第九十五話 鉄の隊律を破りし者共 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。長文となっておりますので予めご了承下さい。
もう間も無く沈み行く太陽の最後の頼りない光が王宮へと続く長々しい階段を照らし、俺とハンナはその光を頼りに疲れた体に鞭を打ってこの忌々しい階段を上り続けている。
その道中、要所要所で歩哨の任務に就いている隊員から野太い声を掛けられたので。
「お――い、もう直ぐ日が沈むから早く上れよ――」
「分かってるよ!! この無駄に長い階段がキツイんだって!!」
額から零れ落ちて来る汗を拭う事も無く若干の憤りを含めた返事をしてやった。
お前さん達用に作られた階段は上り難くて不必要に大量を消耗してしまうんだよ。
予定が詰まりに詰まった慌ただしい休日を消化して残り微かな体力となった体力を再燃させ、奥歯をぎゅっと噛み締めて猛烈に重たくなって来た両足を上げ続けていると漸く頂上が見えて来た。
「ぜぇっ、ぜぇっ……。やぁぁああっと到着したぞ!!」
はぁ――、漸く頂上か……。
朝から晩まで終始行動しっぱなしだったから余計に疲れちまった。
黄昏の空に浮かぶ美しい星々を見上げて巨大な疲労を籠めた吐息を吐き出すと、俺の姿を捉えた中々御立派な鎧を纏った王都守備隊の隊員が鼻息荒く駆け寄って来る。
「お、お帰り!! ど、どうだった!? 俺達が頼んでいたブツは入手出来たのか!?」
「おいおい。門番は動いちゃいけないんじゃないの??」
兜の間から大量の物々しい鼻息を漏らす隊員を宥めて話す。
楽しみなのは重々理解出来るけどもう少し落ち着けって、お前さんはこれから種付けする盛った牡馬かい??
「今はいいんだよ!! そ、それよりどうなんだ!?」
「ふふふ……。安心しろ。お前さん達が求めていたブツをちゃあんと購入してやったからな!!」
ロシナンテで入手した新装備やらスケベ心を矢面に出せないムッツリ隊員達が喉から手が出る程に欲しがっている本達が詰まった背嚢をポンっと叩いてやった。
「あ、有難う!! この任務を終えてから見るからちゃんと保存しておいてくれよ!?」
本に足が生えて何処かに行く訳じゃあるまいし、勝手に無くなる訳ないだろ。
だがまぁ表向きは厳しい規律を守らなければならないからね。目を離した隙にいかがわしい内容の本が誰かに発見されてしまい処分されてしまう可能性も否めない。
恐らく彼はそれを懸念しているのでしょう。
「今は……。丁度夕飯時か。取り敢えず大食堂で過ごしている隊員達に数冊渡して、残りの本は宿舎に持ち込む予定だから多分大丈夫だろう」
「お、おう!! はぁ……。明日が楽しみだぜ……」
厳しい規律の中で過ごす彼等は雇われ人の俺達と違って女の子と手を繋いでお出掛けなんて早々出来ないし。
本の中に描かれた異性に興奮するのもやむなし、か。
「あんまり浮かれたままで任務に就くなよ――。怒られても知らないからな」
「ふ、ふふっ。女性の柔らかい曲線が遂に見られるんだな……」
あ、駄目だ。もう女性のなまめかしい姿を想像して向こうの世界に旅立っちゃったよ。
鉄の鎧の方々から厭らしい雰囲気を散らかしてぼぅっと突っ立ている彼を尻目に門の脇に併設されている扉を開いて王宮内にお邪魔させて頂いた。
夜と夕の狭間の光が照らす花達は微風に揺られて馨しい香りを放ち俺達の労を労おうとしてくれている。
素晴らしい景観が視覚を安堵させ並びに鼻腔が大喜びする花の香りが存在する高貴な空間の中を進み、俺達が本来過ごすべきむさ苦しい場所に帰って来ると。
「ただいま戻りました――っ」
「「「ダン!!!!」」」
予想だにしていなかった熱烈な歓迎を受けてしまった。
「は、早く見せてくれよ!!」
「この時の為に俺は厳しい訓練を受けて来たんだ!!」
「フゥッ!! フゥゥウウ――ッ!!!!」
兵舎に足を踏み入れて直ぐ見える開きっぱなしの大食堂の扉から出て来た筋骨隆々の大蜥蜴達に囲まれてしまう。
「おい!! 取り敢えず離れろ!! むさ苦しくて溺れちまうよ!!!!」
饐えた汗の臭いと爬虫類特有のツンっとした酸っぱい匂い。そして鍛え抜かれた体から放たれる圧が心地良い空気を侵食して粘度の高い空気を形成。
瞬き一つの間にその空気に取り囲まれると目を白黒させてしまった。
「そんな事はいい!! ちゃんと頼んだ品を買って来てくれたか!?」
「あ、あぁ。ちょっと待てよ……」
汗臭い匂いと形容しがたい怒気にも似た空気を放つ隊員達から距離を取り、普通の呼吸が出来る空間の中で背嚢を床に下ろして件の品を取り出してやった。
「ほい、ど――ぞ。お前さん達が心焦がれて待ち望んでいた品さ」
「イヤァァッホォォオオオオ――イ!!!! 俺が一番乗りだぁい!!」
「ラゴス!! テメェ!! 抜け駆けはずるいぞ!!」
「俺達にも見せやがれ!!」
ラゴスが成人向けの本を俺の手から奪取すると浮足立って大食堂の中へ舞い戻って行く。
「はぁ……。取り敢えず、食堂で一休みするか」
彼等の意気揚々とした背を見送り、陽性な感情の跡を追う様に続いて行った。
「そうだな。荷物はその後でも良いだろう」
もう既に豪華な夕食は下げられており、大食堂では多忙な一日の僅かな休み時間を有意義に使っている隊員達の団欒で夜の帳が下りたのにも関わらず明るい雰囲気が漂っている。
俺達は食堂内に三つ並べられている長机の脇に置かれている椅子に腰掛け頬杖を付き、室内の奥に出来ている超大盛の人集りを何とも無しに眺めていた。
「うぉぉおお!! すっげぇぇええ!! 何だよこの鱗のテカリ具体!! ヤバ過ぎるだろ!!」
「そ、それよりもこっちの尻尾の柔らかさを表現した質感もヤバいぞ!!」
「甘い!! 俺はこの胸の膨らみを推すぜ!?」
「「「ウォォオオオオオッ!?!?」」」
紙に描かれた女性であそこまで発奮するのなら、現実世界の女性を相手にしたらあの子達はどうなっちゃうのかしらね??
きっと鼻息荒くして触れようとするが……。女性に怖がられてしまうのが目に見えている。
高貴なる王都守備隊の隊員が女性に対して粗相を働いたという洒落にならん事件を引き起こす前にある程度異性に慣れておいた方がいいんじゃないのかしら。
童貞ちゃん若しくは奥手達の女性に対する耐性を上げる為に成人向けの本を鑑賞するのはやむを得ないかも知れんが……。
「おう!! この話も良いがこっちの話も良いぞ!?」
「さっすが隊長!! 分かっていますね!!!!」
グレイオス隊長さんやい。
お前さんはこういうおふざけを咎める側だってのにどうしてそちら側で鼻息荒くして鑑賞しているのかな??
まぁ彼も一人の男だ。それ相応の性欲はあるだろうし、ただ見るだけなら構わないって考えなのだろうさ。
「ハンナ、宿舎に一足先に帰って休もうぜ」
明日に備えて宿舎に己の荷物を置きに行こうとすると。
「二人共帰って来たのね」
王都守備隊の副隊長殿が大食堂の中に音も立てずに現れた。
「あ、お疲れ様です。トニア副隊長」
びっくりしたぁ……。いきなり登場するものだから俺の心臓ちゃんがキャァって可愛い声を上げちゃったじゃん。
「丁度良いわ。ダン、今直ぐに王女様に夕食を届けに行きなさい」
へっ!? 今帰って来たばかりなのに!?
「何?? 文句でもあるの??」
俺の視線の意味を速攻で理解した彼女が大変冷たい瞳で俺を見下ろす。
「い、いいえ。荷物を置いたら向かいます」
「宜しい。所、で……。あの人集りは一体何??」
あれだけ目立つ人集りが形成されていたらさ、流石に気付きますよねぇ……。
さて困った。大らかなグレイオス隊長に対し、トニア副長は四角四面の性格であり隊律を重んじる性格だ。
万が一、あの様な成人指定されている本を視界に捉えたら一体どうなってしまうのか。
それは太陽が東から昇り、西に沈み行く様に分かり切った摂理だ。
「か、彼等は芸術鑑賞を行っている最中でありまして……」
皆、すまん!! これが今出来る最大限の援護だ!!
彼女が興味を無くして何処かへ行く事を期待したが、そうはいかないのが世の常である。
「芸術?? それなら私も興味あるわ。少し見て行こうかしらね」
「い、いやいや!! 副隊長殿!! 彼等が鑑賞しているのは成人男性が好んで見るモノでありましてぇ……」
俺がそう話すとトニア副長の陽性な感情が霧散。
「……ッ」
左の腰に掛けていた木剣をスゥっと音も無く抜剣して暗殺者と何ら変わりない大変静かな足取りで発奮し続けている人集りへ向かって進んで行ってしまった。
し、し――らねっ!! 俺は下された命令を素直に遂行しただけですものね!!
俺が今出来る事はどうか彼等に慈悲を与えて下さいと慎ましい願いを気紛れな女神様に祈る事のみですよっと。
「その臀部の柔らかな表現もまた乙なものだなっ」
「そうっすね」
「ラゴス!! 早く捲れ!! 次のべっぴんさんを見せろ!!!!」
「っす……」
「うっひょぉぉおお!! たまらねぇな!! その双丘ッ!!!!」
体全身からドス黒い殺気を振り撒く彼女の背を心急く思いで見つめていると、遂にあの阿保共に魔の手が差し掛かってしまった。
「――――。随分楽しそうにしているけど、一体何をしているのかしら??」
トニア副長の冷酷な台詞が放たれると同時。
「「「ッ!?!?」」」
成人向けの芸術を鑑賞している野郎共の双肩がビクッ!! と上下に動き。大変ぎこちない所作で音の発生源へと向けて首を向けた。
「ひ、ひぃっ!!」
ある者は副長の顔を捉えると、病人もアレよりかはマシだなと思える程に一瞬で顔色が真っ青に染まり。
「あぁ……。終わった……」
ある者はこの世の終わりを迎えたかの様に居もしない全能の神に祈る様な所作を見せ。
「じ、自分は明日の任務に備えなければならないので失礼しま……」
又ある者は己が持つべき危機回避能力が発動。
危害を加えようとする悪魔から逃れようとして俺達の方に向かって駆け出そうとしたのだが。
「誰がその場を動いていいと言った」
「ウゴブッ!?」
トニア副長の木剣が火を噴き、鋭い一撃を顎先に受けた隊員が軽やかに宙に舞い上がってしまった。
す、すっげぇ剣筋だな。遠目だからギリ視線で追えたけど、間近で放たれた俺もきっと彼の様に宙を舞ってしまうだろうさ。
「カカッ……」
人の瞬きよりも速く放たれた一閃はそれ相応威力を伴っており、宙に舞った彼が地面に叩き付けられると微動だにせずその場で静かに眠りに就いてしまった。
「今、この時から現場の全権限は私に移った。私の許可無くこの場から離れようとした者は即刻処罰の対象になるから」
「お、おいおい!! 王都守備隊の隊長がこの場に居るのにそれは幾ら何でも横柄過ぎやしないか!?」
「……ッ」
「ご、御免なさい」
グレイオス隊長が堪らず声を上げるものの彼は彼女の一睨みで口を横一文字に閉じ、叱られた子犬の様に大人しくなってしまった。
あ、あはは。口を開いてもその場から動こうとしても彼女が右手に持つ木剣の餌食となってしまうのかよ。
あそこに居る隊員達は、退路は塞がれ増援が見込めぬ絶死帯に放り込まれた気分だろうなぁ。
良かったぁ、遠くに居て。
「先程、あそこに居る馬鹿な隊員見習いから芸術鑑賞と伺いましたけど……。グレイオス隊長。そこに置いてある本の数々はそれに足る存在なのでしょうか」
右手に持つ木剣を素早く上下に振って心臓が窄んでしまう音を奏でつつ問う。
「も、勿論だ。誰しもが認めるであろう芸術がここにはある」
「そう、じゃあ……。ラゴス。そこにある本の一冊を手に取って朗読しなさい」
「へっ!? お、俺っすか!?」
急な無茶振りに驚いた彼が尻尾をピンっと立てて話す。
「私に二度同じ事を言わせるつもり??」
「も、も、申し訳ありません!! では……。不承不承ながら朗読させて頂きますッ!!!!」
ラゴスが複数ある本の中から一冊の本を急いで手に取ると直立不動の姿勢を取り、コホンと一つ咳払いを放つと高貴なる王宮内でふしだらな内容が書かれている芸術作品の朗読を開始した。
「題名は!! 続ッ!! ムレムレムンムン強欲人妻。彼女の欲求は青天井?? 旦那留守で気分が良い編!! であります!!」
「ブフッ!!」
あの阿保が絶叫に近い声量で芸術作品の題名を朗読した刹那に一人の隊員が堪らず吹き出す。
トニア副長はその姿が気に食わなかったのだろう。
「……」
「アブチッ!?!?」
無言のまま堪らず吹き出してしまった隊員の横っ面を木剣で張り倒してしまった。
い、痛そう……。首が捻じ切れんばかりに激しく揺れ動き、口から出てはいけないナニかが飛び出したもんね。
「誰が笑って良いって言ったの?? これは芸術作品なんでしょう?? それを笑うなんて作品に対する冒涜よ」
「アガガ……」
大食堂の壁際で倒れ、口から白い泡を吐いて失神している大蜥蜴を大変ちゅめたい瞳で見下ろしつつそう話す。
「「ひぃぇぇ……」」
それを捉えた憐れな者共が俺達も此処から先、少しでも笑い声を放てば彼の二の舞になるだろうと判断して皆一様に強張った表情に変化してしまった。
笑ってはいけない状況ってやたら笑いの沸点が下がるのは何故でしょう??
人体の不思議の一つですよ。
俺とハンナは彼等から離れているものの、トニア副長の鋭い視線が此方にも向けられているし……。予断を許さない状況が続きそうだ。
「ラゴス。続きを読みなさい」
「はっ!! 第一章!! 今晩は私、一人なの。だからぁ……」
だから……、何だよ!!
思わずそう突っ込みたくなる程にラゴスの声色は甘く切ないモノとなっており、笑いの沸点が下がっている者共は口から吐息が漏れぬ様に腹筋及び咬筋力を最大限に稼働させて抗う。
「第二章!! ドスケベ人妻の呆れた欲情に発情する若き雄。事情と情事はまかり間違っても違わない!!」
「ブフフッ!! だ、駄目だ!! 耐えられ……。ギャンッ!?」
「ふぅっ。今日の剣筋は中々に好調ね。これなら分厚い鱗の装甲に覆われている貴方達の骨の髄まで砕けそうよ」
みぞおちに木剣の切っ先を突き刺し、その剣の威力を真面に受けて倒れてしまった肉塊を冷酷な瞳で見下ろす。
か、勘弁してくれよ……。
俺も今のは結構やばかったのに、これ以上卑猥な題を聞いて堪えられる自信はねぇぞ。
「第三章!! いざ突撃!! 肉欲と性欲が淫らに交わる素敵な漆黒の洞窟へ!! 第四章!! 抜き差し対決!! ベッドを制するのはどちらだ!?」
漆黒の洞窟!? 抜き差し対決って何!?
頭が勝手にその文字の真の意味を理解しようとするが、俺は頭の中を真っ白にしてそれを懸命に堪えた。
それは何故か??
人体は理解した言葉の背景並びに姿を思い浮かべようとする性質が見られる。
つまり、今放たれた言葉の意味を理解してしまうと卑猥な光景が頭の中に鮮明に映し出されてしまうって事なのさ。
人間の想像力を多大に刺激する題が続けて放たれ、その甘い誘惑に乗ってしまった愚か者達が口の封印を解き放ってしまう。
「ギャハハ!! ぬ、抜き差しって!!」
「し、漆黒の洞窟ってぇ!! ワハハ!! もっと捻った文字でも良かったんじゃない!?」
堪えに堪えていた笑い声を何の遠慮も無しに放つ隊員を捉えたトニア副長の木剣が目に見えぬ速度で移動すると。
「ボッグッ!?」
「ドグバッ!!!!」
一方は横っ面を、もう一方は脳天に雷撃をブチ食らい一瞬で失神してしまった。
「ト、トニア副長。も、もう宜しいのでは無いでしょうか??」
中々に笑える題を平然と読み上げているラゴスが自分の所為で死体擬きが増えて行くのが耐え切れなくなったのか、恐れ慄いたまま彼女に許しを請う。
ってか、アイツすげぇな。良くもまぁ笑わないで淫靡な題をスラスラと読めるなんて。
「駄目よ。最後まで読み切りなさい」
「は、はっ!! 第五章!! 熟れた果実の収穫時期は四六時中!! いつ、どこでも、迎えの準備は万端ッ!! 第六章!! 汗に塗れた修羅場闘争劇!! あなた、私はぁ……」
覇気ある感じで朗読すれば、時折艶がある感じで朗読するの止めね!?
その高低差が余計に笑いを誘って来るんだよ!!
「……っ」
俺は口元に右手を当てて込み上げて来る笑いを堪え。
「……くっ」
クソ真面目な相棒もこの状況には耐えられないのか、右腕の肘の内側を己が口元に当てて必死に対抗していた。
「これで最後であります!! 最終章!! 新たなる旅立ちと新たなる性欲の目覚め。そして…………、二人は伝説へ!!」
で、伝説って何!?
「ふぅっ、以上で題名の朗読を終えます。御静聴有難う御座いました」
第一章から六章までキチンと繋がった題名を漸く朗読し終えるとラゴスが満足気に鼻息を漏らし、そっと本を閉じて机の上に置いた。
は、はぁ――……。何んとか木剣の餌食になるのは免れたな。
「良い本は題名を見るだけで興味が惹かれるものよ。つまり、その本はとても芸術性が高いと伺えるわ」
成人向けの本にそんな芸術性があるかと思わず突っ込みたくなるが、それは止めておきましょう。
口を開いた瞬間に大笑いしてしまいそうなので。
「はっ、自分もそう思いました!!」
「そう。じゃあ……。次はその本に描かれている挿絵の姿を模しなさい」
「へっ!?」
い、いやいや。それは無茶振り過ぎるでしょう??
思いがけぬ命令にラゴスの瞳がキュっと縦に見開かれる。
「上官の命令は絶対。鉄の隊律を破るつもり??」
「い、いえ!! それでは……。えっと、先ずはこの姿を自分らしく表現させて頂きます!!」
ラゴスがちょいと前屈みになると。
「えへっ……」
指先で胸元のシャツをクイっと下げる所作を見せ、雄の興味を多大に惹こうとする悪戯心満載の雌の姿を模した。
あ、あの馬鹿野郎!! 姿だけで良いってのに何で表情まで真似するんだよ!!
片目をパチンっと瞑り、口角を微かに上げる姿がこの場に居る全員の笑いを誘うが……。
「「「……ッ」」」
敵の第一波は何んとか耐え凌いだ様だ。
全員の双肩が微かに揺れ動くものの笑い声だけは響かなかった。
「次の姿を模しなさい」
「は、はいっ!! えぇっと……。おぉっ!! これなら全員の笑いを勝ち取れそうですよ!?」
お、おいおい。いつの間にかあの大馬鹿野郎は目的を履き違えているじゃあありませんか。
「ラゴス。私は笑いを勝ち取れとは言っていないの。模写をしなさいと言っているのよ??」
「へへっ、そうでしたね。じゃあ……。とびっきりに可愛くしてやりますよ!! せぇぇええ――――いっ!!!!」
ラゴスが机の上に大袈裟に飛び乗り、そして隊員達に臀部を見せつける様にして四つん這いになると尻尾の先端をやたら可愛くルンっと湾曲させ。
「んぅっ……。は、や、くぅ。貴方の我儘な金の延べ棒をここに送金してっ」
右手の爪を甘くハムっと食み、後方の隊員達へ何かを請う瞳を向けた。
恐らく彼は隊員達の大笑いを誘う為にあのクソふざけた姿を模したのだろうが……。隊員達の笑いを勝ち取るよりも先に彼女の怒りを買ってしまった。
「誰がそこまで大袈裟にヤレと言った」
「ウキィッ!?!?」
トニア副長が木剣の先端をラゴスの下の門に突き刺し、硬い感触を臓器で直に味わった彼が大袈裟に仰け反り机の上をのたうち回ると今日一番の笑い声が大食堂に轟いた。
「「「ギャハハハハ!!!!」」」
「ラ、ラゴスゥ!! どうだ!? 金の延べ棒の威力はぁ!?」
「や、止めてくれぇ――!! これ以上俺の腹筋を虐めないでくれよ!!」
「笑い死んじまうってぇ――!!!!」
「わはは!! ア、アイツ!! 産気付いた鶏みてぇにうろうろしてらぁ!!」
「ふっ、気色悪い動きだな」
全隊員が笑い転げているその隙に乗じて俺とハンナも堪えていた笑いを何の遠慮も無しに放ったのだが……。
俺達の笑い声が遂に鬼神を呼覚ましてしまった。
「全員そこに直りなさい!! 足腰が立たなくなるまで鍛え直してあげるから!!」
「ひぃっ!! 副長!! 何で俺を真っ先に捉え……。ンブゥッ!?」
目を真っ赤に腫らして笑い続けているグレイオス隊長の脳天に鋭い雷撃をブチかまし、それでも怒りの収まらない彼女はくの字に体折れている彼の体に追撃。
「流石ですね、隊長。私の一撃を受けても倒れないなんて!!」
「イヤァァアア!! 横っ面は止めてぇぇええ――――!!」
宣言通り、足腰を立てなくする為に酷い追撃を施していた。
ここだ!! 俺達が生き残る為にはここしかない!!
「い、今だ!! 野郎共!! 全軍撤退ぃぃいい――――!!!!」
「「「ッ!!!!」」」
恐怖によって身が竦んでいる彼等に撤退命令を放つと我に返った隊員達が蜘蛛の子を散らした様に方々へと逃走を開始した。
「お、お前等!! 隊長を残して逃げるなんて王都守備隊失格だぞ!?」
「トニア副長――!! まだまだ彼は元気なので引き続き熱烈な指導を施してやって下さいね――!!」
大食堂という名の戦場から逃げ去る刹那、まだまだ元気一杯な彼に手痛い指導を施そうとしている彼女にそう叫んでやる。
「えぇ、分かったわ。それと貴方は早く自分の役目を果たしなさい」
「分かっていますって。じゃ、グレイオス隊長――!! 頑張ってねぇ――!!」
「は、薄情者が!! 俺を助ける素振くらいみせろよなぁぁああ――!!」
彼の泣き叫ぶ声を背に受け取ると己の荷物を置きに宿舎へと向かう。
さて、本日の予定も残り僅か。
自室から出られない王女様に今日の休日を利用して得た情報の報告をしに向かいましょうかね。
「だ、誰か……。助け……。ギィィヤァアアアアア――――ッ!!!!」
絶望と恐怖が入り混じった断末魔の叫び声が兵舎内に轟くもそれを一切合切無視して己が果たすべき行動に至る。
「ラ、ラゴス!! 今直ぐ救護室に連れて行ってやるからな!!」
「それまでしっかり気を持てよ!?」
「カ、カククッ……」
「ぎゃはは!! ラゴスぅ!! 馬鹿な真似をするからそうなるんだよ!!」
「あぁ、因果応報だな」
白目を向いて口から大量の泡を垂れ流す大馬鹿野郎の肩を隊員達が担いで目的地へと進んで行き、俺達は込み上げて来る笑い声を適度に放ちながら宿舎へと向かって行ったのだった。
お疲れ様でした。
色々と書く事がありますが先ずは読者様達に礼を述べさせて下さい。
この御話の続きを気に掛けて頂き、そして楽しみに待って頂いて有難う御座いました。
私生活が多忙を極めており更新が中々出来ない事が心苦しくて……。本日久々に更新する際にPVやブックマークを確認させて貰った時に思わず涙が出てしまいそうでした。
十件、ニ十件。もしかしたらそれ以上外れていると考えていたのですが更新する前と何ら変わっていなかったからです。
読者様達の温かな心に触れて物凄く元気が出ました。これで心置きなく再び忙しい毎日に身を投じる事が出来そうです!!
目が回りそうな忙しさは後十日程続きますので、通常の更新速度に戻るのはそれから数日経ってからでしょうか。その間にも数話程度投稿させて頂く予定ですので今暫くお待ち下さいませ。
そして、ブックマークをして頂き本当に有難う御座います!!!!
読者様の有難い応援が光る画面越しに届き、本当に嬉しい励みとなりました!! 今週もこれで乗り切れそうです!!!!
それでは皆様、秋の冷たい空気で風邪を引かない様。体調管理に気を付けて休んで下さいね。