表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/1225

第十一話 新たなる出発 その一

お疲れ様です!!


本日の投稿になります。ごゆっくりと御覧下さい。




 最高な睡眠を得る為に必要なのは王族が使用する最高級のベッド、神も羨む極上の使い心地を与えてくれる枕等々。ついつい寝具に目を向けがちであるが……。


 そんな物は一切必要無い。必要なのは睡眠に適した環境と、睡眠を欲する体の状態を築き上げる事なのです。


 長き夜が明け、太陽が大欠伸を放ちながら地平線から顔を覗かせる頃。静寂に包まれた室内はこの条件を……。



「グガラァ……」



 基。


 深紅の龍の不必要な鼾を除き。必要最低限の静けさを満たし、二つの目の条件は言わずもがな。


 数十時間もの間、睡眠を欲し続けていた体は無条件で条件を満たしていた。



 本当に……。最高だよ。



 目から涙が零れ続ける御馳走を食らう。


 街一つ買える程の金銀財宝を得る。



 そんなもの足元にも及ばない多幸感が体中を包み、俺はそれに抗う事無く享受し続けていた。



 一生このまま眠り続けても構わない。



 シーツに包まれ、堕落的な思考を構築させる睡眠に身を委ね続けていると。



「――――――――。起床の時間です」



 何やら不穏で矮小な声が響いた。



 う――む。


 今の声はきっと夢だな。


 覚醒と微睡の狭間に身を置くと、そんな声が聞こえて来るって良く聞くし。



 無感情な声に対し、何一つ反応をみせずにいると。



「起きて」



 誰かさんが俺の肩を手で食み、ユサユサと横着に揺らす。


 残念。


 夢であるのなら体が勝手に揺れる訳ではないので、これは恐らく現実のものなのですね。



 全く……。誰だよ。折角!! 久方ぶりの睡眠を楽しんでいるってのに!!



 シーツの中から目元だけを覗かせ、重い瞼を開けてその人物を確認した。



「起床時間ですよ。早く起きてウマ子を迎えに行ってください」



 お、おぉ……。


 本日も素晴らしき寝癖でございますね??



 頭頂部から天へと向かって一直線に反り立つ髪。


 側頭部の髪は荒々しい海を想像させる波が激しく波打ち。先端の藍色の髪はクルンっと見事に一回転してしまっていた。


 一体全体、何がどうなったらそんな酷い寝癖になるのか問い正してみたいですけども。


 生憎。此方はまだまだ寝足りないのです。



「まだ時間あるだろ……?? 久しぶりに眠れたんだからもう少し寝かせてくれ……」



 ふんっと一つ鼻息を漏らし、シーツの中へと潜ろうとすると。



「もう直ぐ七時ですよ?? 起きないと任務に遅れます」



 そうはさせまいと先程以上に激しく肩を揺らす。



「勘弁して下さいよぉ……。こちとら、数十時間振りに眠れたんだからぁ……」


「駄目です。時間は守る為にあるのですから」



 片手では俺が起きぬと考えたのか。


 両手で体を掴み。



 今からうどんを捏ねるのですか?? と問いたくなる勢いで激しく揺らし始めてしまった。




「カエデ達はいいよね。好きなだけ眠れて、好きなだけ自由な時間を過ごせて。それに対し、こっちはどうだい?? 久しぶりに王都へと帰還を果たしても。ずぅぅぅぅっと宿屋に篭りっぱなし。勿論、夜な夜な公衆浴場に出掛けて必要最低限の衛生面は保ちましたよ。でも、たったそれだけ!! どこにも行けないで、好きな物も買えないで。挙句の果てには眠る事さえも許されない。拷問よりも酷い仕打ちを受けた俺に対し、それでもカエデは俺に起きろと言うのかい??」



 さぁ、どう労ってくれるのかな??


 期待に胸を膨らませながらカエデの優しい労いの声を待つと。




「起きなさい」




 おっと。


 たった一言で片づけてしまいましたね。しかも、今度は命令口調で。



「文句、能書きを垂れ流すのは勝手ですが、レイドが選んだ道です。一度決めた道から外れる事は許されません」


「外れるとは言っていませんよ。寄り道をしたいだけなのです……」



 お願い。


 そろそろ揺らすの止めよ?? 酔って吐きそうになってしまうから。



「眠れなかったのは貴方が効率良く仕事を片付けられない所為です」


「あ、あんな量の紙に対して効率云々もあるか!!」



 もう絶対ココから出ないぞ!!



 シーツをぎゅっと抱き締め、海老も思わず納得してしまう角度で丸まってやった。



「それは言い訳です。レイドの口は言い訳を放つ為に存在するのですか??」



 ちぃっ!!


 何て力だ!!



 出会った当初よりも数倍以上の力で俺のシーツを引っぺがそうと画策する。



「お願いです……。カエデ様。も、もう五分だけ眠らせて下さいよぉ……」



 これが最後のお願い。


 大変甘える声で懇願を放つが。



「いい加減にして下さい!! 起こす方も疲れるのですからね!!」


「やだぁっ!!」



 シーツ全部を引っぺがされ、体全部が室内へと露見されてしまった。



「全く……。仕事に行きたがらない夫じゃないんですから……」



 朝一番の力仕事が堪えたのか。


 肩で息を続けるカエデがそう話す。



「その線もあったか。あぁ……。今日はちょっと熱があるかも……」



 ワザとらしく枕を抱き、コロンと横になるが。



「あまりふざけていると体を切り裂き、粉々に砕いて海に捨てますよ」



 ぎゅむっと眉を顰め。


 此方に向けて草原色の魔法陣を浮かべてしまう。



「はいはい……。起きればいいんでしょ、起きれば」



 後頭部をガシガシと掻き。


 乱暴にベッドから起き上がり、着替えを開始した。



 初夏といえども……。まだ明け方はちょいとひんやりするな。


 夏服はもう少し経ってから着用するか。



「傷。増えたね」



 背後。


 もう既に己のベッドの上で二度寝の姿勢を取ってしまったカエデが話す。



「誰かを守った時、成長した証の傷なら結構だけどさ。不必要な怪我が多過ぎるよ」



 その大半の原因は。



「グルヒィッ…………」



 美味しい物を見付けてしまったのか。


 ちいちゃな両足をがむしゃらに動かす龍へと視線を送る。



 美味い物目掛けて走っているのか?? 忙しない奴め。



「大変だね??」


「そう思うのなら助けてよ」


「善処する」



 善処ではなく、確証を得たいのが本音です!!



 着替えを颯爽と終えると、幾分か目が覚めて来た。


 窓の外へと視線を送ると。


 カーテン越しにも分かる陽射しが床へと零れ落ち、本日も快晴であると告げていた。



「ウマ子を迎えに行って、本部である程度の補給を得てから出発。今回の任務地はレイテトールって街でさ。この街から南へ向かった先にあるんだ。集合場所は南門を抜けて大分進んだ先にするから……。十時過ぎに落ち合う様にしよう。俺の残った荷物は悪いけど、皆で運んでくれ」



 背嚢、鞄。


 全ての荷物を背負い、シーツに包まるカエデに話す。



「うん、分かった」


「その間に必要な物を買い揃えておいて。それじゃあ行って来るよ」



 他の者を起こさぬ様、慎重な足取りで扉へと進む。



「行ってらっしゃい」


「行って来ます。宿の会計は済ませてあるから、鍵を受付に返しておいてね――」



 カエデに向かって軽く手を上げ。



「……」



 あれは……。了承、の意味なのかな??


 妙に長い瞬きを行った彼女の大変羨ましい寝姿を視界に焼き付け。朝の新鮮な空気が漂う廊下へと躍り出た。



 はぁ……。


 もう少し眠りたかったなぁ。


 でも、カエデが起こしてくれなかったらきっと遅刻していた事だろうし。


 彼女が話した通り、文句ばかり垂れ流していたら駄目だよな!!


 うんっ!!


 気分を切り替えて行きましょう!!



 憤り、睡眠欲を活力へと変換し。


 数分前に起床した者とは思えぬ歩幅と、速度で厩舎へと向かい始めた。





















 ◇












 朝に相応しい陽射しの下。


 普段の半分以下の人通り、並びに目測で計れる数量の馬の往来が見られる静かな街中をのんびりとした速度で進む。



「おう!! おはよう!!」


「そっちは儲かっているかぁ!?」


「ボチボチだな!!」



 道路上で交わされる商いを営む方々の言葉。



「おはよう――。今から仕事??」


「そうそう。ふわぁ――。服の仕入れが大変でさぁ……」



 歩道に併設されている店先で交わされる他愛の無い日常会話。



 喧噪に包まれる街中も悪くは無いですが。


 俺としてはこっちの雰囲気の方が好きだな。



 さぁ、今日も新しい一日が始まるぞ!! と。



 どんな一日が始まるのか期待感を含ませる雰囲気が素敵ですからね。



 普段であれば大量の人々と行き交う馬車が空中に土埃を舞い上げるのだが。今現在、それは僅かしか感知出来ず、朝に相応しい澄んだ空気が街中を包んでいる。



 すぅっと深く息を吸えば、肺が喜び。


 ふぅぅっと吐き出すと、負の感情が飛び出て行く。


 陽性を取り込み、陰性を吐き出し。空気の循環によって活力を得た男らしい足取りで北西の厩舎へと向かい続けていると。



 澄んだ空気の中、不意に獣臭を捉えた。



 もう直ぐ到着か。


 十分とは言えぬ睡眠だったが……。



 何の疲労も感じずに此処迄至れたという事実は、自分が考えている以上に枯渇していた体力が回復出来た事を示している証拠だよな??



 頑丈な体に生まれた事を感謝しよう。



 新鮮な空気の中に含まれる彼等の生命の息吹を感じていると、ふと故郷の姿が頭に浮かぶ。



 都会では嗅ぎ取れる事が出来ない香りだからねぇ。


 郷愁の想いが湧いても不思議では無いさ。



 厩舎の合間を縫い、力強い歩みでウマ子が待つ厩舎の前に到着すると……。






「こらぁっ!! 全部食べないと駄目って言ってるでしょう!?」



 何やら大変な憤りが籠められた女性の声が耳に届いた。



 この声は……。


 ルピナスさんか。


 朝も早くからどの子に対して怒っているのだろう??



 興味津々といった感情を胸に抱き、沢山の馬の円らな瞳に見守られながら厩舎の中を進んで行くと。




「またそうやって人を小馬鹿にした顔を浮かべて!!」


『ハハッ。私は馬だからな』


「人の話を聞きなさいっ!!」



 我が相棒が住む馬房の中。


 ルピナスさんが餌箱に向かって力強く指差していた。



 調教師が激しい憤りを示すが。


 それを受けても彼女は微動だに、そして我関せずといった面持ちで明後日の方角へと面長の顔を向けていた。



 やんちゃな子で本当に申し訳ありません。


 いつか、機会が訪れましたのなら厳しく言いつけておきますので……。



「人参を食べない馬なんて初めて見たよ!!」


『馬にも色んな種類が居るからな。当然であろう??』


「そうやって惚けても駄目だからね!? レイドさんが来るまでにはぜぇったい食べて貰うんだから!!」



 ルピナスさんがウマ子の尻尾を掴み、半ば強制的に餌箱の前へと進ませるが。



『貴様!! 何をするっ!?』


「きゃぁっ!!」



 足が遅い分、猛烈に力強い彼女の体を人間の力で動かす事は不可能であり。


 お尻をフルンっと揺れ動かしてルピナスさんの手を振り解いてしまった。



 こりゃいかん。


 御主人様がお叱りの声を上げなければ。



「もう怒った!! その大きな御口に無理矢理捻じ込んで……」


「おはようございます。ルピナスさん」



 閂に体を預け、二人の喧噪とは掛け離れた柔らかい声を放つ。



「レイドさんっ!! おはよう……。わぁっ!!!!」


『遅かったな!!』



 調教師である彼女を横腹でドンっと押し退け。


 馬房から顔をグゥンと伸ばし、速攻で甘え始めてしまった。



「あはは。こら、嬉しいのは分かるけど。ルピナスさんを撥ね飛ばすのは了承出来ないぞ」



 馬房の中から伸び来る額をコツンっ叩くと。



『ふんっ。あんな物を私に食べさせようとするのが悪いんだっ』



 フイっと顔を反らしてしまう。



「はぁ――。まぁいいや。ルピナスさん、御免ね?? コイツ、人参が大嫌いでさ」



 初めてそれを見た時、俺も彼女と同じく驚いたもんさ。



 訓練生時代、厩舎の中で餌を与えていると。



『こんな物、食えるか!!』



 人参だけを歯で器用に食み、隣の馬房に投げ入れてしまったからね。



「賢くて、体が頑丈なのは利点ですけど。その一点に付いては調教が必要ですね!! 私が担当するからには、絶対食べられる様にしますから!!」



 ふんっ!! っと鼻息を荒げ。


 俺に甘え続ける彼女の体をピシャリと叩く。


 それがウマ子の癪に障ったのか。



『勝手に叩くのは了承出来ないな!!』


「きゃああ!!」



 本日も大変深く被る黒の帽子の鍔を食み、天へと向かってグンっと掲げてしまった。



「ちょっと!! 返して!!」


『フフ、取れまい。悔しかろう??』



 頬を真っ赤に染め、黒き髪を揺らしながら弾む女性。


 馬房の中に誂えた光景に思わず、ウンウンと頷きながら眺めてしまった。



 朝に相応しい……。違うな。


 自然豊かな光景に何処か朗らかな気分を抱いているのだろう。都会では滅多に拝めない光景ですからね。




「もう!! 怒るよ!? レイドさんも何んとか言ってあげてくださいよ!!」



 明るい橙の瞳で此方に請う。



 へぇ……。


 深く帽子を被っている所為か。


 表情全部を窺えなかったけど。



「ルピナスさん」


「はい?? も――!! いい加減にしてっ!!」



 二十代前半の快活な女性の面持ち。


 すっと横に伸びた眉に丸い瞳が良く似合う。


 そして、額から流す汗が馬と戯れる姿にピッタリと嵌っていた。




「帽子の所為で表情を窺えませんでしたが。そういった御顔なのですね??」



 俺がそう話すと。



「っ!!!!!!」



 熟れた林檎も参りました!! と。音を上げる程に顔を真っ赤に染めてしまった。



「あ、いえ。別に顔がどうとかと言う意味では無く。御顔を拝見出来て嬉しいという意味です」


「分かっています!! きゃあ!!」



 此方のいざこざが気に食わなかったのか。



『そんなに被りたいのなら一生被っていろ!!』



 ウマ子が勢い良く帽子を彼女に被せてしまった。



「うわぁ……。涎でベトベト……。まぁ、いいや。さて!! レイドさん!!」



 はい、何でしょう。


 いつも通りの表情に戻った彼女が改めて此方を向く。



「本日から荷馬車を使用されるのですよね?? 荷馬車は厩舎の裏手に停めてあるので……。ウマ子を誘導しますね」



 おぉっ!!


 流石、レフ准尉!! こういった根回しはお手の物ですね!!


 時間が無いと思いきや、ちゃんと用意してくれるあたり。有能なんですよねぇ。


 軍規違反を犯さなければもっと敬うのに。



「ウマ子、行くわよ」



 彼女にハミを食まそうとするのだが。



「あ、そのままで良いですよ。ウマ子、行くぞ??」



 俺が閂を開き、彼女を促すと。



『あぁ、分かった』



 皆迄言わなくても、俺に従い。ゆるりと通路に出て来てくれた。



「へぇ……。本当に賢いですね」



 両側に並べられている馬房の中から興味心がこれでもかと満載された馬達の瞳を浴びつつ、厩舎の奥へと続く長い通路を進み始めた。



「偶にさ、人間が中に入っているのじゃないかって思う時もあるからね」



 ウマ子の体をポンっと叩いて話す。



「賢いのは長所ですが、その分。我儘に育っちゃいましたね」


「俺が甘やかした所為もあるのかな??」



 例えば、人参を与えなかったとか。厳しく指示を与えなかったとか。


 様々な要因が寄せては消えていく。



 指導教官が指示した通り、馬との絆を深める事に専念し過ぎた結果なのかな。



 でも。


 例え我儘だろうが。横着だろうが。


 構築された絆は太い程良好だと思うんだけどねぇ……。


 御主人様の命令を受け付けない軍馬等、言語道断ですから。



「レイドさんの言う事を聞くのは信頼関係の現れですよ。人が人を信じる様に、馬も人に対して一定の信頼感を得ていないと此方の指示を受け付けてくれませんので」



 ふぅむ。


 その点については自信がありますね。



「と、言う事は。まだコイツはルピナスさんの事を信頼していないって事??」



 裏を返せば、そういう意味であろうさ。



「多分そうですね。今現在ですと、私が信に値する人物なのか。見定めている段階でしょう」



「おいおい。馬さんが人を見定めたら駄目じゃないか」



 彼女の横っ面をポカンと叩くと。



『何をする!!』


「いでぇっ!!」



 ポフポフの大きな唇が襲い掛かって来た!!



「あはは!! 似合いますよ、レイドさん」


「傍から見れば幸せな光景にみえますけどね!? 結構痛いんですよ!? コレ!!」



 左腕を食む分厚い唇を押し退け続け、馬房の中から馬達の笑い声にも似た声が放たれてしまう。



 今の馬、絶対俺の事を馬鹿にしていただろうな。


 唇をクワっ!! と開き。


 己の前歯を見せつける様に笑っていたし……。



「あ、見えて来ました」



 笑い声を背に受け、厩舎を出た先には大変素敵な荷馬車が待ち構えていた。



「ほぅ……。これはまた随分と……」



 所々に傷、そして経年劣化した色が目立つものの。


 頑丈な造りの、一頭立て木製四輪車に思わず唸ってしまった。



 幅約二メートル超の荷台。


 これだけ広ければかなりの荷物を積載出来るな。



 頭の中で積載量を仮想していると。



「では、荷馬車と馬との連結方法を説明させて頂きます」



 彼女が皮製の黒帯、手綱、ハミを手に取るので。


 宜しくお願いしますという意味を籠めて大きく頷いた。



「御覧の通り、この荷馬車は一頭立てです。前後左右に取り付けられた四つの車輪の外輪には薄い鋼鉄製の車輪が備え付けられており、悪路による車輪の損傷を防いでくれます」



 ふむ、成程。


 続きをどうぞ。



「積載量は馬の表情、並びに移動速度を加味して決定して下さい。御者ぎょしゃ席に着き、手綱を手に取って馬に指示を与えます。では、次に。ウマ子へ各装備を装着させる方法を説明させて頂きます」



 静かに佇むウマ子の横に立ち、各装備を手際よく嵌めて行く。


 流石、この商売を生業としているだけはある。


 素晴らしい手際の良さだな。



「先ずはこの皮製の腹帯を体に巻き付け、そこから……。よいしょ。彼女の両肩、そして胸部にこの帯を装備させます。ハミを咥えさせ、手綱を荷馬車の方へと伸ばし。腹帯に荷馬車から伸びる連結部を接続させ。腹帯、両肩、胸部。この三点で荷馬車を牽引して貰います」



 すっげ。


 あっと言う間に繋げちゃったよ。



「慣れれば簡単そうだけど……。見た目以上に難しいよね??」


「ええ、まぁ……。中にはハミを装備するのを嫌がったりする子が居ますけど。ウマ子の場合は指示を出す前に体を動かしてくれるので簡単ですよ」



 移動中に何度か練習しよう。



「じゃあ、早速移動開始しようかな!!」



 颯爽と荷物を荷馬車の後方の荷台部分へと乗せ。


 軽快に御者席に着く。



「おぉっ……。意外と高いね」



 御者席は大体……。俺の胸の高さ位か。



「それが標準的な高さですよ。では、指示を与えて下さい」



 了解しました。



「ウマ子。行くぞ」



 手綱に力を籠めず、たわんと緩ませたまま指示を出した。



 お!!!!


 凄い!!


 思った以上に振動が伝わらないぞ!!



 此処が平坦な道ということもあるだろうけども。それでも、自分の想像していたよりも半分以下の衝撃に、臀部も御満悦であった。



「え?? 今、手綱。動かしていませんでしたよね??」



 深く被った帽子の奥から不思議そうな表情を浮かべて此方を見上げる。



「そうだね」


「じゃあ、次は後退の指示を」


「ウマ子、下がってくれ」



『あぁ、分かった』



 荷馬車を、そして自身の体を傷付けぬ様。器用に体を動かして後退を始めた。



「へぇ……。凄い。熟練の御者さんでも声一つで指示を与えるのは至難の業ですよ??」


「そうなんだ。コレといって難しいとは思わないけど……。そうだよな??」



 御者席から降り、ちょっとだけ誇らしげな顔を浮かべている彼女の体をポンっと叩く。



『朝飯前だ』



 満足気な顔を浮かべ、俺達二人を見つめた。



「――――。だってさ??」


「ふ、あはは!! レイドさん達には練習、必要なさそうですね!!」



 腹を抱えてケラケラと年相応に笑う。


 何故、彼女は笑うのか。


 それはきっと俺達が調教師も呆れる程に太い絆で結ばれているからであろう。



 今も笑い続ける彼女から幾つかの装備の説明を受けていると。



『早く行くぞ!!』



 足を休め過ぎ、鬱憤を晴らすが如く。己の脚力を解放させようとする横着な馬が俺の肩を食む。



 荷馬車の車輪が破損、若しくは鋼鉄製の車輪が外れた時等の応急処置の説明を受け終え。


 ベタベタに汚れ切った軍服を引っ提げて移動を開始した。




最後まで御覧頂き、有難う御座います。


本来であれば出発の予定でしたが……。この後、何度も厩舎。並びに調教師さんが登場しますのでどうしてもこの話を挟みたいとの考えに至りました。


次の御話で出発しますので今暫くお待ち下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ