへ視線を送った。
大陸と海の狭間に聳え立つ山の大陸側の麓には今も海から押し寄せる風の影響を受けた砂嵐が起こっており、それは地形と距離感からして途轍もない範囲に及んでいると確知出来る。
普通の砂嵐なら風の影響を受けて移動するものだけど……。どういう訳かあの馬鹿げた範囲の砂嵐はそこにズンっと腰を据えて決して動かないで居ようとしている。
海側の風と大陸側の風があそこで拮抗しているのか??
その手前側には山に囲まれ砂が広がる楕円形の盆地があり、そのもっと手前には山と山の間の渓谷があり。山を越えるよりもあそこの渓谷を進んだ方が楽であると容易に推察出来た。
「あぁ、見えるぜ」
「山と山の間の渓谷に続く森の手前にミツアナグマ一族の里があるわ。彼等は森の恵みと狩りで生計を立てているの。盆地に、そしてあの酷い砂嵐の中へ突入する為に許可を貰わなきゃならないんだけど……」
「分かっているさ。万が一許可が得られない場合、彼等の死角から砂嵐の手前に突入。そして嵐の中を進んで目的地へと進むから」
いつもの高飛車な性格は鳴りを潜め、本当に申し訳無さそうな声色で話す小鳥にそう言ってやった。
「有難う、力を貸してくれて」
「なぁに、これも他ならぬレシーヌ王女様の願いだからね。よぅ、相棒。話を聞いていたか??」
彼の背を優しくポンっと叩く。
「あぁ、ミツアナグマの里は既に捉えている。その手前に着陸して相手を警戒させない様、慎重に歩みを進めて行こう」
傍若無人、無頼漢。
そんな言葉が似合う彼からよもや相手を警戒させないという言葉が出て来るとはねぇ……。
これも全てこの冒険が彼を大人へと成長させた結果でしょう。
お母さんは嬉しいわよ?? 相手の気持ちを察する事を覚えてくれて。
「ハンナ!! こんな温い速度で降りるんじゃねぇ!! もっと速く下降しやがれ!!」
「あんた馬鹿なの!? 相手を刺激しちゃ駄目って言ったでしょう!!」
「これだけ離れていれば大丈夫だって!!」
つい先日まで相棒と二人っきりの静かな環境は一匹の鼠と一羽の小鳥の登場によって既に崩壊。今は喧噪と言う名の暴君が我が物顔で暴れ回っていた。
五月蠅いだけならまだしも、相棒の堪忍袋の緒がブチ切れない様に御機嫌伺いをしながら目的地へと進んで行こう……。
何で俺がそんな事まで苦労せにゃならんのだと。憐憫を優に超える憂鬱な想いを胸に抱いて徐々に近付いて行く背の低い草が生え揃っている大地へと視線を送り続けていた。
お疲れ様でした。
これから焼きそばを食した後に編集作業に取り掛かります。
次の投稿は恐らく深夜になるかと思われますので今暫くお待ち下さいませ。