第百九話 影の英雄達 その二
お疲れ様です。
聖なる夜にサンタクロースからの贈り物をお届けに参りました。
「俺達と新しい契約を締結するのか、それとも平和ボケした次世代の連中達で己の満足感を誤魔化すのか。さぁ――、どうする??」
「うぅむ……。悪くない考えだが……」
「僕は賛成するよ!! だって色んな人が見られて楽しそうだもん!!」
「俺も賛成だ。俺の問い掛けに苦しむ大勢の者達の姿を見てみたい」
「私も賛成よ!! ハンナみたいな美男子が私の体を求めて押し寄せてくるかも知れないし!!」
ジェイドは判断に躊躇して他の三名は好感触っと。
「よぉ、ジェイドさんよ。他の三名はあぁ言っていますけどぉ??」
「だ、だがなぁ。やはり血沸き肉躍る死闘を求めている俺の気持ちを誤魔化すのは……」
「だから!! それは優勝者との戦いで満足すればいいじゃん!! 此処にずぅっと居たら直接戦う事も出来なくなっちゃうかも知れないんだよ!?」
ふふ、そうそう。そうやってドンドン彼の背を押してやって下さいなっ。
「満足出来そうにない参加者ばかりだったら準優勝した奴等をお前さん達の激闘に参加させてもいいし。各地からこぞってやって来る参加者に声を掛けてもいい。たぁくさんの戦士達を選びたい放題ですぜ?? 大会運営の大半は行政側が担うけど、お前さん達が裏でこっそり予選の指示を出してもいいし。本選の指示を出しても構わないぞ??」
『ダン、それはちょっと譲歩し過ぎじゃない??』
俺の提案に待ったを掛けたトニア副長がそっと耳打ちをしてくる。
『今言っただろ?? 大会運営の大半は行政側が担うって。大まかな内容は此方で決めて、戦いの方法を指定するとか、自分達が気に入った参加者を指定するとか。細目だけを奴等に任せるんだって』
『それなら構わないけど……』
「さぁ――、ジェイドちゃん?? そろそろ決めちゃいましょうかっ」
嘯く声を放ち頭を悩ませている獣にそう問うと……。
「あぁ、分かった。貴様達と新たな契約を結ぼう」
中々首を縦に振らなかった頭が決断に踏み切ると縦に動いてくれた。
「よっしゃ!! これにて契約成立!! 俺達と交わされた契約は行政側の高官に伝えておくよ。いきなりこの契約を伝えてはいそうですかと了承するとは思えないからぁ、そうだな。俺とハンナが双方の代理を務めるよ。王国側の要望と、お前さん達との要望を照らし合わせて最善の契約が結べるように努力するぜ」
「宜しく頼む」
ジェイドがそう話すとキマイラの巨躯から眩い光が放たれ、その光が収まると四人の男女が俺達の前に姿を現した。
へぇ、モルトラーニの顔以外は初めて見るけどこんな顔をしていたんだ。
雄臭せぇ香りを放つ角ばった面持ちに、それに誂えた様な茶がかった黒き短髪。
身の丈は俺の頭一個分程高いので恐らくニメートルは越えているであろう。
一般成人男性の背の高さを優に超える巨躯に搭載された筋肉の塊は見ているだけで胸焼けがしてきやがる。
グレイオス隊長はコイツと一対一で戦い、そして退けた。
特濃な雄同士の戦いを見たいと思う一方で、咽返る程の雄の香りが充満する部屋に入る事を拒絶してしまう自分もまた居る。
良かったぁ、俺の相手がモルトラーニで。
こぉんな特濃の雄の香りを放つ奴と対峙したらきっと一日中胸のムカムカが取れなかっただろうし。
「行政側の要請を伝える為に此処へ来て、そしてジェイド達の要望を行政側に伝える。暫くの間、お世話になるけど俺とハンナはまたあのふざけた罠を潜り抜けて来なければならないのかい??」
大層御立派な筋力を備えている一人の男性へと問う。
「この大広間の奥へ進んで行くと貴様等が侵入した入り口へと繋がる出口が存在する。入り口とそこの出口を繋げておくからその必要は無い」
ふぅ、それは何よりだ……。
契約書若しくは要望を伝えに来る度に命の危機に晒されるのは勘弁願いたい所だからな。
「有難うね、助かるよ」
少しだけ口角を上げて笑みを浮かべているジェイドに向かって話す。
「シェリダンと交わした契約はここに破棄して新たにダン達と契約を結ぶ。これで大勢の人民を救ったとして新たな英雄の誕生という訳だな」
その彼が微かな笑みを浮かべながら右手を差し出して来たので。
「冗談キツイぜ。表立って目立つのはこれからも英雄王シェリダンで結構さ。俺は歴史の影に埋もれた名も無き冒険者で結構なの」
此方もニッと軽快な笑みを浮かべて硬い握手を交わした。
表立って目立ってしまえば自由に冒険出来なくなるし、それに民の支持を集める危険な存在として王国側に厳しい目を向けられて拘束されてしまう可能性もある。
光輝く英雄の名はこれからもシェリダンちゃんに引き継いでもらって、俺は影の英雄として誰にも知られる事無く歴史のふかぁい影に身を落として行くのさ。
「誰にも知られる事の無い裏の歴史に光り輝く功績、か。寂しくないのか??」
「誰にも知られなくてもいい。お前さん達だけが知ってくれていればそれで万々歳さ」
グレイオス隊長の右肩をポンっと叩いてやった。
「じゃあそういう訳で!! 俺達は新たに交わされた契約を伝える為に王都へ帰るわ!!」
「えぇ――、もう帰っちゃうの?? 僕寂しいんだけど??」
「ジェイド、貴様のお陰で俺は一つ強く……。いや、真の雄足る者は何なのかを理解出来た。礼を言うぞ」
「礼を言うのは此方だ。貴様の煌めきが俺の中の濃縮された雄を更に濃厚に仕上げてくれたのだから」
「ねぇ、ハンナぁ。帰らないでさ、私とイイ事をしましょうよ」
「い、いや。俺は皆を送り届ける義務があるのでな」
「全く……。貴女の頭の中は一体何が詰まっているのかしらね」
「五月蠅いわよ!!!!」
「ははっ、ランレル。今のはトニアの言う通りだぞ」
「シェイムも黙ってて!!!!」
各々が明るい別れを済ますと出口と思しき場所がある大広間の奥へと向かって軽快に歩き出した。
「ふん。余り燥ぎ過ぎると転ぶぞ」
相棒が溜息混じりに放った言葉通り、激戦を終えたばかりの体ちゃんは俺が考えている以上に疲弊しているらしく??
「あのねぇ、疲れ過ぎていても流石にそこまでは……。おわぁっ!?」
頭の意思に反して両足がもつれてしまい、ちょいと不細工な格好で転んでしまった。
びっくりしたぁ、こんな派手に転んだのはガキの頃以来だぜ。
王都に帰ったら先ずは睡眠と栄養を沢山摂って、んでそれからぁ……。
だ、駄目だ。先ずはこの契約をゼェイラさんに伝えて、それからドナ達に依頼の成功を伝えなきゃいけない。
頭の中で大雑把な計画を立てて行くが自分がベッドの上で休めるのは当分先であると理解してしまった。
休みたいけど休めないこのジレンマ。どうにかなりませんかね??
「わはは!! どうした?? 影の英雄!! 最後は格好良く締めてくれ!!」
「ふっ、聡明なのか愚かなのか。貴様は良く分からないな」
「ハンナぁ――!! 私はここで待っているから直ぐに帰って来てね――!!」
「あはは!! ダンらしいねぇ!!」
ジェイド達は俺の情けない姿を捉えると明るい笑みを浮かべ。
「王都に帰ったら再び鍛えてやるからな」
「えぇ、足腰が立たなくなるまで走らせてあげるわ」
「早く立て馬鹿者が。置いて行くぞ」
味方側からは大変ちゅめたい視線と憐憫若しくは蔑んだ瞳の色で見下ろされてしまった。
「お前らなぁ!! せめて手を差し伸べる位しなさいよ!!!!」
己の荷物を背負い直し、ちょっとだけ頼りない足取りで大広間の最奥へと向かって行く三名の背に向かって叫ぶ。
ったく、辛辣なんだから……。
「はい、ダン」
「お、助かるよ」
モルトラーニが頑是ない子供が浮かべる無邪気な笑みで右手を差し出してくれたのでそれを受け取ると地面から立ち上がる。
「これで少しの間だけお別れだねっ。何だか寂しいよ」
「すぐ戻って来るから安心しなって」
俺よりも一回り小さな体の上に乗っかっている頭を優しく撫でる。
おぉっ、中々の手触りだな。
まるで洗い立ての子犬の艶々の毛並を撫でている様だ。
「それでも寂しいんだもん。あ、そうだ。ダン、僕からも王国側に伝えておきたい事があるんだけど??」
「モルトラーニが?? もしかして人肉を送れとか??」
「あはは、まさか。ちょっと小声で伝えたいから……」
はいはい、仕方がありませんねっ。
彼がちょいちょいと手招きをするので右耳を傾けてやると。
「――――。これは僕からのお礼ね。んっ……」
モルトラーニの両手が俺の両頬にそっと添えられ大変甘くて温かい感触が唇一杯に広がった。
「えへっ、蛇の時にしたけど人間の姿の時もシちゃったね??」
「あ、あのなぁ。俺は野郎とこういう事をする趣味は無いと何度言えば理解してくれるんだい??」
俺から距離を取り悪戯っぽい笑みを浮かべて頬を朱に染めている彼にそう話す。
「えぇ――。僕は男の子じゃないって言ったじゃん」
「そんなまっ平な胸でよく言うぜ」
「じゃあぁ……、物凄く恥ずかしいけど証拠を見せてあげるねっ……」
彼がそう話すと熟れた林檎も飽きれてしまう赤らんだ顔でズボンに手を掛けて徐々に下方へとずらして行く。
「……っ」
な、何だろう。この物凄く犯罪臭がする行為は……。
見てはいけないと頭が理解していながらも俺の体の内側に存在する強欲な性欲ちゃんは。
『ほぅ?? どうせだから見て行こうぜ』 と。
巨匠が苦労して制作した芸術品を愛でる様に見つめ満更でも無い声を上げて捉え続けろと促す。
これが大人の女性なら厭らしい涎を垂らしながら有難ぁく拝むのですが。
さ、流石に十代中頃の体の大切な場所を拝見させて頂くのは不味いじゃないのでしょうか??
まぁ彼は古代から現代まで生き続けている滅魔であり、俺なんかより桁が違う年数を生きている言わば年長者という奴なのですけども。
奴の中性的な肉付き、背丈と顔付きが判断の迷いを生じさせていた。
そして、モルトラーニの性別が判別出来そうになった刹那。
「じゃ、じゃあ!! 俺は行くから!!」
性的興奮を覚えてしまった女性から逃れる情けない童貞らしい声色を放ってその場を離れた。
「あぁ!! こらぁ――!! 折角勇気を出したんだから見て行ってよ――!!」
「それはまたの機会でお願いしま――すっ!!」
情けないと罵られようが、男らしくないと揶揄されようが流石にアレは不味いでしょう……。
「さぁって!! 早く帰って皆を安心させてやろうぜ!!」
五月蠅く鳴り響く心臓を宥めつつ俺の存在をまるで認識せず一切躊躇しない足取りで出口へと向かって行く仲間達に追いつくと軽快な声を上げた。
「貴様の顔を見ると安心処か辟易するのではないのか??」
「ふふっ、ハンナの言う通りかもね」
「ははは!! 王都守備隊の者達も貴様の顔を見ると若干呆れた顔色を浮かべるからな!!!!」
「あのなぁ!! 仲間に対して辛辣じゃあないの!?」
此処は互いの苦労を労う場面だってのに!!
「貴様のこれまでとって来た行動を鑑みれば直ぐ理解出来るだろう??」
「知りませ――ん。大体、テメェだって十分横着して来たじゃねぇか!!!!」
相棒が珍しく揶揄って来るのは嬉しいのですが、時と場合を考えやがれと判断した俺は有無を言わさずに彼の隙だらけの横腹へと向かって飛び込んで抱き着いてやった。
「止めろ!! 気色悪い!!」
「うぎぃっ!?!?」
両腕の拘束を解こうとするよりも早く鉄よりも硬い拳骨が頭頂部に到来。
「何すんだよ!! いてぇだろうが!!」
相棒から離れると同時、両目に大粒の涙を浮かべながら憤りを叫んでやった。
キマイラと同程度の痛みを仲間から受けるとはよもや思わなかったぞ……。
「最後の最後まで俺達の周りには喧しい明るさが灯る、か」
「いいんじゃないんですか。こういう雰囲気は私も嫌いじゃないですし、それにしんみりとしたまま帰るのは少し味気ないですよ」
「むぅ……。副長がそう言うのなら受け止めるが……。王都守備隊の隊長として隊員が規律を乱すのを了承するのは如何なものかと」
「それは此処を出てからです。今だけは、そう戦いを終えた今だけは彼等と共に輝かしい勝利を祝いましょう」
トニア副長がグレイオス隊長の左肩にそっと手を乗せて囁くと喧噪と明るさを振り撒く彼等へと向かって優しい瞳を向けた。
その瞳は己の子の燥ぐ姿を見つめる両親の様に優しく、慈愛に溢れていた。
「ギャハハ!! さぁどうだい!? 後ろから抱き着かれ気分はぁ?? 疲れたテメェの腕の力じゃあ振り解けないだろう??」
「離せと言っている!! 貴様はどうしてそうもいい加減なのだ!!」
しかし、その優しさに溢れる瞳の色は数分程度で消滅してしまう。
そして子を躾ける厳格な母親の瞳の色に豹変すると左の腰から静かに抜剣。
「ふ、副長。流石に切り付けるのは止めろよ??」
「安心して下さい。薄皮一枚程度削り取る位ですから」
「お、おう。宜しく頼む……」
トニア副長の双肩から溢れ出る武人の圧に恐れをなしたグレイオス隊長は最終警告として彼等に二度、三度咳払いをして危機を伝えたのだが時すでに遅し。
「ト、トニア副長!! 勘弁してくれよ!! これは俺達流の勝利の祝い方なんだって!!」
「それは此処を出てからでも出来るでしょう?? 馬鹿な行為のお陰で作戦行動に支障が出ている事を自覚しなさい!!」
「ギィェッ!?!? 仲間に殺されるとか洒落にならないんですけどぉ!?」
ハンナの背にしがみ付いている男の背に切っ先が掠ると、彼は険しい山の中を賭ける鹿の様に軽々しい所作で出口と思しき光が見える通路へと向かって駆け出して行った。
彼の声、若しくは所作がジェイド達にも届いたのか。
「「「あははは!!!!」」」
数十分前まで死闘が繰り広げられていた大広間には少々不釣り合いな明るい笑い声が響いた。
「よぉ――!! 早く帰ろうぜ――!!」
「「「はぁ――……」」」
その声を受けた三名の影の英雄達は居たたまれない気持ちを胸に抱き、己の疲労と羞恥を含ませた吐息を長々と吐いて今も明るい笑みを浮かべて手を振っている彼の下へと進んで行ったのだった。
お疲れ様でした。
これにて漸くキマイラ達との戦いを終える事が出来ました。投稿を終えて今、ふぅっと安堵の息を漏らしていますね。
ですが、まだまだ彼等の冒険は続きますので引き続き気を引き締めて執筆を続けていきたいと考えております。
本日の昼食は行きつけのラーメン店へ足を運んだのですが……。嬉しい事に聖なる夜を感じさせる存在が見当たらず、アツアツの四川ラーメンを美味しく頂ける事が出来ましたね。
全く……。どこもかしこも聖なる夜だと浮かれおって……。
愚痴を零すよりも手を動かしなさいよと読者様達の辛辣な言葉が光る画面越しに届きましたのでプロット執筆作業に戻りますね。
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それでは皆様、お休みなさいませ。