第百十七話 良く喋る鼠と物静かな鼠 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「ギャハハ!! も、もう飲めねぇって!!」
「何のまだまだ!! 夜は始まったばかりだろう!?」
「そうそう!! 今日は絶対帰さないからなぁ!!」
飲食店から出て来た酔っ払いの大蜥蜴ちゃん達が明るさを振り撒き、各店の窓から零れ出て来る光が夜の帳が下りた裏道を淡く照らす。
その明かりを受けた夜に蔓延る闇は傍迷惑そうな表情を浮かべて夜道の端へと追いやられていた。
王宮内の静謐な環境も好きだけど、俺に相応しいのはこうした喧噪渦巻く環境なのかもね。
ほら、心が物凄く落ち着いて来るのがその証拠さ。
「ねぇ、シンフォニアってこの街の中じゃ有名な職業斡旋所よね?? そんな有名処の受付嬢がこぉんな下町に暮らしているの??」
ハンナの左肩に留まるチュルが良い感じに酔っ払った大蜥蜴ちゃん達の姿を物珍し気に眺めながら問うて来る。
「彼女達は俺達と変わらない一般人だからね。シンフォニアが有名なのは彼女達の上司であり、凄腕な上司の御蔭だと思うよ」
前回の任務もリフォルサさんを通して俺達に話が舞い込んで来たし。彼女の力は恐らくこの街の至る所に及び、果ては行政にも及ぶ事でしょう。
これを好機と捉えるのか将又迷惑だと捉えるべきなのか……。慎ましい生活を所望している俺にとってはやはり後者に傾きかけているな。
国の重要な任務に携わる事は光栄なんですけども、自分の命を賭けない安全安心な任務はまず与えられない。とどのつまり、使い捨ての駒としての任務を請け負わざるを得ないのさ。
これから先の長い人生を取るのか、それとも危険を求めて端的に命を終わらせるか……。
冒険に旅立つきっかけとなったあの地図の本当の意味を知るその時まで死ぬ訳にはいかん。それなのに俺と来たら……。
でもまぁ、レシーヌ王女の願いを叶える為に危険地帯へ突入する訳なのだが。あの地図には俺達がこれから向かおうとしている場所にバツ印が打ってあった。
バツ印の意味、そしてレシーヌ王女に認識阻害を掛けた理由。
この二つの意味の究明する為にも救出作戦に参加するのは理に適った行動なのかもね。
「だけどシンフォニアが繁盛しているのは三名の受付嬢の力もあるかもな。一人は元気溌剌で喧嘩腰の請負人にも動じない鋼の心の持ち主で、一人はお淑やかで柔和な笑みが目立ち、一人は朗らかでどことなく頼りない姿が猛烈に男のナニかを誘う。三者三様の受付嬢が一役を買っているのさ」
「ふぅん……。じゃ、じゃあハンナもその受付嬢に目を奪われたって訳!?」
も、って何だよ。
俺が既に目を奪われてしまったみたいな言い方しちゃって。
「そんな下らない事に力を割く訳が無かろう」
「ほっ、良かったぁ」
うふふ、何も知らないアホな鳥に止めを刺しちゃおうかなっ。
「チュルさんやい。ハンナは生まれ故郷に大、大、だ――い好きな彼女を残してこっちの大陸に渡って来たんだぞっ」
「はぁっ!?!? ちょ、ちょっとハンナ!! 私という者がありながら彼女を作ったの!?」
「貴様と知り合ってまだ初日だろう」
「いいえ!! 恋に日数は関係ないの!! 今からでも遅くないわ!! 私に鞍替えしなさいっ!!」
「ギャハハ!! ば――か!! 小鳥を恋人にする訳が無いだろうが!!」
「そこの下品な鼠!! もう一度言ってみなさいよ!!」
「何度でも言ってやらぁ。小鳥を恋人にする酔狂な奴はこの世にはいねぇんだよ――」
いや、決して喋る木は存在しないと考えられていたが実際にその存在が確認出来ましたのでね。広い世界を探せば小鳥を恋人にしている酔狂な人物は存在するかも知れません。
まぁ、それを探し当てる前に自分の寿命が尽きてしまう可能性が高いので探しには向かいません。
「んぉ?? ダン、珍しい小動物を連れて歩いているなぁ――」
「小動物じゃなくて魔物だよ」
「あぁ!! ダンじゃん!! 今から寄って行かない!? 美味しい肉が入ってさ!!」
「残念。これからドナ達の家に向かわなきゃいけないんだ」
「な――んだ。じゃあ彼女達にも今度寄る様に言っておいてね――!!」
「ん――、了解」
顔見知りの大蜥蜴の酔っ払いの軽い絡みや何度も足を運んだ事のある焼き肉店のきゃわいい店員さんの誘いを軽く流し。
「あったま来た!! ハンナ!! あの生意気な鼠を成敗しなさい!!」
「何故俺が貴様の指示を受けなければならないのだ」
「私達は生まれた時から相思相愛でしょ!? 恋人のお願いを聞けないの!?」
「ギャハハハ!! 何度見ても滑稽な姿に笑いが止まらねぇぜ!!」
「君達……。もう夜だから静かに歩きましょうね……」
両親と夜道に出掛けてちょっとした冒険気分によって高揚して燥ぎ、騒ぐ子供を咎める母親の口調を放って場を鎮めていると漸く件の家の前に到着した。
はぁ……、やっと到着かよ。
普段よりも数倍の労力を費やした所為か、嫌に遠く感じたぞ。
これも全て一羽と二匹の小動物の所為だな……。俺は小動物を操る事を生業としている大道芸人じゃないんだからね??
「夜分遅くに失礼しや――す。ドナ、居るかぁ――」
丁度良い塩梅に経年劣化した木製の扉を叩いて来客を伝えてやると。
「何よ!! 私は今御飯を作って忙しいの!!!!」
名の知れた職業斡旋所の制服では無く、誰が何処からどう見ても完璧な私服姿のドナがけたたましく扉を開いてくれた。
「よっす。今日も元気そうで何よりだ」
つい先程まで料理と言う名の格闘技に興じていたのか、動き易そうな私服に濃い青の前掛けを着用しており。その服装の上には俺が大好きな笑みが乗っかっていた。
「ダンの声は直ぐに分かったけど……。ハンナさんの肩に乗る小鳥とあんたの肩に乗っかっている鼠は何」
「えぇっとぉ……。実はその事について二、三説明しなければならない事態が起こってしまいまして。つきましては君の家の中で釈明をさせて頂いても宜しいでしょうか??」
完璧な謝意を表す為に腰を四十五度に折り曲げ、思いっきり遜った口調でそう話す。
「んだよ、ダン。女にヘコヘコ頭下げて」
「へぇ――。シンフォニアの受付嬢って聞いたから四角四面な感じがしたけど……。元気そうで可愛い子じゃん」
「えへっ、そこの鳥さん有難うね。そしてそこの阿保鼠」
「あぁん!? 誰が阿保鼠だゴラァッ!!!!」
「あんたがどういう訳で此処に来たのか知らないけど女性を卑下する奴は家に入れないわよ」
『よぉ、フウタ。今だけはしっかり頭を下げてくれ』
腰を下りつつ彼の耳に囁く。
「ちっ、わ――ったよ。口が悪くてどうもすいませんでしたぁ――。これでいいだろ??」
「はぁっ?? 温過ぎて欠伸が出るわね。ダンみたいにちゃぁぁああんとした謝意を表せ」
「こ、こ、このっ!!」
はい、不味いです!!
「わ、わぁっ!! 良い匂いだな――!! ドナが作る料理を腹がはち切れんばかりに食べたいから両足が勝手に動いちゃったぁ――!!!!」
このままでは御近所迷惑な喧嘩が勃発してしまうと考えたので、入り口の前で腕を組み仁王立ちの姿勢で居る彼女を無理矢理家屋の中へ押し込んでやった。
「ちょっ!! 勝手に押して入ってくるなぁ!!!!」
「ドナの手料理が食べたくてもう我慢出来ないのさ」
「ったく……。はぁっ、分かったわ。そこのソファで寛いでいなさい。もう直ぐレストとミミュンも降りて来るからね」
「んっ、わりぃね」
「調子のいい奴め」
仕方が無い、そんな感情を読み取れる瞳の色を浮かべると良い匂いが漂う部屋の奥の扉へと向かって行ってしまった。
「はぁ――……。これで何んとか第一段階の終了だな」
座り易いソファに勢い良くお尻ちゃんを下ろしながら言う。
友人の家に来るだけでこんなに疲れるとは思わなかったぞ……。良く燥ぐ複数の子供を持つ母親の気持ちが今なら分かる気がしますよ。
「此度の救出作戦について何処まで話すつもりなのだ??」
俺の左隣りに腰掛けた相棒が普段と変わらぬ口調で問うて来る。
「ん――……。相手の名前、職業は一切伏せて行政側の重要人物である事だけを伝え。んで、フウタ達は傷付いたグレイオス隊長の代わりって事にしておこう」
前回の一件もあってか、彼女には余計な心配を掛けたくないのが本音だ。
でも色々と尋ねて来るんだろうぁ――。
そこで詰まらない様、今の内に多種多様な返答を考えておきますかね。
脳内に過る物凄い剣幕で迫り来る彼女の顔に狼狽えつつ。
「シューちゃんも出て来いよ!! この家の柱、物凄く齧り易そうだぜ!?」
「…………。ほぉっ、確かに齧りがいがありそうな良い匂いだな」
「ねぇハンナぁ。此処に何度も来た事がある感じだったけどぉ、本当に何も無かったのぉ??」
「しつこいぞ。俺に何度同じ答えを言わせるつもりだ」
「そこの鼠二匹。その柱を齧ったら即刻国外退去させるからなぁ――」
家屋を支える柱の前で小さなヒクヒクと動かしている二匹の鼠に諸注意を放ち、疲労を籠めた吐息を長々と吐いているとこの家の住人が二階から下りて来た。
「何か五月蠅いなぁっと思ったらダン達来ていたんだ!!」
「こんばんは、ハンナさん。今日は一体どうしたんですか??」
っと、一気に人口密度が増えて来たな。
三人掛けのソファの端へと移動して人、一人分座れる空間を捻出。
「隣、失礼しますね」
「う、うむ。構わん」
その空間にレストが腰掛け相棒との間に何やら柔らかい空気を生み出し。
「わぁっ!! 鼠ちゃん達だ!!」
「うっひょ――!!!! 中々の盛り具合じゃねぇか!! ちょいとそこの双丘に登らせてくれよ!!」
「きゃはは!! こ、こらぁ!! 勝手に登ってきちゃ駄目――!!」
下半身に素直な鼠の横着な行動に顔を朱に染めるミミュンの姿を眺めていると腹が空く香りを放つ料理が運ばれて来た。
「おい、そこの変態鼠。今から食事を始めるから人の姿に変われ」
「おう!? 飯か!? 仕方がねぇな!! 俺様の人の姿を初披露してやらぁ!!」
ドナのドスの利いた声色の忠告を受け取るとミミュンの体から離れ、そして彼の体から眩い閃光が迸る。
その光が止むとそこには目の奥がちょいと辟易してしまう真っ赤な装束に身を包んだ青年が立っていた。
齢二十歳前後だろうか。
若い顔立ちに良く似合う蓬髪気味の黒の短髪、背は小柄で恐らく百七十前後だろう。この大陸に跋扈する大蜥蜴の大きさを見慣れてしまった俺には少々物足りない背丈だ。
体全身を包み込む真っ赤な装束には色とりどりの花の刺繍が施されており、派手さに拍車を掛ける。
あぁいう派手な色合いを選ぶのは若気の至りって奴だよなぁ。顔立ちも若いし、恐らく人とは違う事を主張したかったのでしょうね。
「これがフウタ様の人の姿でい!! どうだ!? 中々の美男子だろう!?」
体の前で腕を組み、ムンっと胸を張ってそう話す。
「もうちょっと背丈があれば様になったんじゃない?? 私と同じ位の背丈で威張られても全然格好良く見えないから」
「ちょっと服が派手過ぎるなぁ。何だか見ていて目が痛くなるもん」
「短髪でも寝癖は直すべきよ?? それと、もう少し静かな口調を心掛けたら格好良く映るかもね」
あらあら……。三名の受付嬢から予期せぬ総攻撃を受けて面食らっていますね。
「そ、そんなに酷いか?? 俺様の姿って……」
フウタがさり気なく寝癖を直す素振を見せると小柄な体を動かして真っ赤な装束のアチコチを確認していた。
「ほら、ダンの頭の上に乗っている鼠とハンナさんの肩で羽を休める小鳥さんも人の姿に変わりなさい」
「私は使い魔だからね。人の姿に変われないのよ」
「某も人の姿を披露しなければいけないのか??」
「「「っ??」」」
某。
随分と古風な一人称を受け取るとドナ達が仲良く同方向に首を傾げた。
「あぁ、この鼠はシュレンっていって。おじいちゃん達と一緒に生活していたからその口調が移ったんだってさ」
フウタに聞かせて貰った彼の生い立ちを端的に説明してやる。
「シュレン、これから皆で飯を食うんだし。郷に入っては郷に従えって言うだろ?? 悪いけど人の姿に変わってくれるか??」
「はぁ――……。分かった」
頭の上から素早く木の床の上に飛び降りると彼の体から強き光が放たれた。
「――――。これでいいのか??」
光量が収まりその中から現れた一人の青年が本当に静かな声量でそう話す。
フウタの派手な赤の装束では無く、彼の全身を包み込むのは漆黒の装束。
肌の露出は極めて少なく頭部を覆う黒頭巾と口元を覆う黒の布で顔全体を隠し、目元だけを俺達に向けている。
背丈はフウタと同じく小柄で漆黒の頭巾から覗く目元から、そして声色からして歳は恐らく二十前後であろう。
彼等が話す忍ノ者は要人警護や暗殺を生業としていたと聞いたのであのクソ派手な赤よりも俺としてはこっちの黒の方がしっくり来る感じだな。
「なぁんか暗い服よねぇ。それは何んと言う装束なの??」
俺の席の真正面に腰掛けたドナがシュレンの足元から頭の先を見定めて問う。
「忍装束だ。色合い、着こなしは基本的に自由なのだが……。余り派手過ぎると目立つ為、好まれない傾向がある」
「ふぅん。それで?? フウタとシュレンは何で王都に訪れたの??」
「俺が説明するよ。実はさ……」
フウタに説明すると要らぬ情報まで与えてしまう恐れがある為、彼よりも先に口を開き俺達が知り合った経緯の説明を開始。
「――――。と、言う訳で。俺とハンナ、そしてフウタとシュレンは政府の要人を救出しにとある場所まで向かう事になったのさ」
レシーヌ王女直々の依頼、国家反逆の罪に問われているティスロ、超危険な砂虫、そしてミツアナグマ一族の情報を隠して必要最低限の情報を伝えてあげた。
「はぁ?? あんた達、また政府の依頼を請け負ったの?? こっちの仕事を優先してって伝えたじゃん」
「俺もそうしたいんだけどさぁ……。ほら、王都守備隊を統括するゼェイラさんが居るだろ?? 彼女からの依頼で、しかも前回一緒に行動した隊長達は怪我がまだ癒えていないんだよ。それにこの救出作戦はキマイラ程の危険度は無いし。十日程で帰って来るからそれまで我慢してくれ」
これで多分納得してくれると思うけど……。
右手をキュっと強く握り、ドナの返事を待っていると。
「ったく……。そうやって何でもかんでも依頼を請け負っているといつかぶっ倒れてちゃうからね??」
彼女は微妙に納得のいかない表情を浮かべながらも軽い笑みを浮かべてくれた。
ほっ、良かった。
これで張り倒されるという危険は去りましたね。
「へへ、悪いね。それでは皆様!! 本日の献立は他ならぬドナお嬢様が丹精込めて作ってくれた夕食です!! 一切残さぬ様、そして真心を確と味わいながら食しましょうね!!」
部屋の中に漂う空気がちょいと悪い方向に向かい始めていたのでそれを払拭するように大袈裟に両手を広げて机の上に並べられた料理に視線を向けた。
大人の拳大の大きさのパン、琥珀色のスープの中には根菜類がプカプカと浮かび、恐らくあの肉はピッディの肉だろう。
塩と胡椒で味付けされた食欲を誘う焦げ目の入ったお肉ちゃんに視線を奪われてしまう。
「大袈裟な奴」
「それだけ美味そうって事さ。それでは……。頂きます!!」
「「「頂きます!!」」」
食に、命に、そして彼女に礼を伝えると素晴らしい食事会が始まった。
「はい、どうぞ」
「おっ、有難う」
ドナから大変腹の空く香りを放つこんがりと焼き上がった肉が乗る取り皿と箸を受け取る。
「さてさてぇ、料理人ドナ様に感謝しつつお肉を頂きましょうかね」
「おう。もっと感謝して崇めても良いのよ??」
いや、そこまで崇めてしまうと君という存在は自分の中で神と同格の地位まで昇り詰めてしまいますので止めておきます。
「ふぁむっ。ほぅ……。んまいっ!! やっぱりピッディの肉だったか!!」
一口大に切り分けられたお肉を口の中に迎えると先ず感じたのは汗を失った体に嬉しい塩気だ。
噛み応えのあるお肉を奥歯でムギュっと噛むと歯が、そして顎がもっと噛ませろと催促する。
噛めば噛む程口内に肉汁が溢れ出し、舌が参り始めてしまうかと思いきや胡椒のピリっとした感じが味を引き締めて肉本来の旨味を際立たせている為そこまで苦にはならなかった。
俺と同じ感想を持ったのか。
「うっめぇぇええ!! おいおい!! 何だよ、この肉!! 滅茶苦茶美味いじゃねぇか!!」
「生まれ故郷では感じた事の無い味わいだな」
ピッディの肉を始めて食らうフウタとシュレンは高揚感丸出しで提供された肉を物凄い勢いで食らい続けていた。
「この味なら店で出してもいいんじゃないの??」
「普通に焼いて、塩と胡椒で味付けした料理だって」
「そうかなぁ。もっと他に隠し味とかあるんじゃないの」
「隠し味??」
「そうそう。ほら……。あるでしょ?? 大切な人に食べて貰いたいっていう真心が」
俺がそう揶揄ってやると。
「ば――か。そんな下らない事言う奴にはもう食べさせてあげないわよ??」
愛しのお肉ちゃんが随分と遠い位置まで運ばれてしまった。
「あはは、冗談だって。それよりもさ……。またシンフォニアに足を運べなくなって悪いな」
机の上に皿を置き、彼女の目を真っ直ぐ捉えながら言う。
「この前も急だったし、忙しくて店に来れないのは仕方が無いと思うんだけどさ。やっぱり心配だよ」
彼女が友を労わる優しい瞳を浮かべて俺の目を見つめる。
「大丈夫だって。今回もハンナが着いて来てくれるし、それにちょっと喧しいけど頼れる助っ人も居る事だからね」
「おい!! 俺様の肉を勝手に食うな!!」
「某の手前に置かれていたパンを勝手に奪ったお返しだ」
「――――。頼れるってのはちょっと疑問が残るわね」
「それ、同感」
ドナと同じ意味の溜息を吐き、再び目が合うと口角を微かに上げて笑い合った。
時が未来へと進み続ける以上、今日という日は二度と訪れない。俺はその事を十二分に理解しながらこの楽し気な雰囲気を目一杯楽しもうと決意した。
自分の命、存在が危ぶまれる危険な場所に向かう以上。此処に帰って来られる保証は何処にも無いのだから。
気紛れで、気分屋で、いい加減な幸運の女神様よ。
どうかお願いだ。
彼女の笑みをこれっきりじゃ無くてうんざりする程俺に見せてくれよな……。
「ハンナ!! 酒もあるぞ!! お前も飲むか!?」
「軽くなら頂こう」
「ハンナ!! 私が口移しで飲ませてあげる!! だからもうちょっとこっちに顔を向けて!!」
「ええい!! 鬱陶しいぞ!! 俺の顔に翼を添えるな!!」
「「「アハハハハ!!!!」」」
夜空に浮かぶ星達が思わず何事かと驚いた顔を浮かべてしまう陽気な笑い声が心の中の暗闇を消し去ってくれる。
この素晴らしい光景を何度も味わう為、死に物狂いで帰って来よう。
誰に話す事も無く己の心の中で決意を固めると右手に酒を持ちながら食事会から宴会に移行し始めた素敵な雰囲気をいつまでも大切に噛み締めていたのだった。
お疲れ様でした。
どうしても新しい登場人物の全体像を一気に書きたかったので思わぬ長文となってしまいました。
ここでちょっとした裏設定を御紹介します。
本話に登場した焔凰を除く四強の強さは現代編の主人公達といい勝負を繰り広げる程度の強さで、焔凰は狐の師匠さん達と同程度の強さを持ちます。過去編で登場させたいのですが、その予定は今の所ありません。その代わりに第二部でガッツリ本編に絡んで来ますので御了承下さい。
ブックマークをして頂き有難う御座います!!
新しい長編はまだまだ始まったばかりですが、これからも良い話を書ける様に頑張りますね!!
それでは皆様、お休みなさいませ。