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第九話 巨大な街中の小さな冒険

お疲れ様です。


日曜日の午後にそっと投稿させて頂きます。


それでは、どうぞ!!




 雨風によって痛んだ木製の屋根。


 黒ずんだ水垢が目立つ石造りの屋根。


 普段は決して歩く事無い道なき道を魔物の姿へと変わり、慣れない移動方法で彼の下へと向かう。



 私が陸地でこの姿にならないのは理由があるのです。


 それは単純明快。


 人の姿で歩いて移動する方が断然に速く、機敏な動きが可能になるから。海竜の姿だとどうしても一つ一つの所作に時間が掛ってしまう。


 例えるのなら……。


 水生生物が上陸したとでも言いましょうか。



 その事を全く理解しない二人は広い道を挟んだ向こう側の家の屋根へと既に移動を終え。私に向かって身体能力の高さを誇らしげに、そして見せびらかす様に手を振っていた。



「カエデ――!! ほら、飛びなさいって!!」


「出来る訳無いですよ」



 何を考えているのですか?? あなたは。



 先程おっかなびっくり飛び越えた道幅は約一メートル。そして、今現在私とマイとの間には十メートルを優に超える幅が待ち構えているのです。


 馬鹿正直に言われるがままに飛びついたとしても、道の半分の距離にも満たない箇所から落下してしまうのが目に見えています。




「芋虫みたいに移動していたでしょ――?? だったら!! 後ろ足の二本にぐっと力を籠めて!! びよ――――んって飛べば行ける!!」



 行けないからこうして家の端っこで待機しているのですよ。


 あの人に教育を施した人を一度見てみたいです。



 さて、どうしようか考えていると。蜘蛛の姿のアオイが声を放った。



「カエデ、その場を動かないで下さい」



「きゃっ!?」



 彼女から放たれた二本の糸が私の体を絡め取り。



「そぉっれっ」


「ひゃああ!!」



 アオイが二本の前脚を器用に動かして、私の体をあっと言う間に手繰り寄せてしまった。



 今の体がふわぁっと浮く感覚……。ちょっと楽しかったかも……。



「あはは!! 何よ、乾燥したクルミの殻を投げつけられたリスみたいな顔して!!」


「誰だって宙に浮けば驚きますよ。さ、急ぎましょう!!」



 ケラケラと笑う深紅の龍を尻目に鋭角な角度の屋根の上を地面へと落下せぬ様。慎重に移動を始めた。



 木製なのは助かりますね。


 爪を引っ掛けられますので。



「よっと……。んっしょ……」


「ふぅむ?? 前の二本の足で先ず屋根を掴みぃ」



 星々が輝く夜空の下で背の翼を羽ばたかせ、ふわふわと浮く深紅の龍が私の移動方法を観察し始めてしまった。



 随分と余裕な姿で、羨ましい限りですよ。



「芋虫の移動方法みたいに、体を上下にくねらせ。 蛇みてぇな体にくっついた後ろ足を、前足の側に寄せる。んで、前足がくっついた体をぐぅんっ!! と斜め上に伸ばしてぇ、着地。赤ちゃんの御手手並みの小さな手で再び屋根を掴んで……。同じ動作の繰り返しねぇ」



 一々報告しなくても結構です。


 集中力を切らしたら直ぐにでも落下してしまいそうですからね。



「この姿では地上での移動に支障をきたします。ですから、皆様の迷惑にならぬ様に敢えて人間の姿のままでした」



「ほぉん。ボケナスには見せた??」


「えぇ、見せましたよ??」



 確か一番最初は……。あぁ、そうでした。


 彼が森の中で温かい雨を浴びている時に……。


 ふふ、懐かしいです。



 その姿を思い出して気を抜いたのが不味かった。



「んっ!?」



 前足で屋根を掴み損ね態勢を崩した体は、傾斜の付いた屋根をゆっくりとした速度で滑り落ち始めてしまった。



「わ、わわっ!!」



 お、落ちちゃう!!



「全く……。子供の世話は大変ですわねぇ……」



 アオイが再び糸を絡め、私の体を引き上げてくれた。


 はぁ、間一髪でしたね。



「有難うございます。所で、今。子供と言いました??」


「気の所為でございましょう」



 二本の前足をワチャワチャと動かすその姿……。


 よく見かけますけど。


 人を小馬鹿にした時に見せる姿ですよね??



「此処で無駄話をしていても、距離が縮まる訳ではありません。さっ!! 行きますよ!!」



 私に付いて来て下さい!!


 そう言わんばかりに四苦八苦しながら進み出すのですが。



「お先――」



 速攻でマイに抜かされ。



「横、通りますわね――」



 アオイにもたった数秒で抜かされてしまった。


 全く……。


 ここが海の中なら誰にも負けない自信があるのに。不憫過ぎますよ。



「カエデ、蛇みたいにウネウネしながら移動出来ないの??」



 少し前。


 宙に浮きながら此方に振り返りつつマイが問う。



「水中では可能ですが、地上では不可能です」


「蛙みたいにピョンピョン跳ねる事は??」


「出来ますけど、屋根から落下してしまいます」





「にっぶ!!!! 冬眠から目を覚ましたばかりの蛙でも、もっと機敏に動くわよ!?」


「…………」



 今、ここで魔法を使用したら彼に私達の存在を知られてしまう恐れがありますので使用しません。


 ですが……。物理攻撃であれば確知される心配はありませんよね??




「はぁ――。お荷物を待つこの心情……。誰か分かってくれねぇかなぁ??」



 私に背を向け、パタパタと浮かぶ龍の尻尾に向かいぴょんと跳ね。



「ユウが此処に居るのならまだしも。蜘蛛に話し掛ける訳にはいかんし。どうしたものか……」



 私に大変な憤りを与える台詞を吐く彼女の尻尾を勢い良く、ハムッと噛んであげた。



「んぎゃぁああああ!! な、何すんのよ!!!!」


「このふぁふぁ飛んでふかって下さい」


「嚙みながら話すな!! 取れる!!!!」



 着脱可能なのですか?? この尻尾は。



「ちぃっ。まぁいいや。痛さに慣れて来たし。急いで飛ぶから、しっかり噛んでなさいよ??」


「ふぁいっ!!」



 咬筋力を最大限に生かし、硬い御煎餅を食む様に力強く噛んであげた。



「もっと抑えろ!! 血が出る!!」



 もう出ています。


 あの味が舌の上にぶわっと広がっていますので。



「おっしゃ!! 行くわよ!!」



 彼女が気合を注入する掛け声を放ち、背から生える翼を羽ばたかせると徐々に私達が空へと昇っていく。



 眼下に映る多くの家屋から漏れる営みの明かりがそれはもう綺麗で。


 大口を開けて眺める訳にはいきませんので、忙しなく視線を動かしながら巨大な街の光景を堪能していた。



 風光明媚な光景では無く、こうした文明の香りが漂う光景も偶には乙な物ですよね。




「ちょ、ちょっと!! 私を置いて行くつもりなのですか!?」



 もう随分と小さくなった屋根の上。


 そこから憤りを籠めたアオイの声が放たれた。



「はっは――!! あばよう!! きしょい蜘蛛め!!」



 マイが翼に力を籠め、前方に見えて来た大きな屋敷へ向かい飛翔するのと同時。



「そうはさせますか!!」



 彼女が放った糸が私の体に絡みついてしまった。



「んぎゃぃぃいい!! てんめぇえええ!! 降りろ!! 尻尾が千切れるだろうがぁ!!」



「これが空を飛ぶ感覚ですか。ふぅむ……。中々に爽快な光景で御座いますわねぇ」



「あふぉい、降りふぇ。マイの尻尾がふぇれちゃう」



 そして、私の顎も外れちゃいます。



 マイと違って岩をも砕く咬筋力と、鋭い牙を備えている訳ではありませんので。



「構いませんわ。卑しい龍の尻尾の一本や二本」


「あぁっそう!! じゃあ、てめぇだけを落としてやるよ!!」



 何を考えたのか。


 雲一つ浮かんでいない煌びやかな星が瞬く大空へと向かい、急上昇。



「おらぁっ!!」


「止めて!! 顎がふぁずれちゃう!!」



 肌寒さを感じてしまう高度の上空からクルンと方向転換して、一気苛烈に地上へと下降を始めた。



「ふぅむ……。曲芸飛行です、か。陳腐な芸ですわねぇ」



「こ、このっ!! 私の飛行速度を嘗めるんじゃないわよ!?」



 本当にお願い!! 止めて!!


 顎がもう限界なのです!!



 私に接続する蜘蛛の糸を振り払おうとする常軌を逸した速度での上下左右、乱降下の飛翔。



 目まぐるしく変わる風景、そして横着な龍の急上昇の最中に私の顎がついに音を上げてしまった。



「あっ…………」



 ま、不味い!!


 落ちちゃう!!



 上昇する力と、重力に引かれる力の均衡が崩れ。


 ピタっと、宙で止まった体が地上へと向かって落下し始めた。



「きゃ、きゃあああ!!」



 な、何!? この高さ!!


 このまま落下したら絶対怪我しちゃう!!



 魔法を使用する訳にもいかないし、どうすれば!?



「――――――――。よぉ、お困り??」


「マイ!! 何とかして!!」



 此方の落下速度と並走し、私の隣でにやっと笑う。


 呆れた速さは理解出来ましたから何んとかして下さいっ!!



「ど――しよっかな――。カエデはいつも私を虐めてくるしぃ??」



 のんびりと頭の後ろに手を組み、いつもと変わらぬ口調でそう話し。



「虐めてはいません!! 至極当然の事を話しているまでです!!」


「ほぉぉん?? 当然、ねぇ……。あ、ささくれみっけ。ふっ」



 遂には鋭い龍の爪の手入れをする始末。



「わ、分かりましたから!! は、早く何んとかして下さいよ!!!!」



 地上がもう直ぐそこに……!!



「おっしゃ。言質取ったからね??」



 ニヤっと笑みを浮かべ、私よりも速く地上へと向かい。



「おおしゃぁあいっ!!!!」


「きゃあっ!!!!」



 大胆且、豪快に御姫様抱っこの姿勢で受け止めて頂きました。



「どよ??」



 にぃっと口角を上げて私を見下ろす。



「はぁ……。はぁ……。私が男でしたのなら今ので堕ちましたね」


「最高で最強。超絶カッコいいからねぇ、龍は」


「きゃっ」



 私の体を地面にポイっと投げ捨て。



「むっ!? ボケナスの気配がすんぞ!!」



 柔らかい明かりが漏れている窓枠へと向かって飛んで行ってしまった。



「全く……。もう少し、優しく下ろして下さいよね」



 ぶつくさと文句を言い、地面の上を這い始めると。



「――――――――。その通りですわ」



 音も立てずに漆黒の複眼が目の前に降って来た。



「きゃあああ!!!!」



 目の前に突如として黒き蜘蛛が降りて来たら誰だって悲鳴を上げますよね?? しかも、恐ろしい毒を持った様な風貌の蜘蛛でしたら尚更です。


 私も例に漏れず、女性らしい悲鳴を上げてしまった。



「大声を出すと気付かれてしまいますよ??」


「アオイの所為です!! 驚かさないで!!」



 チクチクした毛が生えた胴体を前足でピシャリと叩いてやる。



「んっ。丁度良い力加減ですわね」


「アオイはどうやって落下から逃れたの??」



 カサカサと、八つの足を器用に動かしながら屋敷の敷地内に生え揃う芝生の上を進む彼女の後に続きながら問う。



「屋敷と塀、その間に糸を張り。糸の張力を生かして、落下速度を相殺しましたわ」



 あんな一瞬でそんな事出来るんだ。


 いつもはレイドに要らぬちょっかいを出している彼女ですが……。


 実は物凄い実力者なのですよね。



「あ、はぁん。レイド様の香りがビンビン近付いて来ますわぁ」



 これが無ければもっとカッコイイのに。


 本当、台無しですよ。



 カサカサ、サカサカと。


 聞く人によっては大変な嫌悪感を与えるアオイの足取りに続いて行くと。



『居たわよ!! ココ!! この部屋!!』



 マイが小声で一つの大きな窓を指差していた。



『聞こえてしまいますから、もう少し静かな声色でお願いします』


『わりぃわりぃ』



 絶対そんな風に考えていませんよね??


 と、問いたくなる声色を上げ。



 地上から数メートル程高い位置に嵌められている窓の淵にクイっと顎を上げて見つめる。



 これ位なら私でも届くかな??



 柔らかい炎の明かりが漏れている窓枠へと向かって後ろ足の筋力を頼りにぴょんと飛びつく。



 ふぅ、届きましたね。



 どれ。


 彼はどんな姿をしているのかな??



 息を顰め、密かに中の様子を窺うと。



『…………』



 あっ、居た。



 恐らく、彼女がイル教の最高指導者であろう事を静かに漂わせる彼女に向かい。何やら怖い顔で話していた。



「レイド様が顔を顰めておられますわねぇ……」



 美しく、汚れの一つも見当たらない窓硝子の上部。


 壁に糸を張り付け、頭と腹部が反対の状態になって中を覗くアオイが話す。



「きっと互いの意見をぶつけあっているのですよ。ほら、彼女が何かを話すとレイドが顔を顰めますので」



 自分の事を揶揄されると、辟易した顔を見せるものの。彼は真の怒りを露わにした事は無い。


 つまり、彼があの様な顔を浮かべているのは相当に怒りを覚えている証拠なのです。



 彼女が彼にどんな内容を話したのか。


 又、彼が返した答えが多大に気になりますね。



 もうちょっと……。


 ハッキリとした角度で見てみよう。


 窓枠に引っ掛けた前足の爪で体を引っ張り上げ、石造りの壁側から少しだけ出っ張った窓枠に体を乗せ。


 四角形の角の脇に隠れつつ、カーテンの端から映る中の様子を窺った。





『黒は光りを求め、妬み、羨む。それらを救うのが光の務めなのです』


『――――。その光こそがシエルさんだと??』


『いいえ、違います。光は……。信じる事です』


『信じて救われた事等、自分は一度もありませんよ。――――。所詮この世は力を持った者だけが生き残るのですよ』



 怖い顔だな。


 レイドが怒りを露わにしているのは初めて見るかも。


 それだけ彼が負った傷は深いのでしょう。




『でしたら救ってみせて下さいよ。シエルさんの信仰心でこの大陸を』




 成程。


 道理で……。



 彼が顰め面をしている理由が何となく理解出来ましたね。



 彼は……。そう、余りにも現実主義的なのだ。



 人は時に何かに縋る必要がある程精神、つまり心が疲弊し荒んだ状態が訪れる時もある。


 そんな時。


 目の前に縋る光を与えてくれる人物が現れたらどうするでしょうか??


 答えは簡単です。


 その者に縋ればいいのだから。



 人は等しく弱い生き物です。


 弱さは弱点でもあり、長所でもある。


 何故、長所だと言い切れるのか?? 


 簡単ですよ。自分の弱さを知る事が出来るのだから。



 弱さを知れば、己がどうすべきかは明瞭に理解出来る。これが弱さの長所。




 異形の存在が跋扈ばっこする今日。



 弱き者が信仰心に縋るのも一つの選択肢ですよ。そうでもしなければ、弱き己の心を守れないのだから……。




 彼はそこが理解出来ていない。




 幼少期に受けた痛みにより力の無い彼は目に見えぬ存在に縋った。しかし、目の前に訪れたのは不変。


 何も変わらない現実に彼は信仰の存在を否定し、目に見えぬ存在に対して縋るのを止めた


 心の救済はそこに無いと知ってしまったから。


 己を鍛える事、若しくは超現実的な考えによって彼は縋る事無く成長を遂げる事が出来ました。


 しかし、人は誰しもがあなたの様に強い訳では無いのですよ??


 弱き者に対し、彼女が話した光を与える事は現実に即しています。


 そう、それは。




 辛く過酷な現実の中で生きる活力を与える事になるのですから。




「あぁ、レイド様……。何んと、悲し気な顔を浮かべているのですか……。私が彼の痛みを和らげて差し上げたいですわ」



 悲しい顔なのはきっと、自分が知ってしまった辛さを他の人に経験させたくないからだろう。


 優しい彼の事ですからね。



「ふんっ。私はアイツの考えに賛成ね。インチキ紛いの宗教を信じたって、自分の命が救われる訳ないじゃない」



「――――――――。誰しもが強い訳ではありません。弱き心を持つ者は、強い光に誘われ。そこから差し伸べられた手を握るのも理解出来ます。しかし……。マイやレイドの意見も一理あります。信仰心だけで世の中平和になる訳では無いのですから」



 問題の着眼点はそこだ。


 例え、心が救われようとも現実は不変なのですから。




「祈る間があれば剣を取り、教えを咀嚼する時間があれば矢を穿て。現実から目を背けるのでは無く、現実を直視しろ。レイド様はきっとそう仰りたいのですわ」


「分からないでも無いですけど……。誰しもが敵を打ち倒す英雄になれる訳ではないのです。英雄の出現を待つのも致し方……」



 ん??


 英雄の出現を待つ??



 何だろう。


 自分の言葉に何か違和感を覚えてしまった。



「どうしたのよ、カエデ」


「あ、いえ。例えば……。その英雄がですよ?? シエル皇聖だとしたら。今し方、私が申した意見も矛盾しないなと考えに至りましたので」



 そうですよ。


 彼女がこの世を救う英雄になれば、それこそ真の光となって人々の心を救う事が出来るじゃないですか。



「おいおい。じゃあ、あの黒髪の姉ちゃんがこの世の救世主となるつもりなの??」


「あくまでも可能性の話です。蓋然性が無いとは言い切れませんが……。私の考えは恐らく、彼女も抱いている筈です」



 でも、例えオークと魔女を殲滅したとしても。それは彼等パルチザンの功績になりますよね??


 信仰心だけで敵を倒したと声高らかに喚くのは只の道化ですので。



 権力の中枢に身を置き、各方面に対し圧力を掛ける。


 そして、自分の思い描いた軌跡を確固たる物へと構築。敵亡き平和な世が訪れたのならば、世界を救ったのは信じる心だと教えを説く。



 では、その信仰心足る目的は何でしょう??


 シエル皇聖を光そのものとして崇める対象とするのか。或いは目に見えぬ超越した存在を信じる心が光なのか。


 その点に付いて。彼と合流を果たしたのなら問うてみましょう。



 これ以上は机上の空論になりますのでね。



 ふぅっと大きく息を吐き、これ以上の進展が見られそうにないので撤退を提案しようとすると。





























「わぁぁぁぁ…………。御馳走だぁ……」



 マイが大変宜しく無い声色と顔色を浮かべてしまった。


 煌びやかに瞳を輝かせ、溢れ出る唾液を必死に抑え付ける様に口をンッ!! と閉じるも。彼女の常軌を逸した食欲の前でそれは無意味に等しい。



 堅牢に閉じられていた口は。



「わっわっ!! お肉ちゃん!!」



 万人が柔和な笑みを浮かべるであろう一枚肉の登場によって破壊し尽くされ。



「はぁぁぁぁ…………。可愛い可愛い真ん丸パンちゃんだぁ……」



 女性の丸みを想像させるパンが彼女の分泌腺の栓を開き、笑える量の唾液が滴り始めてしまった。



「マイ、帰りますよ」



 これ以上、此処に居ては彼に発見されてしまう虞があります。


 ある程度。


 彼と彼女が話し合った内容は理解出来ましたのでもう此処には用はありません。



 そう話し、帰りを促すのだが。



「この上スープまで……。あんにゃろうめぇ……。私が居ないからって好き勝手に美味いもん食べやがってぇぇぇぇ」



 恍惚の表情から一転。


 肩をプルプルと震わせ、何処にもぶつけようの無い怒りを滲ませた拳をぎゅっと握り。


 今にも室内へと突撃する構えを見せてしまった。



「マイ、駄目です。帰りますよ!!」



 お願いですからそれ以上窓枠内に入り込まないで下さい!! 発見されてしまいます!!



「嫌よ!! 窓硝子ブチ破って、御馳走を食べるんだから!!」



 彼女の尻尾を食み、行く手を阻むのですが……。


 情けない事に私の膂力、並びに咬筋力では彼女の食欲に対抗する事は敵わず。


 徐々に明かりの内へと引きずられて行ってしまった。



「目的を履き違えています!! アオイ!! 何んとか……」



 彼女へ助力を請うたのだが……。



「はぁっ……。レイド様っ……。うふふ。お子様みたいに喜ばれて……」



 あ、駄目だ。


 全く聞く耳を持っていませんね。



 漆黒の複眼で室内を捉え、彼の陽性な笑みを漆黒の複眼で捉えると気色……。


 コホン。


 前の二本脚で独特な動きで見せ始めてしまった。



「待ってなさいよ?? 私の御飯ちゃん!! 今、助けてあげるからぁ!!」


「意味が分かりません!! あの御飯はレイド達が今から食すのですよ!!」


「アイツの飯は私の飯なのよ!! だってズルイもん!! アイツだけが御馳走食べるなんてぇ!!!!」



 マイが必死に前へ進もうと画策し、私は自分の歯が折れても構わない勢いで彼女の尻尾を食んで対抗するものの……。



「放せぇえええ!! 肉が無くなっちゃうのっ!!」



 マイが尻尾を一つブンっと振るうと。



「きゃああっ!!」



 情けない牙が尻尾から外れてしまい、勢いを保ったまま彼女は窓硝子の上部付近へとへばりついてしまった。



「あ、あぁっ!! パンが!! スープがぁ!! あ、あの野郎……」



 もういいや。


 貴女だけ発見されて下さい。


 私達の言い訳はどうとでもなります……。



「アオイ、行こう??」



 窓枠の出っ張り部分からぴょんっと地面に降り、ずぅっと上の壁を見上げてそう話すのだが。



「も、もう少しだけ……。レイド様の御姿をこの複眼に焼き写すまで暫くお待ち下さいまし」



「に、肉がぁあ!! 無くなっちゃったぁああああ!! グルルルルルルルゥゥゥ!!!!!!」



 食べ終えちゃったのかな??


 丁度良い機会じゃないですか。疲れが溜まった体に栄養は必要不可欠ですからね。



「もう行きますからね!!」



 最後の最後。


 もうこれ以上はここに留まっていられないと考えた私はそう叫び、遠く見える鉄製の柵へと移動を開始した。



「やっべぇ!! 目が合った!!」


「こ、この愚か者!! さっさとそこから移動しなさい!!」



 そりゃあ、窓に変な生き物がへばり付いて居たら気付かれちゃいますよ。



「ぐぇっ!! てめぇ!! 気持ち悪い糸を吹きかけてくんな!!」


「其方こそ、吐き気を催す液体を放出するのは止めて頂けませんか?? 見るだけでも寒気がしますので……」


「こ、このっ!!」



 巨大な屋敷の屋上へと移動を開始した一匹の蜘蛛を深紅の龍が追跡。


 随分高い位置から何やら矮小な互いを罵る声が降って来ますが……。今の私ではどうにもする事が出来ませんので放置します。



 それに。



「んっしょ。よいしょっと……」



 地上での移動が億劫なのですよ。


 さっきから全然進まないし……。



「カエデ!! お先ぃ!!」



 一暴れして満足したのか。


 マイが地上スレスレを飛翔する燕の軌跡で柵の向こう側へと移動を果たせば。



「先に行きますわねぇ」



 アオイが八つの足を器用に動かし、ぷっくりと膨らんだお腹を左右に揺らしつつ芝生の上を素早く移動する。



 この両者。


 私に見せつけていますよね?? こんな事も出来ないのかと。


 別に構いませんよ、地上ではね。


 いつか……。水の中、若しくは海の中で移動せねばならない状況に追い込まれた時。必ず見返してやるのですから。



 ぎゅぅぅっと奥歯を噛み締め。



 漸く辿り着いた背の高い鉄の柵の隙間に体を捻じ込むも。


 空間認識の甘さからか、それとも己が成長した所為なのか。隙間から脱出する事は叶わず。



 ここまで積もった苛立ちを霧散させるかの様に鉄を一つ叩いてやった。



 本当、皆さん自分勝手なんですから!!


 少しは私を労う仕草を取って下さいよ!!



「うふふ。カエデ、行きますわよ??」


「結構です!! 一人で移動出来ますか……。きゃあっ!?」



 既に柵を乗り越え人の状態に変身したアオイが放った、大変粘度の高いネチャネチャとした糸が体全体を包み込み。


 自分では身動き一つ取れない繭の状態となり、本日二回目の自由落下を享受する羽目となってしまったのだった。


最後まで御覧頂き、有難う御座いました!!

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