第百八話 今、決着の時 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
生と死を司る運命の神々の興味を引く死闘。
それが起こり得るのは小説や神話の世界の話であり、現実を生きる者にとって体験し得ないものであると推測出来る。
だがもしもそれが現実のモノとなったら??
恐らく誰しもが死が蔓延る戦場から即刻立ち去り、生が保証されている安心安全な社会へと回帰しようとして死に物狂いで駆け出すであろう。それが普通の精神と思考を持つ者の判断である。
正にその渦中に身を置く者としては例に漏れずその通りに行動したいのだが、俺達の前に立ち塞がる獣はそれを許さないだろう。
「こ、小癪な小童共が……。我々の力を見くびるなよ!?」
た、堪んねぇよ。
漸く奴等の力の陰りが見え始めたってのに態勢を整えると再び闘志が、纏う圧が膨れ上がるじゃあありませんか。
数十秒前までの辟易していた姿は一体何処に行ったのでしょうか?? 甚だ疑問が残りますよっと。
「見くびってはいないさ。只、テメェがぶっ倒れるまで俺達は決して両膝を着けて降参しないって事だよ」
いつでも戦闘を開始出来る様、微かに重心を落として話す。
「そうか……。では、俺達をここまで追い詰めた貴様等に最大の褒美をくれてやろう!!!!」
ジェイドの両目が血走り真っ赤に染まるとそれに呼応した残る六つの目も殺意に塗れた朱色へと変化。
「「「コォォオオオ……ッ」」」
い、いやいや。なぁに?? その呆れた魔力の圧は。
巨体を中心に風が渦巻き始め、まるでアイツを中心にしてとんでもねぇ重力が発生したんじゃないかと錯覚してしまう程の引力が生じた。
彼等の魔力が刻一刻と膨れ上がって行くと広大な部屋が震え始め、上空から微かな砂埃が舞い落ちて来る。
巨躯に大量に積載された筋力が隆起して体内の血管が全身に浮かび上がり、誰しもがあの状態は真面では無いと指を差すであろう。
「ほ、褒美はもっと違う形がいいかなぁ――。ほ、ほら?? 美女の添い寝とか??」
あの馬鹿げた状態で放たれる褒美とやらは恐らく、この戦いを終わらせる事を可能とする攻撃だろうし。
どうせなら冥途の土産じゃないけど、甘美なご褒美がいいなぁっと思う訳ですよ。
「ふざけた台詞を放つ暇があれば手を出せ!! グレイオス殿!! 奴の魔力を断つぞ!!」
「おおう!!!!」
ハンナとグレイオス隊長が気合十分の雄叫びを放ち、今も力を溜め続けている怪物に向かって行くが時既に遅し。
「有象無象の塵芥共が……。俺達が全てを消し去ってくれる!! 魔獣乱爪破!!!!」
キマイラが後ろ足で勢い良く立ち上がると体内に籠った魔力を解き放つ様に両前足を体の前で重ね合わせた。
「「ッ!?!?」」
重ね合わせた前足を解除すると俺達の目の前に突如として巨大な竜巻が発生。
秒を追う毎に砂塵や周囲のマナを巻き取った竜巻は漆黒の色へと変化し、夏の嵐など生温く感じてしまう馬鹿げた風速が俺達に襲い掛かって来た。
「お、おい――!! 何だよあのふざけた竜巻はぁ――!!」
猛烈な風の圧の勢いに負けない様に喉から声を振り絞って叫ぶ。
「知らん!! だが油断はするな!! あれの脅威は風だけでは無いぞ!!」
風だけでは無い?? では一体どのような脅威が俺達に襲い掛かってくるのだろう??
真正面から飛来する目も開けていられない風圧に対して必死に対抗していると、横着な白頭鷲ちゃんが叫んだ通り本当の脅威が俺達に牙を向けやがった!!
「どわぁっ!?!?」
大広間の中央で逆巻く漆黒の竜巻から突如として分厚い風の刃が放出され、俺の頬を掠めてずぅっと後ろの壁に着弾。
この荒れ狂う嵐の中でも壁が切り裂かれる甲高い音が鳴り響き、それを聞き取れるという事は見た目通りの威力を備えているのだろう。
現に頬を掠っただけだってのに中々の出血量が確認出来るし。
もしもあれが上半身に直撃したのなら恐らく俺の体は二つに分かれてしまうだろうさ。
「や、やっべぇ!! ここは不味い!! 一旦石柱群の中へ避難……。うぉぉおお!?!?」
避難?? そんな事させる訳ないだろう?? と。
漆黒の竜巻が俺の言葉に呼応する様、周囲へ向かって特大で濃縮された風の刃を乱れ打ち始めた。
「嘘だろ!? 何だよこのふざけた数は!!」
一発の攻撃範囲も然ることながら、竜巻が放つ暴力的な風ととんでもねぇ威力を持つ風の刃が次々と襲い掛かって来るので俺達は否応なしに防戦一方となってしまう。
「グレイオス隊長!! ダンの言った通り一度避難すべきでは!?」
「その間にヤられてしまう!! 各員防御態勢を維持しつつ持ち場を確保しろ!!」
グレイオス隊長が襲い来る風の刃を膂力に任せた剣技で破壊しながら叫ぶ。
「言うのは簡単だけどよ――!! キャアッ!? この攻撃がいつまで続くのか分からないんだぞ――!!」
トニア副長の前に出て彼女の身を庇う彼の大きな背に叫んでやった。
あ、あぶねぇ。もう少しで首から上が吹き飛ぶ所だったぜ……。
「これだけの威力を持った魔法だ!! 永続する訳が無い!! 現に、徐々に収まりつつあるからなぁ!!!!」
本当かよ!? それは有難いぜ!!
風圧によって大変狭まった視界を必死に開いて漆黒の竜巻の中心部をじぃっと観察すると、成程。確かに彼が叫んだ通り竜巻の中心部から外円部までの距離は縮んでいた。
だけど!! 以前勢力を保ったままなので油断は禁物だよな!!
後方に吹き飛ばされてしまいそうになる体をその場に留めて竜巻から放射される風の刃に全神経を向けていると、今までデタラメな精度であった刃の狙いが偶然かどうか知らんが俺の上半身にピタリと合ってしまった。
「や、やっべ!! 避けられねぇ!!」
右に躱そうとすれば縦に広がった風の刃が俺の体の中心をスパッと切り分け、左に躱せば三段重ねになった風の刃が俺の体を三枚に下ろす。
では正面は??
真正面から襲い来る風の刃は左右の刃よりも格段に速く、恐らく瞬き二つの間に俺の体を真横に切り裂いて通過して行くだろうさ。
何処へ逃げても待ち構えているのは絶望の二文字。
それならいっその事……。
「馬鹿者!! 回避しろぉぉおお――!!」
「うるせぇ!!!! こちとらさっきの動きで疲れ過ぎて素早く……」
ハンナの助言を無視して左腕に装備してある小盾を体の真正面に翳して防御態勢を取るが。
「うごぅっ!?!?」
『ハハ、通るぜ??』
格段に素早い風の刃ちゃんからとんでもねぇ荒々しい挨拶を頂き、中々に面白い角度で後方へと吹き飛ばされてしまった。
「い、いてて……。お、俺の体はくっ付いている!?」
荒れ狂う風の中、己の体の隅々まで触れるがどうやら五体満足で居られたようだ。
「はぁ――……。助かったぜ、有難うな。盾ちゅわんっ」
黒蠍の甲殻を以てしても風の刃の威力を防ぎきれる事は叶わず、大枚叩いて制作した小盾の一部が欠損してしまった。
金で命が買えるのならお安いものさ。王都に帰ったらロシナンテの店長に礼を述べるついでに修理を依頼しよう。
ただでさえ家計が火の海だってのにそこから修繕費が掛かるんだろう?? 王都に帰っても金欠という文明的な危機が訪れて命が危ぶまれる可能性が出て来やがった。
未開の土地でも、そして文化が蔓延る土地でも常に危険に晒されるこの緊迫した状況。何んとかなりませんかね??
酷い痛みを訴える腰の悲痛な声を無視して生まれたての子馬も思わず心配な瞳を向けてくれるであろう所作で立ち上がり正面に視線を送ると、漆黒の竜巻がもう間も無く霧散する場面を捉えた。
良かった……。恐らくアレがアイツ等の最大の攻撃なのだろう。
そしてそれが収まったという事は、次は俺達の番さ!!!!
「「「……ッ」」」
各員が漆黒の竜巻が霧散するのに合わせて突撃を開始する姿勢を整える。
攻撃大好きっ子達に隙を見せたらいけないよなぁ……。何だかちょっとだけキマイラ達が気の毒に思えて来たぜ。
最後方の位置から奴の体に攻撃を加える為、徐々に足に力を蓄え始めたのだが……。
お疲れ様でした。
この後夕食を摂ってから後半部分の編集作業に取り掛かりますので、次の投稿は恐らく深夜になるかと思われます。
次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。