第九十話 王都守備隊の生活循環 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
南の大陸特有の燦々と光り輝く太陽ちゃんの強力な笑みは薄い雲に阻まれ、本日は地上で暮らす者達にとって過ごし易い環境が広がっている。
だがそれでも北の大陸のそれと比べると気温は高く何もせずとも汗が肌から滲み出て来る程に暑い。
こっちの大陸に来てそれなりの日数を過ごす内に漸く慣れて来た気温なのだが、例えその環境に慣れたとしても鉄製の鎧を身に纏えばどうなるか??
それは火を見るよりも明らかである。
「あっつい!!!! 何でこんなクソ暑い中鎧を身に纏わなきゃならんのだよ!!」
周囲に誰も居ない事を確認し終えると己の心に浮かぶ言葉を一切装飾する事無く叫んでやる。
こうでもしていないとやってられねぇよ。
「アハハ!! お――い、ダン!! 今は誰も居ないからいいけどよ――!! お偉いさんが居る時はじっとしているんだぞ――!!」
俺の後方……。いや、上方か。
「喧しいぞ!! 何で俺達が門兵の任務に就かなきゃいけないんだ!!」
随分と高い位置から明るい声が降って来るので堪らず振り返り、王門に続く壁の上で守衛の任務に就く隊員に叫んでやった。
「お前達は俺達第二班に配属されたし、任務に就くのが当たり前だろ――!!」
「鍛えるのは聞いていたけどよ!! 任務に就く事は聞かされていなかったの!!」
右手に持つ背の高い槍を天高く掲げて憤りを放つ。
「俺達は平の隊員だし、間違った方向に怒りの矛先を向けるんじゃねぇって!!」
「ちっ!! よぉ、相棒!! お前さんもそう思うよな――!!」
王門正面から向かって左側。
門兵の番に就いてから一切口を開かず馬鹿真面目に己の役割に徹しているハンナに向かって叫んでやった。
「……ッ」
お、おう。どうやら彼も俺と同じくかなりの憤りを胸に抱いている様ですねっ。
鉄の鎧に身を包んだまま、首だけを器用に動かして俺の方をじぃぃっと睨んでいる。
兜に覆われてその表情は窺えぬが体全体から滲み出る圧と、兜の目出しの奥の闇に薄っすらと見える燃え盛る火炎の憎悪が宿る両の瞳が物言わずとも彼の怒りを表していた。
おっかねぇ目付きしやがって……。
まるで親の仇を見付けた時の様な瞳じゃねぇか。
「俺を睨んでも無駄だぞ――!! もう直ぐ交代の時間だから我慢なさい!!」
俺がそう叫ぶと。
「……」
ギギギと鉄が擦れ合う音を奏でながら兜が真正面を向き、憤りの矛先が街中へと向けられた。
鍛える事が大好きな彼の事だ。本日の任務の話は正に青天の霹靂だったのだろう。
怒るのはやむを得ないけどそこはいい大人なのだからグっと堪えて与えられた使命を全うすべきなのですよっと。
俺達が王都守備隊に半ば無理矢理押し込まれてから本日で六日。
各班の隊員達とも徐々に打ち解け始め、彼等と共に過ごす内に王都守備隊の一連の日程が理解出来た。
今現在俺達が着任している門兵の任務や他の隊員が着任する王宮内の警護、東西南北の壁上に立つ歩哨の任や王都内の哨戒任務等々。
王都守備隊が本来就くべき任務に携わる任務の日があり、その翌日は一応勤務時間でありながらも王宮内の決められた場所で自由に過ごす事が出来る非番の日が訪れ。
その翌日は心と体を鍛え抜く訓練日が訪れ、その翌日はまた任務が訪れる。
任務、非番、訓練。
これが王都守備隊の隊員達に与えられた生活循環であり、俺達もその一部となって日々を消化している。
そして王都守備隊は大まかに第一隊と第二隊に別れ、そこから更に第一班、二班、三班と細分化される。
一班の数は凡そ二十名。
つまり第一隊と第二隊の計六班の百二十名が任務、非番、訓練に就きそれぞれがそれぞれの役割を担い任務に支障が出ない様にしているのだ。
俺達が訪れたのは第一隊二班の非番の日であり、翌日は彼等と共に汗を流した。
流石にいきなり任務に就くとはいかないので、初日の任務の日には世話役でもあるヴェスコに各施設の説明やら、各日程の過ごし方。そして俺達が就くべき任務の説明を受けた。
そこからむさ苦しい筋力の塊と重い汗に塗れて再び生活循環の波に飲まれ、そして此処に訪れて六日目に初の王都守備隊の任務に就く事となったのだ。
高貴な馬に跨り王都内の秩序を守る哨戒任務や王族を守る為に王宮内の歩哨の任務に就き、ちょいと鼻高々な気分で王都守備隊の気分を味わえるかと思いきや。
俺達に与えられたのはいちば――ん辛い門兵の任。
朝も早くから妙にデカイ鎧を着させられ、長さがまるで合っていない槍を持たされ。
『いいですか!? 門兵の番に就く時は決して動かないで下さい!! 我等王都守備隊の正しき規律と守るべき秩序を表す為にも不動の姿勢を貫かなければならないのですから!!』
更に俺達の世話役でもあるヴェスコから太過ぎる釘を差されてしまった。
俺の顔を直視して叫んだって事は俺の生活態度を鑑み、それだけ信頼されていなかったのだろう。
この暑い中、鉄製の鎧を身に纏ってずぅぅっと立って居たら死んじゃうよ?? と。
世の普遍的な道理を問うたが。
『何の為に辛く苦しい訓練に臨んでいるんですか!? 王都守備隊の隊員達は誰よりも強く、凛々しく、そして規律を重んじなければならないのです!!!!』
俺の問いに対しての正答は帰って来ず。
クソ真面目な答えばかり帰って来るのでこれ以上の抵抗は無駄であると確知。
俺と同じく妙に大きさが合っていないアベコベな鎧を身に纏った相棒と共に門の前に立ち渋々と、嫌々と門兵の任務に就いたのだ。
門兵に与えられた任務の時間は約八時間。
毎朝の日課である早朝の走り込みを第二班と他の班の者達と共に終え、兵舎内の大食堂で超豪華な朝食を摂り終え、任務に就いたのは午前九時頃だ。
つまり、間も無く日が傾き始めるので俺達はそろそろお役目御免って事なのさ。
「はぁ――……。しっかし、絶景だよなぁ」
整然と整理された石作りの頂上から見下ろす王都の姿は美しく映り、東西南北に続く街の主大通りには多くの人達が蠢き経済活動の一端を担っている。
それが交差する街の中央のある区画に視線を置くと柔らかい吐息を漏らした。
ドナの奴、元気にやってるかな……。
年始の忙しさは徐々に収まって来ているけどそれでも通常時と比べられない程に多くの仕事が舞い込んで来るし。
彼女の竹を割ったような性格だ、きっと今頃。
『喧しい!! 決められた報酬を渡すからそこで待っていなさい!!』
報酬を受け取りに来た請負人に怒号を放っているのだろうさ。
も――少し慎ましくしていれば数多多くの野郎共から誘いの声が掛かるってのに、勿体無い。
今度は徐々に傾き始めた太陽の軌跡を追う様に西の方角へと視線を向ける。
ルクトは元気にしているのだろうか??
俺達が居なくなって物凄く静かになった森に違和感を覚えて困惑していないだろうな??
あ、いや。逆に俺達が居なくなって清々しているのかもっ。
時間が出来たら俺の魔力の源、及び流れを安定させる為にもまたお邪魔しなきゃなぁ……。
まだまだ先の休息日の予定を何となく頭の中で纏めていると後方の扉が静かな音を立てて開かれ、軽やかな足取りが聞こえて来た。
「むっ……。その姿、ダンとハンナが門番か」
この声はゼェイラさんか。
「お疲れ様です」
声のした方向へ体を捻ろうとするが。
「ダン!! じっとしていろ!!!!」
門の上で歩哨の任に就いている隊員から御咎めの声を頂いてしまった。
「別にいいじゃねぇか!! 少し位!!」
ずっと立ちっぱなしなのも暇なの!! 少し位動かせてよね!!!!
「ははっ、別に構わんさ。それよりどうだ?? 王都守備隊と共に生活するのは慣れて来たか??」
ゼェイラさんが俺の目の前に立ち特に表情を変えずにそう話す。
「えぇ、まぁっ……」
本心では慣れて来ましたよと伝えてあげたいのだが、どうしても慣れない事があるので茶を濁した返事を返す。
「うん?? 何か不都合でも??」
「守備隊の方々が良くしてくれるお陰で食事、訓練、任務は慣れました。しかし、ですね。就寝時に途轍もない鼾を聞かされるのは慣れる気がしません」
大食堂や座学を行う為の教室等が存在する兵舎と近接する形で併設されている宿舎で王都守備隊第一隊の二班の隊員と夜を共にしているのですが……。
彼等が放つ鼾は真夏の分厚い雷雲から放たれる落雷の轟きよりも強烈であり俺とハンナの睡眠を阻害していた。
二段ベッドの上から放たれる稲妻の威力は相当なものであり、己の鼓膜をぶち抜いてやろうかと思える程だ。
そして今日の早朝。両手の指を器用に扱い耳栓代わりにしてウ゛――っと苦悶の吐息を漏らして寝返りを打つと隣の二段ベッドの下で休むハンナの姿を捉えた。
眉は心の底から湧く怒りよってプルプルと微かに震え、これでもかと眉間に皺を寄せて何んとか眠ろうとする姿は多分に笑いを誘おうとするが……。
此方も寝不足なので生憎全然笑えなかった。寧ろ同情の感情が湧いて来る程だ。
彼もまた大部屋にこだまする隊員達の巨大な鼾に悩む様子だったので寝不足気味のぼぅっとしたままの頭で暫くの間観察していると。
『…………。我慢の限界だ。貴様の命を断ってやる!!!!』
静かに瞑っていた瞼をカッ!! と開いて枕元に置いてあった剣を手に取り。
彼の頭上で小鴨宜しくガァガァと耳障りな鼾を放つ隊員の背中に目掛けて剣を突き立てようとする姿を捉えてしまった。
『気持ちは分かるけど突き刺しちゃ駄目――!!!!』
『放せっ!! 俺達の安眠を妨げる者共を屠って何が悪い!!!!』
第二班の隊員達の命を屠ろうと画策した彼にしがみ付き、大量殺人を未然に食い止めた。
それから俺達は俯せの状態で後頭部から枕を押し付けてこの世からの拒絶を図る姿勢に移行して慎ましい睡眠を摂取する事が出来たのだ。
向こうで門兵の任に就いている相棒の機嫌が悪いのは睡眠不足も影響しているのでしょうね。
「ふ、あはは!! そうか、鼾が五月蠅いか!!」
おっ、笑った顔を見るのは初めてだけど……。滅茶苦茶可愛いじゃないか。
清楚な漆黒の制服に身を包み、普段は余り表情を変えない彼女が放つ笑みは中々の威力を備えていた。
それに笑った拍子に胸元がプルンっと上下に動いちゃいましたねっ。目と心の保養になりましたよっと。
「は――……。久々に笑った気がするぞ。鼾に関しては慣れろ、としか言えんな」
「あれだけは慣れる気がしませんよ。所で、今から帰宅ですか??」
右肩から鞄を掛けている彼女に問う。
「いいや、これからリフォルサの所へ足を運ぶ予定だ」
「それはまたどうして」
此度の依頼の内容の再確認、かしら??
「どうやら先日向かわせた使いの者の態度が気に食わなかったようでな?? その釈明を五月蠅く求めている様なのだ」
あ――……。フライベンさんの事か。
彼は仕事優先のクソ真面目な政治家気質ですからねぇ。彼が放った言葉がリフォルサさんの逆鱗に触れちゃったのでしょう。
「彼女とはこれからも良好な関係でいたいからな。それにこちらに不備があったのもまた事実」
「行政に携わる者が一市井の方に頭を下げに行くのですか」
権力を持つ者と持たざる者。
その後者である彼女に頭を下げに行くのは本来彼女の仕事では無いだろう。
ゼェイラさんは上に立つ者として権利を振り翳す訳でも無く、市井の者の立場から物事を考えて行動に至ろうとしている謙虚な姿が好感を呼んだ。
「部下の失態は上司が尻拭いをする。上に立つ者は責任を取る為に存在しているのさ。それじゃ失礼する」
「あ、はい。お気をつけて」
彼女が特に表情を変える事無く右手をスっと上げると中々慣れた歩みで階段を下りて行く。
「むっ……。しかし、この無駄に長い階段はどうにかならんのか。足が疲れて仕方がないぞ」
あはは。階段の上り下りは慣れてはいるけど疲労度は俺達と変わらないみたいですねっ。
彼女の背中から放たれる疲労感を何とも無しに眺めて軽い吐息を漏らすと、熱望していた台詞が後方から届いた。
「よ――っす、ダン。そろそろ交代しようぜ」
待っていましたよ!! その台詞ッ!!!!
「漸く交代か!! 疲れたぁ――……」
立派な鎧を身に纏って現れた隊員に大変分かり易い疲労を籠めた台詞を吐いてやる。
「まぁ慣れない内は疲れるだろうさ。兵舎に戻って休みたいだろうが……」
「わ――ってるよ。汗臭い隊員達の汗を流す為に風呂の準備だろ??」
釘を差そうとした隊員の胸元をポンっと軽く叩いてやる。
「そういう事。風呂の用意は新人の役目だからな」
「へいへいっと。よぉ!! ハンナ!! 後少し頑張ろうぜ!!」
向こう側で俺と同様に引き継ぎの任を行っている彼に叫んでやる。
「喧しいぞ。聞こえているからもう少し静かに話せ」
着慣れていない鎧を身に纏った彼がガチャガチャと鉄を擦り合わせる音を奏でながら此方へ向かって来る。
「あっそ。取り敢えずこのクソ暑い鎧を脱ぎ捨てて、それから薪の用意だな!!」
「はぁ……。何故俺が風呂の準備等しなければならないのだ……」
「まぁ、そう言うなって。郷に入っては郷に従えって言うだろ??」
あからさまに辟易した彼の肩を優しく叩き、そのまま王門の隣に設置してある扉を潜り抜けた。
本日の任務終了まで後少し!! 彼等の体に合う温度の御風呂を提供する為にもうひと頑張りしましょうかね!!
意気消沈する相棒を先導する形で高貴な王宮にちょいと不釣り合いな鉄の音を奏でつつ目的地である訓練場の奥に併設されている風呂場へと向かって行った。
お疲れ様でした。
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