第七話 抗えぬ本能
お疲れ様です!!
本日の投稿になります。ごゆるりと御覧下さい。
あぁ……。
睡眠とはこれ程に心地良い物なのだな。随分と久しい感覚だからついつい忘れていたよ……。
図書館で数十分程度仮眠をとったのだが……。体はそれでは十分では無いと、早急に休息を所望しており。
体の自己防衛が働いたと呼べばいいのか。無意識の内に体は微睡と眠りの狭間に身を置き、休息を開始していた。
数十時間振りの休息を享受し、魂までもが蕩けてしまう幸せな感覚が体中を包み込んでいる。
ふわりと宙に浮かぶ感覚。
夢見心地の中ふと、己の体の下を眺めると最高級の羊の毛を使用したソファが敷かれ、素敵な睡眠を装飾してくれていた。
このまま、ずっと……。
今まで生きて来た人生の中でも上から数えた方が早い順位の素敵な睡眠を享受していると、誰かがそれを妨げるかの如く。横着な攻撃を頬に与えて来た。
誰だよ、全く。
気持ち良く眠っているってのに。
「――――。もしも――し。レイドさん??」
誰だ、この声。
聞き慣れない声に違和感を覚えたので、大変重たい瞼を開けると……。
「あ、起きましたね??」
「――――――――――――。し、し、失礼しましたぁ!!」
「きゃっ!!」
中腰の姿勢で端整な御顔を此方に超接近させ。
悪戯心満載の面持ちで此方の頬をちょんちょんと突いていた彼女が驚いてしまった。
そりゃあそうだろ。
猛烈な勢いで立ち上がったのだから。
「急に立ち上がるものだから驚いてしまいましたよ」
ふふっと、柔らかい笑みを漏らして話す。
「大変申し訳ありません!! 責任は全て私にあります!!」
背骨、頭蓋。
垂直に立つ骨を天に向け、歯切れのいい声色でそう話す。
「その御顔ですと、何日も眠っていなかったのですよね??」
その通りであります!!
目下、数十時間以上真面に眠っていません!!!!
「何なら、今晩泊まって行かれますか?? 帰りの道中に倒れても困りますので」
お上品に手を前に組み、僅かに口角を上げて話す。
豪邸のベッド、か。
王様が使用するベッドにも勝るとも劣らない柔らかさを兼ね備え。冬眠中の熊も羨む安眠を享受させてくれるのでしょう。
「いえ。明日から任務へと出立する予定ですので」
嬉しい誘いですけど。
初対面の御方の御宅に堂々と寝泊まり出来る程、俺の心臓は強くないのです。
「そう、ですか。因みにどちらへ向かわれるのですか??」
「守秘義務が課せられているので申せません」
「ふふ、残念です。――――。幾つか気になった点が御座いまして。質問をしても宜しいですか??」
執務机の前に戻り、美しい所作で椅子に腰掛けながら話す。
「それは構いませんが……」
何でもホイホイと話していいのだろうか??
これも立派な軍事機密ですので。
「御安心下さい。レイドさんが考えている方よりも、ずぅっと上の位に位置する方々から了承を得ていますので」
此方の様子を見透かしたのか。
冷たい表情を継続させながら黒き瞳で釘を刺す。
「は、はぁ……」
ずぅっと上??
もしかしてだけども……。マークス総司令とかじゃないよな??
頭の中で思い浮かぶお偉いさん方の名を思い浮かべていると、それを遮断させる様に彼女が口を開いた。
「では、先ず。この巨大な牛擬きの説明を」
ミノタウロスね。
「はい、その個体は森の中に突如として出現し。オーク共と開戦を開始しました。そして…………」
カエデ達、レフ准尉と。
もう説明するのも飽きましたよ。
だが、言い換えれば。この人に説明する為に練習して来たと思えばいいのか。
ボロを出しては不味い御方ですからね。
舌が渇きを覚え、喉を潤すべきだと頭が判断する頃。
やっとの思いで説明を終えた。
「――――――。そして、王都へ帰還した次第であります」
「ふ、む……。成程……」
納得がいったのか。
将又、喉の奥に何かが引っ掛かるのか。
微妙な表情を浮かべて一つ大きく頷いた。
「あの森の中は恐ろしい魔物が潜んでおり、西から侵攻を画策するオークと対立している。ルミナの街では住民の方々と協力して魔物を撃退……。良くぞ御無事に帰還出来ましたね??」
そりゃあ不審だと思いますよね。自分でもそう考えます。
マイ達の存在、そして……。死の淵から生還を果たした龍の力がなければ今頃、俺という個人はこの世に存在していなかっただろう。
とても一人では達成出来ぬ任務でしたから。
「それ相応の負傷は負いましたけど。訓練で得た頑丈な体のお陰で今日も元気に心臓は動いています」
「負傷?? 負傷した箇所は何処ですか??」
え??
気になる所ですか?? ソコ。
負傷箇所を記載された書類を探そうと、書類の山を崩し始めてしまった。
「記入はしていませんよ。末端の兵の負傷具合なんて誰も気にも留めませんから」
入院したら話は別です。
医療費を請求しなければいけませんからね。
「因みに何処を負傷されたのですか??」
「首元、背中。その他諸々ですよ」
腹の傷は流石に説明したら不味いよね??
此処だけは一応伏せておこう。
「そう、ですか。えっと……。何んと言いますか……」
ちょっとだけ頬を朱に染め、何かを言いたげに若干の上目遣いで此方を見つめる。
「どうかされました??」
「宜しければ……。負傷した箇所を拝見出来る事は可能ですか?? 魔物が攻撃を加えて来たらどのような傷を負うのか気になりますので」
あぁ、そう言う事。
「宜しいですよ。少々お待ち下さいね」
茶の皮の軍服を脱ぎ、シャツのボタンを外し。
先ずは首元。
つまり、アレクシアさんの口撃によって負傷した箇所を見せた。
あれは本当に痛かった……。
首の肉が根こそぎ持っていかれるかと思ったもの。
大分傷跡が薄くなって来たけど、見えるかな??
「痛そうですね……」
「もう慣れちゃいましたよ。そして、見えます?? 背の傷」
上着とシャツを背の半分程度の位置にまで下げ、彼女に背を向け。
此処ですよ??
そんな感じで地肌を晒す。
「え、えぇ。それはもう、はっきりと」
幾つもの戦闘によって負った傷に、矢傷。
龍の要らぬ攻撃によって受けた傷に、師匠から頂いた叱咤激励という名の激痛。
自分でも驚く程に傷が刻まれているのですよねぇ。
「――――――――」
妙に長い沈黙と。
「はぁぁ…………」
「もう宜しいですか??」
素敵な絵画を見た時に思わず漏れてしまう。若干の悦が含まれた溜息が聞こえてしまったので、それを打ち破る様に声を出した。
「あ、はい。構いませんよ」
ふぅ。
此れにて説明終了っと。
シャツのボタンを丁寧且キチンと閉じ、上着を華麗に着こなして大きく息を吐いた。
「他に何かご質問は御座いますか??」
姿勢を正し、今も心血を注いで作成した報告書に目を通す彼女に問う。
「いえ、特には」
よぉっし!!
やっと眠れるぞ!!
いや、その前に腹ごしらえだな!!
間も無く夜が訪れるので屋台群がお買い得だから、帰りに寄って行こう!!
ついでにマイ達も誘おうかな。
頭の中でこれからの予定を組んでいると、シエルさんが腹ペコの体に大変宜しく無いお誘いを放つ。
「宜しければこれから一緒に食事でもどうですか?? 屋敷で提供させて頂きますけど……」
豪華な屋敷での食事。
ふぅむ……。大変捨てがたいですよね。
富裕層が普段食している物は一体何か。
気にならないと言えば嘘になる。
でもなぁ……。
ここで食べて行ったらアイツが怒るんじゃないのか??
『何か服に良い匂いが染み付いている!!』
他所の家で犬とじゃれ合い。
我が家へ帰って来た途端に服へ鼻頭を擦り付ける飼い犬の如く。アイツなら余裕で御馳走の尻尾を掴み取るだろうな。
「いえ、流石にそこまで厄介になる訳には。末端の兵には身分に相応しい食事が似合って……」
そこまで話すと、横着な胃袋さんが猛抗議の声を発してしまった。
「「…………」」
此方は恥ずかしさを誤魔化す様に頬をポリポリと掻き。
シエルさんは此方の腹具合を見越した様な笑みを浮かべてしまう。
「御用意致しますね」
「――――。お、お世話になります……」
こ、これはそう!!
レフ准尉から与えられた任務なのです!! 相手の事を探って来いって仰っていましたからね!!
居たたまれない気持ちを誤魔化す為。
後頭部をガシガシと掻き、彼女の視線に一切触れる事無く。
もう間も無く一日の終わりが訪れるであろうと、窓から射す大変分かり易い色の光を直立不動の姿勢で見つめ続けていた。
◇
炭火でこんがりと焼かれたお肉ちゃんのやんちゃな香り。
砂糖と小麦が混ざる女心を鷲掴みにしてしまうイケナイ香り。
私の胃袋をぎゅぅっと掴んでしまう大変悪い香りが周囲に漂い。
『だぁめっ!! まだ行っちゃ駄目なんだからっ!!』 と。
道路の向こう側へと手を引っ張ってしまう。
勿論?? 既に食料は摂取済みなのだが……。それでも体は道路を渡って、あの熱気の中へと身を投じろと叫び回る。
あぁ……。
ど、どうしよう。
まだまだ時間はありそうだし……。もう一度、そ、そうよ!! ちょっとだけなら、ね!?
『――――――――。渡るなよ??』
『ほっ!?』
直ぐ後ろ。
私の行動を視線一つで見透かしたのか。
ユウが恐ろしい声色で此方を御す。
『い、行くわけないじゃん。今、出て来たばっかりなんだし……』
たった数十分だけどね!!
くそう……。
もう直ぐ割引の時間帯に差し掛かるから準備しないといけないのにぃ……。
『どこまで卑しいのか……。目的を履き違えている事を認識している事さえ怪しいですわね』
はい、蜘蛛は無視!!
まぁ、いいや。
又今度にしよう……。我慢すればする程、御飯は美味しくなるって言うし。
『カエデ――。ボケナスは今何処よ??』
先頭をスタスタと歩く彼女の背に向かい、此方はトボトボとした歩調で進みながら念話を送る。
『北東区画に留まっていますね。恐らく、到着し。説明を開始したかと』
ふぅん。
アイツも大変よねぇ。
直属の上官ならまだしも、インチキ教団にも説明しなきゃいけないんだし。
私だったらあぁんな紙を与えられたら速攻で破り捨ててやるわ!!
こんなのやってられっかぁ!! ってね!!
私の楽園である屋台群の外周をグルリと迂回し、いよいよ東大通りへと差し掛かった。
ん――。
こっちはほぼ初見ね。
大体南大通りと、西大通りしか使用していないし。
整った歩道沿いに立ち並ぶ店舗へと何気無く視線を送り続けているのだが……。
『ねぇ、ユウ。店構えもそうだけどさ』
『やっぱ気になる??』
これで気にならないって奴が居たら見てみたいわよ。
店舗構えからして、高価な造りだと理解出来るし。
店先の硝子越しに見える商品の値段も、他のそれに比べて数割以上高いのだから。
『レイドが言っていましたよ。北東区画、つまりこの歩道沿いの店は上流階級の方々が主に使用する店が立ち並ぶと』
『私は初耳よ。ソレ』
物価は高いとは聞いていたけど、具体的な事は聞いていなかった。
アイツ。
カエデには言って、私には言わなかったのか。
後で一発な――ぐろっと。
何だか胸に鬱陶しく形容し難いモヤモヤの雲が発生し、それを誤魔化す為にユウのお腹ちゃんに攻撃を加えようと画策すると。
『はい、皆さん。此処で停止して下さい』
カエデ歩みを止め、此方に振り向いた。
『今から北上を開始しますけど、念話はこれ以降禁止。通常の会話へと移行します』
『レイド様に聞かれてしまう虞がありますからね』
蜘蛛がきしょい白の髪を搔き上げつつ話す。
その姿を見付けた男共が。
「「…………」」
ほぅ、っと。
まるで立派な彫刻を見つめる様な目を浮かべて通り過ぎて行った。
けっ!!
やっぱり人間の眼は節穴ね。
こぉぉぉんな気色悪い白い髪に見惚れるなんて!!
白のどこがいいんだ?? 女だったらやっぱり赤でしょ、赤。
『北上を開始、周囲に人が居ないのを確認してから魔物の姿へと変わり。打ち合わせ通り屋根伝いに移動します』
『ねぇぇ――。やっぱあたしも付いて行っていい――??』
中々構ってくれない御主人様に遊びを強請る子犬みたいな声をユウが上げた。
あはは。
可愛い声で甘えても駄目よ??
『駄目です。ここはグッと堪えて下さい』
『ちっ。しゃあない、この辺で時間潰しているよ』
『後でお金払うから屋台で何か買っておいてよ。夜食用にさ』
安く買える時間帯なので、初心者のユウでも失敗は起こさぬだろう。
玄人の私が見定める必要があるのだが……。
インチキ教団の首領の顔をこの目に収めておく必要があるからね。
『ん――。分かった』
『一時間、若しくは二時間程度で戻る予定ですので。宜しくお願いしますね??』
『へいへい。いってらっさ――いっと』
不貞腐れる様に地面をちょこんと蹴り、唇をむぅっと尖らせ。
甘えに失敗し、御主人様に叱られた子犬の後ろ姿を引っ提げ。屋台群の方へと向かって行ってしまいましたとさ。
『さて、皆さん行動開始です』
おうよ!!
あのボケナスが上手く説明出来ているかどうか!!
素晴らしき龍の眼が判断してくれるわぁ!!
鼻息の荒いカエデが珍しく大股で進むので。
ワクワク感をこれでもかと満載した足取りであっと言う間に追い抜かし。北上を開始した。
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