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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第百二話 第四の試練 その五

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 上官に対して少々辛辣な態度を取ってしまう部下と頼れると言えば頼れるのだが、頼れないと言われれば微妙に首が縦に動いてしまう仲間と別れると敵地に足を踏み入れてから初の単独行動を余儀なくされる。


 耳に届くのは鉄の鎧が触れ合う低い摩擦音、肌に感じるのは濃度が刻一刻と上昇していくマナの空気、そして闇の中に紛れ込む微かな闘志が俺の心を悪戯に刺激していた。


 微かな闘志が含まれた空気が前方から流れて来るのは恐らく、この先に敵が待ち構えているのであろう。敵である俺に対して己の存在を知らしめる様、敢えて闘気を剥き出しにするのは敵ながら天晴だと考えるが……。


 その裏を取ればこれから会敵するであろう敵は己の実力に相当な自信があるのか若しくは自ら地の利を捨てる大馬鹿者であると判断出来る。


 いずれにせよ最大限の警戒心を保ったまま行動すべき。


 そう考えた俺は普段の歩調よりも更に慎重な歩みに変えて通路の奥へと向かって進んだ。



「むっ?? 漸く出口か」



 この通路に突入してから凡そ十分程度だろうか。


 初めて目の前に現れた変化が俺の心の警鐘を鳴らす。


 あの先に恐らく敵が待ち構えている……。この心地良い緊張感を保ったまま侵入すべき。


 頭はそう判断したのだが、危険を察知した体は敵が放つ強者足る圧に恐れをなして踵を返そうとしていた。



 何を恐れているのだ、我が肉体よ。


 厳しい訓練を耐え、血反吐を吐いて技を磨き。そして何より今日まで鍛えて来た俺の筋肉は決して嘘を付かん。


 微かに震えて分かり易く怯えという感情を醸し出す筋肉達に優しく語りかけてやると彼等は俺の言葉を汲み取ってくれのか、数秒後にはその怯えが消え去りいつも通りの感覚が戻って来てくれた。


 よし、この状態なら全力出せる。



「我等に仇名す敵を討つ為……。さぁ行くぞ!!!!」



 力を籠めた両手で鉄製の兜の頬付近を力強く叩くと広い部屋に勢いく良く推参した。


 一辺十五メートル以上の正方形の部屋の中に特筆すべき特徴は見当たらず、がらんと開けた空間が俺を迎えてくれる。


 いや、特筆すべき特徴は部屋の中央に腰を据えているな。



「よくぞ俺が居る道を選んでくれたな!! 待っていたぞ……。グレイオス!!!!」



 雄の香りが漂う角ばった面持ちに茶がかった黒き短髪が素晴らしく良く似合う。


 身の丈凡そニメートル程度だろうか。


 一般成人男性と比べると二回り以上大きな身の丈には誂えた様な素晴らしい筋肉かがやきが積載されていた。


 黒のシャツを内側から押し上げている見事な胸筋、巨岩も余裕で持ち上げられるだろうと此方に確知させる両腕の厚み。


 濃い青のズボンが悲鳴を上げつつ何んとか抑え込んでいる大腿四頭筋は野山を駆け抜けるカモシカ垂涎物であり、巨躯を支える下腿三頭筋も思わず唸ってしまう程の積載量だ。


 そしてその巨躯の側には彼の身の丈と同程度の長さの大剣が地面に突き刺さっていた。



 あの低い声からしてジェイドと思しき一体の雄は部屋の中央で腕を組み、不動の姿勢を貫いて俺の姿を愛でる様に見つめていた。



「ほぅ……。こうして生で見ると俺好みの筋肉だと改めて考えてしまうな」


 彼が分厚い岩石を彷彿させる角ばった顎に指を添えて唸る。


「褒めて頂き光栄だ。ジェイド、貴様の肉も賞賛に値するぞ」


「ふふ、長き時の間に熟成された肉の質を見抜くその慧眼けいがん……。俺が睨んだ通り、やはり貴様は此方側だったな」



 地面の上に乱雑に背嚢を放ると広い部屋の中央付近で強力な雄の香りを放つ武士もののふと対峙した。



「此方側??」


「あぁ、そうだ。この先は……、言葉は不要。筋肉きらめきを通して語り合おうぞ!!!! 我が名はジェイド!! 混成獣キマイラを統べし者だ!!!!」


 彼の筋力の繊維の一つ一つが雄叫びを放つと突き立てていた大剣を両手で掴み中段の構えを取る。


「真っ向勝負を所望か。俺も……、それを望んでいた所だ!! 我が名はグレイオス=ヴァンダルト!! 王都守備隊総隊長だ!!!!」



 左の腰から長剣を引き抜き大きく盛り上がった僧帽筋に応える為に彼と同じく中段の位置で構えた。



「「……」」



 こうして真正面から対峙すると奴の巨躯から放たれる強力な圧は常軌を逸していると改めて実感してしまうな。


 大剣を握る両腕は一回り大きく盛り上がり、強力な雄の香りを放つ体全体は苛烈な闘気を纏い俺を圧倒しようとしていた。


 だが此方も負けられん。


 俺が負ければこの強力な雄は他の部屋へと赴き激闘を繰り広げているであろう仲間に牙を向けてしまう。そして何より、俺の敗北は王都守備隊の敗北を意味する。


 此処に居ない仲間の為にも、そして大勢の輝かしい命が存在する王都を守る為にも敗北の二文字は決して認められないのだ!!



「ずぁぁああああっ!!」


 ジェイドが大剣を上段に構えると見ていて惚れ惚れしてしまう小細工無しの軌道で振り下ろして来た!!


「ふんっ!!!!」


 彼の雄度を推し量る為、回避では無く。俺の頭蓋を叩き割ろうとする一撃の軌道の間に長剣を構えた。


「ぬぅっ!?」



 長剣と大剣が衝突した刹那、眼前に眩い火花が迸り視覚が明滅する。


 及第点を遥かに超える素晴らしい衝撃が鉄を通り手の平へ、そして肩口から足の裏へと駆け抜けて行き俺の体がもっとこの衝撃を与えてくれと叫ぶ。


 何んという一撃の重さ。


 体の芯に響くこれ程までの一撃は生まれて初めて受けたかも知れない。



「ほぅ!! 俺の一撃を受けても体の芯は揺らがぬか!!」


「生温いぞ!! 攻撃はこうして放つものだ!!!! ぜぁぁああ!!!!」



 攻撃の姿勢を解除して一歩下がったジェイドに向かい、此方も彼と同様に上段の位置から筋肉任せの一撃を振り下ろしてやった。



「うぬぅっ!!!!」


 奴が俺の一撃を受け止めると両腕の筋力が震え、その震えが体全体に伝播すると爽快な笑みを浮かべる。


「ふぅぅ……。良いぞ、グレイオス。貴様はやはり此方側の存在の様だな!!」


 ジェイドが上段から中段へ振り下ろして来た一撃を受け止め、体の流れのままに暴力的な連撃をこの体に向かって叩き込んで来る。


 一撃の速さはトニア、ハンナに比べれば随分と劣るものの。一撃の強さは桁違いだ。


「ちぃ!!」



 豪撃を受け取る度に剣が、そして体が流されてしまい反撃の姿勢が取れなくなってしまう。


 馬鹿正直な剣の軌道、力任せの太刀筋。


 長きに亘り武の道に携わって来た者なら容易く見切れる攻撃なのだが……。何故か体は奴の攻撃を受け止めろと叫び続けていた。



 何故だ……。何故、俺の体は奴の攻撃を受け止めたがっているのだ??



「兜の奥に浮かぶその目……。どうやら迷っている様だな」


「迷い?? 何の事だ」


「俺の攻撃を受け止めれば窮地に陥る。それにも関わらず貴様の体は俺の攻撃を求めているのだろう??」


「ッ!!」



 己の内側を見透かされた事に驚きを隠せず、奴から一歩下がってしまった。



「何故その事を……」


「俺は貴様と同じ場所に立つ者だから分かるんだ。恐らく、この感覚は貴様以外の者では到底理解に及ばぬだろうさ」


「同じ場所?? 俺と貴様は敵対する者同士だ。異なる場所に居るでは無いか」



 キマイラと大蜥蜴。負の契約の履行の債権者と生贄として参じた者達。


 奴とは相容れぬ存在である筈なのに一体何を伝えようとしているのだ。



「そうか……。体は理解しようとしているが頭は分かろうとしていないのだな。では……、それを理解させてやろう」



 ジェイドがそう話すと両手に持つ大剣を乱雑に地面へ放り捨ててしまった。



「貴様、武器を捨ててどうするつもりだ。降参でもするつもりか??」



 己の武器を放棄して裸一貫になる事について何の戦略的優位性を得られるのだろうか。


 それは自ら死地へ飛び込む様なものだ。



「降参?? この素晴らしい戦いを放棄する訳無いだろう。グレイオス、もう一度言うぞ。貴様は此方側だ。その武骨な剣、肉の鼓動を阻害する無粋な鉄の防具なんて捨てろ。そうすれば体に渦巻く違和感の正体を理解出来るぞ」


「ふん。自ら武器を捨てる事なぞ、勝利を捨てた者がする事だ!!」


 右手に持つ剣に力を籠めようとした刹那。






























『本当にそれでいいのか??』

「ッ!?」



 心臓がドクンッと強力な拍動を奏でると両手で持つ剣では無く、今日まで鍛えて来た筋力達が俺に強く問いかけて来た。



「ふふ、そうだ。その声が聞こえるのは俺と同じ場所に立っている何よりの証拠なのだ」


 これはつまり……。己の内側から聞こえて来る声に従えと言う事なのだろうか。


 分からない、俺にはどうするべきなのか理解に及ばないぞ……。


「グレイオス、装備なんて捨てて掛かって来い」


「……」


「どうした?? 戦略的優位を放棄するのが怖いのか?? 安心しろ。俺の言葉に従えば真の雄になれる。それを今俺が証明しているだろう??」



 ジェイドが素晴らしい筋力を備えた両腕を左右に広げると、まるで視認出来てしまう程の濃厚で圧縮された特上の雄の香りがこの部屋全体に充満。


 雄の汗の饐えた香りを口から吸い込み肺を満たすと体温が一気に上昇、そして奴の言葉を筋肉達が受け止めると体が自然に動き始めてしまった。



 くっ、くぅっ……!! 何故体が勝手に動いてしまうのだ!? 俺の体は奴の雄の香りに操られてしまったのか!?



 武骨な剣を地面に置きそして遅々足る所作で鎧を外して行く。


 そして雄の臭いが含まれた空気に肌が直接触れた刹那。



「ッ!!」


 俺はこうするべきであったとして筋力が歓喜の声を上げて震え始めた。


 そうか……。そういう事だったんだな。すまない、俺は何か勘違いをしていたようだ。


「気付いたか?? 胸の高鳴りを」


「あぁ、漸く気付いたぞ。俺は……。俺は……!! 真の雄になる為に今日此処に居るのだ!!!!」



 大蜥蜴の姿から人の姿に変わると喉の筋力を最大稼働させて雄の叫び声を解き放った。


 それが何んと心地良い事か。


 真の雄、それは武器や防具に頼らず今まで築き上げて来た筋力のみで敵を討ち滅ぼす事だ。


 奴は攻撃をそして雄の香りを通してこの事を伝えたかったのだろうさ。



「その通りだ!! ようこそ、猛々しい雄共が蔓延る此方側へ!! さぁ……。咽返る程の煌めきを解き放とうではないか!!!!」


 ジェイドが雄叫びを放つと体全体から視認出来てしまう白き雄の香を放ち、それに呼応した空気が震え始めた。


「おぉっ!!!! 行くぞ!! 猛る雄よ!!!!」



 右手に熱き拳を形成すると俺の煌めきを受け取ろうとして一切の防御態勢を取らない雄の塊に向けて筋力に頼った一撃を放ってやった。


「ぐぅっ!!!!」


 ジェイドの角ばった顔の左頬に己の拳が着弾すると生の肉の感覚が拳を喜ばせてしまう。


「こ、これ程までとはな……。流石、俺が見込んだ者よ」


 左頬に直撃して捻じれた顔面を元の位置へと戻し。


「だが!! 俺の雄を貴様は受け止められるか!?」


 そして奴も俺と同じく右手に熱き雄を籠めた一撃を解き放った。


「ゴフッ!?!?」



 腹部のド真ん中に直撃した一撃が腹筋を貫き、背の筋力に心地良い痛みを与えてくれる。


 たった一撃で戦士の魂をへし折る威力を誇るが……。不思議と体は折れる事は無かった。いや、寧ろもっとそれを寄越せと叫び出す。




「どうだ?? 俺の雄が籠った一撃は」


「――――。樽の中で熟成された豊潤な香りを放つ葡萄酒、とでも呼ぼうか」




 くの字に折れた体を元の位置に戻してそう言う。


「ほぅ!! 最大限の賛辞を頂き俺の体も喜びで震えているぞ!! さぁもっと俺に貴様の雄を見せてくれ!!」


 言わずもがな!!


「貴様の魂に直接届けてくれるわぁぁああ――――!! ウンヌゥッ!!!!」


「ドハァッ!?」


 万力を籠めて拳を形成して一切の手加減無しで彼のみぞおちの位置へ拳を叩き込むと。


「いいぞ……。グレイオス!! 共に高みへと昇ろう!!」


「ウゴォウ!?」


 これは礼だと言わんばかりにジェイドの右の拳が頬を襲った。


「ま、まだまだぁ!!!!」


「己の内に潜む雄を解き放て!! お前は真の雄なる資格を有しているのだ!!」



 強力な二体の雄同士が衝突すると天まで轟く轟音が炸裂する。


 敵意を剥き出しにした雄を捉えると上腕二頭筋の筋線維が盛り上がり、二つの大胸筋が攻撃を受け取ると嬉しさの余りに躍動して震えてしまった。


 互いの雄度を推し量る為に交互に雄の塊をぶつけると全身の肌に素敵な汗が浮かび上がる。


 攻撃の度に互いの体から迸る汗が美しい放物線を描きながら方々へと飛び散り猛々しい神へ贈る鮮やかな虹を形成し、常軌を逸した体内の熱量で汗が蒸発すると女神が纏う白いドレスを彷彿とさせる湯気を模る。


 その湯気は広い室内で漂い、留まり、思わず咽てしまう程の高湿度の霧となり。それを吸い込み吐き出すとまた新たな雄の霧を生み出した。



 死と生は表裏一体であるが、男と雄もまた表裏一体である。


 性別を区別する為に使用される男という概念。


 つまりどんな形を、生活をしていようが男は男であり。それを証明するのには自分が男であるという決定的な証拠を相手に見せれば良いだけの簡単な話だ。


 しかし、雄という概念を証明するのには途轍もない労力を有する。何故なら男は雄に認められなければ雄であると証明出来ないのだから。


 その証明方法は多岐に渡り一つに絞り込むのはほぼ不可能に等しい。


 ある雄はその男の生き様を、ある雄はその男の双肩に乗る思いの強さを、またある雄はその男の度胸を。


 そして俺の目の前に立つ雄は言葉では無く、行動で俺に問うて来ている。



『練り上げた混じり気無しの高純度の雄の魂を俺に見せてみろ』 と。



 見えないが確実に存在する言葉に呼応すべく己の体の内側に無限に広がる雄の勇士を解き放ち、不純物が一切含まれない純粋無垢な雄の魂を筋肉に乗せて相手に伝える。



 これこそジェイドが俺に課した試練なのだ。



「ウォォオオオオ――――ッ!!!!」


 嬉しさの雄叫びを上げている両腕の筋力に従いジェイドの体を持ち上げると一気苛烈に大地へ叩きつけてやる。


「ウグゥッ!?」


 雄の肉体が石畳の上に直撃すると巨大な太鼓の重低音が響き、腹筋の奥に心地良く轟く。


「ククク……。貴様の雄度はそんなものなのかぁ!?!?」


 素早く立ち上がったジェイドが思わず惚れ惚れしてしまう大腿四頭筋を備えた右足を素早く振り上げると顔面に直撃。


「ガァッ!?」



 その威力は俺の雄の魂が喜び震えてしまう程に苛烈であり、合格点の遥か上を行く威力を伴った一撃が体の気力を根こそぎ奪ってしまった。



「ゼェッ……。ゼェェッ……」



 もう何度倒れただろう?? 何度音を上げそうになっただろう?? 何度この濃厚な雄の香りを吸い込んだのだろう??


 たった一度だけ、そう一度だけ。雄に己の雄を証明するのには途轍もない気力と体力を要するのだな。



「ふ、ふふ。どうしたグレイオス?? 貴様はその程度の雄だったのか??」



 今にも尽きてしまいそうな体を持ち上げ、半分塞がった視界で声のした方向を見つめるとそこには精魂尽き果てても己の雄度を燃え上がらせ悠然と立ち尽くしているジェイドの姿があった。



「お、俺は……。まだヤレる……」


 鋭利なナイフでズタズタに切り裂かれた様な痛みが生じる口内を懸命に動かして声を振り絞る。


「そうか。それなら……。遠慮は要らないようだな!!!!」


 両目に迸る闘志を宿したジェイドが大地を蹴り飛ばすと瞬き一つの間に俺の眼前へと到達。


「この二つの拳で貴様の体内に存在する魂、そして雄度を破壊し尽くしてくれるわぁぁああああ――――ッ!!!!」


 猛った叫び声を放つと特濃の雄の臭いが籠った剛拳の連打を浴びせて来た。


「グォォオオオオッ!?!?」



 上下乱舞する拳が顔面を襲えばそれと同調する様に視界が支離滅裂となり、腹筋と脇腹に拳が突き刺されば魂が双肩から抜け落ちてしまいそうになる。


 雄の魂を有していない男ならこの絶え間なく降りしきる拳の豪雨の中で命を落とすであろう。だが、俺はまだ雄に雄の証明をしていないのだ。


 ここで命果てる訳にはいかん!!!!


 小指の先程度に縮小してしまった雄度を再燃させて面を上げるが、雄である者の試練は本当に苛烈であると思い知らされた。



「ゼァァアアアア!!!!」


「ウ゛グゥッ!?」



 地面スレスレから伸び上がって来た拳が俺の顎を捉えると視界が天井へと向き、遅れて気が遠くなる激痛が体全身を襲い。



「ハァァアアア!!!!」


「……ッ」



 伸び上がった体が元の位置に戻れば再び常軌逸した雄の魂が籠った拳の連打が始まる。


 い、一体この攻撃は何時止むのだ……。このままじゃ……、俺は……。


 視界が白いベールに包まれ足元の感覚が消失し始めると聞き覚えの無い声が頭の中に響いた。



『貴様の雄はその程度の物なのか??』


 え?? 誰だ……。誰が語り掛けて来るのだ……。


『俺はまだ貴様の真の雄を味わっていない』


 この声は一体何処から聞こえてくるのだろう。


『まだ気付かないのか??』


 姿形が見えない者と会話が出来る訳が……。



「フゥンッ!!!!」


「ッ!?」



 右腕に積載された筋力だけでは無く両足の筋力まで使用した昇拳が胃袋に突き刺さると、その声が一際強く俺の頭の中で響いた。



『俺は此処に居るぞ』



 あぁ、そうか。分かったぞ。お前はジェイドの中に潜む雄なのだな……。


 武の道を極めし者は拳を通して会話が可能となると言われている様に、鍛え抜かれた雄も拳を、力を、そして筋力を通じて相手と対話が出来るのか。


 今初めて知ったよ……。



『ふふ、漸く悟ったか。そうだ、その感覚だ。貴様の中に存在する雄は蝋燭程度の小さな火だ。このままでは圧倒的な雄の圧に吹かれて消えてしまうだろう……。しかし!! 貴様の雄はまだまだ燃え盛る事が出来るだろう!?』



 俺の双肩には王都守備隊の者達の魂が乗り、この二つの拳には王都で暮らす人々の命が握られているのだからな……。



『そうだ!! 貴様には果たすべき責務が課せられているのだ!! ここで命果てるべき雄では無い!! 立て!! 雄の道に足を踏み入れし者よ!! そして貴様の雄を俺に証明してみせろ!!!!』



「――――。グ、グゥゥ……。ウォォオオオオオッ!!!!」



 ジェイドの中に確実に存在する雄の声を汲み取ると精魂尽き果て今にも地面に倒れ込んでしまいそうな体の中に宿る雄を燃焼させて大炎へと昇華。



「ジェイド!! これが俺の、俺なりのぉ……。証明方法だぁぁああ――――!!!!」


「何ぃっ!? グホァッ!?」



 天高く聳える太陽よりも強烈な輝きを放つ雄の魂を二つの拳に乗せて至高の領域まで鍛え抜かれたジェイドの肉へと叩き込んだ。



「グゥッ!?」


 腹筋を貫く感覚が拳を喜ばせ。


「ウブゥッ!?」


 雄の臭いが籠る頬を穿つと魂が鼓動し、それと同調する様に雄の光も煌めきを帯びて行く。


 風と雨が巨大な岩を侵食させて形を変える様に、我が双拳がジェイドの肉の塊をそぎ落として行くと遂に奴の煌めきを捉える事が出来た。



 そこか!! そこへ俺の雄を叩き込めば良いのだな!? 答えろ!! 真の雄よ!!!!



「これでぇぇええ……。決まりだぁぁああああああ――――ッ!!!!」



 決して覆せない己に与えられた過酷な運命や使命。


 それを穿つ程の雄の魂を籠めた、乾坤一擲など生温い至高の一撃を雄の煌めきへと向かって解き放った。



「グァァアアアアアア――――ッ!?」


 熱き雄の臭いが籠った右の拳がジェイドの頬を穿つと奴の体は広い室内の空間を飛翔。


「ぐぅっ!!」


 石作りの壁に叩きつけられその反動で地面に倒れると雄の煌めきが消失してしまった。


「ぜぇぇ……。ぜぇぇ……」


 不動の大地に鍛え抜かれた両足を付けて悠然と見下ろしていると奴の体内に微かに光る雄が語り掛けて来る。


『ふふふっ、貴様の雄は俺を喜ばせてくれた。満足させてくれた。そして……、満たしてくれた。その煌めきを決して忘れる事の無いようにな』



「あぁ、俺は決して忘れはせん。そして俺も礼を言おう。一人の雄として生きて行く喜びを教えてくれた事に対して」



 喉の奥から声を振り絞りそう話すとジェイドの体から強力な光が迸り、その発光が止むと宙に矮小な光球が漂っていた。


 何だ?? あの光の球は……。



「ワハハ!! グレイオス!! 貴様はやはり俺が見込んだ通りの雄であったな!!」


「ジェイド……」


「そう物欲しそうな表情を浮かべるな。俺はまだ貴様の雄を感じていたいが……。どうやら時間が来てしまった様だからな」


 時間?? 何の事だ??


「貴様は最終試練に臨む資格を得た。これまで以上に雄を感じたいのならあの通路の先へと進め」


 ジェイドと思しき光球がそう話すとその光球が新たに現れた通路の奥へと向かって移動して行き、通路の奥の闇の中へと消失してしまった。


「ふ、ふぅ――……。これで第四の試練は終いか……。しかし、奴が言った通り俺はまだまだ雄を感じていたいのかも知れない」



 両の拳が微かに震え、背の肌が泡立つこの感覚がそれを証明している。このまま一気苛烈に通路の奥へ突入して雄の練度を上げたいが……。


 俺はあくまでも分隊の隊長であり隊員達の面倒を見なければならないからな。



「ふっ、ジェイド。礼を言うぞ。俺を一人の雄として認めてくれて……」


 震える拳を仕舞うと微かに笑みを浮かべて通路の闇を見つめる。


 そして雄の香りが色濃く残る広い室内に放置されていた装備と荷物一式を抱えると新たに現れた通路の先へ向かって進んで行ったのだった。




お疲れ様でした。


今回の話のプロットを執筆している時の事なのですが……。何でこんなむさ苦しい話を書いているのだろうと思わず我に返ってしまう場面がありましたね。


ゴッリゴリに鍛えている王都守備隊の筋力を使わない手は無い!! そう考えて執筆させて頂いた訳なのですが、雄臭い話が嫌いな方にはかなり堪えた話かと思います。


もしも次に雄臭い話が出て来たのならもう少し抑えて書こうかなと考えています。




今週の投稿なのですが、先日の後書きにも掲載した通り私自身の体調が芳しく無い為。いつもより投稿速度が落ちてしまいます。しつこい風邪の所為で喉が物凄く痛むのですよ……。大変申し訳ありません。





いいねを、そして評価をして頂き有難う御座いました!!!!


これを糧に風邪を治して一刻も早く次の話を投稿出来る様に頑張りますね!!



それでは皆様、体調管理に気を付けてお休み下さいませ。


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