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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第八十七話 憐れな人身御供 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。かなりの長文となっておりますのでお時間がある時にでも御覧下さい。




「おっと、これは失礼。現状を話している内に本題から逸れてしまいましたね。コホン、ダンさん達に依頼したい内容は……」



 恐らく話の本筋からして王都守備隊の人達を鍛えて欲しいとか、訓練の相手をして欲しいとかの類でしょうね。


 でも、そうなると何故俺達に依頼を申し込もうとしているのかが分からない。


 この大陸には俺達以外にも腕の立つ者達がきっと大勢いるのだから。



「依頼内容を話す前に最終確認をさせて頂きます。依頼内容を聞く以上、貴方達には守秘義務が与えられ身柄が拘束されます。拘束期間は依頼が達成されるその日まで続くと考えて下さい。勿論、自由に行動出来る休暇も与えますのでその点は御安心下さい。ダンさん、ハンナさん。本当に宜しいのですね……??」



 フライベンさんが俺とハンナに鋭い視線を交互に向ける。


 俺達はその視線を受け取ると刹那に頷き、彼に対してこう答えた。



「無論承知する」


「分かりました、その依頼を引き受けましょう」



「有難う御座います。では、依頼内容を御話させて頂きます。今から数か月前、王宮に一通の便りが届きました。その内容は、『時は来たれり。我等かの地にて待つ』 。この便りは数十年若しくは数百年に一度王宮に必ず届く便りです。送り主は…………。暴虐の限りを尽くそうとする混成獣キマイラと呼称される滅魔です」


『滅魔』



 その単語を聞き取った瞬間に俺達の顔は一気に緊張の色に染まってしまった。


 お、おいおい。嘘だろう?? この大陸には国食い以外の滅魔が存在するってのか??



「遡る事遥昔、キマイラを倒した英雄王 『シェリダン』。この街の名の由来となっている彼が静かに眠り行く滅魔と交えた契約。それは数十年、若しくは数百年に一度眠りから覚めたキマイラを楽しませるというものなのです」


「楽しませる?? 酒でも酌み交わして宴会でもするのです??」



「あはは、まさか。キマイラと呼称される滅魔は闘争に飢えており眠りから覚めるとその欲求を満たそうとする為、腕利きの戦士を送れと要望するのです。戦士達との戦いを楽しむ代わりに王都へは侵攻しない。シェリダンと交わした契約は古の時代から現代まで続いておりもう間も無くその契約の履行時期なのですよ。そして、ダンさん達にはこのキマイラ討伐に参加して頂きます」



「へっ?? 俺達、がですか??」



 い、いやいや。古の時代の滅魔と戦うなんて寝耳に水なんですけども……。



「この重要機密を知った以上、貴方達には拒否権は与えられていません。続けて依頼内容を説明させて頂きます。明日の午前十時頃、此処へ迎えの者を寄越すのでダンさん達は彼等と合流後王宮内に存在する王都守備隊の兵舎へと移動して貰います。そこで予定としては十日程度彼等と共に訓練を続け、そして王都守備隊隊長グレイオス。副隊長トニアの両名と共に南方のキマイラ討伐へ出発。洞窟内に潜む滅魔を殲滅して帰還して下さい」



 う、うん。キマイラちゃんは大勢の人々が暮らすこの王都を蹂躙しない代わりに、己が欲求を満たすであろう強き戦士を寄越せと所望しているのは理解出来た。


 物凄くサラっと難しい依頼を説明してくれましたけども、ここで幾つかの疑念が湧いてしまう。



「先程伺った話ですと王都守備隊の人達の戦力はあてにならないかと……」


「その通りだ。王都守備隊以外の軍人でも寄越せばいいのではないのか??」



 俺と同じ考えに至ったハンナとほぼ同時に口を開いた。



「我が王国の持つ軍勢は約二万名。その殆どが王都周囲の街に展開して外敵の進行を妨げようとして任務にあたっております。それに今回の任務は機密事項に該当しており腕だけで生計を立てている無頼漢達に任務にあたらせると情報漏洩を懸念しなければなりません。 よく考えてみて下さい、我等王国が恐ろしい滅魔の欲求を満たすが為に人身御供を送っているこの事実が世間に露呈したらどうなるのか?? 国王の信頼は失墜し、行政は破綻。各地から王政転覆を企む悪しき者共が押し寄せ王都は大混乱へと陥ってしまう可能性が高いのです」



 ま、まぁフライベンさんが仰った理由は概ね正しいですけどね??


 その人身御供役を担う俺としてはも――少し安全性を、ですね。キチンとして欲しい訳なのですよ。



「あ、御安心下さい。王都守備隊隊長のグレイオスは守備隊の中でも抜きん出た実力を備えており。副隊長のトニアは先程説明させて頂いた腕利きのラタトスクです。戦力面では心配ないかと」



 俺の視線の意味を速攻で理解したフライベンさんが戦力の詳細を説明してくれる。



「多くの腕利きが存在する軍部からの応援は望めず、情報漏洩を懸念して軍部の出動も出来ない。そして我々は由緒正しい王都守備隊の隊長、副隊長と共にキマイラ討伐へ向かうのは理解出来ました。ですがそのキマイラという滅魔は一体どんな奴なのですか??」



 相手の戦力、戦法、周辺の地形等。


 敵の情報の詳細が一切判明しないのに敵地に足を踏み入れるのは只の自殺行為だ。


 何もせず死にに行けと言われている任務に帯同しようとは思わないぞ。



「キマイラが潜む洞窟は此処から南方へ二十日程度進んだ場所にあります。古の時代、命辛々帰還した者達の証言によりますと洞窟内は様々な罠が張り巡らされており。数々の罠を潜り抜けて行くと奴等と対峙する事になります。キマイラの外見は漆黒の体毛に覆われた巨大な胴体に三つの獅子の頭があり、尻尾の部分は黒蛇に取って代わる。獅子の頭に備わる牙は鉄を容易に噛み砕き、火炎、雷、氷結の息を吐いて対峙する者を死に至らせます。大木を切り裂く鋭い爪、噛まれたら即死を免れない黒蛇の毒牙。正に戦闘に特化した外見であると古い資料に記載してありました」



 お、おいおい……。勘弁して下さいよ……。


 あの五つ首と何ら変わりない戦闘力を備えていそうじゃん……。



「フライベン殿。話の途中で『奴等』 と対峙する事となると仰っていたが……。そのキマイラは複数名の集合体なのか?? それと洞窟内に存在する罠の詳細を話してくれ」



 ハンナが険しい表情を浮かべつつも、微かに陽性な感情を含ませた声色で問う。



「ハンナさんの仰る通りです。キマイラは四名の滅魔の集合した個体になります。弱点と呼ばれる弱点は見当たらず正面突破が正攻法かと……。そして洞窟内に存在する罠の多くは、とある箇所に足を乗せたら矢が降り注ぎ、壁の穴を貫いて槍が出て来る。そういった原始的な罠が目立つと記載されていましたね」



「その四名の詳細は記載してありました??」



 相棒とは真逆の大変沈んだ声色で話す。



「名前等の詳細は記載してありませんでしたが、彼等はキマイラの姿に変わる前は人の姿を模しており。どうやらその四名は一名の首領を中心に行動をしている様です。それ以外の情報は何も……」


「有難う御座います。依頼内容は概ね理解出来ましたが我々にもキマイラ討伐へ向かう準備の時間を頂けますか??」



 明日の朝一番にいきなり迎えに来られてもねぇ……。


 それ相応の準備が必要なのですよっと。



「予定を遅延させる訳にはいきませんが。そうですね……。では、十日間を予定している訓練の中に一日だけ休息日を与えます。その日に全て準備を整えて下さい」


「その休息日は王宮から抜けて街に出掛けても構いませんよね??」


「えぇ、勿論。ですが貴方達には守秘義務が課されていますのでそれを努々忘れぬ様にお願いします」


「分かりました。では最後の質問です。そのキマイラが王宮に便りを送ったと先程仰られましたが……。それは彼等の内の一人が直接王宮に訪れたのですかね??」



 話の腰を折っては悪いと考えて聞いていたが……。奴等がどういった方法で便りを送ったのか気になっていたのよね。



「キマイラの内の一人が直接王宮に訪れたのなら全戦力を以て取り押さえますよ。王宮には伝令鳥を通して便りが届きました。その送り元は奴等が潜む洞窟の最寄りの街でしたね」



 り、り、律儀ッ!!!!


 紳士的且クソ真面目な方法で便りを送りましたね!!!!



 奴等の寝床である洞窟から出て、トコトコと歩いて最寄りの街へと向かい王宮宛てに便りを送る


 その姿を想像するだけで思わず吹いてしまいそうだぞ。


 何人もの強者を屠って来たと聞いたから思わず身構えていたけど、話せば分かってくれる奴等なのかもっ。



「は、はぁ。随分と真面目な方々なのですね……」


 取り敢えず拍子抜けした口調で頷いておいた。


「文明を使用出来る頭脳を持ち合わせていますが、邂逅を遂げようとは思わない事です。奴等の目的はあくまでも闘争心を満たす為なのですから」


「それは重々理解していますよ。ふぅ――……、滅魔の討伐か」



 何も初めての経験じゃないけどさ、やっぱり命の保証が与えられていない任務に携わるとなると億劫になっちまうよなぁ。


 静かに目を瞑り、巨大な杞憂と不安を乗せた吐息を吐く。



「恐ろしいのは重々理解しております。大多数の命と少数の命を天秤に掛ける訳ではありませんが……。我々はこの王都を、そして王族を守らなければならない使命が課されております。ですからダンさん達にはそのお力添えを頂きたく此方へ足を運んだのです」



 俺達が奮闘してキマイラの闘争心を満たせば王都に被害は及ばず王族の命も守れる。


 数十万の庶民の命と王族の命、そして人身御供となった四名の命。


 果たしてどちらの命を優先すべきか??


 数百、数千の者に尋ねても前者の命を優先するだろうさ。


 命の天秤に掛けられた大多数の命を救う為に俺達は懸命に足掻くのだ。



「分かりました。フライベンさんの考えている通りにいくかどうか分かりませんが……。この街の人々の命を守れるのならこの身を粉にして任務に邁進させて頂きますね」


「有難う御座います。では、先程説明した通り此処へ迎えの者を寄越しますので着替えや日用品の準備を整えて……」



 フライベンさんが微かに口角を上げて最後の段取りの説明をしていると。



「――――。フライベン様、大変申し訳ありません。その依頼は規則に違反する為、御受けする事が出来ません」



 これまで沈黙を貫いていたドナが怒気に塗れた表情を浮かべて口を開いた。



「おやおや?? 貴女は私達の話を聞いていましたよね??」


「えぇ、一字一句聞き逃しませんでしたね。この斡旋所は殺人の依頼、若しくは誰かを傷付ける様な依頼を御断りしております。フライベン様が当斡旋所に申し込もうとしている内容はその規律に抵触する可能性が大いにあり、私の判断で受け付けは出来ないと判断しました」


「貴女にはその様な権限は与えられていないとこの斡旋所の所有者から聞きましたけど」


「確かに仰る通りです、最終判断はリフォルサさんの手に委ねられております。ですが、彼女が最終判断を下すまでの間、私は依頼の受付を一時中断出来る権利を与えられているのです」



 お、おっと??


 何だか雰囲気が物凄く不穏なモノに変化してきますね……。



 ドナの鋭い視線と塵芥を見下ろすようなフライベンさんの冷たい視線が空中で接触すると部屋の空気が一変。


 一触即発のピリついた空気へと変わってしまった。



「えっと……。貴女はつまり、この斡旋所の所有者であるリフォルサに了承の決断を得る為に依頼の受付を一時中断しようとしているのかな??」


「その通りです。理解出来ましたのなら即刻立ち去って下さい」



 顔、こっわ!!!!


 もう少し眉の角度を柔和にしましょう??



「あはは、参ったな。私達は予定を遅らせる訳にはいかないのですよ」


「それはそちらの都合で御座います。我々は殺し屋では無くこの街を真に想う人達の集合体です。そういった依頼は頑として断っているのですよ」



 普段ならその通りっ!! と。


 ドナの意見に賛成するのだが、今回ばかりは違う。


 俺達が人身御供の役割を果たさないとこの王都に住む者達に魔の手が迫るのだから……。



「成程成程……。では、実力行使に出ると申したらどうします??」


「全力で阻止させて頂きますね」


「全力で阻止?? ふっ……。あはは!!!! たかが数名の腕利きで軍部を止められるかと思っているのですか!? これは愉快だ!!」



 ちょいと鼻に付く笑い方で笑い転げてしまう姿を捉えると、ドナの右手に大変お強そうな拳が形成されてしまう。



「ふ――……。言い方は悪いですけどね?? 噛みつく相手を間違えていませんか??」


「どういう事よ……」


「君達ラタトスク、そしてこの斡旋所に存在する大蜥蜴達を利用しても我々にはどう足掻いても勝ち目は無いと言っているのですよ。こんな簡単な事も分からない貴女の頭の中が愉快でついつい笑ってしまいました」


「……ッ」



 おっとぉ……。こりゃ不味い。


 いつでも飛び出せる準備をしておきましょうかね。



「貴女の愉快な頭でも大変分かり易く説明してあげましょう。黙って指示に従えばそれ相応の資金を提供する、その代わりに我々が示した条件を満たす腕利きを寄越せ。これが今回の依頼内容です。そしてこの依頼が舞い込んだ以上、其方に拒否権は与えられていない。例え拒否したとしても彼等は我々に従うでしょう。そうですよね?? ダンさん」



「えぇ、仰る通りです。この斡旋所を失いたくないですから」



 今回の依頼を拒否すればフライベンさん達は重要機密を知ってしまった俺達を拘束するだろう。


 そして、ラタトスク達が運営するこの斡旋所は王の命に従わなかったとして罪に問われるのが目に見えている。


 ラタトスクと大蜥蜴。


 異なる両者の間に存在する権力図は俺達から見ても後者に傾いているのだ。


 虐げられている者を更に罰するのはとても簡単であり例えそれが法に違反しているとしても大多数の者は大蜥蜴の判断を支持するであろう。


 ドナには悪いけど……。俺達は彼等に従わざるを得ないのだ。



「流石、彼女が見込んだだけはある。我々はここを容易く潰す手段を幾つも持っている。ですから歯向かわない方が賢明ですよ??」


「そ、それがどうしたってのよ……」



 ドナの双肩が微かに震え始め、確実に相手を傷付けようとする意図を籠めた拳を形成してしまう。



「彼女は見る目はあるのですけど、貴方の様な者を職員として採用するとは……。今回ばかりは選択を誤った様ですね。誰構わず牙を剥くのは駄犬、従順に飼い慣らされているのは猟犬。その違いも分からぬとは全く度し難い事この上ありません」



 フライベンさんが大きな溜息を吐いて落胆すると同時。



「こ、こ、この野郎!! その減らず口を叩き直してやる!!!!」



 ドナが激昂に任せて突貫を開始してしまった。



「わ、わぁっ!! ちょっと待った!!」


「何すんのよ!!」


「ちょ、ちょっと失礼しますね!!」



 明確な殺意を籠めた拳を掲げて向かおうとする彼女を羽交い絞めにして拘束するとそのまま応接室の外まで運んでやる。



「離せ!!!!」


「あいだ!?」



 無防備な足の甲を踵で思いっきり踏んづけられてしまい思わず拘束を解いてしまった。



「一体何なのよ!! アイツは!!」


「ま、まぁ取り敢えず落ち着けって」


 激昂する彼女を宥める様に両手で優しく制してあげる。


「落ち着ける訳ないでしょ!! いきなりやって来てあんた達を危険な任務に連れて行くって言うじゃない!! そんな危ない依頼を受け付けるのは出来ないに決まっているでしょ!!」


「俺の考え、だけどさ。多分俺達の知らない所でリフォルサさんが色々と根回ししていたと思うよ」


「はぁ?? 何でそんな事が分かるのよ」


「少し考えれば分かるじゃないか。ほら、フライベンさんが来るとリフォルサさんから言伝を貰っていたんだろ??」


「えぇ、そうね」



 俺がそう話すと冷静を取り戻しつつあるドナが一つ大きく頷いてくれる。



「今回の依頼の肝はキマイラの討伐だ。帰還出来る保証の無い危険な作戦を公表する訳にはいかず、それが漏洩した場合行政を脅かす恐れもあるからある程度信頼出来る人物を以前から探していた筈」


「信頼だけじゃなくて、腕の立つ人である事も必要よね??」


「その通りだ。そして、例えこの世から去っても行政には大して痛手にならない人物である必要もある。危険な作戦に参加させる為に幾つかの条件を満たした人物が……」


「ダンとハンナさん、という訳ね」



 その通りっ。


 そんな意味を含ませて彼女の顔を指で優しく指してあげた。



「でも分からないわね。何でうちの斡旋所を利用したのかしら??」


「多分、だけど。リフォルサさんが国の行政に携わる者と通じているのだろうさ。これはあくまでも想像だけど国のお偉いさんが提示した条件の者を斡旋する様にお願いして、彼女が俺達の仕事振りを認めて今回の依頼が舞い込んで来たんだと思うよ」



 想像じゃなくて、確実に通じているだろうなぁ。そうじゃなきゃ一旅人である俺達に国が関与する依頼が舞い込んで来る訳無いし。



「じゃあリフォルサさんがダン達を国に売ったって言うの!?」


「売ったってのは少し違うと思うぞ。フライベンさんが言っていただろ?? キマイラの要求を無視した場合、この街に被害が及ぶって。彼女も今回の依頼を渋々了承したんじゃないかな??」



 大勢の人々の命と四名の憐れな生贄の命。


 どちらを優先するのかは聡明な人物であれば直ぐに理解出来るのだから。



「はぁ――……。成程、そう言う事ね。本当は今直ぐにでもあのクソッタレな野郎の胸倉を掴んで放り投げてあげたいけど、どの道私達には拒否権が与えられていないし。受けざるを得ない状況なのよね」


 漸く全てを理解した彼女が双肩をガックリと落として重苦しい溜息を吐く。


「いや、依頼を断る方法はあるぞ」


「そんな訳ないでしょ。王宮から直接使者が来て、更に私達の身元は完全に抑えられているのよ?? 無理じゃん」


「馬鹿だなぁ。必要最低限の荷物を纏めて夜逃げすればいいのさ」



 相棒と共に荷物を数時間で纏めてトンズラすれば命の保証が無い危険な任務に携わらなくても良い。


 しかし、この選択肢を選択した場合……。



「そうなったら私達が罪に問われるでしょ。ほら、敵前逃亡とか。情報漏洩の罪とかで」



 ドナの話した通り、この店の責任者であるリフォルサさんの身柄が拘束され。従業員であるドナ達も拘束されるだろう。


 大蜥蜴達が実権を握る街でラタトスクの存在はほんの小さな存在だ。この斡旋所は潰され誰も彼女達に手を差し伸べる事は無い。



「その通りだけど……。俺達と一緒に逃げ出せば全ては完璧に上手く行くぞ??」


「へっ!?」



 健全な男女間の距離感を一気に潰し、互いの体が触れ合う距離までに急接近するとドナの腰を優しく抱いてやる。



「さぁ、どうする?? 全てを捨てて俺達と逃げ出すか……。それとも里に帰って静かに暮らすか」


「やっ……。ちょ、ちょっと!! 放して……」



 うふふ、嫌がる振りをしちゃって。


 本当に嫌ならとんでもねぇ拳が飛んでくる筈なのに、俺の腕の中で抗う彼女の力はまるで乙女そのものだ。



「早く決断しないと……。その良く動く口を塞いじゃうぞ」


 右手に強い力を籠めて彼女の体をこれまで以上に強く拘束すると互いの鼻息を捉えられる距離までに顔を近付けてあげる。


「や、止めなさい。そんな事したら……。本気で殴るから……」



 羞恥と理性がせめぎ合う彼女の顔は朱に染まり判断に陰りが見え始めている。もう一押しで理性が瓦解してしまいそうな程の羞恥を与える為にも!! 


 ここは男らしくガンガン攻めるべきでしょうね!!!!



「それでも構わないさ。それじゃ、頂きま――すっ……」


 静かに目を瞑り、敢えてわざとらしく唇を尖らせてドナの大変美味しそうな唇目掛けて侵攻を開始した。


「ちょ、ちょっとぉ!! 何でこんな時にっ……!!」


「ん――っ……」


「う、うぅっ……。うぅぅ――……。や、や、やっぱり駄目ぇぇええ――!!!!」


 ドナの鼻息が人中にそっと吹きかけられた刹那。


「ヴォガラッ!?!?」



 頭の天辺から魂が飛び出していくような衝撃が顎先に迸り、俺の体は聖樹ちゃんの荘厳で立派な樹木の様にピンっと背筋が伸びてそのまま天高く進み。


 そして、その勢いが消失すると重力に引かれて塵一つ確認出来ない木の床に着地してしまった。



「こ、この変態野郎が!! 時と場合を考えなさいよね!!!!」


「ウ゛ゥ……。い、良い拳を持ってんじゃないか……」



 この力……。ひょっとして相棒の拳といい勝負するんじゃないの??


 痛む顎を抑え、頭の言う事を中々受け付けてくれない両足ちゃんに強烈なビンタを施して何んとか命令を受け付ける様にすると大変弱々しい所作で立ち上がる。



「どう?? 少しは落ち着いたか??」


「はぁ?? あぁ、うん……。まぁ思いっきりぶん殴れたし、多少は落ち着いたかな」


「そりゃ良かった。このまま部屋に戻したらフライベンさんに襲い掛かりそうだったからね」



 直情型の彼女を放っておいたらきっと自分の心の赴くままに行動を取ってしまうだろう。


 暴力行為は決して許されるべきでは無い状況なのだが……。ドナが俺達の身を案じて手を出そうとしてくれた事が物凄く嬉しかったのですよ。


 彼女は自分の本心で行動に至ろうと考えていたのだろうが、その優しい心が俺の心を本当に温めてくれた。


 今回はその方法が偶々暴力行為となった訳なのですが……。不器用過ぎるのも大概にして欲しいですよっと。



「うっさいわね……」


「でも有難うね?? 俺達の身を案じてくれて」


 俺が礼を述べると。


「う、うん。そりゃあ大切な人……。じゃない!!!! 飼い犬が他所の家に行くんだからね。躾を施しておかないといけないしっ」


 真っ赤な顔のままそっぽを向いてしまった。


「あはは。それじゃあ、話をしに戻りましょうか」



 ドナの肩を優しくポンっと叩いて扉を開き、ちょいと痛む顎を抑えたまま先程腰かけていたソファに舞い戻った。



「何か凄い音がしましたけど……。大丈夫です??」


 フライベンさんが少々驚いた顔のままで俺の顔を見つめる。


「勿論大丈夫です。頑丈なのが取り柄なので」


「そうですか……。話し合いは終わりましたか??」


「えぇ、滞りなく。彼女は俺達の身を案じてくれた為にあの様な失礼な態度を取った様です。此方の無礼をお許し下さい……」


 俺が静々と頭を下げると。


「……っ」



 まだ微妙に納得のいってないない表情を浮かべたドナも頭を下げてくれた。



「それは結構。では、先程説明させて頂いた通り明日の午前十時に迎えの者を寄越しますので遅れる事の無い様にお願いしますね」



 少しだけ機嫌が良くなったフライベンさんが立ち上がると俺に向かって右手を差し出してくる。



「分かりました。私達がどの程度まで通用するのか分かりませんが依頼を受ける以上。粉骨砕身この身を捧げるつもりです」


 その姿を捉えると此方も静かに立ち上がり、彼の立派な手を掴んであげた。


「ほぅ……。中々力強いものを感じますな」


「有難う御座います。彼に酷い目に遭わされながら日々鍛えていますので」


「ははっ、ハンナさん。彼の体を虐めるのも程々にしておかなきゃ駄目ですよ??」


「善処しよう」


「それでは失礼しますね」



 フライベンさんが静かな所作で扉を潜り抜けて廊下に出て行くと。



「はぁっ!! あぁ――!! 腹立つぅぅうう!!」



 ドナが己の憤りを霧散させる為に、壁際に設置されていた棚を思いっきり蹴飛ばしてしまった。


 うわぁ……。棚ちゃんも可哀想だな。何もしていないのにいきなり蹴られるなんて。



「取り敢えず落ち着けって」


 緊張の糸が切れ、ちょっとだけだらしない姿になって怒気を振り撒く彼女の背に話し掛けてやる。


「落ち着いているわよ。この街の人々を守る為にダンとハンナさんは危険な任務に赴くのも理解している。でもさ……。何でダン達なのかなぁって。それだけが納得出来ないのよ」


「さっきも廊下で言っただろ?? リフォルサさんが俺達の実力を認めてくれたって」


「それはさぁ――、理解しているのよ。でも話が来た時点で断れば良かったじゃん……」



 むすっと唇を尖らせると今度は床に八つ当たりですか……。


 貴女の踵が木の床をブチ抜く前にその所作を止めなさい。



「安心しろ。俺達は決して負けはしない」


 ハンナが腕を組み、厳しい顔のままそう話す。


「ハンナさんがそう言うなら信じるけどさぁ。あぁ、もう!! もやもやする!! 取り敢えず営業終了後にリフォルサさんに会いに行って来るわ!!!!」


「そ、それが最善だと思いますです、はい……」



 俺にはこの獰猛な獣を御する自信はない。


 飼い主であるリフォルサさんに一任すべきでしょう!!


 相棒と共に必要な物資の取捨選択の段取りを開始したいのだが、まだまだ怒りが冷め止まぬ彼女から激しい連続口撃によってそれは叶わず。


 ドナの怒りの矛先が此方に向かわぬ様に必死に宥めていると。



「失礼しますね」


「ドナ――。営業時間終了したから掃除するよ――」



 彼女の同期二人が応接室にやって来た。



「私はそんな事をしている時間は無いのよ!!」


「じゃあ二食分奢って貰う事になるけど??」


「は、はぁ!? 何でそうなるのよ!!」


「あらあら……。あの様子は余程の事があったのね。ハンナさん、何があったのか教えて下さいます??」



 相棒の隣に腰掛けたレストが何やら意味深な距離から問う。



「い、いや。俺達にはしゅへ。ンンッ!! 守秘義務が与えられている故。話す訳にはいかぬのだ」



 彼女の意味深な攻撃を相棒が受け止めると、顔をさっと背けて舌を噛むというほぼ童貞の所作を取ってしまった。



 ギャアギャアと五月蠅く喚く二名の女性、この機に乗じて何やら悪巧みをしている女性とそれを必死に躱そうと無駄な努力をしている男性。


 俺は彼等の喧噪を他所に一人静かに今回の依頼の真意を探っていたのだが……。



「取り敢えず今回の事を聞きにリフォルサさんの所へ行くわよ!! ついて来なさい!!」


「ぐぇっ!?」



 今直ぐにでも直属の上司からその真意を尋ねるべきであるとの考えに至った活発受付娘に襟を掴まれ、無理矢理廊下に引きずり出されてしまったのでそれは叶わなかった。



 只、唯一分かっているのは……。今回の依頼はべらぼうに危険だって事だ。


 自爆草の種子の採取、飢餓鼠の退治、そして生の森の中枢へと向かう依頼。


 これら全てが生温く感じる程の危険が待ち構えていると考えると背筋に冷たい汗が流れて行くが……。キマイラと呼称される滅魔を己が目に納めたいと考えている興味心旺盛な自分もまた存在した。


 危険と不思議を求めて冒険を続けている自分にうってつけの依頼、されど今回ばかりは帰らぬ人となるやも知れぬ。


 危険な冒険と命が保証されている安心な旅。


 この相対的事象は決して相容れぬのだろうなぁっと、廊下の汚れを半ば強制的にお尻で拭き取りながらその考えに至ったのだった。




本当にお疲れ様でした。


この導入部分にかなり手間取っていましたが何んとか書き終える事が出来ました。そして、次の依頼はそうですね。『キマイラ討伐編』 とでも呼称しましょうか。


本話でも出た通り、彼等はこれから古の時代から彼等が生きる時代まで存在している滅魔と対峙します。


構想は既に纏め終えて後は書き出して行くのですがそれがかなり長い道のりになってしまいそうなので今から四苦八苦している次第であります。


長い道の終着点を見つめるのでは無く、足元をしっかりと見下ろして着実に一歩ずつ前進して行けば自ずと踏破出来る。そう考えて時間が許す限り光る画面に文字を打ち込んでいるのが現状っといった所でしょうか。


まだまだ先は長いですが、気長に書いていくつもりです!!



それでは皆様、お休みなさいませ。



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