第九十話 王都守備隊の生活循環 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
青き空が徐々に茜色に侵食される黄昏の刻。
一日の終わりに相応しい空色の下で弾ける薪の音は心が落ち着き、その軽快な音と共に火の粉が空へ舞い上がると思わず口から柔らかい吐息が漏れてしまう。
「ふぅっ。何だか落ち着きますなぁ……」
寝起きとほぼ同時に行われる朝の走り込み、他の隊員達と奪い合う形で慌ただしく摂取せざるを得ない豪華な食事、無言と静止を強要される門番の任。
夜空に光の一筋を残す流星の様に忙しなく過ぎていった一日の時間が嘘の様に思える程、時間が遅々と流れて行く。
生物は時間に追われて過ごすのでは無く、自然と共にゆっくりと過ごすべきであるとこの時間が改めて教えてくれる様だ。
だが、時間の流れは遅く感じるが疲労度は不変。
「手が止まっているぞ。さっさと薪を入れろ」
馬鹿みたいにデカイ鉄製の風呂釜の中に入った水を湯に変える作業はそれなりの労力を俺達に提供してくれていた。
このデカイ風呂釜が一つや二つならそこまで辛くは無いんだけども……。流石に十を超える量の窯の水を湯に変えるのは疲れるよなぁ。
「はいはいっと。隊員達の一日の労を労う為にも湯を沸かしましょうかね」
「何故俺がこんな下らん事をせねばならないのだ」
「お前さんも聞いただろ?? 湯を沸かすのは新人の役目だって。郷に入っては郷に従え、じゃないけどさ。新人は先輩の言う事を聞くのが世の常なんだよ」
「ふんっ。分かっている」
どうだか……。
ちゃあんと聞く耳を持っているのなら湯の温度を確かめたり、訓練場の脇に置かれている薪を持って来る筈なのだが。彼はどういう訳か窯達を前にして中々動こうとしていないし。
俺ばかり動いているじゃねぇかと鋭いツッコミを入れると彼の機嫌を損なう恐れがある……。
これ以上の疲労の蓄積は明日に影響を及ぼす可能性があるので今日だけは大人しく奴の横着を見逃してやろう。
ダンちゃんはこわぁい君と違って物凄く優しいのだっ。
訓練場の奥で野晒になっている沢山の鉄製の風呂窯と格闘を続けていると、一日の終わりに相応しくない声量が俺の背を貫いた。
「よぉっ!!!! ちゃんとやってるか!?」
「どわっ!! あ、あぁびっくりした。隊長、一体どうしたんだよ……」
無意味にドデカイ声に反応してゆっくりと振り返りながら話す。
「お前達新人の様子を確かめるついでに一番風呂を貰いに来たんだ!!!!」
グレイオス隊長が今日は人の姿で、今から家族と夕食を摂る様な軽装で豪快な笑みを漏らす。
短く整った黒き髪に角ばった顎、夕刻に差し掛かった為か顎には無精髭が伸び。俺より頭一つ分大きな体を軽快に揺らしながら此方へと向かって来る。
「左様で御座いますか……。所でぇ、隣にいらっしゃる女性は一体誰ですかね」
「……」
豪胆で豪快な所作に対し、グレイオス隊長の隣で静かに行動している女性へ視線を送る。
「あ、そっか。初対面だったな。彼女は王都守備隊第二隊隊長、そして王都守備隊の副長を務めるトニア=ア―レニンだ」
おっと、それなりの地位に就く方でしたか。
「初めまして!! 俺の名前は……」
「ダン。そして先程から私達に鋭い視線を浴びせているのがハンナね」
普通の女性より一段階低い声色で俺と相棒を交互に見つめる。
「あら?? 既に名前を御存知で??」
「貴方達と共に死地へ向かうとゼェイラ長官から聞かされていたから」
あ、あぁ。成程……。キマイラ討伐の件は既に知っていましたか。
「グレイオス隊長の報告通り二人共中々腕が立ちそうで良かったわ。役に立ちそうになかったらこの場で切り捨てていた所よ」
初対面の人に対して切り捨てると言い放つとはね……。だが、裏表の無い性格は好感が持てますよっと。
黒みがかった茶の色の髪に健康的に焼けた肌は良く似合っている。
冷静さを滲ませた瞳の角度と感情が読み取れない無表情、そして規律を重んじた直立の姿勢は人に何処か冷たい印象を与える。
どこぞの快活暴力ラタトスクちゃんと違って、王都守備隊副隊長のラタトスクちゃんは冷静沈着って印象ですね。
「おっかない事話すなよ。どれ!! じゃあ俺は一番風呂を満喫するとしますか!!」
隊長があっと言う間の早業で一糸纏わぬ姿に変わると、鉄窯の横に設置してある背の低い木製の階段を駆け上がり。
「とうっ!! ふぅぅうう――……。中々の湯加減じゃないか」
数人程度なら余裕ですっぽりと収まってしまう窯の中に入り、恍惚の表情を浮かべて甘い吐息を吐いた。
「隊長。私も一応女性なのですから服を脱ぐ時は一声掛けて下さい」
「わはは!! 俺の裸を何度も見て来ただろ!? 俺は気にしないぞ!!」
「貴方は気にしなくても私は気にするのです。それと服は脱ぎ捨てないで畳んで置くべき」
トニア副隊長が溜息混じりに話すと彼が脱ぎ捨てた服をキチンと折り畳み階段の脇に添える。
「いい湯だなぁ……。トニア、お前さんも一緒にどうだい??」
「結構です」
グレイオス隊長の揶揄いを受け取ると彼を見つめるトニア副隊長の瞳の色は先程の冷静さを失い温かかなモノへと変化。
彼との何気無い絡みと言葉の端に感じる確かな好意から察してぇ……。
「何だよ、隊長。二人ってそういう関係だったの??」
深い男女関係であると判断した俺は湯に浸かっている彼に向かって問うた。
「いいえ、グレイオス隊長とは上司と部下の関係よ」
「おいおい……。随分と冷たいじゃないか」
「私はありのままを話しただけです」
成程成程……。
二人の関係性は一歩踏み出せば深い仲になるが、どちらも互いに様子を見てその一歩を踏み出すのを躊躇しているって感じですかね。
王都守備隊の規律は厳しいし、そういった関係を持つのは禁止されているのかも。
「相変わらず辛辣だな。ダン、ハンナ!! そろそろ夕食の時間だ。仕事を切り上げて飯を食って来い」
その言葉を待っていましたよ!!!!
「言わずもがな!! 相棒!! 食堂で阿保みたいに飯を食って来ようぜ!!」
「あぁ、了承した。失礼する」
相棒の肩をパチンと軽快に叩き、陽性な感情に良く似合った歩調で兵舎へと向かって移動を始めた。
「やっと飯かよ……。腹が減り過ぎて死にそうだぜ」
「ここの良い所は好きなだけ飯を食べられる所だな」
大飯ぐらいの白頭鷲ちゃんはよく食べる隊員達もドン引きする位に毎食腹に収めているからなぁ……。
「体が資本の仕事に携わっている以上、大量の飯は必要不可欠だからね。さて!! 今日の献立は何かしらねぇ――っと!!」
なだらかな階段を上り、兵舎へと続く道を軽やかな歩みで進んでいると坂の上からとんでもねぇ勢いで一体の大蜥蜴ちゃんが駆けて来た。
「やばいやばいやばい――!!!!」
「よぉ、ラゴス。浮気を見付けてしまった妻から逃げるみたいに慌てて何処に行くんだよ」
「ダ、ダンか!! 丁度いい!! これを首から下げろ!!」
「はっ??」
全身の緑の鱗から脂汗を滲み出す彼が首から掛けていた一枚の銅板を俺の首に掛けて来る。
「これ何??」
「王宮内の入室許可証だよ!! 悪いけど王女様の部屋へ飯を運んでくれ!!」
「はぁっ!? 俺はこれから飯なんだぞ!?」
「は、は、腹が痛過ぎてもう限界なんだ!!!! 城の門を開いて左側に進んで扉を開いて、その先の通路を進んで三つ目の扉を開いて調理室に行け!! 誰でもいいから料理人に王女様の夕食を運びに来たと伝えれば夕食を渡してくれる!! んでぇ……。ひ、ひんぅっ!?」
後少しだからもう少し我慢しようね??
気色悪く体をクネクネとうねらせ、右手は何かが出て来ない様にお尻をキュっと抑えている。
「夕食を持って塔の螺旋階段をあ、上がって三階に出て進むと十字に通路が別れる。そこを左に曲がって進み、左手に見える扉が王女様の部屋だ!! 部屋の側で椅子に腰かけた衛兵が居るから直ぐに分かる筈!!!!」
「はぁ――……。わ――ったよ。王女様の部屋に飯を運んでやるからお前さんは下の門から今にも飛び出しそうなワンパク小僧の相手をしてやれ」
「あ、あ、有難う!! 恩に着るぜ!! じゃ、じゃあな――!!!!」
ラゴスが捲し立てるように用事を伝え終えると右手でお尻を抑えながら宿舎の裏手へと駆け出して行ってしまった。
「朝飯の残りをつ、つ、つまみ食いなんかするんじゃなかった!! も、もう限界ぃぃいい――!!!!」
あ、あはは。体は立派でも内蔵までは鍛えられなかったのね。
「と、言う訳だ。俺は王女様に夕食を届けて来るからお前さんは一足先に兵舎でバカ食いして来い」
「分かった。貴様の分まで食らい尽くしてやる」
い、いやいや!! ここは友人の想いを汲んである程度の食事を確保する場面ですよ!?
「ふざけんな!! 最低でも一食分は残しておくんだぞ!!」
ここで提供される食事は俺達が過ごす街中では滅多に出会えない程に豪華で美味いんだからね!?
「早く行け。王女とやらを待たせてはいかんだろう」
ちぃっ!! 他人事みたいに話しやがって!!
「わ――ってるよ!! いいか!? 絶対に俺の分まで食うんじゃねぇぞ!?」
「善処しよう」
ハンナがフっと軽い笑みを浮かべると窓から温かな蝋燭の光が漏れている兵舎へと向かって行ってしまった。
何でこれからって時に用事が入るんだよ……。ラゴスの奴め、飯が食えなかったらテメェの分まで食ってやるからな??
腹を下した大馬鹿野郎並びに大飯食らいの相棒に別れを告げて大変重い足取りで城へ続く坂道を上って行くと、先日カルリーなる物を食した際にドナと交わした言葉が脳裏を過って行った。
呪われた姫君、だっけか。
これは眉唾物であった噂話を確かめる良い機会じゃないの?? 食事を運ぶ際にチラっと王女様の顔を確かめれば与太話の真相を確認出来るし。
呪い云々の噂話の真相は事実が捻じ曲がって聞き手に伝わる可能性が高い。
その事を踏まえると王女様の御顔はお美しいままなのでしょうね。
世の男共を魅了する顔を是非とも拝見させて頂き、心の糧にさせて頂きましょう!!!!
「待っててね!! 麗しの王女様っ。今からお食事をお運びしますからね――」
未だ見ぬ美女の姿に心躍らされ夕日に照らされた不動の城を正面に捉えると、高貴な場所に不釣り合いな歩調で正面の門へと歩みを進めて行ったのだった。
お疲れ様でした。
いや、本日の編集作業は困難を極めました。その理由は……、ものもらいです!!
前に腫れたのを覚えていない位に久々に罹患したので驚いてしまいましたよ。今は目薬を打って徐々に症状が収まりつつあるので何んとか眠れそうです。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!
読者様達の温かな応援のお陰で連載が続けられているのだといつも考えております。その期待に応えられる様に光る画面に文字を叩き込んでいる次第であります。
これからも見守って頂ければ幸いです!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




