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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第八十三話 さようならじゃなくて

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。




 木々の合間を縫って降り注ぐ眩い太陽の光を浴びて大欠伸を放ち、緑生い茂る森の中に漂う清らかな空気を胸一杯に取り込んで体内に残る疲労を吐き出す。


 今日は何か良い事が起こるのではないかと予感させる温かな光が体にスっと染み込むと幾分かしつこい眠気と気怠さが楽になる。


 まぁ勿論これらは気休め程度の効果であり、浴びる様に酒を飲んだ次の日の様な虚脱感は俺の体にしがみ付いて中々離れてくれない。


 方々に散らばっていた荷物を纏める為に移動をすれば腰がズキンと痛み、重たい荷物を重ねれば背の筋肉の筋に鋭い痛みが駆け抜けて行く。



 二日間もの間、互いの魂と体を重ね合わせていたのだ。


 そりゃあ馬鹿みたいにクタクタになっちまうのも頷けるよな……。



 疲労困憊の状態でも帰還の為に後片付けをしなければならないと渋々了承する自分も居る一方で。


 何でこんな酷い状況で片付けをしなければならないのだと微かながらに憤る自分もまた居る。


 そして、滅茶苦茶疲れているってのにここの家主さんは俺の状態を一切考慮せず手厳しい言葉の数々を上空から降らせていた。



『ダンさん、まだまだ細かい塵が散らばっていますので引き続き清掃をお願いします』



 地面に横たわる塵を収集している俺にいつも通りの口調でルクトがそう話す。



「へ――いへいっと。汚した張本人ですからねぇ。完璧に綺麗にしてから立ち去りますよっと」



 雑草と思しき緑の草の葉に付着していた麻袋の切れ端を手に取り自分の背嚢の中へ仕舞う。



『もう少しやる気と誠意を見せたらどうですか?? ハンナさんを見習って下さい』



 我儘で横着で不躾な相棒を見習うぅ??


 両手に付着した土埃をパンパンっと払い、四つん這いの姿勢で馬鹿真面目に細かい塵を集めている相棒へと視線を送った。



「う――む……。青き長髪を後ろで纏め、そしてナニかを誘う様に臀部を左右にフリフリと振る。男色の方がこの光景を捉えたのなら奴は真っ先に襲われちまうだろうね」



 生憎俺はそっち方面に興味は無いのでどういった欲情が湧くのか理解に及ばぬのだが、相棒の所作と背に流れる青き髪を捉えた刹那。


 彼は御飯を手に持つ御主人様へ飛びつく腹ペコの犬みたいに襲われちまうだろうさ。



「貴様……。下らない事を話している暇があるのなら手を動かせ」


 四つん這いの姿勢のまま首だけを此方に向け、いつもより七割増した鋭い瞳の角度で睨む。


「俺もそうしたんだけどさぁ――。二日間も眠っていたのにどういう訳か腰がねぇ……」



 ズンっと重たい痛みが残る腰を拳でトントンと叩いて俺の背後に聳え立つルクトを見上げてやる。



『た、沢山寝過ぎたから体の筋肉が凝り固まってしまったのですよ』



 俺の鋭い考察と何度も慎重に審議した診断の結果。


 体にしつこく付き纏う疲労感と虚脱感は君のあの激しい行為が原因だと容易に理解出来てしまうのです。



「はぁ――……。あれだけガッツリ絡めばそりゃ疲れるよなぁ――」


 ヤレヤレといった感じで重たい疲労を籠めた溜息を吐くと。


『へ、変な意味に捉えられる言葉を発しないで下さい!!』


「うぐぇっ!?」



 遥か高い位置から太い蔦が来襲して俺の首に絡みついて来た!!



『どうして貴方はそうやっていつもふざけるのですか!? 真面目なハンナさんを見習うべきなんですよ!!』


「そ、そっちこそ……。コ、コヒュ!! いつも暴力に訴えるのはどうかと思うぞ!?」



 窒息しない様に蔦と首の僅かな隙間に指を捻じ込んで叫んでやる。



『全部ダンさんが悪いんですっ!! 私がまだまだ甘えたいって言っているのに一人だけ休もうとして!!』


「人より体力がある俺でも限界はあるの!!」



 森の静謐な環境を侵してしまう声量で互いの主義主張を叫んでいると我が相棒がほんのりと気まずそうな表情を浮かべて口を開いた。



「その……。余り人のそういった事情を知りたくないのだが??」


「「……っ」」



 彼のたどたどしく動く口から放たれた言葉を受け取ると男女の口喧嘩が一瞬で止み、森の中には清らかな静謐だけが漂い始めた。



「オホン……。聖樹殿、周辺の掃除並びに荷物も纏めたので我々はそろそろ出発しようかと考えている」


『え、えぇ。そうですね。清掃作業、お疲れ様でした』


「あぁ。所で……、いつまでその阿保を拘束しているつもりだ??」



 窒息寸前の魚の様に口をパクパクと忙しなく動かしている俺に指を差す。



『そ、そうでしたね!! はい、ダンさん。向こうに帰ってもちゃあんとハンナさんの言う事を聞くんですよ??』


「ブハッ!!!!」



 拘束を解除するというよりもちょっと乱雑に振り解かれてしまい、地面に尻餅を着いてしまった。



「ぜぇっ……。ぜぇっ……。こほっ。相棒の言う事を聞いて居たら幾つ命があっても足りないって」



 痛む首筋を抑えつつ語尾に少しだけ寂しさを滲ませているルクトを見上げて話す。



『それでも大切な友人の言葉は聞くべきなのです』


「へいへいっと、真摯に受け止めますよ。所でさ、この薬草の使用方法を教えて貰ってもいい??」



 俺の鞄の中に大切に仕舞ってある依頼の品をポンっと優しく叩く。



『乾燥したケルト草と水を混ぜ合わせて患部に塗り、清潔な布で固定すれはケルト草の聖なる力が働き数日の間に患部の傷は癒えるでしょう』



 ほぉ……。たったそれだけで重傷が完治しちまうのか。危険な森の中を突き抜けて入手するだけの価値はある。



『何度もしつこく言っていますが、決してここで入手したと伝えないで下さいね??』


「そりゃ勿論。聖樹ちゃんの体を求めて無頼漢共が押し寄せて来るかも知れないからな」



 たった数日の間に酷い怪我を治癒させてしまう薬草の存在が世に知れ渡ったのなら恐らく、それを求めてやって来る人々がこの美しい森を穢すであろう。


 それだけでは無くこの森を守るラタトスク達にも危険が及ぶ可能性がある。


 美しい森、森に住まう野生動物、森を守護するラタトスク達、そして……。



 神々しい聖樹を魔の手から守る為にも俺達には守秘義務が与えられているのだ。



『ここまで到達出来る者は恐らく皆無ですので私自身を危惧する必要はありませんよ』


「それは分かっているよ。俺が心配しているのは……。この森を守る為に無理をしないかって事さ」


 親しい心を籠めた気持ちでルクトの幹に触れると。


『心配して頂いてあ、有難う御座います』


 手の平から彼女の温かな感情が体に伝わり本当に心地良い気持ちに包まれた。



「――――。別れを惜しむのなら少し外そうか??」


 荷物を完全に纏め終えた相棒が俺達の姿を捉えるとそう話す。


『いえ、大丈夫です。ダンさん達とはまた会えますので』


「そうか。聖樹殿、天蓋状に覆われている蔦を解除してくれると先程言っていたが……。本当に可能なのか??」


「勿論です。では、森の天井を御覧下さい」



 ルクトから強い魔力が刹那に漏れると俺達の頭上を覆い尽くしていた蔦と木々の枝が擦れ合う音を奏でながら開いて行き、超久し振りにスカっと晴れ渡る空を捉える事が出来た。


 青き空から降り注ぐ強い光が目の奥を刺激するとズキンとした嬉しい痛みが広がって行く。



「おぉっ!!!! 何十日振りに見る青空だな!!」


 久し振りに見た所為か、嫌に眩しく映るぜ。


『ダンさんの魔力の源の安定化を図る為に訪れる時は超高高度から一気に私の頭上へと舞い降りて下さい。そうすれば長い道のりを踏破する必要もありませんし、この森を守護する彼等に見つかる心配もありません』



「ここに足を踏み入れる為にはラタトスク達の許可を貰わなきゃいけないんだけど……。本当にいいの??」


 光り輝く眩い青からルクトちゃんの頑丈な幹に視線を移して問う。


『本当はいけませんけど……。皆さんに内緒にして頂けるのなら』


「そっか、何から何まで本当に有難うね」



 薬草を求めて危険な道中を踏破し、世にも珍しい喋る木と出会い、生死の境を彷徨い人としての生を終えると魔物として新たなる門出を迎えた。


 幼き子の願いを叶える為に此処へ来たが紆余曲折あって俺は自分が叶えたいと願っている夢を叶えてしまった。


 そう……。長きに亘る危険に満ちた冒険を相棒と共に経験出来る事だ。


 これから数百年もの間、彼と共に同じ時間を過ごして。この世の不思議をこれでもかと体験して己の記憶の中に大切に保存する。


 魔物に生まれ変わった時は感極まって泣いちゃったけど……、それ程に彼と共に同じ時間を過ごせる事が堪らなく嬉しかったのだ。



『私からも礼を言わせて下さい。まぁ多少五月蠅過ぎる事もありましたが、ダンさん達と過ごせた時間は本当に楽しかったですよ??』


「多少、ね。本当は傍迷惑って思ってたんじゃないの??」


『さぁ?? どうでしょうねっ』



 ルクトがフフっと優しい笑い声を放つと彼女の感情と同調する様に周囲に枝が微かに揺れる。



「よっしゃ!! それじゃあ先ずはトゥインの里に向かって。挨拶を済ませてから王都へ戻るか!!」



 本当はもっと色んな事を聞いて学んでいたいけども、俺達の帰りを待っている人達が居ますからね……。


 名残惜しさを掻き消す様に両頬をパチンと叩くと沢山の荷物が押し込められている背嚢を背負う。



「あぁ、分かった。荷物を背に乗せろ」



 ハンナが魔物の姿に変わるといつも通りに慣れた手付きで彼の背に荷物を乗せて行く。


 そして、全ての荷物を乗せ終えると相棒の背に跨り寂しそうな表情を浮かべている神々しい樹木へ視線を向けた。



「じゃあそろそろ行くよ」


『ダンさん、ハンナさん。暫くの間、さようならですね』


「何を言っているんだ?? いってらっしゃいの間違いだろ??」



 物悲し気な口調を放った彼女にそう言ってやると。



『は、はい!! いってらっしゃい!!』


 精神の世界で見たルクトの満面の笑みの幻影が両の瞳に映し出された。


「おうよ!! じゃあお土産として沢山の本を持って来てあげるからね!! それじゃあ……。行って来ま――す!!!!」


『いってらっしゃい!! 御武運を祈っていますよ――!!!!』


「行くぞ!! しっかり掴まっておけ!!!!」



 陽性な感情が籠められた彼女の言葉を受け取るとハンナが巨大な翼を大きく広げ、そして数度羽ばたかせて曇り無き空へと浮上して行く。


 緑が蔓延る深き森から青空の中へ飛び発ちルクトを中心として旋回を開始。



「近い内に戻って来るから!! それまで待っていてくれよ――!!」


 相棒が態々用意してくれた別れの時間を利用して森へと向かって力一杯に叫んでやった。


『言われずとも私はここで待っていますよ!! ダンさん達こそ気を付けて下さいね!!』


「有難うね――!! 相棒!! 先ずはトゥインの里へ向かってくれ!!」



 名残惜しむ様に別れを告げると相棒の背中をポフっと叩く。



「言われずとも分かっている。ふぅ――、それにしても久々の飛翔だ……。翼が逸って仕方がない」



 うっわ、やっべぇ!!



「お、御待ちなさい!! 手加減しないと背に乗せている荷物が全部森の中に落ちちゃうって!!」


 今にも常軌を逸した速度で飛翔しようとしていた横着な白頭鷲ちゃんを宥めてやる。


「ちっ……。面倒だな……」



 あ、危なかったぁ。


 俺が一言二言注意しなかったら今頃泣きべそ掻いて地面に散らばった荷物を回収している所だったぜ。



「――――。ハンナ、時間が出来たのならまた戻って来ような」


「勿論だ。それに貴様の軟弱な魔力の源を安定させなければならないのでどの道近い内に顔を合わせる事になるだろう」


「だろうなぁ――。ふぅっ、兎に角これにて一件落着。後はリフォルサさんとドナ達に報告するだけだな」



 清らかな空気が漂う空の空気を吸い込むと相棒の背の上でだらしなく足を投げ出す。


 あの活発受付娘ちゃんには約一月振りに会うのだが……。


 帰りが遅いって文句を言って来ないかしら?? それならまだしも、言葉の代わりに恐ろしい拳が飛んでくる可能性も否めない。


 不必要な怪我を負わない為にも最低限の警戒心を解かず、注意深く今回の依頼達成の報告をしましょうかね。



 彼女の恐ろしい顔を浮かべつつ久々に空の空気を咀嚼すると強張っていた心が段々と落ち着いて来る。



 湿気と森の香りが含まれた空気も美味しいけど、空の澄んだ空気もまた格別だよな……。


 体に深く染み渡る森の清らかな空気と慣れ親しんだ空の空気を天秤に掛けると、どちらかに傾く事無く完璧な平行を保ってしまう。


 恐らく俺の心と体はどちらの空気も大好きであると判断したのだろう。


 だが暫くの間、森の空気はお預け。


 また此処に訪れたのなら新鮮な森の空気を思いっきり堪能しつつ沢山の土産話を披露してあげよう。


 それがルクトにとって一番のお土産なのだから。


 静かに目を閉じて生の森で起きた不思議で危険な出来事を大切に思い返しつつ、体全身を撫でて後方へと流れ行く風の感触をいつまででも満喫していたのだった。



















 ――――。




 彼等が森から空へ飛び発ち地平線の向こう側へ向かって行ってしまうと森の中に静謐な環境が訪れた。


 私の耳と心を騒めかせてしまう人がいなくなるといつもの日常がやたら寂しく、そして恐ろしいまでに静かに感じてしまう……。


 この環境こそが私の日常であり彼等の存在が非日常であるとは理解しています。しかし、何んと言いますか。


 普段の静けさが戻って来てくれた事に安堵しているのですがその静けさが私の心の中に広がる消失感を増幅させていた。



 彼等は彼等が過ごすべき世界へ帰り、私は私が過ごすべき世界へ戻って来た。



 頭では完全完璧に理解しているのですけど心がそれを頑なに認めてくれない。


 私はそれだけ彼を強く求めているのだ。



『ふふ、三千年以上生きている私をこれ程まで困らせるとは……。全く、貴方は本当に罪な人ですよ』



 彼の姿を思い浮かべると心の中に温かな感情が芽生えてしまう。


 霊験あらたかな聖樹としてラタトスクさん達に崇められている私ですが、心は何処にでもいる一人の女性なのです。


 今はこの気持ちを貴方にぶつける事は叶いませんが、今度私の下に帰って来た時に思いっきりぶつけてあげよう。


 そして彼が辟易する程に困らせてあげよう。


 我儘な私を受け止めて下さいね?? それがダンさんに与えられた使命なのですからっ。



『さぁって、森の監視を終えたら忙しくなりそうですね!!』



 彼から頂いた素敵な記憶の数々を全て見るのはかなりの時間を要しそうですし……。彼が戻って来るまでに全ての記憶を精査しなければいけませんからね。



 ダンさん、ハンナさん。


 また会えるその日まで私は此処で待っています。ですから、必ず帰って来て下さいね??


 私はいつでも貴方達を歓迎しますから。



 森の中を元気良く駆け回る栗鼠、大地を力強く蹴って突き進む飢餓鼠の群れ、そして死を運ぶ黒蠍。


 森の中で本日も命を輝かせている動植物達の姿を捉えて全ての区域を見終えると安堵の吐息を微かに漏らし、彼から頂いた大切な記憶の海へと飛び込んで行ったのだった。




お疲れ様でした。


予定では後二話を投稿させて頂き、次の依頼へと移ります。


現在その導入部分のプロットを執筆しているのですがこれがまた中々難しくて……。この土日を利用して導入部分だけでも完成させようと考えております。



そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!!!


週末のプロット執筆活動の嬉しい励みとなります!!



それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいませ。

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