第百三話 己の命を賭けた契約の履行期 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
恐ろしい怪物が潜んでいるのでは無いかと有り得ない妄想を掻き立ててしまう大変薄暗ぁい通路を痛む背を庇いつつ進んで行く。
微妙に折れた腰と足を引きずる様にして進む様を捉えた通行人さん達は口を揃えてこう言うだろう。
『少し休むか、それとも診療所に行った方が良いですよ』 と。
ここが王都内であったのなら優しい忠告通りに診療所……。
勿論、暗殺擬きちゃんが居ない場所ですけども。そこへ足を運び施術を受けて二、三日休養に専念するのだが……。今の状況を考えるとそれは望めない。
リーネン大陸に訪れてから請け負った依頼の数々よりも数段、いいや。数百段上に位置する危険度の高い依頼を達成するまで治療はお預けなのだから。
「ふぅっ、ふぅ――……。世の為人の為として依頼を請け負ったけどよぉ。ま、まさかここまで酷い依頼になるとは思いもしなかったぞ」
この酷い痛みと疲労度は体の感覚を通して俺に警告しているのかも知れない。
そう、もう少しよぉぉく選んでから依頼を請け負えと忠告しているのだろうさ。
俺も薄々こうなるかなぁって分かっていたよ?? でも気が付いたら引き返せない場所間で来ていたし……。
仮にこの依頼を断ったのなら守秘義務によって数か月か若しくは数年以上投獄されていたかも知れないもの。請け負うのはやむを得なかったのさ。
だが、俺達が血と汗を流した分だけ多くの命が救われるのだ。やりがいだけは十分にある。
その目的を達成する為にも頼もしい仲間達と合流を果たしましょうかね。
やれ少し休め、やれ大袈裟な歩き方だ等々。
心から自然と漏れる愚痴に嫌気が差して辟易していると前方の通路に変化が現れた。
「ん?? おぉ!! あそこが合流地点なのかしらね!?」
あのクソふざけた鏡の迷宮の出口からずぅっと一本道であった通路の先に出口と思しき場所が見えると心に微かな光が灯る。
取り敢えず合流地点に到着したら少し休もう。この状態じゃあとてもじゃないけど最終試練とやらに望めそうにないし……。
弱気を吐き続ける気弱な体に強烈な鞭を放つと。
「とぉぉおおう!! 到着ぅっ!!!!」
どこにそんな元気があったのかと思わず首を傾げたくなる声量を放って広い部屋に到達した。
お金持ちさんが所有する豪勢な屋敷がすっぽりと収まっている部屋に漂うこの静けさはひょとしてぇ。
「ひょっとして俺が一番に到着しちゃ……。んな訳ないか」
喜々とした表情を浮かべて周囲を窺うと物凄く不機嫌そうな表情を浮かべた相棒が静かに壁にもたれている様を捉えてしまう。
「よぉ!! お互い生き残る事が出来たな!!」
静かに座して体力の温存に努めている彼の隣に腰掛けてそう話す。
「もう少し静かにしていられるかと思っていたのだがな」
「まぁそう言うなって。俺が居なくて寂しかっただろう??」
「いいや、寧ろ清々したぞ」
こ、この!! ここはお互いの苦労を分かち合って肩を叩き合う場面だってのにぃ!!!!
「あのなぁ……。少しは唯一無二の相棒を心配したらどうだ」
「ふんっ。それより貴様の相手は誰だった??」
ハンナが疲労の色がちょいと残る顔色で問うて来る。
「聞いてくれよ!! 俺の相手はモルトラーニだったんだけどさぁ……」
鏡の迷宮で行われた死闘と俺の快刀乱麻を断つ戦闘の様子の詳細を話してやると。
「ほぅ……。相手の殺気を読んで対処したのか。日々の訓練が生かされた証拠だな」
ほんの微かに髪の毛がふわぁっと浮かび上がって彼なりの褒め言葉を頂戴した。
もうちょっとだけ大袈裟に褒めて欲しかったのが本音ですけども、恥ずかしがり屋の彼が精一杯の背伸びをして贈ってくれた言葉だ。
有難く頂戴しましょうかね。
「そういうお前さんの相手は誰だったんだよ」
「シェイムだ。俺が向かった先には広い密林が広がっていて……」
俺が戦闘の様子を聞く前に彼が意気揚々と己が経験した恐ろしい激闘の詳細を話してくれる。
気配を纏った虚無、実体を持たぬ虚像、そして絶無を纏った実体。
視界が悪い密林の中で三つの幻術に襲われる体験談を聞くと思わず背の肌が泡立ってしまった。
よ、良かったぁ……。一番右端の通路を選ばなくて……。
相棒との訓練では視覚と相手の気配を読み取る事を専念する様に教わっている。もしもこれをシェイムとの戦いで実践していたのなら今こうして彼と仲良く肩を並べて語り合う事は出来なかったのだから。
彼が得意気に話しているその横顔を見つめていると改めて生の実感が湧いて来てしまった。
「――――。そして俺は奴の微かな生の鼓動を捉える事に成功し、乾坤一擲を優に超える一撃を叩き込んで……。どうした?? 何を見ているのだ」
俺の視線に気づいたハンナが然程表情を変えずに此方を見つめる。
「あ、いや。お互い生き残れ良かったなぁってさ」
小恥ずかしさを誤魔化す為に鼻を小さくポリポリと掻く。
「安心するのはまだ早いぞ。この先は恐らく……」
「あぁ。奴等の集合体が待ち構えている筈さ」
部屋のずぅっと先に薄っすらと見える新たな通路へと繋がる入り口へ視線を送る。
モルトラーニもシェイムも光球となって道の奥に消えた。それが意味する事は十中八九、彼等個人では無く一個の個体となって俺達に襲い掛かる為の行動なのだから。
「さてと、王都守備隊の隊長と副長が来る前に怪我の治療を始めましょうかね!!」
俺達の間に少しだけ硬い緊張の空気が流れたのでそれを誤魔化す為に敢えて大袈裟な声色を放って背嚢の中から必要な道具を取り出した。
ルクトお墨付きの怪我に良く効く薬草、竹筒の中に入っている新鮮な水、薬を調合する為の小さなすり鉢を眼前に置くと手慣れた手付きで薬草をすり鉢で細かく磨り潰して行く。
「お前さんも怪我しているだろ?? 薬草縫ってやるから今の内に脱いでおけよ」
「必要無い」
またこの子は……。痩せ我慢もここまで来ると何だか愛苦しく映るわね。
「その怪我の所為で満足に動けず俺達が窮地に追いやられたらどうするんだよ。つべこべ言わずにさっさと脱ぎやがれ」
「ちっ、口喧しい奴め」
今の舌打ち、必要でした?? 俺は君の体を案じて怪我の治療を提唱したのですよ??
「相も変わらず辛辣な事で。ちょっと沁みるけど我慢しろよ」
丁寧に磨り潰した薬草と新鮮な水を混ぜ合わせた素晴らしい効能を与えてくれる傷薬を摘まむと相棒の背に視線を送った。
う、うぉぉう……。これ、痩せ我慢出来る怪我じゃないじゃん。
一つの傷は右肩から袈裟切りの要領で赤き線が描かれ、二つの傷は地面と平行に描かれ背の中央付近で二つの傷が交わる。
その交わった場所はかなり深い傷を形成し、相棒の馬鹿げた身体能力を以てしても止血は叶わず今も微かな出血が確認出来た。
「よくもまぁこれで我慢しようと考えたな??」
「痛みがある内は良い。問題なのは痛みを感じなくった時だ」
左様で御座いますかっと。
「何だか目に見えて痩せ我慢する子供を持った親の心情だぜ。よっしゃ!! これで治療はお終い!!」
広範囲に及ぶ傷口に対して均等に傷薬を塗り止血用の布を巻き終えるとちょいと大袈裟に彼の右肩をパチンと叩いてやった。
「ッ!? 貴様!! 何をする!!」
その衝撃が傷口に伝播したのか。
「いでぇ!!!!」
強烈な張り手が脳天に突き刺さり二つのお目目ちゃんから煌びやかな星が飛び出てしまった。
「テメェ!! 治療してやったのに何で叩くんだよ!!」
「余計な手出しをしたからだ。貴様も腰に傷を受けているだろう?? 俺が傷薬を縫ってやるからさっさと脱げ」
「はぁ――いっ。私ぃ、初めてだから優しくしてねっ??」
初夜を迎える初々しい女性の声色を真似るが彼に冗談が通じる訳も無く。俺が服を脱ぐと作業感を丸出しにした手捌きで傷薬を塗り終えてくれた。
「有難うね。後は手の届く場所だし、自分で塗るよ」
「そうしろ。貴様の肌を触っていると吐き気を催す」
この野郎……。今の言葉もきっっちりと頭の中に保存してやったからな??
テメェの里に再び訪れたのなら声を大にして叫んでやる。そう、不貞行為を働き最愛の彼女を裏切ったって。
これから事に及ぼうとする男性達が見本にしたくなる素早い所作でズボンを脱ぎ、まだまだ痛みが残る患部に傷薬を塗っているとこの部屋に続く四つの通路の内の一つから足音が聞こえて来た。
「この足音……。へへ、どうやら王都守備隊隊長の看板に偽りなしって所だな」
「あぁ、無事で何よりだ」
まるで己の勝利をこれ見よがしに主張している威風堂々な足音が徐々にその音量を上げ続けていると。
「――――。ダン!! ハンナ!!!!」
筋骨隆々の成人男性が思わず顔を背けたくなる輝かしい笑みを引っ提げて現れた。
「ハハッ!! お前達も無事だったのか!!」
「お、おう。何んとかね。ってか……。すっげぇボッコボコにされたみたいじゃん」
右目は腫れぼったく膨れ上がり、左目に至っては完全に塞がり視覚は機能しているのかと首を傾げたくなってしまう。
ボッロボロに擦れきれた衣服にその裂けた合間から覗く青痣が体の至る所に確認出来、彼が行った戦闘が容易に窺える。
恐らく、というか確実に拳で殴り合ったのだろうさ。
酒場で浴びる様に飲んで酔っ払い、ひょんな事から酒場の客と大立ち回りして酷い怪我負ってしまった顔にそう言ってやった。
「いや、これは……。男の勲章だ」
「はい??」
「俺の相手はジェイドだったのだが奴は俺に雄の大切さを教えてくれたのだ。真の雄になる為に互いが持つ煌めきを放ち、それを一切の遠慮なく交わし合った。あぁ、今も思い出すだけで体全身が震えるぞ……」
でしょうね。
無駄に積載した全身の筋力がワナワナと震え、それに呼応した闘志によって体全体からまるで風呂上りみたいに湯気が立ち昇っていますもの。
「取り敢えずジェイドとは殴り合って勝利を収めたって事でいいのかな??」
「違う!!」
「違う?? それなら相手の隙を窺って勝利を収めたと??」
「それも違う!!!!」
じゃあもういいです。
これ以上戦闘の詳細を聞くと無駄に雄臭い体の異常接近を許してしまう恐れがありますので取り敢えず頷いておきましょうか。
「己の内に潜む雄を滾らせ互いの煌めきを衝突させる。俺は今まで雄でなく、只の男であった。奴はそれを見越して俺を一人の雄にしてくれたのだ……」
感慨深く一つ大きく頷くと肩に担いでいた無駄に大きな荷物を地面に放る。
「所でさその鎧と兜はもう着ないの?? あ、動くと余計に沁みるからじっとしていろよ??」
すり鉢の中の傷薬を摘まみ、今も全身の筋肉を細かく震わせている雄の傷口に塗りながら問うてやった。
「これは無粋な代物だ。相手の雄度を直に肌に感じる為に真の雄は余計な物を身に着けない。全く……。これまでの無知が恥ずかしいぞ」
自ら防御手段を捨ててジェイドの攻撃を直に受け続けていたのかよ……。通りでボッコボコの成りをしている訳だ。
「ハンナ!! 貴様なら分かるよな!?」
「だ――!! 動くなって言っているだろう!?」
急に顔を動かす物だから患部が逃げちゃったじゃないか!!
「敵の攻撃を避けずに真正面から受ける。その行動に至る原理は理解に及ばないが、雄を証明するその心意気は理解出来るぞ」
「そうだよな!! ほら、聞いたか!? ハンナは理解出来ると言ったぞ!!」
「だから動くなって言ってんだろうが!!!!」
テメェは俺より一回り大きくて顔面に傷薬を塗るのも一苦労なんだから無駄に動くとそれだけこっちの労力が増すんだよ!!
真上にあるヒデェ顔の横っ面を取り敢えず一発叩いてやった。
「ふんっ。それより副長はまだ到着していないのか??」
「漸く気付いたのかよ」
顔面の傷、そして体に刻まれた打撃痕に傷薬を塗り終えムンムンの雄臭い匂いを放つ体からある程度の距離を置いて言ってやる。
「彼女の身が心配だ。荷物を纏めて移動するぞ」
「王都守備隊副長の実力を信じてやれって。それにそろそろ来るんじゃない??」
お前さんはまだ気付いていないと思うけど、集中すれば聞こえて来るぜ。弱々しいながらも俺達が待つ部屋に確実に近付いて来る彼女の足音が……。
腰に両手を当ててヤレヤレといった感じで溜め息を漏らしてトニア副長が現れるであろう左から二番目の通路に向かって顎を指してやると俺の予想通りに王都守備隊副長が姿を現した。
「わ、私が一番最後でしたか……」
いつもの凛々しい足音とは百八十度違う弱々しい足取りであったが、まさかここまで酷い怪我を負っているとは思わなかった。
普段の健康的な焼けた肌は失った血の多さによって土気色に変わり、戦闘の激しさを物語る様に背には多くの矢が突き刺さり、体全身の至る所に出血の箇所が見受けられる。
「副長!?」
「トニアァァ――ッ!!!!」
医者から助からないと宣言された重傷患者でさえもあれよりかはマシだと口を揃えて言うだろうと思われる傷を負った彼女が力無く地面に倒れるとほぼ同時に全員が彼女の下に走り寄った。
「だ、大丈夫か!?」
グレイオス隊長がその巨躯に似合わない所作で優しく彼女の体を抱きかかえる。
「え、えぇ。少々休めば治りますよ」
「そんな訳ないだろう!! ダン!! 傷薬を!!」
「わ――ってるって!! 取り敢えず矢を引き抜こう!!」
「よし!! トニア、今から矢を引き抜くが……」
「分かっています。一思いにヤって下さい」
「分かった。では……。行くぞ!!!!」
「ウグッ!?」
グレイオス隊長が言葉通りトニア副長の背に生える矢を一気苛烈に抜いて行く。
一本、また一本引き抜くと痛みを我慢する女性の悲痛な声が響き今まで陽性な感情が漂っていた部屋の空気を負の感情へと変えてしまった。
「よ、よし。これで全部引き抜いたな。ダン!! 傷薬を塗れ!!」
いや、塗れと申されましても……。
「服が邪魔で塗れねぇよ」
「む、そうか。副長申し訳無いが……」
「こういう時に性別の区別は不要ですよ」
「あ、あぁ。で、で、では脱がすぞ……」
グレイオス隊長が童貞と思しきたどたどしい所作でトニア副長が纏う服を脱がすと。
「ん――む……。いつもは四角四面の拘束具に邪魔されて見えなかったけどもっ。トニア副長って意外と大きいんだねっ!!!!」
俺の性欲ちゃんがほぅ?? っと思わず顎先に手を添えたくなる双丘が姿を現した。
うふふっ!! 彼女って気痩せする型なのねっ!!!!
「貴様ぁ!! ふざけた台詞を吐く暇があればさっさと治療を開始せんか!!」
はいはい、そう焦らないの。
ここに来て初めて訪れた僥倖に少しだけ感謝すると憤りを全面に押し出した隊長の指示通りに治療を開始した。
「うはぁ……。すっげぇ痛そう」
鉄製の鏃が突き刺さっていた箇所から今も血が湧き出して女性らしい肌理の細かい肌を侵食。
それが一つならまだしも複数個所から同時に出血しているのだ。痛みに強い彼女が音を上げてしまいそうなのも頷けるよ。
「一体どんな戦闘をしたらこんな風に矢傷を負うんだ??」
取り敢えず一番出血が酷い患部に傷薬を塗り込んで問う。
「ランレルが待ち構えていた部屋には罠が備えられていて……。不覚にもその罠に引っ掛かってしまったのよ。でも、私はその罠を敢えて利用して彼女を撃退したわ」
「罠を??」
「そう……。ランレルが放つ鞭の重撃を……」
息をするだけでも苦しそうなトニア副長が俯せの状態で自身が経験した激闘を語って行く。
患部に沁みる痛みを誤魔化す為にも会話を続けるのは賢明な手段。
そう考えた俺は矢傷に傷薬を塗りながら会話を継続させた。
「――――。王都守備隊の誇り、そして私自身の誇りに掛けて奴を拘束すると共に矢の雨を受けたのよ」
「全く……。無茶な戦い方を選択したな。よっしゃ!! これで処置は終了!! 少し休んでいれば傷口は塞がるぞ」
己の太腿を景気良くパチンと叩き、軽快な口調で治療を終えた事を伝えてあげた。
「有難う。では……。最終試練とやらに向かうとしましょうか」
い、いやいや。お嬢さん?? 貴女、一度鏡をよぉぉく御覧になった方が宜しくてよ??
治療が終わっても土気色の表情は晴れる事無く寧ろ悪化している様に見えるし。
「トニア殿、今は休む事に専念するのだ」
「そ――そ――。アイツ等は俺達が来るまで待っている筈だし。今は休もうぜ」
「怪我を負った私が足を引っ張っているとでも??」
その通りッ!! そんな風に指を差して声高らかに肯定したら恐らく彼女の怒りを買った罰として差した指がスパっと切り落とされてしまうでしょうね。
「副長。今は休め」
それを見かねたグレイオス隊長が本当に優しい声色でそう話す。
「し、しかしっ!!」
「これは隊長命令だ。俺も、そしてダン達も激闘で激しく体力を消耗している。この先に待ち構えている最後の試練を突破する為に今は英気を養わなければならないのだ」
「わ、分かりました。隊長命令、なら……。仕方が、無いですね……」
トニア副長がそう話すと見慣れた顔に安心したのか、将又張り詰めていた気が緩んだ所為なのか。
「っと……。お前は良く頑張っている。そのまま眠ると良い」
「……」
彼の右太腿を枕代わりにして深い眠りに就いてしまった。
初めて彼女の寝顔を見るけど……、何だろう。物凄く安心しきった顔を浮かべているな。
そしてその寝顔を捉えたグレイオス隊長の顔もどこか朗らかに映る。
善の心の俺はあの温かな空間に手を出してはいけないと語りかけてくるのだが、何だか無性に腹が立って来たので悪の心の声を採用する事にした。
「なぁにぃ?? グレイオスちゃん。恋人の安らかな寝顔を見つめるみたいに優しい顔をしちゃってぇ」
「ち、違う!! 俺は王都守備隊として、隊員の状態を確認していただけだ!!」
嘘くせぇ慌て方しちゃって……。
「はいはい、そういう事にしておきますよっと。さて!! これから最終試練に臨む訳なんだが……。その前に腹ごしらえをするとしますか!!!!」
大袈裟に柏手を打ち、己の荷物に手を突っ込む。
さてさてぇ、持ち込んだ保存食で何が出来るかなぁっと。
背嚢の中には古びた米とカチカチに乾いたベーコン、乾燥させたパンに調味料が少々。
ふぅむ。相棒が大好きな古米を使用した粥を作ろうか??
「相棒、いつもの奴でいいか??」
取り敢えず食料と料理器具を取り出して問う。
「あぁ、構わん。俺の分は多めに作れよ」
何故君はいつも命令口調なのだろうか?? こういう時は素直に有難うって言うべきなんだぞ。
「はいはい、辛辣な事で。隊長も食うか??」
「勿論だ!! 俺の分はハンナより多く作ってくれ!!!!」
「そんなに沢山持ち込んでいないから作れねぇよ。よっしゃ、トニア副長が目を覚ますまで楽しい臨時食事会の始まり始まりぃ――っと!!」
石作りの部屋の中で薪を組み、素早くそして慣れた手付きで火を灯すと橙の明かりが心に安寧を齎してくれる。
あの先に待ち構えているのは果たして俺の想像通りの化け物なのか、将又それを優に超える怪物なのか。
それは計り知れないが契約の履行まで後少しの所まで漕ぎ着けたのだ、ここで気合を入れ直す為にもこの小休憩の時間は大切だよな。
「ダン、手が止まっているぞ!!」
「早くしろ。俺は腹が減っているのだ」
今なら口喧しくピーピー鳴く雛鳥を持つ親鳥の気持ちが分かる気がするぜ……。
「あのねぇ。お前さん達は待つ事を知らないのかい?? 焦っても飯は出来ないから大人しく待ちやがれ」
親鳥に餌を強請る雛鳥を必死に御しつつ、まだまだ痛む体に鞭を打ちながら即席料理を開始したのだった。
お疲れ様でした。
現在後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。