第百十八話 使い捨ての駒達 その一
お疲れ様です。
週末の夜に前半部分の投稿をさせて頂きます。
いつも元気で明るい笑みを振り撒く太陽は分厚い雲によって遮られ王都内は午前中らしく大変過ごし易い気温が漂っている。
まぁそれでも生まれ故郷の夏に匹敵する温度なのだが直射日光が無い分、楽に行動出来るのは正直助かる。
俺にとってご満悦な気候なのだが生まれたその時からうだるような暑さに晒されている彼等にとってこの気候は不満なのか。
「何だか晴れないと元気が出ませんよねぇ」
「そうよねぇ。あ、お兄さん。そこの野菜を売って下さいな」
「ヘイ!! 毎度あり!!」
店先で交わされる会話の声量と明るさは普段より二割減といった感じであり、広大な王都内を東西南北に走る大通り沿いを歩く人達の表情も何処か寂し気に映る。
大蜥蜴ちゃん達は暑さにべらぼうに強いんだけど寒さに弱いのだろうか?? それとも太陽の光を浴びないと元気が出ないのか??
晴れた日は活発に動き回り、雨の日は大人しく過ごす。
何処かの誰かさんが唱えた通説通り。人間達と同じく大蜥蜴達も気候の変動に敏感だという事でしょうね。
「ふわぁぁ――……。はぁ、まだ微妙に眠たいな」
北大通りを北上して行くと徐々に人通りが減少して行き、誰に咎められる事も無く何の遠慮もしないで空白が目立つ歩道の上で大欠伸を放つ。
今日が救出作戦出発日だってのにアイツ等と来たら……。
『うっっひょ――!! ミミュンちゃんって意外と着痩せするだな!!』
『キャハハ!! だ、駄目――!! 服の中から出て行ってぇ――!!』
『ハンナさん、ワインのお代わりは如何ですか??』
『う、うむ。貰おうか』
『ちょっとあんた!! 私のハンナに色目を使うの止めてくれる!?』
月も欠伸を放つ夜更けだというのに馬鹿みたいに騒いで。挙句の果てには。
『りぃ――い!? あんらは!! わらしの言う事をきいれいればいいろ!!』
『あ、あの。お嬢さん?? 大分酔っているので飲酒はそろそろ止めた方がぁ……』
『あぁん!? わらしが酒に溺れてるとおもっれんの!? 早く注げ!!』
『め、滅相も御座いません!! ささっ、庶民がこぞって飲む安酒で御座いますよ――。早めに寝ないと明日に響きますのでさっさと酔っ払ってぶっ倒れて下さいましっ』
『今日は寝ないろ!!!!』
『うげべっ!?』
人が折角遜った雰囲気を醸し出して、姫様に忠を尽くす騎士の様に片膝を折って酒を注いだというのに空の酒瓶で横っ面を叩きやがって。
酒の席は無礼講だと言われているが、流石に瓶の殴打は駄目だろう……。お陰様で夜が明けたというのに左頬がズキズキと痛みやがるぜ。
大変辛辣な表情を浮かべている左頬の機嫌を窺いながら北上を続けて行くと。
「いらっしゃいませ――。当店御自慢の蜂蜜は如何ですか――」
大通り沿いだというのに随分と小さな声量で客寄せをしている大蜥蜴の店主とばっちり目が合ってしまった。
お、おぉ……。どうもこんにちは。
暇そうな日に突如としてやって来た大量に品物を買う上客を見付けてしまった様な瞳で此方を見つめないで。
「お客さん!! お一つどうだい??」
蜂蜜、ね。
俺の代わりに買い出しに向かっているハンナ達は保存が利く食料と、ミツアナグマ一族さん達用のお土産の購入の御使いを頼んでいるのだが。
どうせアイツ等の事だ。
『ハンナ!! 俺様は無駄に硬い食べ物を所望するぜ!!』
『某はチーズだ。出来れば匂いが強い物がいい』
『ちょっとあんた達!! 私のハンナに纏わり付かないでよね!!』
『鬱陶しいぞ!! 貴様等!! 俺の体は乗り物では無いのだ!!!!!』
通行客の鼓膜を辟易させてしまう声量でギャアギャアと騒ぎながら目的の物を中々買えずに四苦八苦している事だろうし。
そんな状態では気の利いたお土産を買うのも不可能に等しい。お邪魔させて頂く側として無礼が無いよう、そしてお土産に満足して頂ける為に色を付けるのも悪くない考えだよな。
「ん――……。後で購入する事も出来ますか?? 今はちょっと用事を優先したいので」
「全然構わないよ!!」
「それならぁ……。店主さんお薦めの蜂蜜を二、三用意しておいて下さい。用事の帰りに立ち寄りますので」
大変静かな北大通りに面しているお店なので俺達庶民が足蹴に通うお店よりも少し割高だけど、贈答用に購入する品なので値段はこの際目を瞑ります。
この費用もティスロ救出作戦の経費に入れてやる。作戦成功の暁にはぜぇぇええったいに払って貰うぞ!!
「毎度あり。それじゃあ待っているから!!」
「えぇ、宜しくお願いしますね」
ニッと軽快な笑みを浮かべた店主に一瞥すると再び北上を開始。
「おぉ!! ダンか!! お早う!!!!」
「あぁ、お早う。そして出来ればもう少し静かに挨拶をしてくれるかい??」
朝も早い時間だというのにきっちりと御立派な鎧に身を包んで王宮へと続く階段の前で警備を続けている王都守備隊の隊員に挨拶を送ってあげた。
「しけた挨拶じゃあ元気が出ないだろう!?」
「そうそう。それに小さな挨拶だと隊長に叱られちまうからな」
俺が言いたいのはそういう事じゃなくて、状況に沿った声量を放てと言いたいのです。
大体、警備中の私語。無駄な動きは禁止されているんじゃねぇのかよ……。
「今日はいつもの用事か??」
「ん?? あぁ、そんな感じさ。ゼェイラさんに色々と相談したい事があるんだよ」
本当は要人救出の出発の挨拶に伺うだけなんですけどね。
「そっか。まぁ大変だとは思うが王都の為に身を粉にして働いてくれ」
「俺の仕事はしがない請負人なの。お前さん達が本来請け負うべき仕事を履行しているんだからもう少し温かな労いの言葉を掛けやがれ」
警備中の彼の左肩を優しくポンっと叩き、無駄に長い階段を上り始めた。
「宜しく頼むなぁ――!!!!」
だから、静かにしないと後で大量の始末書を書かされる羽目になるぞ……。
此方に向かって元気良く手を振ってくれた二人に軽く手を上げて返事を返し。
「ダン!! お早う!!」
「今日は雲ってるから微妙に元気が出ねぇよなぁ!!」
「お早うございます。えぇ、太陽の笑みが恋しいですわねっ」
次々と襲い掛かって来る元気な挨拶に適度な力を籠めた返事を与え、寝不足気味な体に辛い長い階段を上り終えるとその足で門を潜り抜け。
「ん?? おぉ、ダンじゃないか!! 昨日は世話になったな!!!!」
「それはこっちの台詞さ。後、もう少し声量を落としてくれるかい?? グレイオス隊長の声は頭の奥深くまで届くからよ」
馨しい花の香りが漂う庭園に一番不釣り合いな大蜥蜴ちゃんに対して静かに忠告してやった。
「すまんすまん!! 昨日の軽い散歩が体を呼覚ましてしまってな!! 居ても立っても居られずにベッドから飛び起きて先程まで隊員達を鍛えていたのだ!!」
あらまぁ……、ラゴス達も可哀想に。
元気を取り戻した隊長のシゴキはさぞ辛かっただろうさ。
「それで?? 今日は一体何用で足を運んだのだ??」
「これから南へ発つからね。ゼェイラ長官に一言伝えておこうかと思ってさ」
城へ続く石畳の上を進みながら話す。
「そうか。今日発つのか……。俺が全回復していれば帯同してやれるのだが……」
「ミツアナグマ一族はどういう訳かお前さん達大蜥蜴を毛嫌いしているらしいから、どの道お留守番だよ」
「話せば分かるかも知れないだろう!?」
「距離感!!!!」
頭上から大蜥蜴の頭が急降下して来て視界の殆どを塞いでしまったので、取り敢えず彼の横っ面を軽く叩いてその距離は間違えていると伝えてやった。
「ふんっ、温い攻撃だな」
「ご要望とあらばもっとひでぇ面にしてやるけど??」
「ワハハ!! 貴様との組手か!! それは楽しみだ!!」
グレイオス隊長が大変御立派な筋力が備わった両腕で城の門を開き、その足でゼェイラさんの執務室へと進んで行く。
「それで?? あの鼠達は信用出来るのか??」
「話した感じは気の良い連中だよ。恐ろしい場所にこれから向かうってのに逃げる素振も見せないし」
普通の奴なら恐ろしい生物が跋扈する場所に向かう事になったら逃亡を画策するが……。彼等は寧ろ己の技と肉体を鍛える為に楽しみにしているという感じだったし。
怖い物知らずなのか将又頭の何処がイかれているのか知らんが俺達にとっては喜ばしい限りだ。
「ほぅ、見た目通り物怖じしない性格なのだな」
「物怖じじゃなくてあそこまで行くと酔狂の部類に当て嵌まるだろ。知り合って間もない俺達と死んじまうかも知れない任務に帯同するんだぜ??」
生きて帰って来られる保証の無い馬鹿げた作戦に参加するのか、それとも長期間牢獄に繋がれ命が保証されている方を選択するのか。
限りある人生の時間を少々浪費してしまうが、真面な奴なら命あっての物種と言われている様に確実性を重視するのなら間違いなく後者を選択するだろうさ。
「彼等は鍛える為にこの大陸へ渡って来た。そして王女様は彼女の真意を知りたい。利害の一致という言葉で片付けると簡単だが、幾つもの複雑な要因が絡み合って作戦行動が出来る様になった。これは喜ばしい事だぞ」
「へいへい。死に物狂いで大罪人を確保して舞い戻って来ますよ――っと」
本来であれば救出しに行く理由が無いのに王女様の依頼で死地に向かう俺の気持ちを少しは汲みやがれ。
誰だって好き好んで死地へ向かわないのだからよ。
「それは俺からも宜しく頼む。何故彼女が凶行に走ったのか、その理由を知りたいからな」
「まぁ俺もそこは気になっている所だよ。本当の姉妹みたいに仲が良かったんだろう?? ゼェイラさん、ダンです」
彼女の執務室の前に到着すると高価な木目が目立つ扉を静かに三度叩く。
ゼェイラさん居るかな??
「時間が合えば二人で何か話していたな。仲睦まじく肩を寄せ合い、微笑み合う姿はそれはもう平和に映ったものさ」
その彼女がどうしてレシーヌ王女を醜く見える様に認識阻害を掛けたのか。
謎は深まるばかりですねぇ。
「――――。入れ」
「失礼します」
随分と疲れた声が扉の向こう側から微かに響いたので、それに従い執務室に足を踏み入れた。
お疲れ様でした。
これから味噌ラーメンを食した後、編集作業に取り掛かります。
恐らく次の投稿は深夜になるかと思われますので今暫くお待ち下さいませ。