第七十九話 紛い物の休日
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
人は常軌を逸した苦痛と決して越えられない壁を目の当たりにしたらどの様な反応を見せるだろうか??
容易に想像出来るのは己に直面する問題から目を背ける、踵を返して痛みから逃れる。こういった回避行動を取る者は大勢出現するだろう。
何故ならそれは危険回避能力という人が当然持つ機能であり、その機能が発動したのだから大多数の人々は逃げ帰る者を捉えても仕方があるまいと納得するのだ。
俺もその例に従い気配という気配を殺して最凶を穿つ巨悪共から逃げ遂せようとしているのだが……。
一体何故君達は俺という存在を確知する事に長けているのだい?? と。
思わず首を傾げてしまう程に鋭い感覚を発動した横着者達が逃げ隠れる俺を捕縛。
斬首を待つ死刑囚でさえも憐みの瞳を送ってしまう惨たらしい拷問を受け続けていた。
ある時は。
『は――い、ハンナさん。思いっきり、遠慮なく、そして一切加減せずに殴打して下さいね――!!』
嗜虐的思考に染まった聖樹ちゃんの蔦が俺の体をしっかりと拘束して宙に逆さの状態で吊るし上げると。
『了承した!! 貴様の腐った性根をここで叩き直してくれるわ!!』
無防備な腹部目掛けて女性の胴体とほぼ同じ太さの棒を、万力を籠めて振りかぶって来るので。
『ヒィィアアアア――――ッ!! や、止めろ!! テメェの馬鹿力で殴られたら死んじまうよ!!』
この後どうなっても構わない勢いで腹筋を最大稼働させて死に至る攻撃を回避。
頭に血が昇って思考が有耶無耶な状態で叫んでやった。
俺の体内に宿った固有能力、抵抗力だっけ。
それを鍛える為に相棒が殴打するのは大変理に適った行動だと思うのですが、五感の一つである痛覚まで鍛えられる訳が無いので程度というものを説いてやった。
しかし、彼は毎度宜しく自分に都合の良い話しか聞かない理想的な御耳ちゃんをお持ちなので。
『その五月蠅い口を閉じていろ。貴様は口答えせずただ俺に殴られ続ければいいのだっ』
宙でプーラプラと揺れ動く俺の体を手で固定すると再び片足を上げて殴打の体勢へと移行。
『お、横柄過ぎません!? これは訓練じゃなくて只の虐待だ!!!!』
『貴様の能力を鍛える為に態々手伝ってやるのだ。俺に頭を垂れて咽び泣いて礼を述べろ』
『それはテメェが殴る為の都合の良い言い訳だろうが!! 無防備な状態で殴られる気持ちを少しでも理解……』
『ふんっ!!!!』
『グボバッ!?!?』
先程の空振りを反省したのか、ちょいと縮こまった姿勢から体をクルっと見事に一回転させて俺の胴体に有り得ねぇ一撃をぶち込んで来やがった。
蔦に絡まれている俺の体が呆れた衝撃によって激しくプラプラと揺れ動き、気の遠くなる痛みが治まって来ると自分の耳を疑いたくなる会話が聞こえて来た。
『ふむ……。悪くないな』
『えぇ、ですが……。ちょっと物足りない気がしません?? 沢山叩けば叩く程ダンさんは頑丈になりますし。手御心を加えたい気持ちは理解出来ますが、そこをグッ!! と堪えて力を籠めるべきかと』
『いや、だが……。これ以上強く叩いたら臓器を破裂させかねんぞ』
『そこは御安心下さい。例え臓器が傷付こうとも私が懸命に治療しますので』
『聞こえてるぞ!! この傍若無人共が!! 叩けば強くなるかも知れないけど!! 体が強くなる前に心がぶっ壊れちまうって!!』
あれ以上の破壊力にはとてもじゃないけど耐えられそうになかったので思わず叫んでしまった。
『それを決めるのは貴様では無い、指導者である我々だ。よし、聖樹殿。少しずつだが力を上げて行く故、奴の臓……。おほん。負傷したのなら治療を頼む』
『はぁいっ、分かりました!!』
『い、今臓器って言い掛けたよな!? そんなべらぼうな力でぇ……。グヴォェ!?!?』
有無を言わさず背中を激しくブッ叩かれ再び有り得ない衝撃が体を襲う。
そしてその炸裂音が大変お気に召したのか。
『あっ……。今の音……、素敵っ』
聖樹ちゃんから恍惚に染まった声色が届いた。
聖樹ちゃんの意外な一面を知られて嬉しい一方で、嗜虐的な二人に囲まれた可哀想な子羊ちゃんの運命は決したのだと理解してしまった。
物理的な指導の日はそれはもう酷い有様であったが、魔力の指導の日も勝るとも劣らない酷いものであった。
『ふむ……。魔力の源から各属性を取り出すのは何んとかなりそうだな』
『い、いやいや。ちょっとでも気を抜くと右手に宿した火の力が抜けちゃいそうなんですけど??』
彼等の熱心な指導によって何んとか火の力を宿す事に成功するも、まだまだ魔力の使用に不慣れな為。
少しでも集中力を切らすと蝋燭の矮小な火が風で掻き消されてしまうみたいに消失してしまうのです。
『ダンさんは光と火の力が強いですからね。先ずは短所を補う為にも長所を伸ばす方が宜しいかと』
『その意見には肯定する。では……、右手に火の力を宿したまま魔力を籠めた俺の攻撃を相殺してみろ!!!!』
『イ、イヤァァアアアア――――ッ!! 白頭鷲の鉤爪は駄目だって――!!!!!』
横着な白頭鷲ちゃんの猛禽類特有の鋭い瞳をカッ!! と見開くと有無を言わさずに上空から襲い掛かって来やがった。
堅牢な大地を掴み、屈強な岩を穿つ鉤爪が美味そうに俺の肉を食もうとするのでそれを必死の思いで回避。
『貴様!! 避けては訓練にならん!! 火の力、若しくは光の力を宿した拳で受け止めてみせろ!!』
『む、無理に決まってんだろ!! どうせお前さんの事だ。自分に体の言い訳を放って俺の体を痛め付けるんだろうが!!!!』
執拗に追い回して来る白頭鷲の追撃を命辛々避け続けているともう一人の死刑執行人がこの逃走劇に終止符を打ってしまった。
『は――い、逃げるのはそこまでです。ハンナさんが仰ったようにちゃあんと攻撃を受け止めて下さいねっ』
『アブチ!?』
ほぼ全力疾走で大地を駆けている両足に突如として太い蔦が絡み付き前のめりに倒れてしまう。
『漸く足を止めたか、馬鹿者め。さぁ……、始めるぞ!!!!』
『ちょ、ちょっと待って!! お母さんはまだヨシって言っていませ――んっ!!!! うげっ!?!?』
両足を拘束されたまま白頭鷲の雷撃を受け止めるが、俺の拙い魔力ではその衝撃を相殺する事は叶わず。
地面と平行になって後方へ飛翔して聖樹ちゃんの大変太い幹に背中が衝突すると気の遠くなる痛みが体内に迸り。
『も、もう駄目ぇ……』
両のお目目ちゃんからキラキラのお星様が飛び出てしまった。
『いたっ!! ちょっとダンさん!! ちゃんと受け止めなきゃ駄目じゃないですか!!』
『む、無理を言うんじゃありません。こちとらまだまだ魔法初心者なのですからね……』
痛覚を所持している木の文句を受け取りつつ震える足を御しながら立ち上がり、この地獄から脱出する算段を考え始めるもそれを白頭鷲ちゃんが見逃す筈も無く。
足腰が立たなくなるまで体の髄まで魔力の大切さを叩き込まれてしまったのだ。
肉体を鍛える日は痛覚という感覚を持ってしまった事を呪う常軌を逸した攻撃が襲い掛かり、魔力鍛錬の日は精神が擦り切れてしまう攻撃がこの身を襲う。
だが二人の拷問という名の温かな指導を受け続けた御蔭か、将又持ち前の才能なのか。火と光の力を四肢に宿す事は難なく可能となった。
烈火を宿した拳は攻撃対象を穿ち、白光を宿した拳は粉々に粉砕する。
魔物達はこの力を使用して戦闘を行っていたのだ。そりゃあ強い筈だよと、ボッロボロに負けた喧嘩の後の様に重い瞼を必死にこじ開けて己が拳を見下ろしていた。
そしてこの世に存在するどの拷問も生温く感じてしまう指導を施す二人から親切を受け取り始めて本日で七日目。
このままでは俺の体が崩壊してしまう為、渋々ながら貴重な休養日を頂けたのです。
「う、うぅっ……。体の節々がいてぇ……」
毛布の上で痛みを誤魔化す様に己が体をキュっと抱いて悶え打つ。
「ふんっ。四肢が体にくっ付いているだけでも大したものだ。俺の攻撃を受け続けてその身が崩壊していない事は誇っても良いぞ」
そんな下らない事で誇りたくありませんよ……。
「そりゃど――も。はぁっ、嫌にお日様の光が眩しく見えるな……」
大量の葉と枝の間から大地に零れ落ちて来る光を見上げると心が幾らか救われた気分になる。
この温かな気持ちが湧くのは恐らく、末恐ろしい拷問から生き残る事が出来たという安堵感から生じるものなのでしょうね。
二人から指導を受けるだけでこれだけの安堵感が生まれるって事はだよ?? 体と心はその指導を恐ろしい傑物との戦闘と確知しているのだろう。
でも安心してね?? 俺の体と心ちゃん。今日はなぁ――んにも心配する事は無いんだからねっ。
毛布の上でコロンっと寝返りを打ち、素敵な二度を興じようとしたのですが。
「起きろ。今から生の略奪者の甲殻を採取しに行く」
偶に訪れる休日を何のしがらみも無く満喫している夫を咎める妻の口調を相棒が放つと、重い痛みと違和感が残る脇腹を爪先で蹴って来やがった。
「はぁ?? 何で態々取りに行かなきゃいけなんだよ。俺は今日休みなんだぞ」
「奴の甲殻は新しい武器防具に使用出来る可能性がある」
「あっそ。じゃあ一人で行けばぁ?? 俺は大切な休みを満喫しますのであしからずっと……」
彼に背を向け、この場を絶対に動かぬという意思表示を見せるが……。
どうやらこの態度が彼の怒りに触れてしまった様だ。
「喧しい。つべこべ言わず貴様は俺について来ればいいのだっ」
「や、止めなさい!! 右足を掴んじゃ駄目だって!!!!」
俺の猛抗議を一切無視した横暴な野郎が右足を掴むと、有無を言わさずに生の略奪者が静かに眠る地へと引きずり始めてしまった。
「ったく……。少しは俺の気持ちを汲もうとはしないの??」
背の高い草むらに突入する前に渋々立ち上がり横着な彼を睨みつつ話す。
「貴様が俺の指示に従わないからだ。ほら、受け取れ」
「っと。んで?? 何でお前さんはあの分厚い甲殻が新しい武器防具に役立つと思ったんだよ」
短剣が収まった革のベルトを彼から受け取ると腰に装備し、だらけきった気持ちを引き締めて背の高い草むらへと突入を開始した。
「先の戦闘で小型の黒蠍の甲殻に向かって風の刃を衝突させてみたのだが、関節の繋ぎ目以外には効果は薄かった。鉄を弾き、俺の刃にも耐え、それに軽い。奴等の節足を持った時に感じ無かったっか??」
そう言えば……。大きさの割にやたら軽く感じたな。
「新たなる装備を手に入れればこれからの請け負う依頼の幅も広がり、まだまだ未熟である貴様を守る為にもなる。まぁその素材を使用して加工された武器防具の値段が幾らになるのか知らんが無いよりかはあった方がマシだろう」
「成程ねぇ。理に適った行動って訳か」
相棒の考えに一つ頷くと背の高い草むらを抜け、フィランの実が生える木を通り抜け北へ。
そして……。俺と生の略奪者が死闘を繰り広げた場所に到着するとそれはもう本当に凄惨な景色を捉えてしまった。
「うっわぁ……。こりゃまた酷い有様ですなぁ……」
巨大な蠍の甲殻の各関節から夥しい量の白濁の液体が大地へと零れ落ち、自重を支える事が出来なくなった節足は方々へと広がり平坦な体は地面に接着。
俺が死に物狂いで突き立てた剣は今も健在であり、奴の墓標として機能していた。
もう二度と動かなくなった生の略奪者の死体を食らおうと画策した動物達の足跡が地面に確認出来るが、どういう訳かその足跡は死体付近には確認出来なかった。
まぁ――……。それは恐らくアイツから漂って来るこの腐敗臭の所為だろうなぁ。
「ウゥッ!! くっさぁ!! は、はぁ!? 何だよこの吐瀉物を吐き散らかしてしまいそうな臭いは!!」
腐った卵を直接鼻腔に捻じ込まれた様な腐敗臭が鼻の奥をツンッと突き、遅れて粘度の高いもわぁっとした糞尿の臭いが鼻腔から頑張って体内に入ろうと画策する。
手で払おうが、口呼吸に絞って呼吸に努めようが否応なしに奴の腐敗臭が嗅覚を悪戯に刺激してしまう。
どうやらこの臭いは我慢強い白頭鷲ちゃんにも有効な様で??
「くっ!! これは流石にっ……!!」
右手で端整な口元を隠して常軌を逸した臭いを防ごうと努力していた。
「さ、流石にこの臭いがする肉を食らおうとしなかったのか」
奴の死体に近付こうと画策した足跡が途中で途切れているのはその所為でしょうね。
「口に入れた時点で吐き出すだろう。よし、これから解体作業に入るのだが俺に良い案がある」
「良い案??」
「あぁ、俺が魔物の姿に変わり翼で奴の臭いを森の奥へと流す。その間に貴様が各関節を切り離し。木に突き刺さったままの巨大な鋏を外し。節足、背甲と順次取り外して行け」
「は、はぁっ!? 何で俺がくっせぇ臭いに近付かなきゃいけなんだよ!! 臭いを我慢したまま二人で解体作業に入ればいいじゃねぇか!!」
俺が叫ぶよりも前に白頭鷲の姿に変わり、今にも神々しい翼をはためかせようとしている野郎を睨んでやる。
「この方が効率的であろう。つべこべ言わずさっさと解体しろ」
「ちっ、後で覚えていろよ?? くっせぇ臭いが染み付いた体で抱き着いてやるから……」
夏の台風を彷彿とさせる強力な風を背に浴びつつ黒蠍の死体へ向かって接近。
ちょいと試しに鼻から矮小な空気をスンっと嗅いでみるが……。
どうやら彼の目論見はものの見事に嵌った様ですね。ちょっとの臭みは残るが、我慢出来ない程の臭みでは無かった。
「よいしょっと……。悪いな、お前さんの体を頂くぜ」
生の略奪者の背に登り突き立ててある剣を引き抜き、木に突き刺さったままの鋏の横側へ到着。
「なぁ!! この繋ぎ目を切ればいいのかなぁ!?」
えっこらよっこらと両の翼を懸命に動かして強風を送っている白頭鷲に問う。
「そこ以外に剣は通用せん。角度を付けて切っ先を入れてそのまま縦に切れ」
へいへいっと、仰せのままに。
彼の指示を受けて剣の切っ先を関節に力強く差し込むとかなりの抵抗力を感じた後、ズルっと鈍い音を立てて切っ先から剣の腹まで入れ込む事に成功する。
まな板の上で硬い物を切る要領で何度も上下に深く剣を動かして鋏と腕の接合部分を切り離す事に成功した。
「へぇ――、中はこんな風になっているんだ」
グッチャグチャに腐った肉が御目見えするかと思いきや、鋏の中は大きな空洞が目立ちその空洞の中に幾つもの太い白き線が確認出来る。
恐らく、重力に引かれて腐り落ちた繊維の部分が鋏の空洞の下側に水溜まりを形成。この鋏の中の空洞の側面を繋げている太い線は繊維のなれの果て。
大量の白濁の液体が大地に零れ落ちている事からコイツの体内は繊維と神経、そして液体で満たされている事が判別出来たぞ。
「まっ、それが分かったとしても余り役に立たない情報ですけどね。おっしゃ!! せ――のっ!!!!」
白濁の液体を大量に纏った剣を大地の上に置き、両手で鋏を掴み両足に力を籠めて思いっきり引っ張ってやった。
くっ!! 思いの外、しっかりと木の幹に突き刺さっていますね!!!!
昨日まで受け続けた理不尽な暴力によって疲弊した両腕だと満足のいく力を引き出せん!!
「腰に力を入れろ。情けない奴め」
あ、あの野郎……。自分はただ翼を動かすだけで俺の苦労をちっとも理解していないな。
不躾な野郎には後で物凄い逆襲を仕掛けてやる。
そう心に決めて彼の指示通り腰に力を入れ。
「ムッキィィイイイイ――――ッ!! いい加減抜けろやごらぁぁああ――!!!!」
頭の中の血管が破裂しても構わない勢いで叫んで万力を籠めると漸く一つ目の鋏が木の幹から離れてくれた。
「へ、へぇ!! すっごい軽いじゃん!!」
成人男性の胴体とほぼ同じ位の大きさの鋏を両手で持つが……。手に感じる重さは精々大きな麻袋に入った米といった所か。
これだけの重さでも十から二十キロ程度。
コイツが素早く動けたのは甲殻の軽さも影響しているのかも知れない。
「それをこっちに運べ。そしてもう一つの鋏を外すのだ」
「わ――ってるよ。一々指示を出すんじゃねぇ」
彼の足元へ向かって乱雑にデカイ鋏を投げると解体作業へと戻る。
「ほぅ……。確かにこれは軽いな」
ハンナが翼を動かしながら鉤爪を器用に動かして鋏を持ち上げる。
「だろ?? 多分だけどさ、コイツ等が速く動けるのはその軽さが影響しているんじゃないのかなぁって考えていたんだよ」
白濁の液体を纏った剣を拾い上げ、死体に残る左の鋏の下へと進む。
「貴様の考えは正しいだろう。そうでなければその大きさだ。自重で動けなくなってしまう可能性が高い」
「素早い飢餓鼠を捕らえる為に軽くて丈夫な装甲を得て、相手の動きを制する為に毒針を装備。大変合理的な進化を遂げたって訳か。だったら俺じゃ無くて飢餓鼠を食らえよな!!!!」
関節に剣の切っ先を捻じ込み何度も上下に振って腕を切り離すのはちょいと面倒になったので勢い良く胸を張り、剣を上段に構えて腕と鋏の間にある繋ぎ目へ雷撃を叩き込んだその刹那。
「ギィェェエエエエ――――!! メ、メニィ!! 目に液体がぁぁああ!!!!」
勢いをつけ過ぎた剣が容易く腕を両断するとその勢いを受けた白濁の液体が飛来して両目とあつぅい抱擁を交わしてしまう。
先の尖った鉄を捻じ込まれた熱い痛みが両目に広がり、地面の上で激しく悶え打つ。
な、何だよ!? この猛烈な痛みは!?
目に唐辛子を直接塗られたみたいに滅茶苦茶痛いんですけど!?
「馬鹿者が。俺の指示に従わないからそうなるのだ」
「だったら今度はハンナがやれよ!! 何で俺がいつも貧乏くじを引かされなきゃ……」
両手で目を抑えつつ、ふざけた台詞を吐いた彼を咎めていると。
「ンブッ!? おっぇぇぇええ!! く、口の中にぃぃいい!!」
恐らく、切り離された鋏と腕の関節の繋ぎ目から液体が零れ続けていたのだろう。
地面の上で悶え続けている最中に偶然その下へと移動を果たし、そして偶々運悪く口を開けた時に白濁の液体が口に侵入して来やがった。
「ブッホッ!! フブッ!? くっさぁ!! 何コレ!? 腐った肉と卵を混ぜ合わせた液体なの!?」
口の中一杯に広がる粘度の高い液体を吐き出しても嫌悪感を抱かせる臭いは消失する事無く。
『ウェヘヘ。あっしは決してここから離れませんぜ??』 と。
口内にしがみ付き、新鮮な土を口の中に捻じ込んでもその臭いは決して消えなかった。
「グゥェッ……。も、もう限界!!」
胃の奥から物凄い酸っぱいモノが込み上げて来たので何んとか瞳をこじ開けて木の裏へと飛び込み。
「ルロロロロォォオオッ!!」
人間の体にはこれだけの液体が存在しているのだなぁっと。
人体の不思議を痛烈に感じられる水の量を口から吐き出してあげた。
何で休日なのにこんな目に遭わなければならないんだよ……。両目から零れ落ちて来る悔しさと情けない感情が含まれた涙をクイっと拭う。
「ふん、吐き終えたのならさっさと作業に戻れ」
「テメェ……。俺の身を案じる位したらどうだ?? ああん??」
「貴様自信が招いた結果だ。そんな下らない真似をする必要は無い」
「あぁ、そうかよ。じゃあ……。お前さんにもぉ……」
そしてその涙を拭き終えると大地に水溜まりを形成している白濁の液体を掬い、吐き終えた後とは思えない速度で白頭鷲の懐へと侵入。
「この痛みを分からせてやらぁぁああああ――!!!!」
神々しい翼を懸命に動かし続けている彼の顔面へ向かって白濁の液体を投擲してやった。
「クァッ!? こ、この馬鹿者が!!!! 俺の凛々しい羽に何をする!!」
ちぃっ!!!! 間一髪顔を背けて回避しやがったか!!!!
器用に捻った首が元の位置に戻ると猛禽類特有の鋭い瞳で俺を見下ろして来やがる。
「俺一人だけ臭い思いをするのは我慢ならなかったからな。大体、俺達は運命共同体だろ?? 酸いも甘いも共に受け止めるのが世の常って奴さ」
さり気ぁなく彼の羽で手に残る白濁液を拭い、両腕を組みウンウンと頷く。
「それは身勝手な解釈だ。例え貴様が死に瀕したとしても俺は自分の命を優先して即刻そこから離れるからな」
「はいそれは嘘――!!!! 聖樹ちゃんから聞いたぜぇ?? 俺が死にそうになって居た時。恋人と別れた女性みたいにピイピィ泣いていたってな!!」
彼の頭に向かってビシっと指を差してやる。
「そ、それは貴様の妄想だ!! さっさと作業に戻れ!! 愚か者!!」
白頭鷲の顔面の白き羽がポゥっとほんのり朱に染まり、鋭い爪が備わった鉤爪で俺の体を蹴飛ばすと。
「うぎぃぃっ!?!? か、体に白濁の液体がぁ!!!!」
転がり続けた先に待ち構えていた白濁の液体の水溜まりの中へと激しく突っ込み、気が狂いそうになる腐敗臭が襲い掛かって来やがった!!
「ふん、因果応報だ。戯け」
「も、もう許さんぞ!!!! テメェも地獄に道連れにしてやらぁぁああ――――!!!!」
体の奥底に眠る魔力を刹那に解放すると彼の胸の柔らかな羽毛目掛けて突貫。
「ぬぅっ!? 止めろ!! くっ付くな!! 腐敗臭が羽に染み付いて離れないだろう!!!!」
瞬き一つの間に白頭鷲のフッワフワの羽にしがみ付き、数年振りに再開した恋人同士の様に情熱的な抱擁をブチかましてやった。
「わはは!! さぁ、どうだい!? 臭いだろう!?」
「俺が風を送り続けている事を良い事に横着を働きおって……。許さんぞ!!!!」
彼の瞳に殺気が刹那に宿り巨大な翼の動きを止めるとほぼ同時に有り得ない臭さが来襲。
「「ッ!?!?」」
俺達は物凄い脚力であの猛烈な腐敗臭を解き放つ黒き死体から遠ざかり、二人仲良く瀑布もおったまげる水の滝を大地に向かって放出してやった。
も、もう嫌……。何で折角の休日なのにこんな酷い目に遭わなきゃいけないんだよ……。
体内の水分を全て放出し終えると目から溢れ出て来る悲しみの雫をクイっと拭い、相棒と一時休戦条約を締結して残り八割の解体作業を終える為に倦怠感と疲労感。
そして激しい嗚咽感が拭い去られていない疲弊しきった体に激しい鞭を放ち、まるで墓場から起き上がったばかりの死人と思しき弱々しい足取りで諸悪の根源へと向かって行ったのだった。
お疲れ様でした。
まだまだ残暑厳しい頃ですが、徐々に涼しくなっている感じですね。
本日の朝の空気に少しだけ秋の香りを掴み取る事が出来ました。
今年の秋は何を食べて満足しようか。それを常々考えているのですけど……。去年は四国へうどんを食べに行きましたので今年は北関東辺りを攻めようかと考えております。
パッと思いついたのは栃木県の餃子、でしょうか。
こんな夜中に食べ物の想像するのは良くありませんね。どこぞの食いしん坊の龍じゃあありませんけど、お腹が空いて来ました。
夜食に手を出す前にプロットを少し書いて眠りますね。
それでは皆様、お休みなさいませ。