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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第百五話 戦場の鍵を握る男 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 死の香りが含まれた戦場特有の空気が体を包み込むとその変化に敏感に反応した体が嫌悪感抱かせる脂汗を浮かべる。


 粘度を増した脂汗が額から頬へと伝わり顎先に到達すると地面に落下して小さな軌跡を刻む。



「はぁっ……。はぁっ……」



 俺の体を食らおうとする凶悪な黒蛇がこの石柱群の中に蔓延る闇の中に潜んでいる。


 確かにそこに潜む恐怖が戦う意思と熱意を体から容易く奪っていた。


 熱した砂を捻じ込まれた様な渇きが口内を襲い、全身の筋力が疲労と恐怖によって微かに震え、いつもは頭の命令をキチンと受け付けてくれる筈の両足は動く事を諦めその場に留まろうとしてしまう。


 地の果てまで執拗に追いかけて来る殺人者から逃れる小説の中の主人公の気持ちが今なら手に取る様に理解出来るぜ……。


 ここが架空の物語なら主人公の危機を救う為に頼れる仲間が推参するのだが、現実は空想と違い本当に非情なのである。



「はぁぁあああっ!!」


 相棒の覇気ある声が大気を震わせ。


「ふんっ!!!!」


 グレイオス隊長とトニア副長の剣技があの巨躯を揺るがす。



 そう、頼れる仲間達は恐ろしい姿のキマイラ達と死闘を繰り広げているのだ。


 己自身の力でこの状況を打破する以外の選択肢は与えられていない。



「ったく……。偶には幸運の女神様が俺に微笑んでくれもいいんじゃないの??」



 ほら、モルトラーニは長い胴体を駆使して俺を追いかけ回しているから石柱群の何処かに引っ掛かって、絡まって身動きが取れなくなっちゃったとかさ。


 しかし、そんな有り得ない僥倖を期待しているようじゃあ駄目だよな。



「よっしゃ!! 可能な限り時間を稼いでやるからな!! さぁ、お前さんの大好物は此処に在るぞ!! 掛かって来やがれ!!」



 石柱に預けていた体に鞭を放ち勢い良く態勢を整えると直ぐそこにある闇に向かって吠えてやった。



「あはっ、そこに居たんだねっ」


 前後左右の闇の中から顔を覗かせるかと思いきや。俺のま、真上ですか。


「便利な体だよなぁ。一体どれだけ伸びるんだよ、その胴体は」


 厭らしい唾液を纏った舌をチロチロと覗かせている大蛇にそう問うた。


「多分この広い石柱群の間を何周も出来る位には伸びると思うよ」



 そ、そんな距離まで伸びるの!? 伸縮自在なのも程度ってのがあるだろうが!!


 伸縮稼働限界を狙って石柱群の合間を逃げ回る俺の算段は早くも総崩れで御座いますか。


 こりゃ一から作戦を練り直した方がいいな。



「そうそう、その恐怖に歪んだ顔……。良い感じに肉が熟成されている証拠だね」



 ホ、ホヒュゥゥ――……。


 こ、怖過ぎて頭がおかしくなりそうだぜ……。


 黒蛇の縦に割れた瞳が闇の中で微かに赤く光ると此方に見せつける様に口を微かに開けて鋭い牙を披露しやがった。



「知っていると思うけど僕の牙には毒が含まれていてね?? 毒の強さはある程度自分自身で操れるんだけど。主な毒の効果は獲物の動きを、呼吸を阻害させる事が出来る。もしもダンがこの牙に噛まれればどうなるか……」



 後は言わなくても分かるよね??


 そんな感じで嬉しそうに喉を鳴らしやがる。



「生きたまま、そしてある程度意識を保ったまま丸呑みされちまうって訳か」


「大正解っ!! 僕の体の中は本当に温かいよ?? ダンの体を溶かして、魂までも溶かして文字通り一つになるんだからぁ」



 こ、こいつ。何が何でも俺の体を食うつもりだな。


 それなら結構!! 俺に注意が向いている以上、相棒達に増援が送られる事はないのだから。



「怖くないからさ、ほら僕の中においで……??」


「結構ですぅ!! 野郎に食われる気は毛頭ありませんので――!!!!」



 両足の筋力が捩じり切れても構わない勢いで石柱群の中に蔓延る闇の中へと向かって突入を開始すると。



「あぁ――!! だから逃げちゃ駄目だって――!!」



 俺の予想通り黒蛇が嬉しそうに喉を鳴らしながら執拗な追跡を開始しやがった!!


 勘弁して下さいよ!! 美味しい物なら肉以外にもあるでしょう!?



「お肉ばかり食べていたら栄養が偏ってしまいますよ!!!!」



 子供の偏食を咎める母親の口調を放つと更に足の回転数を上げて加速した。



「僕達の体はマナを吸収していれば生きていけるんだけどね。僕はダンと一つになりたいから食べようとしているんだよ。ほら、あるでしょ?? 好きな人を誰にも取られたくないからその人の体を食べて一つになっちゃおうって考えが」


「それは特異な考えですぅ!! 普通の思考を持つ奴なら食べようなんて思わないって!!」


 直ぐ後ろから聞こえて来る中性的な声に対してそう叫んでやる。


「普通の考えはその思考を持つ者の主観によって決まると考えられているから気にしちゃ駄目だよ」


「尺度って言葉があるだろうが!! 世に遍く考えと自分の考えを照らし合わせて普通の価値観は決まるんだよ!!!!」



 人の体を食って一つになろうって考えがどこの世に蔓延っているんだよ!!


 無法地帯、若しくは未開の大地位なものじゃないの!? そんな恐ろしい考えが普及しているのは!!



「ここは僕達しかいない閉鎖的な社会だからねぇ。だからダンの考えだと僕の考えが普遍的って事になるねっ」


「前はそうだったかも知れないけど今は俺達が居るだろうが!!」


「あはっ、も――。ダンは気にしぃだなぁ。一々他者の考えを汲んでいたら好き勝手に行動出来なくなるから嫌だもん」


「その一々が大事なんでしょうが!!」



 社会は個人の集合体であり一人一人の考えや価値観が蓄積され、倫理観や普遍的な考えが形成される。


 その中で特異、つまり今回の場合は専ら甚だしい特異という立場から人を食うという履行を強制させるのは普遍という枠組みに当て嵌まらないんだよ!!



「まぁ僕の言う事を聞かないのなら無理矢理聞かせるだけなんだけどねっ!!」


 石柱群の中を右往左往しつつ駆け巡っていると突如として目の前に黒蛇の大きな顔が出現。


「あ――んっ」


「どわぁっ!?」



 大きな御口を無慈悲に開いて襲い掛かって来たので間一髪躱して再び終わりの見えない逃走劇を開始した。



「おぉ――。兎さんも驚く逃げ足だねぇ」


 辺り一面に潜む闇の中からモルトラーニの喜々とした声が響く。その声色は弱者を痛め付ける事に喜びを覚えている暴君そのものであった。


「誰だって食われたくないから馬鹿みたいな力を発揮して逃げるだろうさ」



 モルトラーニの声が聞こえた位置からかなり離れた場所の石柱に背を預け、荒い呼吸を整えながら言う。



「お前さんも自分を食らおうとする化け物が襲い掛かって来たら逃げるだろう??」


「ん――……。生まれてこの方そんな生物に会った事が無いからその気持は分からないかな」



 でしょうね。


 テメェ等みたいなドデカイ生物を丸呑みにする超生命体はこの世に存在するかどうかさえ怪しいし……。



「世界は広いんだぜ?? お前さん達でさえも敵わないって思える程の強者が居るかもな」


「あぁ、確かにそれは居るね。僕達の先輩である滅魔達はそんな感じだし」



 げぇっ、俺の声の発生源を頼りにどんどんこっちに近付いて来ているじゃねぇか。


 さり気なく移動を開始しましょうかね。



「お前さん達の先輩?? どんな奴等が居るんだよ」



 額から零れ落ちて来る汗を拭い、もうかなり疲弊してしまっている両足に喝を入れて移動を開始した。



「その気になれば無尽蔵に仲間を増やす事が出来る先輩だったり、怨みを糧に暴れ回る暴君だったり。話が通じない彼等に比べれば僕達の存在が可愛く見えるよ!!」


「へぇ、そんな危険な奴等がいるのか」


「僕達は創造主様、つまり九祖の一体である亜人様が作って下さったんだ」


「あれだろ?? 確か残る八祖と戦う為って奴だよな」


「その通り!! よく知っているねっ。じゃあ初期の時代に作られた滅魔は亜人様も手を焼く程の暴れっぷりだったのは知っているかな??」



 おぉ、その話は初めて聞くな。



「いんや、聞いた事が無いから聞かせてくれるかい??」


「勿論!! 冥途の土産に聞かせてあげるよ!!」


 申し訳無い。人を殺す前提で話すのを止めて貰えます??



「戦いが始まった初期の頃に作られた滅魔は僕達と違って会話という余分な機能は与えられていなかった。只、敵を倒すという本能に従って行動するように作られたんだ。自分自身に向かって来る憎悪に反応して戦う者、目に映る全ての者を屠る為に行動する者、只々目の前の物質を食らう為に行動する者。純粋にまで戦闘や殺戮に特化した滅魔達の行動は敵味方問わず脅威でね?? このままでは不味いと考えた亜人様が人間や動物を基にして僕達の様な独自の意思を持って行動する滅魔を作ったんだよ。要は僕達は後期型って奴さ!!」



 人に歴史在りと言われる様にコイツ等滅魔にも歴史があるんだなぁ……。



「その初期に作られた滅魔は何体現存するんだ??」


「えっとぉ……。確かぁ……、八祖が封印した滅魔と亜人様が封印した滅魔。それと此処と似た場所で今も鋭い牙を研いで眠っている者を合わせて約十体程度かな」



 この世には世界の理を変えてしまう化け物達と戦いを繰り広げた超生命体がじゅ、十体も存在するのかよ。


 その中の一体でも復活したのなら世は混沌と炎に包まれてしまうだろうさ。



「この近くにも封印された先輩が居るね」


「――――。それって『国食い』 ??」



 この大陸に存在する化け物。


 その言葉を聞くと以前、ルクトから聞いた話がふと脳裏を過った。



「おぉ!! 正解!! 良く知ってたね!!」


「南方の砂漠地帯に存在するって噂を聞いたんだよ。モルトラーニ、つかぬ事を聞くけど。ここから北東に向かった大地に存在する五つ首って滅魔を知っているかい??」


「五つ首?? ん――、そいつって僕みたいな蛇の集まりじゃなかった??」


「そうそう!! ハンナの生まれ故郷で対峙した滅魔なんだけど。そいつも初期の頃に作られたのかな」


「その通りだよ。でもおかしいなぁ?? 僕が知っている限り、『全てを憎みし者』 の首は五つじゃなくて数えきれない程の頭の数を備えている筈だけど……」



 は、はい??


 ちょっと待って。あの首って更に増えるの!?



「多分、だけど……。眠りの年数が浅いからかなぁ。現実世界の時間で換算すると数百年単位で現れているでしょ??」


「その通りだ。五つ首は前回の出現から約百年以上の時を置いて現れているって聞いたし」


「その時間が短過ぎるんだよ。もっと長い間眠って居れば本来の力を取り戻す事が出来るんだけど、倒された事がよっぽど悔しかったんだろうねぇ。眠っている間に憎しみが膨れ上がって我慢出来ずに地上に現れちゃうんだろうさ」



 全てを憎む者と呼称されているのだ。


 自分を倒した鷲の一族に怨念を抱き、その感情が膨れ上がって睡眠を阻害している訳か。



「じゃあここから北西の大陸、俺達はガイノス大陸って呼んでいるけど。その南東部の湖付近に眠っている滅魔は知ってる??」


「知らないなぁ――」



 そっか、それは残念です。


 そして声が徐々に近付いて来たので駆け足を早めて距離を取りましょう!!



「そこに居るとしてもよっぽどの事が無い限り復活はしないから安心しなよ」


「そのよっぽどの事って……。例えば何??」


「例えば……。ん――……、亜人様が神器によって封印されちゃった事は知っているよね」


「あぁ、ハンナ達が住む里で聞いたよ」



「その神器が破壊され亜人様の魂が現世に甦った。若しくは三つある神器の内、一つでも破壊されたのならそれに反応して目覚めて神器を破壊した者に襲い掛かる。考えられる要因は幾つもあるけど。普通に過ごして居れば何も起こり得ないから大丈夫だと思うよ」



 思う、ね。


 つまり常識では考えられない事態が起こったのならば非常識が目覚めて世界を蹂躙しちまうって訳だ。



「初期型の滅魔は暴れ狂うだけの化け物で……。お前さん達後期型とでも呼べばいいのかな?? 後期型は初期型の反省を生かして意思と感情が与えられたって訳か。そして戦いは亜人が破れて終わりを告げた。お前さん達はもう戦う理由が無いのにどうして戦っているんだ??」



 ふと思いついた疑問を問う。



「戦いが終わった。つまり、それは僕達が敗北した事を意味するんだけど。その後について亜人様はこう仰ってくれたんだ。 『いつか戦いが終わり、自分の意思で行動する時が来る。その時が訪れたのなら好きに生きるがいい』 ってね。戦う事が存在意義とされている初期型に比べ、僕達には意思が宿っている。だから亜人様はその事を考慮してくれたんだと思うよ」



 ほぉん。星の生態系を変えてしまう程の力を持つ傑物に戦いを挑んだ者だから相当頭がイカレているかと思いきやその点については良く考えていたんだな。



「僕達以外にも独自の意思を持って行動している滅魔が沢山居るからね。ここを無事に出られたらいつか出会うかもよ??」



 そんな化け物とお近づきになりたいとは思えません。寧ろ、可能であるのならばこれきっりにしたいものさ。



「有難うね、色々と勉強になったよ」


「ど――いたしまして。お礼はダンのお肉でいいよ!!」



 だから人の体を直ぐに食べようとしないの。お母さんはそんな子に育てた覚えはありませんっ。


 何処からともなく聞こえて来るモルトラーニの声の発生源からかなり遠い位置まで移動を果たすと、ハンナ達が戦闘を行っている場所から此処まで届く程の強烈な閃光が迸った。



 ん?? 誰かが強力な魔法でも使用したのかな??



「……」



 石柱に半身を預け遠い場所に居る彼等の様子をじぃっと窺っているが……。先程まで微かに聞こえていた戦闘の音が消失。


 この広大な部屋にはまるで俺以外の者が存在していないかのような恐ろしいまでの静謐な環境が広がっていた。



「あ、あの――……。今の光は一体何でしょうか??」



 唐突に訪れた無音から生じる微かな恐怖を誤魔化す為、敢えて言葉に出した。


 しかし帰って来るのは更に恐怖度を高めてしまう無言という名の回答だ。


 ど、どうしよう??


 ハンナ達の状況が心配だし、様子を見る為に一度戻った方が宜しいかしら……。でも不用意に動けばモルトラーニに見つかって食われてしまうし。



「迷う。実に迷うな」



 腕を組んだまま石柱に背を預けて何も存在しない宙をじぃっと見つめて状況判断に戸惑っていると……。



 唇に大変柔らかい物質が接触した感覚を捉えた。



 へ?? 何?? 今の感覚……。



「っ??」



 微風が俺の唇を撫でていったのかと考え人差し指でソっと唇を撫でるが、既に違和感は消失。


 人差し指の腹はちょいと乾燥した唇の感触を捉えた。


 気の所為だったか……。


 しかし、右手を元の位置に戻すと同時。


 再び柔らかい感触が唇を襲い、更に今度は大変生臭ぁい柔らかい肉の感触が唇の裏側一面に広がって行った。



お疲れ様でした。


約一万文字の長文となってしまいましたので、前半後半分けての投稿となります。


夕食を摂った後に編集作業に取り掛かりますので次の投稿は恐らく日付が変わる頃になるかと思います。それまで今暫くお待ち下さいませ。

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