第六十四話 苦労の果てに待ち構えていたのは辛辣な言葉
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
感情と意思を持つ生命体の目を惹く為には幾つかの方法がある。
此方から声を掛けて己の意思を明確に伝える、奇抜な衣服を身に纏い不思議な所作で踊る、珍妙な物を手に取り誇らし気に掲げる等々。
数え始めたら枚挙に暇がないが俺達はどうやらその方法の一つに当て嵌まる行為をしているらしい。
「「「……」」」
王都の南大通りの歩道を歩く大勢の者達が訝し気な表情を浮かべて俺達にいたたまれない視線を向けているのが何よりの証拠だ。
彼等の目を惹き付けるモノは景色に溶け込む普遍的な衣服を着用している俺達では無く、荷台に積まれている三体の飢餓鼠の死体でしょうね。
街の皆様お騒がせして大変申し訳ありません。間も無く目的地に到着しますのでどうか温かな目で見守って頂ければ幸いで御座います。
「おっも……。車輪が付いていてもかなりの重労働だよな……」
馬鹿げた量の馬車が通る車道の脇で激しい汗を流しながら共に荷台を引き続けている彼の横顔に向かってそう話す。
「あぁ、そうだな」
「飢餓鼠の死体だけじゃなくて俺達の荷物も乗っているからなぁ」
「あぁ」
「これを先ずロシナンテに運んで、それからギュルズさんに報告して。更にシンフォニアで依頼成功の報酬を受け取る。今日は忙しくなりそうだ!!」
「そうだな」
こ、この野郎!!
「テメェ!! さっきから何でそう気の抜けた返事ばかりするんだよ!! 俺だって辛いんだぞ!!」
荷台を引く手を止め、普段よりも恐ろしいまでに眉を鋭角に尖らせているハンナの左肩を叩いてやった。
「貴様……。俺に触れてタダで済むと思っているのか??」
お、おぉう……。そんなに怒らなくてもいいじゃん……。
「だ、駄目だぞ!? そうやって凄んでも怖く無いんだからね!!」
悪鬼羅刹も速攻で踵を返してしまう怒気に塗れた表情を浮かべている彼から思わず一歩下がり、五月蠅く鳴り続けている心臓をちょいと宥めてから言ってやった。
彼が怒り心頭なのは恐らく、というか確実にコイツの所為でしょうね。
「「「……」」」
良い感じに経年劣化した荷台の上で静かに横たわる飢餓鼠の死体だ。
俺達はあの激闘を終えてから飢餓鼠の死体に必要な処置を施し、そこから撤収作業を開始。
荷物を纏め終えてふぅっと息を漏らすと東の空から陽性な笑みを浮かべた太陽が昇って来やがった。
体力と怪我の事を考慮して仮眠を取ってから行動を起こす事も考えられたが……。
飢餓鼠の死体の腐敗が進むのは憚られたので夜明けと同時に王都へ向かって飛び立ち、数時間の飛翔を終えると南門から随分と離れた位置に着陸を果たす。
常軌を逸した臭いを放つ飢餓鼠の死体を担いで移動する訳にもいかないので俺一人でロシナンテへ赴き、店長さんに事情を説明すると荷台を拝借。
返す足でえっこらよっこらと荷台を引いてハンナと合流を果たして今に至る。
報酬を得る為に必要な行為とはいえ……。腐敗が始まった飢餓鼠の死体はちょっとやそっとじゃ経験出来ない腐敗臭を周囲へ撒き散らしているのだ。
「くっさ!! ちょっと兄ちゃん達!! 営業妨害になるからさっさとソレを運んでくれよ!!」
現に、足を止めていると歩道沿いに店を構えている大蜥蜴の店長さんから早速退去命令が出た。
「あ、は――い!! すいませんねぇ!! ほら、もう直ぐ到着しますからねぇ。怒っちゃ駄目ですよ――」
「ちっ……。井戸の水を浴びたら覚えていろよ?? 貴様の鼓膜が辟易する程の説教を浴びせてやる」
いやいや……。これも依頼に含まれている作業ですからね?? 俺に怒るのはお門違いなのですから……。
何とも言えない気持ちを胸に抱き、常軌を逸した腐敗臭からあつぅい抱擁を受けつつ北上を続けて居ると。
「来た来たぁぁああ――――!! おぉい!! こっちだぞ――!!」
ロシナンテの店長さんが歩道の脇に立ち、満面の笑みを浮かべて俺達に手を振っていた。
「すいませんね。荷台を借りちゃって」
彼の前に到着すると小さく頭を下げてあげる。
「いいって!! うっほぉ!!!! すっげぇな!! これがはぐれか!!」
腐敗臭、人の好奇の目等一切に気に留めず彼が辛抱堪らんといった感じで荷台の上の飢餓鼠の死体へと向かって駆け出す。
「えっと……。俺達はある人からの依頼でコイツ等を退治しました。そしてその依頼人がどうしても飢餓鼠の骨格を欲しがっているのです。この店では珍しい素材を加工してくれると以前仰っていたので、骨以外の素材を使って武器防具を作れませんかね??」
「そうだなぁ……。生皮と体毛を使った防具なら作れそうだぞ」
「そうですか!! ではお代を支払いますのでその作成をお願い出来ます?? 後、骨は依頼人に渡しますので手を付けないで頂けると光栄です」
「お代はモノが出来てから受け取るよ。んで、骨は俺の店に受け取りに来いと依頼人に伝えておけ」
「分かりました。では、宜しくお願いします!!」
「おうよ!! ははっ!! 腕が鳴るぜ!!!!」
嬉しそうに喉をキュキュっと鳴らす店長に頭を下げるとギュルズさんのお宅へ向かって歩みを向けた。
「ふぅ――……。漸くあのドキツイ臭いから解放されたな……」
大勢の好奇の目から逃れると心休まる影が広がる裏通りを進みつつ青く澄み渡った天を仰ぐ。
「スンスン……。それでも服から微妙に匂うぞ」
「お前さんは超カッコイイ鉤爪で飢餓鼠の死体を掴んでいたからな。多分その所為じゃないの??」
「ふ、ふんっ。今更褒められても嬉しくは無いぞ」
超カッコイイの単語に反応した彼の青い髪がほんの少しだけふわぁっと浮かぶ。
相変わらず分かり易い奴め。機嫌を損なわれたままだと面倒なので会話の要所にさり気なく褒め言葉を置いて彼の気持ちを上昇させてあげましょうかね。
やれ戦闘の時は役に立つ、やれいつも沢山食べてくれて残飯が出なくて助かる等々。
聞き方によっては皮肉にも受け取れる言葉を文章の要所に散りばめつつ歩いていると今回の依頼主であるギュルズさんの家が見えて来た。
「ちわ――っす。報告のお届けに参りやした――」
良い感じに経年美化した扉を三度叩くとほぼ同時。
「――――。お、お帰りなさいっ!!!!」
夕方の散歩を待ちきれないちょっとワンパクな子犬の表情を浮かべた大蜥蜴ちゃんが扉を開いて慌てて出て来た。
あっぶねぇ……。扉の側に居たら扉から熱烈な接吻を受け取る所だったな。
「そ、そ、それで!? どうなりましたか!?」
ハァハァッと息を荒げ、目元は美女を捉えた性欲旺盛な雄の様に血走り、期待感が満載された両腕で俺の肩をガッチリと拘束して問うて来る。
「農園で会敵した三体の飢餓鼠は滞りなく処理、死体は武器屋のロシナンテへ運び現在は恐らく解体作業中だと思われます。死体の血抜き作業を終えた後、他に畑を荒らす個体が居ないか。その監視の作業を終えて今に至ります」
発奮中の彼に対してその対極の位置である至極冷静な場所に身を置き、彼を宥める様な口調で淡々と此度の依頼の経過を伝えてあげた。
「きょ、巨大な個体の死体も運んであるのですよね!?」
「え、えぇ。それが依頼ですからね。後申し訳ありませんが両肩が砕けてしまいますのでもう少し優しく掴んで頂ければ幸いです」
「あはは!! やったぁぁああ!!!! 本当に有難う御座いますね!!!!」
嬉しいのは理解出来ますけども!! 人の話を聞きなさいよね!!
心の陽性な感情を炸裂させる様に俺の肩に指を食い込ませて来た。
「いでで!! か、肩が取れちゃいますって!!」
「こ、こうしちゃ居られない!! 武器屋さんに行って様子を見て来ますね!!!!」
俺の肩に深く食い込ませていた指をパっと離すとなりふり構わず南大通りへと向かって駆けて行く。
「あ、ちょっと!! 依頼達成の署名をまだ貰っていませんよ――――!!!!」
「っと!! こりゃ失礼!!!!」
逸る気持ちをグッと抑え込んだ彼が瞬き一つの間に俺達の前に戻って来ると、俺が差し出した依頼書の署名欄に走り書きで己が名を記し。
「じゃ!! そういう訳でっ!!」
恋人との待ち合わせに遅れてしまう男性の足取りで南大通りへと爆走して行ってしまった。
「はぁ――……。追加報酬は後で貰えばいいか……」
鞄の中に依頼書を仕舞い、もう殆ど見えなくなってしまった彼の背に向かって呟く。
「余程楽しみにしていたのだろう」
「あの走り方を見れば誰だって分かるさ。さてと、物好きの大蜥蜴ちゃんに報告を済ませたし。後は気性の荒いラタトスクちゃんに報告するだけだな」
ハンナの肩をポンっと優しく叩くと王都の中央に店を構えているシンフォニアへ足を向けた。
命の危険が付き纏う依頼だったけどさ、あぁして馬鹿みたいに喜んで貰えればこちらとしても苦労した甲斐があるってもんさ。
しかし……。
喜びを炸裂させた彼と違い、今回の依頼に難色を示していた彼女は俺達が顔を覗かせたら一体どんな反応を取るのだろう??
『この野郎……。私の命令を無視してどの面下げて帰って来た!!』
地獄の底で亡者達に手厳しい指導を施している悪魔達も武器を放置して逃げ出す恐ろしい顔を浮かべるのか。
『そこに直れ!!!! 私があんたの腐った性根を叩き直してやるからッ!!』
武の境地に達した達人達が太鼓判を押す拳を俺の横っ面に捻じ込むのか……。
これが想像し得る彼女の姿で大穴的には。
『ダ、ダン。お帰りなさい。私は本当に心配していたんだよ??』
生存困難な戦地から傷だらけの恋人が帰って来た様を捉えた乙女の表情を浮かべる可能性も無きにしも非ずって感じかしらね……。
大きなオレンジ色の瞳に大粒の涙を浮かべ、己が胸の前で両手を合わせて立ち尽くすほぼ有り得ないドナの表情を思い浮かべていると。
「は、は――いっ!! 皆さん、早足で渡って下さいね――!!!!」
燦々と光り輝く太陽によって体力を削られてしまい今にもぶっ倒れてしまいそうになっている交通整理のあんちゃんの指示に従い西大通りを跨ぎ。
現在はお昼休憩中で営業休止中のシンフォニアの扉を開き、威勢良く無事に帰還した事を伝えてあげた。
「よぉっす!!!! たった今戻って来ましたよ――――!!!!」
「「「ッ!!」」」
入り口から向かって左手に設置されている机を囲んで昼食を摂っていた三名の女性が俺とハンナの捉えると食事の手を止めて皆一様に驚いた表情を見せてくれる。
「お帰り――!!」
ミミュンがちょいと太った柴犬ちゃんの様にコロコロとした笑みを見せ。
「お帰りなさい。お仕事、お疲れ様でした」
世の女性が見習うべき笑みをレストが零す。
う、うむ……。ここまでは概ね予想通りの会話と雰囲気ですね。
一番の問題児は果たして一体どのような反応を見せてくれるのか……。
大変硬い生唾を喉の奥にゴックンと送り込むと心急く思いで彼女の反応を待った。
「く、くっさぁ!!!!」
ほ?? 臭い??
予想外な言葉と反応を受けて棒立ちになっていると。
「ちょ、ちょっとあんた達!! 私達御飯食べているのにそんな臭い匂いを連れて帰ってくんな!!!!」
使用用途を多大に間違えた木製のコップが俺の額に向かって空を切り裂き襲い掛かって来やがった!!
「あっぶねぇ!! 何でいきなりコップを投げつけて来るんだよ!!」
疲れた体に鞭を放ち、咄嗟に上半身を屈めて憐れなコップちゃんを回避して叫んでやる。
「え、えっとね?? ダン達は気付いていないかも知れないけど、ここからでも凄く臭いんだよ??」
「そ、そうね。出来れば店の外から報告をして欲しいかしら……」
ミミュンとレストが食の手を止めて困惑気味にそう話す。
「あぁ、多分飢餓鼠の死体を運んでいたからじゃないかな。ほぼ腐った肉からとんでもねぇ量のドッロドロの体液が零れててさ。大量の蝿がうじゃうじゃ集るわ、街の人達の好奇の目が突き刺さるわでまるで良い事がなかったぜ。いやぁ、でも荷台からはみ出していたドス黒い血が纏わり付いた死体を是非見せたかった!! あれ程大きくて腐った飢餓鼠の死体は早々見られないからね!!」
静かに目を瞑り、腕を組んでウンウンと頷いてあげた。
「私達は今御飯を食べているのよ!! 一々食欲低下を招く言葉を使用すんなぁっ!!!!」
「ハゴスッ!?」
今度は鉄製の匙の番ですか!?
木製よりも鉄は殺傷能力が高いので投げる際には一言二言注意を放って頂けると幸いです!!
活発受付娘が万力を籠めて投擲した匙が額に直撃。
目の覚める痛烈な痛みが額から全身へと駆け巡って行った。
「あ、あのねぇ!! 危険な依頼から帰って来たんだからお帰りの一言くらい言ったらどうだ!?」
木の床の上に寂しそうに横たわる匙を拾い上げて叫ぶ。
「私の忠告を無視して出て行った奴に掛けてやる言葉はないっ。一度帰ってその臭い匂いがする服を捨てて、そして水浴びをしたら戻って来なさい」
唇をむぅっと尖らせ、俺と目を合わせず明後日の方向へ視線を向けて話す。
「へいへい、辛辣な事で……。よぉ、相棒。一度着替えてから戻って来ようぜ」
「あぁ、分かった。すまんな、コイツが迷惑を掛けて」
い、いやいや。俺が臭いのならお前さんも臭いんだからね!?
何で俺が悪い風になってんの!?
「ふふ、構いませんよ。それと……。ダン、ちょっといいかしら」
「ん――??」
相棒と共に扉へと向かって進んでいるとレストからお呼びの声が掛かる。
「ドナは辛辣な言葉を発しているけどね?? 貴方達が発ってから全然元気が無いのよ。ほら、昼食も見ての通り殆ど手を付けて無いし」
彼女の声を受けて活発娘ちゃんの手元に視線を送ると……。
「ちょ、ちょっと!! 余計な事言わないでよ!!」
いつもは頼みもしないのにバクバクと御飯を食べる彼女の前には慎ましい大きさのパンしか確認出来なかった。
ははぁん?? 成程成程ぉ……。
素直じゃない娘に対して反撃開始の狼煙をあげますかっ。
「もぅ……。素直な子じゃないのねぇ。偶にはぁ、心の素直な声を解き放って御覧?? ほら、お母さんがちゃぁぁんと聞いてあげますからねっ」
甘えん坊な娘に対して渋々付き合う母親の口調で言ってやると。
「こ、このっ!! 誰が天邪鬼だぁぁああ――――ッ!!」
「どわぁぁああああ――ッ!!!!」
コップ、匙そして皿までなら許せる!! しかぁしっ!! 人の命を容易に奪い取れる刃物は許容出来ませ――んっ!!
「こ、殺す気か!!」
真正面から何の遠慮も無しに飛来した小さなナイフを完全完璧に回避。
バックンバックンと五月蠅く鳴り響く心臓ちゃんを宥めてから叫んでやった。
「殺す気なら柄を掴んで刺してやるわよ!! 私が人を殺める前に!! 即刻立ち去れ!!」
お、おぉう……。何て恐ろしい瞳なんだ……。
あの怒気に塗れた瞳なら飢餓鼠でさえも容易く撤退させる事が出来るだろう。
「う、うん。分かった。じゃあ着替えてから戻って来るね??」
「おう。待ってるからさっさと行って来い」
「へ、へい!! 分かりやしたっ!!!!」
いつまでもうだつの上がらない腰の低い不良の下っ端の返事を放つと、相も変わらず人通りの多い大通りへと出た。
「はぁ――……。何で報酬を貰いに来ただけなのに殺されそうにならなきゃいけないんだよ……」
「貴様の態度に問題があるのだろうな」
「だったら少しは助け舟を出してくれって」
蔑む目線を俺に送り続けている相棒へそう言ってやる。
「知らん。自分の撒いた種は自分で刈り取れ」
俺の言葉を受け取ると無感情な足取りで南の方角へと歩いて行く。
「へ――へ――。辛辣です事……」
周囲が振り撒く明るさとは正反対の溜息を零して相棒の背に続いた。
怒鳴られはしたがその実、ドナの顔はどこか明るかったし。それに……。俺達の事を心配してくれていたその事実が嬉しかった。
レストが言っていた通り、口では厳しい言葉を発しているが心の空模様は曇り模様から一転。本日の様にスカっと晴れ渡っていたのだろうさ。
だが願わくば……。感情表現をも――少し柔らかいものにして頂きたいのが本音ですかね。
死と隣り合わせの感情表現を毎度毎度食らっていたら俺の身がもちませんので。
街の中央の車道を走る大勢の馬と馬車に引かれぬ様。
「ぜぇ……。ぜぇっ……。み、皆さん……。ど、どうぞ渡って下さい……」
いい加減日陰に入りなさいよと思わず突っ込みたくなる疲弊具合を見せる交通整理の彼の指示に従い。常日頃からお世話になっている宿へ向かって鉛の様に重たくなった足を引きずりながら移動を開始したのだった。
お疲れ様でした。
これにて飢餓鼠討伐編を終了致しまして、次話からは新しい依頼が彼等に舞い込みます。
どの様な不思議で危険な冒険が待ち構えているのか。楽しんで頂ければ幸いです。
その話を現在執筆しているのですけども……。進捗具合は余り芳しくありませんね。投稿速度が少し遅れてしまうかも知れませんがその点については予めご了承下さい。
それでは皆様、お休みなさいませ。