第百十二話 社会の喧噪に囚われた男 その一
皆様、新年明けましておめでとう御座います。
2024年、初めての投稿となります。今年も一年宜しくお願いしますね。
地上で生きとし生ける者達が感嘆の声を放つであろう美しい景色が夜空に広がり、満点の星空の下では安寧の時間が流れていた。
怪我、病気、精神的病等々。
誰しもが安らぎの時間の流れの中で幸せな夢を享受出来る訳では無く、例え好環境の中でも己自身に降りかかる状態如何によっては悪夢若しくは不眠に悩まされるであろう。
この例に漏れず、砂と熱帯の草原が広がる大地の片隅で暮らす街の人々は予期せぬ騒音に悩まされ幸せな夢を享受出来ないでいた。
「う、うぉぉおおおお――――!!!! だ、誰か俺様を止めてくれぇぇええ――!!!!」
一人の男性の雄叫びが静謐な環境を破壊し尽くし、その音量は雲の上で暮らす神々の睡眠を阻害してしまう程の声量だ。
普通の感情を持つ者ならばその諸悪の根源を断つ為に文化的な交渉を試みるであろう。
「おい!! 水車の上で走り続けている大馬鹿野郎!! いい加減に下りないと武力行使に出るぞ!!」
しかし、その目論見は既に瓦解。
右手に剣を持ち、重厚な鎧を身に纏う大蜥蜴が武力行使に踏み出そうとして水車の上で走り続けている男に最終警告を放った。
「うるせぇ!! 俺様だって走りたくて走っているんじゃねぇんだ!! こ、この悪魔的装置を開発した野郎を憎みやがれ!!」
「あ、あのクソチビ!! 俺達に喧嘩を売っているのか!?」
「誰がクソチビだおらぁぁああ!! 後でテメェの無駄に長い尻尾を噛み千切ってやるからな!!」
「何ぃ!? 上等だ!! そこで待っていろよ!? 今から無理矢理水車を止めて……」
激昂に駆られたまま大蜥蜴が一歩前に進み出そうとするが、他の個体の声がそれを止めた。
「ラゴス!! 報告通り向こうにも彼と同じ様に水車の上で走り続けている男が居たぞ!!」
「お、おいおい。勘弁してくれよ……」
「こんな阿保共の為に王都守備隊が出動するのは前代未聞だぜ??」
「今更愚痴を言っても仕方が無い!! 地元の執行機関じゃ手に負えないって話だっただろう?? 俺達王都守備隊が治安を守る為に此処に来たんじゃないか!!」
「ヴェスコ、お前さんは相変わらずクソ真面目だなぁ……」
ラゴスと呼ばれた男が大きな溜息を吐いてヴェスコの肩を優しく叩く。
そして彼等の会話を聞いていたのか。
「ギャハハハハ!! お勤めごくろ――さ――んっ!!!!」
水車の上で駆け続けている小柄な男が彼等の苦労を嘲笑した。
「誰の所為で苦労していると思っているんだ!!」
「知りませ――んっ。これがぶっ壊れたら降りてやるから怪我をしない内に……。ぜぇっ、ぜぇっ……。おとといきやがれってんだ!!」
「も、もう限界だ!! その小さな体をぶん回して地面に叩きつけてやるから覚悟しろよ!? おい!! 作戦行動に出るぞ!!」
「「「おおう!!!!」」」
ラゴスと王都守備隊の面々が水車の麓に歩み出し、巨大な筋力の塊を積載している両腕で水車の動きを強制停止させると回り続けていた水車が急停止。
「どわぁぁああ!?!?」
物理の法則に従い小柄な男性が数十時間振りに地面へと落下。
「いちち……。よぉ、蜥蜴の兄ちゃん達。俺様に上等ブチかましてタダで済むと思ってんのか??」
小柄な男が土と汚れと汗に塗れた姿で王都守備隊の者達と対峙した。
「俺達にはお前を拘束する権限が与えられている。今なら軽い罪で済むが……、お前が万が一武力行使に出た場合。此方もそれ相応の力を以て対抗するぞ」
ラゴスが左の腰から長剣を抜き、夜空に浮かぶ月に向かって堂々と切っ先を掲げる。
「はっ!! 只走っていただけなのに罪を問われるとか……。この国は随分と世知辛いですなぁ」
「他人の所有物を私用で使用する。貴様を拘束するのには十分な理由だろう??」
「だから!! 俺様は走りたくて走っていたんじゃないの!! あの丸い装置が強烈な誘惑をしてきて、心に渦巻く欲求に駆られたまま走っていたんだよ!! テメェの耳は腐ってんのか!?」
「それを私的利用って言うんだよ!! この馬鹿者がぁぁああ――!!」
ラゴスが怒りに任せた一撃を小柄の男に叩き込むが。
「ひゅぅ!! さっすが図体がデカイだけの事はある。一撃の強さは目を見張る物があるぜ??」
小柄な男は彼の一撃を余裕を持って回避。
不敵な笑みを浮かべてラゴスの隙だらけの背を優しく叩き。
「さぁさぁ俺様は此処にいるぜ?? ひ――、ふぅ――、みぃ――、よ――、いつ――つ。たった一人の小柄な男に大男が五人か。その王都守備隊ってのも案外ちゃちな集団らしいですなぁ――」
敢えて隙だらけの構えを取り、戦闘の空気を体内に取り込み鼻息荒く構えている王都守備隊の面々を嘲笑った。
「き、貴様ぁ!! 王都守備隊を愚弄する気か!?」
「上等だクソチビ!! 鍛えに鍛えた技を叩き込んでやる!!!!」
「み、皆!! 落ち着いて!! 此方側から武力行使をしては駄目だよ!!」
「掛かって来やがれ!! 俺様がどれだけの力を持っているかその身に叩き込んでやるぜ!!!!」
ヴェスコの忠告を無視した四名の大蜥蜴達が小柄な男に向かって突貫を開始。
数日前まで平穏と安寧が蔓延っていた田舎の村に戦士達の雄叫びが轟き、それはさながら悪鬼羅刹共が跋扈する戦場と変わらぬ熱気を帯びて行く。
「はぁ!!」
「だから遅ぇって言ってんだろうが!!」
小柄な男が上段から振り下ろされた剣の切っ先を巧みに躱し。
「ふんっ!!」
「ざ――んねん。もうちょっと下を狙いましょねぇ――!!」
地面と平行に繰り出された太刀筋は彼の頭上を通過。
「ちょこまかと動くなぁぁああ――!!!!」
「は――い!! またまた残念でしたぁぁああ――!!!!」
地面スレスレからせり上がって来た剣の軌道を見切り、直撃範囲から半歩下がって余裕の声を出した。
卓越した身の熟し、重心の置き方、そして相手の攻撃を誘う上手さ。
頭に血が昇った王都守備隊の隊員達は彼の腕が自分達よりも一つも、二つも上を行く事を忘れ。只々怒りに任せた攻撃を続けていた。
「す、凄い……。あれだけの激しい攻撃の連続をいとも簡単に回避し続けるなんて」
彼等の戦いを離れた位置で観察していたヴェスコが感嘆の吐息を漏らす。
「しかも何度も攻撃の機会があったのに反撃しないなんて……。もしかして攻撃してはいけない理由があるのか??」
「ヴェスコ!! 観戦していないでお前も参戦しろ!!」
「あ、あぁ!! 分かった!! 四方から攻撃を与え続けて体力を削り取ろう!! そうすれば勝機が見えて来る筈!!」
「「「おおう!!!!」」」
新たに参戦した隊員の檄によって場の熱が上昇して他の隊員達の激昂が微かに収まるが、それはほんの僅かな時間であった。
「いやぁぁ――ん。俺様、無駄にデカイ男達に犯されちゃう――」
「ふ、ふざけるな!! 貴様の様なふざけた男を抱こうとする者はこの世に存在せん!!」
「その減らず口を閉ざしてやるからな!!」
小柄な男が取った挑発的な行動が再び彼等の心を揺れ動かしてしまい、戦場に怒号と高貴な者達が放ってはならない汚い言葉の数々が飛び交った。
その音量は熟睡していた月を叩き起こし、深夜にも関わらず叩き起こされた月は興味津々といった感じで地上で繰り広げられる快活劇を鑑賞していたが……。
東の空が白み始め、その眩しさに嫌気が差した星達が静かに姿を消すと月もまた再び眠ろうとして静かに目を閉じた。
「チビ助ぇぇええ!! いい加減に捕まりやがれ!!」
「誰がチビ助だぁぁああ!! テメェの爬虫類臭い鱗を全部引っぺがして天日干しにすんぞおらぁぁあああ!!」
しかし、日が昇っても彼等の汚い言葉の応酬は留まる事を知らず。起床したばかりの太陽と懸命に眠ろうとする月の意思をいつまでも阻害し続けていたのだった。
◇
効率的且効果的な睡眠に必要なのは良好な寝具、十分な睡眠時間、そして静かな好環境であると考えられる。
今現在俺は何処かの国の王様が使用する超高級ベッドの至高の柔らかさに包まれたまま体を弛緩させて柔らかい呼吸を継続。更に小鳥達の鳴き声が囀る素敵な静けさに囲まれ誰にも邪魔される事無く世界最高と位置付けても構わない好環境の中で睡眠を継続させていた。
これ程までに落ち着いた睡眠にありつけたのはいつ以来だろうか??
少なくともあの大蜥蜴の鼾の大合唱よりかは前の筈……。
深夜に鼾でうなされ、寝たとしても悪夢に襲われ。更に日中は王都守備隊の任務や訓練に追われて汗を流す。
その劣悪とも呼べる環境が過ぎると、古代から現代へと続く契約の履行を完了すべく俺達は南へと発ち抗うのを諦めてしまう化け物と対峙した。
そこから命辛々脱出して安全と安寧が蔓延る文明社会に帰還したのだが……。
どうやら俺の悪夢はまだまだ終わらない様だ。
『ダン!! 起きて!!』
『どっわぁ!?』
ドナ達の家の応接間に置かれているソファの上で丸一日眠りこけていた俺を彼女が水をぶっかけて強制的に叩き起こし。
『朝ご飯を食べたら直ぐに依頼を受けて貰うわよ!! 五分で食べ終えろ!!』
『何で俺が此処で眠っているのか、その説明をするのが先じゃないのかしら……』
『言い訳無用!! 食べないのなら足を引きずって連行するからね!!!!』
『へ、へい!! 親分!! 了解しやした!!』
有無を言わさない圧力を受け取ると食卓に用意されていた朝食を指示通り五分以内に完食。
ビチャビチャに濡れた服のままシンフォニアの受付嬢達と遅れて合流したハンナと共に彼女達の仕事場へと向かった。
その道中に俺がドナの家で眠っていた理由を知る事となる。
『シンフォニアに到着してから気を失ったのよ。んで、ハンナさんが私達の家まで運んでそれから丸一日、死人みたいに眠っていたから起こすのは憚れたけど……。溜まっている依頼を消化する為にもダンの力が必要だったのよねぇ』
『それはあくまでも君達の予定であって俺の予定は無いんだけど?? それに二日後には契約書を取りに行かなきゃいけないし』
『契約書?? 何、それ』
『あ、いや――。今日は良く晴れていますなぁ!! こりゃ忙しくなりそうだ!!』
ついポロっと国の超重要機密を漏らしてしまいそうになったので慌てた足取りで進んで行ったのだが、彼女はそれを見過ごす筈も無く。
『待て』
『ぐぇっ!!!!』
親猫が子猫のうなじを食む様に、ドナの手が俺の襟を掴むと襟下が喉に食い込み呼吸が阻害されてしまった。
『その契約書云々の話を聞かせて??』
顔は物凄く魅力的な笑みを放つがその目はまるで地獄の悪魔もドン引く程に冷たいものである。
『じ、自分達には守秘義務が課せられている為御話する事は出来ません!!』
執行部の皆さんに身柄を拘束されてしまう可能性がある為、彼女の目を一切見ずにそれはとてもじゃ無いけど不可能であると伝えた。
『あっそう。いいわ、今日の仕事が終わったら聞かせて貰うから。それまでに話せる範囲でいいから話を纏めておけ』
何故君は命令系で話を進めるのだろう?? そこは懇願する場面でしょう??
そう言いたいのは山々だが恐ろしいラタトスクちゃんに逆らうととんでもねぇ仕返しが襲い掛かって来る蓋然性があるので大人しく首を縦に振り、首根っこを掴まれたままシンフォニアへと移動を果たし。
約二十日振りとなる依頼を請け負った。
死地から帰還した体には丸一日眠っていても解消出来ない疲労と痛みが蓄積されており、復帰後初の依頼である町内清掃の仕事にかなりの支障が出てしまった。
元気一杯の体なら数時間で済むのに約半日も掛かってしまい、依頼者である町内会長から労わりの声を頂いた。
『あら?? 珍しいわね。ダン達がここまで苦戦するなんて。何かあったの??』
『最近忙しくて真面に眠れていないのですよ。それなのに、シンフォニアの受付嬢さんが俺の尻を叩いて依頼をこなせって命令するんです』
『あはは!! いいじゃないか!! 男は女の尻に敷かれるものなんだよ!!』
女性の柔らかいお尻ちゃんに物理的に敷かれるのは大歓迎なのですが、精神的且家庭的に敷かれるのは好みません。
そう言いたいのをグッと堪えて依頼を片付け、午後からはとある店の移転の手伝いをこなした。
眼前に聳え立つ荷物の山を馬車の荷台に乗せ、移動後に汗水垂らしながら荷物の搬入を終え、生も根も尽き果てた所謂死に体となってシンフォニアに帰還。
『お帰りぃ!! どうだった!? 久々の依頼は!?』
活発受付嬢の満面の笑みが今日一日の疲れを癒してくれるのだが……。
眩い笑みの奥にある本当に意味を探るのは恐ろしくて出来やしない。あの無駄に光り輝く笑みの意味は恐らくそういう事なのだろうから。
『程々に済ませたよ』
『うんうん!! やっぱりダンにはこういう仕事がお似合いね!! さてと!! 色々と聞きたい事があるしぃ?? 美味しいお肉でも食べながら朝の話の続きを聞かせて貰おうかしらね!!』
予想通り、と言いますか。期待を裏切らないと言いますか……。
俺とハンナはうら若き女性三名に引きずられながら彼女達御用達の焼き肉屋へと連行され、話せる範囲でキマイラ討伐の経緯を説明した。
『はぁ!? じゃ、じゃあダン達はまだまだ王宮に行かなきゃいけないって事なの!?』
『え、えぇ。ですから何度もそう説明したでしょう??』
通常あるべき男女の距離感を大いに間違えた彼女から仰け反って説明する。
『それを反故した場合。我々の身柄が拘束されてしまうので少しの間だけ目を瞑ってくれ』
『ハンナさんがそういなら仕方ないけどぉ……。いい!? あんたの飼い主は私なんだからね!? その事を忘れない様にっ!!』
いつの間に俺は君の飼い犬になったのだろう?? 甚だ疑問が残る次第であります……。
酔っ払いの女性三名を家に送り届け、それから平和的な依頼の数々をこなして王宮に依頼書を受け取りに出掛けた。
お疲れ様でした。
この後、後半部分を見直してから投稿しますので今暫くお待ち下さいませ。