第百十四話 王女様の願い その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
人の了承も得ずに胸の上に乗り続け汚い言葉と妙に鳥臭い匂いが含まれた唾を掛けて来る青き小鳥と小競り合いを始めて数十秒程度だろうか。
言い得て妙とも捉えられる薄汚い言葉と単刀直入に浴びせて来る蔑む言葉が縦横無尽に飛び交う中。レシーヌ王女の驚嘆の言葉が響いた。
「チュ、チュル!?!? 何で貴女が此処に!?」
王女様が本当に驚いた声を上げ、その感情を表す様にシーツの後ろに伸びている尻尾が天高くピンっとそそり立つ。
はい?? この口の悪い鳥とお知り合いなので??
「久し振りね!! レシーヌ!!」
青き小鳥が元気良く翼をはためかせると漸く俺の胸の上から飛び去り彼女のベッドの脇へと降り立つ。
「元気そうで……、って。そんな訳ないか」
そして彼女の現状を捉えると親しき友人に送る柔らかい瞳を浮かべてシーツを眺めた。
「どうして貴女が此処に来たのですか??」
普段の優しい声色というよりも緊張と警戒を持った声色で小鳥に問う。
「あ――……、うん。あはは、流石に気になるよね。実はさ……」
「ちょ――っと待ってくれるかな」
このままでは置いてけぼりになってしまう。
そう考えて小鳥と王女様の会話に無理矢理言葉を捻じ込んでやった。
「何よ、中途半端な顔立ちの男」
「チュルだっけか。先ずはお前さんと王女様との関係性を教えてくれるかい??」
イラっとする言葉を素直に受け取るものの、これが大人の処世術だと言わんばかりに至極冷静に努めた口調で問うた。
「はぁ?? 何で私があんたに教えなきゃいけないのよ。私は物凄く疲れているの!!」
両翼を勢い良くガバッと広げて小さな嘴を器用に動かしながら話す。
小さな鳥のくせに態度だけは一丁前にデカイ野郎だな……。相棒に頼んで食って貰おうか??
ほら、アイツは飛翔中に時折目の前に飛んでいる鳥をバクっと豪快に丸呑みにしているし。
「そんな事は知らねぇよ。お前さんが何者かが分かるまで俺は安心出来ねぇだろうが」
レシーヌ王女との会話からしてある程度信頼関係を構築している様に見えるが、彼女は王家の血を引き継ぐ立派な方。
大事にならない様に務めるのが俺の役割なのだから。
「彼女は元魔法化学最高指導者、ティスロ=ローンバークの使い魔ですよ」
口喧しい小鳥の代わりに王女様がクソ小鳥の存在を教えてくれた。
「え?? ティスロって……」
「そうです。私に認識阻害を掛けた張本人ですよ……」
やはりそうだったか!!!!
使い魔って存在は初耳で良く分からないけど、何で犯人の手下?? 部下?? が此処に足を運んだのだろう??
だがその前に!! やるべき事は済ませておかないといけませんよね!!!!
「レシーヌ、有難うね。あの馬鹿に私の存在を教えてくれて。ねぇ、そこの中途半端な顔立ちの男。私達は今から大事な話をするから……、って。あんた何してんの??」
窓をキチンと締め、入り口の扉に椅子と机を立てかけ一切の逃亡経路を塞ぐ。
そして直ぐにでも小鳥を捕獲出来る位置に足を置くとこう言ってやった。
「口の悪い小鳥が逃げられなく様にする為だよ。飛んで火にいる夏の虫とは良く言ったもんさ。テメェ……。王女様に上等ブチかましておいて只で逃げられると思うんじゃねぇぞ」
「うっっざ!! 大体あんた誰なのよ!!」
「俺の名前はダン。訳あって王女様のお世話をしているんだよ」
「ふぅん、新参者って感じか。だから認識阻害の影響を受けていないのね」
「レシーヌ王女様。このクソ生意気な小鳥を捕らえる許可を頂いても宜しいですか??」
「はぁ!? 誰がクソ生意気よ!! 私の嘴で喉元に穴を開けてやってもいいのよ!?」
ピーチクパーチク喧しく鳴く小鳥の抗議を無視して王女様に問うたのだが。
「それは待って下さい。先ずはチュルが何故城に戻って来たのか、その理由を知りたいのです」
冷静な声色で俺の願いは却下されてしまった。
ちぃ……。許可さえあれば所々傷付き、薄汚れた羽を一枚一枚剥して市中引き回しの刑にしてやるってのに。
「チュル、どうして貴女は戻って来たの?? それと何故ティスロが私にこんな酷い事をしたのか。その理由を聞かせて下さい……」
「そうだぞ、チビ鳥。王女様は本当に傷付いているんだ。国家反逆罪で死刑になる前にその理由を話しやがれ」
「口が悪い男ねぇ。あんた、後で覚えておきなさいよ」
その後があればいいんですけどねぇ。
ここで選択肢を少しでも間違えればお前さんは牢獄……、じゃあ生温いな。斬首の刑の後、その首を王都のド真ん中で晒す羽目になるのだから。
「えっと、先ずは何処から話せばいいのやら……。私が此処に戻って来た理由は、私の主人であるティスロがもう直ぐ死んじゃうって事で慌ててローレンス山脈から飛んで来たのよ」
「ロ、ローレンス山脈!? 大陸の南端の危険地帯じゃないですか!!」
「レシーヌに認識阻害を掛けた後。私達は軍隊、執行部、そして王都守備隊の目から逃れる為に南へと逃亡を図った。そしてミツアナグマ一族の許可を得ずにローレンス山脈の深い位置にまで逃げ遂せた。そこから彼女は一人で罪を悔いながら過ごしていたんだけど……。私はどうしてもティスロを死なせたくなかった。そして真実を皆に知って欲しいから酷い砂嵐を抜け出して来て此処まで飛んで来たのよ」
ミツアナグマ、危険地帯、ローレンス山脈。
聞きたい事は山程あるが最優先で尋ねるべき事項を拾い上げた。
「よぉ、その俺達に知って欲しい真実とやらは何??」
「それを伝えたら私はお役御免となって拘束され、処刑されてしまうから言えないわ」
ちっ、見た目以上に賢い奴だな。
「じゃあどうしたら王女様に呪いを掛けた真実を教えてくれるんだ」
「軍隊でも王都守備隊でもいい。誰でも良いからローレンス山脈の奥深くに居るティスロを助けて欲しいの!!」
「あのな?? 突然現れても訳を話せないじゃあ話にならないし。王女様に酷い仕打ちをしておいて助けて下さい!! と請うて来てもはい、そうですかと首を縦に振る奴はこの世に居ねぇよ。それにそこまで行けたんだから一人で帰って来ればいいじゃねぇか」
「あんたねぇ!! あそこは国食いが眠っていてその影響を受けて変異した生物、砂虫がわんさか居る危険地帯なのよ!? 彼女は今も結界を展開して襲い掛かって来る砂虫の攻撃を防いでいるけど……。それがいつまでもつか分からない。だからお願い!! 彼女を助けてあげて!!」
この生意気な鳥め。
俺がこれだけ口を酸っぱくして咎めても引き下がらないつもりかよ。
「いいか、よぉく聞きなさい。その一、俺達にはお前さんを手助けする理由が無い。その二、お前さんが話す内容が真実である証拠がない限り此方は動けない。その三、認識阻害は掛けた術者が死亡すれば解けると俺達は知っているので助けに行く理由が無い。その四、砂虫だっけ?? 危険な生物が存在する場所に突入するのならそれ相応の戦力が必要になる。しかし、それには上層部の許可が必要な為。俺単独ではとでもじゃないけど了承出来ない。俺がお前さんを助けてやれない理由はまだまだあるけど聞くかい??」
捲し立てる様に小鳥ちゃんに説明してやるとチュルもこの事をある程度予想していたのか、そこまで狼狽える姿勢を見せなかった。
「彼女がした事を加味すれば今私がどれだけ図々しい事をしているのか重々承知しているわよ……。でもね?? でも……。彼女だってやりたくてやった訳じゃないの」
先程までの威勢は何処へやら。
小さな頭を項垂れ、己の気持ちを代弁する様に尻尾も情けなく垂れ下がっていた。
「ねぇ、チュル。私に認識阻害を掛けた理由はどうしても教えてくれないの??」
レシーヌ王女が冷静ながらも相手の心を労わる心優しき声色で話し掛ける。
「ごめんなさい、それはさっきも説明した通りどうしても教えられないの……。私は何が何でもティスロを救出する人材を送り届けなきゃいけないから」
「そう、ですか。今貴女は、彼女はやりたくてやった訳じゃないと仰いましたよね??」
「えぇそうよ。使い魔は術者の心も思考も内部から感じ取れるから」
「私は以前から何故ティスロが私にこの認識阻害を掛けたのか、その理由が知りたかった。実の姉の様に親しく過ごしていたのにどうしてって……。時には枕を濡らす時もありましたが今は彼のお陰で楽しい日々が続いています」
レシーヌ王女がそう話すと俺に向かって顔の正面を向ける。
頭からすっぽりと被っているシーツで表情そのものは窺えぬが柔らかい空気を纏う彼女に見つめられて悪い気はしないね。
「認識阻害は術者が命を落とす事によって解けますがその場合、凶行に至った理由は永遠の謎に包まれたまま闇の奥底へ消えてしまいます。今、その理由を知れる時がやって来た」
お、おいおい。まさかとは思いますけどぉ。
「チュル、私は貴女が言う事を信じますよ」
はぁぁああ……、やっぱりそうなりますよねぇ……。
「本当!? あはは!! 有難う!! やっぱり持つべきものは友達よね!!」
青色の小鳥が嬉しそうに喉を鳴らすとレシーヌ王女のシーツ目掛けて羽ばたき、彼女の顔付近のシーツに己の頬を擦り付けてしまう。
「もうっ、くすぐったいですよ」
「いいじゃない、他ならぬ私とレシーヌの関係なんだしっ」
「オホン、え――っと……。王女様?? 本当に彼女の話を信じるので??」
仲睦まじく体を寄せ合ってじゃれている彼女へ問う。
「勿論です。昔からこの子は口は悪いですけど嘘を付く様な性格ではありませんので」
「さっすが、レシーヌが王妃様のおっぱいを飲んでいる頃からの付き合いなだけはあって良く見ているわね」
「幼馴染が窮地に追いやられて心配するのも結構ですけどね。救出する人員はどうするおつもりで??」
「それはゼェイラさんにバレない様に進言すれば何んとかなるのでは??」
全く……。これだから……。
「それは不可能ですね。王国側が人員を動かすとなれば関係各所に許可が必要になります。それに今回は私達が帯同したあのキマイラ討伐と同様に大変危険を伴う任務になりますので許可の申請はかなり慎重なものとなるでしょう。それに……、その砂虫の危険性。並びにチュルの話の途中で出て来たミツアナグマ一族の存在。これだけの危険と不安分子を払拭したとしても、得られるのはティスロが王女様に認識阻害を掛けた理由のみ。認識阻害は術者が死亡すれば解けますので危機に瀕している彼女を救う理由が此方には無いのですよ」
世の厳しさを知らぬ王女様に少々辛辣な口調で現実の厳しさを説いてあげた。
お疲れ様でした。
長文となってしまいましたので分けての投稿になります。
後半部分は食事後に作業を開始しますので恐らく深夜になるかと……。次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。