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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第八十四話 文明社会に帰還。されど彼等の苦労は続く

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 一日の終わりに相応しい大変柔らかな茜色の光が思わず顔を背けたくなる量の人々の顔を照らす。


 皆一様にとまではいかないが夕日に照らされた人々の顔は何処か朗らかに映り、それを捉えた俺も彼等と同様に温かな気持ちを抱くかと思いきや……。



「はぁっ……。はぁっ……!!」



 温かな気持ちとはまるで関係の無い焦燥感に駆られ、心と体はたった一つの物を求めて両足を急かしていた。


 家路へと若しくは仕事場へと向かう大勢の人々の合間を巧みに縫って進み。



「よぉダン!! 久し振りじゃねぇか!!!!」


「お疲れさん!! ちょっと急いでいるから!!」


 その道中にすれ違った顔見知りの大蜥蜴ちゃんの挨拶もそこそこに済ませ。


「おぉ!! ダンじゃないか!! そんな急いで何処に行くんだい!?」


「パン屋だよ!!」



 裏通りの主婦連合の一員であるおばちゃんには俺達の目的地を告げて猛烈な勢いで王都の南大通りを北上し続けていた。


 間も無く一年の終わりを迎える王都の人通りは只歩くだけという行為が難しくなる程に人口密度が桁外れに高く、俺と相棒は大荷物を背負ったまま歩道と車道の狭間へと抜け出て。



「ちょっとお兄さん達!! そこは車道ですよ――!!」


 交通整理のお姉さんの言葉を半ば受け流して進み続け、そして漸く当初の目的地に到着。


「あ、相棒。分かっているな??」


「あぁ、早く入るぞ!!」



 大好物の獲物を捉えたかの様に両目を血走らせている相棒と共に大通り沿いのパン屋の扉を開いた。



「いらっしゃいませ――!! 間も無く閉店ですので店内の商品は全品半額ですよ――!!」



 良い感じに使い古された扉を開いて俺達を迎えてくれたのは猛烈に腹が減る小麦が焼ける香りと女性店員さんの軽快な声だ。


 ど、何処だ!? 俺達が真に求めているアレは何処に置いてあるんだ!?



「本日は砂糖をふんだんに使用したパンがお薦めですよ――!! 是非ご賞味下さいね――!!」



 彼女の言葉を無視して広い店内の壁際、そして中央に設置されている多様多種のパンの中から目的の品を探していると……。



「あったぁぁああ――――!!!!」



 壁際の机の上で俺達の帰りを待ち侘びて待っていてくれた麗しの君を捉える事に成功した。


 こ、これだよ!! これぇ!! 俺達が探し求めていたのは!!!!


 大きな皿の上に横たわっているパンを皿ごと全て受付へと運び。



「え?? これを全て??」


「そ、そうだよ!! は、早く会計を済ませて!!」



 これを全て召し上がるのですか?? と。


 驚きの余り目をパチクリさせている受付のお嬢ちゃんを急かしてやった。



「えっと……。割引を適用させて頂きまして……。十個で銀貨三枚になりますね」


「はいよ!!」


 懐の中から財布を取り出して御釣りの出ない様に銀貨を手渡して皿ごと持って店の外に出ようとしたのだが、受付のお姉ちゃんから待ったの声が掛かった。


「ちょ、ちょっと!! お客様!! 皿は店内に置いて行ってください!!」


「こ、こりゃ失礼!! ちょっと急いでいたので――!!」



 先程と同じ位置に空っぽの皿を置き、我慢の限界の一歩手前まで便意を我慢して移動し続けている酔っ払いと似た歩調で大通りに出ると勢いそのまま。



 ピッディの肉がこれでもかと挟まれているパンに齧り付いた。



「ふぁむっ!! ガッホォ!! ふぉむ……。う、う、う、うっまぁぁああああぃぃいいいい――――!!!!」



 適度な塩気のお肉から零れ落ちて来る肉汁が舌を、そして体を狂喜乱舞させてしまい人目も憚らず絶叫してしまった。



「うぅっ……。グスッ……。肉ってこんなに美味しかったんだね……」


 両目から零れ落ちて来る涙を拭く手間も惜しむ様に、両手一杯に抱えるパンの一つを頬張りながら相棒に話してやる。


「よもや肉を食す事がここまで喜ばしく感じるとはな……」



 彼も肉の味にご満悦しているのか、ふわぁぁっと髪を浮き上がらせながら恐るべき速度で肉入りのパンを食していた。



 俺達は約一月もの間生の森で生活していたのだが……。その間、保存食の妙に塩っ辛い肉以外の肉を食していなかったのだ。


 保存に適した古米と空腹を満たすだけのフィランの実を主に食していた俺達は肉の味に飢えており、当初の目的を果たす前に辛抱堪らんといった感じでパン屋さんに足を運んでしまったのです。


 本当に久し振りに食す肉の味は格別であり、気が付けば中々に大きな肉入りのパンは俺の胃袋の中にキチンと収まってしまった。



「ケフッ……。ふぅっ!! 食ったなぁ!!」


「まだまだ食い足りないが、一先ずこれで満足しておくか」


「だな。報告すべき場所に足を運んだらまた肉を食いに行こうぜ」



 両手の空白を名残惜しむ様に見下ろしている相棒の肩をポンっと叩き、馬鹿げた数の人々が往来する南大通りに視線を向けた。


 肉を求めて只管歩いていたから分からなかったけど……。肉の味が舌と腹を満足させると年末の喧噪が漂う王都の様子が漸く鮮明に見えて来たぞ。



「ふふっ、良い買い物が出来たわね」


 在庫一掃処分で安くなった品を大量に購入して大満足の笑みを漏らしている女性。


「喜んでくれるといいなぁ」


 大切な人に贈る為なのか小さな箱を大切に持って柔らかな笑みを零している男性等々。



 文明社会に誂えた景色を捉えるとフっと双肩の力が抜け落ちてしまい、文明の利器が及ばぬ野生が蔓延る未開の土地から帰って来たんだなぁっと感慨深く大きく頷いてしまった。



 鼓膜を優しく震わせてくれる小鳥の歌声、風に揺れる木々の清らかな音、そしてお喋り好きの聖樹ちゃんの優しい声色に包まれて生活して来た所為か。



「何か……。久々に文化が蔓延る場所に帰って来るとやたら騒がしく見えるな」



 ちょいと五月蠅過ぎる街の音に驚くと同時に何だか俺達が場違いな場所に来てしまったのでは無いかと錯覚を与えて来る。



「俺は元々喧しい場所は好かん。可能であれば聖樹殿が過ごしていた様な静謐な環境下で生活したいのが本音だ」


「お前さんの里はここまで喧しくなかったからねぇ……。所でどの用件を先に済ます??」


「当初の予定通りリフォルサ殿に此度の報告を済ませ、後に武器屋へ赴き生の略奪者の甲殻を譲渡。それからシンフォニアへと向かおう」



 はいはいっと、打合せ通りにしましょうかね。



「よっしゃ!! それじゃあ先ずは暗殺者擬きが住む整体所に向かうとしますか!!」


 相棒の背をまぁまぁな勢いで叩くと南西区画へ続く裏通りに足を踏み入れた。



 ふぅむ……。いつもよりちょいと人通りが多いけど文明社会に復帰したての俺にとってはこっちの方が好みですね。


 ちょいと強い西日を遮る建物の影が良い感じに広がり陰影に富んだ景色の中を進んで行くと数時間前に別れを告げたルクトとトゥインの里の人達の面影が脳裏を過る。


 森の中枢から飛び立ち、その報告のついでに寄ったんだけど……。里の皆は目玉が裏返る位に両目をひん剥いて驚いていたよなぁ。



『う、嘘だろ!? てっきり死んだと思っていたのに……』


 俺達の帰還は絶望的だと考えていた里の者は今にも腰を抜かしそうに驚いて俺達を見つめて口をパクパクと動かし。


『聖樹が存在する中枢から帰還するなんて有り得ねぇ』


 ある者は俺達が森の中を逃げ回っていたのだと考えて猜疑心に塗れた瞳を向け。


『まさかゆ、幽霊じゃないよな!?』


 またある者は俺達が化けて出たのだと、超自然現象として捉えて足元を確認していた。



 俺達が求めていた薬草、つまりケルト草なるものと生の略奪者の甲殻を族長であられるベベズさんに見せて持ち出しの許可を頂きこうして無傷で王都に帰って来る事が出来た。


 無傷、じゃあ無いか。


 右肩に刻まれた毒針の跡は治療を受けても消えなかったし、それに俺は人ならざる者へと変貌を遂げてしまった。


 生の森から王都へ帰還する道中、これをどう隠そうかと相棒と相談していたのだが……。



『貴様は元々魔物であった。此度の依頼の関係者以外の者には故あってそれを隠して人間であると偽っていたと伝えておけ』



 少し眠そうに飛翔を続ける彼から中々の名案を頂きそれを採用する事となったのです。


 俺の魔力がまだまだ弱い所為か、まだ誰にもバレてないけどいつかは話さなきゃいけない事だし。


 そして関係者には必ず伝えなきゃいけないんだよなぁ――……。



「はぁっ……」


 少し重たい溜め息を吐き、少しずつ黒が目立って来た空を見上げる。


 このまま宿に帰りたいけどそうはいきませんよね。


「どうした」


 ハンナが特に気に掛ける様子も無く、正面を見つめたままで問う。


「ん?? いや、リフォルサさんに伝えるのは別に気が重くならないんだけどぉ……」


「あぁ、シンフォニアの元気過ぎる受付嬢の事か」


 察しが早くて助かりますよ。


「その通り。かなり無理を言って今回の話を通して貰ってさ、細心の注意を払って行けと言われた手前……。人としての人生を終えて魔物としての人生を始めましたぁって言ったらどんな言葉が投げつけられるのか。今から胃が痛む思いなんだよ」



 言葉だけならまだしも有無を言わせない暴力が飛んでくる可能性もあるし。



『こ、この馬鹿野郎っ!! どこほっつき歩いていたぁぁああ!!!!』



 飼い主の下から脱走したお馬鹿な犬が泥だらけになって翌朝帰還。


 その様を玄関先で捉えて怒り心頭状態へ移行した飼い主の怒髪冠を衝く勢いの様子を捉えると肝が大いに冷えてしまった。


 ひょっとしたら俺、まかり間違って殺されちゃうかも??



「誠意を見せれば幾分か怒りも軽減されるだろう」


「他人事みたいに言いやがって……。ドナの説教が始まったら中々帰れないんだぜ?? つまり、お前さんがたらふく肉を食う時間も少なくなっちまうって訳だ」


 俺がそう話すと。


「ふむっ……。不本意だが経緯説明の時に俺からも言葉添えをしよう」


 食欲に正直な彼が微妙に納得してない顔のまま助太刀してくれる事を約束してくれた。



 嘘くせぇ顔だな。


 口下手なコイツの援護はまるで役に立たねぇし、結局俺自身の力で避難経路を確保せねばならないのは自明の理って奴さ。


 今の内に沢山の言い訳を考えておきましょう!!


 この街を出てから得た経験、そして沢山の言葉を綴り合せて対暴力娘ちゃん用の文章を頭の中で纏めていると件の家が見えて来た。



 う、うぅむ……。夕闇に佇んでいる所為かそれとも久々に見た所為か。


 いつもよりもやたら不気味に見えますねぇ。



「何も知らない幸せな人から見れば普通の家に見えるけど、中身の正体を知っている俺達からしてみればすっごく不気味に見えない??」


 玄関前で歩みをピタリと止めて相棒の横顔へ視線を送る。


「相変わらずの臆病者め。気をしっかり持たぬから臆病風が吹くのだ」


 こ、この不躾な白頭鷲ちゃんめ!! 此処は俺の心を掬う場面でしょうが!!


「チッ、テメェの里に帰ったらクルリちゃんに見知らぬ女の子とイチャイチャしていたって絶対チクってやるからな」


「そ、それとこれは関係無いだろう!?」



 慌てふためく彼を他所に暗殺者擬きが潜む家の扉を静かに開き、相手を刺激しない大変慎重な歩みで足を踏み入れた。



「お、おじゃましま――っす」


「あぁっ!! ダンさん達じゃないですか!! お久しぶりですね!!」


 きゃわいい受付の女性が眩い笑みを浮かべて俺達を迎えてくれる。


「お久し振りです。えっと……。リフォルサさんは居ますか??」


「居ますよ。面会出来るかどうか確認して来ますのであちらの長椅子でお待ち下さいっ」



 可愛らしい丸みを帯びたお尻をフルっと揺れ動かすとそのまま扉の奥へ姿を消してしまう。


 彼女の指示通り借りて来た猫の様に大人しく椅子に腰掛け、相棒と特に会話を交わす事無く静々と静粛に過ごしていると。



「――――。お待たせしました。どうぞお入りください」


 扉がキィっと、心臓に悪い軋む音が奏でられて開かれると受付の彼女が再び姿を現した。


「あ、有難う御座います」


「いえいえ――、これが私の仕事ですから。それと、無駄に一杯荷物を詰め込んだ背嚢は待合室に置いて行ってくださいね」



 ここで逆らったら何をされるのか分かったもんじゃないので大人しく彼女の指示に従い、床の上に置いてある背嚢とその他の荷物はそのままにして大変静かな廊下に一歩足を踏み入れた。



「う、うん。別に大丈夫だよね?? 今日は整体を受けに来た訳じゃないんだし……」


 処置室という名の処刑場の横を通過する際、自分に強く言い聞かせるように独り言を放つ。


「余計な言葉を放つな。此処に居る限り、俺達の会話は全て筒抜けだと思え」


 まるで戦地に身を置いている様な警戒態勢を維持している相棒が死神擬きが潜む扉へと視線を送る。


「お、おうっ。すぅ――……。リフォルサさん、いらっしゃいますか??」



 最奥の扉の前に到着すると静かに三度扉を叩く。


 その数秒後。



「――――。どうぞ、お入りください」


 波打つ心を鎮めてくれる大変心地良い声色が扉越しに届いた。


「失礼しますね」



 その声に従い相手の気分を害さぬ静かな所作で扉を開き、この広大な街で中々の影響力を持つ女性の部屋へお邪魔させて頂いた。


 夕日が差し込む部屋に佇む彼女の姿は柔和に映り、相手の緊張感を直ぐに解きほぐしてしまう空気を纏う。



「お帰りなさい。どうでしたか??」



 執務机の向こう側で静かに椅子に腰掛けるリフォルサさんが俺達を捉えると数言の中に数百の意味を籠めた言葉を投げ掛けて来た。



「えぇ、波乱に満ちた本当に苦しくも不思議な冒険でしたね」


「その顔を見れば大体の事を察する事が……。おや?? ダンさん。貴方もしかして……」


 俺が持つ魔力に気が付いたのか、リフォルサさんが今まで見た事が無い程に驚いた表情で此方の胸元へ視線を送る。


「お気付きになられましたか?? 自分の変化を申す前にトゥインの里から生の森の中枢までに至る道のりを説明させて頂きます」



 ウォッツ君と共に森に足を踏み入れて中枢へと進み、危険区域に到達して会敵した黒蠍と生の略奪者との戦闘。


 そして長く苦しい道のりを踏破して出会った聖樹ルクトとの出会いと別れ。


 約一月にも亘る冒険を短く纏めて報告し終えると彼女が感嘆にも、呆れにも似た吐息を長々と吐いた。



「ふぅ――……。まさか本当に聖樹の下に辿り着くとは思いもしませんでしたよ」


「自分も何度も引き返そうと考えましたが、彼の力添えもあり当初の目的である薬草の採取に成功する事が出来ました」



 右肩に掛けてある鞄を小さく叩く。



「幼い子の願いを叶える為、そして未だ見ぬ不思議を求める為。貴方達は危険を乗り越えて目標を達成した。しかし、それを叶える代わりにダンさんは人の生を終えて我々と同じく魔物の道を歩む事になった。これ程までに驚いた事は人生の中でありませんよ」



 そりゃ人間が魔物になって帰って来たのだ。


 驚かない方が可笑しいのかもしれないよね。



「自分もまだ驚いているのが正直な気持ちですね。これは夢の中の出来事であり、ぐっすり眠って翌朝起床したのなら人間に戻っているのかもと考える程ですから」



 突拍子も無い出来事が己の身に降りかかれば自分に都合の良い展開に考えるのも致し方あるまい。


 だが、これは夢でも幻でもなく現実に起こっている現象なのだ。


 それを受け止めるのにかなりの時間を有しましたけどね。



「聖樹が存在する中枢に到達出来た者はこの数百……。ううん、数千年の間現れませんでした。その最たる原因が黒蠍の群れと生の略奪者の存在です。貴方達は歴戦のラタトスク達が成し得なかった偉業を達成した。死が蔓延る修羅の道を踏破し、聖なる大地の力を司る聖樹と邂逅を遂げて戻って来た。そんな御二人に今私が伝えるべき言葉を述べましょう」



 リフォルサさんが一つ呼吸を整えると。



「本当にお疲れ様でした」



 ふっと柔らかい吐息を吐き、相手を労わる優しい笑みを浮かべて俺達の労を労ってくれた。



「有難う御座います。これからシンフォニアに向かって報告をして、それから依頼人に薬草を渡すのですが……。リフォルサさんと交わした先の約束、そして聖樹との約束に従い。この薬草はラタトスクの里の者達から譲渡された。つまり、真なる薬草の効用の足元にも及ばない紛い物であると伝えておきます」



 提示された条件は守らないとあの美しい森が無頼漢共に穢されてしまう恐れがあるからね。



「覚えてくれていたのですね」


「一つでも破った場合、俺達は仲良く牢屋に入れられてしまいますので」


 冗談っぽく笑う彼女に此方も冗談交じりの口調で話す。


「まだまだ聞きたい事がありますが、本日はお疲れの御様子ですし。それに……。ドナ達も貴方達が帰って来るのを待ち侘びています。報告の詳細はそうですね……。二日後にでもどうですか??」


「えぇ、分かりました。それでは尻を蹴飛ばされない為にもシンフォニアへ足を運んで参りますね」


「ふふっ、お気をつけて下さいね」



 軽快な笑みを浮かべるリフォルサさんに一つ頷くと静けさが漂う廊下に出た。



「ふぅっ、これにて最初の報告は完了っと。後はシンフォニアに寄って、それから武器屋に素材を渡して……。今日一日じゃとても終わりそうにないよな」


 廊下を進みつつ相棒にそう話す。


「あぁ、そうだな。武器屋は明日以降に回すか」


「賛成――。これ以上待たせるとドナの奴に何をされるのか分かったもんじゃないし……」



 魔物に変わって体が頑丈になった事を良い事に、刃物を持って襲い掛かって来るんじゃないのか??


 彼女にとって空白の一月はそれを容易く誘発させる程の長きに亘る時間だろうし……。


 途轍もない重苦しい吐息を吐くと、本日は留守なのか。暗殺者擬きさんと会敵する事無く五体満足で整体所を出るとその足で恐ろしい飼い主が待ち構えているシンフォニアへと足を向けたのだった。





















 ――――。




 この大陸に訪れた二人の冒険者が立ち去ると一日の終わりに相応しい静けさが部屋に漂い始める。


 その心地良い静寂の中に身を置く女性が柔らかな吐息を吐いて宙を仰いだ。



「まさか本当に聖樹に到達するとはね……。私の予想は良い意味で裏切られた、か」



 高揚の意味に受け取れる吐息を漏らし、春の陽光を浴びた時に思わず零れてしまう微笑みを浮かべる。



「幼き子の願いを叶える為に己の命を危険に晒してまで目標へと向かう使命感。幾人もの命を断って来た生の略奪者を屠る実力。そして、私達との約束を守り通す忠誠心。フフッ、命辛々帰って来た彼等には悪いけど……。もっと素敵で危険な冒険を提供しましょうか」



 見方によっては背筋が一斉に泡立つ笑みを浮かべると沈黙を貫いていた扉が三度静かに鳴る。



「――――。失礼します」



 静謐な環境が漂う部屋に一人の女性が足を踏み入れるとこの環境下にはそぐわない乱暴な足音を奏でた。



「あら、急にどうしたの??」


「彼等には無断で待合室に置かれていた荷物の中身を確認させて頂いたのですが……。どうやら彼等は本当に聖樹の麓まで到達したようですね。あの大きさ、間違いなく生の略奪者の甲殻です」


「あの人達は嘘を付ける性分じゃあないですからね。もしかして疑っていたの??」



 目の角度が少々鋭角に尖っている彼女に対し、リフォルサの瞳はいつも通りに柔らかい弧を描いている。



「私達の生まれ故郷であるトゥインの里。そして周囲に存在する里の誰もが成し得なかった偉業を達成したのですからね。疑って当然ですよ」


「ふふっ、そう言えば貴女も生の森の中枢へ向かった事があるわね」


「えぇ、危険区域に足を踏み入れて二日後には撤退を余儀なくされましたがね」


「そう邪険にしないの。揶揄ったのは謝るからさ」



 誰にでも分かり易い憤りを放つ彼女にリフォルサが微笑んで宥める。



「それで……。どうするんですか?? ゼェイラさんが仰っていた依頼を引き受けるつもりで??」


「ん――、一応その方向で考えているけど……。頑丈な彼等も体力という概念がありますからね。暫くはこの街で休んで頂き、機を見計らって受け賜ろうかと考えていますよ」


 リフォルサが細い指を整った顎先に当てて話す。


「分かりました。では、私は彼等の体を好き勝手に弄らせて頂きますねっ」


「こらこら、大切な請負人達に不必要な施術を施さないの」


「名目上、此処は整体所ですから。患者の痛みを和らげるのが此処での私の仕事ですので。それは失礼します」



 双肩から視認出来てしまう憤りを放つ彼女が部屋から立ち去ると、リフォルサが先程までとは打って変わって重苦しい吐息を放つ。



「はぁ――……。彼等には申し訳無いけど、この街の人々に安寧を齎す為にもう一肌脱いで貰いましょうか」



 溜息混じりに言葉を放つと窓の外から差し込む茜色の光に視線を向ける。


 暁の光は本日も不変であり大地を、そして空を赤く染める。



「大多数の命と少数の命は天秤に掛けられない。しかし、彼等の命が果てようとも私達には果たすべき使命があるのよね……」



 朱色に染まる世界がまるで彼等が進むべき道を暗示している様に映る。


 彼等は血に染まった修羅の道に足を踏み入れたばかり。彼等が進む道の先にはこれまでとは比べ物にならない危険が待ち構えている。


 彼女はその道先案内人の役割を担わなければならない。


 彼等の安否を気遣う一方で死の案内人の役割を担う彼女は乱れる心の安寧を求める為、板挟みになる己の感情を無理矢理押し殺した。


 それが自分に与えられた使命であると誰よりも深く理解しているのだから。






お疲れ様でした。


投稿をする前に東の空を何気なく眺めたのですが……。冬の名物の一つであるオリオン座が確認出来ました。


夜の空気も秋らしくひんやりとして来たのでそろそろ衣替えの季節ですなぁっと、一人感慨深く頷いてしまいましたよ。



『生の森編』


これは私が執筆している際に勝手に名付けているのですが、この御話は次の投稿を以て終了して新たなる依頼が舞い込みます。


南の大陸の御話もいよいよ後半に差し掛かりますので気合を入れなければいけませんね!! 皆さんに気に入って頂ける様に頑張ります!!



そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


新たなる依頼の執筆活動の嬉しい励みとなりました!!!!



それでは皆様、お休みなさいませ。




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