第五十九話 特異な彼からの依頼 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
「はぁ――、もぅ忙しいったらありゃしないわね」
辛辣な台詞を放ちつつも朗らかな笑みを浮かべて両手一杯に荷物を持って家路へと急ぐ中年の女性。
「今日は流石に疲れたな……。家に帰ったら直ぐに眠ろう」
今日一日の疲労が色濃く残る顔を引っ提げて少々弱々しい足取りで目的地へと向かう男性。
大通りを歩く人達の顔が昼のそれと違い、一日の終わりに相応しい物へと変化しつつある。
恐らく俺達の顔も周囲を歩く者達と同じくちょいと疲れた顔に見られているかも知れないが……。
「よぉ!! 相棒!! 店長から沢山差し入れを貰ったし、今日は中々いい仕事振りだったよな!!」
そんな事は関係無いと言わんばかりに陽性な表情を浮かべて一本のバルナを相棒に向かって差し出してやった。
「貴様……。俺を見殺しておいてよくもまぁ平然としていられるな??」
おやおや、この子はまだ獰猛な肉食獣に囲まれた事を根に持っているらしいわね。
「お前さんが頑として断らなかったからあぁなったんだよ。意気揚々と出ていったものの、女性に囲まれてチヤホヤされて四苦八苦している姿を里の者達が見たらきっと口を揃えてこう言うだろうさ……。情けない!! ってね」
「ふ、ふんっ!! あの様な特殊な状況に慣れていないから対処に戸惑ったのだ!! 次こそは無難にそして手際よく対処してみせる!!」
俺からバルナを奪い取ると勢いそのまま皮を剥いて男らしい所作で実を口に頬張る。
次こそはと言っていますけども。ほぼ童貞であるお前さんが女性の攻撃を上手く躱す姿が俺には想像出来ませんよっと……。
互いに絶妙な甘さと美味さを提供してくれる果実を食みながら全然疲れない速度で東大通りを西進。
「はぁ――い!! 皆さ――ん!! 通って下さいね――!!!!」
夕方と夜の狭間の時間帯になっても馬車の往来が絶えない街の中央で交通整理に勤しむあんちゃんの許可を頂き北大通りを跨ぐとその足でシンフォニアへお邪魔させて頂いた。
「う――ん……。明日の依頼はどうするべきか……」
「ちょっとミミュンちゃん。また報酬額間違っているよ??」
「す、すいません!! こちらが正式な報酬料ですぅ!!」
ほぉ――……。もう間も無く終了する事もあってか全然利用者が居ませんねぇ。
いつもはむさ苦しい大蜥蜴ちゃん達がギュウギュウ詰めにされた室内はガランとした空白が目立ち、その大蜥蜴達の相手に奮闘する受付三人娘達は残務処理に追われているのか己の机に向かって羽筆を走らせていた。
「ちわ――っす。今日の報酬を受け取りに来やした――」
他の受付娘ちゃんよりもかなり急な角度の眉と目を浮かべて己に与えられた責務を果たしている彼女の前に依頼書を静かに置いてあげる。
「お――、お帰り。ちゃんと依頼をこなして来たわよね??」
「当たり前じゃん。ほれ、店長さんから差し入れ」
手元にあるバルナを一房ごと彼女の机の前に差し出す。
「おぉ!! 悪いわね!!」
ふふ、きっとお腹が空いていたのでしょう。
バルナのふわぁっとした果実の香りを捉えると途端に鋭角な目が柔和な角度に変化しましたもの。
「これ、今日の報酬ね」
「んっ、あんがと。ハンナ――、帰ろうぜ――」
ドナから依頼成功報酬として銀貨四枚を受け取りそのまま踵を返そうとしたのだが。
「あ!! ちょっと待った!!!!」
「っと……」
活発娘が待ての命令を放ったので慌てて足を止めた。
「どうした?? ひょっとして今日も奢らせるつもりか……??」
猜疑心に塗れた瞳でドナのオレンジ色の瞳をじぃっと見つめてやる。
自爆花の実の採取で得た報酬目当てなのか、あの一件以来何かと理由を付けて奢らされているのですよ。
お金は無限に湧いて出るものでは無く、家計を管理するお母さんとしてはそろそろ勘弁して欲しいのが本音であります。
「そっちがその気なら毎日奢って貰ってもいいんだけど……。実はダンとハンナさんに直接依頼を申し込みしたいって依頼人が来ているのよ」
「うっそ!? 本気で!?」
つ、遂にその時が来たのか!!
ちょいと疲労が残る足から発生したとは思えない跳躍力でドナの前へ颯爽と移動。
背の高い机を越えて彼女の両手を思わず強く握り締めてしまった。
「離せ、厭らしい駄犬め」
「いでっ!?」
ドナが俺の手から素早い所作で逃れるとまぁまぁ強い力で頭の天辺をポカンと叩く。
「今から三十分位前かしら?? 依頼人さんが訪れてね。ダンとハンナさん達を指名してくれたんだけど……。まだ依頼から戻って来ていないって伝えたら応接室で待っていますって言ったのよ」
レストがフフっと柔らかい笑みを零しつつ状況を説明してくれる。
「どういった依頼なのだ??」
ハンナが真面目な表情でレストに問う。
「それはまだ聞いていません。今からドナが応接室に案内するのでその際に聞いて頂ければ」
「そうか、分かった」
レストの丁寧な対応に相棒が一つ頷くと。
「ほれ、こっちについて来なさい。言う事を聞かない飼い犬ちゃん」
ドナが席から立ち受付を出ると正面入り口から見て左奥に見える扉へ進む。
あの扉の存在は知っていたが応接室に繋がっているは思わなかったな。凡そドナ達従業員が使用する扉だと考えていたし。
「人の事を犬扱いする人にはもう奢ってあげませんよ??」
「犬として扱ってあげる事に感謝して欲しいわ」
屑、塵、塵芥等々。
何の価値も無い物として扱われるよりかはマシかと思いますけども。ここは傲慢な態度を取る場面では無く、謝意を示す場面なのですよ??
「ここから先は私語を慎みなさい。それだけ真面目な話が待ち構えていると思った方がいいから」
「了解しました、ドナ殿」
背骨一本一本を天へ向けて伸ばし、直立不動の姿勢で了解を伝えた。
「宜しい。では……。請負人達が早々使用する事の無い秘密の応接室へとご案内――」
私語を慎めと言った矢先に砕けた口調を発するとはどういう了見なので??
少々疑問が残る台詞を吐いた彼女が扉の施錠を解除すると、中々に立派な廊下が御目見えした。
大勢の大蜥蜴達の爪痕が残る受付所の痛んだ床とは違い、案内された廊下の床は細かい傷が片手で数えられる程度しか存在しておらず。しかも美しく磨き上げられており感嘆の声を漏らして思わず手で触れたくなってしまう。
左手側に確認出来る窓枠には一切の塵や埃は残っておらず清潔に保っているお陰か、扉を潜り抜けるとまるで別の場所に足を運んだのではないかと体と頭が錯覚してしまった。
「依頼人は入り口から数えて三つ目の扉の先に居るわ」
コツ、コツと大変小気味の良い足音を奏でながらドナが背中越しに俺達に話す。
「今からその依頼人と話をする訳だけど……。ドナは俺達と一緒に話を聞くの??」
「えぇ、そのつもりよ。規約に違反する依頼を申し込もうとする輩が居るかも知れないし。今回の依頼はあくまでもダン達個人に舞い込んだ依頼。私達には他の請負人達に対して守秘義務を負うけどね」
ほぅ、そういう仕組みなのか。
「だからダン達も今回の依頼を他の人に言いふらさない様にね??」
「釘を差さなくても理解しているって。ここか??」
ドナが緊張した面持ちで扉の前で足を止めた。
「うん、そうだよ。すぅ――……」
彼女が緊張を含めた吐息を吐くと美しい木目の扉を三度叩く。
そしてそれから数秒遅れて室内で待機している依頼人の声が扉越しに届いた。
「あ、はぁ――い。どうぞ――!!」
う、うんっ!? この声色って……。
「ギュルズ様。請負人である両名を連れて参りました」
や、やっぱりそうじゃないか!!
珍妙な物が大好きな大蜥蜴ちゃんが今回の依頼人だったのね……。
ドナが大変叮嚀な所作で扉を開いて応接室へと進んで行くので俺達も彼女の後に続いた。
「おぉ!! ダンさん!! ハンナさん!! お久しぶりですねっ!!」
大変座り心地の良さそうなソファから立ち上がると嬉しそうにキュキュっと喉を鳴らして俺達に向けて右手を差し出してくれる。
「お元気そうで何よりです」
「あぁ、そうだな」
彼と社交辞令的な握手を交わすと、机を挟んで設置されている二対のソファの片側に腰を掛けた。
「それではギュルズ様。こちらの請負人達に依頼すべき内容をお伝え下さい」
む?? ドナは座らないのか??
彼女は対峙して座る俺達の間に立ち、普段の顔とは正反対な真面目な顔を浮かべているし。
「オホン……。それでは……」
ギュルズさんが小さく咳払いすると、これまでとは打って変わって大変真剣な表情を浮かべる。
「先日……。王都シェリダンから東へ進んだ先にある農園でとある事件が起こりました」
「……ッ」
とある事件。
その言葉を捉えた刹那にドナの表情が一気に曇った。
多種多様な仕事を請け負う斡旋所の受付嬢さんが顔を顰める程の事件とは一体……。
不穏な空気が徐々に濃くなる中、俺は口を塞ぎながら彼からの言葉を静かに待った。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。