第百十二話 社会の喧噪に囚われた男 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
『これが奴等に渡す契約書並びに我々の意見書だ。貴様が考えている以上の機密事項が含まれている為、絶対に紛失するなよ??』
『はぁ……。それは重々理解していますけども。こ、こんなに多いのですか??』
なだらかに上って行く丘、いいや。背の高い山と思しき書類の山を受け取ってそう話す。
『古の契約を破棄して新たなる契約を結ぶとなれば必然として書類の数は増える。それに我々は国王様の身の安全を最優先として守らなければならない。その数でも随分と譲歩した方だぞ』
『分かりました。では……、よいしょ!! この書類の山を届けて参りますね』
『助かる。帰還後は寄り道をせず私の下へ帰って来い。以上だ』
初めての御使いに出掛ける子供を厳しく躾ける母親の口調を頂くと相棒の背に跨り、慎ましい空のお散歩を楽しんだ後。再び恐ろしい獣が潜む奈落の遺産へと足を運んだ。
『おぉ!! ダン!! 待っていたぞ!!』
『ダン――!! お帰り――!!』
『ハンナぁ!! さ、さぁ!! こっちにいらっしゃい!! 私が旅の疲れを癒してあげるからっ!!』
洞窟の奥に潜む闇に足を踏み入れ、大変静かな通路を進んで死闘が繰り広げられた大広間に到着するとほぼ同時にキマイラ達から個別の温かい言葉と歓迎を受けた。
この陽性な雰囲気のまま契約の交渉を始めたいのだが……。
『はいそこまで!! 皆揃って外に出掛けますよ!!』
『えっ?? どうして??』
『この中と外の世界の時間の流れは異なっている。ここで長々と契約の交渉をしていたら外の世界では数か月経過しちまうからだよ』
『あはっ、そうだったね!! じゃあ皆――、外に向かうよ――』
俺の体にひしとしがみ付くモルトラーニの声を受け取るとこの場に居る全員が足並みを揃えて現実世界へと帰還。
『お、おい!! 何だこの膨大な紙の数は!!!!』
『それが契約書でぇ、んでこれが意見書な。面倒だと思うけど全部の紙に目を通してそれで納得出来る様だったら署名欄に血判。つまり、血で捺印してくれ』
膨大な数の紙の山を捉えて驚きを隠せない四名に説明を果たし、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて書類に目を通している彼等を尻目に細やかな休息を開始しようとしたのだが彼等がそれを許す筈も無く??
『おい!! この契約年数は何だ!? 未来永劫と書かれているぞ!!』
『この予選時と本選時に運営の指示に従うという契約はとてもじゃないけど了承出来ぬぞ。俺の問い掛けが意味をなさなくなってしまうからな』
『ねぇ――、ダン。もっと足を崩して座ってよ。僕が座り難いじゃん』
『契約年数は仕方がねぇだろ、お前さん達は不死に近い存在なんだし。シェイム、それが気に食わないのならその意見書の空白に自分の意見を書いておけ。後、モルトラーニ。俺の太腿を座布団代わりに使うのは止めなさい』
了承出来る契約と首を縦に振らない契約、並びに彼等の意見を纏めて紙に書き留め王都へと帰還。
『ゼェイラさん、これが今回得た彼等の意見です。まだとてもじゃありませんが契約には至らないといった感じですね』
『まぁ契約交渉なんてそんなものだろう。互いの相違を解消して徐々に互いが納得のいく契約に纏めていくのが流れに沿った考え方だ。ほぉ……。契約は百年単位で更改を望むか。貴様が入れ知恵したのか??』
『好きな様に考えて下さい。では、間も無く日が暮れますので俺達はそろそろお暇させて頂きますね』
柔らかい茜色の光が差す執務室から退出しようとしたのですが、どうやら俺の拘束時間はまだまだ終了の鐘を鳴らさない様だ。
『この意見書を元に政府高官達と会議を進める。次の交渉予定は……、そうだな。三日後に受け取りに来てくれ』
『分かりました。相棒、帰ろうぜ』
『あぁ、分かった』
『あ――、ハンナだけは帰ってもいいぞ。ダン、貴様は王女様の部屋に夕食を運べ』
『えぇっ!? 明日も朝一番から依頼が舞い込んでいるんですけど!?』
『王女様が色々と話したいそうだ。それに貴様等の身は引き続き私が預かっている。この契約交渉が終わらぬ限り、貴様に自由は与えられていない事を忘れるな。ほら、さっさと行って来い』
『分かりましたよ!! 行けばいいんでしょ!? 行けばぁ!!』
両目に大粒の涙を浮かべ、我関せずといった表情を浮かべている相棒に別れを告げると物凄く美味そうな香りを放つ夕食を盆に乗せて我儘な王女様の部屋へとお邪魔させて頂いた。
『ダン!! 待っていましたよ!!』
『お疲れ様です。お食事は何処へ置きましょうか??』
散歩が待てない子犬の様に仰々しく尻尾を振る彼女に対して冷静な声色でそう問うた。
『ベッドの脇に置いて下さい!! そ、それよりも早くキマイラ達の御話を聞かせて!!』
『はぁ……。では、食事を続けながら御静聴願います』
『ホム……、フゥム……。ふぇ!? 天井が迫って来たのですか!? そ、それに壁に圧し潰されそうになって。その問い掛けは面白そうですね!! 私が解きますのでダンは答えを言わないで下さい!!!!』
俺の予想通り食事の手もそこそこに、話に食い気味に乗って来たワンパクな王女様のお相手を月が欠伸を放つ時間まで務めさせて頂き。彼女が一応の満足をして眠りに就いたのを見計らって退出すると、まるで墓場から起きたての死人の様な足取りで宿屋へと向かい。
『すぅ……』
『こ、この野郎……。俺が疲れ切っているのに何も知らず幸せそうに眠りやがってぇぇええ――!!!!』
俺の苦労を何も知らずに眠りこけている彼の腹の上に拳を一発捻じ込んで眠りに就いたとさ。
契約書と意見書が完成するまでの間は自称飼い主である活発受付嬢からたぁくさんの依頼を受け賜り、それに加えて行政からの指示を馬鹿正直に履行して混成獣との間を行き来。更に更におねだり上手な王女様との深夜の会話。
皆様が俺を頼ってくれるのは本当に嬉しいのですが、申し訳無いですけどもこの体には体力という概念が存在しているのですよ。
この生活循環を繰り返して行く内に俺の疲労は確実に蓄積されて行き、気が付けば相棒のフワモコの羽毛をベッド代わりにして眠っていたのだが……。
彼の背はこんなに素晴らしい寝心地を与えてくれたっけ??
勿論、普通の寝具よりも良好な効用を与えてくれるのは確かだがこの感覚はちょっと違うモノなんだよねぇ。
素晴らしい夢見心地を堪能しながら寝返りを打つと。
「あ、こらっ。勝手に寝返りを打っちゃ駄目ですよ」
お耳ちゃんが本当に喜んでしまう柔らかい女性の声色が頭上から届いた。
あっれ?? 空の上を飛翔しているのに何で女性の声がしたのだろう??
もしかして空に住まう女神様からのお叱りの声が届いたのかしらね。
現実世界に舞い降りた女神の存在を確かめるべく右手をヒョイと上げて適当な場所を揉みしだくと俺の性欲ちゃんが思わず。
『うむっ!!!!』 と。
首を素早く縦に振ってしまう柔らかい感触を捉えた。
「ひゃあ!! こ、このっ!! 起きているのなら言って下さいよね!!」
「うぎぃぁっ!?!?」
女性の可愛らしくもちょいと大袈裟な怒りが含まれた声が響くと腹部に強烈な痛みが生じ。
「いちち……。あのねぇ、もう少しお淑やかに起こしてくれないのかい??」
その既視感を覚えてしまう痛みがここは現実の世界とは異なる世界であると判断したので、ぶっきらぼうに後頭部を掻きつつ上体を起こした。
「人の体を許可無く触るダンさんが悪いんですっ」
「あはは、御免な?? ちょっと疲れ気味だったから寝癖が悪かったのかも」
端整な顔を真っ赤に染め、背の中央まで届く薄い緑色の長髪を軽やかに揺らしてそっぽを向いてしまっているルクトにそう話す。
「寝癖じゃなくてそれは世間一般では手癖と呼ばれる代物ですよ」
「次からは気を付けます。さて……、話は変わるけどどうして俺は此処に居るんだい??」
相棒の背で気を失うまでは覚えている。それから此処に運ばれて来る記憶がすっぽりと抜けているので徐々に元の顔色に戻りつつある彼女の端整な顔に問うた。
「ダンさんの記憶を覗かせて頂きましたけど、どうやら過労で倒れたらしいですね。あのキマイラ達との交渉を終え、王都へ向かう帰還中に倒れてしまったのでそれを気遣ったハンナさんが私の下に送り届けてくれたのです」
へぇ、不躾で横着で無頼漢な相棒がそんな気配りが出来る様になるとは。
お母さんの教育の賜物じゃあないですか。
「ハンナさんも疲れが溜まっているのか、今は剣を振らず静かに眠っていますよ??」
「口には出さなかったけどアイツも激闘明けでかなり疲れている感じだったからなぁ。休みが必要なら言ってくれれば良いのに」
「シンフォニアで受ける依頼の数々に王宮とキマイラ達の交渉。更に王女さんのお世話。今はそれ処じゃないと判断した結果ですよ」
例えそうだとしても俺達の生業は体が資本ですからねぇ……。それで体調を崩して倒れたら本末転倒じゃないか。
「そうならない為にも気を利かせたハンナさんが私の所へ来てくれたのですよ」
「俺が此処に運ばれて来てからどれ位時間が経った??」
周囲の静かな緑へと視線を映して何気なく問う。
微風が吹けば森の木々がサァっと揺れ動き葉の擦れ合う音が心を癒し、綺麗に青く澄み渡った空から燦々と降り注ぐ太陽の光が心地良い。
「えっと……。ハンナさんが急にやって来てそれから人に見つからない様に急降下して、ダンさんの体が浜に打ち上がった魚さんみたいに地面の上でビッタンと飛び跳ねて……」
「ちょっと待って。俺の体、無事なの??」
受け身を取ったのならまだしも、無防備な状態であのふざけた加速度から地面に叩きつけられて無事で居られる確率は物凄く低いですからね。
「え、えぇ。今は無事ですよ??」
「ちょっと!! 四肢が有り得ない方向に曲がっちゃったとかじゃないよね!?」
『今は』。
その言葉に物凄い勢いで食いついてやった。
「男の人ならそういう細かい事を気にしちゃあ駄目ですっ。それから丸一日経過して今は夕刻ですよ」
「そっか……。じゃあ王都に帰るのは翌日の早朝にしようかな」
一日遅れで帰還したのは交渉が長引いたって事にしておこう。
「キマイラとの戦闘で負った傷は、表面上は癒えた様に見えますがかなり深い位置の傷は未だ癒えていません。それに激しく魔力の消費をした結果、安定し始めた魔力の流れ及び魔力の源も乱れ始めていますので傷の治療と同時進行で治めています。無理をするなと言いたいですが……。キマイラの実力を加味すれば仕方が無いですよね」
三つの獅子の頭に漆黒の毛で覆われた巨躯、更に猛毒の牙を持つ黒蛇。
今は彼等と契約交渉に臨んでいるがまかり間違えば俺達は帰らぬ人となったのだ。ルクトが心配の色を浮かべて俺の顔を覗き込むのも大いに理解出来ますよ。
「その通りです。今回限りにして下さいよ?? あぁんな危ない依頼ばかりを請け負っていたらダンさんだけじゃなくて私も疲れて倒れてしまいますからね」
「あはは、まぁ程々に聞いておくよ。所でさ、先の戦闘中に物凄く違和感がある力が発現したんだけど……。それについて何か分かる??」
「ダンさんの記憶を覗いた時に私も拝見させて頂いたのですが……。どう説明したら良いか」
ルクトが深く考える仕草を取って森の奥深くの緑をじぃっと見つめる。
「火事場の馬鹿力、端的に言えばこの言葉に集約されますね。死という危機的状況から逃れる為に頭が体の各部に緊急回避命令を下し、それを受け取った体が日常では有り得ない程の力を解放させて危機に抗う。敵の動作、姿形、そして思考。その全てが手に取る様に理解出来る代わりに大量の魔力と体力を消費してしまう。圧倒的不利な状況を覆す最強の一手となり得ますがその一方で体に途轍もない負荷を掛けてしまう諸刃の剣。あの時、ハンナさんが止めなければダンさんは戦場で命を落としていたでしょう」
お、おおう。やっぱりアレは相当ヤバイ代物だったのね。
彼女の真剣な瞳がその危険度を物語っていた。
「ルクトから与えられた力の中にそれが含まれていたのかな??」
「私は人の体を持ちませんので恐らく私が譲渡した力がダンさんの体の中で覚醒に至ったのでしょう」
恐らく?? 出来るのなら断定して頂きたいでのすけども??
「私が全て知っていると思ったら間違いですよ。私でも分からない事があるんですっ」
ルクトがそう話すと唇をツンっと尖らせて明後日方向へ向いてしまう。
「聡明なルクトでも理解に及ばぬ恐ろしい力、か。自由自在に使用出来るって訳じゃないし。それに次も使用出来るかどうか分からない。もしもあの感覚が再び訪れる様なら注意して使用するよ」
俺の身を案じてくれた彼女の細い右肩にそっと手を添え、真剣そのものの口調でそう話してあげた。
「分かってくれればいいんです。ダンさんと会えなくなるのは寂しいですからね」
真に友を思い遣る瞳の色を浮かべて此方の顔を見つめると己の右肩に掛けてある俺の手に優しく指を絡めて来る。
「「……」」
お互いの視線が宙で優しく絡み合うと本当に心地良い空気が流れ始め、互いに話したい事が山の様にあるがこの空気を侵食しては不味いと考え只何も言わず互いの顔を見つめ合っていた。
俺達の素敵な雰囲気を捉えた森の木々達が恥ずかしそうに顔を朱に染めてひそひそ話を始め、天から差し込む日の光が両者の体温を仄かに温めてもっと頑張れと有難い応援を送ってくれる。
ルクトの思わず吸い込まれてしまいそうになる若草色の瞳を見つめていると自分でも驚く程に心が安らかに、穏やかになっている事に気付いてしまった。
このまま時が止まり何も考えず彼女の瞳を見つめていたいと考え始めた刹那。
「え、えっと。ちょっと確認したい事があるのですけど宜しいでしょうか??」
彼女がフイっと視線を外して何だかちょっと不機嫌気味に質問を問うて来た。
「確認したい事??」
「そうです。それを確認しない限り、私の瞳を見つめちゃ駄目ですからね」
おっと、心の中を見透かされてしまいましたか。
「何でも聞いてくれよ」
「コホンッ。では……。キマイラとの戦闘後、ダンさん達は奈落の遺産から脱出しましたよね?? その前に起きた出来事をよぉぉく思い出して下さい」
その前に??
ん――……。アイツ等と新しい契約を結ぶ為に色々と話をしたよな??
「残念、もうちょっと後ですねっ」
もうちょっと後?? 相棒に拳骨を食らわされた??
「惜しい!! それよりもほんの少し後ですよ!!」
そうなるとほぼキマイラとの別れ際になるよな。
ルクトの肩から手を外して体の前で腕を組んであの時の光景を思い出していると、彼女が急に不機嫌になった理由を思い出す事に成功した。
いや成功してしまったと言うべきか。
「その通りです!! どうしてダンさんは敵であるモルトラーニさんと口付けを交わす必要があったのでしょ――かっ」
「い、いやいや。御覧になられたでしょう?? あれはアイツが勝手にシてきた事なのですから」
美しい緑の髪がふわぁっと浮き上がり始めてしまった彼女から距離を取っておどおどと話す。
「例えそうだとしても戦士であるのなら容易く躱せますよね?? しかも!! 彼?? 彼女?? どちらから分かりませんけど、中性的な体を舐める様に見つめていましたよね??」
あ、いやぁ……。あれは性別の確認に必要な行為であって、決してやましい気持ちを抱いていた訳じゃないんですよ??
それに例え女の子だとしてもあれは好意の表れですし?? 無下に押し退ける必要は無いかと思われます。
視認出来てしまう程の魔力の圧を纏い、ルクトを中心として風が吹き始めたので慎ましい距離では無く即死を免れる距離にまで後退して心の中で釈明を開始した。
「はぁ……。そういう所ですよ」
「そういう所?? それは一体どういう……」
彼女の真意を問う為に一歩立ち止まったのが不味かった。
「うぉぉおおうっ!?!?」
いつの間にか無音で俺の足元にまで迫っていた太い蔦に両足を絡み取られてしまい景色が百八十度回転。
「あ、あのぉ――……。宙づりにする必要はあるのでしょうか??」
頭に血が昇った状態でまだ怒り冷め止まぬ彼女を刺激しない様に優しく話し掛けてあげた。
「勿論ありますよ。逃げられない様にする為ですからね」
ここは俺とルクトの精神が繋がった世界であって、何処にも逃げ場なんてないのでは??
「仰る通りですけども視覚的に満足したいじゃないですか」
「その満足度の所為で俺の心には恐怖が渦巻いているんですけど!?」
後!! 先の尖った蔦の先端を眼前でチラつかせないで!!
「直ぐに断らなかったダンさんが悪いんですぅ――。えいっ」
「ひぃっ!!!!」
先の尖った蔦が左右にプ――ラ、プラと揺れ動く俺の顔に狙いを定めて襲い掛かって来たので腹筋が千切れる勢いで稼働して直撃を回避してやった。
「あ、あ、危ないでしょう!? 人の顔に凶器を突き付けちゃ駄目って習わなかったの!?」
「習ったかも知れませんけどどういう訳か都合良く忘れちゃいましたね」
それはあんまりだ!!!!
「さてっ!! 夜明けまでまだまだ時間がありますからねぇ――。ダンさんがこれから日常生活を送る中で女性から甘い誘惑を受けてもキッパリと、そしてハッキリと断れる様に軟弱な精神を私が鍛えてあげます」
「な、軟弱とかそういう話じゃないでしょう!? それに!! 鍛える最中に死んじゃったら元も子も……キャアアッ!?」
今度は二本の蔦が俺の真正面と背後から襲い掛かって来やがったので再び腹筋を最大稼働させて躱してあげた。
い、今のは危なかったぞ……。
「――――。ちっ、上手く避けますね」
今舌打ちした!?!?
「気の所為ですよ。余り細かい事を気にするのは男らしくないと思います」
「こういう時にだけ性別を出すのは間違いだと思います!!!!」
「それはソレ、これはコレです。それに私が鍛えてあげる事によって現実世界に帰還したら類稀なる回避能力が開花しているかも知れないじゃないですかっ」
かもじゃ駄目なの!! 絶対に上達する確証が得られない限り強力な攻撃を加える事はいけませんよ!!
「心身一如と言われている様に精神と体は密接な関係が構築されていますので御安心下さい」
安心出来る要因が欠片も見つかりません!!!!
俺を安心させたいのなら鉄板を容易く貫通出来そうな攻撃力の高い先の尖った蔦を増やさないで!!
「文句が多い男の人には躾が必要。母親が教えてくれた通りですね」
う、恨むぜぇ……。ルクトの母親さんよ。
貴女の娘さんは捻じ曲がった癖に目覚めようとしていますよ!! そう声を大にして叫んでやりたいがこの世に存在していない人物に対して叫んでも意味をなさない。
寧ろ、更に危険な境地へと立たされてしまう蓋然性が高いのでここは沈黙の一手だな!!
「ふんっ!! せぇぇええい!!」
腹筋を駆使して前後左右から襲来する蔦の数々を回避し続けているが、始まって間もないってのにもう腹筋ちゃんが音を上げてしまった。
「はい、後ろから失礼しますねっ」
「ウキィッ!?!?」
野太い針で差された様な痛みが背に広がると余りの痛さに両目から小さな涙が溢れて来てしまう。
あ、相棒……。現実世界の俺の体の異変を察知して俺を起こしてくれ。
そうじゃないと、とてもじゃないけど今晩を生きて過ごせる自信がありません……。
「あはっ、イ――イ声で鳴きますね。ちょっと目覚めてしまいそうでしたよ??」
「絶対にそっち方面に目覚めちゃ駄目だからね!? お母さんは貴女をそんな子に育てた覚えはありません!!」
「私の母親はダンさんじゃありませんよ――。それに、ハンナさんに救いを求めても無駄です。彼は今ぐっすりと睡眠に興じていますから」
お、終わった……。
今日ここで俺は誰にも看取られる事無く短い人生に終止符を打たれてしまうのだ。
折角命辛々戦地から帰って来たというのに知り合いに命を奪われるとか本気で洒落になっていないんですけど。
「死にたくなければたぁぁくさん動く事をお薦めしますよ――」
「い、イヤァァアアアア――――!! 誰か助けてぇ!! ここに人の体を玩具の様に弄ぶ凶悪な女の子がいまぁぁああす!!」
「聞き分けの無い子にはお代わりですね!!」
「ギィィヤアアアア――――ッ!!!!」
前後からでは飽き足らず全方位から襲い掛かって来る蔦によって瞬く間に服を切り裂かれ、痛々しい傷が全身に刻まれて行く。
いつか誰かが言っていた言葉、兎角女性とは恐ろしい者である。
普段温厚にしている人を怒らせちゃいけない、それもその言葉に付け加えておこう。
墓場の下で安らかに眠っている死人が顔を顰めてしまう絶叫を放っても彼女はお構いなしに攻撃の手を加え続け、気が付けば俺は自分の生を守るという行為のみを優先。
変な方向に目覚め始めてしまい高らかに笑い続ける彼女から生き延びる為、全身全霊の力を以て見方によっては大変気持ち悪いと捉えられてしまう動きで凶器の刃を回避し続けていた。
お疲れ様でした。
元日の投稿に向けて昨日の深夜からモリモリ執筆していたら指と腰が駄目になってしまいました……。
何事も程々という言葉が今なら理解出来る気がしますよ。
さて、本話から新しい長編が始まるのですがこの御話が終わった後。彼等は新しい大陸へと旅立ちます。もっと色んな依頼をこなしても構わないのですがそれですと収拾が付かなくなってしまいますので。
読者の皆様、改めまして新年あけましておめでとうございます。
皆様の心を少しでも温められたら、その精神で執筆を続けて行こうと考えておりますので今年も一年何卒宜しくお願い申し上げます。
それでは皆様、良いお正月をお過ごし下さいませ。