第七十話 浄化の儀式 その二
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漆黒の夜空に浮かぶ星達の煌めきは思わず手を伸ばして手に入れてしまいたくなる程に美しく映り地上に住まう者達の心を奪い続けている。
そしてその美しさに負けず劣らない月の淡い光が大地に降り注ぎ人の心を怪しく照らす。
周囲の闇を打ち払う篝火から軽快な音が弾けて火の粉が舞うと不規則な軌道を描いて夜空へと吸い込まれて行き、火の粉の矮小な点と星の瞬きが重なると夜空の色どりを更に装飾する。
恋人と語り合うのに誂えた様な素晴らしい夜空を捉えると感嘆の吐息を漏らして視線を正面に向けた。
「「「……」」」
ラタトスクの里の者達が大きな焚火を取り囲み広い輪を形成。
その表情は皆一様に緊張の色に染まり、漆黒の闇を打ち払おうとしている火の明かりを終始無言のまま見つめている。
俺と相棒も輪の一部に加わり例に漏れる事無く強張った顔色を浮かべて里の長であるベズズさんの到着を待っていた。
『よ、よぅ。これから浄化の儀式が始まるのは理解しているけど……。俺達は何をすればいいのかな??』
俺の右隣り。
まるで強敵と対峙した時の様に強張った表情を浮かべているウォッツ君に虫の音よりも矮小な声量で問う。
『族長が到着しますと僕とダンさん達が正面の焚火に近付く様に指示を与えてくれます。それに従い火の側へと進み、それから森に住まう精霊達と天空に住まう神々に祈りを捧げるのです』
は、はぁ……。森に住まう精霊さんと空の神様に祈りを捧げるのね。
目に見えぬ存在に祈りを捧げたとしても帰って来るのは無言の答え。
意味も無い行為に嘆くのは利己的で現実主義の者達であり、俺も彼等に倣ってそんなモノはいやしないと鼻で笑い飛ばしてやりたくなるのだが……。
空を独占する巨大な白頭鷲、砂の中から現れ自然の恐ろしさを教えてくれた砂蟹、純粋な強さを求める暴兎、鋼よりも強い硬度の前歯を持つ飢餓鼠、そして何度も甦り惨たらしい死を運んで来る五つ首……。
これまで体験して来た危険と不思議によると超自然的な存在が実在してもおかしくないと思えてしまう。
まっ、俺もよく存在しないであろう幸運の女神様に都合の良い祈りを届けているし。俺達がこれから受けようとしているのはそれに近いモノと捉えても構わないでしょうね。
『りょ、了解。大人しく従います』
ウォッツ君に一つ小さく頷くと里の方角から数名の従者を引き連れたベベズさんが夜の静けさを壊さない静かな足取りで向って来た。
「……」
くすんだ灰色の民族衣装を身に纏い角ばった顔には朱色の着色料を使用した複雑な紋様が描かれている。
右手に木製の杖を持ち厳かな雰囲気を周囲に振り撒きながら輪の中央へ進むと。
「そこの三名。立ちなさい」
ベベズさんと同じ衣装を身に纏う従者の一人が俺達に指示を放った。
「はい、分かりました。ダンさんハンナさん、此方へ」
「お、おぉ」
「了承した」
意外とすんなり立ち上がった二人に対して俺はぎこちない所作で立ち上がり、闇を打ち払う炎の前で静かに座した。
「これより浄化の儀式を始める。皆の者、静かに祈りを捧げよ」
ベベズさんが厳格な口調でそう話すと。
「「「……っ」」」
俺達を囲む里の者達が静かに目を瞑り黙祷を開始。
「森に住む精霊よ……。天空に住まう神々よ……。我々の祈りを受け取りこの者達に守護を授け給え……」
ベベズさんが炎の前で木の杖を掲げて祈る所作を見せると彼に帯同していた者達が俺達の顔に朱の染料を塗り始める。
うっ……。ちょっと臭いな……。
顔に塗られている染料から鼻の奥を突く独特な刺激臭が放たれ思わず顔を顰めたくなるがこれは神聖な儀式だ。
場の雰囲気をぶち壊すのは了承出来ませんので叫ぶのは我慢しましょう。
「悪しき魂を拒絶し聖なる魂魄をその身に宿して栄えある道を進み、廉潔なる刃を以て邪を打ち払え」
帯同した者達が俺達の顔に染料を塗り終えると今度は大きな器を持って此方へやって来る。
その内の一人が俺の目の前で歩みを止めて左手に持つ器の中からナニかを掴むと頭上からそのナニかがパラパラと降って来た。
これは……。灰か??
胡坐を掻いて座る足に降り積もって行く灰らしき物体に何気なく視線を送っていたのだが。
「――――。コホッ!!」
灰らしき物体から放たれる強烈な刺激臭によって思わず咽てしまった。
く、く、くっさ!! ナニコレ!? 腐った動物の死体の灰でも降らせているの!?
厳かな雰囲気の中に突如として響いた咳の音が気に触れたのか。
「「「……ッ」」」
里の者達が大変手厳しい視線を俺に刺して来た。
我慢はしていますけども。何分初めての儀式になりますので多少の咳払いは御了承して頂けると幸いで御座います……。
横目でハンナとウォッツ君の様子をちらりと窺うと。
「「……」」
俺と何ら変わらない顰め面で刺激臭に耐え忍んでいた。
良かった。俺だけが臭いって訳じゃないのね。
「聳え立つ山の頂に立ち我々を導き給え。そして英霊達の御業と栄えある勇気が共に在らん事を……」
祝詞を終えたベベズさんが夜空へ向かって一際高く木の杖を掲げる。
そしてそれを捉えた絶妙に臭い灰を持った三名が何を考えたのか知らんが……。
大きな器の中にある大量の灰を勢い良く頭の天辺に降り落して来た!!
「ゴッフッ!! ボッホっ!!!! ゴホォォンッ!!!!!」
いやいや!! 何で売れ残った商品の在庫一掃大安売りみたいに全部ブチかましてくるの!?
もう少し優しく降り注ぎなさいよ!!
目玉、鼻腔、口腔。
穴という穴から頑張って侵入して来やがったとんでもねぇ臭いを放つ灰によって盛大に咽てしまった。
「コホッ……」
「ンッ!! オホンッ!!!!」
これには流石に真面目一辺倒の御二人も耐え切れず、口の中に入って来た灰を吐き出し空中へ灰を盛大に振り撒いていた。
「これで浄化の儀式を終える。三名はこのまま静かに退出しなさい」
「はいっ!! 御二人共、行きましょうか」
「お、おぅ。ハンナ行こうぜ……」
「あ、あぁ。分かった……」
厳格な顔色を継続させているベベズさんの指示に従い輪から静かに出て月明かりに照らされた里の方へと向かう。
「ゴホッ!! オッホゥッ!! はぁ――……。一体この灰は何だよ……」
ちょいと疲れた歩調を継続させて双肩にずっしりと降り積もった灰を振り払う。
うぇ、まだ臭うな。早く服を洗わないとキツイ臭いが染みついて取れなくなっちまうよ。
「体に害はありませんよ。その灰には乾燥させた黒蠍の甲殻、飢餓鼠の尻尾、忘れな草。そしてユタワニの葉を混ぜ合わせて高熱で熱した物が含まれています」
「何!? ユタワニの葉だと!?」
ハンナが瞳を大きく見開いてウォッツ君の方へと振り向く。
うん、まだ微妙に体の表面に堆積していた灰が勢い余って拡散されてしまいましたね。
物凄く臭いから静かに振り向きやがれ。
「コホッ……。何だよ、ハンナ。その葉っぱがそんなに珍しいのか??」
空気に漂う微かな灰を右手で払いつつ話す。
「ユタワニの葉の雫と水を合わせれば魔力を回復させる物を生成する事が出来る。清らかな森に生えていると言われているがその場所は不定期に変わり、見付ける事が至極困難とされているのだ」
「ふぅん。そんな貴重な葉を乾燥させて燃やしても良かったの??」
「浄化の儀式には必要不可欠な物ですからね。それに雫は既に採取済みです」
「そっか。じゃあ聖樹へ向かう途中に見付けたらついでに採取しておくよ」
発見出来たらの話、ですけどね。
今回の主なる目的はあくまでも聖樹の麓に生える薬草の採取。貴重な葉を求めて彷徨い、それで命を落としたら本末転倒ですし。
「宜しくお願いします。この灰は生の森へ足を踏み入れる時にも使用しますよ。灰が入った袋を所持していれば魔除けとして役に立ちます」
魔除けねぇ……。この世に存在しない超自然的な物体を跳ね除ける効果が認められるのならこの臭いにも我慢すべきでしょうかね。
「一説によると愉快な話をしている者に近寄ると言い伝えられております。僕の友人の友人も女性の小さな笑い声を聞いたと言っていましたから」
友人の友人って一番信憑性が無い話だけど??
「良かったな、ダン。悪霊の類は貴様に憑りつくそうだ」
「こ、この野郎!! 俺が憑りつかれたらテメェにも擦り付けてやるからな!!」
洒落にならない冗談を放った相棒の左肩に拳を捻じ込んでやる。
「あはは、悪霊じゃありませんよ。僕が話していたのは森に住まう精霊です」
「はっは――!! じゃあ悪霊ちゃんは根暗でぼっち気質のほぼ童貞野郎のお前さんに憑りつくってさ!!」
先程のお返しじゃあ無いけども、大口を開けると夜に相応しくない声量の笑い声を放ちつつ揶揄ってやった。
「貴様……。その良く動く舌を動かなくしてやろうか!?」
「じょ、冗談!! 冗談だって!!」
彼の体全体から俺でも視認出来てしまう程の深紅の魔力が滲み出ると両手を上げて即刻降参の所作を取った。
「相変わらず仲良しで羨ましいですよ。悪霊や精霊の類は迷信に近いものですが……。森に入って最も注意しなければならないのが小型の黒蠍です」
ドナが言っていた黒蠍の話だね。
と、言いますか……。
「小型……?? もしかして生の森にはドデカイ蠍も居るって事??」
少しずつ刺激臭が薄まり土の香りが掴み取れる様になると鼻から空気を取り込み、里の入り口に静かに足を踏み入れてから問うた。
「生の森へ足を踏み入れてから凡そ三日。僕が案内出来るのは小型の黒蠍が生息する場所までです。そこから更に奥地へ足を踏み入れると……。『生の略奪者』 と里の者達が呼称している大型の黒蠍が生息しています」
「「生の略奪者??」」
ハンナと声を合わせそして仲良く同じ方向へ首を傾げる。
「小型の黒蠍の大きさを例えるのなら、そうですね……。大型の犬程度でしょうか。生の略奪者の大きさは一説にはそこに立つ平屋の家屋程の大きさだそうですよ」
「い、いやいや!! それは流石にデカ過ぎない!?」
甲殻類の大きさの限度を遥かに上回る大きさじゃないですか!!
「巨大な鋏は大木を両断し、太い尾の先に生える針には猛毒が含まれており対峙した者を毒針で動けなくしてから鋭い牙が生えた口から飲み込む。屈強な黒き甲殻の装甲は魔法や剣を受け付けず、巨大な体からは想像出来ない素早さを持ち合わせているそうです」
そ、そんなべらぼうな生物が生息する場所を突っ切らなきゃ聖樹に辿り着けないのかよ……。
何だかもう既に頭が痛くなって来たぜ。
「小型の黒蠍は夜行性ですので生の略奪者も夜行性だと考えられています。日中にある程度の距離を稼ぎ、夜間は木に登って太い幹の上で過ごす。自然と溶け込む様に気配を殺し、慎重な足取りで進まなければ死は免れない。僕はそう教わりましたね」
「ふむ……。その生の略奪者の弱点は存在するのか??」
何でお前さんは戦う前提で話を聞くんだよ。
「話、聞いてた?? 戦うんじゃなくて会敵を避けろと教わったばかりでしょう??」
ワクワク感全開でウォッツ君に詰め寄っている相棒の左肩を叩いてやる。
「勿論慎重に進むつもりだが、弱点を知っておいて損は無いだろう」
うっわ、嘘くせぇ顔つき!!!!
まるで新しい玩具を買い与えられた子供みたいにウキウキな瞳を浮かべやがって。
「黒蠍の弱点は……。背中の中央にあります。小型の黒蠍の甲殻もそれなりに頑丈で里の者達が万力を籠めた一撃でも受け止めてしまいます。しかし、背の甲殻の繋ぎ目にある小さな『赤き点』 に剣の切っ先を突き立てれば絶命へと追いやる事も可能です」
「ちゅ、ちゅまり。馬鹿みたいに速く動く蠍ちゃんの攻撃を躱してぇ。更に!! 尾っぽの毒針も回避しつつ背中の小さな赤い点に攻撃を加えなきゃいけないのね??」
「その通りです!! この弱点を見付けるまでに大勢の者の命が失われてしまいました。僕達は先人の知恵で生かされているといっても過言では無いでしょう」
ウォッツ君がまるで自分の手柄の様に得意気にフンっと鼻息を漏らす。
敵の弱点が分かっているとしても、敵の恐ろしい攻撃を掻い潜りそれを行動に移せるかどうかが問題だよなぁ。
万が一攻撃を外したら尾っぽの毒針が襲い掛かって来てぇ、動けなくなった体を鋭い鋏でチョッキンチョッキンと千切り取ってムシャムシャと食らう。
細切れになった憐れで無残な自分の死体を想像すると背に大変冷たい悪寒が走り抜けて行った。
「明日は夜明けと共に出発します。食料並びに必要な物資は僕達が用意しますので、ダンさん達は装備を整えてこの家で待っていて下さいね」
俺達が使用させて頂いている家の玄関に到着するとウォッツ君が扉を開いてそう話す。
「了解……。生きて帰れる最低限の装備をして待っていますよ」
「あはは、ダンさんとハンナさんなら大丈夫ですよ。それではお休みなさい!!」
彼が右手を軽く上げると軽やかな足で月明かりが照らす里の道を北上して行った。
「はぁ――……。今更だけど尻窄みしちゃうよな」
ちょいと埃っぽい匂いが漂う玄関口に足を踏み入れてそう話す。
「俺は期待に満ち溢れているぞ。今日この日まで鍛え上げた武がどれだけ通用するのか……。それを試す絶好の機会じゃないか」
「その機会が訪れない事を切に願うよ。ほら、裏手の井戸で水浴びしてから寝ようぜ」
「あぁ、了承した」
疲労、危惧、不安等々。
大量の負の感情を籠めた溜息を吐き尽くすと裏手へと続く廊下を進んで行く。
人生字を識るは憂患の始め、と言わている様に。情報は多いに越した事は無いけども知りたくも無い情報まで入手する必要はあったのかしらねぇ。
生の略奪者、だっけ?? べらぼうに恐ろしい存在を知ってからというものの。相棒の気持ちがグングンと上昇していますし……。
「ふ、ふふ……。俺の武が通じぬ相手かも知れんな……」
お前さんの馬鹿げた攻撃力が通用しないのなら俺達は晴れて森の養分となって朽ち果ててしまうだろうさ。
又、それだけでは無く。悪霊とか怨念とか物理攻撃が一切通用しない超自然的な現象も待ち構えていると思うと今からでも気が重くなっちまうよ。
世の男性が厭らしい涎を垂らして群がる様な美女の悪霊なら兎も角、腐ってドロドロの液体を撒き散らす怨念に憑りつかれたら本気で洒落にならんし……。
明日に遠足を控えた男児かよと突っ込みたくなる高揚感を振り撒く彼に対し、俺は憂鬱感をこれでもかと満載した足取りで清らかな水を求めて家の裏手へと進んで行った。
お疲れ様でした。
次話からはいよいよ森へと突入を果たします。
さて、先日購入したアーマードコアなのですが……。漸くチャプター1をクリアする事が出来ました!!
ジャガーノートという敵が強過ぎて思わず発狂してしまいそうでしたが、何度も試行錯誤を繰り返して倒す事が出来ました。
逆関節の足パーツはやはり強い。この一言に尽きますね。
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それでは皆様、お休みなさいませ。