第六十話 事前準備は滞りなく済ませましょう その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
本日も絶好調なお日様の下で大勢の人々が己の目的地へと向かって進んで行く。
明るい光に照らされた人々の顔は光の効果もあるとは思うが、皆一様に陽性な感情を抱いている様に見える。
「ちっ。今日も暑いな……」
勿論、一部は苦虫を嚙み潰したような顰め面を浮かべている者も居ますが……。
大多数の者は快晴という気象状況に比例する様に周囲に明るさを振り撒き、経済或いは文化の歯車の一部となって活動していた。
そして俺もその歯車の一部となって朝も早くから活動を行っているのですが、気象状況と比例する様に明るい気持ちを振り撒く訳では無かった。
「はぁ――……。なぁんでこんな事になっちまったのかなぁ」
誰に言う訳でもなく愚痴っぽい言葉を宙に放つと憎たらしい程に青く澄み渡った空を一睨みしてやる。
いい天気で宜しいですねぇ。
俺はあんたと違って気持ちが下降気味なので可能であればもう少し曇って欲しいのが本音であります。
「朝から何度もしつこいぞ。男なら気概を持って行動しろ」
女性でも気概を持って行動する方がいらっしゃいますのでこういう時に男という性別を例えに出すのは卑怯だと思います。
「誰の所為で恐ろしい化け物が待つ場所に行く事になったと思ってんだよ」
意気消沈する俺に対し、昨晩から居ても立っても居られない状態に陥っている横着な相棒の肩のお肉をちょいと抓ってやる。
「離せ。今回の依頼は俺が決めた事だが……。他人を思いやる貴様の事だ。俺が決断しなくとも詰まる所、首を縦に振って身が引き締まる今回の依頼を受けただろうな」
俺の手をパッと振り払うと心がキャァっと嬉しく声を上げてしまう素敵な言葉を放ってくれる。
「も、もうっ。そんな事を言っても許してあげないんだからねっ」
不躾且強面の彼から突如として放たれた百点満点の言葉に照れる彼女の様にぽぅっと頬を朱に染め、わざとらしく両頬に手を当ててイヤイヤと顔を左右に振ってあげた。
「気色悪い所作を見せるな……。むっ、着いたぞ」
普段より眉毛の角度が三割増しに鋭角になって悪態を付くと本日の最終目的地の前でハンナが歩みを止めた。
「お――。良かった、今日も元気に営業しているようだな」
南大通り沿いに店を構える武器屋 『ロシナンテ』。
店の広さに似合った豊富な武器防具の品揃えは中々立派であり、狩猟や今回の野生動物討伐の依頼等々。武器防具を必要とする者達が困った時は取り敢えず立ち寄る店の候補だ。
以前、興味本位で立ち寄った時にさり気なく品の状態を確かめたのだが。
大通り沿いに併設されているので他の武器屋と比べて少々お値段は張りますけど品は悪くない。
成程、皆が口を揃えて候補に挙げる事はあると何気なく剣を手に取り見ていたのですが……。
『よぅ!! 兄ちゃんその剣に興味があるのかい!?』
『あ、いや。俺はただ興味本位で……』
『無意味な装飾品や軽量化に特化した武器等々。最近の武器屋はてんで駄目だな……。だけど!! 俺の店はその辺りの店と一線を画すぜ!? 職人が魂を籠めて打った鉄の塊は敵を屠り、鋼鉄製の盾はどんな攻撃も通さないっ!! チャラチャラした流行りに流される様な店と違ってうちの店の商品は頑固一徹を体現した素晴らしい出来栄えなのさ!!』
聞いても居ないお店の紹介を勝手に話し始め。
『うちの店は武器防具の加工も請け負っているよ!! 珍しい素材が手に入ったのなら是非持って来てくれ!! 特別な価格で兄ちゃんだけの特別な武器防具を作成してあげるからさ!!』
更に利益を得ようとして加工業も営んでいると紹介してくれたのだ。
活発に動く口を何んとか御してその日はお暇させて頂いたのですが、これからあの饒舌と対峙しなきゃいけないと思うとちょっとだけ気が重くなってしまいますね。
「では入るかっ」
「う――い」
少々気が重い俺に対し、武器防具が大好きな白頭鷲ちゃんはこれから恋人とお出掛けする前の様な軽やかな足取りで入店した。
ほぉん……。相も変わらず中々の品揃えですなぁ。
横幅に広い店構えに比例する様に店内も中々に広く、種類に富んだ武器防具が整然と陳列されている。
壁際に立てかけられた鉄製の長剣や柄の長い槍、店の中央の陳列棚に綺麗に並べられている短剣。そしてこれは一体どんな巨人さんが使用するのでしょうかと思わず首を傾げたくなる大盾の存在も確認出来た。
「ほぅ……。これは中々……」
「悪くないな」
この店の噂を聞き付けた大蜥蜴ちゃん達が武器防具を手に取り本当に小さく頷きながら感嘆の声を漏らしている。
「よぉ、取り敢えず予定通りに俺が使用する剣を探そうぜ」
「あぁ、分かった」
俺達も彼等に倣い、お店に陳列されている品の取捨選択に取り掛かった。
飢餓鼠の変わり者である 『はぐれ』。
奴等を退治する事が今回の依頼なのですが、俺が使用する武器は刃厚の太い短剣とシェファの父親が譲ってくれた大弓の二種。
近距離と長距離に対しての不安は無いが、中間距離で対峙した時にちょいと不安になるのでそれを埋め合わすべくこの店に立ち寄ったのです。
通常個体ならば何んとかなるかも知れないけどはぐれの変異種でもある巨大な個体と対峙した時に間合いの狭い短剣のみだと流石にねぇ……。
この事をハンナに相談したら。
『巨大な個体は俺が仕留める。貴様は手出しするなよ??』
自分の彼女に手を出そうとした間男に釘を差す恋人の様に咎められてしまった。
そういう事を言っているのでは無くて、多様多種な状況に対して臨機応変に対応したいと伝えた所。
『ならば剣を手に取れ。剣はいいぞ?? 古き時代から現在に至るまで使用されている武器だ。空気を撫で斬る音は心を癒し、何度も素振りを擦れば腕力の増強にも繋がる。敵の攻撃を受ける事も可能であれば一気苛烈に屠る事も可能だ。そして剣は決して嘘を付かない。鍛えれば鍛えただけ実力を発揮してくれるからな。貴様の腕力に似合った剣を俺が見定めてやろう』
いつもの寡黙ぶりからは想像出来ない数の言葉がスラスラと出て来て驚いちゃったのです。
はいはい分かりましたよと伝えても剣の素晴らしさを俺に伝えてこようとするし。その情熱をクルリちゃんに向けてあげればもっと早くに付き合えたってのに……。
お目当ての品が置かれている場所へと向かい、壁に立てかけてある剣を何気なく見下ろしているとあの快活な声がやって来た。
「いらっしゃいませ!! お客さんは何をお探しで!?」
本日も超元気で羨ましい限りで御座います。
「あ、いや。剣の初心者でも扱い易い剣を探しに来たんですけど」
ニッコニコの笑みを零す大蜥蜴の店主へ向かって簡易的に探し求めている品を伝えた。
「それならコイツはどうだい!? 両刃の剣で重みも十分!! 対峙する敵に対して斬撃で襲い掛かるも良しっ、分厚い刃厚で防御するのも良しっ。攻防一体を体現した剣さ!!」
彼が差し出してくれた剣の柄を掴み、ちょいと持ち上げてみたのだが……。
「ん――……。俺が扱うにはちょっと重たいかも」
剣術を嗜む者ならある程度の重さは苦にならないのだが、俺みたいな剣に精通していない者が分不相応な重みの剣を扱えばどうなるのか。
それは火を見るよりも明らかだろう。
「そうか……。それならコイツはどうだ!?」
彼が続け様に渡してくれたのは冒険者或いは警備の仕事に携わる者がよく腰にぶら下げている普遍的な長剣だ。
「ふぅ――ん。こっちの方が軽くて扱い易いな」
試しに軽く振り下ろしてみるが右腕ちゃんの筋肉はこの程度の重さなら全然苦にならないぞとお墨付きを頂けた。
「だろう!?」
「いや、その剣は駄目だ。貴様にはこっちの剣がお薦めだぞ」
満足に頷く店主に対し、強面白頭鷲ちゃんが一本の剣を俺に手渡してくれる。
「その剣は此方に比べて使用している鉄が悪い。剣の腹で強撃を受けたのなら真っ二つに折れてしまうだろう。それに対し、この剣が使用している鉄の品質は良い。ある程度の攻撃を受け止められ剣術を嗜んでいない者でも扱えるように刺突に特化している」
「ふぅん……。斬撃よりも刺す方向に特化した剣か」
ハンナから手渡された剣を何気なく手に取り試しに何もない宙へ向かって突き刺してみると、店主に勧められた剣と同じ位の軽さを感じた。
「へぇ、お兄さん中々の目利きだね」
「武に通ずる者なら当然だ。店主、俺達はとある野生動物を討伐しに向かうのだがコイツに誂えた様な防具はあるか??」
「防具?? そりゃ勿論あるけど……。兄ちゃん達は一体どんな奴を相手にするんだ??」
「我々には守秘義務が与えられており詳細を話すことは出来ん。そうだな……。出血死を免れる軽い防具、それと強烈な打撃攻撃を防げる鉄製の胸当てはあるか??」
「またいきなり難しい注文だねぇ。ちょっと見繕って来るからそこで待ってな!!!!」
店主が素早く右手を上げるとその足で店の奥に続く扉へと進んで行ってしまった。
「有難うな、色々教えて貰って」
ハンナに勧められた剣を軽く振りつつ話す。
おぉ――、本当に扱い易いな。これなら素早い動きにも咄嗟に対応出来そうだ。
「処世術及び情報取集は貴様の仕事で、敵を屠るのが俺の仕事だ。蛇の道は蛇と言われる様にそれぞれの分野に特化した者の意見を述べたのみ」
口ではさぞ当然とばかりに言っていますけど、体は正直なんだな。
俺に礼を言われて嬉しかったのか将又頼られて嬉しかったのか。青い髪がふわっと浮かんでいますもの。
それから彼と何気無い日常会話を続けていると、店の奥に姿を消した店主が両手一杯に防具を持って俺達の下へと戻って来てくれた。
「お待たせ!! 取り敢えず注文してくれた品を持って来たよ!!」
彼が嬉しそうに喉をキュキュっと鳴らすと壁際に置かれていた机の上に沢山の防具を置いてくれる。
「えっと……。先ずは失血を防ぐ為にピッディのなめした革の帯、それと頭部を守る鋼鉄製の兜。んで、これが胴体を守る鉄製の胸当てで。更に腕を守る防具。ついでに脛を守る防具も用意したぞ!!」
い、いやいや。
俺達が討伐しようとしている飢餓鼠は俊敏に動けると予想されているのに、これだけの防具を装備していたら全く身動きが取れず相手の攻撃をいいように受けちまうぞ……。
「ふむ……。貴様の華奢な筋肉では全てを装備すると動きが鈍るな。では、このなめした革の帯と鉄製の胸当てだけを所望しよう」
流石、我が相棒。
一言余計な言葉はありましたが俺の気持ちをほぼ汲み取ってくれましたね。
「毎度あり!! じゃあ清算するからこっちに来てよ!!!!」
店主がホックホクの笑みを浮かべると、俺達が必要とする品だけを両手に持って店の奥の受付台へ向かう。
「えぇっと……。長剣になめした革の帯、それと鉄製の胸当てだろ?? ちょいちょいと割引させて頂きましてぇ……。銀貨八枚と銅貨七枚になります!!!!」
約二日分の給料が戦闘に必要な経費、ね。
少々お値段が張りますが己の命を金で守れるのなら安い買い物だろうさ。
品が売れて満足気に笑みを浮かべている大蜥蜴ちゃんに御釣りの出ない様に貨幣を渡してあげた。
「毎度ありぃっ!! また来てくれよ!!」
無駄に威勢の良い声を背に受け、大勢の人々が行き交う南大通りへと出ると。
「よっしゃ!! これで必要な物資は揃ったし、荷物を纏めに一旦宿へ戻るか」
「あぁ、分かった」
人混みを避ける様に裏通りへと入り、その足で贔屓に使用させて頂いている宿へと足を向けた。
「胸当ての装備の仕方は何となく分かるけど……。このなめした革の帯って必要だった??」
黒ずんでちょいと分厚い革を手に持ってプラプラと揺らす。
「飢餓鼠の骨格標本を見た所、最も注意すべきは前歯の攻撃だ。鋭い前歯が皮膚を裂き、その場で絶命せずとも酷い出血を負ったのなら十数分後に死に至る。それを防ぐ為に両手首に巻いておけ」
その為に革の先端にベルトのバッグルみたいなものが付いていますからね。
「いいか?? 人体には決して傷付けてはいけない血管が九か所ある」
「知っているさ。首の左右の血管、左右の二の腕、左右の手首、両太腿の内側、そして……。心臓だろ??」
「ほうっ、この程度の知識は持っていたか」
「まぁね。昔さ、仕事仲間が農作業中に太腿の内側を思いっきり切っちゃってね?? 物凄い勢いで出血したから本当に驚いちまったよ」
使い慣れた鎌の先端がすっぽぉんと抜けてズボンを切り裂き、そこから酷い出血が確認出来た。
驚いた俺達は何だかいつも眠そうにしている街医者に負傷者を担ぎこんで難を逃れたのだ。
「俺が前に出るから貴様は後方支援だ。死にたくなければこの取り決めを必ず守れ」
「へ――へ――。雑用係は強面戦士の背中からおっかなびっくり戦況を見守りますよ――っと」
勿論、これは建前で本音は……。ハンナの身が危うくなったら死を覚悟して前に出てやる。
己の命よりも大切な親友を目の前で失う訳にはいかないからな……。
「怪しいものだ。現場に到着するのは本日の夕刻辺りか」
「多分それくらいじゃね?? 御飯の心配はしなくていいわよ?? お母さんが早起きして市場でちゃぁあんと物資を買い揃えておきましたから」
「それが貴様の仕事だ。偉そうに胸を張るのはお門違いだ」
こ、この仕事以外はてんで役に立たない駄目な夫めが!!!!
「テメェが飯を作れねぇから俺が作ってんだろう!!」
相棒の不必要な一言にちょいと腹が立ったので無防備な背に思いっきりしがみ付いて叫んでやった。
「止めろ気色悪い!!!!」
「お前さんが態度改めるまで放さんぞ!!!!」
毎度宜しく耳障りな喧噪を振り撒きつつ宿屋を目指していると、すれ違った大蜥蜴ちゃんがヤレヤレといった感じで俺達に視線を送ってくれるので彼に対してニコッと慎ましい笑みを送る。
己の体に絡みつく俺を必死に剥そうとする馬鹿力に対抗してこれから始まるであろう恐ろしい討伐作戦の前哨戦を人通りの少ない裏通りで開始したのだった。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。