第五十八話 野生の掟 その二
お疲れ様です。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
目の前を通過して行く大勢の人々は皆一様に朗らかな笑みを浮かべ周囲に陽性な感情を振り撒いている。
陽光に照らし出されたこの景色は本当に絶景であり、時間が経つのも忘れて日がな一日眺めていたいが……。そうはいかぬ。
人にはそれぞれ与えられた使命がありそれを蔑ろにする訳にはいかぬのだから。
「いらっしゃいませ――!!!! 当店の三日月糖は如何ですかぁ――!! 甘い!! 安いっ!! 美味いの三拍子揃った品は当店だけ!! お安くしておきますよ――!!」
真正面で流れ続ける人々の濁流が放つ喧噪に負けぬ様。
少しでも人の目を惹こうとして喉が張り裂ける勢いで叫ぶと数名の人々の目が俺に留まり、そしてそれから微かに遅れて店頭に並べてあるバルナへと視線が注がれる。
「これ一本幾ら??」
その内の一人の男性客が此方へ足を運び嬉しい問い掛けをしてくれた。
「へいっ!! 一本銅貨一枚、三本買ってくれるのなら何んと銅貨二枚です!! 銅貨一枚お得になりますよ!?」
「へぇ……。それじゃあ三本買おうかな」
「毎度ありぃっ!!」
一房に纏まっているバルナから三本を器用にもぐと銅貨二枚と引き換えにして譲渡。
「有難うね」
「いえいえ!! 此方こそ!! バルナをお求めの際は当店へまたお越し下さいね――!!」
大変満足気な顔を浮かべている彼にニコッと軽快な笑みを浮かべて別れを告げてあげた。
ふぅ――……。今日も中々の売り上げじゃあないか。
お昼を過ぎて徐々に傾きつつある太陽を見上げ、額に浮かぶ労働の汗を満足気にクイっと拭った。
「貴様は何故そうも威勢良く客引きが出来るのだ?? 俺はそれが不思議でならない」
お店の奥。
バルナが詰まった木箱の間の影にひっそりと潜む相棒がヤレヤレといった感じで溜息を漏らす。
「これが俺に与えられた使命だからさっ。ほら、店頭に並んでいるバルナが少なくなって来たから補充する!!」
「ちっ……。俺は店番をする為にこの大陸へ渡って来たのではないぞ……」
悪態を付くと渋々といった感じで両手一杯にバルナを持ち、俺の指示通りに新鮮なバルナを店頭に並べる。
「何度も言ったけども。こうした地味ぃな仕事の実績が実を結ぶのです。小さな事からコツコツと信頼を積み上げていけばいつか俺達にすげぇ仕事が舞い込んで来るからさ」
久し振りに陽の下に現れたハンナの肩をポンっと叩く。
「ふんっ。それは随分と先の話になりそうだがなっ」
あらまっ、お客さんの前で不機嫌な顔は御法度ですよ??
接客業に携わる者が浮かべるべきでは無い表情を浮かべているものの。美男子の表情は怒ろうが、顰め面を浮かべようが女性には関係無いようで??
「「「……っ」」」
人間の女性、大蜥蜴の女性がハンナの顔を捉えるとハッとした表情を浮かべた後。ポゥっと頬を朱に染めて見惚れていた。
畜生……。こちとら必死に汗を流して人の目を惹こうとしているのにテメェはただ黙っているだけで人の目を惹きやがる。
不公平にも程があるぜ……。
「それと!! この下らない鉢巻は着用する意味があるのか!?」
己の額に巻いている鉢巻にクイっと親指を指して俺を睨む。
「ありますぅ!! これは叩き売りに携わる者の必需品なんだよ。いいか?? これを巻く事によって人々は、あぁあの人は頑張っているんだなぁっと考えその頑張りに応えてあげようとして物を買い。鉢巻を着用する者は気合が漲る。内面的にもそして客観的にも役に立つ物なのさっ」
「貴様の通説が正しいのならもっと売れる筈だぞ」
ちっ、痛い所を突いて来やがったな……。
本日の売り上げの目標まで残り銅貨十枚なのだが、お昼を過ぎてからバルナの売り上げが落ち込んでいるのだ。
「それは腹が膨れた客が増えた所為だからさ」
「言い訳か??」
こ、この!! 人の揚げ足を取る事が大好きな白頭鷲め!!
「じゃあテメェが客引きをやってみろよ!! そうしたら俺の苦労が分かるぞ!?」
「ふん。何度も死線を掻い潜って来た戦士の実力を遺憾なく発揮してやろう。そこで指を咥えて見ていろ」
「あぁそうかよ!! 客が全然来ませ――んっ、助けて下さぁいダン様ぁって泣き付いて来ても知らねぇからな!!」
接客業に携わる者が放つべきでは無い悪態を付いて店の奥へと戻り、憮然な態度を醸し出して勢い良く椅子に座ってやった。
へっ、客引きの威勢の良い声が出ずにどうせ直ぐに店の奥に引っ込む筈さ。
俺がどれだけ苦労してお客さん達を集めて来たのかその身を以て知るがいい。
「この店のバルナは品が良い。疲労回復、滋養強壮等。人体に最適な栄養価が詰まった品は早々見つからないぞ」
ギャハハ!! ば――かっ!!
そぉぉんな小さな声じゃあ誰も見向きもしないってぇ!!
ククッ、プスス!! さぁさぁ恥ずかしがり屋の白頭鷲ちゃん??
素直に負けを認めた方が身の為ですよぉ――??
余裕綽々の態度で椅子に腰掛け、店頭に出て客の目を惹こうとしている相棒に対して優越感に浸った視線を送り続けていたが……。
「あ、あのぉ――。それを一本売ってくれませんか??」
何やら頬を朱に染め無意味に体を揺らしている女性が彼の前に現れるとそれをきっかけに続々と女性客が店頭に並び始めてしまった。
「一本銅貨一枚だ」
「は、はいっ。どうぞ」
相棒が器用な手先でバルナを女性に手渡すとそれだけで客の女性は満足気な笑みを浮かべてしまう。
「わ、私も下さいっ」
「一本銅貨一枚だが、今なら三本銅貨二枚で売っている。お得だと思うがどうだ??」
「ぜ、是非お願いしますぅ!!」
お、おいおい。あれは何かの冗談かい??
たった数言、しかも蚊の羽音よりも劣る声量を放っただけで女性客が押し寄せて来やがったぞ……。
まるで美しい花弁に集る蝶の様に集まって来る女性客の視線はバルナに向けられず、我が相棒の端整な顔に注がれていた。
「有難う。また来てくれ」
「はぁっ……。はいっ、必ず来ますね……」
相棒の微笑みを受けた女性客は今し方受け取ったバルナを両手に持つと、目の中に大変きゃわいいハート型の紋様が浮かび上がり彼の顔に魅入ってしまっていた。
「え、えっとぉ。私は二本下さい」
「む?? 三本の方がお得だぞ??」
「い、いいんです。それで。沢山食べる方じゃないからっ」
「そうか……。では銅貨二枚になる」
「は、はい。どうぞ……。きゃっ」
一人の女性客が懐から取り出した財布をわざとらしく地面へと落とし、更に絶対狙ってやっただろと問いたくなる所作で躓きハンナに体を預けてしまう。
「大丈夫か??」
女性客の魂胆に全く気付いていないほぼ童貞の彼はそれを馬鹿正直に受け止め、彼女の華奢な肩をしっかりと保持する。
「この暑さでちょっとフラっとしちゃって」
「無理は良くない。日陰に入り、体内に籠った熱を逃すのだ」
「は、はいぃ……。そうしますぅ……」
日光というよりもお前さんの視線と無意味な接触で体温が上昇した気がしますけどねっ。
椅子に腰掛け腕を組み、恐るべき勢いで売れて行くバルナの様を捉えると何だか目頭が熱くなって来た。
しょ、所詮俺は女性客はおろか男性客も寄り付かない人並みの顔でぇ、それを補う為に猛烈な努力をしていますが……。
それでも百点満点を優に越える端整な顔の相棒の足元にも及ばないんですぅ。
どう足掻いても勝ちの目が無い戦を捉えてしまうと心に虚しさが湧き冷涼な風がビュゥっと吹いて行く。
あぁ、神様は何て不公平なのだろう。
俺にもアイツ並みとは言いませんからもう少し出来の良い顔に仕立て上げて欲しかったですよ……。
「え、えっとぉ。私、実はこの後時間が余っていましてぇ。宜しかったらお店が終わった後にお出掛けしませんか」
し、しかも!! ただ物を売っているだけなのに夜のお誘いを受けているしぃ!!!!
「すまない。俺はこの後も予定があるのだ」
「そ、そうですか。ではまた今度誘いますね」
「そうしてくれ。むっ……、店頭に並べているバルナが売り切れてしまったな。おい!! ダン!! 補充しろ!!」
いつもより丸みを帯びて接客していた目がキュっと尖り、俺に向かって威勢良く叫ぶが。
「――――。自分でやればぁ??」
自分でもちょっと情けないなぁっと思える声色で駄々を捏ねてやった。
「き、貴様ぁ!! 役割分担だろうが!!」
「俺はぁ、君と違ってぇ、劣等生ですからねぇ。優等生であるチミが率先して動くべきだと思うんですよぉ――」
営業開始から今の今までずぅっと店頭に立って叫び、そして接客していたから丁度良い休憩時間なのさっ。
「何、あの男……。態度悪いわね」
「そうそう。物がやって来ないのなら私達とお喋りしませんかっ??」
「あはっ!! そうしましょうよ!!」
「むっ!? い、いや。それは困るのだが……」
物を売らないと分かると途端に女性客達の態度が豹変。
ハンナの周りに正体を隠していた肉食性の獣達が群がり、相棒は瞬く間に女性という名の獰猛な野獣に囲まれてしまった。
「わぁっ……。結構良い体ですよねぇ」
「すっごぉい腕の筋肉っ」
「私的には背中の筋肉も捨て難いわねっ!!」
「だ、だから!! 困ると言っている!!」
御自慢の腕力で突き放そうとするが彼女達はあくまでも客。それが枷となってあの羨ましい状況から脱出出来ないでいるのだろう。
丁度良いや……。少し疲れたし、もう直ぐ閉店時間になるからそれまでうたた寝してよ――っと。
「男らしい腕の筋肉ですねぇ……」
「つ、常日頃から鍛えているからな」
「そうなんですかぁ……。えいっ」
「むっ!? 何故体を密着させるのだ!?」
「あぁ!! ずるい!! それなら私もぉ!!」
「や、止めてくれ!! ダン!! 俺が悪かった!! 救助を請う!!!!」
世の常を知らねぇからそうなるんだよっと……。
そして俺に歯向かい尚且つ心を傷付けたテメェの罪はものすごぉく重い事をまざまざと知らせてやりますか。
「知らん。それとこの事件の詳細はテメェの里に帰ってからクルリちゃんに言いつけてやるからな」
「そ、そんなっ!!」
「むぅっ!! お兄さんって彼女持ちなのですか!?」
「そ、そうだ!! だから離れてくれっ!!」
「えへへ、駄目――。人の物って分かると余計に欲しがっちゃう子も居るんですからねぇ」
「そ、それは道理を外れているだろう!?」
「ふわぁ――……。あぁ、ねっみぃ……」
ほぼ童貞の相棒が額に冷たい汗を流して泣き叫ぶ声をおかずにしてうたた寝を開始。
コックコックと頭が上下に揺れ始めると。
『ちょっと早いですけど迎えに来やしたぜ』
両手をモミモミと捏ねながら睡魔さんが訪れて来たので彼の手を取り、夢の世界へ旅立とうとしたのですが。
「貴様……。前線に立つ戦士の救助要請を拒絶するとはどういう了見だ!!」
「あいだっ!?」
己に群がる肉食獣の魔の手から命辛々逃れて来た情けない雄の手が顔面に襲い掛かりそれは叶わなかった。
頭の天辺からポッポッと白い蒸気を放つ初心で情けねぇ野郎と罵り合いを始めると店先に居た肉食獣達が漸く立ち去る。
人通りが徐々に少なくなり、間も無く夕刻に差し掛かるも俺達の憤りが籠った声は大通りを突き抜け向かいの店へと届いてしまったのか。
「ふぅ――。元気過ぎるのも考え物だな……」
それを受け取った店主はヤレヤレといった感じで溜息を吐き、店仕舞いの支度を開始したのだった。
お疲れ様でした。
深夜の投稿になってしまい申し訳ありませんでした。ちょっと外せない用事がありましたので……。
前話の御話から察した方もいらっしゃいますでしょうが、今回の依頼は飢餓鼠の討伐となります。
その依頼パートを残り微かな体力を振り絞って編集しようとしましたが、大変申し訳ありませんが私の体力が限界を迎えてしまったので本日はここまでとなりました。
明日も猛暑となる予報なので今日はこのまま爆睡します……。
ブックマークをして頂き有難う御座います!!
夏の暑さでへばっていた体に嬉しい知らせとなり、執筆活動の嬉しい励みとなりました!!
それでは皆様、引き続き良い休日をお過ごし下さいませ。