第九十二話 王女様の御世話は彼の仕事 その二
お待たせしました。
後半部分の投稿になります。約一万文字の長文となっておりますので時間がある時にでも御覧下さい。
重度の睡眠不足の上にある程度の疲労と中々素晴らしい満腹度が同時に襲い掛かって来たら果たして人の体はどの様な反応を見せてくれるのか??
それは至極簡単な答えに行き着く。
「フワァぁ――ンっ……。あぁ、クソねみぃ……」
そう、眠気を取り除こうとして口を大きく開き新鮮な空気を取り込む欠伸という行為を行うのだ。
中々に座り心地の良い椅子に腰掛けながら両の瞳から零れ落ちて来る温かな雫を拭う。
何度か欠伸を放てば幾分か眠気が去るのだが、本日の眠気さんはかなりの使い手であり。
『お生憎様っ。俺はお前さんの体にしがみ付いて離れないぜ??』 と。
断固たる決意を胸に秘めて俺の体から離れないでいた。
全く……。この寝不足の最たる原因はゴッツゴツの大蜥蜴達から放たれる鼾だってのに。本人達は謝る処か悪びれる素振も見せないから始末が悪い!!
いつか復讐の機会が訪れたら盛大に執行してやろう。ダンちゃんは意外と根に持つ性格なのだっ。
「弛み過ぎだ。気持ちを強く持てば眠気などは感じぬ」
「へ――へ――。じゃあお前さんは何でさっき欠伸を放とうとしたのかなぁ――??」
良い感じに傷付いている机に頬杖を付いてハンナの右脇腹を突こうとするが。
「俺の体に触れれば命が無いものと思え」
大変ちゅめたい視線で俺の絡みをスパっと断ち切ってしまった。
「あのな?? お互い寝不足なんだから励まし合うのが友である態度だとは思わないの??」
「思わん」
まぁっ!! この子ったら!!
お母さんの日頃の疲れを癒そうとも思わないで!!
「ったく。相変わらず辛辣な事で……」
ちょいと寝不足の色が見える相棒の横顔から視線を外すとブスっとした態度を醸し出してやった。
はぁ――……。しっかし、無駄に広い食堂だよなぁ。
兵舎内に作られた小さな一軒家なら余裕で収まってしまうであろう広さを誇る食堂内をザっと見渡す。
広い室内には大勢の者が一堂に食事を摂れる様に長い机が五列置かれており、その脇には全隊員が余裕を持って着席出来る椅子が沢山添えられている。
食堂の大きな入り口から向かって正面には城から派遣された料理人が今も忙しなく配膳を行っており。
「あぁ!! おやっさん!! 俺は人参嫌いって言っただろう!?」
「喧しい!! 好き嫌いしていないで出された物は全部食え!!」
「もうちょっと大盛にしてくれよ!!」
「こっちは全員に行き渡る様に均等に配膳しているんだ!! それを食ってからまた戻って来い!!!!」
腹を空かした隊員達の対応に追われて大粒の汗を流していた。
まぁ彼等が我先にと群がるのは大いに納得出来てしまう。
この食堂で出される食事の美味さと来たら……。王都の街中でこれと同じ物を食べようとしたら一体幾ら掛かるのだろうかと厭らしい銭勘定を引き出す程に美味いからね。
日に三度しかないのが勿体無いと思えてしまう味に舌鼓を打ち、隊員達は大切に筋力を育んでいるのだ。
贅沢だと言えばそれで終いだが彼等はこの街を守る役目を担っている。体が資本の仕事に携わる以上、食事は必要不可欠。
不味い飯じゃあ力は出ないし……。それにある程度の名のある家の出身の者達の舌を唸らせる為にもそれ相応の味を提供するのはやむを得ないのかもね。
「ハッフ……。んまっ!!」
「ラゴス。もう少し落ち着いて飲んだらどう??」
俺の正面。
物凄い勢いでアツアツのスープをがっついている姿を俺達の世話役であるヴェスコが咎める。
「だってすっげぇ美味いんだもん。このスープ」
「まぁ舌を火傷しない様にね」
「よぉ、ヴェスコ。俺達は今日非番なんだけどさ。非番の日は具体的に何をやればいいのかな??」
横着な弟を咎める優しき兄の瞳を浮かべている彼に問う。
「非番の日は基本的に自由だけど……。隊員達は自分に足りない、若しくは人より劣っている面を鍛える事に精を出していますよ」
「ふぅん、そっか。ハンナはこれからどうするんだよ」
「飯を食い終えて少し休んだら訓練場に出て木剣を振る」
うん、俺が想像した通りの行動に至る様ですね。
「じゃあ僕も付き合って良いですか!?」
ヴェスコが煌びやかな瞳を浮かべて相棒を見つめる。
「構わんが俺の指導は少々キツイぞ??」
「願っても無い事ですよ!! ラゴスも一緒にどうだい!?」
「へっ?? 俺はいいや。先日やらかした始末書を書き終えていないし……」
勢い良く動かしていた匙の動きが止まると大蜥蜴の尻尾が分かり易くシュンっと垂れ下がってしまった。
「おいおい、何をしたんだよ」
「王宮内の歩哨の任に就いていたんだけどさ。ついついうたた寝をしちまって……」
あ――……。その気持は分からないでも無いかも。
此処とは違って城の中は物凄く静かだし、抑え付けていた筈の睡魔が静寂を糧にして強力な武器を持って襲い掛かって来るもんね。
実際、王女様の部屋の周囲を守る者は眠りこけていたし。
「駄目じゃないか。平和な日々が突如として引き裂かれるかも知れないんだぞ?? その弛んだ気持ちが危機を招くかも知れないんだ」
「ん――。真摯に受け止めておくよっと」
ラゴスが絶対そんな事思っていないだろうと思わせる口調で適当にヴェスコの言葉を受け流すと、食堂の入り口付近から怒号が響き渡った。
「ダ――ンッ!!!! 貴様、いつまで悠長に飯を食っているんだ!! さっさと己に課された任に就け――――!!!!」
うるさ!!
「隊長!! 聞こえているからもう少し静かに叫んでくれよ!!」
食堂内の全隊員の双肩を刹那に上下させたグレイオス隊長の怒号に噛みついてやる。
「深夜の鼾で鼓膜が上手く機能しているかどうか分からないからな!! 聞こえ易い様に鼓膜の尻を叩いてやったのだ!!!!」
へいへい、左様で御座いますかっと。
「じゃあ相棒、行って来るわ」
「あぁ、責務を果たして来い」
ハンナの右肩を優しくポンっと叩き。
『王女様の件、宜しく頼むぞ』
『まっ、程々に。そして粛々とこなしてみせるさ』
食堂の入り口付近で仁王立ちしている隊長の脇を通り抜ける際に小声で釘を差されたのでそれに応え。彼から手渡された入場許可証である銅板を首から下げると大変素敵な青が広がる空を仰ぎ見た。
うむっ、雲一つ見当たらないので今日も暑くなりそうですね!!
こんな良く晴れた日は可愛い子と手を繋いで街中をうろつきたいのですが、そうはいかぬ。
「ヘコヘコと頭を下げて王女様の御用聞き役に徹しようかしらね」
まだ微妙に体の芯に残る眠気の尻を蹴飛ばして城へと続く坂道を上がって行く。
自室から出られない程に醜くなってしまった呪い、か。
王女様の寝姿を拝見させて頂いたが、何処からど――見ても普通にしか見えなかったんだよねぇ。
しかし、彼女は俺が普通に見える事自体がおかしいのだと叫んだ。
つまり……。『俺にだけ』 普通に見えて。このだだっ広い王宮内に存在する『者達だけが』 彼女の姿を醜く捉えている。
この比較から多重に絡み合った問題の解決の糸口を探れないだろうか??
要は俺と王宮内に存在する者達の違いって奴を発見すればいいんだろ??
例えばぁ、種族の違いだとか。身分の違いだとか、出身地の違いだとか。それは多岐に渡るが決定的に違うのはやはり種族の違いであろう。
彼等は大蜥蜴であり、それに対して俺は普通の魔物。
その種族の差異によって呪いが発現するのではなかろうか??
「ん――……。それだと余り意味を成さないよなぁ」
この国に住んでいる者の大多数は大蜥蜴だが、他にも普通の人間やラタトスク。更に少数の魔物が各地に住んでいると聞いた。
全ての国民に等しく醜く映る様にしなければ呪いの意味が無いのだから。
そうなると今度は動機が気になって来るな。
逃亡生活に身を落としても構わない動機って一体何だろう??
女の嫉妬か、金銭面か、将又第三者からの依頼か……。
一番しっくり来る動機としてはやはり金だな。
金に困った王宮抱えの魔法使いであるティスロが王制転覆を狙う不届き者からの依頼で王女様の姿を醜く変えて世継ぎが生まれない様にする。
この国の王制が世襲かどうか知らないが、世継ぎが生まれないのは王族にとってかなりの痛手になるであろう。
しかし、この尤もらしい動機にも穴が存在する。
グレイオス隊長の会話の中でティスロと呼ばれる王宮抱えの魔法使いはレシーヌ王女にも術式の構築や魔力の使い方等の指導を施しており、その姿は姉妹の様に微笑ましく映ったものと聞いた。
見た目の関係は良好だが心の中までは覗けぬ為、それは上辺の関係に見えるのかも知れないが……。姉妹の様に仲が良い者を貶めようと考えるか?? しかも自分と家族の命を危険に晒してまでだぞ??
王宮抱えという事はそれ相応の給料を貰っているから金に困らないだろうし、更に良好な関係の者を貶める為にはかなりの負の動機が必要となる。
本人の口から直接動機を聞けぬ以上、あくまでもこれら全ては俺の想像の範囲を出ない。とどのつまりこれ以上の模索は無意味って事さ。
「はぁ――……。キマイラ討伐だけだと思っていたのに、想像以上に厄介な事件に巻き込まれる可能性が高くなって来たよな」
俺があの時王女様の部屋に入らなければ呪いの存在を知る事も無かった、しかし知ってしまった以上。俺には守秘義務を課されて更に拘束期間が長くなってしまう可能性が高い。
もしかしたら、もしかすると彼女の呪いを解くまで此処に拘束されてしまうのでは??
まだまだこの世の不思議と危険を体験したい俺にとってこの地に留まるのはちょっとね……。
でも、レシーヌ王女の呪いを解いてあげたいという気持ちも確かにある。
この相反する事象に暫くの間はヤキモキしそうですよっと。
先日と同じ要領で城の中に足を踏み入れ、そして本日はちょいと静かな様子の調理場へお邪魔させて頂いた。
「ちわ――っす。いつまでもうだつの上がらない御用聞きで――っす」
「あはは、ダンさん。もう少し真面な挨拶をして入って来て下さいよ」
俺の姿を捉えるなり、タジンバ君が乾いた笑みを浮かべる。
「あり?? 今日は随分と静かじゃん」
怒号飛び交う戦場を想像していたのに、今の姿は……。
「ほら、手が止まっているぞ!!」
「分かってるよ!! そっちも早く野菜を切り分けてよね!!」
「肉の選別は終わったぞ!! 次は何をすればいい!?」
若武者達が己の技を磨く為に切磋琢磨しているといった感じでしょう。
まだまだ尻の青い料理人達が横一列に並び、まな板と対峙しながら大量の食材を捌いていた。
「料理長達は朝食を作り終えたので今は休憩中ですよ。今は僕達見習いが昼食用の食材を捌いている所なのです」
「ふぅん……。どこの職場も下っ端は辛いよねぇ」
何気無く彼が捌いている料理に視線を送ると、まな板の上には食欲がそそられる瑞々しい野菜達が転がっていた。
鮮度の然ることながら形も完璧に整えてありますね。
見習いって言っていたけどその腕はもう既に下町の食堂の大将よりも遥か高みに昇り詰めている事だろうさ。
「下積みが大事だと料理長は常々叫んでいますので。ダンさんが王女様の食事の世話をすると既に通達が出ています。これが本日の朝食ですよ」
彼が中々立派な包丁をまな板の上に置くと、銀の盆を此方へと運んでくる。
「んっ、今日も美味そうだ」
盆の上には大人の拳大の大きさのパンが二つ、産み立て新鮮卵を使用した卵焼きに葉野菜。
これとほぼ同じ効用を与えてくれる女性が現れたのなら世の男共は胃袋を掴まれてしまうだろうさ。
「有難う御座います。それでは宜しくお願いしますね」
「あいよ――」
王女様の朝食を大切に受け取ると昨日と同じ要領で塔の螺旋階段を上り。
「よぅ、ダン。朝から大変だな」
「俺はしがない請負人ですからね。命令が下されればそれに素直に従うんだよ」
「あはは、まぁそう言うなって」
歩哨の任に当たる者達と昨日とほぼ同じやり取りを行い。
「おぉ、ダンか。グレイオス隊長から聞いているぞ。王女様の御部屋はそこの十字路を左に曲がって左手の扉だ」
「わ――っていますよっと」
三階に到達して本日は真面目に歩哨の任務に励んでいる隊員の肩をポンっと軽く叩き、当初の目的地であるレシーヌ王女様の自室前に到着した。
「お早う御座います、レシーヌ王女様。朝食を運びに参りました」
美しい木目の扉を三度叩き、朝食が届いた事を知らせてあげる。
「――――。ど、どうぞ」
おぉ、今朝は起きていたのか。
昨晩と同じく無言の返答が返って来たらどうしようかと思っていましたよ。
「失礼します」
彼女の了承を得て此処に来てから二度目の入室を果たした。
ふむっ、昨日となんら部屋の様子は変わっていませんね。
何処かが変わっていると強いて言うのであればベッド周りかな?? 前回はシーツの乱れがちょいと目立っていたが今日は物凄くキチンと直されていますね。
「食事は昨日と同じでこの机の上に置けば宜しいでしょうか??」
「えぇ、宜しくお願いします」
仰せのままにっと。
彼女の指示に従い机の前まで進んで行くと、ちょっと嬉しい光景を捉えた。
おぉ!! ちゃあんと完食出来たんですね!!!!
空っぽになったお皿の姿を捉えると心に嬉しい明かりが優しく灯る。
「レシーヌ王女様、夕食は完食なされたのですね」
「体調が悪くても食事を摂らないともっと悪化してしまう恐れがありましたからね。ダンが仰った通り、この呪いを解く方法を見付けてもベッドの上から動けなくなっていては本末転倒ですから」
俺の様な身分の低い者の助言を素直に受け取ってくれるとは……。
以前、ドナが言っていた様に彼女はこの国の民を真に想う聡明な方なのかも。
「医食同源と言われる様に、病気を治すのも食事をするのも共に生命を養い健康を維持する為には欠く事の出来ない存在ですので。ではこのまま置かせて頂きます」
空の食器が乗せられた盆を左手で持ち、右手で持つ御盆を乗せようとしたのだが。
「あ、やはり本日は此方にお持ちください」
「えぇ、構いませんけど……」
素敵な朝食を乗せた盆をベッドの端にちょこんと乗せてあげると。
「それでは失礼しますね。夕食時になりましたのなら訪れます」
頭からスッポリと薄いシーツを被っているレシーヌ王女に確と頭を下げて踵を返した。
これにて一回目の任務終了っと。宿舎に帰って素敵な二度寝を享受しましょうかね!!
まだ浮かれるのは早いが少しだけ陽性な足取りで扉へ向かって行くと彼女の口から待ったの声が掛かった。
「ダン、少々お時間宜しいでしょうか」
「っと……。はい、何で御座いましょうか??」
「ダンはこの大陸の何処の街の出身なのです??」
「私はこのリーネン大陸のずぅっと北に位置するアイリス大陸出身ですよ」
「え!? 海を渡ってこっちの大陸に渡って来たのですか!?」
彼女の驚きを表現する様に、シーツの中から一本の野太い尻尾が現れて天井に向かってピンっとそそり立つ。
どうやら王女様の尻尾は感情を隠すのが苦手の様ですね。
「いえ、正確に言えば生まれ故郷から東のマルケトル大陸へと渡りそこで相棒。つまり新人隊員のハンナと出会い。彼と共にこの大陸に渡って来たのですよ」
「昨日は元々人間だと仰っていましたが……。もしかして船で海を渡ったのですか??」
続け様に質問、ね。
もしかしたら彼女は人との会話に飢えているのかも知れないな。王族の者が一庶民の話に興味を持つなど早々無い事だから。
「仰る通りです。私は好奇心旺盛でアイリス大陸を点々としており、その道中で知り合った港町の船乗り達とも仲が良く。その内のギョン爺と呼ばれる者から一人用の船をお借りして海を渡りました。間も無くマルケトル大陸に到着するその時、酷い嵐に遭遇しましてね……」
あの時の海のシケ模様と大雨と荒れ狂う風の様子を話してあげるとレシーヌ王女の尻尾が興味津々といった感じで微かに左右に揺れる。
「そ、それでどうなったのです??」
「船は難破して海の藻屑と化し、私は救命浮環に必死にしがみ付いて残る体力を燃やして猛烈なバタ足で波の間を進んで行きました。そして、命辛々マルケトル大陸に到着したのですよ」
いやぁ、ほんの少しの前の出来事なのに懐かしく思えてしまうな。
あの時は本気で死を覚悟しましたもの。
「へぇ……。見た目以上に体力があるのですね」
大蜥蜴さん達は皆一様に体が大きいですからね。人間の姿の私は非力に見えて当然か。
「澄み渡る青空の下に広がる砂浜で超気紛れな幸運の女神様に感謝していると……。何んと、身の丈数メートル以上の砂蟹と呼ばれる怪物に襲われてしまったのですよ!!」
仰々しく腕を振り、蟹の姿を模して両腕を振ってあげると。
「ふふ、そんな蟹が存在する訳ないじゃないですか」
彼女が大変柔らかい声色で笑みを零してくれた。
「いや、これが事実なのですよ。私も本当に驚きましたがこの体を両断しようとして襲い来る巨大な鋏が紛れも無い現実であると教えてくれたのです」
あの蟹、図体の割に滅茶苦茶早く動いたからなぁ……。
まかり間違えばあそこで俺の旅が終わっていたかもしれないと思うとちょっと背筋が冷たくなってしまう。
「鉄の刃を跳ね返す強固な装甲、人の足と変わらぬ速さを持つ巨躯。私は懸命に砂蟹と戦い、鉄の刃が砂蟹の関節に有効であると気付き己の生を守る為に必死に戦いました。そして一本の足を切り落とした刹那……。空から神々しい姿の巨大な白頭鷲が舞い降りて、たった一撃で砂蟹を仕留めてしまったのです」
「……っ」
はは、もう話に夢中って感じだよね。
俺の話と同調する様にシーツがコクコクと静かに上下に揺れているし。
「岩をも砕く立派な爪が生えた白頭鷲は俺を鋭い眼で見下ろしました。そしてこう問うて来たのです。『貴様は海を渡ってきたのか??』 と。まぁその白頭鷲こそが今日も訓練場で汗を流しているハンナなんですけどね」
見た目は正に抗う事を諦めてしまう程に攻撃に特化した姿なのですが、彼を知れば知る程その神々しさの鍍金が剥がれていくのです。
人が咎めなければ馬鹿みたいに飯を食うし、ドン引きする程に強いってのに女の子には滅法弱い。
特に恋人であるクルリちゃんには頭が上がらないって感じだもんなぁ……。
この旅を終えて相棒の生まれ故郷に帰ったのなら色々と告げ口してやろう。
クルリちゃんの目が無い事を良い事に色んな女の子と楽しそうに戯れていましたよ、と。
「う、嘘!! 彼がその神々しい姿の白頭鷲なのですか!?」
「えぇ、その通りです。彼が砂蟹を掴んだまま空へ浮かび上がろうとするので俺は彼の足にしがみ付き。そのまま彼の生まれ故郷で生活する様になりました。――――。さて、お食事の邪魔になりますので私はそろそろ食器を片付けに……」
「駄目です!! まだ聞き足りません!! その大陸で体験した素敵な冒険譚を聞かせて下さい!!」
この部屋から出られぬ以上、新しい話を入手出来る可能性は低いし。本棚に陳列されている本も見飽きてしまったのだろう。
彼女の喜び具合から余程新しい話に飢えていると容易に看破出来てしまいますね。
「構いませんよ、本日は非番ですので。それでは御盆は此方に置かせて頂きます」
窓の近くに置かれている机の上に空の食器が乗せられた盆を置き。
「それと……。話を聞きながらでも構いませんので食事を摂って下さい」
「人の話を聞きながら食事を摂るのは行儀が悪いですけど、ダンがそう仰いましたので仕方がないですよねっ」
俺がそう話すと深い緑色の鱗に包まれた右手がシーツの中から出て来て皿の上のパンを器用に掴み、そして素早くシーツの中に引っ込んで行ってしまった。
「では、話を再開させて頂きます。ハンナの生まれた里は鷲達が住む場所でして。排他的な場所の所為か、俺を見付けると里の者達は皆一様に驚いていました。それから里の長に滞在の許可を頂く為に……」
「ふぉん……。ふぉむ。排他的なのはふぃかたがないですよねぇ」
こらこら王女様?? 話を聞く分には食事を摂って構いませんが、喋りながら食べるのはお行儀が悪いですよ。
まぁ俺がこれまでして来た冒険は高貴な王族の者が行儀を崩してまで熱中してしまう魅力溢れるものであると誇ってよいのでしょうね。
彼女の腹を満たすのは素敵な食事、そして心を満たすのは危険と不思議が渦巻く冒険話。
舌が乾き、唇がまるで砂漠の砂粒みたいにカラカラに乾いても口から出て来る言葉の波は止まらず。太陽が一日の中で最も高い位置まで登り詰めるまで止まる事は無かった。
常日頃から彼女の部屋に漂う無音は本日はお休みであり、扉から零れて来る話し声に興味を持った一人の女性がそっと静かに扉に耳を添えて文字通り。
聞き耳を立てていた。
『彼の仲間と共に鍛え、そして五つ首と呼称される滅魔と対峙する事になりました』
『そ、そんな……。自分の命が保証されていない無謀な戦いにたった六人で挑んだのですか??』
『えぇ、その時はまだ勝算がありましたから』
『その時?? それからどうなったのですか?? 早く聞かせて下さいっ』
『い、いや。ちょっと喉が渇いたので水分補給をしてから……』
『駄目です!! ほら、この水を飲みなさい!!』
「――――。ふふ、驚いたわね。娘がこれ程までに高揚するのは本当に久し振りだわ」
聞き耳を立てていた女性が本当に柔らかい笑みを零すと静謐が漂う城内の環境に合った静かな所作で歩き始め、螺旋階段前で歩哨の任に就いている者が彼女を捉えて静かに言葉を漏らした。
「アルペリア様……。宜しいのですか?? 彼は一応我々と同じ身分でありますが……。あの様な者を王女様の部屋に入れたままで」
「今、彼女が必要としているのは豪華な食事でも目の眩む様な金銀財宝でも無く話し相手なのです。彼はその役目を見事果たしているではありませんか」
「はっ、しかし分かりませんね……。何故彼には王女様の姿を真面に見る事が出来るのでしょう……」
「それを究明するのが我々に与えられた使命なのです。暫くの間、娘の世話を頼む様に彼に念を押しておいてね」
「畏まりました。グレイオス隊長にそう伝えておきます」
彼女がそう話すと再び静かな所作で階段を下りて行く。
「彼等には何としてでも帰還して貰わないと……。娘の悲しむ姿はもう二度と見たくないから」
先程までの陽性な感情が霧散した酷く沈んだ口調で言葉を漏らし、下階へと続く階段を下りて行く。
石作りの床を踏む小気味の良い足音が等間隔に鳴り響く様がこの状況に酷く似合っているが、彼女の表情は漆黒の雷雲に閉ざされた空の様に暗い。
その浮かばれない表情は一段一段階段を下りて行くと同調する様に刻一刻と沈み悪化して行ったのだった。
お疲れ様でした。
日に日に秋が深まって行きますが皆様の体調は如何でしょうか??
季節の変わり目は体調を崩し易いので注意して下さいね。
そう言っておいてなんですが、私の体調はあまり芳しくありませんね。背中の筋肉が物凄く不機嫌な顔を浮かべていますので……。これは久々に炭酸風呂の出番でしょうか。
時間がある時にでもスーパー銭湯へ赴き癒されてきます!!
そして、ブックマークをして頂き有難う御座います!!
執筆活動の嬉しい励みとなりました!!!!
それでは皆様、お休みなさいませ。