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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第九十四話 聡明な彼女の知識

お疲れ様です。


本日の投稿になります。少々長めの文となっておりますので時間がある時にでも御覧下さい。




 地上と比べて何の障害物も見当たらない青く澄み渡る海の中を進んで行くのは本当に気持ちが良く、更に土埃や砂塵が含まれない空の清らかな空気を体に取り込むと日常生活によって疲弊した心が落ち着いて来る。


 後方へ流れ行く雲と地上の景色、耳に届く空気の流れる音がこの飛翔という行為の効用を更に高めてしまう。


 神々しい翼を持つ白頭鷲と共に空を飛ぶという行為を値段に表すとそれはもう目玉が飛び出る程に高価なモノとなるだろう。


 しかし……、それはあくまでも通常の速度の場合である。



「た、た、頼む……。もう少し速度を落としてくれ!! このままじゃ落ちて死んじまうよ!!!!」



 正面から襲い掛かる馬鹿げた風の力と後方に引っ張られる物理の力に対抗する為、相棒の背に生える羽の根元を万力で掴みながら叫んでやる。


 襲い来る風の力、若しくは人に容易く死を予感させる飛翔の影響を受けた両目から涙が沸々と湧いて来るが。それは物理の法則に従い、瞬く間に顔の何処かへと吹き飛ばされてしまった。



 久々に飛べて嬉しいのか知らねぇけどよ、お前さんの背中には空を飛べない者がしがみ付いているのを忘れるんじゃねぇぞ!!


 俺達に与えられた時間は有限でありその限られた時間の中で行動しなければならないのは自明の理ですけども!! 命を失ってしまえば本末転倒だからな!!!!



「間も無く生の森の中枢へと到着する。もう少し我慢しろ」


「が、我慢しろだと!? こちとらかれこれ一時間以上死に物狂いで羽を掴んでんだよ!!!! も、もう握力が限界だぞ!!」



 相棒の体に俺の体と荷物を縄で括り付けてあるが……。この手を放せばあっ!! という間に俺の体は空の彼方へと吹き飛ばされてしまい。天高い位置から地面へと叩き付けられて亡き者になってしまうだろうさ。



「そうか。ならば……」


 や、やっべぇ!! 来るぞ!!


 相棒の仕方がないといった呆れにも似た声を受け取ると同時。


「その時間を短縮させてやる!!!!」


「ギィビィェェエエエエ――――ッ!?!?」



 目玉が頭蓋の奥に引っ張られる様な常軌を逸した加速度が全身を襲った!!



 風が暴れ狂う音が耳に届き、体中に存在する体液が後方へと引っ張られ、挙句の果てには脳が後頭部から飛び出ているんじゃないかと有り得ない妄想を駆り立ててしまった。


 辺り一面相棒の茶の羽しか捉える事が出来ないので地上付近の景色を捉える事は叶わないが、どうやら目的地付近に到達したらしい。



『ダンさ――ん!! ハンナさ――ん!! そのまま降りて来て下さ――いっ!!!!』


 ルクトちゃんの高揚感が満載された声が頭の中に響いたのが良い証拠だ。


「森の中枢が見えたぞ!! 超高高度から一気に下降する!!」


 こ、ここから更に加速するというのですか!? 貴方は!?!?


 彼の言葉を受け取ると心臓がキュっと窄んでしまう。


「や、止めて。俺死んじゃう……」


「安心しろ。貴様が死ぬよりも速く聖樹殿の下へ送り届けてやるから」


「死体を届けても意味が無いからね!? 五体満足で届けなさいよ!!!!」



 俺が覚悟を決めて奥歯をギュっと噛み締めた刹那。



「フンッ!!」


 今まで地面と平行に伸びていた体が今度は天高い位置へと向かってピンっと直立に伸び、そして史上最強の加速度が無慈悲にこの体に襲い掛かって来た。


「ィィアアアア――――ッ!?!?」


 音を、そして俺達の存在をその場に残して加速する大馬鹿野郎と共に地上へと落下。


「ハァッ!!!!」


「ングブェッ!?!?」


 相棒が呆れた飛翔速度を相殺する為に神々しい翼を左右に勢い良く展開すると俺の体は物理の法則に従い地上に放り出されて激突するが……。


 それでも勢いは止む事は無く。


『いたっ!!』


「いでぇっ!!!!」



 ルクトちゃんの御立派な幹に衝突する事によって漸く馬鹿げた物理の法則が停止しやがった。



「こ、こ、この野郎!!!! 俺を殺す気か!? ああんっ!?!?」


 土と汚れに塗れた服のまま白頭鷲の麓まで歩いて行き、呑気に毛繕いを続ける阿保の足を思いきり蹴飛ばしてやった。


「殺す気ならもう既に貴様はこの世に居ない。久々だな、聖樹殿」


 ハンナが人の姿に変わり以前来た時と何ら変わりない姿で俺達を迎えてくれた聖樹に頭を垂れる。


『はいっ、お久しぶりですね。御二人共元気でしたか??』


「数時間前まで元気だったけど……。今じゃ御覧の有様さ」


 汚れまくった衣服、そして風の影響を受けて怒髪冠を衝くが如く天に向かって直立する髪を指差してやる。


『あ、あはは。もっとゆっくり飛んで来れば宜しかったのに』


「いや、俺達はちょっと焦らなきゃいけない理由があるんだよ」


『理由ですか??』


「そうそう。実はね……」



 此処を発ってから今日に至るまでの経緯を軽くざっと説明してあげると……。



「――――。と、言う訳で。俺達はキマイラちゃんを満足させる人身御供として選ばれてしまった訳なのよ」


『ば、馬鹿じゃないですか!?』


「ホブッ!?」


 天井から颯爽と降りて来た太い蔦に強烈なビンタをブチかまされてしまった。



 も、もう嫌……。何で俺の周りには優しく叱ってくれる人がいないんだよ……。


 どいつもこいつも好き勝手に俺の体を滅茶苦茶にしてぇ!! 偶にはヨシヨシと頭を撫でても良いんだよ!?



『母親がキマイラの事について教えてくれましたが……。彼等は恐ろしく残忍であり、対峙する者はその姿に慄き実力を発揮する前に屠られてしまうと聞いた事があります』


「ほぅ、奴等の外的特徴は聞いていないのか??」


 ハンナが興味津々といった感じでルクトに問う。


「伺った話ですと……。全長は二十メートルを超え、足元から頭頂部までの体高さは凡そ十五メートルの巨躯。三つの首からは火炎、稲妻、氷結の息を吐き。尻尾は蛇の部位に取って代わりその毒牙に掛かればものの数秒で絶命してしまう程です」


「ふむ、伺った話と概ね一致するな。奴等の弱点は存在するのか??」


「弱点という弱点はありませんね。強いて言うのであれば四者が合一した個体ですので連携の隙を縫うのが正当法でしょうかね」


「では我々はその連携の隙を縫い、死線を掻い潜って一閃を叩き込めば勝機を見出せるのか。ダン、この話は実に有用だ。王都守備隊の隊長並びに副隊長に進言すべきだぞ」


「そりゃけっこ――。俺抜きでガンガン話を進めてくれて幸いですよっと」



 地面に横たわり、百八十度変わってしまった視界のまま彼等に向かって愚痴に近い口調でそう言ってやった。



『ダンさん、積もる話はありますが時間が惜しいので続きは精神の世界で御話させて頂きますね』


「よっこいしょっと!! じゃあ宜しく頼むよ!!」



 俺の魔力の源並びに魔力の流れを安定化してくれる治療を受ける為に勢い良く地面から立ち上がるとルクトの麓に進み、そして静かに腰掛けて彼女に己が背を預けた。



「痛くしないでね??」


『ふふっ、御望みであれば痛みを与えても宜しいですけど??』


「冗談だって。じゃ行って来るわ!! お留守番宜しくね――!!!!」


 少々疲れ気味の表情を浮かべている相棒に向かって右手を軽く上げて叫んでやる。


「あぁ、行って来い。俺は久々に訪れたこの静謐な環境下で昼寝をする」


 最近は毎晩あの鼾を聞かされていますからねぇ……。


 体力自慢のハンナも流石に参り始めたのか、俺に一つ目配せをするとそのまま草の絨毯の上に寝転がり心地良さそうな吐息を漏らした。


『では、治療を開始します』



 ルクトが少々硬い口調でそう話すと太い幹から光る触手が現れて俺の腕に絡みつき、そして皮膚の中に侵入を始めると意識が混濁し始めた。


 何度か体験したけどこのふわぁっと意識を失う感覚は慣れそうにないな……。


 光る触手が激しい明滅を開始すると俺の意識はプッツリと途切れ、精神の世界へと旅立って行く。


 何も無い虚無の空間を落下して行く感覚に身を委ね暫く経つと……。森の澄んだ香りを鼻腔が捉えた。


 いつまでも嗅いでいたい香りの中にちょっとだけ甘い香りが紛れている。


 その紛れた香りの正体を確かめるべく、本当に静かに瞼を開いた。



「お早う御座いますっ」


 さっきまで起きていたのにお早うはちょっと違うと思うけど……。


「お早う」


 ニッコニコの笑みを浮かべている美女に対してこの状況に沿った挨拶を交わした。


「さて!! ダンさん達が此処から発って経験して来た出来事をサラっと確認させて頂いたのですが……。先ずは何処から説明しましょうかね??」



 木の幹に背を預けて座る俺の隣に腰掛けたルクトがそう話す。



「えぇっと、じゃあ先ずは何故キマイラが生まれたのか。それと英雄王シェリダンとの関連性も聞かせてくれれば幸いです」



 何も無い場所から物は生まれぬ様に、何か理由があって奴は生まれたと考えるのが普通だからね。


 数千年以上生きるルクトが驚く相手だ。


 情報は多いに越した事じゃないでしょう。



「私が知り得る範囲で御話させて頂きましょう。何故キマイラがこの大陸に生まれたのか、それは遥か昔まで遡ります。遠い昔、この大陸では幾つもの小国が乱立しており絶えず戦いが各地で勃発しておりました。血で血を洗う戦に嫌気が差した民は真の平和を望んでいましたが小国同士の対立は収まらず、その苦痛と憎しみが渦巻く暗黒時代の中に颯爽と現れたのが……」


「後に英雄王と呼ばれたシェリダン、か」



 さぁ答えて下さいっ、と俺の顔に人差し指を差した彼女にそう話してあげた。



「その通りですっ。彼の出現は暗黒時代の転機となります。彼は小国同士の戦いを治める為には一つの国に纏める事が必要であると考え、各国にその申し出をしますが……。各国は使者を門前払いしてしまいます」



 そりゃそうだ。


 いきなり他国の属国になれと言われてはい、そうですかと二つ返事を送る者は早々いないだろうから。



「しかし、彼の平和を望む真の心に共感した国も現れます。彼の心に打たれた国の者は共同して各国と戦いに臨みます。シェリダンは戦いに勝利を収めてもその国を属国として扱わず彼の国の統治下である程度の自由を認めました」


「他国の者が自国の規律を押し付けるのでは無く。その国の慣習、法律に合った統治を優先したのか。腕っぷしだけじゃなくて中々賢い人物だったんだな」



 敗戦国は戦勝国に従属するのが通例だけど、その場合また新たなる悲しみを生み出す恐れがある。彼はそれを懸念してある程度の自由を約束したのだろう。



「シェリダンが率いる軍隊は破竹の勢いで次々と国を破り、乱立していた国を一手に纏め上げると彼は今現在の王都である場所に王国を建立。こうして憎しみが憎しみを生む暗黒時代は終焉し、その平和は現在まで継続しています。これが英雄王シェリダンとこの国の関連性です」


「彼の活躍がなければ今の平和な世の中は訪れ無かった訳だ。じゃあ次は……」


「何故キマイラが生まれたのか、その説明をさせて頂きます!!」



 無知な自分に知識を授けて下さり、有難う御座います。


 フンスッ!! と可愛らしく鼻息を荒げて説明に入った彼女の得意気な顔を見つめると何だか肩の力が抜けてしまった。



「シェリダンが各地で戦いを続ける内に戦地では多くの血が流れました。戦死者の憎しみが怨嗟えんさを呼び、それは本当に深い地の底まで染み込んでしまいます。そして黒き感情が膨れ上がり、それに呼応する形で奈落の遺産(アビスプロパティ)が出現してしまいました」


 奈落の遺産??


 初めて聞く単語に思わず首を傾げてしまう。


「九祖が一人、亜人が残したとされる超自然現象的な存在ですよ。その中から闘争を求めてキマイラが現れシェリダンの軍勢を撃破して王都へ向けて侵攻を開始します」


「その侵攻を止める為にシェリダンが軍勢を率いて退治しに行くのか」



 その時の契約が今日まで残るって訳ね。



「いいえ?? 彼は単身でキマイラ討伐へ向かいましたよ??」


「へっ!? 一人で倒しに行ったの!?」



 い、いやいや。軍勢を撃破する力を持つ相手に単身で向かうなんてちょっとおかしくない!?



「当初の予定では彼の重臣、つまり今で言えば王都守備隊の面々と共にキマイラを討伐する事となっていました」


「因みに、初代王都守備隊の実力は如何程で??」


「最終最後まで国の統一に抗っていた国が派遣した総勢一万の軍勢を王都守備隊と英雄王シェリダンの十一人で撃退する事に成功したと言えば……。その実力は理解出来ます??」



 な、成程。一騎当千の実力者達って訳だ。



「その一騎当千の実力者達の血を受け継ぐのが現在の王都守備隊の面々でしょう。今は規律を重んじている様子ですが、初代王都守備隊は殺伐とした雰囲気を身に纏いその名を聞くだけで兵士達は頭を垂れ、地面に平伏したそうですよ」



 そりゃあ化け物を越える傑物の類が徒党を組んで向かって来るのだ。誰だって逆らおうとは思わないだろうさ。



「彼はキマイラをこの地に招いてしまったその責任を重く捉えていたのでしょうね。重臣の言葉を無視して南方から迫り来るキマイラを単身で押し退ける事に辛くも成功。この時に交わされた契約が今日まで残り、ダンさん達はその履行に巻き込まれてしまった訳です」


「この国の歴史を学べて実に有意義だったよ」



 人に歴史ありと呼ばれる様に当然ながら国にも歴史がある。その一端を垣間見た気がしますよっと。



「じゃあ次は……」


「あの王女様の呪い、でしょうか??」


 おっ、流石。察しが早くて助かるよ。


「あれは……、恐らく呪いでは無くて。一種の『認識阻害』 だと考えられます」



 認識阻害??


 また聞き覚えの無い単語が出て来たぞ。



「母親から教わった話ですと認識阻害は古代魔法の一種です。まだ九祖がこの星に存命する頃に詠唱されていたそれは本当に恐ろしい威力を持った魔法であり。現代の者が詠唱する為にはそれ相応の魔力と知識が必要であると認識されています。その効果は詠唱した時、ある一定の範囲内に居た者の認識を挿げ替えてしまう効果があると伝えられています」



「その範囲は詠唱者自身で変える事が出来るのか。それと……、認識を挿げ替える効果をもう少し細かく教えてくれるかな??」



「詠唱範囲を変える事は可能ですが範囲を広くすればする程使用する魔力が増えてしまいますので無限とまではいきませんね。恐らく、ダンさんの記憶から察するに詠唱者は王宮内若しくは王都内に範囲を留めたのでしょう。次に、認識を挿げ替える効果は言葉でしたり今回の件の様に顔でも構いません。要は人間が司る五感を狂わせてしまう効果が認められるのです」


「じゃ、じゃあある人物の顔を醜い豚にしか見えない様にすれば認識阻害の範囲内にいる人達はその人の顔をそういう風にしか捉えられなくなってしまうのかよ」


「ダンさんの仰る通りです。多大なる魔力を犠牲にする代わりにほぼ永続的に効果が持続されてしまう忌まわしき古代魔法の一種。封印されるべき魔法を何故その者が詠唱出来たのかは理解に及びませんね」



 と、とんでもねぇ魔法じゃねぇか。これまで見て体験して来たどの魔法も古代魔法の前じゃ霞んでしまうな。



「その認識阻害の解除方法はあるのかな??」



 そう、これが一番聞きたかった答えだ。


 ルクトからの返答次第ではレシーヌ王女は認識阻害を受けたまま生涯あの狭い部屋で過ごさなければならなくなる。


 頼むぜぇ、解除方法はあると言ってくれよ……。



「勿論ありますよ」


「本当!? それならその解除方法を教えてよ!!」



 彼女から望んでいた言葉が出て来ると心に陽性な感情が生まれ、その感情に突き動かされる様にルクトの細い双肩を両手で掴んでしまった。



「お教えしてもいいですけど、その前にキチンとした距離感を保ちなさい」


 ムスっとした表情を浮かべて俺の両手を払ってしまう。


「あ、はい。御免なさい」


「ふふ、飼い主に叱られた子犬さんみたいですね。最も簡単な解除方法は詠唱した術者を亡き者にする事です」


 それは、つまり詠唱者を殺害すれば認識阻害は解けるって事だよね。


「その通りです。誰でも簡単に解ける方法です。他には詠唱者自身に解除の詠唱を唱えさせる事ですね。これは認識阻害とは全く術式が必要となりますので詠唱者がこれを知らないと解除出来ません。後はぁ……、えぇっと……」



 記憶の海からその答えを掬い出す為にルクトが眉間に皺を寄せ、小難しい表情を浮かべてしまう。


 ほらぁ、頑張って思い出しましょうね。お母さんは待っててあげますからねぇ――。



「ダンさんは私の保護者ではありません」


 俺の心の言葉を聞き取った彼女がちょいと鋭い眉の角度のまま俺を睨む。



「後は何でしたっけ……」


「ほらぁ、肩を揉んであげるから頑張って!!」



 大変座り心地の良い大地からお尻ちゃんを外すとルクトの背後に回り込み、再び彼女の双肩に手を当てて柔肉を解きほぐし始めた。



「あっ、いいですね。これが肩を揉まれる感覚ですか……」


 触れたら壊れてしまう繊細な素材を扱う様に、慎重な手捌きで彼女のお肉を揉み始めると甘い吐息が漏れ始めてしまう。


「これなら思い出せそう??」


「外的刺激を与えるのも効果があるかも知れませんね。ふぅっ、確か……。古歌の始まりはぁ……。古の時代から続く百華咲き誇る栄華の道。辿りし者のみが千の理を受け賜り億の無を悟る、でしたね」



 その古歌の歌詞を俺は知らぬのでこのままルクトの肩を揉み続けましょうかね。


 それに……。



「んっ、良い感じです」



 背中側からさり気なく彼女の胸元を見下ろせますし!?


 このまま歌詞を思い出す作業に専念してくれれば堂々と大盛の果実の狭間を堪能出来ますのでね!!


 肩の筋肉の筋を一本一本叮嚀に揉み解し、そして彼女の右肩側からソ――っと顔を覗かせて性欲をギュンギュン刺激してくれる狭間を見下ろしていると。



「月夜の水面に映る泡沫の消え行く影、されどその真は心に映る。己の水面に映るその幻影こそが真の答なり!!!! あは!! 思い出せましたよ!!!!」



 ルクトが軽快に柏手を打ち、頭上で光り輝く太陽も思わず顔を背けてしまう満面の明るい笑みを浮かべて俺を見上げた。



「そ、そ、それは何より!!!!」


 び、びっくりしたぁ。いきなり声を上げるものだから驚いて手を離しちゃったじゃないか。


 もう少し堪能していたかったのに……。



「堪能?? 何か見ていたのです??」


「へ!? あ、うん。ルクトの可愛い横顔に見惚れていたんだよ」


 咄嗟に心に浮かび上がった言葉をそのまま口に出してあげる。


「も、もう。そんな見え透いたお世辞なんか嬉しくありませんからね??」


 嘘仰い。


 頬はぽぅっと微かに朱に染まり、嬉し気に体を揺れ動かしているじゃないですか。


「それで?? 思い出せたのかい??」


「えぇ、思い出せましたよ。もう一つの方法は認識阻害の対象者となった者、つまり今回の場合はレシーヌ王女に認識阻害を掛けられた時以上の魔力を衝突させて相殺させる方法です」


「ちょ、ちょっと待って。ただでさえ認識阻害の詠唱には膨大な魔力を要するってのに、それ以上の魔力をぶつけるんだろ?? 鍛えている者ならまだしも王女様の体はその魔力に耐えられるのか??」


「認識阻害はその人の体を覆う形で掛けられています。それを打ち破る時にある程度の衝撃波が生じますけど……。背に腹は代えられない状況ですので多少の犠牲は厭わないかと」



 一国の王女様に今から呪いを外すので多少の痛みを我慢しなさいと言える自信はありません。



「仕方がないじゃないですか。それ以外に方法はないのですから」


 ルクトがブスっとした感じで唇を尖らせると俺の右腕を捻る。


「いてて……。じゃあ、王宮に帰ったら早速試してみるか」



 まぁ恐らく王女様の身を案じてこの乱暴な方法の許可は下りないでしょけどね。



「あ、多分それは失敗に終わりますよ」


「へ?? 何で試しても無いのに分かるの??」


「ハンナさんの素晴らしい魔力を数値化して、その値を十だとすると認識阻害の魔法の威力はぁ、そうですね…………。凡そ十万以上必要になります」



 い、いやいや!! 威力の桁が違うじゃん!!



「その数値可笑しくない!? 普通の魔物が詠唱出来る桁じゃないじゃん!!」


「私もその点について考えていたんですよ。幾ら優秀な者でも現代に生きる魔物では到底詠唱出来る威力じゃないので。恐らく……。魔力を増幅させる魔呪具まじゅぐを使用したのではないかと推測されますね」



 魔呪具?? 何ソレ。



「例えば……。使用者の血を吸い取る代わりに素晴らしい威力を発揮する魔剣でしたり、体力と魔力を犠牲にする代わりに相手の魔力を抑え込む矢を放つ魔弓でしたり、魔力を消耗する代わりに特殊な結界を生じさせる魔笛でしたり。便利な分、使用者に多大なる犠牲を伴う道具ですよ」


「物騒だけど一つや二つ持っていれば強力な武器となる、か。一体誰だよ。そんな物騒な道具を作ったのは」


「この星の祖先の一人である亜人ですよ。亜人が残る八祖と対決する為に己の魂を削り制作した遺物です」


「そ、そんな大昔の時代の物が現代まで残存しているの??」


「星の環境や生態系を容易に変え、無から生命を生み出した神に等しき力を持つ者達ですよ?? 古の時代から現代まで残る遺物を制作するのは造作もない事でしょうね」



 はぁ――……。全く、世の中には不思議が溢れているんだなぁ。


 改めて思い知らされますよ。



「じゃあレシーヌ王女様の呪いを解く為には術者を殺害又は解除の魔法を詠唱させる。若しくは魔呪具を使用して馬鹿げた魔力の圧を当てる。この三つに絞られる訳だね??」


「その通りです。その中で最も簡単な方法は術者の殺害、なのですが。現在その方は行方知れずなので難航しそうですね」


「だろうなぁ――。はぁっ、結局は認識阻害を掛けた魔法使いの地道な捜索活動が実を結びそうだ」


「千里の道も一歩からと言われている様に、何事も地道にですよ」


「了解。有難うね、色々と教えてくれて」


「困った時はお互い様……、と言いたい所なのですが……」



 なのですが?? いきなりどうしました??


 大変お綺麗な緑色の髪がふわぁっと浮かび上がっていますけども……。



「キマイラ討伐の依頼を請け負った時、ダンさんは一体何をしたのでしょ――かっ」


「へ?? 藪から棒に何を……」


「少し分かり辛かったですね。あのシンフォニアと呼ばれる斡旋所でラタトスクの女性に対してした事をよぉぉおお――く思い出して下さいっ」



 ドナに対してした事??


 彼女は渋々といった感じで俺達が請け負う事を了承してくれた。それから首根っこを掴まれてリフォルサさんの所へ運ばれ……。



「そのもう少し前。廊下で行われた事を思い出して」



 もう少し前、ね。


 理解出来たから俺の周りに這い伸びて来たぶっとい蔦を仕舞いましょう?? 殺傷能力が高い蔦に囲まれていたら集中出来ないって。


 ルクト本人と数えるのも億劫になる蔦に急かされる様に記憶の海からその場面を探していると……。


 恐らく、彼女が怒り心頭になるであろう場面を捉えてしまった。



「そうです、そこです。何故ダンさんはドナさんと不必要に接近する必要があったのかなぁ??」


「で、ですから!! あのままですとフライベンさんに襲い掛かる恐れがありましたので、彼女の気を紛らわす為にも必要な行為だったのです!!!!」



 微かな笑みを浮かべているものの怒り心頭状態のルクトと、俺の体を絡み取ろうとして無駄に大きくうねる太い蔦を捉えるとほぼ条件反射で地面にキチンと膝を折って座し、緑の香りが漂う地面に額を擦りつけた。



「例えそうだとしても他に方法があったでしょ?? 貴方の口は一体何の為についているのです??」


 先端が尖った蔦が俺の後頭部をツンツンと突く。


「お、己の意思を他者に伝達する為についております。な、何卒よしなに……」


「それを理解していながら何故使用しなかったの?? 現実世界のダンさんの体を滅茶苦茶に改造しても良いのですよ??」



 か、改造!?



「えぇ。一生口が利けなくしてもいいですし、私の手に掛かれば男性としての機能を奪う事も可能です」



 そ、そんな……。俺はドナの為に良かれと思って行った行為なのに……。



「ダンさんの悪い所はそういう所ですよっ。さっ、まだまだ時間はありますので私が首を縦に振るまで説教は続きますからね――っ」


「へ、へいっ。畏まりやした……」



 手足を拘束されている訳ではないのでガチョウもドン引きする勢いで地平線の彼方まで逃亡を画策しても構わないのだが……。ここは俺とルクトの心が混ざり合った精神の世界。


 例え刹那に逃げ遂せたとしても意味不明な力を利用したルクトが突如として目の前に現れ、俺の愚行並びに逃亡を図った罪を償わさせる為に常軌を逸した罰を与えて来るだろう。


 心と体は密接な関係を保っているのでここで受けた罰は現実世界の体に大いに負の影響を与える。


 逃亡は無駄、力任せに抗おうなんて以ての外。


 とどのつまり、現実世界の俺の体を人質に取られた以上。俺は釈明を続けるしか選択肢を与えられていない。


 ルクトの激昂をこれ以上買わない為にも俺は地面の小石を微かに食みつつ、緑の絨毯に額を擦り続けながらたどたどしく釈明を続けていたのだった。




お疲れ様でした。


さて、先日も申した通り暫くの間は多忙を極める為極端に投稿速度が落ちてしまいます。


楽しみにして頂いている読者様には大変申し訳ありませんがどうしても執筆出来る時間が取れないのです。読者様が続きの話を読みたいと同じ様に私も続きを書きたいのですが、こればかりはどうする事も出来ないのが現状ですね。


投稿速度が普段通りになるのは十一月の中旬頃でしょうか。その間に数話を投稿する予定ですので、その際にまた詳しい再開時期を話そうかと考えています。


読者様には待たせてしまいますがどうか首を長くしてお待ち頂けるよう、切に願っております。




それでは皆様、お休みなさいませ。



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