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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第七十七話 大切な御話 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 体の奥底から休まる心地良い温かな白い霧に包まれながら宙の中を漂う。


 時間が許す限りこの空気の中を漂い続けたいと願う俺の気持ちを裏切るかの様に霧が突如として晴れ渡ると、懐かしい光景が目の前一杯に広がった。



 此処は……。俺が生まれ育った里か。



 見慣れた家屋が立ち並び暁の光に照らされた故郷の景色を捉えると自分でも驚く程に心が落ち着いてしまう事に気付いてしまう。


 里の者達が軽快な笑い声を上げて家路に就き俺もふっと双肩の力を抜くと彼等に倣って己が育った家へと歩み出す。


 皆の柔らかい笑顔と当たり障りの無い言葉の数々に背を押されて家の扉を開くと。



『あ、お帰り。今日も訓練お疲れ様』



 誰も居る筈の無い我が家に俺の心の隙間を全て埋めてくれる女性が微笑みを浮かべて立っていた。


 思わず触れてしまいそうになる艶のある明るい茶の髪、女性らしい丸みを帯びた肩は男の守ってやりという本能を多大に刺激する。



『今日はシェファちゃんのお父さんからお肉をお裾分けして貰ってさ。今から焼くからちょっと待っててね。あ!! そうそう!! お肉を貰った時にさ、シェファちゃんが赤ん坊を抱いていてね?? それはもう幸せそうな顔を浮かべていたんだ』



 クルリが俺に背を向けて調理場に立つが俺は己の内に湧く感情に従い、彼女の小さな双肩に両手を静かに乗せた。



『え?? どうしたの??』


 俺の両手が体に触れた刹那に驚いた仕草を見せるが。


『もう……。皆の見ていない所だと甘えん坊さんだよね』


 俺の心を汲んでくれた彼女は仕方がないという笑みを浮かべると体を反転させて俺の切なる願いを叶えてくれた。


『んっ……。はい、続きは御飯を食べてからね??』



 二人の唇から紡がれる透明な幸福の橋が溶け落ちると俺は彼女の体を強力に抱き締めた。


 この幸せは誰にも渡さん。絶対に守り抜いてやる。


 その為に俺は強くなると決めたのだから。



『ふふっ、今日は本当に甘えん坊だね。私は何処にも行かないから安心してね』



 あぁ、俺を置いて何処にも行かないでくれ。そして共に幸せな未来を築いて行こう。


 彼女の小さな体を両腕の中に閉じ込め、二人の愛と絆を深めていると妙な声が頭上から降り注いできた。



『……ンナさん!!』


 誰だ?? 俺と彼女の貴重な時間を邪魔しないでくれ。


『お……、下さい!! 大変なんです!!』


 まさか俺の愛する者を奪うつもりか?? クルリは誰にも渡さん。もしも手を出す様ならばその首を刎ねてやる。


『いい加減に……。起きてくださぁぁああああ――い!!!!!』


「うぉっ!?」



 両頬に強烈な痛みが生じると不明瞭な声が明瞭に変化して幸せな光景が強烈な風によって消え行く霧の様に消失。



「――――。一体何の用だ」



 幸せな夢から残酷な事実が蔓延る現実の下に戻されてしまい、少々不躾な口調で俺の夢を掻き消してしまった張本人を睨んでやった。



 今は……。昼と夕の間か。


 自分でも気が付かない内に熟睡していた様だな。



『ハンナさん!! ダンさんが大変なんです!!!!』


 聖樹殿が慌てた声を上げると彼女の心と同調する様に天高い位置の木の枝がざわめく。


「ダンが??」



 俺と同じく昼寝に興じているのだろうと考えて日用品が方々に散らばる俺達の寝床に視線を送るが……。


 奴が使用している毛布の上はもぬけの殻であった。



「何処かで転んで蹲っているのか?? それなら放っておいても構わん。直ぐに帰って来るだろうからな」



 あの馬鹿の事だ。どうせ……。



『うひょう!! 何これ!? すっげぇ珍しい虫じゃん!!』



 馬鹿みたいな明るい笑みを浮かべて好き勝手に行動しているのだろう。


 何度見ても飽きやしない阿保面を思い浮かべていつもの事だと安心しきった声を放ち、再び毛布の上で横になった。



『違いますよ!! 黒蠍のど、毒針にやられてしまって!!!! もう直ぐ死んじゃうんです!!!!』


 何だと!?


「何故それを初めに言わなかった!!!!」


 彼女の言葉を受け取ると素早く立ち上がり憤りを解き放つ。


「ダンは今何処にいる!?」


『先日フィランの実を採取した場所から北へ向かった先に居ます!! お願いします!! 早くしないと……』


「了承した!! 細かい先導は適宜してくれ!!」



 刹那に魔力を解放すると風の力を身に纏い、唯一無二の存在を救出すべく彼女が指示した場所へ駆け出した。



『そのまま北へ!!』


「あぁ!!」


 音をその場に置き去りにして屈強な空気の壁を突破。


『少しずれました!! 東方向へ五度修正して下さい!!』



 両足が千切れても構わない勢いで大地を蹴り、俺の前に立ち塞がる樹木の数々を躱して進んでいると目的地に到着した。



「ハァ……。ハァッ……。い、一体これは……」



 美しい森の中に横たわる巨大な黒蠍の死体を捉えると思わず息を飲んでしまう。



 地面に転がる無数の矢、無作為に点在する人の足跡と黒蠍の節足の跡の数々。そして巨大な黒蠍の背に深く突き刺さった剣が戦士の勝利を物語っていた。


 鍛え抜かれた戦士でさえも抗う事を諦めてしまう巨躯は生命活動を完全に停止させ、夥しい数の命を屠って来た毒針はその役目を終えて針の先端から透明の液体を零して大地を穢している。


 平坦な頭部に備わる複数の眼は矢で穿たれており、ダンがどのようにして勝利を手中に収めたのか手に取る様に理解出来てしまった。



 恐らくコイツが……。生の略奪者だな。


 武に通ずる者を絶望の淵へと追いやる圧倒的な圧を纏う大きさを目の当たりにしても恐れず立ち向かい、たった一人で勝利した。



 ダン……。貴様は本当に凄い奴だ。


 友としてそして一人の戦士として尊敬出来てしまう光景を捉えると感嘆の想いが胸に湧く。



『ダンさんは黒蠍の向こう側に倒れています!!』


「あ、あぁ!! 分かった!!」



 彼女の声で我に返り生の略奪者の死体を飛び越えると背筋が凍り付いてしまう彼の姿を捉えてしまった。



「ダンッ!? お、おい!! しっかりしろ!!」


 身動き一つ取らずに大地に横たわっている彼を抱き起す。


「ッ!? し、心臓の音が……」



 顔色は雪原を彷彿とさせる程に青白く、脈拍は死人と思しきモノと変わらぬ程に弱々しく。それは秒を追う毎に静かになっていた。


 右肩からの新鮮な出血が目立つな……。恐らくそこから毒液を注入されたのか!!



『治療を開始しますので早く私の下へ運んで下さい!!』


「了承した!! ダン!! もう少しの辛抱だ!! 耐えてくれ!!」



 呼吸音が全く聞き取れない彼の体を抱えると再び風の力を身に纏い、数十秒も掛からぬ内に聖樹殿の下へ辿り着いた。



「どうすればいい!?」


『木の麓に静かに寝かせて下さい!!』



 聖樹殿の指示通りに遺体と何ら変わらぬ真っ白な顔色を浮かべているダンを聖樹殿の立派な樹木の麓に静かに寝かせた。



「ダン!! 聞いているか!? 俺を置いて先に逝くな!! これは命令だ!!!!」


『ふぅ――……。古より伝わりし力よ。我が下へ集え、そして邪を打ち払え……』



 今にも事切れてしまいそうなダンに力強い声を掛け続けていると聖樹殿の太い幹から複数の光る触手が出現。



『我が御業。ここに示さん……』



 光る触手が形容し難い動きを見せると思わず顔を背けてしまう光量を放ち、そして……。ダンの衣服の隙間を塗って体の中に深く侵入してしまった。



「俺の相棒に何をする!! 怪我なら薬草を塗ればいいのではないのか!?」


『怪我はそれで治るかもしれません。しかし、ダンさんの体内には猛毒が各血管を通って循環されています。その悪しき力を私の聖なる力で癒します。この触手は私とダンさんを繋げる為に必要なものですから決して外さない様に』



「そ、そうか。頼む……。コイツは俺の大切な相棒なんだ。魔力が足りなくなったらいつでも言ってくれ。俺の力を譲渡する」



 光る触手に伸ばす手を止め、腹の奥を重く刺激する魔力の圧を放つ聖樹殿を直視して懇願した。



 聖樹殿から迸る力が大地を微かに揺らしその余波を受け取った周囲の森達が震える圧倒的力に思わず硬い生唾を飲み込んでしまう。


 何んという魔力の圧だ……。森が、大地が震えているぞ……。



『ダンさんとの会話は私も好きですからね。彼を救う為に全力を尽くします』


「有難う……」


『では私はこれから暫くの間、彼の体内を蹂躙する毒を消し去る為に集中しますので何か大きな変化が彼に現れたら大声で叫んで下さいね』


「あぁ、了承した」



 聖樹殿がそう話すと彼女から放たれていた桁外れの魔力の圧が収まり、普段通りの静謐な環境が訪れると俺の荒い呼吸音だけが虚しく響く。



 ダン……。俺とお前の旅はこんな場所で終わる筈はない。


 この世の不思議と愉快な危険をもっと見せてくれるのだろう?? その約束を反故するのは俺が許さん。


 だから……、帰って来い。俺はここでいつまででも貴様の帰りを待ち続けているぞ


 光る触手に流れている摩訶不思議な光がダンの体に侵入するとそれが血の流れに沿って移動する様に彼の体内で柔らかい円を描き始める。



「……ッ」



 聖樹殿の力を受け取って微かに淡く明滅する彼の体を心急く思いで見下ろし、何もしてやれない己の無力さを誤魔化す為に両の拳を痛い程握り締め続けて居た。





お疲れ様でした。


今から後半部分の編集作業に取り掛かるのですが……。後半部分が少し長めの文となっており、更に私の残り微かな体力では次の投稿まで少々お時間が掛かりそうです。


超深夜か、明日の朝から昼の間に投稿させて頂きますね。


それまで今暫くお待ち下さいませ。

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