第六話 謁見という名の事情聴取 その三
お疲れ様です。
本日の投稿になります!!
それでは、御覧下さい。
新鮮な空気をもっと寄越せと肺が悲鳴を上げ。
体力が枯渇した体は、頼むから休んでくれと頭に懇願を放つ。
しかし。
後一つの仕事を達成しない限り、安寧は訪れないのだと。我儘な体にそう言い聞かせながら御上品な石畳の上を駆けて行く。
北東区画の街並みは初めて見るけど、何んと言いますか……。
贅沢な造りとでも申しましょうかね。
道の端っこに無造作に散らかった塵も無ければ。
鼓膜を悪戯に傷付けるギャアギャアと騒ぐ輩もいない。
心地良い静寂に包まれた素敵な空間。
端的に言い表せばこうなのですが。
そこかしこに散らばる生活塵。
御主人、又は御婦人の文句を垂れ流す井戸端会議。
こういった環境下。つまり、ド田舎で育った俺にはこの静かさが何処か物足りないと感じてしまった。
周囲の無音を掻き消す勢いで足を動かし、鼓膜に入って来るびゅうっと吹く風の音を楽しみつつ駆けて行くと。
漸く件の住所へと到着した。
到着したのはいいけども……。
今から、あそこに入って行かなきゃいけないのか??
豪華な家々に囲まれた道を抜けた先に現れたのは。
ここに至るまで見て来た家は普遍的なの家であると誤認してしまう程の大きさと、華麗且荘厳さを誇る。此の街一番の大豪邸が出現した。
大豪邸を守る為、周囲には背の高い鉄製の柵が設けられ。
道の終着点に位置する場所には鋼鉄製の巨大な扉が併設されており、その前にはイル教信者が着用する純白のローブを羽織る二名の男性が長剣を脇に添え。厳しい面持ちで警備を継続していた。
薄暗い道から颯爽と駆け抜けて来た此方の姿を見付けると、不審者を見付けた様な。
『何だ、あの庶民は』 と。
大変鋭い視線を浴びせて来ました。
いや、うん。
場違いな格好であるとは思いますけども。何もそこまで睨まなくてもいいんじゃないのかな??
予定時間もギリギリだし。
渡された便箋を提示して中に入れて貰おうか??
お金持ちの方々に囲まれて、自分の居場所が見出せない肩身の狭い庶民の心を持ち続けていると。
鉄壁の扉が重厚な音を立てて、左右にゆるりと開かれた。
「――――。お待ちしておりました、レイドさん」
中から現れた一人の女性が此方に対し、大変澄んだ声で話し掛けて来る。
長髪の薄い緑の髪を揺らし、警備の方々と同じ白のローブを羽織り。柔和な笑みが大変良く似合う女性。
初対面であるものの。
どこか人に安心感を与える人だな。
この人に付いていけばいいのだろうか??
何はともあれ、事情を説明しましょう。
「申し訳ありません!! 本日、午後五時に此方に参るように指示されたのですが……。所用で遅れてしまい……」
今も絶え間なく零れ落ちる額の汗を拭いつつ今適当に思い浮かんだ言い訳を述べる。
「ふふ、そう焦らずとも構いません。未だ指定時間五分前ですよ??」
「そ、そうですか」
良かったぁ……。
猪の猛進撃も余裕で追い抜かす速度で走った甲斐があるよ。
「それでは、屋敷に案内致します。私について来て下さい」
「は、はぁ……」
薄い緑色の髪を揺らし、華麗に反転すると鋼鉄製の門の方へと向かった。
「エアリア様。其方の方は??」
門番の男性が訝し気な表情と声色でそう話しつつ俺をジロリと睨む。
「シエル様が御招待した御方です」
「そ、そうですか。畏まりました」
彼女の名を出した途端、怯えにも似た表情へと変わってしまう。
白いローブで分かり辛いけども。
足取りと重心から察するに、それ相応の訓練を受けている男性を慄かせる権力の持ち主か。
分かり切った事実だとは言え、やっぱり会うのは億劫だよなぁ。
鋼鉄の門を潜り、緑が大変美しい庭園へと足を踏み入れた。
うわぁ……。
凄く広いな……。
庭園の敷地だけでも一体何件の家が建つんだ?? しかも、裕福な人達が住むこの場所でこれだけの土地を持つって事は……。
考えるだけでも頭が痛いです。
「申し遅れました。私の名は、エアリア=カサージョと申します。以後お見知りおきを」
彼女が歩みを止め、キチンと頭を下げたので。
「レイド=ヘンリクセンと申します」
此方も彼女に倣い、確と頭を下げて自己紹介を終えた。
「真面目な方なのですね?? 軍人さんと御伺いした時はもっと野蛮な方だと想像しましたが……」
荒れ果てた人の心を宥める力を持つ柔和な笑みでそう話す。
「十人十色と言われる様に、軍属の者にも様々な性格を持った人達が居るのですよ」
再び、庭園の中に敷き詰められた踏み心地の良い石畳の上を進みながら話す。
「まぁ、多くの者は無頼漢と呼ばれても文句を言えない性格をした人ですけどね」
諜報活動という名の下に軍規違反を堂々と犯す我が上官が最たる例です。
「そうなのですか。所、で。所用で遅れたと申していましたが……。何か早急の件でも??」
おっと。
これは詳細に話すべき事象ではありませんね。
「上官に呼び出されまして。軍服の夏服を受け取りに行っていたのですよ」
右肩から掛けている鞄のお腹をポンっと叩く。
「成程、それで……。お忙しいのに、態々申し訳ありません」
本当は。
『場違いな場所に召喚するのは勘弁して下さい』 と。
声を大にして叫びたいのをぐっと堪え。
「これも仕事の一環ですから」
当たり障りのない返答を返してあげた。
任務の詳細を外部に漏らすのは立派な軍規違反。しかも、外見は宗教団体でありながらもこの国を牛耳ろうとする人達に話すのなんて以ての外。
正確に言えば。
これから牛耳ろうとしている、か。
それを見定めようとレフ准尉や、上層部の方々が暗躍している。
そういった行動はそれに相応しい人達に任せるべきだと思うのですよねぇ。
少なくとも、末端の末端。働き蟻である俺に任を負わすべきでは無いと思います。
餅は餅屋。
蛇の道は蛇ってね。
当たり障りのない笑みを交わし、慎ましい日常会話を続け。
花を愛でる事が好きな師匠も思わずほう、っと唸ってしまう庭園の一角で咲き誇る花達を眺めながら歩いていると。
漸く豪華な屋敷の入り口へと到着した。
全く。
歩いて数分も掛かるなんて……。
土地代だけでも一体幾ら掛かる事やら。羨ましい限りですよっと。
「では、お入りください」
「失礼します」
庶民的な愚痴を心の中で零しつつ。
美しい花の装飾が施された大人の背丈を優に超える大きさを誇る扉の下を潜った。
「…………」
正面。
がらんと開いた空間の先には後ろの扉よりも一回り小さな、と言っても。十二分に大きい扉ですけども。
それが堂々と構え。
左右に首を向ければ、何処までも続く廊下が御目見えした。
そして、馨しい香りを放つ木の床の上には富豪の屋敷には必ずといっていい程敷かれている赤い絨毯が俺を見上げていた。
外も豪華であれば、中身も当然豪華ですねぇ。
「正面に見えます扉の向こうには舞踏会が催される大部屋が。そして、左の区画は主賓客をお迎えするお部屋の数々が並び。シエル様は向かって右手側の区画に居ます」
どうぞ、此方へ。
そう促されるまま右手側の区画へと歩み出す。
「凄い豪華な造りですよね」
心に思った事をそのまま話す。
この無駄にデカイ窓に嵌った硝子は、一体幾らなのかしら??
俺の一月の給料でも賄えるとは到底思えないよ。
「それ相応の地位に立つ者は、それに相応しい家に住むべきですからね」
俺が師事する御方はそれを嫌っていますよ――っと。
一族を纏める者の地位に属するのに、普通の平屋に住んでいるし。
何でもかんでも豪華にすればいいってもんじゃないですよ??
「これだけ広いと、住む人も大変そうですよね。ほら、掃除ですとか」
「身辺警護、食事、掃除……。そういった庶務は使用人に任せておりますので。そこまで苦労するとは思えませんね」
いや、うん。そうなのですけども
使用人を雇うにもお金が要りますよね?? 俺が言いたかったのはそういう事じゃあないんですよ??
赤き絨毯を踏み均し続け、左手へと続く無駄にデカイ廊下を直角に曲がり。
それから二つ三つの扉を越えると、エアリアさんが歩みを止めた。
そして、ふぅっと息を整えると扉をノックする。
「シエル様。お連れしました」
ここが皇聖さんの御部屋か。
扉も豪華な造りですね。この屋敷の中にあるもの全て高価な代物なのだろう。
つまり。
無駄に動いてしまうと破損させてしまう虞がある。
俺の給料では与えてしまった損傷を修復出来ないので大人しく彼女の指示に従いましょうか。
「――――――――。どうぞ、お入り下さい」
扉の中から軽快に歌声を放っている鳥も思わず歌を止め、思わず聞き入ってしまう清涼な声が漏れて来た。
「それでは、お入りください」
「はい。すぅ――――。ふぅ……。失礼します」
深く呼吸を整え、精神を落ち着かせてから心地良い音を放つ扉を開いた。
先ず目に飛び込んで来たのは背の高い天井。
その下の壁際には幾つもの本や、書類やらが規則正しく整列している本棚が併設され。
外とは違い、中の絨毯は人の心に落ち着きを与えてくれる茶の色であった。
一歩、二歩。
確実にその人物との距離を詰め、横に広い執務机の前に到着し。
伏目がちであった視線をふっと上げた。
「初めまして、レイドさん。本日は御足労頂き、真に有難うございます」
大きな背もたれの椅子から立ち上がり、此方へと清涼な言葉を放つ。
背まで伸びた夜空も羨む黒き髪。
整った鼻筋に誂えたような丸みを帯びた唇が笑みを浮かべれば大勢の人は心を奪われてしまうだろう。
レフ准尉が仰っていた通り、聡明な雰囲気を醸し出す美人さんが目の前に静かに立つ。
白きローブを身に纏い静々と歩く様は海竜さんを彷彿させますが、彼女のローブは美しい装飾が施されている。
対し。
此方の方々が着用するそれは一切の穢れが無い白。
それはまるで、魔物がこの世から消失し。人だけの世界を象徴した様にも見えてしまった。
「初めまして、レイド=ヘンリクセンと申します」
正面に立つ彼女に対し、キチンと頭を下げて自己紹介を遂げる。
これが大人の処世術ですよっと。
「シエル=マリーチアと申します」
ふぅむ。
普通の女性と変わらぬ体躯、だな。
どこぞの龍が一発攻撃を加えたら骨の一本や二本折れてしまいそうだ。
背も特別高いって訳でも無いし。
「本日はお世話になりますね」
そう話すと、此方に向けて右手をすっと差し出す。
「あ、いえ。此方こそ」
差し出された右手をきゅっと掴み、普遍的な挨拶を交わした。
柔らかっ!!
女性特有の柔肌に思わず驚いてしまった。
手から流れ出て来る筋力の波動もなければ、安定した重心の欠片も掴み取れない。
武に関しては全くの素人って感じか。
頂点に立つ者ですからね。護身術を嗜み程度に心得ているかと思いきや。肩透かしを食らった気分だよ。
「先程からどうされました?? 私の体をじぃっと眺めたり、握った手を放さなかったり」
「っ!! し、失礼しました!!」
慌てふためき、右手に心地良い感覚を与えてくれる柔肌の手を離した。
な、何をやっているんだ!! 俺は!!
初対面の人をジロジロと観察したら駄目じゃないか!!
いや、でも。
探って来いとも承っているし……。難しい塩梅ですよね。
「ふふ、緊張感が解けた様で何よりです」
小さな笑みを漏らし、再び元の席へと戻り。
「幾つか御伺いしたい事が御座いますので、本日は此処までお呼び致しました」
先程までの柔和な笑みとは打って変わり。
氷柱も慄く真冬の季節が面に現れた。
おっと。
こっちが本来のシエルさんかもね。警戒を続けよう。
「その様にお伺っています。私は何を説明すれば宜しいのでしょうか??」
「それでは、先ず。レイドさんが心血を注いで作成された報告書を拝見させて頂いても宜しいですか??」
「えぇ。――――――。どうぞ」
鞄を開き、紙の山を彼女の前の執務机の上に静かな所作で築き上げてあげた。
「まぁ……。多いですね」
「それで半分ですよ。もう半分は上層部宛てに作成させて頂きました」
愚痴っぽく聞かれようが構わないさ。
相手は民間団体なんだから。
「うふふ。まぁっ、怖い言い方ですね。それでは、拝見させて頂きます」
どうぞ。
肯定の意味を籠めて一つ大きく頷いた。
「…………」
「…………」
シエルさんが紙を捲る矮小な音と、互いの呼吸音が大きな部屋の中で小さくこだまする。
時折、彼女の背後に設置された窓から鳥達の声が漏れて来る。
傍から見れば大変静かで、清楚な空気ですけど。その中でも一切姿勢を崩さず。
彼女の手元を注視していた。
紙を捲る際に使用するのは右手、つまり右利きか。いや、でも。左利きの人でも右手を使用する時もあるからな。一挙手一投足を見逃さないぞ??
視力は……。あぁ、普通だね。報告書に顔を接近する素振も見せないし。
読む速さは……。おぉ!! レフ准尉よりも速いかも。
素早い眼球の動きに感心していると、彼女がふぅっと大きく息を吐き。一枚の紙を静かに置いて此方を黒き瞳で見上げた。
「――――。あのぉ」
「はっ。何でありましょうか??」
「じぃっと見つめられると、その……。恐縮してしまいますので、あちらのソファで座って頂けますか??」
シエルさんが此方から向かって右手後方に設置されている、大の大人が余裕で寝転べる大きさを誇るソファへと視線を送った。
「いや、しかし……。シエル皇聖が拝読されているのに私だけが休むのは……」
「大変お疲れですよね??」
えぇ、それはもう。
気を抜いたら恐らく失神してしまいますね。
項に睡魔が居座り、油断すれば意識を断とうとドデカイ鎌を首に掛けていますので。
「顔色も優れませんし。これだけの量ですと……。読み終えるのに最低でも三十分は掛かりますので」
「宜しいのですか?? シエル皇聖のお部屋で寛いでも」
これが最終確認ですよっと。
「構いませんよ。後、私の事はシエルとお呼び下さい。所詮、私は民間団体の代表者なのです。レイドさんの上官ではありませんので」
ふっと柔和に目元を曲げて仰る。
「は、はぁ。それでは、休ませて頂きます」
「どうぞ」
今の笑みが本当の彼女の姿なのか。
厳しく冷たい視線を書類に向けているのが本来の彼女の姿なのか。
どっちがどっちだか……。
彼女の仕事を邪魔せぬ様、失礼しますと矮小な声を出してソファに腰掛けた。
うっそ!!
ヤダ!! なに、コレ!?
予想外の硬度に体が驚愕して思わず腰を浮かしてしまった。
「如何為されました??」
「あ、いえ。お気になさらず」
世の中にはこんな柔らかいソファがあるのか。
長時間腰かけても腰を痛めない様に臀部だけでは無く、背部にも繊細な角度で調整されている。
深く腰掛ければ体が甘い溜息を漏らし、このソファにずぅっと座り続けようと叫び始めてしまった。
そして…………。
この柔らかさと角度が恐ろしい悪魔を呼び醒ましてしまった。
そう。
今も俺の背後に存在する睡魔だ。
一秒にも満たない瞬きが数秒、そして数十秒と徐々に伸びていき。
頭を支える首の筋力が情けない動きを見せ始めてしまう。
こ、堪えろぉ。
絶対、寝るなよ!?
真面目なもう一人の俺がそう叫べば。
ちょっとだけ……。
彼女は三十分もかかるって言っただろ?? なぁに、数分程度だったら構やしないって。
不真面目なもう一人の俺が甘言を放つ。
二人の狭間に身を置き、どちら側に進もうかと考えている内に。
意識が朧に揺れ出し、大変ながぁい瞬きの時間が開始され。
『この隙を待っていたのさぁ……』 と。
睡魔が恐ろしい笑みを浮かべ、巨大な鎌で意識と肉体を剥離させ。
真面な意識が刹那の内にふかぁい霧の中へと吸い込まれて行ってしまったのだった。
お疲れ様でした!!
最近、暑くなってきたので。皆様も体調管理に気を付けて下さいね。




