第八十六話 一年の計は何処にある??
お疲れ様です。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
人の沈んでいる心の中から陽性な感情を無理矢理引き出してしまう燦々と光り輝く太陽が空に浮かび、大勢の人々がその光を浴びつつ己が目的地へと進んで行く。
ある者は太陽の光と同調する様に眩い笑みを浮かべて、またある者は普段通りの面持ちを浮かべて。
王都内で蠢く人々の表情は多少の差異はあるが概ね良好であると看破出来る。
しかし、潤沢に回る経済の好景気の風を受けても、太陽の朗らかな笑みを受け取っても浮かばぬ表情を浮かべている者は一定数存在する。
身内に何か不幸があったのか、親しい友が先に逝ったのか、将又己が人生の岐路に立たされたのか。
その理由は様々であるが彼等の沈んだ顔は本当に目立たぬ程に大勢の明るい顔に埋もれてしまっていた。
見方によっては人に嫌悪感を抱かせる陽性な表情の中に紛れた一人の男はどうやら少数派に属す様だ。
「……っ」
薄汚れた灰色の外蓑を頭から被り猫背気味に目的地へと進む姿は人に何処か陰湿な印象を与える。又、小さな歩幅と俯いている姿勢もそれに拍車を掛けていた。
洪水と思しき荒れ狂う人の濁流が南北に続いている大通りから柔らかい影が広がる裏通りに入るとその男が静かに溜息を漏らし、そして目的地に到着すると枯れ気味のしゃがれた声で己の目的を口頭で伝えた。
「失礼。リフォルサさんに言伝があります」
その男を捉えた女性は瞬時に気持ちを切り替えて張り詰めた空気を纏う。
「分かりました。そのままお進み下さい」
「有難う」
硬い口調で面会の許可を受けた彼は室内の扉を開き、静けさが漂う廊下を物静かな所作で進み。
「執政官ゼェイラの使いの者です」
再び枯れ気味の声で端的に自身の到来を告げた。
「――――。どうぞ、お入り下さい」
「失礼します」
扉を潜ると礼儀正しく一つ頭を下げ、今も忙しなく執務に追われているリフォルサの前へと進む。
「態々此方まで御足労頂き有難う御座います。本日はどういった用件ですか??」
リフォルサが墨を纏った羽筆を机の上に置くと万人に通用する軽い笑みを浮かべる。
「恐らく察している通りかと。二日後、貴女が所有している職業斡旋所に此方から正式な依頼を申し込ませて頂きます」
「ご利用頂き誠に有難う御座います」
「依頼の内容は…………」
彼が静謐な環境を乱さぬ静かな口調で依頼内容を端的に告げると、澄み渡った青き空の様に澄んでいた彼女の表情が一瞬にして曇ってしまった。
「そう、ですか。分かりました。彼等には酷かも知れませんが背に腹は代えられないですからね……」
「仰る通りです。それなりの危険を伴いますのでそれに見合った報酬を憐れな彼等に、並びにそちらへ謝礼を支払わせて頂きます」
口元を歪に曲げて放った彼の言葉がリフォルサの癇に障ったのか。
「それなりの危険?? 憐れ?? 彼等の存在は今や我々には欠かせない戦力の一つです。それに街の人からの信頼も厚い。万が一、彼等に虚偽の依頼内容を伝えた場合。此方も法的措置を取らせて頂きますのでそれを努々忘れない様に」
冷徹な表情を浮かべて無礼な彼の態度を咎めた。
「ほぉ……。流石ゼェイラ様が一目置く御方だ」
「彼女の下に戻ったらこう伝えておきなさい。二度と私の前に貴方を送るな、と」
「ふふ、えぇ。一字一句正確にそう伝えさせて頂きます。それでは失礼しますね」
彼が猫背気味に退出するとリフォルサが強張っていた双肩の力をフっと抜いて宙を仰ぐ。
「はぁ――……。新年早々彼等には無理をさせちゃうわね。でも、彼等以外にはとてもじゃないけど任せられないし。私も酷い女、なのかな」
窓から差し込む眩い光を眺めていると。
「ほら!! 置いて行くぞ!!」
「アハハ!! 待ってよ――!!」
陽光に誘われて何処かへと駆けて行く無邪気な子供達の笑い声が彼女の耳に届いた。
「この平和を維持する為に必要な犠牲。誰かが……。そう、誰かが人知れず平和を守っているのだといつか街の人達も理解してくれれば彼等も報われるのかもね」
子供達の陽気な声を受け取るとリフォルサの表情が対照的に一気に曇り始めてしまう。
それはこれから訪れる酷い嵐を予感させる程に暗く厳しいモノへと変化してしまったのだった。
◇
一年の終わりを迎える年末の喧噪が瞬く間に過ぎ行き、心休まる数日間を過ごすと新たなる一年が始まり人々は心機一転の心を胸に抱いて行動を開始する。
人の心は他者から多大なる影響を受けるのだが少なからず環境にも影響されている様だ。
新しき一年が始まったとして人々は今年の一年は何か良い事が起こるかも知れないという自分に都合の良い希望的観測から行動に至っている。
その活力が向かう先は仕事であったり、家事であったり、御近所付き合いであったり、買い物であったりと多岐に渡る。
そしてこれを好機と捉えた利益を追求する経営者達は、お前さん達は今から戦場に向かうのかと思わず突っ込みたくなる程に両目が血走り大通りを行き交う観光客や王都に住む客達を狙い続けていた。
「いらっっしゃいませ――――!!!! 当店御自慢の新品の革靴は如何ですか――!!!!」
「さぁさぁ!! 寄ってらっしゃい見ていらっしゃい!! うちの剣は他所の店の切れ味とは一線を画しますよ――――!!!!」
「新作の服は如何ですか――!! 女の子必見ですよ――!!!!」
大勢の人々が織りなす喧噪をものともしない店主達の呼び声が四方八方から飛び交い、大通りを蠢く客達の目を惹き。
「安い!! 美味い!! 早いと来たらうちの店!! 焼き立てパンを食べて一年の始まりを迎えましょうね――!!!!」
「一年の計はうちの店にありっ!!!! 丈夫な体を作りたいのなら食べなきゃ損っ損っ!!!!」
ちょいと耳に残る台詞を吐いて客引きをする者もいれば。
「何だとごらぁ!! もういっぺん言ってみろよ!! ああん!?」
「何度でも言ってやるよ!! テメェの店が俺の店の営業を妨害しているってなぁ!!!!」
中には胸倉を掴み合って悪い意味で客の注目を浴びているお店もあった。
世の中には色んな種類の人が存在してそれぞれが創意工夫をしているのだと人混みの中に紛れて高々と見物したいのが本音でありますが……。
経済社会の中で生きて行く為にはある程度の財産が必要であり。
それがほぼ枯渇してしまった俺達にそんな余裕は微塵も無かった。
「らっっしゃいませぇぇええええ――――ッ!!!! 当店御自慢のバルナは如何っすか――!! 滋養強壮にバッチリときたもんだ!!」
店頭に立つと喉が張り裂ける勢いで叫んで空の木箱を棒で叩いて客の目を惹き。
「これを食べれば唐突に訪れた夜の奥さんのお強請りにも余裕で対応可ッ!!!! 女の子は男の子に食べさせれば無限に夜の営みに励めまっせぇぇええ――――ッ!!!!」
それだけではお客さんの足は決して止まらないので思わずクスっと笑える言葉を放つと数名のお客さんの足を止める事に成功した。
「お兄さん中々面白いわね」
その中の客の一人である妖艶な雰囲気を纏う女性が俺の前に立ち寄ってくれたので。
「うっす!! 一本で銅貨一枚なのですが、何んと今なら五本で銅貨三枚!! えぇ!? ちょっと多いってぇ!? えぇい!! もってけ泥棒!! 三本銅貨二枚で売っちゃうよ!!!!」
間髪入れずに無理矢理二本のバルナをお姉さんに手渡してあげた。
「あはっ、強引な所もいいわね。いいわ、買ってあげる」
「毎度ありぃぃ――!!!! またお越し下さいね――!!!!」
丸みを帯びた大変きゃわいいお尻を見送ると頭上で光り輝く太陽も思わずウワッ!? と顔を背けてしまう笑みを浮かべてやった。
よっしゃ!! これで最低限の数量を売り捌く事が出来たぜ!!
後は追加報酬を頂く為にもっと売らないとね!!
額に浮かぶ大粒の汗を手の甲でクイっと拭い、まだまだ元気一杯の太陽を見上げて陽性とも陰性とも受け取れる疲労を籠めた吐息を吐いてやった。
一年の始まりだってのに滅茶苦茶暑いな……。
俺の生まれ故郷であるアイリス大陸の新年はうだるような暑さとは無縁の冬真っ盛りの季節に訪れる。
体の芯から冷えてしまう様な冷涼な空気が漂う中で人々は静かに新しき一年を迎えるのだが、このリーネン大陸では厳かに新年を迎えるというよりは後先考えずにド派手に活動して新たなる一年を迎える様だ。
大通りを行き交う人々、大口を開けて大笑いをしている人々、そして飲食店内で目尻を下げて味に酔いしれる人々。
一年の計は笑いにあり、じゃあないけどさ。皆一様に明るい笑みを浮かべているとこっちまでつられて笑みを浮かべてしまう。
でも、寒さとは百八十度異なる暑さに包まれながら新年を迎えるのは何だかちょっと違和感があるよなぁ。
相棒も俺と同じ考えを持っているのか。
「ふぅ……。何故こうも忙しい新年を迎えねばならぬのだっ」
苦虫を食い潰したような表情を浮かべて店頭に立ち、いい加減聞き飽きた文句をブツブツと呟いていた。
「俺も本当はゆっくり過ごしたいのが本音だぞ?? どこぞの食いしん坊達が派手に食い散らかして。ロシナンテに発注した新しい武器防具の工賃が思いの外高く。そして値上がりした宿代等々。これまでこの街で得た資金ではとてもじゃないけど賄えない金額まで膨れ上がっちまったからなぁ」
暑さと人の多さに参り始めた彼の横顔を見つめつつそう話してやると。
「ふんっ……。肉の美味さが俺の胃袋の限界値を越えさせてしまったのだ」
ちょっとだけ、そう。ほんのちょっとだけ申し訳無さそうな表情を浮かべるとそっぽを向いてしまった。
「ですよねぇ――。活発受付嬢達と競う様に大盛の肉を我先に!! と食っていたもんね――」
ルクトちゃんと一時の別れを告げこの街に帰って来ると腹を空かせたラタトスクちゃんに速攻で捕まり、彼女が有無を言わさず俺の襟を掴み御贔屓に使用させて頂いている肉屋さんまで連行されてしまった。
年末の陽性な雰囲気、そして久方振りの再会にあてられた受付三人娘ちゃん達の食欲は留まる事を知らず。
美味しく食べたいのならその辺りにしておいたら?? と。
年末価格の大盛の会計を想像して大変硬くなってしまった生唾をゴックンと飲み込みながらさり気なくいい加減にしなさいと諸注意を放っても。
『あはは!! ぜぇんぜん大丈夫だって!! ほら!! このピッディの肉、最高!!!!』
『本当に美味しいよね――!! お代わり下さいっ!!』
ドナとミミュンの咀嚼は止まる事無く動き続け更に。
『ふぉむ……。んむっ、久方振りの肉は体に染み渡るぞ』
『えぇ、本当ですよね。この一年で積み重なった疲労を拭い去る為に丁度良い機会かも知れませんよね。あ、ハンナさん。お皿が空になっていますよ??』
『あぁ、有難う』
レストちゃんが大飯ぐらいの極つぶしの白頭鷲ちゃんに対してよせばいいのに何故君は不要な援護を送ってしまうのですかと問いたくなる量の肉を送ってしまった。
大量の肉と酒と米。
年末特別価格もあってか、普段よりも割高な値段で馬鹿みたいに食い飲み散らかした結果は御察しの通り。
俺達は皆がホックホクの笑みを浮かべるこの新年の時期も齷齪汗を流さなければいけなくなってしまったのだ。
「知らんっ。長期間肉を食わなかった所為だ」
「あっそ。じゃあ我が家の財政を破綻させてしまったお前さんは俺よりも多くの労働量を消費して貰わないとねぇ――」
そう話すと在庫を補充する為に店内に漂う涼しい影の中へと進んで行く。
「ま、待て!! ダン!! 俺を一人に……。ぬぉっ!?」
うふふ、俺の予想通りの展開じゃあありませんか。
監視兼お目付け役の俺が店頭から立ち去ると、これを好機と捉えた肉食獣達が彼の下に群がって来た。
「ねぇねぇ!! お兄さんの名前なんていうの!?」
「バルナを沢山買ってあげるからさ、私とこの後お出掛けしない??」
「お久しぶりです!! 先日この店でバルナを買ったんですよ??」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 俺はこれを売る為に店頭に立っているだけであって……」
きゃわい子ちゃん達に囲まれて四苦八苦している姿はとてもじゃないけど戦士の姿には見えないよなぁ。
体全身から冷や汗を方々に飛び散らせながら必死に接客している様を見ていると陽性な感情が湧くが、何だか腹立たしい感情も同時に湧いてしまう。
ちっ、男の価値は顔だけじゃないってのに……。
最近の女の子はそれを分かっていないようだな。
「三本で銅貨二枚だ!! こ、こら!! 誰だ!! 俺の尻を触った者は!!」
「えへへ、誰でしょ――ねっ」
「硬くていい感じだったよね!?」
「「「ね――っ!!!!」
「――――。よぉ、ハンナ」
椅子に腰掛け、ちょいとだらしない姿を保持したまま女性達に良い様に体を触られまくっている相棒に話し掛けてやる。
「何だ!!」
「そこにある在庫を十分以内に全部売らねぇとクルリちゃんに告げ口してやるからな……」
もてない男の僻みじゃないけども、美男子に集る女を見ていると胸焼けがしてくるのさ。
「は、はぁっ!? 貴様の売る分も含まれているでは無いか!!!!」
「それがどぉしたよ。テメェがバカスカ飯を食うから俺達は金欠になっちまったんだ。因果応報、その報いを受けやがれ」
「それは言い掛かりだぞ!! 大体……。ぬぁっ!! 正常な距離感を保ってくれ!!!!」
「えへへ。道が混んでいたから押されちゃったんですぅ――」
「そうそう、狭いもんね」
「「「ねぇ――っ!!!!」」」
はぁ……、勝手にやってろ……。
だらしない姿で疲労感を籠めた溜息を吐き付くと体を弛緩させ。
「わ、分かった!! 距離感を保たなくてもいいから取り敢えずこれを買ってくれ!!」
「えぇ!? 保たなくていいの!?」
「じゃあ私達でそれを全部買いますからこのままくっついていましょうよっ」
「し、しまった!! ダン!! 救護を請う!!!! 早く助けに来い!!」
親鳥に泣き付く雛鳥のように相棒が情けなくピィピィ泣き叫ぶが、お生憎様。
お母さんは物凄く疲れていますのでこのまま昼寝に興じさせて頂きます。
「ふぁっ……。あぁ、ねっむ……」
優しそうに見えて実は飢えた獣の様に恐ろしい力を秘めている女子達の力をその身に刻み込みなさい。
この世の厳しさを己が身を以て知らせてやる為に敢えて雛鳥を突き放し、素敵な微睡が待ち構えている世界へと羽ばたいて行く。
刻一刻とその効用が増して行き、そろそろ本格的な心地良さが体全体を包んでくれるかと思いきや。
「貴様!! 仲間を見殺しにするとは一体どういう了見だ!!!!」
「ドッブグッ!?」
甘い匂いを放つ捕食獣から命辛々逃げ遂せた雛鳥がとんでもねぇ一撃をお母さん鳥の頬に捻じ込むと心地良さが刹那に霧散。
やれお前が悪い、やれそれは責任転嫁だ等々。
親鳥と雛鳥は表通りの喧噪も思わず顔を背けてしまう程の声量を放ちつつ激しい言い合いを始めると、悪い意味で大勢の客達の目を惹き付けてしまったのだった。
お疲れ様でした。
本日から新しい依頼の御話を掲載させて頂きます!!
本当はもう少し書きたかったのですが、帰宅時間が遅くなってしまった事。そして私の体力が底を尽きてしまいましたので短めの投稿となってしまいました。
新しい依頼の導入部分にもまだ微妙に納得がいっていないのでこの休みを利用して書き上げようかと考えております。
まだ微妙に体調が戻っていないので生意気な体に喝を入れる為にも明日は辛いラーメンを食しに行って参ります!!!!
それでは皆様、夜は冷えますで温かな格好でお休み下さいね。