第百十三話 予想だにしない訪問者
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
この現実世界から隔離された精神世界で起きた出来事は決して交わらないかと思われていたが、どうやら向こうの世界で起きた事件はこの世界と密接している様だ。
背に迸る痛みが太腿に伝わり行動を制限し、疲弊してしまった精神を持つ体はあれだけ眠ったってのに蓄積された疲労を回復する為にまだまだ眠れとしつこく催促をする。
その意見を採用して何も考えず安全安心が確保された場所で眠り続けたいが、予定という概念がそれを許さない。
まぁ俺が十にも届かない子供であるのならばその予定を無視して休む事も許されるのですがいい歳をした大人にはその権利は与えられていない。その責任を放棄した場合、社会的身分を失ってしまうという恐ろしい罰が待ち構えているのだから。
「い、いちち……。相棒、もう少しゆっくり飛べるかい??」
燦々と光り輝く太陽が浮かぶ紺碧の空の中を飛翔しながら彼の後頭部に向かって小さな声色で懇願する。
「無理だな。これ以上速度を落とせば失速して地上に落下してしまう」
「そ、そっか。じゃあこのまま王都に向かってくれ」
「了承した。生の森に居る時は聞けなかったのだが……。一体何が起こったのだ?? 眠っている最中、物凄く苦しんでいる様子だったぞ」
彼が猛禽類特有の鋭い瞳を此方に向けて問う。
「実はさ……」
未来永劫語り継がれる極悪非道の拷問を施した拷問官でさえもアレよりかはマシだと思える非道の数々を説明してやると。
「そ、そうか。王都到着まで休んでいろ」
珍しくハンナの声が上擦り、これまた珍しく俺の体を労わる台詞を吐いてくれた。
横着で不躾でほぼ童貞な彼が憐れみの瞳を向ける程の拷問。
あれが現実の世界で行われていたのなら幾ら体が頑丈な俺でもこの世に生を留めていなかっただろう。
頑丈な蔦で俺の両足を拘束して宙吊りにして四方八方から襲い来る先端の尖った沢山の蔦。
それを巧みに躱していた事に憤りを感じた彼女は。
『ふぅむ。今度は趣向を変えて見ましょうか』 と。
両足だけでは飽き足らず今度は両手を拘束して宙に浮かせて百発百中の状態にすると、俺の恐怖を煽る様に野太い蔦で頬をペチペチと叩いて来た。
『ダンさんは女性に対してちょっと甘過ぎるんですよねぇ。もうちょっと紳士的な態度で接するべきですよ??』
自分は紳士的であり且公共の福祉を害する行為は一切していないと震える唇を必死に御して伝えたのですが、墓穴を掘るとは良く言ったものだ。
『ふぅん。それなら、このゼェイラさんの寝所に招いてやると言われて新しい玩具を貰った子供みたいに喜んだ理由を教えて下さいっ』
ぐうの音も出ない程に俺の主義主張の矛盾を突かれてしまった。
『まだまだありますよ――。ドナさんと親し気に会話していますし、レシーヌ王女さんとも中々良好な関係を築いているじゃないですか。別にダンさんが誰と親しくしようが勝手なんですけどね?? 聖樹の名が穢されてしまうので私の力を譲渡した以上、此方の指示に従って頂かないと困るのですよ』
これからはその指示に従いますので今回ばかりはどうか御慈悲を!!
両目一杯に涙を浮かべて執行官に許しを請うた刹那。
『えへへ、それは却下です。何か急にイケナイ私が目覚めちゃったみたいなので』
視界を覆い尽くす程の野太い蔦の束が現れ、俺の体を良い様に弄び始めてしまった。
俺の意識を失わない程度に数本の蔦が往復ビンタを始め、がら空きの胴体には武の道に携わる者が及第点を与えてくれる衝撃が迸り。
それに付け加えて両手両足を拘束する蔦が無慈悲に引っ張ってはイケナイ方向へと力を加えてしまった。
有り得ない張力によって両手両足の筋力がミチミチと鳴ってはいけない音を奏で、往復ビンタと蔦の拳が放つ衝撃が体に蓄積され心に恐怖という漆黒の感情が広がって行く。
『ふふっ、い――い感じに力が抜けて来ましたね』
場末の酒場で喧嘩に負けてボロボロになった状態の俺を恍惚に塗れた瞳で見上げ、この酷いナリが大変お気に召したのか。
蔦の拘束から漸く解放されてそれからは世の道理、男が進むべき道、更には鉄の道徳を声高らかに説き始めた。
痛みと恐怖で揺らぐ意識の中、何んとか意識を繋ぎ止めてコクコクと頷いていると現実世界へ帰る兆しが訪れてくれた。
『ではダンさん。現実世界に帰っても私が説いた話をちゃあんと反芻して咀嚼するんですよ――』
いつまでもうだつの上がらない夫ばりにヘコヘコと頭を下げて現実世界に帰還。
それから安眠を続けていた相棒を無理矢理叩き起こして今に至るのだ。
「昔、誰かが普段優しい人と女性だけは絶対に怒らせるなと言っていたけどさ。今ならその言葉の意味が分かる気がするよ」
俺の命を狙う存在が一切見られない空の中をぼぅっとしたまま見つめて話す。
うふふ、空に漂う雲が可愛い白の子犬ちゃんに見えて来たわね。
「聖樹殿は貴様の普段の生活態度を咎めたのだろう?? それならそれに従えば良いだけの話では無いか」
「馬鹿者ッ!! それなら俺に好意を寄せてくれる女性に対して失礼じゃないか!! 抱いてと言われたら優しく抱き締めるのが男ってもんだろう!?」
だらしなく惚けていた瞳をキッと尖らせ、相棒の背を乱雑に叩いてやる。
「そういう所であろう。聖樹殿が咎めた理由は……」
ふんっ、鋭利な刃物で脅されようが人体を引き千切る事を可能にした蔦の軍団に襲われようが俺は自分の考えを変えるつもりは毛頭ありません!!
可愛い子からお誘いの声を受けたらそれに応えるのが真の男ですからね!!
ルクトの世界では俺の記憶が共有されてしまうのでその記憶とやらをどうにかして改竄出来ないだろうか??
例えば女性との蜜月の場面を可愛い子犬との戯れる場面に差し替えるとか……。
まぁそれが出来るのは万物を司る神様位なもんだろう。天空に住まう神々の足元で暮らす俺達にはそんな便利な存在は与えられていないのですよ――っと。
休日の昼下がり。
父親が大粒の汗を流しながら頑張って掃除を続ける中、居間で茶菓子を片手にだらしない姿で休む主婦の姿を模倣して空の散歩を楽しんでいると相棒が高度を上げた。
「ん?? もう直ぐ到着するのか??」
「あぁ、目標を捉えた。王都に住まう人々に見つからない様に下降するから覚悟しておけ」
相棒が珍しく諸注意を放つって事は相当ヤベェ速度で王都守備隊の訓練場へ突撃するのだろう。
「う――い。荷物は背負って、お前さんの羽の根元をがっちり掴んでおくからいつでも刑を執行してくれ」
白頭鷲のフワモコの羽の中に体をグッと沈め、両手に万力を籠めて羽の根元を握る。
この姿勢を保持していないと瞬く間に空へ放り出されて地面に激突してしまいますからねぇ……。空を飛ぶ事は慣れたがいつまで経ってもあの有り得ない突撃速度は慣れる気がしませんよ。
彼が超高高度から旋回を開始し、巨大な頭を地面へ向かってクンッと下げた瞬間。
「お、お、ぉぉおおおおわぁぁああああ――――――ッ!?!?」
全身に無重力が襲い掛かり一切の繋ぎ目無く続け様に殺人的加速度が来襲して瞼が開けない程の暴力的な風圧が発生してしまった。
後方へ引っ張られる頬の肉が風に揺られて形容し難い形で大きく波打ち、形を持たぬ空気が有り得ない加速によって硬度を持ってしまい呼吸を阻害してしまう。
や、や、やべぇ……。息が出来ねぇ!!
空の中なのに窒息死を懸念せざるを得ないふざけた状況からの脱出を願っているとその瞬間は意外と早く訪れてくれた。
「ふんっ!!」
巨大な白頭鷲ちゃんが勢い良く両翼を広げて速度を相殺すると。
「あべがっ!!」
俺の体は自然の法則に従って地面へと落下。
「「「どわぁぁああああ――――ッ!?!?」」」
広大な訓練場に相殺した力の余波によって暴力的な風圧が発生し、それを真面に食らった訓練中の王都守備隊員達が面白い角度と速度で吹き飛ばされてしまった。
「あ、あのねぇ!! 見つからない様に降りるのは分かっているけどもう少し何んとかならないのかよ!?」
いつも通り呑気に毛繕いをしている白頭鷲に叫ぶ。
「ダンの言う通りだぞ!! 俺達は訓練中なんだからお淑やかに降りて来やがれ!!」
訓練場の端から王都守備隊の者が土と埃に塗れた姿のままで憤りを放つ。
「知らん。俺は指示通り降下したのみだからな」
うっわ、コイツ……。さも俺は悪くありませんよ――って雰囲気を醸し出しやがって!!
その態度が気に食わなかったのか。
「ハンナ!! テメェ!! その態度を改めろよ!!」
「お前さんの頭の中には一体何が詰まってんだ!?」
「ゆっくり降りて来いよ大馬鹿野郎が!!」
「そうだそうだ!! ほぼ童貞なんだから大人しくしていろよ!!!!」
大勢の大蜥蜴ちゃんからたぁくさんの苦情が飛来する。そしてその中に彼が最も気にする台詞が含まれていた。
「誰だ、今ほぼ童貞だと俺を罵った奴は……」
人の姿に変わると右手に剣を持ち尻餅を着いている大蜥蜴達へと向かい敢えてゆるりとした速度で向かって行く。
あ――あ、し――らねっと。
「さ、さぁ?? 聞き間違いじゃね??」
「そうそう。ほら、ダンの奴もそうやって揶揄っていたし??」
「気にしぃは長生き出来ねぇぞ?? もうちょっと大らかな気持ちを抱くべきさ」
俺達は間違っていないと証明する様に大蜥蜴達の頭がコクコクと上下に動く。
「そうか……、分かった。グレイオス殿が不在の今、俺が剣技の指導を施してやる!!!!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!! 真剣は駄目ぇぇええええ――――!!」
「待て!! この大馬鹿者共が!!!!」
「程々にするんですよ――。お母さんは契約書と意見書を渡してくるわねぇ――」
蜘蛛の子を散らして逃げ去る大蜥蜴達を追い始めた彼の背に向かってそう叫ぶと、ゼェイラさんの執務室へと向かって移動を開始した。
「貴様等の弛んだ気持ちを叩き直してやるから覚悟しておけよ!!」
「ギィィヤアアアア――――ッ!!」
あ、あはは。清らかな森の中でぐっすり眠った所為か元気が有り余っているじゃないですか。
方々へ散らばり逃げ去って行く大蜥蜴の背を確実に一つずつ潰して行く彼の勇姿を見届けると大変馨しい香りが漂う王宮内の庭園を抜け、本日も心地良い静謐が広がるお城にお邪魔させて頂いた。
「ふぅっ。丸一日ぐっすり眠ったんだけどまだまだ疲れが抜けねぇなぁ」
沢山の書類が入った背嚢を背負ったまま肩をグルリと回し、肩の筋力を解してやる。
俺達が心の安寧を得る日は一体いつになるのだろうか??
もしかしたら何かと理由を付けてこれから一生王制側と民衆側の依頼を受け続ける破目になるかも知れない。
そうなる前にある程度区切りが付いたら次の大陸に向かうべきかしらね。このままだと情が移って生の終わりを迎えるその日まで居続けてしまいそうだ。
逆に言えばそれだけこの大陸は過ごし易く且人柄が良いって事になる。
あの地図のバツ印の意味を解いたのならまた戻って来よう。そして、絆を深めた者達と此処を出て得た経験を肴にして馬鹿騒ぎをする。
ちょっと先の楽しい未来予想図を頭の中で思い描きつつ通い慣れた石作りの廊下を進んで行くとゼェイラさんの執務室前に到着したので周囲の環境を汚さない声量で到着を伝えた。
「ダンです。只今帰還しました」
「――――。入って良し」
「失礼しますね」
彼女の仕事口調の声を受け取ると美しい木目の扉を開き、本日も仕事に追われている彼女の前に立った。
「うはぁ……。それに全部目を通すんですか??」
横幅の広い執務机の上に一杯並べられ、積み立てられた書類の山を捉えて話す。
「勿論だ。書類に目を通し、捺印し、気に入らなかったら訂正して補正を促す。貴様達が結んだ新たなる契約の為に我々行政は現在死に物狂いで話を進めている。それは寝る間も惜しむ程にな」
成程、だから目元に大変強力そうな青いクマちゃんが居るんですね。
物凄い強力なクマちゃんは俺に向かって鋭い牙を向けてガオ――っと大層御立派な威嚇をしていた。
「程々にしておかないといつかぶっ倒れてしまいますよ」
「こう見えても体力はあるから心配するな。それより今日は帰還が遅れたな??」
書類から目を離して俺の顔を直視する。
「えぇ、奈落の遺産内で少々話が立て込んでしまいまして。それから地上へ出て話を進めて……、これが今回の意見書並びに契約書になります」
背嚢の中から書類の山を取り出し、只でさえごった返している執務机の上に乗せてあげた。
「確認するから待て」
へいっ、仰せのままにっと。
俺から書類を受け取るとゼェイラさんの二つの瞳が書類の上を泳ぎ始める。
それはかなりの速度であり暇を持て余す間もなく全ての書類に目を通した彼女は宙を仰ぎ、疲労を籠めた吐息を吐いた。
「ふぅ――……。まだまだ契約成立とはいかないか」
「でしょうね。契約の更新期間、キマイラ達の居住区画、契約違反した場合の罰則、法令順守に不殺の誓い等々。契約に至るまでにはまだまだ調整しなければならない事が山積みですので」
此方が提示した条件を馬鹿正直に受け止めてくれれば問題は無いのだが、細目まで決めるとなると話は違う。
彼等が契約だけでは無く附款まで納得して貰わないと此方としても安心して招致出来ないからねぇ……。
「そんな事は分かっている。私の疲労を招く言葉を使用するな」
「あはは。いつぞやのお返しですよ」
「ふんっ……。今回の意見書を基に関係各所と意見交換をする。次の意見書の送達は……、そうだな。四日後に受け取りに来てくれるか??」
「了解です。それでは四日後の正午頃に受け取りに来ますね」
「宜しく頼む」
「では失礼します」
腰をキチンと折って大人の立派な処世術を披露して踵を返そうとしたのだが、彼女が待ったの声を掛けた。
「あぁ、すまん。言い忘れていた。王女様の部屋へ遅めの朝食を運んでくれ。どうやら貴様の話を聞きたくて堪らないらしいぞ」
「そう、ですか。それでは王女様が楽しんで頂ける様に程々に話に装飾を加えて伝えますよ」
「うむ、では頼む」
ゼェイラさんが俺から視線を外し、巨大な溜息を吐いて仕事を再会したのを見届けるとその足で厨房へと向かった。
「ふぅ――……」
王女様は今日も冒険話を所望しているのですか。
そりゃあ自分の部屋に一日中籠っているのだから話し相手を欲しているのは理解出来るけどぉ、俺にも予定ってもんがある。
これから相棒を迎えに行き、王女様のお部屋にお邪魔させて頂いたらお次はシンフォニアの活発受付嬢の依頼を受ける。
ドナの奴……。俺達が帰って来てからというものの、一切の途切れ目無く依頼を押し付けて来るし。
この大陸に住まう女性は頼み事を人に押し付けるのが得意なのかしらね??
「ちぃ――っす。王女様の朝食を受け取りに来やした――」
料理人見習いの者達が腕を磨き続ける厨房の扉を開くとちょいと気の抜けた台詞を吐いてやる。
「ダンさん、もう少し元気良く挨拶したらどうですか??」
俺の声が彼のやる気をそいでしまったのか、タジンバが包丁の手を止めるとヤレヤレといった感じで俺の顔を見下ろす。
「こちとら休みなく動いているんでね。こういう所で愚痴の一つや二つ吐いていられなきゃやってられんのよ」
お分かり??
そんな感じで肩眉をクイっと上げてやる。
「まぁその気持は分かりますけどね。では……、はいこれが本日の朝食ですよ」
はにかんだ笑みを浮かべた大蜥蜴ちゃんが王女様の朝食を盆に乗せて運んで来るのでさり気なく献立の確認を開始した。
本日の献立は大人の拳大の柔らかそうなパンと根菜類が入った琥珀色のスープ、そしてコップに入ったお水ね。
御機嫌とまではいかないが王女様の体調を考えた朝食に感心してしまう。
「今日も美味そうだな」
「料理長が丹精込めて作った料理ですからね。それでは宜しくお願いします」
「おう!! それじゃあ行って来るわ!!」
立派な料理人を目指す大蜥蜴達の凛々しい背とタジンバの笑顔に別れを告げて扉を出ると盆に乗せられた料理を落とさぬ様、王女様の部屋に続く螺旋階段に足を乗せた。
「おぉ、ダンか」
「はよ――っす。何だよ、今日は居眠りしてねぇのか??」
二階入り口付近で見張りの番を務める顔見知りの王都守備隊を揶揄ってやる。
「うっせ。そっちこそ王女様相手に粗相を働くなよ」
「分かってるって。こっちも慣れたもんさ」
微妙に眠たそうな顔を浮かべる彼を見送り三階に到着。
通い慣れた足取りで王女様の部屋に続く通路を進み。
「ングゥ……」
真面目とは真逆の寝顔で午前の涼しい空気をおかずにして居眠りをしている大馬鹿野郎を尻目に目的地へと到着した。
「お早うございます。朝食をお届けに参りました」
レシーヌ王女、起きているかな??
部屋の扉を叩き彼女の返答を待っていると。
「――――。ど、どうぞ!!」
何かが慌ただしく動き回る音の数十秒後に少しだけ興奮した彼女の澄んだ声が届いた。
「失礼しますね」
部屋の主に入室の許可を頂き女性の香りが漂う部屋に足を踏み入れると素早く周囲を見渡す。
ふぅむ……。本日も大変綺麗に整理整頓されていますなぁ。
どこぞの横着な白頭鷲ちゃんも彼女を見習って欲しいものさ。アイツの実家は俺が住み着くまで結構汚れていたし。
「お食事は何処に置きます??」
「ベッドの脇に置いて下さいっ」
「畏まりました」
語尾に含まれる陽性な感情と頭からすっぽりと被るシーツの後ろ側で大きく揺れ動く蜥蜴の尻尾。
どうやらレシーヌ王女様は俺の話が待ちきれない御様子ですねぇ。
「さて、本日は一体どのような御話を御所望でしょうか」
料理人が丹精込めて作った朝食を静かにベッドの脇に置き、天蓋状に垂れ下がるレースの向こう側へと視線を送る。
「では先日の話の続きをお願いします」
「先日の続き……。えっと、どこまで話を進めましたっけ??」
最近の多忙の所為で全然覚えていないや。
「三つ目の問い掛けの罠を抜けた所までですよ!! 因みに私はその問い掛けに見事全問正解しましたからねっ」
フスゥっと若干得意気な鼻息が頭から被っているシーツを微かに揺らす。
「いやいや。最終問題は私の助言を参考にしていたじゃないですか」
一問目の蛙、二問目の花言葉、そして三問目の引っ掛け問題は特に時間を掛ける事無く解いたのだが最終問題で躓いていましたものね。
「それは気の所為ですっ。時間を掛ければ私でも解けましたもの」
フフっと可愛らしい笑い声を放つ。
「この平和な状況下ならまだしも、不正解なら即刻死亡という危機的状況下での問い掛けは思考を鈍らせます。同じ状況下で解けたのなら素直に褒めますよ??」
彼女が御機嫌な時に見せてくれる尻尾の揺れ幅を捉えてそう話すと窓際へと移動。
「むぅ。頑張って解いたのにその言葉は無いと思います」
「あはは、失礼しました。窓を開けて換気をしますけど宜しいですか??」
汚れが一切見当たらない窓に手を掛けて新鮮な空気を取り込んだ。
「構いませんよ」
「それでは……。おぉ、風が気持ち良い」
窓を開けるとほぼ同時に乾いた風がさぁっと頬を撫でて行く。
街中で感じる風は土埃が混ざり少々ザラっとした感触なのだが、ここで感じる風は相棒と空を飛んでいる時に感じるモノに良く似ている。
「今日もいい天気ですからねぇ」
「えぇ。青空が気持ち良い……。んっ?? 相棒の奴、もう少し手加減してやれよ」
青く澄み渡った空から訓練場へ視線を落とすと青き髪の男性が剣を片手に大蜥蜴の群れを追いかけ回している狩りの光景を捉えてしまった。
「何故逃げるのだ!! 逃げてばかりでは強くなれんぞ!!」
「馬鹿野郎!! 誰だって血走った目の野郎が右手に剣を持って追いかけて来たら逃げるに決まっているだろうがよ!!!!」
仰る通りです!!
あれは訓練というよりも実戦に近いものだからなぁ。
彼が泣き喚く気持ちは大いに理解出来るが君達に足りないのはその実戦であり。相棒はそれを体で分からせる為に敢えて真剣を手に取ったのだろうさ。
ハンナの気持ちを汲んで大人しく切り傷を負いなさい。
「むっ!! ダンさん!! 今から御話の時間ですよ!!」
「え、えぇ。申し訳ありません。私の相棒が血気盛んに王都守備隊の者を追いかけ回していたのでつい……」
気まずそうに後頭部をガシガシと掻き、振り返ろうとした刹那。
ん?? 何だ、アレ。鳥か??
空の向こう側から中々に素晴らしい飛行速度を維持しながら此方に向かって飛翔する鳥と思しき姿を捉えた。
けたたましく両翼を動かすその様は何かから逃げている様にも見えたので、鳥の後ろに視線を送るが捕食者と思しき姿は確認出来ない。
何であんなに急いで飛んでいるのだろう?? 死に物狂いで飛ぶその理由を探っていると鳥は城を飛び越えるのではなく。
この窓に向かって直進して来やがった!!
「ど、退いてぇぇええ――――!!!!」
青き小鳥が女性の声色の怒号を放つと俺の顔面に向かって激突。
「おっぶぐっ!?!?」
顔面にふざけた威力の衝撃が迸ると体が窓際から部屋の中央まで吹き飛ばされてしまった。
「ぜぇっ……。ぜぇぇえええ!! 何で見ず知らずの男がレシーヌの部屋に居るのよ!!」
勝手にぶつかって来て謝るかと思いきや、小さな嘴を大きく開けて荒ぶる呼吸を整えながら俺を睨みつけて来やがる。
「そっちこそちゃんと前を向いて飛べと習わなかったのかい??」
仰向けの状態で寝転がる俺の胸元で翼を休めている青き小鳥へとそう言ってやった。
「私は天然自然の動物じゃないんだし、習う訳無いじゃん。あんた馬鹿なの??」
人様が下手に出てやってるってのに調子に乗りやがって!!
「今直ぐそこから退かないと羽を全部毟り取って唐揚にするぞ」
「そっちこそ私にぶつかった罪で牢獄に入れてやるから覚悟しておきなさいよ」
「はぁっ?? ただの鳥にそんな権限がある訳ないだろ」
「頭の中に何が詰まっていればそんな言葉が出て来るのかしらねぇ――。それとも何も学ばずに大人になった可哀想な人なのかしら」
終わりの見えない売り言葉に買い言葉が己の体の上で飛び交う。
いい歳をした大人が小鳥相手に何をやっているんだと蔑まされていまいそうだが俺に非は無いので此処は決して譲らん!!
ここが高貴な方が住まう場所なのを忘れて突如として出現した正体不明の青き鳥と小競り合いを始め、俺達は互いに一歩も譲らず大変静謐な環境の中で一進一退の攻防を続けていた。
お疲れ様でした。
元日の投稿を終えた後に眠り気が付けばお昼過ぎ。折角のお正月なのでぜんざいを食べてぼーっとテレビを眺めていたらスマホから緊急地震速報の音が響きました。
私が住んでいる地域の被害はありませんでしたが、被災地の方々の事を思うと胸が痛みます。
もしも読者様の中で北陸地方に住んでいる方がいらっしゃるのなら安全な避難所で過ごして下さいね。
深夜の投稿になって申し訳ありません。何分、正月の空気が中々筆を進ませてくれなかったので……。出来立てホカホカをこうして投稿している次第であります。
寝正月、友人達と過ごす正月、家族と共に過ごす正月。
読者様達はどの様な正月を過ごしていますか?? 私の場合は初詣に出掛け、両親に挨拶を済ませ、初売りにて喧噪の洗礼を浴びて来ました。
その空気に流されてしまい帰宅後に光る箱へ向かって文字を打ち続けていたのですが、中々完成出来ずにこの時間まで掛かってしまいました。
そして、いいねをして頂き有難う御座いました。
読者様からのお年玉を頂き執筆活動の励みとなりました!!
それでは皆様、まだまだ寒い季節が続きますので体調管理に気を付けて休んで下さいね。