第十一話 新たなる出発 その二
お待たせしました!! 本日の投稿になります!!
どうぞ、ごゆっくりと御覧下さい。
太陽が頂点へと昇り始め。馬車の往来が徐々に増え続けている西大通り沿いを軽快な蹄の音を響かせつつ進む。
荷馬車を牽引しつつ公道に出たのは初めての事なのでちょっと緊張したけども……。
どうという事は無かったな。
寧ろ。
人で溢れかえる歩道を進むよりかは随分と快適だ。
臀部から伝わる振動を受け、悠々と進んでいると。
「あぁ!! お馬さんだ!!」
細い道から爽快に駆け出て来た一人の少年が年相応で元気な声と共に、俺とウマ子に指を指した。
少年よ、どうだい??
素晴らしい荷馬車だろう??
いつもは歩道側から、道路上を行き交う馬車達を眺めていたが……。
本日から、堂々と荷馬車で公道進出を果たしたのですよ!!
この荷馬車と馬はどうだい?? と。誇らし気に鼻を高くして手綱を強く掴む。
しかし、少年は此方の予想に反し。決して口に出してはならぬ言葉を発してしまった。
「他のお馬さんはもっとはやいけど……。おにいちゃんのお馬さんはすごくおそいね!!」
『貴様っ!! 今、何んと言った!!』
ウマ子が急停車し、穢れ無き少年の瞳をジロリと睨む。
急に止まるなよ……。
落ちちまう所だっただろ……。
公道進出初日から落車は了承出来ませんので、しっかりを足を踏ん張り衝撃に耐え抜いてやった。
「あはは!! こっち見た!! ねぇ!! お母さん!! お馬さんがぼくのこと見てくれたよ!!」
「こらっ!! すいません……」
少年を追って道から出て来た母親が彼の頭をコツンと叩く。
「あはは……。気にしないで下さい」
どの時代も、あぁして親がポカンと子の頭を叩くのだよね。
俺もよくオルテ先生にぶん殴られたよ。
頭頂部では無く時に後頭部、時に尻、そして酷い時は岩よりも硬い拳が強襲した。
そうやって考えると少年に対する罰はちょっと甘過ぎやしないかい?? まぁ……。家の場合が過激なだけか。
「お馬さん!! ばいば――いっ!!」
『去れ!! 小僧めが!!!!』
面長の顔をグングンと動かして憤りを表す。
しかし、少年は違う意味で捉えちゃったみたいですね。
「あはは!! また会うかもね――!!」
態々僕に別れを告げてくれた。
そう受け取ったのでしょう。
「子供相手にそんな怒るなよ」
いつもはフルンっと動かす尻尾だが。
今はブンッ!! と大袈裟に左右へと揺らす彼女へ話す。
『躾がなっていない証拠だ!!』
「お前さんの躾も大概だよ」
人の肩、又は腕を食む。
ルピナスさんの帽子を強奪するは、決して人参を食べない。
挙げ始めたらキリが無いよ。
『ふんっ。曲がるぞ!!』
「あっ!! おい!! もっとゆっくり曲がれ!!」
大通りから何の変哲もない民家を装う我が本部へと続く道へ、若干強引に左折してしまった。
民家と民家に挟まれた道ではあるが、荷馬車が通るのに十分な車幅がある。
しかし……。
「ぶつからないように進むぞ――」
民家の壁を破損させてはいけませんからね。
慎重に、徐行速度を遵守して進みましょう!!
『分かっている……』
馬なりの溜息、なのかな。
妙に長い嘶き声を放ち、大通りと比べほんの僅かに暗い道を進み始めた。
帰還したのも束の間、今日から新しい任務へと出発か。
普通、さ。
数日間は休息を与えられるべきじゃないのかね。
まぁ、文句は言いませんよ??
今朝方、こわぁい海竜さんに釘を刺されたばかりなので。
「ウマ子は十分休めた??」
頑丈な体と体力自慢の彼女だが。
二月の間、大陸を歩き続けたのだ。数日間で疲れが癒えたのか。軍馬の体調面の管理も立派な仕事ですからね。
『まぁ、程良くだな』
うんっ。
今の声を聞く限り、絶好調って感じですね。
「いいよなぁ――。休めて。こっちはさ、帰って来てからずぅっと書類と睨めっこしていたんだよ」
『馬の私に愚痴を言われても対処出来ぬぞ??』
「あはは。まぁ、誰かに聞いて欲しかったんだよ」
嘶き声を放ち、チラリと此方を振り返る彼女にそう話す。
愚痴を話すのは好きじゃないけど。偶には、ね??
のんびりとした歩調で北上し、臀部から伝わる柔らかい振動を楽しんでいると。件の一軒家が見えて来た。
「到着っと。出発とシエル皇聖の報告、補給物資を運んで来るから此処で待っててくれ」
『あぁ、分かった』
御者席から颯爽と降り、彼女にそう告げると。
「レイドです」
もう見慣れてしまった随分と傷が目立つ扉をノックした。
「ん――。どうぞ――」
「失礼します」
室内から漏れて来る間延びした声に対し、はっきりとした口調で答えながら扉を開いた。
「よっ、お疲れっ」
おっ。
夏服だ。
濃い灰色の半袖のシャツに、黒のズボン。衣替えした姿に季節の変化を感じますが。
しかし、紅茶を啜る姿は相も変わらず不変ですね。
「おはようございます」
「はよ――」
新聞へ視線を落としたままパンを齧り。
「ん?? ほぉ――。この店、随分と思い切った割引をするなぁ――」
新聞の下の広告欄に記載されている、多種多様のお店の紹介文を見て目を丸くされていた。
主婦の朝じゃないんですから。
もう少し真面に迎えて下さいよっと。
レフ准尉が着席する側でキチンと直立不動の姿勢で次の言葉を待つ。
「お前。今、主婦の朝だなって思っただろ??」
大正解です。
「いいえ。それより、シエル皇聖の屋敷で得た情報を申しても構いませんか??」
心とは真逆の言葉を放ち、漸く新聞から視線を外してくれた准尉の瞳を真っ直ぐに捉えた。
「んむ。宜しくっ」
「オホン。では…………」
彼女の屋敷で得た様々な情報を端的に。
「そこ、もう少し詳しく話せ」
時に詳細に話し終えると、一つ大きく息を吐いた。
「――――。彼女はどうやら養子としてマリーチア家に迎えられたようです。以上が、屋敷で得た情報になりますね」
「ほっほぅ?? 養子、かぁ」
何やら悪い笑みを浮かべて細い顎に指を添える。
「レフ准尉も初耳なので??」
「そりゃ勿論。旧姓は聞いていないのか??」
「あ、はい。聞きそびれてしまいましたね」
正確に言えば、伺う機会もなければ。体力も無かったのです。
「まっ、いっか。戸籍調べれば一発だし」
他人の戸籍って確か……。
「当然、法に触れちゃうよん」
俺の視線の意味を理解してしまったのか。
ニヤリと、更に悪い笑みを浮かべてしまいましたね。
お願いします。
どうか、お一人で捕まって下さいね??
地獄の果てまで道連れは勘弁して下さい。
「後は何か特筆すべき情報は無いのか??」
「えぇ。全て話し終えましたよ」
屋敷内の様子、食事風景、彼女の服装等々。
粗方得た情報は全て放出済みです。
「ふぅん、そっかぁ。――――――――。性癖は??」
さて、と。
申し訳ありませんが、南へと向かわなければならないので。その下らない質問には答える必要はありません。
「知りません。補給物資を運びますので失礼しますね!!」
「なんだよ――。教えろよ――。深夜、素晴らしい食事、そしてぇ。若い男女。これはもう何が起こっても不思議では無いだろう!?」
「その不思議を未然に防ぐのが紳士たる男性なのです」
備蓄室に続く扉を開けてそう言ってやる。
「やっちゃえば良かったじゃん。向こうも満更じゃ無かったんだろう?? お前さんが玉の輿に乗り。んでもって、此方に情報を垂れ流す。互いに利益しか生まないじゃん!!」
「自分の人生はどう保障してくれるのですか??」
この水樽おっも。
備蓄室から水がたっぷり詰まった木製の樽を腕に抱え、出口へと向かう。
「好きに金を使え、ベッドの上で美人を抱いて眠り。そして、目が覚めれば子供の笑み。贅沢三昧且、夢にまで出て来る幸せな家庭を構築出来るんだぞ??」
「自分には課せられた使命があります。それを果たし終える迄、幸せな家庭は持てませんよ」
こんな下らない会話を続けている今だって西方では仲間が任務に就いているのですよ。
自分だけが幸せになるのも何だかね。
「クソ真面目でつまらん!!!! 今度、会うときは一発仕込んで来いよ!?」
「絶対しません!!」
「ヤレ!! 私が許す!!!!」
例え法を司る番人からお許しの許可を頂いても、彼女を……。えっと、その……。
親密な男女間の関係を持つ事は致しません。
身分が違い過ぎますので。
仮に向こうがお受けしても、こっちが慄いちゃうよ。
補給物資を齷齪外へと運搬し続ける中。
手伝ってくれないかなと淡い期待を寄せて時折、足を止めて准尉の方をじぃぃぃぃっと見つめるのだが。
「ずずぅ――……」
我関せず。
その姿勢を貫き、本日も活字の海へと視線を落とし続けていた。
「護衛任務を終え、帰りは……。順調にいけば二十六日か」
ふぅっと。
若干憂いの影を見せて紅茶を飲み終え、ポツリと言葉を漏らす。
「そうですね。帰還後直ぐに本部へと立ち寄ります……。よっと!!」
小麦粉が入った麻袋、そしてこれまた古米でパンパンに膨れ上がった麻袋を両手に持ちそう話す。
「了解――。アーリースター家の御令嬢なんだけどさぁ」
「その御令嬢がどうかしましたか??」
袖で額の汗を拭いながら話す。
日が昇ると初夏の暑さが身に沁みますね。
「凄い美人って噂だぞ??」
「どうして……。よっとぉ!! それを知っているので??」
恐らく、いつもの諜報活動の最中に得た情報だとは思いますがね。
古米の袋を肩に担ぎつつ問う。
「この国の貴族で構成された上院。つまり貴族院の一人娘だ。知らない方が可笑しいだろ」
「自分は政治にこれといって興味はありませんのでね」
勿論、仕組みは知っていますよ??
確か……。上院は予算の先議権があって……。十五名の議員で構成されている筈。
「シエルちゃん、貴族の娘……。んふふぅ。さぁさぁ、レイド二等兵?? どっちに手を出すのかなぁ??」
「手も出しませんし、自分は己の務めを果たして戻って来るだけですよ」
貴族の娘さんに手を出してみろ。
俺の命なんてあっと言う間に消し飛んでしまうさ。それ以前に、向こうが御断りって跳ね除けるだろうし。
「大変我儘って噂も聞いた事がある。振り回されるなよ?? あくまでも任務って事を頭の中に叩き込んでおけ」
「はっ、了解しました」
よし!!
積載完了!!
レイテトールの街に到着するまで、小さな街は幾つか存在するけども。必要最低限の物資は積んでおかないとね。
転ばぬ先の杖ですよ。
「終わった――??」
「はい、完了しました」
「じゃあ、行ってこい!! 私は此処でのんびりと待っているぞ!!」
のんびり、付け加える必要あったのかな??
「では、行って参ります!!」
軍事らしい所作で出発を告げ颯爽と外に躍り出ると。
「ウマ子!! 出発だ!!」
御者席に着き、手綱を手に取ると同時に覇気ある声で彼女に指示を出した。
『了解だ』
さてと。
南門へと向かい、その先に待つ横着な方々と合流を果たそうかね!!
漸く行動開始出来た事に彼女の足に備わった筋力が喜びの声を上げる。
此方に向かって来た時よりも数段速い速度で進むので、それを手綱で御しつつ。
軽快に進む事を御された事に大変な憤りを感じてしまったのか。御主人様に見せるべきではない瞳を此方に向け、それを体全身に浴びながら大通りへと向かって行った。
◇
地面の角度が百八十度に近い石畳の地面から一転。
土に塗れ、歪な角度が目立ち野趣に富む道を朗らかな速度で進む。
視線を上げれば何処までも続く青が目に沁み、深く息を吸えば肺が歓喜の声を漏らす。
ふぅ……。
田舎育ちの身としては此方の風景の方がしっくりしますよ。
雑味の無い空気がまた美味いのなんの。
車輪が小石を撥ねる音。
そして、大地を踏み均す蹄の音。
人の声と雑音が犇めき合う大都会では聞き取れない音が心を何処までも潤す。世界最高峰のヴァイオリン奏者が奏でる音も、この音には敵わないさ。
可能であれば、ずぅっとこの素敵な音の中で生活を続けたいですけども。
「おらぁ!! どこほっつき歩いてたぁあああ!!」
それは不可能であると。
厳しい現実をまざまざと見せつけるが如く。
道から随分と離れた位置で待機していたであろう女性が、深紅の髪を嬉しそうに揺らしながら駆けて来た。
「言っただろ?? 補給物資を受け取って来るって」
道の真ん中でウマ子を停止させ、彼女に話す。
「そうみたいね!! ふむふむぅ……。古米、小麦粉。そして、干し肉ちゃんかぁ。次の街まで三日でしょ?? これじゃあ足りないんじゃない??」
荷台に積まれた物資を品定めしつつ、量が気に食わないのか首を捻った。
「小さな町が点在するからいいんだよ。それに、一人で馬鹿みたいに物資を運搬したら怪しまれるだろ」
「そりゃそうか」
魔物と行動をしていました――。
何て、声高らかに言える訳ないし。
「レイド様ぁっ!! お待ちして……」
「レイド。そこ、退いて」
きゃあきゃあと騒ぐ白い髪の女性を押し退け、藍色の髪の女性が。
ずぅぅぅぅっと欲しがっていた玩具を見付けてしまったヤンチャな子供の瞳を浮かべて此方を見上げた。
「カエデ!! 何をするのですか!!」
「馬鹿みたいに騒ぐのは後でも出来ます。レイド、代わって」
この荷馬車が余程気に入ったのだろう。
俺の服を摘まみ、引きずり降ろそうとグイグイと引っ張っていますし。
「はいはい。手綱で指示を与えるんだけど、出来るかなぁ??」
「勿論です。海竜に不可能はありませんからね」
熟練の御者さんでも口頭で指示を与えるのは難しいとルピナスさんも言っていた。
俺とウマ子の絆を上回るのは至難の業なのさ。
右腕に絡みつこうとする女性を押し退けつつ、御者席に着く彼女の様子を見守っていた。
「ウマ子、行こう??」
『了解だ』
あんれまぁ……。
俺と同じく、声一つで指示を与えちゃったよ。
彼女がやんわりと声を上げると、力強い歩みで荷馬車が前方へ進み出した。
「ふむ……。お尻がちょっと痛いのを除けば、快適ですね」
「そうだろ?? 皆、荷物を載せて…………」
そこまで話すと、言葉を切ってしまった。
どうしてかって??
誰だって大木を担いだ女性が現れたら言葉を切る筈さ。
「お待たせ――!! いやぁ!! 木を切り倒していたら遅れちゃった――」
「ユウ、頼むからもう少し短く切り分けてくれ。ウマ子が疲れちまうよ」
額から嬉しそうに汗を流す彼女にそう話す。
「え?? これ以上??」
「うん。ウマ子もぎょっとしているだろ??」
少し前。
「ちょっと、ウマ子。勝手に止まっちゃ駄目」
ユウの姿を見付けるなり。
『冗談は程々にしておけ』
そう言わんばかりにぎょっと目を丸めて彼女が置いた木々を見つめていますからね。
「へ――い。高さは低くなるけど……。天幕用なら大丈夫か!!」
「私の荷物は此処に置くからね!! 絶対触んなよ!?」
「触りません。後、積載出来る量も限界があるから。可能な限り自分で持ちなさい」
テキパキと己の荷物を勝手に乗せ続けるマイに話す。
「レイド――。これ位――??」
「あぁ、それ位で……」
「レイド様っ。実は、私ぃ。足を挫いてしまいましてぇ……。肩を貸して頂けますかぁ??」
嘘仰い。
先程、元気良く駆けて来たではありませんか。
そして……。お願いしますからもう少し胸元を閉じて下さいよ……。
右腕をぎゅむっと掴む横着な肉から腕を引き抜くと。
深紅の髪の女性から第一次警告音が発せられた。
「きっしょ。胸糞悪い台詞吐くなよ……」
「きゃあ!! レイド様、お聞きになられました!? ちょ、直角の壁が喋りましたわよ!?」
さぁってと。
進もうかな、時間も押している事ですのねで。
「カエデ――。切り分けて――」
「はぁ……。分かりました」
「今、何で溜息吐いた??」
嫌々ながら御者席から降りた藍色が大木を均等に切り分け。深緑が荷台へと木々を乗せる。
その間。
「避けんなぁあああ!! クソ蜘蛛がぁあああ!!」
「避けてはいませんわ。あなたが外しているのです」
赤が放った素晴らしき雷撃の拳を白が躱し。
「貰ったぁぁあああああ!!!!」
「はぬぐっ!?」
行先を失った暴力という名の塊が此方の背を襲い。
地面を一度、二度跳ねてから漸く止まり。此方の姿を見下ろした馬の瞳は俺にこう告げていた。
『いつも大変だな』 と。
後方からずぅっと鳴りやまない喧噪に呆れつつも。
これが無いと少々物足りないと考えてしまっている自分が居る事に驚きを隠せないでいた。
勿論、少々です。
度を越えた喧噪は、彼女によって粛清されてしまいますのでね。
「御二人共!! いい加減にして下さい!!」
「ちょ、ちょっと待った!! あたしは関係な…………」
「「あばばばばば!?!?」」
不動の大地を揺らす衝撃が放たれた後。
ふんすっ!! と。いつもより排出量の多い鼻息を漏らして御者席に着く彼女が冷酷な視線で我が相棒へと指示を送る。
体に付着した土埃を振り落とし、青空の下に良く似合う藍色を視界に捉え。車輪が地面を食む音を皮切りに南へと移動を開始したのでした。
お疲れ様でした!!
さて、この御話で二章の『起』 の部分は終了になります。
次話からは『承』 の部分に突入します。次々と押し付けられる任務と言う名の御使いを是非楽しんで頂ければ幸いです。




