第六十五話 信に足る人物像
お疲れ様です。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
木の床の上に落ちた針の音が容易に聞き取れてしまう様な静謐な環境が広い室内に漂う。
人の心を安寧に導く好環境でありながらもその中に身を置く二人の女性の表情は外的要因を一切受け付けぬ様に硬く閉ざされている。
部屋の外から聞こえて来る微かな人の話し声、空を舞う鳥達が交わす清らかな歌声。
それらは彼女達にとって他所の世界の出来事の様に聞こえてしまう程に二人の女性は只沈黙を貫き己の思考に身を委ねていた。
そして互いの考えをある程度纏め終えると一人の女性が徐に口を開いた。
「ふぅ――……。それは中々に難しい問題ね」
「全くその通り。年が明けた頃に出立せねばならないからな」
黒みがかった橙の髪の女性がふっと息を吐いて宙を仰ぐ。
「古代の時代から現在まで続く難題だがこれを反故した場合、相当の被害がこの王都にまで及んでしまう。優秀な人材の確保が目下の目標なのだが私の目に留まる人材が見つからなくてな……」
「精鋭部隊である王都守備隊。その中から選抜出来ないの??」
「私が求めている人材は馬鹿みたいに剣を振る力自慢、短絡的な思考の持ち主では無くて。過酷な条件下に置かれても戦略的優位性を見出し、己に与えられた任務を完遂出来る精神的な強さだ」
「もっと具体的に話して頂戴」
「具体的……」
紫がかった黒き髪の女性に問われると眉間に皺を寄せて深く考える仕草を見せる。
「王都守備隊の隊員は皆優秀だが平和な日々が続いている所為か、過酷な状況下でも己の実力を遺憾なく発揮出来るかと問われれば些か疑問が残る。刻一刻と変化する戦況に対応出来る柔軟な思考、潜行任務や強襲任務等の多角的な任務にも対応出来る技術と精神。そして……。死がそこに迫っている状況に追いやられても一切動じない鋼の心。これらの条件を満たす人材を探しているのだが……。リフォルサ、思い当たる人材は居ないのか??」
「そうねぇ……。私が知る限り、思い当たる人材は二人居るけど……」
「何!? そうなのか!?」
黒みがかった橙の髪の女性が腰を浮かして詰め寄るが。
「ふふ、ちょっと落ち着きなさいよ。例え条件を満たしたとしても名誉ある王都守備隊と共に行動する為には『信頼』 が最も必要になってくるわ。国に対し、国民に対し、そして任務に対して。傭兵は金で動くけど兵士には鋼の忠誠心が必要になってくる。私が思い浮かべた二人は貴女が提示した条件を満たしているけど、その点に付いてはまだ疑問が残るからね」
「ふむ……。では、現状は様子見という事か」
期待にそぐわない答えを受け取ると双肩の力を抜いて再び椅子に腰かけた。
「そういう事。これからの彼等の仕事振りを監視して、私が信に足る人物であると判断したら此方から声を掛けさせて貰うわ」
「了解した。はぁ――……、何のしがらみも無く年を越したかったがそうはさせてくれないか」
「王都守備隊を統括する執行官であるゼェイラでも悩む事があるのねぇ」
リフォルサが静かに吐息を漏らすとコップに注がれている茶を一口啜る。
「私は優秀だが完璧では無い。国の脅威を排除して、国民が安心して暮らせる生活を確保するのが私の仕事だ。大多数の命とたった数名の命。天秤に掛ける訳では無いがどちらか一方に傾くのは自明の……。んっ!? この茶は美味いな……」
彼女に倣ってゼェイラが茶を啜ると鼻から抜けて行く風味に驚き思わず会話を区切ってしまう。
「美味しいでしょ。とある請負人達が死ぬ思いで自爆花の実を採取して来てね?? 実の採取のついでに葉も持ち帰って来てくれたのよ」
「ほぉ……。あの危険極まりない花の実を採取するとは中々腕が立つのだな」
「王都内の雑用、自爆花の実の採取、はぐれの討伐。腕だけじゃ無くて彼等は皆からの信頼も厚い。私が今、最も注目している人材なのよ」
「――――。おい、まさか先程思い浮かべた人材は……」
ハッとした表情を浮かべたゼェイラが問うが。
「さぁ?? どうでしょう」
リフォルサは柔らかい笑みを浮かべると、どこ吹く風という感じで彼女の意味深な問い掛けを流してしまった。
「私は貴様のそういう所が嫌いだ」
「あら?? 私は貴女のそういう所が大好きよ?? ラタトスクと大蜥蜴。種族を越えた友情をこれからも継続させたいし」
「それは打算的な考えからの答えなのか、それとも真なる友情の言葉なのか??」
「ふふぅん。さぁ、どうでしょ」
「ちっ……、まぁいい。では人材の確保が出来たのなら私に一報を……」
茶を飲み終えたゼェイラが立ち上がろうとした刹那。
『ギィェェエエ――――!! 止めてぇ!! 俺の体をこれ以上丸めないでぇぇええ!!』
広い家屋の中に断末魔の叫び声が轟き静謐を打ち払ってしまった。
「はは、相変わらずだな。この場所は」
地獄の底から届いたと思しき亡者の声を受け取るとゼェイラがフっと笑みを浮かべる。
「名目上は整体所として行政機関に登録してありますからね。二人の内緒話をする為に建設した訳じゃないのよ??」
「分かっているさ。市井と行政。一つの問題に対して異なる見地から意見を出し合い、より良い結果へと導く。当たり前の事だがこれを嫌う者も一定数存在する。全く……。世の中は世知辛いものさ」
「そういう下らない人達の目に晒されても貴女は自分の意見を通している。本当にカッコイイと思うわよ??」
「お為ごかしの言葉は要らん。私は私の職務を全うするのみ。ではそろそろお暇させて貰う」
「うん。道中気を付けてね??」
「安心しろ。私はこう見えても武を嗜んでいる。そんじゅそこらの不逞な輩にヤられる程やわじゃ……」
ゼェイラが再び腰を上げようとした刹那。
『患部は腹部の筈だ!! な、何故俺の頚椎を破壊しようと画策するのだ!?』
先程とは異なる声色の男の叫び声が響いた。
『…………』
『話している意味が分からん!! 即刻俺の首から両手を離して……。グォッ!?』
そして、骨が軋み弾ける音が広い室内に乱反射すると彼の声が途切れてしまった。
「はぁ――。この整体所は暗殺者を雇っているのか??」
ゼェイラが溜息混じりにそう話す。
「ふふ、そういった危険人物は貴女が敵視している斡旋所に集まる筈よ」
「そうだったな。貴重な時間を割いてしまい申し訳無い。また時間を取り合って落ち合おう」
「えぇ、また会いましょうね」
リフォルサが彼女を見送ると静かに吐息を漏らして残り微かになった茶を静かに啜る。
『だ、誰か……。助けてっ……』
『んふふっ。駄目ですよ――、ダンさん。まだ施術を終えていないのに逃げちゃ』
『い、イヤァァアア――――ッ!! 誰かぁ!! 誰か居ませんかぁ!!!! ここに恐ろしい暗殺者が居るんですぅ――!!』
『もぅ、人聞きが悪いなぁ。そんな人には私の超特別な施術を施してあげますっ』
『お、俺を殺す気か!!!!』
『殺す気ならもう既に数十回は殺しています。本当に殺されたくなかったら大人しく施術を受ける事をお薦めしますよっ』
『や、止めて……。これ以上耐えられる自信はありません……』
『貴方には拒否権は与えられていませんのであしからずっと』
扉が勢い良く閉じられる強烈な音が響くと。
『ギィヤァァアアアア――――ッ!!!! か、体がダンゴ虫になってるってぇぇええ!!!!』
王都全体に轟く様な叫び声が家屋を揺らした。
『フフ……。アハハ!! 良い声で泣きますねぇ。そんな声を出されたらもっと丁寧に施術を施したくなるじゃないですか』
女性の狂気に満ちた声と男性の断末魔の叫び声。
ここは地獄の底かと錯覚してしまう声色が轟くも、彼女は一切動じることなく机の上に置かれている紙に筆を走らせていく。
彼女が執務を終え、一息付こうとすると漸く地獄の拷問が終わったのか。
『も、もう嫌っ……。何で施術を受けに来たのに暗殺術を受けなければならないの……』
『喧しいぞ……。貴様の声が痛めた頚椎に響くから少し黙っていろ』
何かを引きずる様な音が廊下に響き、悪態を付いた男性二人が静かに廊下から退出。
「ふふっ、二人共お疲れ様でした。これからも私のお店を贔屓に利用して下さいね」
その音を聞き取るとリフォルサは微かに口角を上げ、馨しい香りを放つ茶を啜り柔らかい吐息を宙に放ったのだった。
お疲れ様でした。
本当はもう少し書いてから投稿する予定でしたが……。私の体力が底を付いてしまった事、そして背中の筋力が猛烈に痛みますので本日はここまでとなります。
今日はこのまま屍の様に眠り体力を回復させますね。
それでは皆様、引き続き良い休日をお過ごし下さいませ。