第六十二話 妙妙たる野生の力
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
青臭い湿った草の香りと乾いた大地が放つ土埃の匂い、そして飢餓鼠のはぐれと呼ばれる二体が微かに残していった鼻に付く野生の臭い。それらが複雑に混ざり合った何とも言えない空気が漂う中を単独で駆け抜けて行く。
耳に届くのは風が後方へ流れる音、肌に感じるのは奴等が放つ確かな気。
この大陸に訪れて初めて己自身に向けられた確かな殺気を確かめると心に烈火の闘志が生まれた。
俺とダンの姿を捉えても一切臆する事無く向かって来る闘志、こちらが全力疾走してもその姿さえ捉えられぬ逞しい脚力。更に自身が優位に戦えるように俺をこの小麦畑へと誘い込んだ知識。
見た目以上に奴等は狡猾な生物なのかも知れない。
たかがドブネズミだと高を括って戦いを挑めば、明日の朝が昇る前に俺の体は奴等の胃袋の中に収まっているやも知れぬな。
「ふっ……」
前方にうっそうと生え揃う小麦を掻き分けつつ駆けていると思わず口角が上がってしまう。
闘争心の中に微かな陽性な感情が湧くのは恐らく俺自身が奴等との戦いを求めているからであろう。
愛している者を守れる強さを求めに俺はこの大陸へと渡った。
そして、そのきっかけを与えてくれるかも知れない相手に出会えたのだから。
「はぁっ……。はぁっ……」
喉の奥に渇きを覚えた頃、小麦畑の中に突如として開けた空間が現れた。
ここは……。アイツ等が食い散らかした跡地か。
大地の栄養を吸い取って成長した小麦は見る影もなく、夜空に浮かぶ月の怪しい光を浴びて地面に横たわる小麦達のなれの果ては酷く虚しく映る。
これだけの量の作物を食らい、更に大蜥蜴一体と仲間の肉と骨と血を貪った。
厳しい自然の掟に抗える強き体を手に入れる為に必要な行為なのだが、それはあくまでも文明社会の外側の理。
文明と自然が重なり合うこの地では貴様等の掟は通用せん。
文明社会側の掟を破った貴様達はそれ相応の罪を償う必要があるのだ。
「……」
だだっ広い開けた空間の中央で剣を抜くとその時に備えて集中力を高めて行く。
奴等の姿形は小麦に囲まれて見えぬが……。確実に居るな……。
全身の肌に強烈に突き刺さる鬱陶しい気持ちが籠められた鋭い視線、五臓六腑をひりつかせる殺意がその確固たる証拠だ。
中段に構えた剣の柄を握り締める力が刻一刻と高まって行くと、遂にその時が訪れた。
「シィィアァァッ!!!!」
来たッ!! 左後方!!
「ふんっ!!」
振り返るとほぼ同時に上段から鋭く剣を振り下ろすと。
「「ッ!?」」
互いの魂を籠めた攻撃が衝突して漆黒の闇の中に激しい火花が飛び散った。
「ふっ、やるではないか」
俺の一撃を受けても決して折れぬ頑丈な前歯、そして揺るがぬ体躯。
月光を浴びて静かに佇む巨躯を捉えると最大の賛辞を送ってやった。
「ヂュゥ……」
「どうした。掛かって来ないのか??」
強力な警戒態勢を維持したまま、一切身動きを取らぬ飢餓鼠へと声を掛けてやる。
野生の勘は非常に優秀だ。
自分よりも小さな個体が己よりも強力な力を有しているとは思えなかったのだろう。
俺から一撃を食らえば絶命に至ると頭では無く、野生の勘で理解した飢餓鼠は四つ足の姿勢を保持。
面長の顔の先の鼻を細かく動かしながら警戒して機を窺い続けていた。
「向かって来ないのであれば……。こちらから打って出るぞ!!」
腰を微かに落とし、魔力を解放して剣に風の力を纏わせる。
「風よ、迸り逆巻け。そして立ち塞がる敵を屠れ!! 第一の刃…………」
さぁ、その身で我が刃を受け止めてみろ!!
「太刀風ッ!!!!」
風の力を纏わせた剣を素早く振り抜き、切っ先から迸る風の刃を飢餓鼠へ向けて放ってやった。
奴が地面と平行になって襲い来る風の刃を捉えた刹那。
「ヂッ!!!!」
逞しい後ろ足を駆使して宙へ飛翔すると体を器用に捻って大木の幹を容易く両断する風の刃を回避した。
「ほぅ!! 優れた身のこなしだな!!」
初見にも関わらず体を硬直させずに全くの無傷で回避するとは恐れ入った。
だが……。その判断は果たして正しかったのか!?
「甘いぞ!!」
世界の理に従い宙から落下してくる飢餓鼠へと向かって突貫を開始。
「ふんっ!!」
着地と同時に飢餓鼠の頭蓋を叩き割る勢いで天からの雷撃を打ち込んでやった。
間も無く手の平に嬉しい衝撃が迸るかと思いきや、それはどうやら俺の甘い考えだった様だな。
「シィッ!!!!」
「ちぃっ!!」
強力な筋肉が積載された尻尾が俺の剣の腹を弾いて軌道逸らすと、切っ先が虚しく空を切ってしまった。
「ジュッ!!!!」
「その程度の速さか!!」
地面に突き刺さった剣を万力を籠めて引き抜くと大口を開けて襲い来る飢餓鼠の前歯へと照準を定めて穿つ。
「グッ!!」
正面からの強撃を受けても決して傷付かぬ頑丈な歯に思わず惚れ惚れとしてしまうが……。
「決着だ!!」
衝撃の余波を受けて刹那の隙を見せた胴体へと向かい、己の魂を籠めた一撃を見舞ってやった。
「――――。シィィ……」
「何ッ!? ぐぁっ!!!!」
よろめく相手の後方の闇の中から一切の無音で出現した巨大な飢餓鼠の前足の攻撃を受け止めると後方へ吹き飛ばされてしまう。
「くっ……。一切の気配と気を殺して俺に乾坤一擲を見舞う機会を闇の中で窺っていたのか」
刹那に体勢を整えると二体に増えた飢餓鼠に対してそう言ってやった。
「「ヂゥ……」」
ちっ……。鬱陶しい奴等め。多対一になった事でもう既に勝った気でいるな??
劣勢な状況を覆す訓練は何度も受けて来た。
そして……。勝算が得られない絶望的な負け戦を栄光の勝利へと導く戦いも経験した。
「俺がこの程度の状況で屈すると思うなよ!!!!」
微かに痺れる両手に喝を入れると剣の柄を強く握り締め、俺の命を食らおうとする二体の飢餓鼠よりも更に闘志を高めて対峙した。
「チチッ……」
「ヂュッ……」
俺の正面に通常個体、背後に頭領と思しき個体が回り込む。
微かに体をずらして両者を視界に入れようとするが……。二体はこの体勢を崩そうとせず、頭領は俺の死角に常に入り込んでいた。
死角からの強襲に備えるべきか将又正面からの陽動攻撃に備えるべきか。
実に悩ましい選択だな。
戦闘が開始されてから幾度となく迫られる取捨選択に迷いが生じると、この迷いを好機と履き違えた正面の飢餓鼠が逞しい後ろ足を駆使して襲い掛かって来た。
「ジュゥッ!!!!」
「甘いぞ!! 俺に小手先の攻撃は通用せん!!」
二本の前足に備わっている鋭い爪の攻撃を弾き飛ばし、体勢を崩した相手の喉元目掛けて切っ先を突く。
「グゥッ!?」
己の喉元に切っ先が突き刺さり飢餓鼠の巨大な黒き瞳に浮かんだ死への恐れを捉えるが、それは不思議な事に生への渇望にも見えた。
そしてその視線は俺の後方へと送られていた。
「――――。同じ攻撃は通用せんぞ!?」
「ギィッ!?!?」
刺突の姿勢を解除すると背後から静かに迫り来ていた頭領の一撃を素早く回避。
「その首……。貰ったぁぁああ――――ッ!!!!」
頭領の頭部の真横へと回り込み、隙だらけの首へと目掛けて魂の一閃を解き放った。
「ギィィアアアア――――ッ!!!!」
剣から伝わる生肉を切り裂く生の感触が両手を喜ばせるが……。
心は驚きを隠せないでいた。
「何っ!?」
頭領の首へと見舞った一撃だが、通常個体が頭領を庇う為に己の首を差し出したのだ。
「貴様……。自分の残り微かな命を賭けたのか……」
野生が持つ生存本能かそれとも優秀な個体を次世代へと紡ぐ為か、それは奴等が言葉を話さぬ限り理解出来ぬが。
「ヂヂ……。ヂィッ……」
喉を穿たれ出血しようが、首を深く切られようが尚闘志消えぬ野生の姿は圧巻に尽きる。
そして、その強力で純粋な野生が俺に牙を剥いた。
「ギィアッ!!!!」
通常個体の背後から闇を切り裂き突如として現れた頭領の尻尾の鋭い一閃。
「ぐはっ!?」
それが腹部に直撃すると後方の小麦畑と吹き飛ばされてしまった。
尻尾が直撃するとほぼ同時に後方へ飛び退いたがそれでも威力を受け流す事は叶わず、腹の上に炎を押し当てられた様な熱き痛みが生じる。
ちぃ……。油断大敵とは正にこの事だな……。
そこで待って居ろ。必ず決着を付けに戻って来るからな!!!!
徐々に遠ざかって行く頭領へ激しい怒りを籠めた視線を送ると、忸怩たる無念を胸に抱き自然の摂理に反した飛翔角度で小麦畑へと突入して行った。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
帰宅時間が遅くなってしまった為、少々短めの文章となってしまい申し訳ありませんでした。
皆様は連休をどの様に過ごしていますか??
私の場合は、御盆期間中は休もうと考えていたのですが結局色々とやる事が増えてしまい。逆に休めていないのが現状であります。
漸く纏まった時間が取れた為、今日はこのまま夜遅くまでプロットを書こうかなと考えております。
勿論!! 小腹が空いた時の対策として本日スーパーで買って来たポッキーを添えて……。深夜の甘い物は太るかも知れませんが偶にはいいですよね?? ポリポリと食みながら飢餓鼠討伐の話を最後まで書き上げてやろうと息込んでおります!!
それでは皆様、引き続きお盆休みを楽しんで下さいね。