第百十七話 良く喋る鼠と物静かな鼠 その一
お疲れ様です。
本日は二話分投稿させて頂きます。
空は一日の終わりに差し掛かり茜色が良く似合う美しい色合いへと変化。
地上に住まう大多数の人々は西の地平線に沈み行く太陽の最後の笑みを受け取り、朗らかな表情を浮かべながら家路へと若しくは職場へと足を運ぶ。
文化の色が強烈に光る王都の主大通り沿いには大勢の輝かしい生命が煌めきを放ち今日という日の最後を締め括るに相応しい雰囲気を醸し出していた。
二本の足が奏でる雑踏が耳を喜ばせ、己の意思を伝える口腔から心が明るくなる笑い声が鳴り、大通りを貫いて進む馬車の車輪の軽快な音と馬の蹄の音が陽性な感情を引き出そうとする。
それにつられて俺の暗雲立ち込める心も美しく清らかな空の色を取り戻してくれるかと期待していたのだが……。
諸悪の根源が立ち去らぬ限りそれは叶わないと理解してしまった。
「わぁっ!! 久し振りに見たけどすっごい活気よね!!」
左肩に留まる青き小鳥が両翼を素早く動かして己の感情を素直に表し。
「うっひょ――!! 何だよこの人混みは!! ちょいと気を抜いたら酔っちまいそうだぜ!!」
右肩に乗る鼠が嬉しそうに喉をコロコロ鳴らしてすれ違う通行人達へ好奇の目を送る。
今すれ違った人……。物凄く怪訝な表情を浮かべていたよな。
そりゃそうだ。双肩に小動物を乗せて移動する人は早々お目に掛かれないからね。
俺も彼の立場ならきっと同じ様な表情を浮かべていた筈さ。
「チュル。大胆不敵に姿を公にしているけど大丈夫なのかよ」
お前さんは国家反逆を犯した大罪人の配下であり現在も手配中の身なのだ。
馬鹿正直に姿を露見するなど以ての外でしょうに。
「多分大丈夫だって。街中を警邏している執行部の連中は下っ端だし、私の存在を知る人は少ないからね」
その少ない人が突如として目の前に現れたらどうするんだい??
行動前に此度の救出作戦の提唱者が逮捕されたらそれこそお笑い種だ。
「あっ!! そうだ!! ねぇ、ハンナぁ。私見付かっちゃうかも知れないからぁ。貴方が私を隠して??」
青き小鳥が静かに羽ばたき相棒の左肩に静かに留まると。
「先程も言っただろう。俺は忠無き者と話す舌は持たないと」
彼は物凄く不機嫌そうな顔を浮かべて小鳥の甘い要望を頑として跳ね返してしまった。
「辛辣な顔も素敵っ」
勝手にやってろ。そう言いたくなるのグっと堪えて南方向へと進んで行く。
俺も街の人々達と同じ様に朗らかな表情を浮かべて家路に着きたいけども、問題を解決するその時まで安寧の時間は決して訪れてくれない。
何も考えずに惰眠を貪りたいがそれは一体いつになったら訪れて来るのやら……。
ティスロ救出前に俺の命の限界の方が先に訪れるんじゃないの??
「ダン、このままシンフォニアに向かうのか??」
「ん――……。今頃店は閉まっているだろうし、ドナ達の家に直接向かって諸事情を説明するよ」
「承知した」
本当は宿屋へ直行して馬鹿みたいに眠りたいけども、俺達が勝手に居なくなったらきっと彼女は目くじらを立てて王宮に突撃するかも知れないからね。
怒りっぽいラタトスク嬢の御機嫌伺いをする為にも今日中に説明しなきゃいけないのさ。
「よぅ!! ダン!! そのドナって奴とはどんな関係なんだ!?」
異様に元気な鼠が後ろ足で立って俺の頬を前足でペチペチと叩く。
「彼女はシンフォニアって職業斡旋所の受付嬢でさ。俺達はそこの請負人として働いているんだ。大勢の市民が暮らす王都には毎日人の手を欲している依頼人が居て、彼等から舞い込んで来る依頼を日々消化するのが俺達の日課さ」
恐らく明日も目を覆いたくなる量の依頼が押し寄せて来る事でしょう。
請負人達は食い扶ちに困らなくなる半面、忙し過ぎる事に毎日嬉しい涙を流しているのだ。
「ふぅん、じゃあ何で一般人が高貴な野郎共が居る王宮に自由に出入りしてんだよ」
「あぁ、それはね……」
俺達が此処に居る理由、そして王宮に出入り出来る様になった経緯を軽く説明してやると。
「本気かよ!! あのグレイオスって奴と一緒に化け物退治したのか!?」
丸々としたお尻の先にある尻尾をピンっと立てて大変分かり易く驚きを示して驚嘆の声を出した。
「退治じゃなくて邂逅と言った方がいいのかな?? キマイラが王都に侵攻しない様に今現在契約の微調整中でさ。そんな折に……」
宵の始まりの空の下に広がる文化の明かりでは無く、相棒の端整な横顔に見惚れている阿保鳥へ意味深な視線を送ってやる。
「な、何見てんのよ」
「別に。只、もう少しこっちの事情も考慮して帰還して欲しかったなぁって思っていたのさ」
「それはあんたの事情でしょ!! 私は私の事情があったから懸命に羽ばたいて帰って来たのよ!! あぁん、ハンナ――。ダンが虐めて来るの――」
「鬱陶しいぞ」
相棒の首筋に小さな頭を擦り付けると彼はさも面倒臭そうに彼女の頭を押し返してしまった。
「そんな訳があって大蜥蜴を嫌っているミツアナグマ一族を刺激しない様。救出作戦に参加出来る人材を探していた所……」
「俺様達の話が舞い込んで来たってか」
その通り。
そんな意味を含ませてフウタの顔に指を差してやる。
「お前さん達は確か……。忍ノ者だっけか。下ノ段から中ノ段に昇進する為にこっちの大陸に渡って来たんだよな」
道路沿いに設置されている松明の明かりが照らす街の大通りに到着。
その明かりを頼りにシンフォニアの扉へ視線を送るが俺の予想通りに扉の取っ手には営業休止の立て札が掛けられており、それを確認すると東大通りへと歩みを向けた。
「その通りっ!! より重要な任務に就く為にも中ノ段に昇進しなきゃいけないからな!!」
「話せる範囲でいいからその忍ノ者の存在とフウタとシュレンが住んでいた島国の話を聞かせてくれるかい??」
ドナ達の家に着くまで暇だし、その間の暇潰し兼二人の経歴の調査って事で。
「しょうがねぇなぁ。優しい俺様が無知なお前に色々と説明してやるから耳の穴かっぽじって良く聞きやがれ!!」
私の様な下賤な者に態々説明して頂き感謝します。
ですが、可能であるのならばもう少し声量を落としません?? 右耳の鼓膜が結構な勢いで凹んでいますので。
「俺様達はこの大陸から北東に進んだ位置にある島国、カムリに住んでいる。島は鼠達以外の魔物は住んでいなくて実質一種族が支配しているんだ。鼠達は多産で知られている様に一家族はまぁまぁな所帯となっていてさ。島のあちこちにその所帯が集まった里を形成して各里が自給自足の生活をしている……、んだぁ――」
フウタが間延びした声を放ち正面から歩み来る女性へ視線を送る。
んぉっ、中々美味しそうな足ちゃんじゃあないですか!!
俺とフウタの厭らしい視線の先の女性はこれ見よがしに短いスカートを着用し、そこからスラっと伸びた健康的に日焼けした両足が俺の視線を独占してしまう。
大変美味しそうな足を持つ女性が俺達の視線に気づいたのか。
「――――。クスっ」
すれ違い様に微かな笑みを浮かべてくれた。
「それで?? 忍ノ者になる為にはどうすればいいの??」
西方向へと進んで行く彼女の後ろ姿を見送り、東に向かって顔の正面を直す。
くそう、時間があれば小一時間程眺めていたくなる足ちゃんだったぜ。
「あ、あぁ。鼠一族を纏めている機関があってさ、そこで下ノ段登用試験を受けなきゃいけなくて。そこに申し込んで厳しい試験を潜り抜ければぁ……。おっほう!?」
今度は何だい??
フウタが通りの向かい側の歩道を歩く女性に視線を向けたので俺もそこへ釣られて視線を向けた。
「……」
薄暗い歩道を進んでいても彼女の薄緑色の美しい髪は良く目立ち、その魅力に憑りつかれた雄共の視線を一手に集めている。
あれだけ綺麗な髪の女性も珍しいよな。
可能であるのならばベッドの上で彼女の髪を優しく撫でながら一夜を過ごしたい気分です。
「おい、また話が中断したぞ」
俺達の会話に聞き耳を立てていた相棒が辛辣な言葉をフウタに向ける。
「へへ、わりぃね。下ノ段登用試験に合格すれば機関の仕事を受け持つ事が出来る。まぁ下ノ段の連中が受けられるのは精々雑務やら各地方から寄せられる苦情の整理とかだな。要するに下っ端って奴よ」
「その登用試験は毎年開催されるのか??」
「いんや、欠員が出て。機関の仕事に支障をきたす様になったら開催されるのさ。俺様達が二年前に受けた時は募集人員十名に対して二百名の志願者が現れた」
「すっげぇじゃん。倍率二十倍を突破したのかよ」
素直な声を上げる。
「わはは!! そうだろう?? そうだろう!? もっと崇めやがれ!!」
いや、そこまでは尊敬していないのであしからずっと。
「お前は補欠合格だっただろう」
彼の陽性な声が癪に障ったのか、左の懐からシュレンの冷たい声色が響く。
「あぁん!? 補欠合格でも合格なんですぅ――!! テメェはまだあの時の事を根に持っているのかよ!!」
「気にしていない」
「はい嘘――!!!! その声を聞けば丸わかりだぞ!!」
「シュレン、その試験中に何があったのか教えてくれるかい??」
上着の左胸を優しく突きながら問う。
「第一の試験は簡単な筆記試験で、第二の試験は身体能力を。そして第三の試験は各試験者同士が直接戦う実技試験だった。その第三の試験で某と奴は直接手合わせをしたのだが……。奴は卑怯で、姑息で、何とも卑劣な策を使用して俺に勝利したのだ」
「は、はぁっ!? 試験官が言っていたじゃねぇか!! どんな策を使用しても構わないって!! 俺はそれの指示に従ったまでですぅ――!! それにお互い合格出来たんだから別に気にする必要もねぇだろう!?」
「気にする必要はある。徒手格闘の際に審判の影に隠れて盾にして、あろうことかそこから生まれた隙に乗じて攻撃を加える。姑息以前に前代未聞だぞ」
「手段を問わず勝てばいいんだよ。大体、テメェだって遠距離からチクチクチクうざってぇ攻撃ばかり仕掛けて来たじゃねぇかよ!!」
「えぇっと君達、ちょっと落ち着こう??」
俺達とすれ違う通行人達が俺の肩で荒ぶる鼠に対して驚きと辟易した視線を向けていますのでね。
「はっ、俺様は落ち着いているっつ――の」
「その話を聞いた所、フウタは近距離攻撃が得意で。シュレンは中遠距離攻撃が得意なのかい??」
これから恐ろしい砂虫が潜む危険地帯へと向かうのだ。
隊の役割を決める為にも彼等の得意分野を知っておいた方が得策だからね。
「男はコレに決まってんだろ??」
フウタが小さな前足をキュっと握って拳を作り。
「某はダンの話す通り中遠距離からの攻撃を得意とする。治癒魔法も使用出来るが故、安心して前線に出るとよい」
「ほぉ!! そりゃ有難い!!」
前回の戦いでは治癒魔法を使用出来る人はいませんでしたからね!!
ルクトの許可を得て持ち出している薬草にも限りがあるから治癒魔法の存在は本当に有難いぜ。
「シュレンが居れば心強いな」
左胸を一度ポンっと叩くと。
「そ、それぞれが担うべき役割がある。某はそれを全うするのみだからなっ」
今までじぃっと動かないでいたシュレンが心に湧く嬉しさを誤魔化す様にもぞもぞと動き始めてしまった。
「それで?? 中ノ段、上ノ段と昇進していけばより厳しい任務を請け負う事になると思うんだけど……。具体的にどんな任務が与えられるんだ??」
「ひゅぅっ。あの姉ちゃんいいケツしてんなぁ……」
フウタと共に今し方すれ違った女性の可愛らしいお尻を眺めつつ会話を継続させる。
うぅむ……。まるで名の知れた芸術家が長い年月を経て完成させた至高の陶磁器って感じのお尻ちゃんですね!!
あの湾曲具合が堪らねぇ……。きっと触り心地も最高なんだろうな。
「あ?? あぁ、今は平和な時代だけどよ。俺様達が生まれるずぅっと前は各大陸で戦いが勃発していた。上ノ段、中ノ段ともなると何処かのお偉いさんの護衛やら機関の最高主導者である頭領の世話、そしてぇ…………。要人暗殺の任務も受ける事もあるんだぜ」
「お、おいおい。急に旗色が悪くなる話をするなよ」
ドスの利いた低い声色を放つ鼠の小さな鼻をちょいと突く。
「これが事実なのさ。機関は各大陸からの物騒な依頼を生業としている。この事実を知っているのは恐らくそれぞれの国の超お偉いさんのみだろうね。だがまぁ――、要人暗殺ともなると下っ端じゃなくて『四強』 の連中が動くだろうさ」
四強?? また聞いた事が無い言葉が出て来たな。
「その四強とやらは一体どんな連中なのだ」
鍛える事が大好きな相棒が物騒な言葉に速攻で食いつく。
その瞳は新しい玩具を捉えた頑是ない子供の様にキラキラと光り輝いていた。
「中ノ段、上ノ段と位が上がって行き。上ノ段の更に上の位置に位置付けされている最強の四名さ。それぞれの役職には個別に名が与えられていて。焔凰 華菱 天霞雲 飛嵐。この中でも焔凰が四強を纏める役割を担っている。だけど、焔凰は各時代に確実に存在する訳では無く頭領が特別に認めた者に与える役職なのさ」
「因みに今の時代に焔凰は居るのかい??」
「あぁ、居るぜ。俺達の下ノ段の登用試験の時に目の前で演武を披露してくれたんだけどよぉ……。正直、化け物だぜアレは」
王都守備隊の隊員達を手玉に取る実力者が化け物と位置付ける実力、ね。
一体どれ程の腕前なのか……。
「一度足を踏み出せばその場所から姿を消し、一度太刀を振れば空間が裂け、一度宙に舞えば大気が揺らぐ。化け物中の化け物さ」
「そんな実力者に狙われたら……」
「まっ、一貫の終わりだろうな。焔凰の姿を捉えた……、いや。捉える前にこの世にお別れを告げる事になるだろうよ」
そんなヤバイ奴に狙われない様に慎ましい生活態度を心掛けましょうかね。
「フウタ達はその四強を目指しているの??」
チュルが然程興味無さそうに声を出す。
「一度四強になればその家系はよっぽどの事が無い限り安泰だ。だから皆死に物狂いでそこへ目指す。まぁ、中には下ノ段でのんびりと生活している忍ノ者も居るけどなぁ」
ふぅん、その四強に辿り着けばある程度の安泰が望めるのね。
「んで、実は俺様の祖先が華菱に。シュレンの祖先が天霞雲になってさ。その子孫である俺様達はぐぅたら任務をこなす訳にはいかなくてよぉ。周りの目が厳しいのなんの……」
「え?? フウタ達の祖先って凄い人達じゃん」
「随分と前の話だぜ?? 今を生きる俺様達にとって有難迷惑な話さ。だけど!! 一度忍ノ者になったのなら上を目指すぜ?? 勿論!! 俺様はド派手な戦闘方法を得意とする華菱を目指す!!」
「某は青き空の中で浮浪する浮雲の様に儚くも尊く、そして誰しもが尊敬する天霞雲を目指しているのだ」
二人共上達思考があって結構な事さ。
共に鍛え、共に学び、共に上を目指す。
口喧嘩ばかりしているけどその実、この二人は同じ穴の狢なのかもね。
俺とハンナも似たようなフウタ達と似たような関係性だよな??
ほら、俺は冒険を求めて相棒は強さを求めて世界に旅だった訳なんだし……。詰まる所、似た者同士って奴だな。
似た者同士とは良く言ったもので??
「「おぉ――……」」
俺達の正面から歩み来る女性の胸元に目を奪われてしまうと、フウタと共に感嘆の吐息を漏らしてしまった。
歩む度に素敵なお胸ちゃんが縦にプルンっと揺れ動いて男の性を擽り。
「ふふっ」
俺達の意味深な視線に気づいた彼女は性欲ちゃんを大いに刺激する素敵な笑みを残してすれ違ってしまった。
「「すっげぇ……。大盛だったじゃん……」」
彼と共に一字一句違わない言葉を放つと。
「何となぁく感じていたけどさ……」
「俺様とダンは同士だったんだな!!!!」
「おうよ!! これからも宜しくぅ!!」
左手を器用に動かして右肩に留まる鼠と竹馬の友の誓いを立てて熱き握手を交わした。
「ふんっ、下らん。先に行くぞ」
「あっこら!! お母さんは先に行って良いと言っていませんからね――!!」
俺達の存在を無視してドナ達の家に繋がる細い道に消えて行った相棒の背を慌てて追い始めた。
お疲れ様でした。
これから後半部分の編集作業に取り掛かります。次の投稿は恐らく深夜になるかと思われます。
今暫くお待ち下さいませ。