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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第九十一話 呪われし姫君の御姿 その一

お疲れ様です。


休日の午前中にそっと前半部分を投稿させて頂きますね。




 高貴な方々がお住まいになられる城に一歩足を踏み入れると大変澄んだ空気が体を包み込み、疲労が積もった体の熱を拭い去ろうとしてくれる。


 うだつの上がらない一庶民では到底購入する事が叶わない高価な絨毯の上に足を乗せ、取り敢えず目下の目的地である調理場へ向かう為。


 腹を下したお馬鹿なラゴス隊員に言われた通り左手の扉へと向かい、中々御立派な扉に手を掛けた。



「失礼しま――っすと」



 名の知れた画家が描いた作品や目玉が飛び出る程に高価な金銀財宝を興味本位で探し求めてあちこち散策したいけども、城内で執務に追われる人に見つかったら洒落にならんし……。


 大人しく彼の代理の役目を果たしましょうかね。



 大広間から扉を潜り抜けると、石作りの御立派な通路には窓から微かな橙の明かりが差し込み己が進むべき道を柔らかく照らす。


 確か、ラゴスの奴は三つ目の扉って言っていたよな?? 彼の指示に従い右手に現れた一つ目の扉の前を無言のまま通過。


 そして二つ目の扉も普段通りの歩行速度で通過すると通路が右に直角に曲がり、正面の先には螺旋階段の始まりが見え、右の通路はずっと奥へと続いて行く。


 外観から察して正面先の階段は塔の階段で、目的地である調理場は右の通路を進んだ先だろう。



「こっちかな」



 腹を下したワンパク大蜥蜴ちゃんの言葉を思い出しながら直角に曲がる廊下を進んで行くと、此処は腹ペコ共の胃袋を満たす大衆食堂なのですかと思わず首を傾げたくなる叫び声が通路の先から聞こえて来た。



「こっちは出来たぞ!! 次はどれに取り掛かればいい!?」


「そっちはスープの具材を切ってくれ!! 俺はこのまま牛肉の炒め物に取り掛かるから!!」


「守備隊用の追加の御米が炊き上がったぞ――!! 誰かこの馬鹿デカイ寸胴を運んでくれ!!」



 あらあら……。沢山の料理人が腹ペコちゃん達の胃袋を満たす為に奮闘している御様子ですわねっ。


 怒号飛び交う廊下を進んで行くと大変馨しい香りが漂い始め、調理場と思しき扉の前に立つと一つ呼吸を整えて料理人達の主戦場へお邪魔させて頂いた。



「窯の火が弱い!! もっと薪を入れて火力を上げろ!!」


「誰だよ!! 俺の包丁を勝手に研いだのは!? 切れ味が悪くなっちまっただろうが!!!!」


「野菜の切り分け終わったぞ!! 次ぃ!! 持って来い!!!!」



 扉越しに届いた叫び声から何となく想像出来たけどさ、此処は俺の想像を容易く超える状況が広がっていますなぁ。


 思わず顔を背けたくなる熱気渦巻く調理場に足を踏み入れて先ず捉えたのは料理に奮闘する料理人達の凛々しき姿で、続けて視界に入って来たのは沢山の食材だ。


 氷の箱の中に収まっている牛肉と豚肉と思しき肉の塊は美しい白の脂のサシが入り。別の氷の箱の中には海から離れた内陸の筈なのに海の偉大さを感じ取れる新鮮な魚達が静かに横たわり。農家の方々の苦労が素直に現れている野菜の形はどれも新鮮で美しく瑞々しい。



「よっしゃ!! じゃあ俺は肉を切り分けるぞ!!」



 俺の存在に気付いていない料理人が透明な氷の箱を開いて肉の塊を取り出すと、まな板の上で巧みな包丁捌きを披露。


 あっと言う間の早業で口に入れ易い大きさに切り分けてしまった。



 白を基調とした料理着に身を包む大蜥蜴ちゃん達が一斉に腕を揮う様は壮観であり、使用されている食材も素人目から見ても中々豪華であると推測できる。


 王族は勿論、ある程度名の知れた家名の集まりである王都守備隊の面々が口にする料理なのだ。ド庶民が容易に入手出来る様な食材を使用する訳ないか……。



 人よりも大きな手なのに繊細な手捌きでトウモロコシの皮を剥き、肉を均等に切り分ける華麗な包丁捌き、そして完成された料理に細かな調味料を足して味を調える料理人の魂とも呼べる最終仕上げ。


 そのどれもが俺の心を掴んでは離さず、一人の料理人が俺に声を掛けて来るまで彼等の大きな背中を感慨深く眺めていた。



「あの!! どちら様ですか!?」


 声質からして随分と若そうな一人の大蜥蜴ちゃんが此方へ小走りにやって来る。


「あ、申し訳ありません。ついつい見惚れていました。自分は体調を崩したラゴス隊員の代わりの者です。ほら、これ……」


 胸からぶら下げている入室許可証を彼に見せてあげる。


「え!? ラゴスさんどうしたんですか!?」


「朝ご飯の残りを摘まんだら腹を下したそうです」


「あ――……。だから止めておけって言ったのに……」



 やれやれ。そんな感じで肩を竦める。



「朝食の残りと御伺いしましたが……。彼は一体どこの朝食の残りを食したのですか??」


 まぁ彼に当てられた任から察するに。


『ここだけの話にして下さいよ?? 王女様の部屋の朝食の残りものです』



 ほらね?? 大正解だ。



「彼は夕食を提供する前に空いた皿を下げに向かって行ったんですけど……。よっぽどお腹が空いていたのでしょう。ほぼ全て残っていた朝食を見付けると全て食べ尽くしてしまったんです。あ、勿論ここの部屋で食べて貰いましたけどね」



 王族の残り飯を堂々と外で食べる訳にはいきませんよね。



「これだけ立派な食材を使用した料理を残したのですか……」


 勿体無いよなぁ。兵舎ではその美味さに惹かれた汗臭い男共が大食堂に押し寄せ、瞬き一つの間に料理が消えるってのに。


「王女様は現在体調不良で食欲不審なのですよ。あ、自己紹介が遅れましたね。僕の名前はタジンバと申します!! ここの料理人見習いですよ!!」


「初めまして。王都守備隊の見習いのダンと申します」


 彼から差し出された右手を掴み、怒号飛び交う調理室で熱い握手を交わした。


「あはっ、僕と同じで見習いなんですね!! 下っ端同士頑張りましょうね!!!!」



 爬虫類特有の縦に割れた瞳がキュウっと柔和な線を描く。


 俺の場合、タジンバ君と違って人身御供として召喚された可哀想な身分なのです。暗い終わりが待ち構えている生贄と明るい将来が待つ下っ端。



「えぇ、宜しくお願いします」



 彼とは真逆のお先真っ暗な立ち位置に立たされているのでそれに相応しい声と表情で応えてあげた。



「うん?? 何だか暗いですね」


「着任早々に激しい運動をやらされていますので」


「先輩達はどこの部署も厳しいですからねぇ……。その気持ち、分かります」



 腕を組みウンウンと頷く彼には悪いがそろそろ本題へと入りましょうか。


 この馨しい匂いの中で行動していると空腹の我慢の限界を越えてしまい、出来立てホヤホヤの料理に飛びついてしまいそうなので。



「えっと、ラゴス隊員から料理を運ぶようにと伺ったのですが。その料理は何処に??」


「あ、ごめんなさい!! 今直ぐ御持ちしますね!!」



 タジンバ君があははと乾いた笑いを放って踵を返し、その数秒後に大変お腹が空く香りを放つ料理を運んで来てくれた。



「どうぞ!! これが王女様の夕食になります!!」



 う、うぉぉ……。なにこれぇ、滅茶苦茶美味そうじゃん。



 大人の手の平大と同じ大きさの一枚肉は食べ易い様に均等に切り分けられ、その断面から腹の空く視覚効果が認められる肉汁が白の陶磁の皿の上に零れ落ちる。


 主役である肉の脇には柔らかくなるまで蒸した人参、緑豊かな葉野菜が脇役として添えられている。


 指先で優しく突くだけで形状崩壊してしまうのではないのかと有り得ない妄想を掻き立ててしまうフワフワで柔らかそうな小麦色のパンが二つ。


 そして乾いた喉を潤す無色透明な水の入った陶磁のコップが盆の上に置かれており、この盆に乗る料理を食らう為には一体幾ら支払えばよいのだと庶民的銭感情が膨らんでしまった。



 この贅が尽くされた料理に一部の隙も文句も無いが、ここでふとある疑問が湧いてしまう。



「肉と野菜とパン。素晴らしい配膳ですが、今現在王女様は体調を崩されているのでしょう?? もう少し胃に優しい物を提供すべきでは??」



 胃が悪い病人や風邪を罹患して食欲が無い患者に脂の乗った肉を提供する訳にはいくまいて。



「あ――……。風邪や病気の類で床に臥せている訳では無いのですよ。それと御体の事も考えて食事の提供は朝と夕の二回にしてあります」



 ほぉん、なら精神的疾患を患っているのかしらね。


 続き様に問おうとしたのだが。



「タジンバ!! いつまで油を売ってやがる!!!! 料理を渡したのならそこのジャガイモの皮を剥いておけ!!」


「は、はいっ!! じゃあダンさん!! 頼みましたよ!!」


「お、おう。タジンバ君も頑張ってね」


「有難う御座います!!!!」



 彼から素敵な笑みを頂き、大変腹の空く香りを放つ御盆を慎重に持って調理室を後にした。


 さてと、後はこれを落とさない様に三階へ運べばいいんだな??



「これだけの御馳走だ。ラゴスの奴が腹を下してまで食べようと思った気持ちが大いに理解出来ますよっと……」



 普段の歩行速度よりも大分落として慎重な足捌きで螺旋階段の入り口に到達。


 前と足元の両方をしっかりと確認しながら大変御立派な石作りの階段を上って行くと。



「あっれ!? ダン!? 何でお前が上って来るの!?」


 二階の入り口付近で歩哨の任に就いている顔見知りの隊員に声を掛けられてしまった。


「ラゴスの奴が腹を下して……。その代わりだよ」


「そ、そうか。気を付けて上がれよ??」


「う――っす」



 彼に別れを告げて引き続き慎重な足取りで階段を上って行くと目的地である三階に到達した。



 う――むっ、物凄く静かですね。


 石作りの廊下に己の髪が落ちた矮小な音さえも拾えそうな美しき静謐な環境が広がる。


 その静謐を決して濁らせない様に慎重な足取りを継続して十字に別れる箇所まで進み、腹を下した大馬鹿野郎の指示通り左折。


 そして王女様が使用していると思しき部屋の近くまで進むと。



「クゥ……。ングゥッ……」



 歩哨の任を一切合切放棄している隊員の姿を捉えてしまった。


 立派な鎧を傷付けぬ様、そして己の睡眠を阻害しない様に椅子に器用に腰掛けて眠る様は多分に俺の笑いを誘う。



 ったく、だからお前さん達は平和ボケしているって揶揄されるんだよ。


 だが、これだけ静かだと眠気が襲い掛かって来るのも理解出来る。彼の安眠と静謐な環境を乱さぬ為に此方も静かな口調で仕事をこなすとしますか。



「えっと……。王女様、お食事をお持ちしました」


 美しい木目が目立つ扉をトン、トン、トンと静かに三度叩き此方の用件を伝えるが。


『……』



 返って来るのは無音のみ。


 無言の返答が一番困るんだけどなぁ……。


 腹の空く香りをずぅっと嗅がされ続けて腹の機嫌も悪いし、王女様には悪いけどさっさと食事を運んで帰りたいのが偽り無き本音なのだが……。


 王族が住む部屋を勝手に開けてもいいものだろか??


 常識的に考えればその答えは否、しかし俺は今現在仮初の王都守備隊員でありその常識を打ち破っても御咎めはぁ……。ありますね。


 王女様が暮らす部屋に無断で侵入した罪を問われて国外追放、最悪打ち首という極刑も有り得る。


 大声を張り上げて室内で眠っていると考えられる王女様を叩き起こしても良いがそれでも罪に問われてしまう可能性も否めない。


 だがここでずぅっと立ちっぱなしなのも癪に障るし……。


 手元の料理が放つ香りが鼻腔に侵入すると頭の正常な判断能力を阻害しようと躍起になるので、俺は便意を催した頑是ない子供の様に無意味な足踏みを継続させながら大変御立派な扉の前で判断に躊躇し続けていた。




お疲れ様でした。


今日はこれからお出掛けをしますので、後半部分は帰宅後。編集作業を終えてからになります。次の投稿まで今暫くお待ち下さい。


それでは皆様、引き続き良い休日をお過ごし下さいませ。

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