第百十六話 新たなる出会い その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
世の為人の為、そして他ならぬ王女様の為にこの身を捧げて国家を守る。
それが王都守備隊に与えられた任務なのだが……。生憎俺はそんな大層な役職に就いておらず只の一般人であり、その誓いを立てた覚えは無い。
比較的平和で慎ましい庶民生活を送り、時折舞い込んで来る不思議な冒険を謳歌して人生を彩る。
そんな暮らしに身を投じていたのだがそれはいつの間にか破壊し尽くされ、誰かの顎が南へと向けば南へ向かい。誰かの指が東に向けば東に向かう。
それはもう本当に良く出来た忠犬の様に走り続けている内に人として生まれて来たのなら当然与えられる人権というものは粉々に消滅してしまった。
忠犬ならまだしも誰かの機嫌を損なわぬ様にヘコヘコと頭を下げ、御用聞きも思わず頷いてしまう程の揉み手をして相手の機嫌を窺い、果ては見ず知らずの小鳥の願いを叶えようとしている。
一体いつになったら俺に安寧の時間が訪れてくれるのだろう??
年末からずぅぅううっと!! 動きっぱなしで生も根も枯れ果ててしまいそうだぜ。
「ダン、大丈夫か??」
人通りが全く見られない人気の無い王都の北西地区を歩いていると後方からグレイオス隊長の渋い声が届く。
「あ?? 誰かさんの所為でこちとら受けなくてもいい攻撃を真面に食らっちまいましたからぁ――。そりゃあ痛そうに頬を抑えますよなぁ――」
内側から微妙に膨れ上がっている己の左胸をポンっと叩く。
『だ、だから悪かったって言っているでしょ……』
「悪いと思っているのにどこかの誰かさんは人に頼み事をしちゃうんだ――。へぇ――!! ってぇ!! そんな事が許される程世の中は甘くねぇんだよ!!」
心に渦巻く憤怒がゴウゴウと燃え上がり漆黒の憎悪を瞳に宿して素直な言葉を放ってやった。
「ダン。少し静かにしろ。ここは人通りが無いから目立つぞ」
「はいはいはいはい!! ど――っせ俺は悪者なんですよ!!!!」
相棒の言葉を無視すると痛む左頬を抑えながら西へ向かって仰々しい歩みで向かって行った。
俺の左頬が痛む理由、それは単純明快だ。
己自身では無く第三者から受けた攻撃によるものだから。
相棒と合流を果たしてラゴス達から正体不明の不審者の情報を入手すると返す足でグレイオス隊長達が羽を休めている医務室へと引き返した。
再び窓から顔を覗かせると先程までイチャイチャしていた彼等は大人しくベッドの上で絶対安静と言う名の休日を楽しみ見つつ、思春期真っ盛りの男女の様に朗らかな会話を広げていた。
お楽しみの最中、大変恐縮では御座いますがグレイオス隊長殿。私について来てくれませんか?? と。
怒りによってピクピクと細かく動く眉を必死に御しながら柔和な空気を漂わせる彼に請うた。
二人だけの楽しいひと時を邪魔されて憤りの声を放つかと思いきや。じぃっとしているのがよっぽど暇だったのだろう。
『勿論だ!!』
彼は二つ返事で俺達と行動する事を了承し、愛しの人の前で早着替えを済ませた。
『今から何処へ向かうのだ!! 訓練場か!? 俺とトニア副長も絶対安静の指示が出てるが故、体を動かせなくてうずうずしているのだ!!』
『残念。ゼェイラ長官の執務室だよ』
『長官殿の?? それは一体何故だ』
彼の問いを程々に流してゼェイラさんの執務室に到着。
本日も彼女の目元にはこわぁいアオイくまさんが居座っており、苦虫も寄り付かない程の顰め面で執務に追われていた。
そんな草臥れ果てていた彼女に俺は先ずこう言った。
『ゼェイラさん。今から俺が話す事は他言無用で、そしてぜっったいに怒らないで下さいよ!?』
『あぁ、貴様には腐る程の借りがあるからな。滅多な事では怒らんよ』
その滅多が俺の胸元にあるのです!!!!
荒ぶる心の波を鎮める為に何度も深呼吸を続け、この所作を大袈裟と捉えたゼェイラさんの柔らかい笑みを捉えた刹那に上着を大胆且豪快に広げて滅多な事をお披露目してあげた。
『や、や、やっほ――。お、お、お、お久しぶりね。ゼェイラ……』
『き、き、貴様ぁぁああああああ――――!!!! そこに直れ!! 今直ぐ叩き切ってくれる!!!!』
『チュル!? この野郎!! 王女様にあんな酷い仕打ちをしておいてよくも顔を出せたなぁぁああああ――――!!』
『キャァァアアアア――――!! ダ、ダン!! 早くレシーヌの直談判が書いてある手紙を渡しなさいよ!!』
刃物を持って迫り来る女性と馬鹿みたいに膨れ上がった筋骨隆々の雄から逃げ続けているチュルが俺に救助を請う。
『ふ、二人とも落ち着いて下さい!!』
『放せぇ!! この無礼者がぁ!!』
『うっげぶ!?』
ゼェイラさんが女性とは思えない力で俺の拘束を解除すると鋭い平手打ちが左頬に着弾。
『ま、先ずはレシーヌ王女様から直筆のお手紙を預かっていますのでそれに目を通して下さい……』
体のデカイ親犬に予想外の仕打ちを受けた子犬の憐れな瞳を浮かべて彼女から預かった手紙を渡した。
『何々ぃ……。――――。はぁっ!? わ、私にコイツを許せと言うのか!? そ、それに貴様が重い腰を上げたと書いてあるぞ!?』
『わ、私はレシーヌ王女様の依頼を受けたまでで御座いますぅ!! け、決してその青き鳥を信用した訳では御座いません!!』
これ以上無い土下座をして地面に広がる埃を胸一杯に吸い込んでそう叫んだ。
『ちぃ……。おい、グレイオス。チュルの拘束を解除しろ』
『はっ。貴様……。少しでも変な動きを見せてみろ。その首を速攻叩き切るぞ』
『ゲホッ、ゴホッ。ちょっとダン、早く説明しなさいよ。このままじゃ私が大罪人みたいになっちゃうじゃん』
『みたい、じゃなくて大罪人なんだよ。ゼェイラさん、実はですね……』
彼女が拘束覚悟で飛来した理由、そしてレシーヌ王女様の素直なお気持ちを話すと。
『ふんっ、そんな言葉を信用出来る訳ないだろうが』
彼女も俺と同じ考えに至ったのか、大罪人であるティスロの救助に難色を示した。
『私もゼェイラさんと同じ気持ちですよ。しかし……、ですね。王女様の願いも叶えたいのもまた事実なのです。そこで!! 私に提案があるのですがぁ……』
相手の機嫌を損なわぬ様、地面に額を擦り付けてとある提案を話した。
そして彼女はお目付け役として引き続きグレイオス隊長を帯同させる事を条件に俺の提案を飲み込んでくれたのだ。
その提案なのだが。
救出作戦に必要な日数の確保とキマイラ達との交渉の遅延の了承。そして先日王都守備隊が身柄を確保した正体不明の不審者との接見だ。
常日頃から鍛えている王都守備隊員を手玉にするその実力、殺意全開で向かって来る彼等に決して横暴な行動を取らなかった賢明な判断力。
未だ見ぬ二名の実力と人柄を見定める為に俺達は奴等が拘束されている拘置所へ向かっているのだ。
「ダン、今から見に行くその正体不明の不審者とやらの実力なのだが……」
「ラゴス達に刻まれた傷跡からして中々の腕前だぞ。相棒もお墨付きって奴さ、そうだろ?? 相棒」
「腕云々は認めよう。しかし、その二名が本物のクズだった場合は……」
「分かっているよ。俺達だけ、若しくは死にたがりの馬鹿野郎をニ、三人連れて行くって……」
ゼェイラさん、言っていたもんなぁ。
『王宮側からは人員は決して出せん!! 他ならぬ王女様の願いだ、見逃してやるだけでも有難く思えよ!!!!』 って。
俺を思いっきり睨みつけると物凄い剣幕で扉を出て王女様の部屋に向かって行ったし。
今頃彼女の部屋の天候は真夏の嵐もドン引く程の悪天候となっているだろうさ。
「所でその拘置所ってのは何処にあるんだい?? もうそろそろ見えて来ても良いかと思うんだけど」
上着の懐に犯罪者を匿い、王宮の正面から出発してはや数時間。
グレイオス隊長の指示に従って北西方向に進んでいるがその建物と思しき影さえ見えてこない。
三名の大人が肩を仲良く並べて歩ける程度の広さの道路を進みつつ、物珍し気に周囲の木造家屋に視線を送りながら問うた。
「この地域は建物が入り組んでいるから同じ光景の繰り返しの様に見えるが安心しろ。もう間も無く到着する」
ふぅん……。そう言うなら信用しますけども。俺達を人気のない所に誘導していきなり襲い掛かって来ないよね??
ほら、大罪人を処刑する!! とか。俺の正義を捻じ曲げる訳にはいかん!! とか。
何かと理由を付けてチュルを裁く恐れも捨てきれないからさ。
万が一彼が襲い掛かってきた場合を想定してグレイオス隊長から若干の距離を確保しながら慎重な歩みを継続。
「見れば見る程美男子よねぇ。ねっハンナ、私と向こうの建物の影で少しだけ話さない??」
「忠無き者と話す舌は持たぬ」
「はぁっ、その辛辣な言葉と態度も良いわよねぇ……」
「おい、阿保鳥。俺達以外の者に見つかっても知らねぇぞ」
上着の懐から小さな顔を覗かせて相棒の横顔に見惚れている色ボケ小鳥に諸注意を放ってやった。
「大丈夫だって!! この地域はお偉いさん達の居住地区だから執務時間中は早々八合わないのよ」
「ふぅん、だから人気が無いのか」
「それ相応の家名を持つ者達が地方から王都に訪れてこの地区で暮らすって感じね。まぁ、彼等の生活の安全を確保する為に執行機関や王都守備隊の隊員達が見回りを続けているけどこの時間帯は余裕よ余裕――」
コイツは危機感ってものが欠如しているな。
国家反逆罪に手を染めた者の手下が露見してみろ。筋骨隆々の大蜥蜴達が血眼になって襲い掛かって来るぞ……。
「その安心感と余裕感が一体何処から出て来るのか甚だ疑問に残るぜ」
「何事もドンっと構えておけば大抵の事は何んとかなるものよ??」
その大抵を優に超える事態が起こったら君はどう処理するおつもり??
前歯の裏側にまで出掛かった言葉をゴックンと飲み干すとグレイオス隊長が歩みを遅らせ緊張感を持った声色を放った。
「お喋りはそこまでだ。あそこが犯罪者を尋問する拘置所だぞ」
やれやれやっと到着かよ。
彼の視線を追って行くとそこには石作りの建造物が背の高い塀に囲まれており、そこから石作りの天井部分がぬぅっと顔を覗かせて俺達を見下ろしていた。
俺達が進んで来た道はそのまま拘置所と思しき場所の鉄製の門へと続き、その門の前には大層立派な鎧で身を包んでいる二名の大蜥蜴が門番としての役割を果たしている。
広大な敷地の中に建てられている拘置所を囲む堀は三百六十度に渡って続いており、その終わりは此処からでは窺い知れない。
お疲れ様でした。
これから夕食を摂り、その後に執筆並びに編集作業に取り掛かりますので次の投稿は恐らく深夜になるかと思われます。
それまで今暫くお待ち下さいませ。