第七十四話 相互理解は果てし無く遠く
お疲れ様です。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
数百名が余裕を持って行動出来る程広い空間の中に俺達が過ごし易い様に荷物を一箇所に纏め、そして慎ましい生活が出来るように野営の準備を着々と整えて行く。
毛布と一人用の天幕は出来るだけ水平な場所に設置して、火を起こす為の竈用の石を積み。
徐々に食料が減って来たからそろそろ節約し始めないと帰路に響くので、ごくつぶしの白頭鷲ちゃんの寝床から大切な食料は放して保管しておきましょう。
手慣れた手付きで取り敢えず数日間は過ごせるだけの環境を作り終えるとだらしなく分厚い毛布の上でコロンっと横になった。
ん――……。ちょっと傾いているかな?? もう少し水平な場所を探そう。
『あの、本当に帰らないつもりなのですか??』
俺が毛布を抱えて足の裏で何となく地面の水平具合を確かめていると聖樹ちゃんが中々に可愛い声でおずおずと問うて来る。
「ここに来てからまだ小一時間程でしょ?? まだまだ話足りないし、聖樹さんの生い立ちやらこの森は一体どうやって出来たのか知りたいもん」
『べ、別にそれは構いませんけど……。聞いても面白くないと思いますよ??』
おっ、このナンパ慣れしてない田舎出身の初心な女の子の特有の反応は……。
ちょいと押しに弱そうだがその実、こちらから強引に攻めると一歩身を引いてしまうので丁度良い距離感を保ちつつ話し相手を務めましょうかね。
「時間は腐る程あるから好きなだけ話して下さいよ」
自分の体が満足のいく平坦な場所を見付けると取り敢えず毛布を敷き。休日の居間で寛ぐお父さんの様に大地の上でコロンっと寝転がりずぅっと上方から降り注いで来る太陽の木漏れ日を浴びながら話す。
『仕方がありませんね。では厚顔無恥な貴方にこの森の生い立ちから説明してあげましょう!!』
余程話し相手に飢えていたのだろう。
都会に馴染んでいない初心な子の様子から一転。
大通りの脇で井戸端会議をしている主婦達が旦那の愚痴を話す時みたいに喜々とした口調で語り始めた。
『この森が出来たのは遥昔の事です。あ、その前にこの世界の成り立ちでも聞きます?? それとも私の年齢でも話しましょうか?? 初対面でいきなり年齢を話すは勇気がいりますけど……。時間経過の概念を理解して貰った方がダンさんにも分かり易いかと考えまして。そうだ!! ダンさんは先日誕生日を迎えて二十六歳になったんですよね!? 此方に来るまでの間に交わされた会話をコソっと聞いちゃって』
一度流れ出したら止まらぬ濁流の様にこれまで溜めて続けて来た沢山の言葉が出るわ出るわ……。
だがまぁ、陽性な感情を籠めて聞き手の事を考えずに次々と言葉を出すのも頷けるかな。
この森はラタトスクの者達が聖域として扱い滅多な事が無ければ誰も足を踏み入れないし、更にこの中枢に到達した者は極稀か若しくは皆無。
つまり、俺達は彼女にとって久方振りに出来た話し相手になるのだ。
ここが街中ならお茶の一杯でもズズっと飲みながら女の子の長話を聞いてあげるのですが……。生憎ここではそうはいかない。
そして彼女は人のそれと違い呼吸という概念が無く、一切の繋ぎ目の無い怒涛の口撃が休む間もなく襲い掛かって来るのが少々辛いかしらね。
「この世界の成り立ちは相棒が住んでいる大陸に居る時に知ったよ。確か……。九祖だっけ?? べらぼうに強い九体の魔物が星を住み易く作り変えたんだろ??」
真正面から襲い掛かって来た情報の数々の中から取り敢えず一つを受け取る。
この話を聞かされた時は大層驚いたが……。
空の覇者である白頭鷲や大鷲等々。この世の理から外れかけた存在を目の当りにしたら否応なしに納得せざるを得なかった。
遥か遠い昔に彼等以上の強力な生命体が存在しても何ら不思議は無いから。
『まだまだ赤子同然の年齢な貴方でも知っていましたか。では、もうちょっと詳しく説明しましょう!!』
「あ、いや。いきなり沢山の話は疲れているし手加減して……」
『私の母、つまり先代の聖樹が健在の頃にそれはもう本当に多くの話を聞きました。今は亡き母が教えてくれた話によりますと、我々の祖先は九祖が一体。その末裔であるラミアの遺体から生まれたそうです。まだこの大陸が北の大陸と繋がっている遥昔、最古の滅魔の一体である 『国食い』 と私の祖先が戦いこの地で命を落としました。それから途方も無い年月を経て、森が成長して命を紡ぎ今に至る訳です!!』
お疲れ様でした、一気に捲し立てる様にこの森がどうやって出来たのか説明してくれましたね。
「えっと……。聖樹さんの御先祖?? でいいのかな。ラミアの遺体が何故木になったのかは分かるのかい?? それと国食いは一体どんな奴だったのか教えて下さい」
『私達が何故木として生まれて意思を持ったのか。その理由は母でも分からないと言っていましたのでその理由は不明です。時代を経る事により九祖の力は弱まっていますが、それでも彼等の血を受け継ぐ者の力は貴方達の力が霞んでしまう程に強烈です。大地の地形を変えてしまう程の力を持つ体が安らかに眠る大地ならそれ位の不思議が起きてもおかしくないのでは??』
何故意思を持って生まれたのか、聖樹さん自身が知らないのなら解明しようがないか。
この世は非常識と説明し難い不思議に包まれているし、今更木が意思を持って喋っても驚きはしないけどその原因を知りたかったのが本音です。
『そして国食いは……、そうですね。私も見た事が無いのですが聞いた話によると全長数キロの巨体で土の中を難なく進み、巨大な口で野山を食らい、地上に存在する全てを飲み込むと言い伝えられています。ラミアの末裔は国食いと戦い命を落としてここで眠り。国食いもまた深い眠りに就いてその牙を研いでいると教わりました』
巨大な蚯蚓……。みたいな形なのかしら?? というか何だか話がきな臭くなって来たぞ……。
あのクソッタレな五つ首と似た様な滅魔がこの大陸の何処かで眠っているとでもいうのか??
「俺達がこっちの大陸に渡って来る前に五つ首と呼称されている滅魔を退治して来たんだけど……。奴はマルケトル大陸の東端に眠っていたんだ。もしかしてぇ、その国食いって滅魔もこのリーネン大陸の何処かに眠っているんじゃ……」
『その通りですっ。国食いはこの大陸の南端、酷い砂嵐で囲まれた山岳地帯の中枢で眠り続けていると信じられていますよ』
化け物級の九祖の血を受け継ぐラミアと相打った滅魔は五つ首と違い桁外れの長い年月の間、今も大陸南部で静かに眠り続けているのね。
俺の悪い予感って当たるんだよねぇ。と、言いますか。
「聖樹さん。俺が今から地面に地図を書き記すのでちょっと見て貰えます??」
右手の人差し指でこの大冒険に旅立つ理由となった簡易地図を大地に描いて行く。
「俺はアイリス大陸の生まれでとある人物が一枚の地図を俺に手渡して息を引き取ったんだ。それから地図を頼りに相棒が住む東のマルケトル大陸へ渡り、五つ首と呼称される滅魔を退治した。んで、ソイツが眠っていたのはこのバツ印の場所ね。そして手渡された地図にはこのリーネン大陸の南端にも。そしてガイノス大陸南東部、俺の生まれたアイリス大陸の南西部にも記されていたんだ。今の話から察するに……。このバツ印は滅魔が封印されている場所って事かな??」
『う――ん……。他の大陸の事情には疎いですから断定は出来ませんけど……。この大陸に記されているバツ印の場所は国食いが眠っていると教えられましたよ??』
ふぅむ……。
マルケトル大陸とリーネン大陸のバツ印が記された場所には滅魔が眠っている事から察して、恐らく他の大陸に記された場所には大変宜しく無い意味でバツ印が刻んであるのでしょう。
滅魔が眠るのか、それともそれ級のヤバイ連中が潜んでいるのか。
断定は出来ないが俺の様な普通の人間が近付いちゃいけない場所である事は確実だ。
「ほぅ……。つまり、貴様が渡された地図の印を辿って行けば自ずと強者と出会うのか」
これまで沈黙を貫き俺達の会話に傾聴していたハンナがニィっと、大変悪い笑みを浮かべた。
「い、いやいや!! お前さんも五つ首の強さを身に染みて理解しているだろう!? やっべぇ奴には出来るだけ関わらないのが賢明だぞ!?」
それだけは駄目ッ!! 絶対ッ!!
「ふん、分かっている。興味本位で言っただけだ」
嘘くせぇ……。余計な事件に巻き込まれない為にも横着な白頭鷲ちゃんとバツ印は出来るだけ近付けないでおこう。
『貴方達では逆立ちしても勝てない力を滅魔は持っていますからね。ダンさんが仰った通り、近付かないのが賢明ですよ。ではこの森がどうして生まれたのかは大体理解出来たかと思います。次は私の自己紹介をさせて頂いますね!!』
また怒涛の口撃が始まるのか。
一つ一つの口撃を受け取り、親切丁寧に返すのには一体どれだけの時間を要するのやら。
自分で提案しといて何だが早くも後悔の念が募り始めてしまう。
『私はこの世に生まれて約三千年です。聖樹の寿命は一万年と教わったのでまだまだ若輩者といった感じでしょうか。この森を守るのが私の使命であり存在意義です。普段の生活は森の中を監視したり、森を荒そうとする者を発見したら実力行使に出ます』
「実力行使ねぇ……」
まだちょっと痛む首筋を右手で抑える。
『先程加えた攻撃は軽い物ですよ。いざとなれば体に宿る魔力を使用して魔法を使用しますからっ』
人間の姿であったのなら恐らくエッヘン、と。強く胸を張った感じでそう話す。
「森の中を監視出来るのならちょっと離れた位置に住んでいるラタトスク達の姿も確認出来るの??」
『そう遠くまで見る事は叶いませんが……。向こう側からこの森の緑が見えるのならそこが私の及ぶ視界の限界点ですね』
流石に森を囲むラタトスクの里全てを見通すって訳にもいかないか。
『彼等は私同様森の守護者であり森と共に生きて来たかけがえのない存在です。母にも彼等を大切にするようにと教わりました』
「じゃあ続いての質問で――す」
会話に疲れて来たのでこの質問をしたら木漏れ日をおかずにしてちょっと昼寝でもしようかな……。
『私に答えられる範囲なら答えましょう!!』
今から質問しますからそう発奮しないの。
「血の通った生物は交尾をして次の時代へ命を紡いて行くんだけどさ。聖樹ちゃんはどうやって母親から生まれたんだい??」
『へっ!?』
おっ?? どうしました??
急に恥じらう乙女みたいな声を出して。
『あ、いや。それは……。そのぉ……』
「他の木とガッツリ交尾でもするの?? ほら、この周りには沢山の木が生えているし。因みに木の交尾ってどんな感じ?? ラタトスク達の生活を見られるのなら彼等がどういった交尾を行っているか知っているだろうし。端的且明瞭に生殖方法を教え……」
だらしない姿のまま嗜虐的な視線を木の幹に向けていると。
『そ、その口を閉ざしなさい!! ここは聖なる領域なのですよ!?』
「グォェッ!?」
上空から無数の蔦が俺の体に襲い掛かり再び宙吊りの形になってしまった!!
「コ、コヒュゥッ!? い、息がっ!!」
『聖樹を前にして猥談なんて言語道断ですよ!! 貴方の頭の中には一体何が詰まっているのですか!?』
「ひょ、興味本位で聞いただけだろう!? そ、それにゴフッ!! 会話に乗って来たのはそっちじゃないか!!」
『時と場合を考えて発言しろと言っているのです!!』
「じゃ、じゃあ月が怪しい光を放つ深夜なら問うても良いと??」
『駄目に決まっています!! 馬鹿じゃないですか!?』
聖樹ちゃんの感情と同調する様に俺の首に巻き付いている蔦の力が増し、胴体に絡みつく蔦がギュウギュウと無慈悲に内臓を圧迫して来た。
「ゴフェッ!? あ、相棒……。た、助け……」
こ、このままじゃ絞め殺されちまう!!
志半ばでこの世を去る要因となったのが猥談とか、結構洒落にならない程に恥ずかしい要因なんですけど!?
「身から出た錆だ馬鹿者。俺は少し剣を振って来る。聖樹殿、何処か適した場所は無いか??」
ふ、ふざけんなよ!? 唯一無二の相棒が植物に殺されかけてんだぞ!?
救いの手を差し伸べるのが相棒ってもんだろうが!!
『此処から南へ向かうと泉が湧いている場所あります。そこは黒蠍の縄張り外ですので安心して下さい』
「了承した。では失礼する」
失礼すんな!!!!
「こ、この薄情者のほぼ童貞野郎が!! テメェの剣は一体何の為にあるんだ!?」
無感情な足取りで背の高い草を掻き分けて南へと向かって行くハンナの背に向かって叫んでやった。
『安心して下さい。例え剣で蔦を切り裂いてもお代わりは沢山ありますので』
聖樹ちゃんがそう話すと数えるのも億劫になる量の蔦が上空からゆぅぅっくりと降りて来た。
す、すっごぉい。これぜぇんぶ自分の意思で動かせるの??
例え俺の体に絡みつく数本の蔦を切り離しても、数千を越える蔦が襲い掛かって来る。
つまり俺達の力は聖樹ちゃんの前ではほぼ無力に等しいのかも知れないわね……。
『さて、御話の続きをしましょう!! 私は母親から様々な事を教わって育ちました。この世の始まり、私達を取り巻く環境等々。それはもう本当に多い情報でして。全てを聞き終え理解するのに数百年以上の年月を要し……』
「い、いいから早く下ろして!! このままじゃ窒息死しちまうよ!!」
宙に吊られたまま叫ぶがどうやら彼女は聞く耳を持っていないらしい。
そりゃ樹木なのだから耳が無いのは当然ちゃ当然だけど、少しは矮小でちっぽけな人間の存在も気に掛けなさいよね!!
首をグイグイと締め付けて来る蔦の間に両指を必死に食い込ませて何んとか死なない程度に気道を確保すると、宙で永遠の昼寝を始めない様に無意味に足をばたつかせて彼女の想定外に強い力に必死に抗い続けていた。
お疲れ様でした。
帰宅時間が遅くなり、投稿時間が遅くなってしまいました。大変申し訳ありませんでした。
疲労が溜まりに溜まる週末ですが明日は休日の為、これから少しプロットを書いた後に馬鹿みたいに眠ります。
まだまだ体調が本調子じゃないので睡眠が必要なのです……。
寝溜めはあまり意味を成さないと聞いた事があるのですが本当でしょうかね??
そして起床後は休日のルーティンを済ませた後に愛馬に跨り四川ラーメンを食しに行って来ます!!
それでは皆様、引き続き良い休日を過ごして下さいね。