第百一話 第三の試練 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
迫り来る壁に挟まれ見るも無残な遺体になるのを未然に防いだ俺達は第二の試練の担当者であるランレルの言葉通り新たに現れた通路を奥へ向かって進んでいた。
先程までの閉塞感を与える狭い通路は徐々に横へと広がり、今は随分と余裕を持って進む事が出来ている。広くなった事は心にも余裕が生まれて好ましい事なのだが……。
青く澄み渡る空に浮かぶ太陽を拝めないのはやはり少々辛いといった所か。
別にそれが精神的負荷になるという訳では無いが、生まれてこの方ずぅっとお日様の下で生まれ育って来た俺にとって日常感の欠如が時間の感覚を大いに狂わせていた。
「よぉ、奈落の遺産に突入してどれ位時間が経ったと思う??」
俺の左隣をいつも通りの速度で歩む相棒の端整な横顔に問うと。
「――――。精々数時間程度だろうな」
彼は暫く考えた後に普遍的な解答を返してくれた。
「数時間程度、ね。ほら太陽の動きが見えないから時間の感覚が狂うなぁって考えていた訳なのよ」
「そうなのか。俺はてっきり怖さを誤魔化す為に口を開いたかと思ったぞ」
出会った頃は皮肉という言葉の存在を知らなかった彼が俺と過ごす内にそれを覚えてくれた事に少しの明るい感情が芽生えるが……。
それは刹那に消失。
「テメェ!! 俺が年がら年中ビビっていると思ってんのかよ!? ああん!?」
陽性な感情を凌駕する漆黒の感情を矢面に出してハンナの肩を少々力強く叩いてやった。
全く!! お母さんは貴方をそんな風に育てた覚えはありませんよ!?
「暗闇の中は時間の感覚が狂い易くなると言われているからな。俺達が考えている以上に時間は経過しているかもしれんぞ」
先導役兼壁役を務めるグレイオス隊長が俺の気持ちを汲んで優しい声色で答えてくれる。
そうだよ、これだよこれ。俺が求めていた模範解答は。
「昼過ぎに突入したから……。ひょっとしたらもう既に夜なのかもな」
仲の良い友人達と机を取り囲み、今日一日に起きた出来事をおかずに夕食を摂る明るい団欒の姿を想像するが……。
空腹という欲求は微塵も感じ無かった。
日に三食を摂る体内循環を繰り返しまがら生活して来たので少し位は空腹を感じても良い筈なんだけどな。
「よぉ、腹は空いていないのか??」
この中で一番の食いしん坊ちゃんに尋ねてみる。
「少しなら」
少し、ね。
食いしん坊ちゃんの少しは常人の空腹に当て嵌まりますので、時間が出来たのなら餌を与えましょうかね。
ほら、腹が空いて力が出ません――ってふざけた理由で命を落としたら洒落にならんし。
背嚢の中にキチンと収めている数日分の保存食をバクバクと食らい尽くして行く卑しい相棒の姿を想像していると目の前の通路に変化が生じた。
「何でこの先は石畳になっているんでしょうかねぇ」
入り口からここまで続いていた土の地面は数メートル先から整然と敷かれた石畳に変わり、凹凸面が目立つ左右の岩壁は確実に文明の利器が及んでいると想像出来る石作りの壁に変化。
天然自然の中に現れた文明という名の違和感を捉えると各々が警戒心を強めた。
「さぁな。ここで立ち止まっていても悪戯に時間を消費するだけだ。警戒を続けながら進むぞ」
グレイオス隊長が気合の入った声色を放つと誰よりも先に石畳の上に足を乗せ、何処まで続いているのか確知出来ない長い通路の奥へと向かって進んで行く。
「う――む。別に罠が仕掛けられているって感じじゃないよな」
奈落の遺産の入り口付近に確認出来た大蜥蜴ちゃん達の遺骨も見当たらないし。
「生き残りたければ慢心するな。集中しろ」
相変わらず辛辣ですなぁ。
「この広い世界にたった一人しか存在しない大切な相棒に対して辛辣過ぎやしないかい??」
「俺は至極当然な言葉を掛けているのみ。前を歩いている二人を見てみろ」
前??
彼の言葉を受けてグレイオス隊長とトニア副長の背に視線を送る。
「「……っ」」
上下左右からの急襲にも咄嗟に対応出来る様に体の筋力は程よく弛緩させ、時折鋭い視線を視覚へと送って互いの死角を消失させている。
ふぅむ、あれこそが戦地に身を置く戦士の姿なのかもね。
ハンナはあの姿を見習えと俺に伝えたかったのだろうが……。
俺は戦う事を義務付けられた戦士では無く、しがない冒険家なのです。
「ねぇ、私怖いよぉ」
相棒の右腕に己の左腕を甘く絡め、彼氏に甘える彼女の様に彼の肩に頭をちょこんと乗せると。
「ふざけるな!! この大馬鹿者!!!!」
速攻で腕を解いた右腕の先に豪快な拳が形成され、それが瞬き一つの間に俺の頭に襲い掛かって来やがった!!
「ンヴィェッ!?!?」
己自身の羞恥を誤魔化す為、若しくは俺のふざけた態度を修正するには少々大袈裟過ぎる痛みが脳天から爪先へと駆け抜けて行く。
「いってぇなぁ!! 緊張してそうだったから少し解きほぐしてやったのにやり過ぎだぞ!!」
余りの痛さに両の目玉から温かな雫が浮かび上がり、それを拭う事無く相棒に向かって叫んでやった。
い、痛過ぎて脳の奥がまだ痺れていやがる。
打たれ強い俺じゃなきゃ失神しているんじゃいないの?? この痛み。
「知らん。ふざけた態度を取る貴様が悪いのだ」
それはそうかも知れないけどさぁ、もう少しヤリ方ってのがあるとは思わないかい??
親友に向かってブチかます威力じゃなかったし……。
熱を帯び始めた頭をヨシヨシと撫でているとトニア副長が不意に足を止めた。
「二人共、ふざけた会話はそこまでにしなさい」
「何か見付けたのかい??」
まぁ此処に至るまで何度も起きて来た事ですからね。足を止めた理由はある程度理解出来ますよっと。
その正体を探るべく、グレイオス隊長の腰を本当に優しくキュっと抱き締めて正面を覗き見ると文明の香りが漂う通路の先には部屋に続くであろうと容易く想像出来る入り口と思しきモノが確認出来た。
何も見当たらなかった通路に初めて現れた変化が皆の警戒心を一気に高めてしまう。
「よし、行くぞ」
グレイオス隊長が少々大袈裟に生唾をゴクリと飲み込むと。
「「「……」」」
俺達は彼の後に続いて入り口から大部屋の中に足を踏み入れた。
一辺約十五、六メートル四方のまぁまぁ広い部屋の中にはふざけた歯車の装置や石柱等は確認出来ず、只々質素な空間が存在している。
何も無い空間の中を突っ切って行き、試しに壁をコツンと叩いてみたが返って来たのは無言の返事のみ。
「ふぅむ、特にこれといって変わった感じはしないよな」
部屋の中央で四方に視線を送り続けている三名にそう言ってやると。
『――――。漸く来たか』
「「「ッ!!」」」
これまで俺達に話し掛けて来た三名とは全く異なる声色が頭の中に響いた。
これで四体目、か。
ルクトが教えてくれた通り、キマイラと呼ばれる滅魔は本当に異なる生物の集合体の様だな。
此方の戦力は四名、そして確認出来たキマイラの声色は四名。
彼我兵力差を加味してこれ以上増えるのは御勘弁願いたい所さ。
『俺の名はシェイム。第三の試練を任された者だ』
「初めまして!! 俺の名は……」
『ダン、口を開かなくて結構だ』
んもぅ。俺は只普遍的な社交辞令をしようとしただけなのにっ。
『貴様等には今から第三の試練を受けて貰うぞ』
「その試練とやらを教えて下さ――い」
口を閉じていろと言われた矢先に口を開いてしまうのは何故でしょうかねぇ……。
反射的というか癖というべきか、兎に角。じっとしていられない性分なんですよっと。
『相変わらず良く動く口だな』
相変わらず、という事はコイツもランレルとモルトラーニ同様俺達の様子を窺っていた訳だな。
どんな試練を与えらえるか知らねぇけどこちらの癖や情報は相手に筒抜けの様だし。気を引き締めて取り掛かった方が良さそうだ。
『第三の試練。それは俺が投げかける問題に答えるだけの簡単な試練だ』
回避不可能な数の火矢が降って来たり、牛の首を容易く切り落とせる鋭い切れ味の刃が襲い掛かって来るふざけた試練よりかは俺好みですけども。
最たる問題は純粋な危険度じゃなくて、投げかけて来る問題の質だよね。
『四問中、二問正解でここを通してやる。もしも三問不正解したのなら……』
したのなら??
『この部屋一杯に致死性の空気を流し込んで貴様等を殺す』
シェイムがドスの利いた声を放つと入り口が閉じられ、俺達は袋の鼠状態に陥ってしまった。
「貴様!! そんな下らない事を投げ掛ける前に正々堂々と戦ったらどうだ!?」
グレイオス隊長が宙に向かって叫ぶ。
『戦う事は嫌いじゃないが、俺は知欲の方が好きなのだ。では、細かい取り決めを説明しよう。グレイオス、ハンナ、トニア、ダンの順に並べ』
「「「……」」」
初っ端から命令口調を放つようじゃ女の子に嫌われちゃうよ??
そう言いたいのを堪え、彼の指示通りに横隊の状態で並び終えた。
『これから俺が質問を各自に投げかけるが、相談は御法度だ。一人で考え、一人で答えを導き出せ。もしも他の者が手助けをした場合、その問題は不正解の扱いとなるから注意しろ』
「了解了解。質問に答える時間制限とはあるの??」
『特に決めてはいないが……。俺の気分次第で時間制限を加える事もあるから注意しろ』
気分次第ねぇ。
彼の機嫌を損ねない様に気を付けましょうかね。
『取り決めは理解出来たな?? それでは……。今から第三の試練を始める。第一の答案者グレイオス。この問いに答えてみせよ』
「よ、よぉし!! 掛かって来い!!」
左の腰から勢い良く抜剣すると天高く掲げ、俺は此処に居るぞと無意味な自己主張を開始してしまう。
いやいや、戦う訳じゃないんだから剣を仕舞いなさいよ……。
『第一問。朝は零本、昼は二本、そして夜は四本の足。この生物の名を答えろ』
「はぁ――、何だよ。めちゃ楽勝な問題じゃん。良かったな――、グレイオス隊長――」
脳を最大稼働させなきゃ答えられない問題を投げ掛けられるかと思いきや……。全く、とんだ肩透かしだぜ。
さて、取り敢えず一問目は貰ったようなもんだし。後三人で一問を正解すればいいんだよね??
これまでで一番楽な試練にホっと胸を撫で下ろそうとしたのだが……。
「むむぅ……。世の中にはそんな生物が存在するのか??」
頭の中まで筋肉が詰まっているグレイオス隊長は答えを出すのに苦しんでいる様子であった。
お、おいおい。勘弁してくれよ……。
ほ、ほら!! お前さん達の親戚みたいな奴が水辺にいるでしょう!?
『どうした?? 答えられないのか??』
「ま、待て!! 今考えている最中なのだ!! あ、足が途中で増えるって……。誰かに切られたのか若しくは元々生えていなかったのか。謎多き生物だぞ……」
彼以外は恐らく正答に辿り着いたのだろう。
「「「……」」」
子供のイケナイ態度を咎める両親のちゅめたい視線で彼を睨みつけていた。
「何だ、お前達。まさかもう正解を見出したのか!?」
その通りっ。
そう言わんばかりに大きく頷いてやる。
「嘘だろ!? こんな化け物を見付けた事があるのか!?!?」
化け物じゃ無くて意外と可愛いお目目をしていますよ?? その生物は。
「起床時には足が生えていなくて、昼時には足が生えて、そして就寝時に四本に増え。また朝起きると足が消失する。その生物は不便過ぎるだろう……」
あ、あぁ。成程。彼は朝、昼、晩の事を一日の循環で考えているのね。
「グレイオス隊長。時間制限は無いんだし、俺達はなが――い人生の中で生きているんだから何も焦る事はないって」
ちょいとひんやりする石畳の上に胡坐をかいて座りつつ、のんびりした口調でそう言ってやった。
『ダン、今のは見逃してやるが。不必要な会話をした場合、次は即刻不正解扱いにするからな』
「へへっ、わりぃねっ」
宙に向かって両手を合わせて愛想笑いをしてやった。
「長い人生の中で今俺達は危機に陥っているのだ。焦るのも当然……」
おっ、俺の助言に気付いたのかしらね。
兜越しにハッとした表情を浮かべて出産間近の牝牛の様にウ゛――ウ゛――唸り始める。
「生まれたての時は生えていなくて、成長過程で足が生える生物。それは……」
それはぁ?? もうここまで来たら分かるでしょう??
「蛙……。そう、蛙だ!! シェイムとやら!! その生物は蛙に間違いない!!」
はい!! 良く出来ました!!
後でい――っぱいヨシヨシしてあげますからねぇ。
彼が正答を導き出した事に胸を撫で下ろして宙を見つめていると。
『正解だ』
ちょいと残念そうなシェイムの声が頭の中に響いた。
「ははは!! どうだお前達!? 俺の頭脳も捨てたもんじゃ無いだろう!?」
「その程度の知識で威張られても困るなぁ」
「ダンの言う通りです。私は数秒で答えに辿り着きましたよ??」
「簡単な問題に時間を掛け過ぎだ」
大袈裟に笑い鼻につく態度を醸し出すグレイオス隊長に辛辣な言葉の総攻撃が襲い掛かる。
「言い過ぎだぞ!! 正答する事に意味があるのだから!!!!」
「そりゃそうだけどさぁ。二問間違えたら俺達はポっくりと向こうの世界に旅立っちゃうんだし?? もう少し余裕を持って正解して欲しかった訳なのよ」
軽い地団駄を踏む鉄の塊にそう言ってやった。
さぁって、残り三問中。たった一問を正解するだけで俺達は危機を乗り越える事が出来る様になった訳だ。
今まで与えられた試練の中で一番簡単な奴になるのかもね。
『では続いて第二問だ』
「よぉハンナ!! 頑張って答えてくれよ!!」
戦う訳でも無いのに身構えている彼の横顔に向かって声援を送ってやる。
「五月蠅いぞ。問題が聞こえないから静かにしていろ」
むぅっ!! 折角お母さんが応援してあげてるってのに!!
『第二問。地上には様々な花が咲き誇り地上を彩っている。赤、青、黄。その色、香りは地上に住まう者達にとって心休まる物として存在しているが花には花言葉という物が与えられている花も存在している』
げぇっ!! う、嘘だろ!?
鍛える事しか頭に詰まっていない彼に花言葉を問うつもりなの!?
『感嘆の吐息を漏らしてしまう艶を帯びている花。その一つにマリーゴールドという花がある。その花言葉を答えよ』
ほ、ほらぁ!! 俺の嫌な予感が的中しちゃったじゃん!!
先程までの余裕な態度が瞬き一つの間に霧散。
その代わりに死の秒読みが始まったとして俺の背中に死神ちゃんが満面の笑みを浮かべてピタっと張り付いてしまった。
だが、一縷の望みは残されている。
お前さんが大切にしている彼女は薬草を採りに里からよく出ているし、その時に教えて貰ったかも知れないからね。
幸運の女神さまっ、ど――か彼に刹那にでも良いから知識を与えて下さいませ!!
「花言葉、か……」
腕組んで唸り続けている彼に対して両手を合わせ、祈る思いで正答が出て来る事を願っていたが……。
やはり現実は超絶怒涛に非情のようだ。
「その花自体を知らぬ俺にどうしろというのだ」
彼は考える事を諦め、そこに存在していない幻の敵を睨みつけていた。
「おい――!! 当てずっぽうでもいいから答えろよ!!」
「ダンの言う通りだ!! ハンナ頼むから答えてくれ!!」
俺とグレイオス隊長が心急く思いで叫ぶと彼は俺達の心意気に悪い意味で応えてくれた。
「ふんっ。その花に与えられた花言葉は……。乾坤一擲だ!!!!」
はい、終了――……。
二問連続正解の夢は淡い気泡となって弾けてしまった。
『残念、不正解だ』
「テメェ!! せめてもうちょっと可愛い言葉を選べよ!!」
「そうだそうだ!! 武骨な言葉よりも女性らしい言葉の方が当たる確率が上がったかも知れないだろう!?」
不正解の言葉を受け取ると同時に噛みついてやる。
「知らぬもの知らぬ!! そういう貴様等はマリーゴールドとやらの花言葉を知っているのか!?」
「さ、て、と……。もう直ぐ俺の番だし。準備を始めようかなぁ――」
「むぅっ……。鎧に綻びが見えるな。此処を出たら整備をせねばならん」
ハンナの激昂を受けると同時に明後日の方向へ視線を向けて我関せずの雰囲気を醸し出した。
「そらみろ!! 知らぬのでは無いか!!」
「ハンナ、落ち着きなさい。普通の男性は花言葉の意味を知っていても個々に付けられている言葉を知らないわ」
「トニア副長はマリーゴールドの花言葉を知っているのかよ」
俺の左隣で集中力を高めている彼女の横顔に問う。
「変わらぬ愛、可憐な愛情。その他には健康とかもあるわね。そうでしょ?? シェイムとやら」
『その通りだ』
へぇ、あの綺麗な花にはそんな言葉が与えられていたのか。
初耳ですよ――っと。
「ほぉ、意外だな。副長が花言葉を知っているなんて」
「隊長。意外、とは一体どういう意味です??」
おっと、大変宜しくない声色ですねっ。
「あ、いや。これは言葉の綾という奴でな……」
「言い訳は結構です。此処を出たらその身に尋ねますので」
その身に尋ねる。
つまり、例えこのふざけた危機の連続から命辛々脱出出来たとしても彼には恐ろしい剣技が襲い掛かって来る事が今確定した。
言葉には己の意思を伝える役割が与えられているが、その使用用途を間違えてしまうと取り返しのつかない事態に陥ってしまう事がよ――く理解出来た瞬間であった。
お疲れ様でした。
これから食事を摂った後に後半部分の編集作業に取り掛かりますので、次の投稿は恐らく深夜になるかと思われます。
それまで今暫くお待ち下さいませ。