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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第八十話 やんちゃな兄弟を持つ母親の気分

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。




 体中にこびり付いて中々離れようとしない乾いた白濁の液のなれの果てが悪臭をほんのりと放ち、それが汗の臭いと絡み合うと更に酷いものへと変化。


 俺達は特に会話という会話を繰り広げる事無く只々無言を貫いて呼吸方法を口呼吸のみに絞り、喉のひりつく痛みを我慢して野営地でもある聖樹ちゃんの麓を目指して進んでいた。



「よ、よぉ。何んとか馬鹿デケェ蠍の甲殻を入手出来たけどさ。ビックリする位に軽いよな。オェッ……」



 いつもの調子で鼻からスッと呼吸をすると。


『止めなさい!!』


 普段は大人しい鼻腔ちゃんからお叱りの声を受ける程のとんでもねぇ腐敗臭が体内に侵入して体から嗚咽感を勝ち取ってしまう。



 あ、あぶねぇ。何気ない会話をするだけで吐きそうになっちゃった。


 あれだけ吐いたってのにまだまだ吐こうとしている体の貯水量に驚いてしまいますよ。



「軽くて丈夫なのは戦闘から看破出来たが……。貴様が話した通り想像以上の軽さに驚いているぞ」


 いつもより鼻声気味なハンナが縄で一纏めにされた甲殻を背負い直して話す。


「これを使ってどんな武器防具が出来るのやら。ロシナンテの店主もびっくりするんじゃない?? 黒蠍の甲殻を持って来たら」


「この森に足を踏み入れた事は口外出来ぬ。人伝いにでも入手したと伝えるべきだな」



 あぁ、そう言えば森に足を踏み入れる前に色々な条件を提示されたな。


 それを一つでも破った場合、リフォルサさんから法的措置を取られシンフォニアの活発娘から大変お強い拳骨が飛んで来るのだ。



「りょ――かい。そういう事に関しては得意だから俺が店主に適当に話しておくよ」



 清らかな空気が漂う森から背の高い草むらに突入。


 毎度宜しく俺達の進行を阻む密度の高い緑の合間を縫って広い空間に躍り出ると同時にそう話してやった。



「ふぅっ!! ただいま――!!!!」



 俺達が野営地として利用させて頂いている場所に黒蠍の甲殻を置くと威勢良く聖樹ちゃんに帰還を告げる。



『――――。ふぁっ……。あぁ、お帰りなさい……』



 出発前から良く動く口……、は無いか。


 いつもの活発な口調が無かったのは俺の予想通り眠っていたのだろう。


 微睡から目覚めた時に放つ欠伸口調で俺達を迎えてくれた。



「聖樹ちゃん!! ちょっと見てくれよ!! あの馬鹿デケェ黒蠍の甲殻を本体から引き剥がして持って来ちゃった!!」



 初めての御使いを成功させた頑是ない子供の様に軽快な口調で獲物に向かって指を差してやる。



『そんな物一体何に使用する……、って!! ちょ、ちょっと!! 何て汚らしい姿なのですか!?』


「あぁ、これ?? 黒蠍の死体を解体している時に白濁の液体を浴びちゃってさ」


『こ、ここは聖なる領域なのですよ!? そんな汚い姿で足を踏み入れるんじゃあありません!! 今直ぐ泉で落として来なさい!!』



 泥だらけになるまで遊んで来た子供を決して家に入れようとしない教育熱心的な母親の口調で叫ぶと、一本の蔦が空から舞い降りて泉の方角を指す。



「へいへいっと……。ついでに洗濯もしたいし、相棒。行こうぜ」


「あぁ、了承した」



 何もそこまで怒る事も無いよなぁ。


 まぁでも汚れた体で好き勝手に家の中を暴れ回られたら家主は皆等しく顔を顰めるだろうし。恐らく聖樹ちゃんもその口なのだろうさ。


『全く、少し目を離した隙に勝手に汚れて……。もう少し考えて行動して下さいよ』


 洗濯物一式を持つと聖樹ちゃんの溜息混じりの愚痴を背に受けつつ綺麗な水が湧き続ける素敵な泉へと向かって歩み始めた。






















 ――――。




 この世の理、星の成り立ち、母親の愛情、森の生態やそれを守護するラタトスク達。


 長きに亘る時間の流れの中で私は様々な情報を得てこの森の中で育った。


 人と魔物が生涯を終える時間よりも長い時間の中で得られた情報量は恐らく彼等が想像するよりも遥かに多い物だろう。


 知識は蓄積されて初めて役に立つ、しかし経験は……。どうだろう??


 言葉で言い表せないこの世の不思議、誰かの感情に触れて初めて得られる精神的刺激、自分の常識を凌駕する非常識等々。


 この世界には様々な不思議と出会いが満ち溢れており、百聞は一見に如かずと言われている様にそれは知識だけではとてもじゃないけど得られない価値があると思う。



 つまり、『知識』 と『経験』 は対極の存在なのだ。



 私は人々よりも多くの知識を持っているが経験はほぼ皆無に等しい。何故なら足という存在を持っていないからそれを得る機会が無いのだから。


 馨しい香りに誘われて王族達がこぞって食らう御馳走に集る事も、未だ見ぬ地へ旅立つ事も、そして恋人達の様に手を繋いで目的も無く街を歩く事も叶わない。


 別にそれに対して悲観している訳では無いが……。



 彼と出会ってからちょっとだけそれを羨ましく感じてしまう日々が続いていた。



 彼の記憶の中は思い出達が燦々と光り輝く太陽の様に煌めき、それが数珠繋ぎの様に一つとなって道を形成。


 彼は今正にその光輝く道を進んでいる真っ最中なのだと理解した。


 暗い海上から星の海を見上げて感嘆の吐息を漏らし、形容し難い色の虫を食らって顔を顰め、理不尽な暴力を受けても立ち上がり己が目標へと向かう。


 大勢の命を奪った滅魔が一体の五つ首を討伐して己の命と同じ位大切にしている友人と共に海を渡ってこの地へやって来た。


 彼の行動力と勇気、そして人を思いやる温かな心が私の心を揺さぶり。知識欲よりも経験欲を刺激し続けていた。



 料理の味に舌を唸らせたい、未だ見ぬ景色を己が瞳に収めたい、そして……。誰かの心に触れたい。



 この感情は恐らく途方も無く長い年月の果てに待ち構えている私自身の終局を迎える前にもっと他人の心に触れ合うべきなのだと、もう一人の私が警鐘を高らかに鳴らしているのだろう。



 そう、彼等はいつか自分達の役割が待つ場所へと戻って行くのだから。



「おっしゃ!! 洗い物お――わりっ!! 先に入るぜ――!!」


 件の彼が手際よく洗い物を終え、一糸纏わぬ姿で泉へ威勢よく入って行く。


「ふん……。こういう事だけは手際よいのだな」


 ハンナさんが苦い顔を浮かべて彼の所作を見つめる。


「くっはぁ――!! 冷たくて気持ちイィ――!! 臭いも汚れも取れて……。今日はぐぅぅっすり眠れそうだぜ!!」



 彼が水面にぷかぁっと浮かぶと気持ち良さそうに目を瞑り上空から降り注ぐ日の光を浴びていた。


 連日の稽古から疲労が溜まっているのでしょうが、安心するのはまだ早計であると伝えてあげましょうかね。



『ダンさん』


「どっわぁっ!? 急に話し掛けないでよね!!」



 驚いた彼が直立の姿勢になって上空を見上げる。



『水浴びを終えてからは引き続き魔力の流れを安定させる治療を開始しますのでだらしない気持ちを引き締めて下さいね』



 安らかに眠れると思ったら間違いですよ??


 それに……。私は貴方の感情に触れて、記憶の中に残る輝かしい思い出達を享受したいのです。


 この想いは恥ずかしくて言えそうにないですけどね。



「えぇ――……。今日は別に良いんじゃないのかな?? ほら、体は絶好調だし??」


 彼が器用に水面に漂いながら両腕に力瘤を作る。


『駄目です。此処を去る前に完璧に安定させるのが私の使命なのですから』



 勿論、これは体の良い言い訳なんです。


 無意味に彼等を引き留めるのは憚れますが……。彼の想いに触れると私の心が温かくなってしまうので致し方ないかと。



「へいへいっと……。大人しく従いますよ――」



 彼がそう話すと再び水面に浮かび、体を弛緩させてしまう。


 私は今現在俯瞰して泉を見下ろしているのですが……。そ、その……。


 出来れば何かでソレを隠して欲しいのが本音ですね。


 男性の御柱の存在は知っていましたが実際に見ると何だか変な気持ちが湧いて来てしまうので。



「貴様……。もう少し慎ましい態度を取れ。ここは聖樹殿が管轄する聖域なのだぞ」



 ハンナさんが小さな手拭いで必要最低限の場所を隠して泉の中心へと向かう。


 青く長い髪を後ろに纏めているその姿は何だか女性っぽいですけど……。体は男性そのものであり、何だかあべこべって感じですよね。



「あぁ、別に良いんじゃないの。野郎共の水浴び姿を喜んで見つめる女性なんて余り居ないだろうし」



 ご、御免なさい。私はその少数の女性に含まれちゃっています。



「そういう事を言っているのではない。態度を改めろと言っているのだ」



 流石ハンナさん。真面目な所は好感が持てますよ。


 それに比べて彼と来たら……。



「はいはいっと――。改めます――。それよりどうよ!? 俺の烏賊泳ぎは!?」



 仰向けの状態で四肢を器用に動かし、烏賊と呼ばれる水生生物を模した動きで泳ぎ始める始末。



「ここが聖域でなければ俺の剣で叩き切ってやる所だぞ……」


「ギャハハ!! 口ではそういっても絶対切ろうとしないもんねぇ――」



 片や不躾、片や陽気。


 まるで対極に位置する二人の様子を見下ろしていると思わず笑みが零れてしまった。



『――――。クスッ』


「ぬぉっ!? その笑い声は……。聖樹ちゃん!! ひょっとして覗いているな!?」



 彼が烏賊泳ぎなるものを停止させると上空へ向かって鋭く指を差す。


 しまった……。つい、声が出ちゃいましたね。



『あ、御免なさい。森の中に生息する生まれたての動物の愛苦しい姿を見ていたら思わず声が漏れちゃったんです』



 咄嗟に思いついた言い訳を放つ。



「ふぅん……。生まれたての愛苦しい動物ねぇ……」


『何ですか。その猜疑心に塗れた瞳は』


「いや、何度も会話を交わしているとさ。聖樹ちゃんの細かな口調が分かって来てね?? 嘘を付く時や虚勢を張る時にちょぉっとした癖があるんだよ」



 う、嘘ですよね!? たった数日間で私の癖を見抜いたとでも言うのですか!?



「会話慣れしてないからかな?? 兎に角、その癖が今の会話の中に紛れていた。ちゅ、ま、り。聖樹ちゃんはきゃわいい動物ちゃんじゃあなくて。俺の!! 可愛い動物ちゃんを見つめて微笑ましい笑みを浮かべたって訳さ!!」


『そ、そんな小さい物を見ても面白い訳ないじゃないですか!!!!』



 地上から蔦を生え伸ばして彼の両足を器用に絡み取ると水中へ引きずり込んでやった。



「ガッボッ!? ゴ、ゴッハァ!! じ、じぬぅ!! 溺れじぬぅぅうう!!」



 じょ、女性に対して態度を改めるまで決して離しません!!


 もう一度生と死の狭間を行き来すればお馬鹿な彼でも私に対する態度を考えるでしょうからね!!



「ハップ!! アガボボ!?!?」



 浮上と潜行を繰り返す彼の姿を見下ろしていると本当に陽性な感情が心に芽生えて来た。


 これはきっと、彼と交わす会話が楽しくてしょうがないと私の心が認めた証拠だ。



「む、む、無理っ!! ガッボッ!! お、溺れ……」



 彼の心が私の心を侵食し始めてもちっとも嫌な気分はしない。いや、寧ろ。もっと私の心をもっと知って欲しいという感情さえも芽生えてしまう。


 たった数十年しか生きていない彼にこれだけの影響を受けるとは夢にも思わなかったな……。



「――――。聖樹殿、そろそろ危険なので放してやって貰えないだろうか??」


『へ??』



 ハンナさんの声を受けて我に戻ると。



「……っ」


 水の中で一切身動きを取らず、只その場に留まっている人と思しき影を捉えてしまった。


『あっ、御免なさい。気絶しちゃったんですね』



 彼の足を掴んでいた蔦の拘束を解除すると彼が水面にぷかぁっと浮かんで来る。


 ふふっ、蓮の葉みたいに浮かんでいますねっ。



「その様だな」


『じゃあ丁度良いかな。治療を開始しますので適当な服を着せて私の麓へ運んで下さいっ』


「了承した」



 ハンナさんがさも面倒臭そうに彼の体を肩に担ぐとそのまま泉を出てダンさんの体を乱雑に地面へと放る。


 そして必要最低限の服を身に纏い、気絶している彼に適当な服を着せると右足を掴んで引きずり始めてしまった。



 あ、あはは……。ハンナさん物凄く面倒そうな顔しているな。


 私が気絶させちゃったのが悪いんだけどもう少し顔の筋力を緩めたら如何ですか?? 折角の端整な顔が台無しになっちゃいますからね。



「はぁっ……。何故俺がコイツの面倒を見ねばならぬのだ……」



 巨大な溜息を吐く彼とは対照的に私の心は本当に良く晴れた空の様に輝いていた。


 今日はどんな御話を聞いて貰おうかな?? それとも彼の記憶の中で見た感想を伝えて貰おうかな??


 彼と私の距離が縮まるに連れて陽性な感情が溢れ出て来るが見透かされるのは得意ではありませんのでね。


 それを必死に己が体の内に留めて彼の到着を心急く思いで待ち続けていた。




お疲れ様でした。


さて、もう間も無く彼等の下に次の依頼が舞い込んでくるのですが……。そのプロットの進行具合が芳しくありません。


かなり先の話なのですが、現代編の主人公達もいつかはこの地に訪れる予定ですので。次の依頼の行動如何で未来での行動が変化してしまうのですよ。


ある程度の結果は決まっているのですが……。本当にそれでよいのかと自問自答を繰り返しているので中々筆が進まない苦悶の日々が続いております。


何んとか投稿速度を維持出来る様に頑張りますね。



それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいませ。




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