第九十六話 唐突なお知らせ
皆様、お久しぶりです。
久々の投稿になりますので少々張り切ってしまい、長文となってしまいました。予めご了承下さいませ。
頭の中に残る大馬鹿野郎の残影が笑いという名の陽性な感情を大いに刺激してしまい、笑うという行為を生じさせる現象が無いのにも関わらず口角がきゅぅっと柔らかく上向いてしまう。
被害者であるラゴスには悪いけど、上ならまだしも下の門に突き刺さった木剣によって大きく仰け反る姿を思い出すと笑わずにはいられねぇよ。
あれだけ大きく口を開いて大笑いしたのはこっちの大陸に来て初めての事かも知れないな。いつも隣に居る白頭鷲ちゃんは人に笑いを提供するという質ではありませんので中々大笑いする機会が訪れないのがちょいと玉に瑕だ。
だがまぁっ、楽しく無い訳ではない。
食べ過ぎて俺に叱られて凹んだ姿も可愛いし、女の子達にキャアキャア言われながら囲まれて四苦八苦している姿もまた愛苦しい。
それを眺めつつ更に場を盛り上げるのは俺の役割で沸騰し過ぎた場を鎮めるのはアイツの役目。
要は適材適所って奴さ。
だが欲を言うのならばもう少し人が増えたらもっと楽しくなると思うんだよねぇ……。しかし、我が家の家計は腹ペコ白頭鷲ちゃんの所為で火の海ですのでこれ以上所帯が増えるのはもう少し後の方がいいのかな??
食い扶ちが増えてしまい四苦八苦しながら依頼に勤しむ己の姿を思い浮かべつつ、笑いの余韻が残り微かに揺れ続ける腹筋を必死に御して本日も大変美味しそうな香りを放つ夕食が乗せられた盆を慎重に運ぶ。
石作りの通路の壁に設置された燭台から放たれる橙の明かりが時価銀貨数枚は下らないであろう夕食を照らすと我儘なお腹ちゃんがそれを食べなさいと頭に逆に命令を送ってしまう。
その逆指令に従ってちょいと早めの夜食と興じたい所だが、王族用に作られた料理をド庶民が食らい尽くしたら一体どうなるのか??
流石に首を刎ねるまではいかないだろうが禁固数か月は確実。
相棒と共に冒険を続ける為にもここは我慢の一択ですよっと。
「よぉ――、ダン。今日もお勤めご苦労さん」
「う――っす。そっちもお疲れ様」
生物の欲求の一つである食欲を必死に御しつつ螺旋階段を上がり二階に到達すると歩哨の任務に就いている隊員から声を掛けられたので軽く返事を返してそのまま三階へ。
「ん?? おぉ、やっと来たか」
「ちょっと色々あって遅れちまった」
王女様の部屋の近くで警護の任に当たっていた彼に軽い笑みを送ると大変美しい木目の扉を優しく三度叩いた。
「王女様、大変お待たせしました。本日の夕食で御座います」
夕食の提供の時間が遅れちゃったし、起きているかしら??
「――――。どうぞ、お入り下さい」
「あ、はい。失礼します」
俺の予想とは裏腹にかなり元気な返事が扉越しに届いたので、その声に従い呪われし姫君の御部屋へとお邪魔させて頂いた。
窓から微かに吹き込む風がベッドの天蓋から垂れているベールをさぁっと揺らし、その柔らかい動きが笑いの余韻が残る心の波を落ち着かせてくれる。
怪しい月の光が室内を淡く照らしてベールの向こう側に居る人物を微かに照らす。
本日もレシーヌ王女はベッドの上で頭からシーツを被りまるでそこに居るのが当たり前かの様に静かに佇み此方を窺っていた。
ふぅむ、本日もお変わりない御様子ですね。
強いて違う点があるとすればいつもより少しだけ大きく開かれた窓、かな。
「お食事をお持ち致しました。いつも通り机の上で宜しいですか??」
「あ、はい。宜しくお願いします」
畏まりましたよっと。
澄んだ声色に従い本日の御夕食を机の上に置くと。
「朝食は全て召し上がってくれたのですね」
空っぽになった食器を捉え心に明るい光が生まれた。
「ダンが仰った通り、いざという時ベッドの上から動けなければ意味が無いですから」
「丹精込めて作ってくれた料理人達もこの空の食器を見れば心が晴れますよ。さて……、心待ちにしているかと思いますので早速本日得た獲れ立て新鮮の情報を御話させて頂きましょう」
散歩を待ちきれない子犬の様に大きな尻尾をブンブンと左右に振る彼女を正面に捉えて話す。
「は、はい!! 宜しくお願いします!!」
「本日、相棒と共に西の森へと出立して聖樹から得た情報によりますと……」
彼女に掛けられた呪いの正体である認識阻害、その効果と解除方法について一から丁寧に話して行く。
その話の途中で彼女の尻尾の揺れ幅が徐々に収まり、最終的にはいつも通りシーツの中にキチンと収まってしまった。
「――――。つまり、認識阻害を解く為には彼女の所在を知る必要があるという訳ですね??」
「仰る通りです。現状は何もする事が出来ませんのでこの大陸の何処かに居るティスロさんを探すのが最優先事項かと思われます」
「そう、ですか……」
あ、あらら……。分かり易く凹んでしまいましたね。
そりゃそうだ。朗報が舞い込んで来るかと思いきや知らされたのは何も出来ないという非情な現実なんだし。
「の、呪いの正体及び解除方法が分かりましたのでそれは大きな前進に繋がるかと思われますよ!?」
沈んだ彼女の心を少しでも浮上させる為、敢えて大袈裟に明るく努めて話すと。
「うん、そうですよね。何事も前向きに考えないといけませんよね」
俺の気持ちを汲んでくれた彼女も心の中に渦巻く負の感情を押し殺して明るく努めてくれた。
肝心要の犯人が見つからない以上、俺達は何もしてあげられないし。誰しもがその事に付いて歯痒い気持ちを抱いているだろうさ……。
明るい未来が見えて来ない暗い道の上に居る彼女にこれ以上の言葉掛けは無意味だと判断した俺は特に何を言う訳でも無く窓の外の空に浮かぶ月明かりに照らされた浮き雲を眺めていた。
少し前まで夜の闇に不釣り合いな明るい感情が漂っていた室内は酷く暗い雰囲気に包まれ、二人の間に少しだけ重い空気が漂い始める。
そしてこの暗い雰囲気を嫌がったのか、これを払拭しようとしてレシーヌ王女が普段通りの声色を放った。
「さ、先程兵舎辺りから物凄い笑い声が聞こえたんですけど……。一体何があったのですか??」
おっと、大蜥蜴ちゃん達の大笑いはここまで届いてしまったのか。
「えっと、レシーヌ王女様は知る必要が無い……。いいえ、知ってはいけない情報が多々含まれていますので私の口から説明するのは少々憚れますかと……」
一国の王女様に。
『王都守備隊の面々が鼻息荒くして成人向けの本を鑑賞していました』
なんて言える訳ないだろう。
「ふぅん、そういう態度を取る訳ですか。良いでしょう。それなら此方にも考えがありますっ」
彼女がそう話すと部屋の中の空気を胸一杯に大きく取り込む所作を取ってしまった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!! 俺……、私が説明しますのでどうか叫ぶのだけは許して貰えません!?」
国王様と王妃様の間に出来た大切な一人娘を傷物にしたのなら俺の体はたぁくさんに切り分けられ、数十日の間死体は見せしめとして王都に晒され、その後に地面の養分と化してしまう。
「では何故彼等が、月が驚いてしまう程の大笑いを放ったのか。その理由を説明しなさい」
「その件に関して説明するのは容易ですが……。この話は私とレシーヌ王女様の秘密にして下さいね??」
「勿論です!! さ、時間は沢山ありますので詳細に説明しなさいっ」
はいはい、言えばいいんでしょ?? 言えば……。
行政権の頂上に立つ者からの命令に逆らう事は叶わないので、数十分前に起こったあの乱痴気騒ぎについての詳細の説明を開始した。
「――――。そして、ラゴス隊員が机の上に乗り大袈裟にその姿を模写すると。その姿が気に食わなかったトニア副隊長が彼の下の門に向けて木剣を勢い良く突き刺してしまったのです。切っ先は勢い良く堅牢な門を突破、彼はその衝撃を受けて物凄い勢いで海老反りの姿勢へと移行して我々はその姿を捉えて王宮内に不釣り合いな大笑いを放ってしまったのですよ……」
俺がヤレヤレといった感じで溜息混じりにそう話すと。
「ふっ……。あはは!! そ、そんな事があったのですね!!」
レシーヌ王女が年相応の警戒な笑いを放ち、その笑い声と同調する形で頭からすっぽりと被っているシーツが上下に揺れ動いてしまった。
「こ、高貴な血筋な彼等にもそんな一面があったなんて驚きです」
「彼等は普段からそういった欲を無理矢理抑え付けられてこの王宮内で生活していますからねぇ。表の顔は王都守備隊に相応しいモノですが、裏の顔はその辺に居る男共と何ら変わりないのです」
仲の良い友人と遊ぶ時、仕事で汗を流す時、家族と過ごす時等々。
それは血筋や地位に関係無く誰しもがその状況に合わせた顔を持っている。
高貴なる血筋を承継する彼等も例外では無く、仮面の下は気の良い野郎共なのさ。
「例えそうだとしても……。ふふっ、それを我慢するのが王都守備隊の規律じゃないですかね」
「トニア副長の常軌を逸した圧、そしてラゴス隊員のお茶らけた口調。絶対に笑ってはいけない状況下で朗読された文章は、それはもう人の感情を大いに刺激してしまいましたのでね。あれで笑わない奴が居たら見てみたいですよ」
「そ、そうなんですか。はぁ――……、こんなに笑ったのは本当に久し振り。笑い過ぎて腹筋が取れてしまいそうですよ」
沢山の笑い涙が零れて来たのか、シーツの中で涙を拭う所作を見せた後にお腹付近を優しく擦る。
「明るい話題を提供出来て光栄です。さて……、御夕食と共に先日の冒険の続きは如何でしょうか??」
ちょいと格好つけた台詞を吐くと机の上に置いてあった盆をベッドの端に乗せてあげる。
「是非ともお願いしますっ」
「畏まりました。えぇっと……。先日はどこまで話しましたっけ??」
「ハンナ隊員の生まれ故郷の戦士達と五つ首の死闘までです」
あぁ、そうでしたね。
「畏まりました。これから話す内容は少々刺激が強いですか構いません??」
「勿論です。こう見えて私はかなり強気なんですよ??」
シーツの中でムンっと力瘤を作って此方に見せてくれる。
あはは、本当かなぁ?? 五つ首に討たれたラーキーとバケッドの話を聞いてもその強気が維持されるかどうか。
「コホン、では…。五つ首の強さは正に常軌を逸しており、彼等は死力を尽くしましたが……」
彼等の死闘並びに惨敗する様を説明してあげると数分前まで強がっていた雰囲気があっと言う間に霧散。
今はまるで怪談話を聞く様な女児みたいな雰囲気を醸し出していますね。
その姿を捉えた俺は嗜虐信が多大に刺激されてしまい、彼等の死に際を敢えて大袈裟に説明してやった。
すると……。
「な、何んと恐ろしい生物なんでしょう……」
彼女は俺の期待通り鉄よりも硬い生唾をゴックンと飲み込んでくれた。
「そうですよね。私もレシーヌ王女と同じ感情を抱きましたから。二名の尊い命を失った私達は満身創痍の状態で里に一時帰還。それから五つ首を討伐する作戦を練り始めるのですが……。それがまぁ難航を極めまして」
「魔法や物理攻撃がほぼ意味を成さない相手ですものね」
「仰る通りです。戦士長であるセフォーさんは負傷して戦闘に参加出来ず、我々三名で東から迫り来る五つ首に対処せざるを得ない状況に追い込まれてしまいました。ハンナの家で寝る間も惜しんで討伐作戦の推考を繰り返し……」
静かな部屋の響く俺の声がレシーヌ王女の御耳に届くと、彼女は素直な反応を見せてくれる。その反応を捉えるともっと恐ろしく話してあげようか、更に大袈裟に話してあげようか等々。
良い意味での嗜虐心を刺激されてしまい当事者であるハンナが此処に居ない事を良い事にちょいと加筆しながら冒険の一場面を伝えてあげた。
月が空に浮かび地上を照らし、夜風が空を舞い、清らかな空気が大地に漂う。
真昼の過酷な暑さとは無縁の好環境の中で続けられるある一人の男の冒険譚は一人の女性の心を大いに刺激してしまい夜が進み、月が欠伸を放ち嫋やかな指先でそっと涙を拭う時間まで続けられた。
◇
この広い世界にはそれはもう大勢の意思と感情を持った生物が存在しており、その数だけ人生がある。
人の数だけ物語があるとするのならば世の中には一体どれだけの数の物語が存在するのだろうか?? もしもそれを指で数え、頭で数えていくのならば恐らく途方も無い時間を有するので余りにも現実的では無い。
本屋に立ち寄り自分が最も気に入った物語の本を手に取る様に、身近な人の物語を聞くのが恐らく現実に即した解なのだろう。
人がこれまで歩んで来た人生とは他者から見れば空想の世界の物語の様に映り、他者の物語を羨むのか将又妬むのかは今この時までに積み上げて来た人生観や価値観によって変わる。
普遍的な人生を歩んで来た者にとって危険な冒険は魅力的に映り、綱渡り的な人生を歩んで来た馬鹿野郎に普遍的な人生は質素に映る。
要は馬鹿げた数の経験を積んで死を厭わない危険な冒険をすれば、普遍的な人生を送って来た者から見ればその物語は華々しく映り羨望の的となる訳だ。
それ以外にも異なる立場からそれぞれの物語を見つめれば華々しく映る場合もある。
一般庶民と王族。
二つの極端な位置からそれぞれの物語を見つめれば、それはもう数奇な物語に見える事だろう。
クタクタに草臥れた白菜を利用した鍋で腹を満たし、まるで石を食んでいる様な感覚に囚われてしまう乾燥したパンを懸命に噛み千切り、綿の少ない布団で寒さを凌ぐ。
一般庶民にとって普遍的な行為は王族の者にとって珍妙な出来事に見えてしまう。それは逆もまた然り。
これまで培ってきた経験の多さ、そして異なる立場から見る物語は後世に残る空想上の物語をも凌駕する。
ベッドの上で数分前まで寝る間を惜しんで懸命に聞き手を務めていた彼女の姿がそれを証明していた。
「そこで俺達は……、っと。眠っちゃったか」
「すぅっ……」
窓から差し込む怪しい青き月光を浴び、微風によって微かに揺れ動くベールの向こう側に居る女性が本当に柔らかな寝息を立てて眠っている姿を捉えると周囲の静けさを破壊せぬ様静かに吐息を漏らした。
「ふぅ――。これにて本日のお勤めは終了っと」
乾いた大地さえも憐みの視線を向けるであろうカサカサに乾燥した唇を舌で乾かし、体に蓄積された少しの疲れを誤魔化す様に背伸びをすると窓の外へ視線を向ける。
おぉ――……。今日の月は一段と真ん丸だな。
もしもあの月を灰色狼が捉えたのなら、断崖絶壁に堂々と立って猛々しい雄叫びを放つ事だろう。
怪しい雰囲気が漂い始めるが、この雰囲気に流されてレシーヌ王女様のベッドにお邪魔させて頂いたら間違いなく俺の人生はお終いなので本日はお暇させて頂きましょう。
と、言いますか。大蜥蜴の姿では俺の我儘だけど素直な性欲ちゃんは発奮しませんのであしからずっと。
やっぱりモチモチスベスベの柔肌とか、思わず触れてしまいそうになる丸みを帯びた双丘とかじゃないとねぇ……。
「レシーヌ王女様、ごゆるりとお休み下さいませ」
「んっ……」
ベッドの上からちょいとはみ出している尻尾ちゃんに別れを告げて部屋を後にした。
「ングブゥ……」
本日も平和で何より。
「お疲れさん。もう少し静かに眠ったらどうだい??」
清らかな寝息を立てて眠る王女様とは真逆。
静謐な環境を大いにぶち壊してしまう鼾を掻いて己の役目を放棄している鉄の鎧の胸元をトンっと叩き、螺旋階段を少々重たい足取りで下りて行く。
今の鼾の耳障りな音が今日これから待ち構えている試練を強制的に思い出させてしまったのか。
数十秒前まで中々に心地良い空気が漂っていた心にビュゥっと冷たい風が吹いてしまう。
折角王女様の可愛い寝息を堪能して心が休まったってのに……。
これからあの心が荒んでしまう環境に飛び込んで行かなければならないと思うと気が重くなるよなぁ。
王都守備隊の連中は皆気が良いし、新参者である俺達にも良くしてくれる。ただアノ一点だけが残念で仕方がありません。
「むぅっ……」
二階の出入口付近で歩哨の任に就いている者のうたた寝を邪魔せぬ様、慎重な足取りで階段を下りて一階に到達。
まるで誰も居ないかの様に静まり返った廊下を進み、その足で美しい星々が広がる夜空の下へと出た。
「うむっ、今日も中々の星空だな!!」
夜の帳が広がる大地から数え切れない星達の眩い笑みを見上げると幾分か気分が楽になる。
沈んだ心のままで騒音が蔓延る部屋に足を踏み入れたのなら恐らく漆黒の殺意が湧いて気持ち良さそうに眠る大蜥蜴に狂気の刃を突き立ててしまう恐れがあるからね。
清らかな気持ちのままで入室すればその殺意も少しは抑えきれる……、筈。
まぁ俺が手を出すよりも先に血気盛んな相棒が誰かを亡き者にしてしまう可能性の方が高いか。
彼を牢獄に入れる訳にはいかないのでお目付け役である俺が自制心を保たないと。
「さぁって、眠れる様に頑張りましょうかね!!」
就寝前に絶対言わないであろう台詞を吐いて一つ背伸びをすると背後から扉が開く音が届いた。
こんな時間に誰だ??
その音につられて振り返ると。
「む?? こんな夜更けにどうした」
少々お疲れ気味な表情を浮かべているゼェイラさんが此方に向かって歩いて来た。
「お疲れ様です。先程までレシーヌ王女様の御相手を務めさせて頂いておりました」
「あぁ、それは御苦労だったな。王女様の様子はどうだった??」
丁度良いや、彼女の様子を話すついでにルクトから得た情報を伝えよう。
「王女様は自分がこれまで経験して来た話を興味深く静聴してくれていましたよ。それと呪いの正体と解除方法を入手出来ました。その情報によりますと……」
レシーヌ王女様の御様子と認識阻害並びにその解除方法を伝えると。
「何!? それは本当か!?」
先程までの疲れた表情が嘘の様に消失し、天変地異の様子を捉えたかの如く驚愕の表情を浮かべて俺の双肩を力強く掴んだ。
「ゼェイラさんは俺達がこれまでこなして来た依頼をリフォルサさんから聞かされていますよね??」
「あぁ、彼女から詳細は耳にしている」
俺の問いに一つ強く頷く。
それなら話は早いな。
「この情報を誰から入手したとは絶対に口外しないで下さいね。この世の誰よりも長生きしている聖樹から得た情報は恐らく確かなモノだと考えられます。しかし……、認識阻害を掛けた張本人が見つからない事にはどうにも出来ないのが現状ですよね」
「それはそうだが……、これで暗き道に一つの光が差し込んで来たのは確かだ。よくやってくれた。礼を言わせて貰うぞ」
ゼェイラさんが俺の双肩から手を離すと美しい姿勢でお辞儀をしてくれる。
「困っている人を助けるのが人の心情ですから。それにまだ認識阻害は解けていませんのでぬか喜びは出来ませんよ」
「目下の目標はティスロの捜索に絞られた訳だ。もう少し捜索範囲を広げるか……」
「因みに今はどの程度まで捜索をしているので??」
何やら考え込む姿勢を取る彼女に問う。
「彼女の生まれ故郷の街、その近辺。王都周囲の街は全て捜索済みだ。まだ捜索していない地域は南側だな」
「確かリーネン大陸の南方は乾いた砂が広がっているんですよね??」
「その通りだ。それに南方には我々の干渉を嫌う少数民族が居る。彼等の縄張りを悪戯に刺激するのは得策では……」
そこまで話すと彼女が何かを思い出したかの様な表情を浮かべた。
「明日の朝一番に説明しようかと思っていたが今からでもいいか。キマイラ討伐の出発日が決まったぞ」
「へ、へぇ。そうなんですか」
い、いよいよ死刑執行日が決まってしまったんですね。心の準備が必要なので、唐突に知らせるのは御勘弁願いたいのが本音さ。
「明後日の早朝、グレイオス、トニア。並びにダンとハンナの四名が南方のデザドの街へ向かって発つ」
初めて聞く街の名前だな。
「その街まで馬の足だとどれ位の日数が掛かりそうですかね」
「ちょっと待て。今地図を出す」
彼女が右肩から掛けている鞄から使い古された一枚の地図を取り出すと月明りを頼りに目的地を探す。
「――――。ここだ。王都からだと馬の足で凡そ十五日といった所か」
十五日……。
かなり離れた位置にある街までの移動の疲労を考えると相棒に乗せて行って貰った方がいいよな??
「かなり離れていますのでハンナに連れて行って貰いましょうか?? それなら移動に掛かる費用も疲労も軽減されますので」
「それは助かるな。明日にも彼に頼みに行くとしよう」
「俺からも頼んでおきますよ」
ただでさえ寝不足気味で気分が悪い中、いきなり三人の男女を乗せて飛べと言われたらあの常軌を逸した飛行をする恐れがありますのでね。
「何から何まで頼ってすまんな」
「いいんですよ。これも依頼の内ですから」
「ははっ、私はお前のそういう所を気に入っているぞ。ではハンナにそう伝えておいてくれ」
ゼェイラさんがそう話すとここの高官達が使用する寄宿舎へと向かって行く。
「あれ?? 今日は帰らないのですか??」
「こんな時間だ。今日はあそこで一泊するのさ」
家が何処にあるのか知らないけど、夜中の移動は疲れた体に堪えますからねぇ。
「そうですか、では自分もこれから大変五月蠅い寝室へと向かいますよ」
「私の静かな部屋に招いてやりたいが規則が五月蠅いからな。喧しい隊員達と共に眠ってくれ」
「え、えぇ。それではおやすみなさい」
「あぁ、失礼する」
その五月蠅い規則をブチ壊してお邪魔させて下さいと懇願しようとした卑しい気持ちをグっと堪え、双肩を落として兵舎へと向かって行った。
はぁ――……。
どうせなら雄臭い匂いと殺意が湧く騒音に囲まれて眠るんじゃなくて、心休まる静けさと女性の甘い香りが漂う部屋で眠りたいですよっと。
なだらかに下って行く坂をトボトボと歩いて行くと月明りに照らされた兵舎が見えて来る。
美しい月と夜空一杯に広がる星々の下には、それはもう素敵な静けさが漂うが……。兵舎に一歩また一歩近付く度にこの風光明媚な環境を容易くぶち壊してしまう騒音が鮮明になっていく。
あぁ、畜生。
今からあの騒音の中に突入しなきゃいけないのか。二日後には死が蔓延る危険な地へと赴かなきゃいけないのにこの仕打ちはねぇよなぁ。
何処かにいるかも知れない幸運の女神様、どうか数日間の間奴等の鼾を止めてくれませんかね??
光り輝く宝石を散りばめた様な煌めきを放つ夜空へ向かって溜息混じりに願いを放つが。
『あはっ、残念ですがその願いは却下ですっ』
意地悪で気紛れな女神様は俺の願いを考える素振すら見せずものの数秒で跳ね除けてしまった。
他力本願じゃあ奴等の鼾は決して収まらないとは分かっていましたからね。別にそれは構いません。いざとなったら大暴れして憤りの根拠となっている騒音を消し去ってやるぞ。
人知れず断固たる決意を胸に秘めると建物全体を震わせているんじゃないかと馬鹿げた妄想を掻き立ててしまう喧しさが蔓延る宿舎へと突入して行ったのだった。
アイムバ―――――――ック!!!
と、F18戦闘機に乗って宇宙船に突っ込んで行くラッセルケイスさんの台詞をつい調子に乗って叫んでしまいました。
皆様、お久しぶりですね。漸く目が回る様な忙しさが一段落しましたので本日より投稿を再開させて頂きます!!
と言いましても物凄く久し振りに文字を打った所為か、文字を打つスピードが格段に落ちていてビックリしてしまいましたよ。
今までの投稿速度が戻るのは今週末位を目途に頑張ろうと考えている次第であります。
文字を打てる楽しさ、読者様達と御会いできる嬉しさ。
苦難を乗り越えたからこそ味わえるこの素敵さを噛み締めながら日々を過ごしていこうと考えています。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!!!
本日ビクビクしながらブックマーク並びにPVを確認させて頂いたのですが……。嬉しくて思わず拳をグッと握り込んでしまいましたもの。
これからも彼等の冒険を引き続き楽しんで頂けたら幸いです。
それでは皆様、お休みなさいませ。