第百十八話 使い捨ての駒達 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「今日は一体何の用だ」
う、う、うわぁ……。ひっどい顔色だな……。
昨日まで居た目元のアオイくまちゃんの毛並が真っ黒に変化。いつもは健康的な色が目立つ頬は痩せこけ、震える手を必死に御して大量の書類に執筆を続けている。
指先一つでも触れたら倒れてしまいそうな姿を捉えると心に同情という感情が芽生えてしまった。
「この後、ティスロ救出作戦に出発する為。挨拶に参りました」
執務机の前に静かに立ち、彼女の機嫌を損なわない様に大変静かな声量で口を開いた。
「ふんっ、これは非公式な任務だから態々挨拶に来る必要も無いのに律儀な奴だな。それで?? 救出作戦の日程はどうなっている」
「ハンナの背に乗り大陸南端へと移動、かなりの距離の移動となるので道中で一泊。ミツアナグマ一族の里には明朝に到着予定です。そこから再びハンナに飛んで貰いローレンス山脈の麓へ到達。チュルから聞いた話ですと酷い砂嵐を抜けるのに半日程度掛かるそうです。それから山脈の深い位置へと向かい、要救助者を確保。砂嵐を抜けて帰還する予定です」
言葉で説明するのは本当に楽だけど、移動中には砂虫の襲来に備えなきゃいけないんだよなぁ……。
「そうか……、それなら四日で帰って来い」
「え゛っ!?」
たった四日で救出作戦を実行しろと!? 俺の大まかな予定は傷の治療やミツアナグマ一族との交渉日程も合わせて十日を予定しているんですけど!?
「何だ、文句があるのか??」
「い、いえ。ミツアナグマ一族との交渉が難航した場合、そして傷の治療や不慮の事態等々。それらを考慮して約十日を予定したのですが……」
「それは貴様の予定だ。私は、我々が本腰を入れているキマイラとの交渉を優先すべきと判断したまで」
それは分かりますけどぉ……。王女様直々の依頼なのですから六日程度は目を瞑って頂けると幸いです。
「ゼェイラ長官。ダンは他ならぬレシーヌ王女様の願いを叶える為、己の身を切る覚悟で南へと発ちます。十日程度はやむを得ないかと」
さっすがグレイオス隊長!! 俺の事を良く見ていじゃねぇか!!
良く言ってくれた!! そんな感じでコクコクと小さく頷く。
「非公式な任務に何故正式な任務の日程を割かねばならんのだ?? それと、貴様は絶対安静の指示が出ている筈だが何故ここに居る」
う、うぉぉ……。すっげぇ怖い顔じゃないですか。
あの顔を捉えたら極悪非道の限りを尽くした大罪人でさえ許しを請うて膝を折り曲げるだろうさ。
「あ、いや。それは……」
「はぁ――……。いかんな、疲労というのは人に良くない感情を生み出させてしまう様だ」
しどろもどろになるグレイオス隊長を捉えると眉間に指を添えて小さく押す。
「本来ならこの救出任務は絶対に許可されない任務だ。しかし、レシーヌ王女がどうしてもと言うので私は許可した。あの鼠の身柄の移動以外の事は他の部署に一切伝えていない。万が一貴様達が亡き者となった場合はキマイラとの交渉が決裂してしまう恐れもあり、その時は独断で貴様達に許可を与えた私の首が飛ぶ」
それはどっちの意味でしょうかね??
物理的に飛ぶのか、それとも社会地位的に飛ぶのか。
まぁ文脈からしてこの仕事をクビになるという意味でしょう。
「ティスロが凶行に至った原因の解明、王女様の我儘、そしてキマイラとの交渉決裂の憂い。幾つもの要因が重なり合った結果が今回の救出作戦だ。決行するのなら最善の結果を勝ち取って来い。私から言えるのは以上だ」
「はい、必ずやティスロを確保して原因究明を果たします」
「うむっ、では気を付けて行って来い」
「有難う御座います。それでは失礼しますね」
これ以上この場に居ると要らぬ攻撃を受ける可能性があったので扉へ向かって静かに踵を返した。
「あ、言い忘れた。レシーヌ王女が枕とシーツを大量の涙で濡らしているので励まして来い」
「え?? それって……」
「私の夜通しの説教が余程堪えのか。夜が明ける寸前まで枕をヒシと抱いて泣いていたぞ」
やっぱりそうか……。
ゼェイラさんの説教は鍛えている者であってもかなり芯に響きますからねぇ。
「それでは出発の挨拶のついでに励まして来ますよ」
「ん――、宜しく頼む」
「失礼します」
絶対安静の指示を破り、ちょっとだけ尻尾の先端がシュンっと垂れ下がっている彼と共に退出。
「ふぅ――、さぁって。落ち込んでいる王女様を元気付けて来ましょうかね」
かなり落ち込んでいるグレイオス隊長を励ます事と危険な任務への出発、二つの意味を籠めて彼の背を軽く叩いて元来た道を戻る。
「何から何まですまんな」
「それが俺の仕事なんだって。今は長官の指示を守って大人しく寝ていなさい」
「少し位の運動なら許容範囲だというのに長官殿は少々厳し過ぎるぞ」
「それだけお前さんの力を必要とされているんだって。それじゃ俺はこっちだから」
城内の門の前に到着するとグレイオス隊長に対して軽やかに右手を上げ、左翼側へ続く通路へと向かう。
「分かった。ダン……、これ以上進むのは危険だと判断したら直ぐに戻って来い」
「それは隊長命令かい??」
真に友を想う優しき瞳を浮かべている彼に問うた。
「これは隊長としてそして友人としての言葉だ。お前達が居ないと張り合う相手が居なくなるからな」
「ははっ、有難うよ。ハンナにもそう伝えておくわ」
「あぁ、気を付けて行って来いよ!!」
「おう!! 忠告有難うな!!」
今日はお休みの太陽の代わりに彼に明るい笑みを送ると左翼側の廊下へ足を踏み入れた。
「ん?? ダン、王女様の朝食はもう運んだぞ??」
「今日は別件さ。多分、俺に色んな話をさせたいのでしょうね」
「あぁ、いつもの奴か。気を付けてな――」
螺旋階段を上る際中、二階入り口付近で歩哨の任務に就く彼に一言二言放ち。
「あっれ?? ダン。今日はどうしたんだ」
「王女様の話し相手に呼ばれたのさ」
王女様の部屋へ続く廊下で警戒中の任に就く王都守備隊の彼にほぼ同じ説明をしてやった。
「お、おう。そうか。昨晩は何をしたのか知らないけどゼェイラ長官の怒号が王女様の部屋の中で響いてさ。今朝方に漸く止んだと思うと悪鬼羅刹が部屋から出て来たんだよ。アレはビビったわ」
悪鬼羅刹って……。もうちょっと言葉を選びなさいよ。
「ダンは何か聞いてない??」
「いんや?? というか、キマイラとの交渉や街の依頼でてんやわんやの俺がそんな事を聞ける時間があるとお思いで??」
「はは、そうだったな。それじゃ今日も宜しく頼むよ」
「う――っす」
彼に背中を押されてその勢いで王女様の部屋の前に到着した。
「レシーヌ王女様。起きていらっしゃいますか??」
大変静かな環境を崩さぬ様、戸を優しく三度叩いて尋ねる。
ゼェイラさんにこっぴどく叱られていたらしいし、多分まだ眠って……。
「あ、はい。少々お待ち下さいね」
おや、起きていらっしゃいましたか。
此方の想像とは裏腹に到着を告げると直ぐにいつもの優しい口調が返って来た。
「ど、どうぞお入りください」
「失礼します」
彼女から入室の許可を頂くといつも通りの所作で部屋に足を踏み入れ、ほぼ定位置となっている丸い机の側に移動を果たした。
部屋に設置されている家具に異変は見当たらず窓には薄いカーテンが掛けられており。本日の天候もあってか部屋全体が随分と薄暗く感じるな。
「本日はどういった御用件でしょうか??」
「寝不足気味の長官から長時間に亘っての説教を受けた王女様の御心を労わりに来ました」
「べ、別に私はそこまで落ち込んでいませんっ」
そこまで、という事は多少なりに落ち込んでいるという事ですね。
「あはは、それは冗談で……。本日は南への出発の挨拶に参りました」
「えっ?? もう出発するのですか??」
「えぇ、人身御供となる二名の人物を集め。俺達は使い捨ての駒としてティスロ救出作戦に向かいます」
正式な任務では無いので俺達の救助は認められず、それに砂虫に食われようが遭難しようが危険地帯に隠れているティスロを救助しようが爪の先程の報酬も得られない。
使い捨て、若しくは消耗品という言葉がしっくりくる作戦ですからね。
「使い捨てなんて酷い言い方をしないで下さい。ダン達は限りある大切なたった一つの命を救いに向かうのですから」
「それはあくまでも事情を知らない外側から見た視点ですよ。ゼェイラさんにも口を酸っぱくして言われませんでしたか?? 私情で物事を決めるなと」
「それは……」
あはは、やっぱり言われちゃいましたか。
「彼女は国の中枢で指揮を執る地位有る御方ですからね。厳しくお伝えするのは当然の事です。ここだけの話ですが……。今回の任務は政府機関の人員では無く一般人を利用した救出作戦となりました。私と、ハンナ。そして先日王都守備隊が確保した鼠の魔物の計四名で死地へと向かいます。ゼェイラさんは尋問中で拘留しなければならない件の二名を引き渡す様に執行部長官に伝えたでしょう。これは彼女の昇進に大きく影響を及ぼす恐れがありますね」
もしも俺達がローレンス山脈で命を落とせば、ティスロが王女様に認識阻害を掛けた理由は永遠の謎に包まれたまま闇の底へ消えてしまう。
しかし、彼女を救出して原因究明を果たせばゼェイラさんの大層御立派な職業経歴が守られ苦労が報われる。
伸るか反るか、正に一か八かの救出作戦。
それを提唱したレシーヌ王女様にはその事を知って欲しかったが為に夜通しの説教をしたのだろうさ。
「それは昨晩から耳が痛くなる程にゼェイラさんと母から聞かされました」
あ、あらら?? 王妃様からもお叱りを受けたので??
それは初耳だな。
「彼女達は私にこう言いました。『理由を知りたいのは分かる。しかし、その理由の為に四名の尊い命と王家の名が失われてしまう恐れもある』 と。たった一人の命に対して四つの命を賭ける。命の重さを量る天秤に乗せれば、どちらか一方に傾くのは自明の理です。しかし……、しかしですね。私は一人静かに命を落とそうとしているティスロを放ってはおけなかったのです。私の我儘ではある事は知っています、ダン達がこの世から居なくなってしまうかも知れないのも分かっています。でも、それでも……」
ふぅむ、成程。
彼女にはまだ王家の名は重くて、その名に相応しい者となる様に努めているがどうやら彼女は優し過ぎる様だ。
若さ故。
それが許されるのはあくまでも俺達一般人のみ。彼女の様な高貴な血を受け継ぐ御方はその故を犯す訳にはいかない。
自分の故で人の命が失われてしまう、その故が我儘である事も知っている。
だが、時には我を通す重要性も知って貰いましょうか。
「私の様な身分無き者の身を心配して下さり有難う御座います。その言葉が何よりも励みになります。しかし……、レシーヌ王女様。時には我を通す事も大切ですよ??」
「己の我、ですか」
「いつかは王家の名を受け継ぐ身。そして一国を治める事となれば幾つもの問題が出て来るでしょう。そんな時、相手の身ばかりを心配していたらとてもじゃありませんが一国の女王は務まりません。時に王は覇道を進まなければならない時もあるのです。今回の一件はその覇道の第一歩。そう考えて下されば結構ですよ」
国を守る為の軍費を大幅に削った結果、反政府組織に打ち倒されてしまう。
国民の為を想い税収を減らす法案を可決すれば、その法の隙に乗じて私利私欲で私服を肥やそうとする不届き者が現れる等々。
自分が思い描いた通りに世の中は動かぬ様、一国の王の優しき想いは完全完璧に国民達に伝わるとは限らない。それどころかそれを逆手に取る大馬鹿野郎の出現を懸念せねばならなくなる。
優しき御心を胸に抱くのは最も大切なのかも知れない。しかし、それだけでは一国の王として相応しくないのだ。
税収を増やして国力を増強して脅威に対抗する力を得る。新たなる道を、街を建築する公共投資の増加で経済を活性化させる。
経済的な負担増に国民は苦しい生活を強いられるかも知れないが将来的な観点からこれらは有意義な政策となるだろう。
減税、歳出の抑制ばかりでは国は発展しない。
そう、時に王は血を伴う覇道を進まなければならないのだ。
「ですからこう声高らかに仰って下さい。このレシーヌ=ミキシオンが命じる。ティスロ救出に向かい必ずや彼女の身を確保しろ、と。我無き女王となり傀儡となり下がるよりも、大地に巨大な根を下ろす立派な大木となって国民という名の鳥達の羽を休ませる大樹に育って欲しいのが本音です」
俺が優しい口調でそう話し掛けると。
「ダン、貴方は本当に優し過ぎますよ……」
グスっと鼻を啜り両の瞳から零れて来る温かな雫を両手で拭い去ってしまった。
「私は思った事をそのまま口に出しただけです。さ、レシーヌ王女様?? どうかこの使い捨ての駒に御命令を」
「コ、コホンッ。それでは……」
彼女が可愛らしい咳払いをした後。
「私、レシーヌ=ミキシオンが命じる。必ずやティスロを救出して私の前に送り届けなさい。これは絶対的な命令である」
俺の体の芯にズシンと重く響く声色を放った。
「ッ!!」
流石と言うか、血筋というか。
人の上に立つ人には必ず備わっている機能として声があるんだけど……。レシーヌ王女はどうやらその機能を先天的に受け継いでいる様ですね。
先程までの弱き女王の声は消え失せ、絶対的女王の声で命じられたかと思いましたもの。
「はっ、必ずや彼女の身を救い出す事を此処に誓います」
その場で地面に片膝を着いて忠義ある姿勢を取った。
「――――。フッ、クスス……」
「あはは。何だかちょっと芝居臭くなってしまいましたね」
「えぇ、本当に……。でも有難う。ダンの言葉が本当に励みになりましたよ」
「レシーヌ王女様のお力になられて光栄です。それでは、出発時間が迫っていますのでそろそろ向かいますね」
静かに立ち上がると彼女に一つ礼をして扉へと向かう。
「ダン、これは女王でも無く。王家の者でもない私の心そのものの言葉です。私の我儘を叶えてくれて有難う。私の為に死地へ向かって有難う。そして……、どうか無事に帰って来て下さいね」
ったく、これほど力になる言葉はねぇよ。
それにか弱い女性の願いを叶えるのが真の男って奴さ。
「その御言葉を胸に刻み、必ずや帰還します」
「宜しくお願いします」
「あ、勿論。ちゃぁんと報酬は頂きますよ??」
しんみりとした雰囲気で別れる質じゃあありませんので。ここは一つ揶揄ってあげましょうか。
「それは勿論です。何を所望します?? 一生遊んで暮らせるお金ですか?? それともそれ相応の地位ですか?? 私が出せる範囲であるのならば叶えて差し上げますよ」
「あはは、私はあくまでも一冒険者ですからね。そんなお金を、地位を持っていても何の役にも立ちませんよ」
「それじゃあ……。え――っと……。ま、まさか!? チュルが言っていた様に下着ですか!? それだけは絶対駄目ですからねっ!!!!」
あ、いや。それは確かに欲しいですけども。
「私が所望するのは……。王女様の御話、ですかね」
「私の?? 聞いても面白くありませんよ??」
「これまでは私ばかり話していたので今度は王女様の物語を聞かせて下さい。それこそが私が望む報酬ですよ」
「わ、分かりました。ダンが帰還するまでにある程度話を纏めておきますねっ!!」
そんなに鼻息荒くして話す内容なのかしら……。人は見た目じゃないと言われている様に、王女様は意外と波乱万丈な人生を送っているのかもね。
「有難う御座います。それでは、失礼します」
「気を付けて下さいね」
相手の身を労わる優しき言葉を受け取ると静かに王女様の部屋を後にした。
「ふぅっ、これにて挨拶は終了っと」
後は相棒達との集合時間に遅れない様に急いで向かわないと。
気合を入れる為に両頬をパチンと叩いて軽い駆け足で廊下を進んで行くと。
「ダン、廊下及び階段での走行行為は禁止されているからな」
大人が子供の横着を咎める様な口調を受けてしまった。
「わりぃ、今日だけ見逃してくれよな――」
「はいはいっと。俺も昼寝を見逃して貰っているし。これで御相子だな」
「そういう事っ。それじゃ!!」
親しき友との別れの様に軽く右手を上げて螺旋階段を下って行く。そしてその道中。
「こらっ!! 走って階段を下りるな!!」
「悪いな――!! 今度またあの本買って来てやるから!!」
「許す!!」
贈収賄を行い自分の違法行為を堂々と成立させ、中々の勢いを保ったまま城の外へと目指して階段を駆け下りて行ったのだった。
お疲れ様でした。
寒い日は温かい食べ物に限る。
その考えに至り本日はインスタンとの札幌一番味噌ラーメンを食しました!!
あのジャンク感溢れる味と縮れ麺が堪りません……。
この後書きを書きながらふと思ったのですが、この御話を読んで下さっている読者様の男女比率はどうなっているのでしょうかね??
私的には男性と女性。9.9対0.1位だと考えていますね。随所に散りばめている雄臭い話が雄を引き寄せるのでは?? そう考えている次第であります。
そしてブックマークをして頂き有難う御座いました!!
次話からは南へと発ち、ミツアナグマさんの里へ訪れるのですがそのプロット執筆が難航している為。執筆活動の嬉しい励みとなりました!!
それでは皆様、引き続き週末をお楽しみ下さいませ。