第六十七話 活発受付嬢さんからのお許し
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
まるで視認出来てしまいそうな真っ赤で恐ろしい怒気を体全体から振り撒く彼女に付き従い、清掃が完璧に行き届いている廊下を大変慎ましい所作で進んで行く。
聖樹が存在する聖なる森に足を踏み入れる事は慎重にならざるを得ない。
しかも森を管轄するラタトスクでは無く、完全なるよそ者が足を踏み入れようとしているのだ。彼女が怒る理由も理解出来ますよ。
何か一言でも受け止めれば体に蓄えている怒りが炸裂しかねないドナの大変逞しい背を心急く思いで見つめていると。
「入れ」
貴女は軍人か何かですか?? と。
思わず首を傾げたくなる命令口調を彼女が放ち、先日利用させて頂いた応接室の扉を開いた。
「あ、はい。失礼しますね……」
いつまでもうだつの上がらない亭主の腰の低い台詞を吐くと彼女の怒りに触れぬ様、そそくさと応接室にお邪魔させて頂き。
「座れ」
「へ、へいっ!!」
ヘコヘコと頭を下げる下っ端のチンピラ紛いの所作で怒れる首領と対面する形でソファに腰掛けた。
「すぅ――……。ふぅ――……」
体の中から込み上げて来る怒りを鎮める為か将又地獄の火炎をも超える熱量の憤りを抑え付ける為か。
首領が静かに目を瞑ると深呼吸を繰り返して荒ぶる気持ちを落ち着け、遅々足る速度で瞳を開けると本題に入った。
「ダン達が向かおうとしている森は『生の森』 と呼ばれていてね?? 馬鹿げた面積の森の中には本当に沢山の野生動物が生息しているの。先日討伐した飢餓鼠は勿論の事、その肉を食らい森の中を彷徨っている黒蠍、猛毒を持つ茨の蔦、致死性の毒が含まれた木の実。多様多種の生物が跋扈する森は本当に危険で私達ラタトスクでさえ滅多に足を踏み入れる事は無いわ」
成程ねぇ……。彼女達が足を踏み入れる事を禁忌としているのは神聖な場所である事は勿論の事、馬鹿げた危険性の高さも考慮されているのか。
「地元の者でも足を踏み入れてはいけない禁忌な場所である事は理解出来た。我々はどうしたらその森へ入る事が出来るのだ??」
ハンナが至極冷静な表情で単刀直入に問う。
「生の森の北、南、東にラタトスクが暮らす里があって。その何れかの族長の許可が必要になるわ」
「西の方向に里が無いのはどうして??」
ドナの綺麗なオレンジ色の瞳を直視して話す。
「森の西側は海に面しているからね。聖樹が存在すると噂されている森の中枢までは恐らく人の足で五日程掛かるわ。そして……。命辛々逃げ帰って来た人達の証言によると森の中枢に近付けば近付く程危険な生物が増えて来るの。死が付き纏う危険な森を抜けたとしても今回の依頼の目的である薬草があるのかは定かでは無い。眉唾ものの噂を信じて馬鹿な行動に至って命を落とした者は数知れないわ。それでも……。ダン達は行くの??」
彼女が本当に心配そうな瞳を浮かべて俺とハンナを交互に見つめる。
「人の知識が及ばない不思議、感嘆の吐息を漏らしてしまう絶景、そして身の竦む危険。俺達はさ、そんな冒険を求めてこの大陸に渡って来たんだ。例え依頼の品が見つからなくてもそこに冒険という存在があるのなら足を運ぶ価値はあるさ」
己自身の命が保証されている安全安心な冒険は果たして冒険と呼ばれるのだろうか??
それは見方によっては冒険では無く、単なるお出掛けと呼称されるものだ。
俺達が求めている真の冒険はお出掛け程度の場所には存在しない。自分の命を危険に晒してまで向かう先にある。
孫の代に渡っても残される膨大な富や未来永劫その名が轟く名声を求めて冒険に出掛けるのは理に適った行動。
されど今回の依頼は名声も得られず全くの無報酬で臨む。
利益の出ない行動に至る俺達の背を皆は大馬鹿野郎であると指差して揶揄するだろう。しかし……。偉大な冒険家の後世に残る偉業は誰しもが無謀であると思える挑戦から始まる。
危険な冒険に臨み志半ばでこの世から去って大馬鹿者として史に名を記すのか、将又誰も達成出来なかった偉業を成し遂げて偉大な者として史に名を刻むのか。
一か八か、伸るか反るか。
大冒険家ダンちゃんの大博打を打ってやりましょうかね!!
「はぁ――……。遠足を心待ちにしている子供みたいな瞳を浮かべて……」
俺の表情を捉えると、緊張感と真面目一徹に染まっていたドナの顔が綻び砕けた表情に変化。
子供の発奮に辟易してしまう母親の表情を浮かべて長々と溜息を吐いた。
「そりゃあ実際に楽しみだからな。未だ見ぬ楽しくて危険な冒険が待ち構えているとワクワクが止まらないし。な、そうだろ?? 相棒」
右の拳で彼の左肩をトンっと叩く。
「俺はあくまでも単純な強さを求めてこの大陸に渡って来た。未だ見ぬ不思議はそのついでみたいなものだ」
本当は世界の不思議を見られて嬉しいくせにっ。
自爆花の実を食べた時のお前さんの驚いた顔は一生忘れないと思うぜ。
「分かった。あんた達が聖樹に行く事を認めてあげるわ」
「おぉ!! 本気で!?」
ついに強面母からのお許しが頂けるのか!?
「ただし!!!! 幾つかの条件を提示するわ!!」
思わず前のめりになってしまった俺をドナの右手が制す。
「一つ、命の危険を感じたら即刻帰還する事。二つ、里の人達の命令に絶対服従する事。三つ、例え聖樹に到達しても決して口外しない事。この三つの条件を飲むのならある人に頼み込んでダン達が生の森に入れる様にしてあげる事も可能よ」
「一つ目と二つ目の条件は理解出来るけども……。三つ目の口外してはいけない理由とは??」
「ダン達が生の森の中枢に到達して聖樹の存在を万が一確認して帰還したら大勢の馬鹿野郎共が大挙して押し寄せて来る可能性があるでしょ?? あの森は私達にとって何人にも侵されざる神聖な場所なんだし」
成程……。難攻不落の城が攻略されたら城内のお宝を求める無頼漢共が増えてしまう可能性があるのか。
「それは今回の依頼人に対してもか??」
ハンナが真面目な表情のままで問う。
「当然。薬草を見付けたとしてもそれは森に入って暫く行った先にあった物であり、例え怪我に効いたとしても決して口外しない様に伝える事。それと……。己の命と引き換えに入手する程の価値は無いとも伝えなさい」
「りょ、了解しました」
ドスの利いた声で釘を差されると首を小さく縦に振る。
「宜しい。では二日後に……、この紙を持ってあの整体所に行きなさい」
ドナが静かに立ち上がり、壁際に設置されている棚の引き出しの中から一枚の黄色い紙を持ち出して机の上に置く。
「この黄色い紙は??」
特に何も書かれていない普遍的な用紙を見下ろして問う。
「受付に可愛い子が立っているでしょ?? あの人にこの紙を渡すだけで色々と察してくれるから」
「――――。つまり、生の森への許可を与えてくれる人物があそこに居るって訳か」
恐らく、というか確実にそれを示しているのだろうさ。
「無きにしも非ず、としか今は言えないわね。私がそれとなく話を通しておくけど、ぜっっっったいに!! 粗相を働かないでよ!? 怒られるのは私なんだから!!」
「お、おう。この命に賭けても粗相を働かないと誓います……」
今にも鋭い牙を以て襲い掛かって来そうな彼女の瞳を凝視して喉の奥から声を絞り出す。
「おう、分かっていればいい。くっそぉ――……。なぁんで危ない場所へ自ら飛び込んで行くのよ……。あんた達は……」
ドナがソファに背を預け、宙を仰ぎつつ巨大な溜息を放つ。
「さっきも言っただろ?? それが俺達の真の目的だって」
「それは分かっているけどさぁ……。ダン達が死んじゃったら私にも責任がある訳でしょ?? もしかして向こうの世界に旅立っちゃったら夢見が悪いし」
「安心しろ。コイツの面倒は俺が見る」
あ、あのねぇ。俺を子供扱いするのは止めてくれない??
だが、俺が勝てない強力な野生生物に唯一対抗出来るのは相棒の力だけだし……。頑として反論出来ないのが非常に歯痒いッ!!
「ハンナさんがついていれば問題無いと思うけども……。あ、そうだ。もう一つ条件を与えてもいい??」
「まだ何かあるのかよ」
「ほら、今は十一ノ月の後半じゃん?? 一月もすれば年末だし……。パァっと騒いで年を越したいからそれまでに戻って来て。これが四つ目の条件よ」
「何だそんな事か。馬鹿みたいに騒いで一年の労を拭い去りたいし、その条件乗った!!」
「おう!! ダンの財布を空っぽにしてあげるから安心して帰って来なさい!!」
え?? それは聞いていないんですけど??
取り敢えず差し出された右手に己の手をパチンと合わせて軽快な音を奏でてあげた。
「さっ、話すことはもうお終い。まだ体調は宜しく無いんでしょ?? 宿に帰って休んでなさい」
先程までとは打って変わり、真に友を想う優しい瞳で俺を見つめてくれる。
「了解。相棒、宿に帰ろうぜ」
「了承した。此度の件、礼を言うぞ」
おぉ!! ちゃあんとお礼を言える様になりましたね!!
初めて会った時はぶん殴ってでも処世術を教えてやろうかと思える程の不躾野郎でしたが、俺と共に過ごす内に文明社会での大人の在り方を学びそれを実践してくれた事に対して温かな感情が湧いてしまった。
何気無い日常の一場面から子供の成長した姿を捉えた親の心を胸に頂き、ちょっとだけ頬が赤い彼の横顔を見つめる。
「ふふ、どういたしまして」
そしてドナの柔らかい笑みを受け取ると此処へ来た時とは真逆の陽性感全開の足取りで部屋を出た。
さぁ――って。これで一応の段取りは決まった訳だ。
後はあの整体所擬きに居る謎の人物と会って森に入る許可を頂き、それから恐ろしい野生生物が跋扈する森に突入する準備を整えなきゃな!!
静謐な空気が漂う廊下を進みつつ、俺達が取るべき次なる行動を頭の中で思い描いていた。
――――。
「はぁっ……。なぁぁんで許可を与えちゃったのかなぁ――」
彼等が立ち去りシンっと鎮まった応接室の中で後悔に満ち溢れた吐息を宙に放つ。
ダンは冒険を求めてこっちの大陸に渡って来た事は知っているけども、もう少し安全な冒険をしようとは考えないの!?
見ず知らずの子供の願いを叶えてあげようとする姿は本当にカッコイイと思うけどさ。それで自分の命が無くなっちゃったら本末転倒じゃん……。
聖樹が存在する森は両親から危険だから安易に近付くなって教えられたし、同郷の人達も滅多な事が無ければ近付く事は無かった。
偶に命知らずの人が万全の装備を整えて森の中へ足を踏み入れたけど、大半の者は帰って来なかった。
そして、地元の者さえ帰還する事が困難な道に入る事を許可したのは他ならぬ私。
ダンが帰って来なかったら私の所為になるんだよね??
今になって激しい自責の念が押し寄せて来ると扉の向こう側から足音が聞こえて来た。
「ドナ、居る??」
レストだ。
「うん、居るよ――」
「お昼ご飯を食べないと昼からの業務がもたな……。あら?? どうしたの?? 物凄く疲れているけど」
「只今絶賛自己嫌悪ちゅう――」
ソファにドカっと背を預け、目を瞑ったまま友人へ冷たい言葉を返す。
「まぁ多分そんな事かなぁって思ってたよ。隣、座るわね」
「ん――……」
あらま、見透かされちゃってたの??
そんなに私の心って読みやすいのかな。
「さっきハンナさん達とすれ違ったんだけどさ。二人共凄く嬉しそうな顔をしてたよ」
「ダンは年がら年中散歩を待ちきれない馬鹿犬みたいな顔を浮かべているからねぇ」
「ふふっ、上手い例えね。ドナから有益な情報を入手出来た事もあるけど……。何より貴女が心配してくれた事が嬉しいんじゃないのかな??」
「え――……。そんな風には見えなかったわよ」
あの馬鹿犬は御主人様と散歩に行く楽しみよりも、散歩自体を楽しもうとしていたしっ!!
「男の人ってのは自分勝手で、自分の都合を優先する人が居るけど。彼等は見ず知らずの子の願いを叶える為にあの森へと向かう。勿論冒険をするっていう彼等の名目もあると思うけどそれでもあの二人は人に認められる偉業を達成しようとしている。それを応援してあげるのが私達の務めじゃないのかな」
彼等の真の目的である冒険と頑是ない子供の願いの利害が偶々一致した。
それは十二分に理解しているんだけど……。心に渦巻くモヤモヤした感情が最後の抵抗を見せているのよね。
このモヤモヤの正体って多分……、そういう事だと思うんだけど……。
「ドナが納得出来ない理由を当ててみせましょうか??」
ちょっとだけ意地悪っぽい笑みをレストが浮かべる。
「結構です!! 私も女だからね!! それ位は理解しているしっ」
「それなら結構。リフォルサさんに向けての紙は渡した??」
「うむっ、二日後に整体所に向かう様に伝えてあるから今日の業務が終わったら立ち寄る予定よ」
きっと怒るんだろうなぁ――。勝手に許可を与えちゃ駄目じゃないって。
「そっか。じゃあ私もついて行くわね」
「宜しく――」
「さぁって、もう直ぐ午後からの仕事が始まるわ。いつまでも不貞腐れていないで、御飯食べてシャキっとしなさい!!」
レストがちょっと強めに私の頭をポンっと叩く。
友人を元気付けてくれるその気持ちは非常に有難いのですが、私は今現在憤りとも憂慮とも捉えられる気持ち悪い感情が心に湧いているのです。
そぉんな危険な状態のドナちゃんに手を加える事は大変危険であると、身を以て分からせてあげましょうかね!!
「いった!! 人の頭を叩く奴はぁ……。こうだっ!!」
獰猛な野獣が牙を剥く様に、勢い良く椅子から立ち上がると呆気に取られているレストの上に覆い被さってやった。
「キャハハ!! ちょ、ちょっとぉ!! お腹をくすぐっちゃ駄目!!!!」
「うりうりぃ――!! 最近油断してふっくらと丸くなったお腹を虐めてやるぞ――!!」
制服の隙間から指をぬるりと侵入させて滅茶苦茶肌触りの良い女の肌に刺激を加えてやる。
「そ、そんな事ないもん!! ちゃんと節制しているから!!」
「嘘仰い!! 横腹のお肉ちゃんなんてめっちゃくちゃ掴み易いんですけど!?」
「あはは!! ダメぇぇええ――!!!!」
私達の笑い声は相当大きなものに膨れ上がったのか。
「ね――。受付所まで笑い声聞こえて来るからもう少し静かに暴れてね――」
右手に食べかけのパンを持って現れたミミュンが私に諸注意を放つ。
「嫌よ!! この横腹を食らい尽くすまでは絶対に離さないもん!!」
「キャハハ!! 取れちゃうからぁ!!」
全然気が収まらない怒りん坊の私はレストが抵抗する気力を失い、クタクタに萎びれるまで彼女の触り心地の良い腹の柔肌を業務開始時刻寸前まで堪能し続けていたのだった。
お疲れ様でした。
話の都合上、もう一人の許可を受けなければなりませんので彼女からお許しを得た後に西へと旅立つ予定です。森への到着は今暫くお待ち下さいませ。
さて、もう直ぐ発売日ですね!!
何の発売日ですかって?? そりゃ勿論アーマードコア6の発売日ですよ!!
近接特化で戦うのか将又遠距離戦に特化した装備で戦うのか。序盤は資金を溜める為に実弾兵器の使用を抑えてエネルギー武器を使用すべきか。
戦闘の進め方に迷って毎日が悶々としていて辛い日々が続いておりますよ……。
そんな下らない事に悶々している暇があればさっさと執筆しやがれという声が聞こえて来ましたのでプロット作業に戻りますね。
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それでは皆様、お休みなさいませ。