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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第六十一話 襲い掛かる野生の力 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 美しい橙の炎を纏う薪が乾いた音を奏でると漆黒の夜空へと向かって火の粉が不規則な軌道を描いてユラユラと立ち昇って行く。


 黒の中に映る矮小な赤き点は見ている者を魅了し、鼻腔に届く炭の香が心に安寧をもたらす。


 地平線の彼方からそよ風が吹いて小麦達の肩を揺らせば鼓膜が大変喜ぶ小気味良い音が生じて夜の雰囲気を更に良好なものへと昇華させた。



 食後の雰囲気に誂えた様な風光明媚な景色を捉えると思わず肩の力を抜いて夜空を仰ぐ。



「ふぅ――……。御馳走様でしたっ」



 昼間の警備巡回によって失った汗と体力を補う為、そしてこれからの夜間警備に向けての食事を摂り終え満足気な吐息を漏らす。


 今晩の夕食は古米と干し肉をクツクツと煮込んだ即席おじやでしたけど、果たして食いしん坊の相棒は満足してくれたのかしら??


 天を仰いだまま件の彼に視線を送ると。



「ふぅ……。まぁまぁだったな」



 本当に極僅かに口角を上げて空になった己の器を静かに見つめていた。


 まぁまぁねぇ……。


 その割には腹ペコの犬みたいにがっついていましたよ??



「そりゃど――も。もうちょっと休憩したら巡回を始めるか??」


「あぁ、そうしよう」


「しっかし……。いつになったらはぐれちゃん達は現れるのかしらねぇ……」



 焚火の側に敷いてある布の上にゴロンっと寝転んでぼやく。


 ふぅっ、日が沈むと涼しくて過ごし易いですねぇ。可能であればこのまま満点の星空の下で何も考えずに眠り就きたいですよっと。



「それが分かれば苦労はしない。野生動物は我々の都合で動く訳ではないのだから」


「それは理解してんだよ。只……。こっちは身構えて準備出来ているのにいつまでも現れないから、それが逆に張り詰めた糸を緩めさせてしまうって言えば分かるか??」



 農園の警備巡回を始めて本日で三日目……、いやもう直ぐ三日目が終了するからほぼ四日目と位置付けても問題無いな。


 警備の任に就くのは朝、昼、晩。


 相手に警戒心を抱かせる為に敢えてほぼ決まった時間に巡回行動を続けているのだが、待てど暮らせど飢餓鼠のキの字も見つからなかった。


 視界に映るのは小麦ちゃん達の立派な姿と爽快に晴れ渡った空、そして何処までも続く地平線のみ。



 まぁ時折相棒の目を盗んで矮小な虫やこの大陸の固有種の虫ちゃん達の観察をしていましたけども……。



 大自然の中で感じる時間の流れは文明社会の中で感じる時間とは全く異なり、それは本当に遅々足るものであった。


 ここで過ごした三日間は王都で過ごす十日以上の時間に感じちまったよ。



「緩んだ貴様の緊張の糸を張り直してやるか……。ダン、立て。組手をするぞ」


 げぇっ!! 余計な事を言うんじゃなかった……。


「はいはいっと……。武に通じる戦士ちゃんから指導を受け賜りましょうかね」



 ちょいと大きな溜息を吐き、渋々と立ち上がると相棒と対峙した。



「いつも通りの徒手格闘だ。俺の一挙手一投足を見逃さず、魂を籠めた一撃を打ち込んで来い」


「あ、あのねぇ。折角体力を回復させたのに組手で体力を消耗させたら本末転倒じゃないか」



 今にも襲い掛かって来そうな猛禽類へ向かって苦言を吐く。



「安心しろ。俺は貴様よりも体力がある」



 お前さんの体の心配はしていないの。憂慮すべきは俺の体力と怪我なのです。


 安心の意味を全く履き違えてしまった相棒が微かに腰を落とす様を捉えるとほぼ同時に迎撃態勢を整えた。


 やっべぇ!! く、来るっ!!



「はぁっ!!」



 離れた距離からたった一歩で距離を潰して俺の間合いに侵入すると人の顔面程度なら余裕で粉砕出来てしまう威力の拳が襲い掛かって来やがった!!



「ぎぃえっ!?」


 あ、あっぶねぇ……。左の手の甲で何んとか往なして躱す事が出来た……。


「ほぅっ。何度も相対してきた所為か、俺の攻撃速度と軌道は覚えた様だな」


「ま、まぁね」



 彼から距離を取り、バックンバックンと五月蠅く鳴り響く心臓を宥めながら話す。


 例え攻撃速度と軌道を覚えたとしてもハンナの攻撃を見てから行動に移っていたらとてもじゃないけど回避は間に合わない。


 奴の呼吸、視線、筋力の隆起、気の起こりを敏感に察知して先の先を予測して行動しないと避けられないのさ。



「では……。もう少し厳しく行くぞ!!!!」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!! お母さんは喧嘩ごっこは苦手なの!!」



 横着でワンパクな小僧が再び襲い来ると激しい拳の連打を見舞って来る。



「んぉっ!?」


 右の拳が空気を切り裂き鼻頭を掠めば。


「ひゃぁっ!!」


 攻撃の繋ぎ目を感じさせない鋭い左の拳が右頬の肌をジリジリと削って後方へと通過。


「んにゃぁぁああっ!?」



 そして人の頚椎を容易く破壊し尽くす威力を纏った激烈な右上段蹴りが襲い来たので自分でもちょっと気持ち悪いなぁっと思える叫び声を放ち、上半身を逸らして間一髪回避に成功した。


 左右の拳と右上段蹴り。


 ハンナが得意とする一連の攻撃を命辛々回避し終えると額に浮かぶ大粒の汗をクイっと拭った。



 は、はぁ――……。何んとか全弾回避出来た……。


 竹馬の友に対して一切の遠慮せず殴りかかって来るのはちょっと問題ありだと思いますぜ??



「軍鶏の里で鍛えられた経験が生きているな」


「そりゃど――も」



 ピイ助達の中に混ざってしこたま殴られ、恐ろしい顔の先生方から酷い指導を受けましたもの。


 そりゃ多少は成長してないとね。



「それに加え俺の攻撃の先を読み行動に移れる柔軟さ、激烈な攻撃を目の前にしても決して体が硬直せぬ様に保たれる強き心……。これも全て今までの経験が生きている証拠だ」


 構えを解いたハンナが友に送るべき温かな瞳を浮かべて俺を直視する。


「弱い俺は相手の攻撃を直接受け止めたら途端に窮地に追いやられてしまうからね。そりゃあ死に物狂いで考えて回避するさ」


「ふむ……。所で一つ質問があるのだが、貴様は戦闘の時に一体何を考えて行動しているのだ??」



 また難しい質問を投げかけて来ますね。


「戦闘の時?? ん――……。強いて言うのならぁ――……」


 腕を組み、頭の中である程度の考えを纏めた終えた後に口を開いた。



「――――。水の心、かしら??」


「水の心??」



「そうそう。ハンナは多分心に灼熱の炎を抱いて相手に攻撃を加えていると思うけど、俺の場合は対の位置にある清らかな水を想像している。水は高い所から低い所へ流れ落ち、勢い良く宙へ放ったのなら横幅一杯に。静かに地面へ垂らせば直線に。様々な状況に合わせて的確な形へと姿を変えるだろ?? それと同じで心にシンっと静まり返った水面を浮かべて、一切の凪の無い水面に相手の姿を映す。そうすれば相手の行動が心に反映されて動き易くなるだろう??」



「確かにそうだが……。そうなると拳に炎を纏って激烈な攻撃を加える事は叶わないでは無いか」


「それが難しいんだよ。水と火は対極の位置に存在するし、どちらか一方を優先すると片方の威力は抑えられちまうし」



 魔力を持つ魔物と違って俺は人よりもちょっとだけ体が頑丈な程度の力しか持たぬ人間だ。


 五つ首と相対した時、自分の力が本当にちっぽけであると理解してしまった。


 矮小な力しか持たぬ者が強大な力を持つ者にどうすれば抗えるのか??


 力で勝てぬのなら相手の綻びを見付けるまで耐え忍び、刹那に訪れた一瞬の好機を見逃さず勝利に繋がる非常に拙い糸を手繰り寄せるのだ。



「俺達が最も得意とする戦闘方法は対極の位置にある。こうして組手を継続させていればいつか昇華出来るやも知れんな」


「んぉ、良い考えじゃん。じゃあそうなると俺達は超カッコイイ戦闘方法の創始者ってなる訳だ」



 腕を組み、満足気にウンウンと頷いてやる。



「そうなると流派の名前が必要になるな……。ふむ……、無難に『無双流』 という名はどうだ??」


「却下」


 無難過ぎてつまらないもんっ。


「では貴様はどう名付けるのだ??」


 いつもより五割増しに眉の角度が鋭角になった相棒がこわぁい瞳を浮かべて問うてくる。


「そうだなぁ――……。ん゛――……」


 便秘気味の大型犬が久方振りの便意を感じ取った唸り声を上げてその名を思い浮かべていると、ある名がピッコォンと頭の中に浮かび上がった。




「――――。『極光流きょくこうりゅう』 ってのはどうだい?? ほら、虫は強い光に誘われる様に集まって来るだろ?? 天空に光り輝く俺達の武を求めて、襲い掛かって来る強者の攻撃をヒラヒラと躱して手の平の上で躍らすんだ。そしてそいつらを倒して満足にこう言ってやるんだよ。出直して来やがれ!! ってね!!」



 さぁ、どうだい!? 俺の完全完璧な名付けは!?


 万雷の喝采を求める様に仰々しく両手を左右にバッと広げるが。



「つまらん。却下だ」


 相棒の御口ちゃんからは辛辣な言葉と息しか出て来なかった。


「あ、あのねぇ!! ここは捻りに捻った俺を褒める場面なのですよ!?」



 ムッスと顔を顰めている相棒の体にヒシと抱き着き、ちょいと汗臭い香りを放つお腹ちゃんに顔を埋めて叫んでやった。



「止めろ!! 気色悪い!!」


「テメェが俺の妙案を蹴り飛ばすから悪いんだよ!!」


「貴様こそ俺の……。むっ!?」



 俺の腕を必死に引き剥がそうとするハンナの抵抗が刹那に止むと、背筋に大変宜しく無い悪寒が走って行った。


 うっわ……。何、このスゲェ嫌な感覚……。



「ダン、貴様も感じただろ」


「お、おぉっ。何処からか分からねぇけど……。俺達見られているぞ」



 相棒の体から離れると焚火の側に置いてある装備一式を装着。俺達の周囲に蔓延る闇の中へと視線を送り続けていると……。


 その正体が本当に静かに俺達の前に現れた。



「……ッ」



 獲物の肉若しくは食い物を齧る事に特化した二本の前歯が口の先端から微かに覗き、薄汚れた灰色の体毛がデケェ体を覆っている。


 面長の顔の先端にある妙に湿った黒い鼻は獲物の匂いをかぎ取ろうとしているのか、随分と離れた位置からでも細かく動いている様が確認出来た。


 齧歯類特有の前傾姿勢に特化した体勢を解除すると後ろ足で立ち上がり。



「……」



 俺達以外に脅威が無いか、大きな頭を無言のまま左右に振りそれを確認し終えると再び四つ足の姿勢へと移行。


 左右に長く伸びる髭をヒクヒクと動かして俺達を真正面に捉えた。



「で、でっかぁ……。たまぁに街中で見かけるドブネズミの数十倍の大きさじゃねぇか」


 数十メートル先の闇の中で静かに佇む飢餓鼠を捉えると素直な感想が口から漏れてしまう。


「ふん。貴様はあの暴兎を見ただろう?? 奴等に比べれば何の事は無い」


「そりゃそうかも知れないけど……。んっ!?」



 飢餓鼠が後方の足にグッと力を籠め、此方に向かって突貫しようとする様を捉えてしまった。



「ハンナ!! 来るぞ!!」


「分かっている!!」


「シィィアアアア――――ッ!!」



 来やがったな!?


 飢餓鼠が己を鼓舞する為に耳障りな音色の雄叫びを放つと、抜剣したハンナに向かって何の小細工も無しに突撃を開始。



「ふんっ!!!!」



 当然、強い奴と戦う事が大好きな彼は一切臆する事無く。とんでもねぇ突進力で向って来る飢餓鼠に対して何の遠慮も無しに上段から勢い良く剣を振り下ろした。



「ッ!?」

「ヂュッ!?」



 前歯と剣が衝突すると空気を刹那に震わせる甲高い音が弾けてハンナの両腕が上向きに弾かれてしまう。


 相棒の馬鹿みたいな腕力でも飢餓鼠の突進力を相殺出来ないかと思いきや……。



「ヂュゥ……」



 相殺する処か、あの巨体を一振りで後方へと押し返してしまった。



 い、いやいや。


 あの質量の突進をたった一振りで後退させるって……。相変わらずの馬鹿力だな。


 そしてハンナの剣の一撃をぶち食らっても前歯が折れないってどんな構造してんだよ……。


 お互い見せた初手に呆気に取られてしまうが……。



「背中がガラ空きだぜ!!!!」



 この時を待っていましたと言わんばかりに大弓の弦を強く引き、飢餓鼠の広い背中へ向かって矢を放った。


 俺の思い描いた軌道を突き進む矢が飢餓鼠の背に着弾すると思われた刹那。



「ギィッ!!」


「うっそだろ!?」



 逞しい筋力が搭載された尻尾が矢を弾き飛ばしてしまった。


 この野郎……。背中に目でも生えているのか!?



「聴覚に頼った行動だ!! 続け様に矢を放て!!」


「おう!! わ――って……」



 口の悪い相棒の指示に従い、妙に硬い弦を力強く引いたその時。



「「……ッ」」



 ハンナの後方の小麦畑から二体の飢餓鼠が闇に紛れて現れる様を捉えてしまった。


 ね、ネズ公共が!! 一体を囮にして背後から強襲するつもりだったのかよ!!



「ハンナ!! 後ろだぁぁああああ――!!!!」


 飢餓鼠の背中に定めていた照準を咄嗟に後方の大馬鹿野郎の眉間に変えて矢を射る。


「ヂュゥッ!?」



 予想だにしていなかった矢の飛来に驚きはしたが、器用に体を捻って襲い来る矢を回避。


 奇襲が失敗に終わると二体の飢餓鼠がハンナの背に警戒心を最大限にまで高めた視線を送り続けていた。



「ふっ……、挟撃か。これは参ったな」



 本当に参っている人ならそんな風に嬉しそうな顔を浮かべません。


 絶望感に塗れた悲壮な顔を浮かべるのです。



「ハンナ!! 正面の相手は俺が引き受ける!! お前は後方の二体を撃退しろ!!」


「一人でも大丈夫か??」


「任せろ!! それに今コイツ等を見逃すと厄介だ!! 次、いつ現れるか分からないからな!!」



 それ処か俺達の前にもう二度と現れない恐れもある。


 農作物の被害を抑える為にも今、此処でコイツ等を退治しなければならない!!



「了解だ。では俺の相手は貴様等……。むっ??」



 ハンナが静かに小麦畑の方へ振り返ると。



「チュチュッ……」



 飢餓鼠の一体が矮小な鼻息を漏らし明らかに誘いと見受けられる所作を見せて小麦畑の中へと姿を消してしまった。



「ね、鼠如きがっ!!!! その腐った性根を叩き直してやる!!」


「あ、あはは……。いってらっしゃい。二体の内、一体は多分大型の奴だから気を付けてね……??」



 猛烈な怒気を背中から放つと瞬き一つの間に小麦畑の中へ姿を消してしまった相棒へ一言注意を放ってやった。


 ほんの一瞬しか姿を現さなかったけど……。恐らくあの大きな個体がコイツ等の頭領ボスだな。


 気を付けろよ?? ハンナ。


 窮鼠猫を嚙むと言われている様に追い詰められた鼠は何をするか分かっちゃないからな……。




お疲れ様でした。


現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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