第七十話 浄化の儀式 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
大勢のラタトスクさん達が暮らすトゥインの里にお邪魔させて頂いて本日で四日目。
当初の予定だと本日は浄化の儀式を受ける日なのですが……。一体全体何故お前さんは慎ましく過ごすべきなのに活発に動き回っているの??
俺にはそれが不思議でならない。
「元気過ぎるのも考え物だよなぁ」
ラタトスクさん達が稽古場と呼ぶだだっ広い大地の上で睨み合っている男女を見つめるとちょっと長めの吐息を吐いた。
「「……」」
ハンナの前にはルドニスが木剣を構えて彼の隙を窺い鋭い視線を浮かべており、相対する相棒は大粒の汗を浮かべる彼女と違い自然体の構えで彼女の一挙手一投足を見逃すまいとしていた。
武に精通していない者でさえも彼女が対峙している相手は強力な使い手であると容易に判断出来る構図。
無理にハンナの間合いに踏み込むなと忠告を放ちたいが我が道を行くルドニスにとって人の助言は路傍の石よりも軽い。
人の助言を耳で捉えて己の頭で考える事を講じないのであればその身を以て武の世界は天井知らずであると思い知るがいいさ。
「くっ……。貰ったぁ!!」
痺れを切らしたルドニスがハンナへ向かって素早く踏み込み上段から木剣を振り下ろすが……。
「甘いぞ!!」
「キャアッ!?」
彼女の攻撃を容易く見切った相棒が下段から木剣を振り上げると彼女の木剣が美しく宙に舞い上がった。
相変わらず惚れ惚れしちまう剣筋だな。
見慣れた俺でさえも思わずほぅっと唸ってしまうのだ。
「「「おぉ――……」」」
彼等の攻防を見守っていたラタトスクさん達がハンナの剣筋を捉えると大きな感嘆の吐息を漏らしてしまうのも頷けますよ。
「踏み込みの速度は悪くない。しかし、己の力を過信して相手の力量を見誤るのは感心せんな。対峙する敵の一挙手一投足を見逃さず、決して奢るな」
「は、はい!! 有難う御座いましたっ!!」
ルドニスがハンナに対してキチンと腰を折り。
「続いて二本目、お願いします!!」
地面に寂しそうに転がる木剣を拾い上げると再びハンナと対峙した。
「はぁ――……。元気だねぇ……」
土の香りが漂う大地に胡坐をかき、今も激しい打ち合いをしている両者を見つめて呟いた。
「ルドニスは里の中でも五指に入る実力なのですが。それを赤子の様に扱うなんて……。ハンナさんは本当に強いんですね」
ウォッツ君が尊敬とも憧れとも受け取れる煌びやかな瞳を我が相棒へと送る。
「アイツは里の戦士になる為に幼い頃から自分に厳しい訓練を与えていたからな。要は鍛える事が大好きなワンパク小僧なのさ」
「里の戦士?? それは一体」
ハンナから俺に視線を変えて話す。
「ここだけの話にしてくれよ?? 俺の出身は北のアイリス大陸でアイツは北東のマルケトル大陸出身でさ。紆余曲折あってハンナと知り合って行動を共にする様になったんだけど……」
幼い頃に両親を亡くし、父親の遺言を守る為に自分の人生を犠牲にして育って来たアイツの生き様を端的に説明してあげた。
「そう、なのですか。人に人生ありとよく言われますがハンナさんは僕が想像しているよりも過酷な人生を歩んでいるのですね」
小さく吐息を漏らすと訓練場の中央で汗を流している相棒へ再び視線を向ける。
「俺もアイツも家族と呼べる者は居ない。だから、かな。一緒に居るとすげぇ楽しいんだよ」
まぁ偶に猛烈に腹が立つ事もありますが……。
思考と意思を持つ生物である限り己の考えを持つのだから互いに衝突するのは至極当然の事。
そしてそれは血を分けた家族でも当然日常的に起こる。
誰しもが四六時中笑顔や笑い声が絶えない家庭を望むだろうが……。逆説的に考えれば笑い声が絶えない家庭は不気味に映る。
互いの主義主張を衝突させ、その衝突の余波で砕け散った考えの欠片を纏め、より良い解決策を模索して一つの問題を解決すれば誰しもが決して砕けない家族という名の絆が完成する。
俺とハンナも互いに衝突を繰り返しながら今も太い絆を形成している途中なのさ。
「ダンさんもお一人なのですか??」
あ、言っていなかったか。
「幼い頃に両親がぽっくりと逝っちまってね?? 生まれた街の町長さんが育ててくれてさ。農作業に従事しつつこうして立派な大人になった訳よ」
大袈裟に両腕を広げて話す。
「農作業に従事していた割には……。里の者達に未だ負け無しですよね」
「あはは。それはね……」
相棒の大陸へと渡り馬鹿げた力を有する者達に手厳しい指導を受けた事を説明してあげると。
「へ、へぇ。それは強くなる筈ですよ」
驚きと憐れみが入り混じった何とも言えない目の色で俺を直視してくれた。
「でもそれだけで強くなりますかね??」
「どういう事??」
「ダンさんの身体能力は決して高くありません。しかし、その何んと言いますか……。僕達の攻撃が当たる前に避ける動作に入りますし。それを追いかけようとすると手痛い反撃が帰って来ます。まるで全ての攻撃の先が見えている様な気がするのですよ」
あぁ、その事ですか。
「人の体には四肢がくっつき、それを動かす為には筋力を動かす必要があるよね??」
ちょいと硬い説明口調で話しながら己の右腕をスッと上げる。
「えぇ、仰る通りです」
「右腕を上げる為には自分の意思でそれを決める。その意思は頭の命令という形になって右腕に伝わる。考えて、命令を下して、行動が始まる。この一連の動きの源である『考えて』 。俺はこれに着目しているんだ」
「要は相手の思考を読み取る、と??」
「その通り。アイツは俺の何処を見ているのか。何を考えてどう攻撃を加えてくるのか。相手の一分当たりの呼吸の回数、重心の置き方、得意な攻撃に着目を置き。それに対して自分がどう動けば最適な答えに辿り着けるのか。深く考え、良く見て、そしてどんなに強力な圧と殺意を当てられても決して心を折らずに対峙する。それが俺の戦い方さ」
ちょっと格好良く言っちゃったけど、命のやり取りを行う戦いの中でこれは当たり前に行われる事だ。
俺は自分から攻撃を仕掛けるよりも相手が攻撃して来るのを待つ受けの型。
それに対して相棒は自分から攻撃を仕掛ける攻めの型。
守に重きを置く俺は思考を巡らせて刻一刻と変化する現状に合わせて柔軟に対応して、ハンナは持ち前の攻撃力を以て相手の思考と策を凌駕する。
誰しもが持っている思考や性格によって戦闘方法は変わる。要はその人に合わせた考えを持ちなさいって事だ。
「考えた方は理解出来ましたが……。僕の場合は相手に気圧されて思考がグチャグチャになってしまいそうですよ」
「自分を殺そうとする者と対峙すればそれ相応の圧を受けて行動が後手に回るかも知れない。しかし、それよりも危険な経験をしていれば咄嗟の判断にも対応出来るだろう。要は経験さ、経験」
ちょいと自信無さげなウォッツ君の顔を捉えるとニッと笑みを浮かべてあげる。
「有難う御座います。ダンさんの考えを汲みこれからも稽古に邁進させて頂きますね」
そ、そんなに大それた事を説明した訳じゃ無いけども……。
尻の穴がこそばゆくなる言葉を受け取り何とも言えない感情が胸に湧くと。
「せぁっ!!」
「わぁっ!!!!」
稽古場の中央で激しく打ち合っていた両者に決着がついた。
「いたたぁ……。参りました」
右膝を地面に付けて痛そうに己の右手を揺らすルドニスが敗北を宣言する。
「俺と対峙しても決して臆さぬ強き心は見事だ。しかし、心は強くともそれに似合った実力を持っていなければ意味が無い。これからも精進を怠るな」
「は、はいっ!! 有難う御座いました!!!!」
「す、すげぇ……。王都守備隊の選抜試験を受けようとしているルドニスをまるで子供扱いだぜ」
「あ、あぁ。しかもまだまだ余力があるって感じだし……。本気で打ち合ったどうなる事やら……」
稽古場に居る男達が感嘆の声を漏らすとハンナに驚きの視線を向けた。
「――――。ふぅっ、中々に良い運動だったぞ」
「よっ、お疲れさん」
俺の隣に腰掛け、竹製の水筒から男らしく水を摂取する相棒に一言声を掛けてやる。
「ラタトスクの者達は皆一様に俊敏性に長けている。それを捉えるまで時間が掛かってしまった」
その割にはほぼ初手で見切っていましたけど??
「ハンナさん。僕に足りない物は何だと思います??」
目を瞑り、呼吸を整えている相棒の背に問う。
「ウォッツは相手をよく見て行動する事に長けているが……。攻撃に至る刹那に見せる迷いが目立つ。その迷いは相手から見れば筒抜けであり、そこを突かれれば確実に殺される。相手を必ず倒す。その手に握る剣に断固足る決意を籠めて相手に放て」
「は、はいっ!! 有難う御座います!!」
うふふ……。あの不器用で不愛想な白頭鷲ちゃんが相手に尋ねられたら親切丁寧に答えてあげるとはねぇ。
お母さんは嬉しいわよ?? ちゃんと育ってくれて。
ふとした時に見せてくれる息子の成長を捉えた母親の温かな視線を彼に向けていると、里の方角から一人の男性が静かな所作で向って来た。
「ダンさん、ハンナさん。本日の夜に浄化の儀式を行いますので日が暮れましたのなら里の西口に集合して下さい」
おぉ!! 漸く準備が整いましたか!!
「服装は普段着で構いませんか??」
「えぇ、派手な格好でなければ」
「よっしゃ!! 浄化の儀式に合わせた服装を選びに戻ろうぜ!!」
地面に座っている彼の右肩をキュっと掴んで立ち上がらせてやる。
「離せ。貴様に急かされずとも理解している」
「うっわ。そういう事言う?? 派手な格好は駄目って事だからぁ……。お前さんがたまぁに着るド派手な赤い下着は付けちゃ駄目よ??」
俺の手を勢い良く払った仕返しをしてやると。
「あはは!! ハンナさんって意外と派手好きなの!?」
「赤も良いが黄色も捨て難いぞ!?」
稽古場に居るほぼ全員の口から笑い声を勝ち取った。
「ふ、ふんっ!! 失礼する!!」
ハンナが刹那に頬を朱に染めると両肩から憤りを振り撒いて里の方へ向かい随分と早足で向かって行くので。
「あ、おい!! お母さんを置いて行っちゃあ駄目ですよ――ッ!!!!」
俺も置いて行かれまいとしていつもより数倍速い速度で追従を開始した。
お疲れ様でした。
現在後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。